理系が恋に落ちたけど証明のための時間がありません。 作:ヒラメもち
メリーゴーランド、コーヒーカップ、各種ジェットコースター、先輩たちは遊園地のアトランクションを最適に回っていく予定だった。
しかし土曜日であってかなり混んでいるため、それぞれに並んで待つ時間は計画上の時間では十分ではなかったらしい。正午過ぎから夕方にかけて、全てのアトラクションに乗ることは不可能だろう。
「だいじょうぶ?」
「知識としては知っていた。慣性力に加え、すさまじい空気抵抗だった……」
氷室先輩から手渡されたペットボトルの水を口に含んでいる。たとえ最適に遊園地を回ることが可能だとしても、雪村先輩が持ちそうにない。
てか、あれは間接キスだな。
「全ては無理そうだけど、できる限り行きましょう」
「ああ。次はお化け屋敷の予定か。残りは観覧車といったところだろう」
ちょっと雪村先輩が、ホッとしているな。お互いに手を差し出し合って、自然と繋がった。
さて、記録係の俺たちも追いかけないとなのだが。
「お化け屋敷ねぇ」
外からは先輩たちの様子が見れない。バイタルデータの推移を考えると、心拍数が別の要因で上がりそうだ。雪村先輩が特にホラー耐性がなさそうだから。
「奏さん」
「えっ、うん……」
さっきから俯いてばかりの研究室仲間に呼び掛けたが、あまり反応は良くない。またやり直せる研究のことより、帰って休むことを提案したが、そこは先輩思いな強情な女子だ。
「次はお化け屋敷だよね、いこっ」
努めて微笑んだ。
要因はわかっているけれども、これは本人でないと解決できない問題だ。解決するまで、支える人がちゃんといる。先輩たちがちゃんと導いてくれるはずだ。俺なんて、近くで味方でいられるのは1年もない。
「少し待ってくれ」
でも。それでもだ。
「迷惑をかけたことを気にしているのなら、借りを返してもらってそれでチャラっていうか……」
慰めるためとはいえ、傷心を利用する。こんな卑怯な俺を踏み台にして、奏さんはずっと先へ進んでいってくれればそれでいい。高橋先生のような素敵な人は、またいつか見つかるはずだ。
「俺と一緒に」
今日だけで皺だらけの実験ノートを、俺は一度閉じた。
「デート、してくれませんか」
この沈黙、恋愛初心者にはつらいものがある。
「……ほんと、ずるいよね」
そう小さく呟いた。
そして、俺の隣にやってくる。
「はい、喜んで」
改まった返事の声色からは、元気を出してくれたとわかる。度胸のない俺より先に、手を絡めてきた。
「先輩たち、追いかけよっか」
「はぐれたな。まっ、お化け屋敷と観覧車を順に回れば、いつか追いつくじゃないか」
奏さんも苦笑いである。それが最適解でないことはわかっている。
「その、ありがとね。さっきのことも、今も」
「……どういたしまして」
思わず、素直に感謝を受け取ってしまった。いつものように嘘や欺瞞ではぐらかすつもりだった。調子が狂うのは、心拍数が上昇しているせいか。
友達同士、家族連れ、そしてカップル、すれちがうグループはたくさんある。俺たちもそれに漏れず、男女2人きりで手を繋いで歩調を合わせている。そこには、いまだ名付けていない関係性しかないけれど。
「お化け屋敷っていつぶりかな」
ぎゅっと握る力が少し強くなる。まさか背後に立たれて反撃するのって、お化け屋敷の装置も対象内なのだろうか。
咄嗟に思い付いた解決策を提示する。
「俺の手を放すなよ」
「……よろしくお願いします」
真剣な声から、当たりだったことがわかる。
一体、どれだけ鍛えられたのやら。
「こちらの蝋燭をお持ちください」とスタッフに伝えられて、ライトを手渡される。俺たちは、塞がっていない手で受け取った。
「それでは冥府の世界へごあんなーい」
目の前には薄暗い世界が広がっている。前方からは悲鳴が響いてきた。てか、雪村先輩の低い声だった気がした。
「リラックスしていこうか」
「結構、余裕あるね」
「俺は怖いもの知らずだからな」
言い方が面白かったのか、奏さんの笑みが零れた。
「私のおじいちゃんって、道場やってるんだけどね」
横から来たゾンビ装置をスルーして世間話を始めたあたり、奏さんも怖いもの知らずである。
「才能があるからって、子どもの頃から武術を習ってきたの。まあ、嫌いじゃないんだけどね」
「柔道はあくまでその1つか」
薄暗い世界で、こくりと頷いた。
「でも、やっぱり普通の女の子でいたい。周りに溶け込んで、いつか氷室先輩みたいに凛としておしとやかになりたいなって」
『ゴリラ女』、それがあだ名だったと高橋先生から聞いた。さっきのように、街中で武術を見せてしまったらしい。幸い、その対象者は引ったくりだったらしいけれど。
ひどい失敗をしたのだと、ずっとその優しい心に傷を刻んでいる。
「普通に恋をして、普通に幸せな結婚をしたい。そう思ってた。でも先輩たちを見ていて、羨ましいなって。私もあんな素敵な恋がしたいって、そんな気持ちがどんどん強くなってる」
でもね、と言葉を紡いだ。
「やっぱり恋をするのが怖いの」
いまだ、過去に苦しんでいる。
明るい未来を夢見るだけだ。
「私なんかを好意的に思ってくれることは嬉しいよ。でも、月村君のことは嫌いじゃないけど、好きかどうかがわからないんだ。ごめんね」
俺が少なからず好意を持っていることなんて、お見通しか。知らず知らずのうちに、追い詰めてしまっていたのかもしれない。
「持論だけど、人はそう簡単には変われないと思う。俺は奏さんの悩みを聞いて、ありのままに受け入れることしかできない」
取り繕った答えじゃなくて、正直に言った。変わるきっかけというものは、自分では気づけないものだ。むしろ意識するほど、泥沼にはまっていく。
積み重ねてきた過去が、現在の自分を形づくっている。
「だから、俺の悩みも聞いてほしい」
薄暗い世界から出て、夕陽の方向にある観覧車を見た。
****
全長100mを超える観覧車からは、街が一望できる。2人して大学が見えるかどうか確認していて、くすりと笑い合った。
「今日は楽しかった。フィールドワークって感じで、外で実験したし」
「そういうの、俺たちは少ないからな」
生物や地学は多そうだ。
「もちろん、久しぶりのデートもね。あーあ、もっとおしゃれしてくるんだったなぁ」
尾行するため、あまり目立たない格好で来た。それでも、薄黄色のパーカーと黄緑色のスカートは、似合っていると思うけれど。
「先輩たちも乗ってるのかな」
「かなり大きいしな」
きゃっ、とこちらへ身体を密着させてきた。
さすがの武術家も、風で揺れるゴンドラは怖いらしい。実験時の氷室先輩くらい顔が赤い。普通の女の子らしさも、奏さんだけの魅力も、いっぱい持っている。
この静寂の間にも、時間は過ぎていく。止まってほしいとロマンチスト的に思ってしまう。
聞かせて、と真剣な目で告げられた。
「俺が、教員志望なのは知ってるだろ?」
「うん。院進しないんでしょ?」
推薦で大学院入試を受けることを確定させているのは、奏さんだけだ。
「ずいぶん背伸びしたけど、彩玉大にはなんとか受かった。でも、志望校について親と喧嘩して飛び出してきたっていうか。いつかはあっちへ戻らないといけない」
出身県はここよりずっと離れている。今のところ学費を払ってもらっているのも、将来は出身県に戻ることを条件としているからだ。
「遠距離恋愛は持続するかどうか、俺はそういう問題を考え続けている」
今のところ結論は、人それぞれ。
だから、不確定で怖い。
「それは……」
県職員である教員はその県で受かれば、県内でのみ働く。もちろん受け直すことも可能だが、一時的とはいえ進学を志す人とは離れ離れになる。
「我ながら女々しいことを言っているのもわかっているけど、父親が単身赴任だったのが大きいだろうな」
職場結婚だった両親の関係は、悪くはないが、良くもない。
「俺の好きな女性は、博士課程にだって行くかもしれない。その人は優しいから、恋愛を理由にして、進学をやめるかもしれない」
何かを言おうとしていた奏さんは、言い淀んだ。
「好きな人のためなら、なんだってやる人がいる。でも、俺は違う。」
どちらかが妥協して、自分の立てている目標をねじ曲げることになる。そんなことをしたら、2人とも傷ついてしまう。
だから、『本当に奏さんを好きかどうか』を証明することができない。いつだって迷い続け、中途半端に過ごしている。タイムリミットもある。
この時間も、やがて終わりを告げる。
「だったら、いっしょに探そう!」
まっすぐな目だ。
勉強に躓いた時、どれだけ時間がかかるとしても真剣に付き合ってくれた。愚痴を言い終わった後は、明日からがんばるねって決意する。
「先輩たちでも、好きってなにか、ずっと悩んでる。だから、私たちも実験を積み重ねて、それで……」
やる気に満ち溢れた目を見ると、こっちも熱くなるのだ。このままこの関係を有耶無耶にしてしまったのなら、たぶんずっと後悔する。
再び恋をすることに恐怖しながらも、過去を乗り越えようとしている。まだ不確定な未来を理由にして、俺が逃げるわけにはいかない。
「ああ。先輩たちにも負けないつもりでな」
「うんっ!」
言葉を借りるのなら。
この恋を証明してやる。