魔法省から帰ってきたばかりの校長と話していると、血相を変えた様子のミネルバがどたばたと校長室に入ってきた。
「ああ校長!お帰りでしたか!セブルスも良いところに!」
「何事じゃ、ミネルバ」
「大変です、たった今グレンジャーが来てっ、ポッターが!」
‥‥‥‥‥
バンっ!!とドアが開き、中央にみぞの鏡が置かれた大きな部屋に、慌てた様子の三人が姿を表した。
ダンブルドアとスネイプ、そしてマクゴナガルだ。
「っ……!!」
───ヴァレンタイン…っ、
思っても見なかった少女の姿にスネイプは大きく目を見開いた。
小さな体は、クィレルの体に倒れ込んでいた。
スネイプはすぐにそれを起こし、浅くか弱いが息をしていることに気がつき、ほっと息を付いた。
「ポッター?それに…ヴァレンタインまで!」
ミネルバはポッターの側に駆け寄り、校長はクィレルの脈を取るのが視界の端に見える。
「これ…は…」
杖を握っているヴァレンタインの手を見ると大きな傷が見えた。
何があった?
頭がカッ、と熱くなり杖を握る手がぶるぶると震える。
ふと、固く目を閉じる彼女がふいにリリーに重なった。
突然周りから音が消え、心臓がどくんと嫌な音を立てる。
「っ………」
冷たい汗が背を伝う。
「セブ───」
「セブルス─」
「……!」
「セブルス、冷静になるのじゃ」
「っ……、…」
そうだ。
落ち着いて…
すぐに治療をせねば。
軽く頭を振って取りつく考えを振り払うと、スネイプは外傷だけでも治そうと痛々しい傷に杖を向けた。
『エピスキー…(傷よ癒えよ)』
何度も何度もそう唱えるが小さな少女の顔色は一行に良くならない。
「セブルス、ミネルバ。ここには闇の呪文の痕跡がある。その二人が禁じられた呪文を受けていたら命の危険がある。すぐに治療をせねばならぬ」
ダンブルドアが眉を歪ませてハリーとティアラを見た。
「今回は緊急じゃ。姿現しで上へ戻るぞ。はやくわしに捕まれ」
ダンブルドアはクィレルの腕を掴み、マクゴナガルもハリーの手をしっかりと握り、スネイプは自らのローブでティアラをくるみ、身体を支える。
「ゆくぞ」
‥‥‥‥‥…………
どこか懐かしい香り。
それはいい香りで、頭がひんやりして、どこか懐かしく、ずっと包まれていたいそう願うような、そんな感じ。
暖かなものに頬を寄せると、身を包んでいた柔らかなものが肩を滑り落ち肌寒さが襲ってきた。
次の瞬間、我に返りぱちりと目が覚める。
「え……?」
柔らかなものは肩に掛けられていた黒いブランケット。
そして、目線の先にはベッドの足元で、腕と足を組んで眠っているスネイプ先生がいた。
大きな声を出しそうになったのをぐっ、と堪える。
──眠っている…?
うつむいて眠っている先生を見ると、どうしてだかわからないけどなんだか嬉しくなってベッドの上をそっと移動して先生の前に行く。
静かに眠っている先生をじっとみていると、ふいにハリーだった頃の先生を思い出した。
──こんな風にじっと顔をみるのは初めてかもしれない。怖くてずっと俯いていたから。
まつ毛長いなぁ…
あ、眉間の皺は寝てるときでも健在なんだ…
これがなかったらそんなに怖くなくて、生徒にも逃げられないと思うのになぁ…
腕をそろそろと伸ばして指先で眉間をつん、とつついた。
「──あ・・・」
後悔したときにはもう遅い。
眉間にあった腕は、しっかりと目を覚ました先生に捕まれていた。
「…………」
「……え、っと……」
寝起きで少しとろんとしていた目も、だんだんと驚いたかのように見開かれていく。
なにか言わなきゃと思いつつ、無意識でしていた手前、口からなんの言葉も出てこない。
「…目が…覚めたのか……。いや、…なんの真似だ」
スネイプ先生は至極不機嫌そうに呟いた。
「す、すい…ません、寝ているときくらいそんなに力まなくてもいいのになぁ……って……思ったら、無意識に……」
あ、しまった、つい本音が……。
弾かれたように顔をあげると、先生は思った通りさらに眉間に皺を寄せている。
「……まあいい。私はお前に聞きたいことがある」
「…聞きたいこと…ですか?」
「ああ。すべて話せ。何があったか、何故あそこでポッターと共に倒れていたのか。すべてだ」
有無を言わさない無言の圧力がかかってきて、ティアラはゆっくりと口を開いた。
‥‥‥‥‥‥
「全く…馬鹿者が4人奮闘したと聞いていたが…一歩間違えれば大惨事だった。実際お前は怪我をしてここに運ばれて来ている。私に報告や相談のひとつもできなかったのか。」
「す、すいません。必死で…」
「お前は自分の危険に慣れすぎている癖があるらしい。もっと教師を頼れ、馬鹿ものが…」
「…いろいろ、ありがとうございました。…迷惑をかけてすいません。」
ペコリと頭を下げると、何かが頭をくしゃりと撫でた。
───え…っ?
状況を理解するのに数秒かかった。
「…顔色が悪い。治るまでしっかり休め。」
その声に止まっていた思考が再び動き出し、先生に頭を撫でられたと気が付く。
カーテンの幕の向こうに先生が消えるのと同時に顔に熱が集まってくるのが分かった。
──な、な、なに?!今の!誰?!
ルーピン先生か誰かが乗り移ったの?!
「──ほんとに…心臓に悪い…」
小さく呟いたそれは誰の耳にも入ることなく消えていった。
*
ティアラが医務室生活から解放されてから3日目。
ホグワーツの一年を締めくくる『学年末パーティー』で、大広間はいつになく盛り上がっていた。
「ティアラッ!」
「わっ!」
大広間には行ったとたん、視界は栗色で覆われた。ハーマイオニーの髪だ。
「ハーマイオニーね?元気だった?」
「元気だった?じゃないわよ!心配したのよっ?本当に無事でよかった…」
「ありがとう」
「ティア?」
ハーマイオニーの後ろから少し身長の伸びたロンがやって来た。
「ロンも久しぶり!怪我は大丈夫?」
「元気だよ。君は? 」
「大丈夫よ、無事でよかった」
「ごっほんっ!」 とそこに後ろからハッフルパフの生徒達がやって来た。今の咳払いは監督生。胸にPバッチを付けている。
今はここでお別れだ。
「ハリー、ロン、ハーマイオニー。またあとで話しましょう」
スリザリンとグリフィンドールはそれぞれの対決の歴史のせいか、席が離れている。 食事中はとてもじゃないが話せる距離ではない。
ティアラはハリーたちと別れ、スリザリンの席に座る。
広間は銀と緑のスリザリンカラーで飾られ、天井からはスリザリンの寮旗が垂れている。ティアラは周りスリザリン生の浮かれように苦笑を漏らす。
全員が着席したところでダンブルドア先生が話し出す。
「さて、諸君。また1年が過ぎた。一同、ご馳走にかぶりつく前に老いぼれのたわ言をお聞き願おう。……新学年を迎える前に、頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやって来る。その前に、恒例の寮対抗杯の表彰を行うとしよう。今年の最優秀の寮を表彰したいと思う。」
大広間に緊張が走った。
「…では、得点を発表しよう。
第4位グリフィンドール、312点。
第3位ハッフルパフ、352点。
第2位はレイブンクロー、426点。
そして、第1位は472点で、スリザリンじゃ。
よーしよしよくやった、スリザリンの諸君。
だがのぅ、最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまい。」
スリザリンで沸き起こっていた歓声が一気に静まる。
ティアラはこれから起きることを知っている。周りのみんなの落胆を見ていたくなくて無意識に視線を落とした。
「ギリギリで得点をあげた者がいる。 」
大広間にいた全員が彼の言葉を聞き逃すまいと校長を見上げる。
「まず、ハーマイオニー・グレンジャー。 冷静に頭を使って見事仲間を危機から救った。65点。」
「いいぞ!」グリフィンドールの誰かが叫ぶ。
「次にロナルド・ウィーズリー。 ホグワーツでも近年まれに見るチェスの名勝負を披露してくれた。65点。 」
「…そして。3人目はハリー・ポッター。 その強い意志と卓越した勇気をたたえたい。 そこでグリフィンドールに80点。」
「やったわ! スリザリンに勝った!」と、ハーマイオニー。
「4人目は……敵に立ち向かうのは大変勇気がいることじゃが、友達に立ち向かうのはもっと勇気がいる。その勇気を称え10点をネビル・ロングボトムに。」
「「「「「「「ワァーーーーーー!!!」」」」」」」
グリフィンドールから歓声が一気に沸き起こった。
「やったー、君達最高だよっ!」
「…ごっほんっ!!!」
ダンブルドアが咳払いをし話を続けた。 「最後にっ!」
「「「「・・・・」」」」
ホグワーツにいる誰もがダンブルドアの言葉を一言も漏らすまいと耳を傾けた。
ティアラは"なにもなかったはず"と覚えのないダンブルドアの台詞に顔をあげた。
「一年生とは思えぬ魔法の力で2人の命を救った!ティアラ・ヴァレンタインに60点っ!…さて、わしの計算に間違いがなければ表彰式の飾り付けを変えねばの。」
「え…?」
ティアラは大きく目を見開いてダンブルドアを見上げる。
同じようにティアラを見たダンブルドアは優しい瞳でにっこりとティアラに笑いかける。
全員が呆気に取られた。 自分達の計算が正しければ今、スリザリンとグリフィンドールは同点なのだ。
この状態でどう飾りつけをすると言うのか。
ダンブルドアは静まり返っているのも気にせずに杖を振る。すると装飾は緑と赤に綺麗に調和のとれた装飾へと変化を遂げた。
「綺麗…」「わぁー!」
どこからともなく称賛の声と拍手が上がる。 それはだんだんと大きくなりホグワーツ全体を包み込んだ。
「では、グリフィンドールとスリザリンに優勝カップを! 」 こうして今年の寮杯は異例の引き分けとなって幕を下ろしたのだった。
*
ガタンゴトンと揺れるホグワーツ特急の中。ティアラは、ホグワーツ特急の中でシャルとニカに挟まれ、前にはドラコまでいるコンポーネントに収まっていた。
ドラコに導かれるままコンポーネントに入ると仁王立ちをした二人が立っており、今の今まで1時間近くあの事についてこっぴどく叱られていた。
お菓子を運んでくれるカートがやってきて話が途切れたところでティアラは慌てて話題を変える。
「そ、そういえば。皆夏休みはどうするの?」
「あーそういえば、母様が皆ををうちに招待したらどうかって言ってたぞ」ドラコがパイを切りながら言う。
「いいわね」
「あ、おい!」シャルがドラコの切ったパイを横取りする。
「休み中も梟便送ってね」
「ああ。ほら、切れたぞ」
ドラコが小さなパイを器用に4つに切り分けてくれた。
「ティアは?」
「うーん。まだあんまり考えてないな…・・・ねえ、よかったら新学期が始まる前のダイアゴン横丁で会わない?日にちを合わせれば会えるわ」
「いいわね!」「いいアイデアね!」
「……わかった。じゃあ私から3人にふくろう便を送るわね」 ティアラは3人の住所をメモするとにっこり微笑んだ。
*
沢山の荷物をもったホグワーツ生がホームに降り立つ。
「ティア!」 見回していると人だかりの向こうにナルシッサとマリアの姿を見つける。
「ティア!ドラコ!こっちよ!」
大きく手を振る二人のもとに大きなトランクを抱えて向かう
「お帰りなさい、ティア、ドラコ」
トランクを傍らに置き、2人はそれぞれに勢いよくガパリと抱きついた。
「「─────ただいまっ!」」
賢者の石編はこれで終わりです。秘密の部屋編を始める前に一週間、更新をストップいたします。
ここまでお付き合いしてくださった皆様、ありがとうございました。体調にお気を付けてお過ごし下さい。