夏休暇の終わりは意外にも呆気なくやって来た。ついにドビーはハリーの前に姿を現すことはなかった。
そして──ジニーがどこかに隠し持っている日記を見つける事も出来ずにいた。
新学期初日の朝、隠れ穴の中では大混乱が巻き起こっていた。ただでさえ家のなかは物が多く注意をしていないと転けてしまうというのに、今日はその階段をトランクを抱えて降りなければならないのだ。余裕をもって朝早くに起きたはずなのに気がついたらすることが多く、車にトランクを積み込み、急いで全員が乗り込む頃にはギリギリの時間になっていた。
ウィーズリーおじさんが運転する車がやっとのことで発車する。
が、広い庭から出ないうちに、双子が忘れ物をしたことがわかり、車は家のほうへバックした。
そして、やっと高速道路に乗れた、というときになってジニーが金切り声を上げた。大切なお守りを忘れたと言う。
ジニーが這って車に乗ったときには皆のイライラは絶頂になっていた。
車を飛ばしに飛ばして、列車に間に合うか間に合わないか、という時間になっていた。
ウィーズリーおじさんはちらりと時計を見て、それからウィーズリーおばさんの顔をちらりと見た。 「母さんや───「だめよ」」
「「「・・・・・・」」」
「でも──「アーサー、ダメ。」」
「「「・・・・・」」」
と、いうおばさんの無言の圧力で車を本当の意味で飛ばすことはできず、駅に着いたら皆、すぐに自分のトランクを掴んで走り出した。
柱の前にゼエゼエしながらたどり着くと電車が出発するまであと5分になっていた。
「さぁ、行って、汽車が出るわよ!フレッドジョージ」
「パーシー先に行け。」
そしてパーシー、フレッド、ジョージの順番に柱の向こうに消えていった。
「ティアラとジニーと一緒に行きますからね。後からすぐに来るんですよ」
おばさんが言う。それを聞いてティアラはばっと振り返り、二人に向かって言った。
「ハリー、ロン。半人前の魔法使いでも、本当に緊急事態だったら魔法を使っていいのよ。これだけ頭に入れといてね。あーでも!木は出来れば壊さないで、スネイプ先生が怒るから」
「「え、?」」
「ティアラー?はやくー!」
ジニーが呼んでいる。
「じゃあ、幸運を祈るわ!」
「うん?」
柱に向かって歩き出す。視界がふっ、と明るくなると汽車の汽笛が聞こえてきた。
「ティア!早くー!」
手前の窓にニカとシャルの姿をみた。
急いで荷物を荷物列車に魔法で飛ばし、汽車に飛び乗った。 コンパートメントに入るとニカとシャル、そしてドラコがいた。
「なかなか来ないから心配したのよ?」
「ごめんなさい。ありがとう」
「君がギリギリなんて珍しいな」
「ちょっと…ね、いろいろあって」
「そうか、それで?君たちは休暇中、何をしていたんだ?」
列車が動き出した。 ティアラはホームの入り口に目を向けるが、その付近には誰もいない。 ハリーとロンは多分まだ9、10番線のホームに居るのだろう。 ティアラはぁ、とため息をついた。
*
ホグワーツに着くと大広間には変わらずたくさんのろうそくが中に浮いており、天井には満点の星空が写るように魔法がかけられていた。
ハリーとロンはやはり来ていないらしく、ハーマイオニーが不安そうにキョロキョロとしている。
ダンブルドア先生の挨拶はまだ始まりそうにない。
「ハーマイオニー」
キョロキョロしているハーマイオニーに近づきそっと声をかけるとやはりハリーとロンはどこ?という質問がすぐに飛んできた。
「多分…特急に乗り遅れたんじゃないのかしら…中に居なかった気がするの」
「…そう…わかった。ありがとうティアラ」
新入生組分けが終わればその後は歓迎会だ。
スリザリンのテーブルにも数々の料理が並び、生徒達が新しい一年についての期待や不安を口々に話す。
みんなの注目の的は何と言っても「闇の魔術に対する防衛術」の担当として新任したギルデロイ・ロックハートだった。
ティアラは休暇中に書店で知ったが大半の生徒がそのニュースをこの場で初めて知り歓声やら驚愕の声で大騒ぎになっていた。
やはりロックハートにはかなりの数のファンがいるようで、女子生徒などは6割がその話題で盛り上がっていた。
ティアラとニカはこれっぽっちも興味がなかったがシャルは違った。
「ロックハート、先生!なんて素敵なの!まさかギル自身が教師になるとはねえ。なんだかもう、今からドキドキよ!なんて素晴らしい一年になるのかしら!」
「ジェラルド。君はロックハートのファンなのか?」
ナプキンで口をふきながらドラコが言った。
「ええ、それはもう!あんなにチャーミングな笑顔は他に誰もできっこないわ!なんか実際に会えるのが信じられないみたいな、やってる事が凄すぎて現実味を感じないっていうか…もう…!!」
──それはそうよ、だってやってないんですもの。ただのインチキよ。
出そうになった言葉をレモネードと共に奥底に流し込む。
すると突然ドラコがこちらに向かって嬉しそうに話しかけてきた。
「ティア、ウィーズリーとポッターが車に乗って暴れ柳に飛び込んだらしい。あちこちで噂になっている」
「…そう…。」
一体どこからそんな噂が流れたのかはわからなかったが、先生たちがどたばたと出たり入ったりするのを見ながらデザートのプリンを食べ終わり、上級生牽引の元スリザリンの寮へと辿り着いた。
相変わらずグリフィンドールの談話室より豪華な地下の談話室はすでに皆の荷物が運ばれており大掃除の成果があったのか隅から隅までピカピカだった。
その談話室を見渡していると、シャルとニカが肩を叩き、笑顔を向けてきた
「また一年、またよろしくねティアラ」
「ええ、よろしく二人とも」
「それにしてもやっぱり初日は疲れるわね」
「今日はもう寝ましょうか」
「そうだね、じゃあ、3人共また朝に」
「おやすみ、ドラコ」
監督生が新入生を案内しているのを横目に、ドラコと別れ寮に入った。
ベッドに座り、仕切りカーテンを引く。
トム・リドルの日記。
1つ目の分霊箱。
手に入れられなかった…。
──やはり、大きな流れは変えられないの?
隠れ穴のジニーの部屋に入る度、日記を探そうとしても、それはどうしても見つからなかった。
ジニーが秘密の部屋で倒れ込んでいたのを思い出し、顔をしかめる。
「どうにかしないと……」
──守らないと
悪霊の火・バジリスクの牙・バジリスクの毒を吸収したグリフィンドールの剣。
今、知っている分霊箱の壊し方はそれだけだ。
どれも今は手を入れることは不可能に近かった。
分霊箱も、壊しかたもないんじゃ、何もできない…
あまりのもどかしさに、ティアラは拳を膝に叩きつけた。
*
翌日、ロンに向けられたおばさんからの吠えメールが大広間で叫び、ティアラはやはり暴れ柳にぶつかってしまったか、と小さくため息を付いた。
ティアラにはしなければならないことがあった。
それは……
「──こんなところに人が来るなんて──珍しいわね──」
マートルの泣いたような甘えるような声が懐かしいなんてちょっとおかしいのかも、と自分自身を不思議に思いながらティアラはマートルに挨拶をする。
「こんにちは、ティアラよ。よろしくねマートル」
「──!!珍しいわね──私をいじめないの?」
「そんなことしないわ、聞きたいことがあるだけなの」
「ふぅん、いいわ──一つだけ答えてあげる」
マートルが手洗い場の上に腕を組んで立った。
ティアラはそれを見上げながら質問を投げ掛ける。
「ここに、蛇の言葉を話す人が来たことはある?」
「──わからないわ」
「何年前でもいいの」
「うーん──私がここに住んでる間は見てないわ」
「……そう、そうなのね…。ありがとう」
やっぱり、いないか…じゃあ…
「マートル、私が今から試すこと、誰にも言わないでちょうだい」
「─わかったわ──何をするの?」
「出来るかわからないんだけど…」
ティアラはそっと鏡に近づき、蛇の装飾が付いた蛇口をなぞった。
「─ひ、─ひら、け」
覚えている限りの蛇語でそう言うが──
やっぱり…だめか
ホグワーツの戦いの時、ロンは扉を開き牙を手に入れられていた。だからいけるかなと思ったんだけど……。
──私にはこれは開けられない…。
──本格的に手詰まりだ…
はぁーと長いため息をつき、その場にしゃがみこむ。
「どうしよう…」
「─ティアラ?どうしたの──?」
マートルがふわふわと降りてきて隣に立ったのがわかった。
「……なんでもないわ、ごめんなさい」
ティアラはゆっくりと立ち上がりマートルに微笑むと、そのままそこから出ていった。
マートルは突然しょんぼりしてしまった可愛らしい少女の小さな背中を見送った。
大きな湖の畔、涼しくほんのりと肌寒い風が吹く木の下。ティアラはそこに力無く座り込んでいた。湖の畔の花畑の花弁が風に吹かれゆらゆらと宙を舞い、視界から消えて行くのをぼぅ…と見つめる。
ざぁぁと音を立ててふく風がティアラの銀色の髪を拐い、俯く顔を隠す。
──事は一直線にあの悪夢へと向かっていくのに
「何もできないなんて……」
膝を抱え込み顔を埋める。
あまりにもどかしく、自分自身の無力さが恨めしい。
「おや?貴女は…」
突然かけられた言葉にティアラは顔をあげる。
それはロックハートだった。
「…ロックハート先生…どうしてこんなところに?」
「いやいや!この美しい景色に美しい少女がたたずんでいるのが見えてね」
「…はぁ……」
悪いけど今、ロックハート先生とおしゃべりをする気分にはなれない。
先生は私が彼のファンだと思っているか、サインをしようかなどとしつこく話しかけてきた。
派手な服がちらちらと視界に入り鈍い頭痛を生む。
つぎつぎと変わって行く話題にティアラは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それで、君は魔法の特訓を私から受ける気はないかな?他の優秀な子達も誘おうと思ってるんだよ。例えば──ハリーとかね。」
「……申し訳ないんですけど「ギルデロイ。ここで何をしている」」
──この声は…
「ああ、スネイプ先生」
「もう一度聞く、貴様はここで何をしている」
先生は至極不機嫌そうにロックハートを一瞥したあと、私に目を向けた。
「…ヴァレンタイン。来い」
「え、あ、…っ、先生…?」
自分が投げ掛けた質問の答えも聞かず、スネイプはティアラの手を掴んで城の方に歩き始めた。
城に入り、角を曲がると突然先生が立ち止まった。
「っ、!」
スネイプが急に立ち止まったせいでティアラその大きな背中にどすんとぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい…」
「…いや……」
スネイプは弾かれるように少女の手を離し、気まずそうに目線を揺らす。
「…それで……その…なにか…?」
ロックハートの怒涛の会話から連れ出してくれたのはとてもありがたいけれど、ティアラは突然呼び出された理由が全くわからなかった。
──怒られる…?
恐る恐る視線をあげると、先生はキョロキョロと不自然に視線を動かしていた。
「先生…?」
「……いや、その…」
──やっぱり、私の知ってる先生とはちょっと違う……
去年から心の底に積もっていた疑問が、確信に変わってゆく。
「…連れ出して悪かった。もう行け」
「え……」
スネイプはそう言うとティアラに背を向け自室に向けて早歩きで歩き始めた。
──何をしている…!
──全く自分らしくない
自分も学生時代よく通った木陰に、よく知った少女が座り込んでいるのを城の窓から見つけたとき、そこに派手な服装をしたロックハートの姿が近づくのをみて、スネイプは無意識に眉間に皺を寄せた。
─あの子といると、どうも調子が狂う…。
花が咲いたようにふんわりと笑った少女の顔が脳裏に浮かぶ。だが、次の瞬間それは赤毛の昔の想い人に重なった。
頭では解っている。
あの子は違うと。
こんなのは間違えていると。
だけどどうしても、あの若草色の瞳を見るとリリーを思い出しまう。
「くそ…っ、」
スネイプは地下への階段で1人、過去を捨てきれていない自分の拳を握りしめた。