ハリー・ポッターと銀髪の少女   作:くもとさくら

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森の紅葉はすっかり落ち、山を染める色が鮮やかでなくなった頃、ドラコが待ちに待ったクィディッチシーズンの到来した。

 

明日が、ドラコの初試合となるグリフィンドールVSスリザリンの試合。

今日最後の授業はロックハートによる"闇の魔術に対する防衛術"だった。

 

ピクシー妖精の事件以降、ロックハートは体験型の授業を止め、自分の武勇伝を紹介する茶番劇を毎回やっていた。ハリーに手伝ってもらい、自分がいかに鮮やかにそれを倒したか、というものだ。ロックハートの授業は、学期初めは一番人気の高かった授業だが、今では一番つまらない授業という評価に成り下がっている。もっとも、ロックハートのファン達に評価は高いが。

 

普段の授業ではティアラは先生の言葉をひとつも聞き逃すまいと集中して授業に取り組んでいる、が…ティアラは一番後ろの席で頬杖をつき、ため息を漏らしていた。

 

──早く終わ

 

「早く終わらないかな……」

 

心で思ったことを隣のドラコがウンザリした様子で呟いた。

 

 

ロックハートを嫌っているドラコは、授業などお構い無しに読書をしていた。生徒達に目を向けないロックハートはそれに気付くはずもない。

 

ティアラはそんなドラコを見て苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終業を知らせるチャイムが鳴り、ロックハートは自分の本について感想を詩で書くという、おそらく誰もやらない宿題をやるように!と声をかけた後教室を出ていった。

 

「やっと終わった……」

 

ドラコとニカ、シャルルはふぅーと長いため息をつき一斉に立ち上がり、寒さを凌ぐため少し駆け足で寮への道を進んだ。

 

 

 

 

 

次の日、ついに今年もクィディッチ寮対抗杯が幕を開けた。

 

ティアラは例によってハリーを"ロックハート"から守るため、観客席には上らずグラウンドにすぐに駆けつけられるよう、入り口で1人待機していた。 

 

今日ハリーを守れたら、ハリーのお見舞いに行く途中で石にされるコリンも守れるはずだ。

 

寒さ対策の魔法が施された観客席とは違いここは冷たい風が容赦なく吹き付ける。

 

「寒い…」

 

ティアラは壁を背にしてそこにしゃがみこんだ。ローブで足を囲うように重ねる。

これで多少は寒さを軽減できるはずだ。

 

その時、うしろの観客席から歓声が上がった。おそらく選手たちが入場してきたのだろう。

 

今回、ハリーを狙いブラッジャーを操るのはドビーだ。

 

ティアラは試合前にドビーを見つけようと奮闘したが、相手は妖精。自由に姿を消すことが出来る。

結局その姿を見つけることはできなかった。

 

 

 

「試合開始!」

 

 

 

審判であるマダム・フーチの声が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリフィンドールの勝利!!!」

 

そんな声のあと、観客席からは大きな歓声が上がる。

 

──終わった…?

 

ティアラはすぐうしろのドアを押し開け、グラウンドにに飛び出した。

 

 

中央で上向きに倒れているハリーは身動きひとつしない。

 

グラウンドの反対側からは教員達が、ロックハートを先頭にやってきていた。

 

「ハリーっ!」

全力で走り、ロックハートよりも先にハリーの元へたどり着くことが出来た。

 

「ティア…っ?」

 

「じっとしててね」

 

ティアラは深く息を吸い込んでハリーの腕に治癒魔法を掛ける。

 

『エピスキー 癒えよ』

 

「いっ、!」

 

治癒魔法は骨折の場合痛みを伴う場合がある。だが…

 

「い、たくない…?」

ハリーは指を動かして見せた。

 

痛むのは一瞬だけだ。

「もう大丈夫よ。」

 

その時、ロックハートを先頭に教員達がハリーのもとにたどりついた。

 

「ポッター。大丈夫ですか」

マクゴナガル先生が心配そうにそう問うた。

「大丈夫です、ほらこの通り!ティアが治してくれて!」

「ヴァレンタインが…?」

「あ、っ、えっと…本で…読んで…その、浅い傷だったのでたまたま成功したんだと思います…。」

 

マクゴナガル先生は怪しむように片眉をあげた後にっこりと微笑んで見せた。

「素晴らしい。スリザリンに10点。今後も頑張りなさい」

「あ、ありがとうございます」

 

その場はお開きになり、ティアラは皆に背を向けて寮への道を歩いて進んだ。

 

──これでハリーの見舞いに行ったコリンが石にされることがないはず。

 

「…よかった」

 

ティアラは事件を未然に防げたことを実感し、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

スリザリンの敗北から一夜明けた日曜日。寮内はまるでお通夜のような雰囲気が漂っていた。ドラコも高級な箒を買ってもらったのにも関わらず負けてしまったことを引きずり、一日中部屋に引きこもっていた。

 

「ねぇティア、何かあったのかしら」

ニカと一緒に暖炉の前で本を読んでいると入り口のほうが騒がしくなっていることに気が付いた。

 

ティアラはなんとも言えない嫌な予感にぎゅっ、と手を握る。

 

 

 

 

 

「おい!秘密の部屋の犠牲者が出たらしいぞ!グリフィンドールの1年生コリン・クリービーというマグル生まれの生徒だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

高学年の男子生徒が入口付近でそう叫んだ。

 

 

──え……?

 

 

 

「なん…で…?」

 

ティアラは訳が分からず、大きく目を見開きその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーは医務室にいないからコリンも見舞いに行くことがない。

 

 

石にされない、そう思い込んでいた。

 

 

油断してはいけなかったのに。

 

 

本なんて読んでいないで、コリンに一言"今日は寮にいて"と言うだけでよかったのに。

 

 

ティアラはパタンと本を閉じ寮を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

皆ニュースを聞いて怯えているのか、廊下に人影はない。 

 

 

 

 

 

 

──お願い。    

 

 

 

 

 

違うと言って。

 

 

 

 

 

嘘だと。

 

 

 

 

 

 

 

ティアラは前、コリンが石になって発見されたところに全力で走った。

 

 

「っ、、!!!」

 

 

──ああ…っ、そんな

 

 

ティアラの目には石になったコリンが、担架に乗せられて運ばれている様子が写された。

 

 

思わず角に座り込み、口を押さえる。

 

 

 

──どうして

 

 

「っ、…なんで…?」

 

 

後悔が後を立たない。

 

 

私はなにも救えてない。

 

 

救えたはずなのに、

 

 

 

──これじゃあ…っ、前と同じだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を取る気には到底なれず、早めに夕食を切り上げ大広間を出た。

 

 

 

 

    

 

 

 

 

ティアラは1人、人影のない中庭で降り積もる雪を見ていた。

 

 

 

 

夜になり積もった雪の上に、足を踏み出す。

 

 

 

さくりと言う音と共に小さな足音が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央まで来るとティアラは空を見上げた。

 

音なく降り積もる雪が服につき、回りを包む冷たい空気が、火照った顔を冷やしてくれる。

 

ティアラは中庭の噴水を囲っていた花壇に何も咲いていないことに気が付いた。

 

「…枯れちゃったのね」

 

『オーキデウス 花よ』

 

ティアラが杖をひと振りすると、その花壇はスノードロップが咲き乱れる美しい花壇になった。

 

 

ティアラは杖をしまうとそっと瞳を閉じ、なぜだか震える胸で大きく息を吸った、その時だった。

 

 

 

「…………っ、」

 

 

 

 

──え……?

 

 

 

 

目からとどめなく涙が溢れ始めたのだ。

 

 

「っ、なん…で」

 

 

慌てて手で目元を覆い隠し涙を止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くすると嘘だったかのように涙はぴたりと止まった。

 

 

ティアラはとめどなく頬を伝う涙を手の甲で乱暴に拭った。

 

 

泣く資格なんて…と冷静な頭が囁いてくる。

 

 

 

覆いを取るとしんしんと降り積もる雪が先ほどの足跡をすっかり消してしまっているのに気が付いた。

 

泣いたからか、ティアラの心は凪のように静まり返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──この雪が全てを覆い尽くして

 

 

──なにもかも…消えてしまったら

 

 

──どうなるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされ、銀色の髪が淡く光る。

 

 

 

 

 

 

 

そこにも粉雪ははらはらと降り積もり少女の体温を奪っていく。

   

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい空の闇を見上げていたか。

 

 

 

 

肩に突然掛けられたローブでティアラははっ、と我に帰った。

 

   

 

 

 

 

振り向くとそこに立っていたのは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…スネイプ…先生…?」

 

 

「何をしている。風邪をひきたいのかね」

 

 

先生は眉間に皺を寄せて怒り気味に言った。

 

 

 

「…いえ……、……すいません、」

肩にかかったローブはほんのりと暖かく、なぜだか涙を誘った。

   

 

 

 

「もう遅い。こんな所で何をしていた」 

 

 

 

 

 

その言葉に驚いて辺りを見回すと、月はすっかり上に上り、先ほど作り出した花達は雪にすっぽりと隠されていた。

 

 

 

 

 

──いつの間に…

   

 

 

 

 

 

 

ティアラは悲しげに視線を下げ心配させないように、と微笑んだ。

 

 

 

「…なんでもないです……ただ少し……」

 

──疲れてしまって

 

そんなことを口にしたらとどめなく重いが溢れてきてしまいそうでティアラは静かに口をつぐむ。

 

 

 

 

「……私を頼るのはそんなにも難しい事か」

 

 

 

「──え…?」

 

 

 

弾かれるように顔をあげると目が合う直前、大きな手が頭に乗せられ、そのままわしゃわしゃと撫でられる。

 

「…いや、ずいぶんと冷えているようだ。…ここで話すのはやめよう」

 

スネイプは小さな少女の体が細かく震えているのに気が付いていた。いったいどれほど長い時間この雪の中に立っていたのだろう。

 

 

 

 

 

たまたま通りかかった廊下から中庭のほうに人影をみた気がして立ち寄ると、淡く銀色に光る月明かりのなか、ちいさな少女が瞳に何も写さずただただ立ち尽くしていた。

 

 

──泣いて…いるのか?

 

 

月に照らされた肌はいつもに増して白く、繋いでおかないと幻となって儚く消えてしまいそうで…スネイプはいてもたってもいられずその小さな肩に自らの黒いローブを被せた。まるでそのローブで存在を確かなものにしようとしている様にも見える。

 

大きなローブに着られた少女はバッと振り向き目を見開いた。

 

 

スネイプは自分でも説明がつかない感情に突き動かされていた。

 

 

銀色の髪に積もった雪を撫で払い、スネイプは少女を屋根のある廊下へ促した。廊下まで連れ戻すと、微かに震える手はローブを返そうと動いた。

 

 

「…着ておけ。からだが冷えている」

「っ、でも…」

「…いいから。着ておくんだ」

 

 

 

 

手でそれを制止し、その華奢な肩に積もった雪をそっと払う。

 

 

 

 

 

─…なんで……こんなに優しくするの…?

 

 

 

ティアラが心の中で囁かれたそれは口から出ることはない。

 

 

「…来い」

 

「、……?」

 

手を引かれるまま付いて行くと、付いた先は先生の自室だった。

 

暖炉がパチパチと音を立てる。その前のソファーに強制的に座らされる。

 

 

「ここなら冷えないだろう…乾くまでここにいなさい。」

 

スネイプ先生はソファーの前に立ち、大きな黒色のブランケットを掛けてくれる。

 

ティアラはすっかり全身を覆い隠してしまう、ほんのり薬草の香りがするそれをぎゅ、と握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──どうしてこんなに優しくするんですか

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの優しさに触れる度

 

 

 

 

 

 

胸が酷く苦しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"僕"はあなたを見殺しにしたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、僕たちは死にゆくあなたをただただ見ていただけだったのに。

 

 

 

 

 

 

最期まで…っ、あなたの優しさに気が付かなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん…、なさい…!ごめんなさい…」

 

 

 

 

 

涙が頬を伝り、ブランケットに落ちる。

ぽたりと落ちた雫はゆっくりとそれに染み込んだ。

 

下を向き、ブランケットに埋もれるように顔を隠す。先生に泣き顔を見せるなんて、前ならきっと死んでも嫌だったのに…今は……。

 

 

 

 

 

スネイプは突然泣き出した少女を前に慌てていた。

なにも泣かせたかったわけではない。

 

ただ、なにか、彼女が抱え込んでいるものを分けてほしい。そう思っただけだ。

 

アーモンド型の震える瞳はやはり昔の想い人にそっくりでリリーを思い起こさせる。

 

──だが……

 

違う。

 

全く違う。

 

この子は影で1人静かに笑い、静かに涙を流す。

 

1人で戦い、1人で傷つき、それに誰も気が付かない。きっと本人も。

 

 

今も、きっと…私が見つけていなければ一人、肩を震わせていたのだろう。

 

 

なにを抱えている。

 

 

なにがお前を傷つけている。

 

 

──分けてほしい。共に抱えるから。

 

 

そのあまりに傷ついた瞳に、とどめなく溢れる涙に、スネイプは込み上げるなにかを押さえるこが出来ず、ブランケットに包まれたその華奢な体をそっと抱き締めた。

 

「ヴァレンタイン」

 

驚き、動きを止めていた彼女の名前を呼ぶと、ぴくりと肩を震わせた。

 

「無理に聞き出すことはしない。ただ、覚えておいてほしい。…君の力になりたい。抱えているものが少しでも軽くなるならば、なんでも協力しよう。」

 

雪のせいで冷たくなった髪を撫でる。

 

「いつか、お前いいと思ったときに話してくれ。」

 

肩を震わせながら躊躇しつつ伸ばされた指先がスネイプの背に回される。

 

スネイプは暫く、その少女の震えが収まるまでその頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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