ハリー・ポッターと銀髪の少女   作:くもとさくら

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継承者

 

 

 

ホグワーツに吹き付ける風が冷たい冬の棘に変わる。クリスマス休暇、ホグワーツは例年になく閑散としていた。

 

 

ジャスティンとニコラスが石になった事件やミセス・ノリスやコリンの事件。生徒が恐怖の渦に陥ったなかでホグワーツに残る、という選択肢を選ぶものはほとんど居なかった。

純血主義ゆえに襲われない、という自負からか他の寮とは例外にスリザリンは去年よりも人数が多かった。

残る!と言って聞かないドラコと、何をするにもドラコと一緒のクラッブとゴイル、それにパンジー、そしてティアラ。この5人が残っていた。

 

 

 

「ティア。隣、いい?」

パチパチと火をあげる暖炉の前で魔法薬学の本を読んでいたティアラは自分を呼ぶ声にぱっ、と顔をあげた。そこにはホグワーツに残っていたドラコが立っていた。

「ええ、もちろん」

ドラコはティアラの隣に腰掛け難しそうな本を覗き込む。

「ティアはいつも難しい本を読んでるんだな」

 

 

ドラコは優秀な幼馴染みの横顔を見た。

 

炎に照らされた色素の薄い髪がほんのり赤く染まっている。その横顔はいつ見ても見惚れるくらい美しく、どこか儚い。少女らしからぬ憂いを持った横顔。

 

ドラコはそんな少女を自分が憎からず思っているということにはとうに気が付いていた。

 

 

「魔法薬学についての本なの、そんなに難しくないわよ?」

"読んでみる?"とにこやかに笑う笑顔を見て、自分の心までもが和やかになっていくのがわかった。

 

「いや、遠慮しておくよ。」

 

いくら魔法薬学が自分の得意科目だからといってティアラに勝てるはずもない。

 

それよりも──

「ティア、もうすぐ夕飯だ」

 

ドラコは放っておくと、全く夕食に参加しない幼馴染みを見越して毎日欠かさずこうやって声をかけていた。

 

「…ええっ、もうこんな時間なの……?」

 

驚いたように顔をあげ、時計に視線を向けたティアラは"全然読み終わってないのに…"と落胆の声をあげた。

「夕食後で良いじゃないか。ほら、行くぞ」

ドラコは本に当てられていた華奢な手をすくい取り、ティアラを立たせた。

 

「寒いからこれを巻いておけ」

いくら室内と言っても、談話室を一歩でも出れば真冬の冷気が襲ってくる。ドラコは手慣れた手付きで自分のマフラーをティアラの首に巻き付けた。

「ありがとう」

マフラーに埋もれていた口元を整えるとドラコは再びティアラの手をとり、夕食へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

大広間は3つの長い机が撤去され、真ん中に1つの机が置いてある。そこにホグワーツに残っている教員と生徒が座り食事をする。

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、パーシー、フレッド、ジョージ、ジニー、のグリフィンドールの7人とスリザリンに残っていた5人。そしてそれなりの人数の教員が1つの大きな机で食事をする。というなんとも不思議な光景が広がっていた。

 

 

スネイプも、マクゴナガルも、ハリー、ロン、ハーマイオニーもその全員がティアラが毎日夕食に顔を見せることに驚きつつも、安堵していた。

 

スネイプとマクゴナガルは去年から学習し、ドラコに「食事にヴァレンタインを連れてくるように!」と釘を指していたのだ。

 

 

人数が少なく、それぞれの会話は部屋にいる者に筒抜けになってしまうからか、ウィーズリー兄弟以外はあまり口を開かない。

 

「生徒の皆さん、いくら休暇中だからと言って夜8時以降に寮を出てはいけませんよ」

 

夕食を終えた後、マクゴナガル先生がそう言って残っている面々を見渡した。

 

どうもここに残っている人達は、事件や事故の時に名前が挙がる人が多い。教員達は主にウィーズリー兄弟に厳しい目線を向けた。

 

 

「分かりましたね。特にあなた方ですよ」

「「はーーい」」

赤毛の2人はどこ吹かぬ顔で返事をする。

いつでも変わらず周りに笑顔を生ませる2人をティアラは嬉しそうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスの朝、ティアラがパチリと目を覚ますとそこは去年見た光景がそっくりそのまま広がっていた。

「……また……?」

明らかに"友達"の数より多い色とりどりのプレゼントはベッドの横に大きな山を作り出していた。

心なしか去年よりも増えている気がする。

「……去年は先生に迷惑かけちゃったから……」

去年の失態を思いだし、ティアラは"仕分けを頑張ろう!"と1人気合いを入れた。

 

シャルとニカから一緒に選んだというダンスパーティー用の綺麗な髪飾りが届いた。

「とっても綺麗……」

上品な箱を開けると白い花を散らしたような可愛らしいバレッタとそれに合わせたイヤリングが入っていた。

雪花のような愛らしいデザインのそれは端から見ると銀髪をもつティアラによく似合った。

 

 

ドラコからは新しい羽ペンとティーセット、両親からはトリュフチョコレートの詰め合わせと新しい私服が。

 

ハリーからは教科書カバーを、ロンからは手袋を、ハーマイオニーからは半年枯れない魔法をかけたという花束が届いた。

 

あとは知らない人からのクリスマスプレゼント。だがティアラはその多さに驚くばかりだった。自分1人で対処できる気がしない……。

でも先生に迷惑は掛けられないし…1人でぐるぐると考えていると、ドアが独りでに開きたくさんのプレゼントがドサドサッと流れ込んできた。

「ええっ、」

これで身元不明のプレゼントの山は1.5倍に成長だ。

「……もう…」

どこから手を付ければ良いのかも分からない。良い感じにバランスを保ち綺麗に積み重なっているが、変に触ってしまうと身の丈ほどあるそれが崩れてしまいそうだったのだ。

 

───コンコンッ

と、そのときティアラの部屋のドアがノックされた。

「入るわよ」

「っ!パ、パンジー!どうしたの?」

そこに立っていたのはスリザリンに残っている唯一の女子生徒のパンジー・パーキンソンだった。

「あんたが困ってるだろうから見てこいって誰からか手紙が来たのよ」

 

パンジーは片手に持った紙をパラパラと振って見せる。

 

「…で?お嬢様は何にお困りなのかしら?」

「あ、…えっと」

「まあ見れば分かるけどね」

 

パンジーは目の前のプレゼントの山を見上げ、困り果てた顔の同級生を見る。

賢くて可愛くて家柄も良いなんて憎む人も多そうだけど、それらを全く鼻に掛けずに接してくるものだから憎めない。

パンジーは腕捲りをすると、それらのプレゼントの包みを開き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇあんた、ストーカーいない?!大丈夫なの?!」

箱を魔法で次々と開けていくパンジーが叫んだ。もうさっきから変なものしか見てない気がする。

 

「ええ…?いないわよ、そんなの…」

 

全く自分の魅力に気が付いていないその様子に自然と大きなため息が漏れる。同性の私から見ても可愛いのに…ニカとシャルルがボディーガードを名乗り出るのも納得だ。

 

「全く!男子達はこの子をどうしたいの?!」

 

明らかにおかしな薬だと分かるそれをパンジーは"危険"と書かれた箱に杖で放り投げる。

 

「あの、名前だけでも控えておかないと…お返しが出来ないわ」

 

「あーのーねぇー?あんたばか?!こんなものにお返し何てしなくて良いの!!!」

 

物凄い形相でティアラを睨み付けるパンジー。

 

「まさか、あんた去年お返しでもしたんじゃないでしょうね!」

 

「う、ううん。去年は風邪引いてたから…」

 

はぁ…。全くもってこの子の未来が心配だ。

 

さっきから私、何でこんなに叫んでるのかしら…とパンジーはため息をつく。

 

 

そんな中、でも……とティアラは心配そうにパンジーを見つめる。

「はぁ……。もういいわ、取り敢えずこれは没収するわよ」

「う、うん…」

まるで嵐のように来て、箱を持って出ていったパンジーを唖然と見つめる。

 

残ったプレゼントの山は小さく、"顔は知っているけれど…"といった人からが大半だった。

その中で一際目を引く箱があった。

「……なにかしら」

手のひらより少し大きいくらいのその箱は日の光を受け淡く銀色に輝いていた。

ティファニーブルーのリボンを丁寧にほどき、パカリと蓋を開けるとその中に真っ白な木の箱が入っていた。

どこか浮き立つ心を押さえつけ、それを開くと…。

「……っ!!」

ポロン ポロンと優しく綺麗な音が紡ぎ出した。

 

それはこの上なく懐かしい子守唄だった。

いつ、どこで聞いたのか全く思い出せないが、切なく部屋に響くそのメロディーはゆっくりと心に染み込んで行く。

「……母さんが………歌ってた曲だ……」

 

母さんが……リリー・ポッターがよく歌ってくれた曲だ……。

父さんと母さんがいた頃…よく聞いていたんだ…。

 

 

 

「でも…何で……?」

 

 

誰からかなと箱をひっくり返してみてもどこにも名前は書かれていない。そうこうしている内に音楽はゆっくりと小さく、止まってしまった。

 

誰かにきいてみようと、ティアラはその箱を持ち寮を出た。

 

「ティナ、メリークリスマス」

「おはよう!メリークリスマス、ドラコ」

 

 

女子寮の扉を出ると、ドラコが豪華なクリスマスツリーの前に立ちこちらを振り向いた。

 

「ペンケース、ありがとな」

 

ティアラはドラコにクリスマスプレゼントとして黒皮のペンケースを送った。一年間愛用していたものがついこの間壊れてしまった、と聞いていたからだ。ドラコの顔を見るに、どうやら喜んで貰えたらしい。

 

「ドラコこそ、羽ペンとティーカップありがとう。大切に使うわね」

「ああ」

「ねえ?聞きたいことがあるの。この曲の題名わかる?」

 

ティアラはそういって手に持っていたオルゴールのぜんまいを巻き、蓋をそっと開いた。小さい頃から様々な教育を受けてきた彼なら解るのでは、と期待を寄せた。───が………

 

「…悪い、聴いたことがないよ」

「…そう……」

「ごめんな」

「ううん。ありがとう」

 

ドラコも知らないとなると……有名じゃないのかな…。

 

 

 

その曲がわからないまま数日が過ぎたある日、ひょんなところからその曲の正体がわかった。それは空き教室で1人、ティアラが勉強をしていた時の事だった。ガチャリと音を立てて開いた扉からハーマイオニーがひょっこり頭を出した。

 

「ティア、同じ教室使ってもいい?」

 

生徒が休暇中に空き教室を使うには簡単な申請が必要だ。ハーマイオニーが言うには、なかなか先生が捕まらず、申請を届けられないのだと言う。

 

「もちろんよ。一緒に勉強しましょう」

 

 

暫くの間、その教室は羊皮紙にペンが滑る音が響いていたが夕食が近くなるにつれ二人の間の会話も増えていった。

 

とある話から話題がクリスマスのプレゼントになり、ティアラはあの曲の話をハーマイオニーに言ったのだ。

 

『アクシオ』と言って部屋から取り寄せたオルゴールを彼女に聴いてもらうと、「これ、マグル界では有名な子守唄よ。」とハーマイオニーが解決してくれた。大切な人の安全と幸せを祈る曲だという。

 

結局誰からのプレゼントなのかは分からなかったが、母さんがよく歌ってくれた歌を知っている人なのだ。きっと悪い人ではない。

大切にしよう、とティアラはその美しいオルゴールを愛おしげに撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でハリー達3人は、着々とホグワーツの秘密に近づいているようで、3人が居ない時にマートルの女子トイレを覗き込むと、手洗い場の前に小さな鍋が置いてあった。中を覗き込むと懐かしい色の液体がポコポコと煮たっている。

 

「もう少しね…」

 

果たして作戦決行はいつの事だったか……。必死に頭を巡らせても、何年も前の事だ。詳細な日付を覚えているはずもなかった。

 

 

 

 

 

そんなティアラの考えも他所に、明くる日の夜。ゴイルに変身したハリーと、クラッブに変身したロンは、スリザリンの寮でドラコの向かいのソファーに座って対面していた。

 

 

 

ティアラはきょどきょどと怪しく動くクラッブとゴイルが談話室に入ってきたときは本当に驚いた。今さら何も手を貸すことはできないが、状況を知ってしまっている以上、無視をして自室へ向かうことも出来ない。

 

結局、ティアラはドラコの隣に腰かけることに落ち着いた。

 

ハリーとロンは椅子に座り、顔を見合わせるが、ドラコにどう話しかけて良いか分からずどこかおろおろしている。

 

ティアラはその二人の様子に胸がキリキリと痛むのを抑えられなかった。バレてしまうのではないか、と手にじんわりと汗を握る。明らかに様子のおかしい3人に気がつかないというように、ドラコはテーブルの上の飴を一つ、口に放り投げ、長い溜息を吐いた。

 

「……まったく…どいつもこいつもポッターポッターポッター!いい加減鬱陶しい」 

 

ドラコは独り言のようにそう言い放った。ハリー、否ゴイルは口に含んだ紅茶を思わず吐き出しそうになっている。

 

ティアラはキョロキョロを辺りを見渡しパンジーが談話室にいないことを確認する。パンジーは人をよく観察する子だ。彼女がここにいたら一発で怪しまれることだろう。

 

「そもそもポッターはグリフィンドール生だろ。継承者はスリザリン生が最もふさわしいと思わないか」

 

ドラコの問いかけに、ハリーとロンはぶんぶんと頭を縦に振った。

 

「ド、ドラコは誰か知っているんだろ」

 

「おい、いい加減にしないか。知らないと何度言えばいいんだ。お前はバカなのか?…まったく……」

 

ドラコが継承者だと思い込んでいた2人はいぶかしげに顔を見合わせた。

ドラコはそんな様子を特に気にかけることもなく、再びチョコレートの包みを解いて口に入れた。 

 

──そうよ、ドラコは何も関係ないわ。だから早くバレないうちに出ていった方がいい!!

 

ティアラは必死に二人に目線を送るがガチガチに緊張している二人はそれに気がつく様子がない。

 

「ティアにもお前らにも、確か話していなかったな。父上の話では前回扉が開かれたのは五十年前だ。前回は穢れた血が一人死んだらしい」

 

「え……」

 

「なぁ、前に『部屋』が開けたやつが捕まったかどうか知ってるのか」

 

「いや、知らない」

 

マルフォイはため息をついて、口を閉じた。

 

「っっ、ふ、二人とも!ちょっと来て!」

 

ティアラはロンの髪がだんだんと赤くなりつつあるのに気がついた。もう限界だ。これ以上は見てられない。

ティアラは二人の腕をつかむと立ち上がらせ一目散に駆け出した。

 

入り口の重い扉の影に隠れると二人の姿は普段の《ハリー》と《ロン》に戻っていた。

 

弾む息を整え、二人を見上げる。

 

「ティア…知ってたの!?」

「ごめんなさい。たまたま話を聞いちゃったの。でも話は今度よ。貴方たちがここにいるのは良くないわ。誰かが来たら大変よ。」

「う、うん。ありがとう」

「じゃあ、ぼくらは行くよ」

「ええ。気を付けてね」

 

ハリーとロンは全速力で四階分の階段を駆け上がり三階の女子トイレに戻った。

 

扉からおずおずと出てきた毛むくじゃらのハーマイオニーに二人が驚くまでそう時間はかからないだろう。

 

「それにしても、ハーマイオニーはどうして私に変身しようとしなかったのかしら…?」

 

階段を駆け上がっていく二人の背中を眺めながらティアラはふと疑問を抱いた。──が、それは誰に相談できるものでもない。まあ……バレなかっただけよかった。と、くるりと踵を返し、さすがに怪しんでいるであろうドラコのもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇が明けて数週間。休暇前の静けさが嘘のように廊下は生徒とざわめきで溢れ帰っていた。生徒やゴーストの襲撃事件はぱたりと止み生徒には笑顔と元気が帰ってくる。

 

──どうにかしてハリーに50年前の事を見てもらわなきゃ。

 

そんな中、ティアラは魔力を吸われ続けていることによる体調不良で揺れる頭を必死に回し、方法を考えた。

 

"前"はジニーが操られることに恐怖を感じて日記を捨てた。そしてそれを"僕"が3階の女子トイレで拾って、50年前の景色を見たんだ。

ハリーに日記を見つけてもらうことは簡単だけれどその後再び回収するのが至難の技だ。ジニーはハリーの部屋に入って日記を探した。でもスリザリンである私はグリフィンドールの寮には入れない。

「…どうすれば……」

頭を悩ませてもなかなか良い考えは思い付かなかった。

もうすぐ夕食の時間だ。参加しないとみんなに叱られる。ティアラは区切りをつけ、髪をかき上げながら立ち上がった。長い髪がさらりと肩を落ちる。

「ティア、夕飯が始まるわよ」

「ええ、今いくわ」

一歩踏み出したところで突然ふっ、と世界が回転した。

──え……

 

 

 

 

 

《ガシャンッ!》

「ティアラ?!」

慌ててやってきたシャルルに抱き起こされるまでティアラは数秒意識を失っていた。

「…シャル……」

「どうしたの?!大丈夫?」

「だ、いじょうぶ…」

 

なにが起きたのか…とティアラはゆっくりと視線をさまよわせた。

 

「ティアラ!手が……」

その声に視線を下ろすと、割れた鏡の破片が手のひらを大きく切り裂いているのが見えた。

「ああ、このくらいは大丈夫よ」

杖を取り出し傷口にかざし杖を振るとその傷口はゆっくりと塞がっていった。

「傷跡が残っちゃうわ。待ってて薬を貰ってくるわ」

 

「シャル!大丈夫よ」

 

駆け出し掛けていたシャルルのローブの端をぎゅっ、と掴みそれを引き留める。

 

「…でも……」

「平気よ。ありがとう。動けば傷なんて何でも良いわ」

「なに言ってるの!女の子でしょう!」

突然怒り出したシャルルを前にティアラは、困惑の表情を浮かべた。

そんなティアラを見てシャルは困ったように悲しげに笑う。──どうすればこの子は自分を大切にするようになるのか……と。

シャルは後で傷消しを貰おうと決めティアラを立ち上げさせた。

「行きましょ、談話室でドラコとニカが待ってるわ」

その華奢な手の持ち主は消して弱音を吐かない。辛いとも、痛いとも、苦しいとも言わない。医務室に運ばれたときも何も言わずにこにこ笑っていた。

いつかこの子が私たちの前で本音を話してくれる日が来ますようにと願いを込めて。シャルルはその手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しますマダム、傷消しを少し………」

夕食のあと、ティアラに渡す薬を貰うため、シャルルが医務室に足を踏み入れたのと同時に薬棚の前で教授達2人とマダム・ポンフリーが真剣に話し合っているのが見え、思わずその場で固まってしまった。

「あ、ミス・ジェラルドどうかしましたか?」

スネイプ先生ともう一人と話していたポンフリーがこちらに気が付いた。

「えっと…薬を貰いに来たのですが…。…出直しましょうか」

「いえいえ、構いませんよ」

マダムがエプロンで手を拭きながらやって来る。

「怪我は……ないようですね、薬ですか?」

「はい。友達が怪我をして。当の本人は大丈夫って言うんですけど………。心配で」

「まあ!怪我を?」

「あ、すぐに治癒魔法を自分でかけて治してたんですけど…傷跡が残っているので傷消しを貰いに来ました。」

「そうでしたか、ではそこの紙に名前を書いて少し待っていてくださいね。あぁ!先生方!少し、そこを失礼しますよ」

 

紙に記入をし終わり、ソファーに座って待っているとグリフィンドールの寮監の先生がこちらに来た。変身術のマクゴナガル先生だ。

「誰が怪我を?」

「ティアラです。ティアラ・ヴァレンタイン」

 

補充する薬を紙に書き出していたスネイプは、聞こえてきたその名前にぴくりと片眉を上げた。続けられる会話にペンを滑らせる手を止め耳を傾ける。

 

「あの子ですか。確か、貴女は彼女と同室でしたね」

「はい」

「気を配ってやってくださいね。あの子はどこか…ぬけていますからね。成績はいいのですが……」

その時、奥から袋を持ったポンフリーがパタパタとやって来きた。

「ああ、!書き終わりましたね。はい。これです。2日分ありますからね。傷に塗って包帯を巻くようにと伝えてね」

「はい。ありがとうございます。失礼します。」

 

シャルルは包帯と瓶に入った薬を確認すると大きな扉を押し開け、寮への道を急いだ。

 

「先生方すいません。少し在庫を確認してきますわ」

シャルルが出ていった後、ポンフリーは医務室の奥、薬剤庫に行ってしまった。

 

「あの子はよく怪我をしますね」

部屋に残されたマクゴナガルは筆を止めているスネイプにそう呟いた。

「…………」

「…色々心配ですわ……。まるであの頃が戻ってきたみたい…」

ジェームズ・ポッター。シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー……。

彼らもよく医務室に来ていた…とマクゴナガルは懐かしそうに微笑む。

「…………」

だんまりを決め込んでいるスネイプはペンを動かす手を再開する。

 

「気に掛けてやってくださいね。セブルス」

「…………寮監だからな」

 

ふてくされたようにそう呟いたスネイプを見てマクゴナガルはああ、本当に懐かしい。と嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある授業後の夕方、ティアラの頭に突然あるアイデアが降って来た。

図書室に本を借りに行ったとき、椅子に座り本を読んでいた1年生の子達が本の貸し借りをしていたのだ。

 

ここなら、不自然に思われることなくハリーに本を渡せるのでは?そう思い至ったティアラは、次の日、すぐにハリーを勉強に誘った。この日魔法薬学の授業からレポート作成の宿題が出ていたため口実は沢山あった。

 

 

合流したハリーは怪しむことなく席に座る。ティアラは家族から届いた日記帳、私は使わないから、と言ってハリーにトム・リドルの日記を渡した。

 

暫く経ってから、ティアラはハリーのとなりで寝たフリを始める。

 

 

 

ハリーがティアラから貰った日記帳を開くとそこに『僕はハリー。』と丁寧に記した。

 

日記なんて人生で一度も書いたことがない。ハリーはほんの少しわくわくしながら何を書こうか、と再びペンを握り締めた。

 

そして、日記帳に吸い込まれたインクに驚愕する様子をティアラは横の席から盗み見る。

 

そこに確かに書いたのに、それは紙の裏も表も何も書かれていない、まったくの無地の状態になったのだ。ハリーは眉を寄せながらページをめくる。すると突然ページの中央が黒く滲み、文字が浮かび上がってきた。

 

『こんにちはハリー・ポッター。僕はトム・リドルです。』

 

これはどういうことだと言うようにハリーがこちらを見るがティアラはひたすら目をつむり、寝たふりを続けた。ハリーは好奇心に駆られるままに、羽ペンを滑らせる。

 

『やあトム。君は秘密の部屋について、なにか知っていますか?』

『はい』

『教えて頂けますか』

『いいえ…………ですが、あなたを50年前に連れて行くことが出来ます。』

 

 

「え……?」

 

ハリーが何か言う前に、ハリーの身体は本の中へと吸い込まれてゆく。日記帳はハリーを飲み込んでいった。

 

ハリーの体からガクリと力が抜けたのを確認したティアラはそっと瞳を開いた。

 

「あとは頼んだわよ、ハリー」

 

 

自分の体が乗っ取られてしまう日はきっと遠くない。ティアラはその肩にそっと手をのせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと………?」

今さっきまで図書館にいたはずなのに…。ハリーがキョロキョロと辺りを見渡すが、周りの風景が白黒なのと、日記の人が言っていたことを思い出す限り、ここは過去の……50年前のホグワーツなのだろう。

 

「あの、すみません」

 

ハリーは目の前に立ちこちらを見つめる少年に声を掛けた。

 

『…………』

 

「あの……?すいません。僕、」

 

そこまで言ったところでその少年は僕をすり抜けて階段の方に向かった。

 

そもそもその少年は僕のことを見ることが出来ないらしい。

 

『ダンブルドア先生!』

 

「ダンブルドア先生だって?」

 

まさか…と思いながらもその少年の視線の先に目を向けると、そこには今の姿よりも少し若いダンブルドア先生が立っていた。

 

『おお、トム。なにをしているのじゃ。消灯時間はとうに過ぎておる』

『すみません。ですが、どうしても聞いておきたい事があって。………女子生徒がひとり、死んだと』

『ほう……どこでそれを?』

『先生もよくご存知でしょう?ホグワーツは噂が広まりやすい。』

 

ダンブルドアの顔が沈黙が全てを物語っていた。

 

『秘密の部屋の怪物が……その少女を殺した……という事ですか』

『……儂がただ一つ言えるのは…。残念な事じゃが我がホグワーツで…純粋な子供の命が一つ、喪われた。不甲斐ない事じゃが、儂を含め、教授達はその命を守れなかったのじゃ。その責任は取らねばならぬ。もはやここに安全はない。』

 

『……学校を…閉めるおつもりで?』

 

『…どれだけ嫌な所だとしても、今はそちらが安全なのじゃ。分かっておくれ』

『僕の家はホグワーツだけだ!』

『トム。死は平等な恐怖なのじゃ、君を死なせる訳にはいかん』

 

トムの顔が曇った。

ハリーはこの少年がどんな事情を抱えているかは分からないが、ホグワーツに対する思いには親近感がある。

 

 

その少年はダンブルドアに一礼して踵を返すと、トムは早歩きで進み始めた。

どこにいくのか、とハリーはひたすらその少年を追った。

とある部屋の扉の前で立ち止まり中を覗くと、そこには毛むくじゃらの大柄な少年が、箱に向かってこそこそと話をしていた。

 

───ハグリッド?

 

まさか……この事件に彼が関わっていたとは…。

 

『まさかとは思ったけれど…本当に君が犯人だったなんて』

『ト、トム!?ち、違げえよ!誤解なんだ、アラゴグはやってねえ!』

『何が違うものか!君が放したそのペットのせいで彼女の尊い命は奪われたんだぞ!』

 

ハグリッドは太い声で声を出しながらも、その箱を庇うように立ち塞がった。

『アラゴグは、俺が言って聞かせてる!勝手に生徒を襲うような事は絶対にしねえ!』

 

 

口論の途中、真っ先に動いたのは箱のなかにいた物だった。

箱から飛び出したそれは、恐るべき速さで壁を走っていく。毛むくじゃらの胴体から伸びた巨大な脚は、否応にも異形の生物を想起させた。

 

「ステューピファイ!」

「っ!!!」

 

杖を振り上げたトムの腕をとっさにハグリットが掴んだ。その隙を突いて化け物が扉の隙間から脱走する。

 

日記の記憶はそこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

ハリーはふっ、と意識を浮上させた。

 

隣で眠っていたティアラはいつのまにか目覚め、こちらをじっと見つめている。

 

「テ、ティア!僕!」

「しーー!マダム・ピンスに怒られちゃうわ」

「う、うん。」

ハリーは声を絞って興奮したように続ける。

「僕、不思議なものを見たんだ!この日記に吸い込まれて、それで!」

 

今見たことを必死に説明しようとするも、ティアラは不思議そうにこっちを見るだけだ。

「…きっと夢でも見たのよ」

「…うーん……そうかな…」

 

取り敢えずハグリットに会いに行こう!とハリーは勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっと行ってくる!」

 

ハリーの遠ざかる後ろ姿が消える前、ティアラは素早く杖を振りその鞄から日記を盗みとった。

ふよふよとやって来た日記を胸にかかえ彼の幸運をひたすら願う。

 

──さあ、これで私の仕事は終わり。

 

あとはもう。

 

なるようになるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーが日記の記憶を見た後日、ホグワーツは更なる混乱の渦に巻き込まれた。ハリーの出場予定だった対ハッフルパフ戦のクィディッチの試合が中止となり、ハーマイオニーと別の女子生徒が襲われる事件が発生したのだ。

 

 

そして前回の事件時の容疑者だと言われているハグリッドは、魔法大臣とアルバス・ダンブルドアからアズカバンへ送ることを告げられ、さらにはダンブルドアが校長職を停職させられる事態となった。

 

 

慌ただしく環境が変わるなか、ティアラは日に日に日記の記憶に体を操られ自我を保つことが出来る時間が短くなっていることに気がついていた。

 

 

「ティア」

 

授業後の放課後、夕食に向かう途中、ニカとシャルルはこの頃どうも元気のないティアラを気に掛け、声をかけた。

 

この子が大人びているのはいつものことだが、最近は大人びているのではなく《具合が悪そう》に大人しいのだ。

 

「ん?」

 

いつものようにアーモンド型の大きな瞳がふんわりと微笑む。

 

「具合が良くないんじゃない?顔色が悪いわよ」

 

ニカがゆっくりと歩きながらティアラの頬に指を滑らせる。

 

「大丈夫よ。ありがとう」

 

──確かに熱はないみたいだけど……

 

 

「ねぇティア。あなた、クリスマス休暇の後からなにか変よ?」

 

もう黙っていられない、というようにシャルルが肩を掴んだ。シャルルの青い瞳が心配そうに覗き込んでくる。

 

 

ティアラはそっと肩に乗ったシャルルの手を持つと再び「本当に大丈夫よ。ありがとう」と微笑んだ。

そう言われてしまっては何も言い返せないではないか。ニカとシャルルはなにか言いたげにティアラを見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は流れ、未だ継承者が誰なのかわからないまま、五月の末になった。この時期になれば生徒たちもうやうやと遊び、噂話を楽しんでいる場合ではなくなる。期末考査が近づいているからだ。

高学年はもちろん。前期考査で失敗した低学年の者達も必死に挽回を計っているのだ。

 

 

 

 

 

そんな中、期末試験の3日前ティアラはついに自分で自分の体を動かせなくなってしまっていた。

 

人影のない廊下の角にうずくまり、なんとも言えない胸の痛みに唯一動く瞼を閉じた。

 

体を操られるのは苦痛しか生まない。ジニーはあの時、こんなに怖く辛い思いをしていたのかと改めて思い知らされる。

 

時々意識が遠退きそうになるのをぐっ、と耐える。───が、それもそろそろ限界だ。

 

 

ジニーが命の危険にさらされることはない。万が一のときでも…死ぬのは私だ。

 

もう何も出来ることはない。

 

 

彼を信じるしか──。

 

 

 

ハリー…どうか……無事で───

 

 

 

ティアラは体に入ろうと侵食してくる何かに抗うのを止め、深い闇に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

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