その女性はマリアといった。
ルークと呼ばれた男性は白衣を着ていた。話の内容を聴いた限り聖マンゴで働いている『この体』の父親だ。
これが現実なのだとしたら
こんなことはありえない
記憶が他の人に乗り移るなんて
でも…治療を受けている限りそうとしか思えない。
混乱した。
信じられなかった。
あの戦いのあと、友達たちがどうなったのか知りたかった。
でも、どうやって?
娘が突然、あの戦いについてあれこれ聞いたらさらに混乱するだけではないか。本にも全く載っていない。
目が覚めてから数日後、状況をやっと整理したハリーは『父』がいる書斎のドアを叩いた。
「どうぞ…ってティアラか」
「こ、んばんは…」
「どうした」
ルークは立ち上がり椅子を引いてくれる。
ハリーは《ティアラ》と呼ばれたことに動揺しつつも、おとなしくそこに座るとゆっくりと口を開いた。
「話を…話を聞かせてもらえませんか…?…その……あなた方の娘の話を。ティアラ・ヴァレンタインのことについて」
「………」
*
───まさか
そんなの、 ありえない──
ふらふらと書斎から出るとハリーはその場に座り込んだ。
ありえない
ありえない
ありえない…
そんな…
──戻っているなんて。
だったら…あれはなんだったのか
あの長くて苦しかった人生は。
皆が死んでいったのは。
すべて──すべて夢だったのか。
ハリーは気がついてしまったのだ。
話しているとき、彼の机の上にあったカレンダー
それがいつを指しているのか
ハリーは気がついてしまった。
あの戦いがどんな本を見ても書いていない理由を。
知ってしまった。
今の時間軸が大きく歪み、矛盾していることに
今 が、
"僕"がホグワーツに入学する一年前
1990年10月31日だということを
*
バチンッ!という音と共にティアラの姿がハロウィン一色に染まるゴドリックの谷に現れる。
それと同時にティアラはその場に崩れ落ちた。
「はぁっ……、はっ、………」
おそらく彼女の身体が姿現しという上級魔法について行けていないのだ。
それはそうだ。つい昨日までは魔法界に生まれ、すくすくと成長していたまだ魔法学校にも通っていない一人の少女の体なのだから。
ハリーはあることを確認するために、ここに足を運んだ。
姿現しは難しいが感覚を覚えさえすれば使える呪文だ。書斎を出た足で人気のない部屋に向かいこの呪文を使った。
ハリー、もといティアラは何かに取り付かれたようにふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで記憶の通りに雪道を進んで行く。
「──あっ…た…」
ハリーがそう呟いたのはリリーとジェームズの墓の前にたどり着いた時だった。手でお墓に積もった雪を払うと、ハリーは乾いた笑い声をあげてその場にへなへなと座り込む。雪を含んだ風がティアラの白銀の髪をさらい、コートに白い雪の装飾をつける。
ハリーは光のない目で震える自らの手を見つめた。
その手の震えが寒さによるものからなのか、はたまたあの戦いがもう一度起こることに対する恐怖からなのか、ヴォルデモートがまだ存在することによる不安からなのか──自分自身に問いかけてみても答えは出ない。
「っ、、…もう…一度………っ?」
ハリーは光の宿らない目で雪の降る空を見上げ、暗い空に向かって叫んだ。
「………あなたはっ、…!──あなたはもう一度あの悪夢を見ろと言うのですか?!ハリー・ポッターとして生き、幾度も命の瀬戸際に立たされ続けた!どこへ行っても英雄と唄われ、心休まる場所は親友達の隣だけだったっ!!」
それはだんだんと悲嘆へと変わって行く。
「今度は記憶を持ったままティアラ・ヴァレンタインとして生きろと?!もう……!もう、うんざりだ……っ、!」
頬を伝った涙がポタリと墓石へ落ち、雪を溶かす。
もう人が死ぬのを見たくない。
二度と大切な人を失いたくない。
──英雄なんかじゃない
魔法のない世界で、なにも知らず平凡に生きたい。
この願いはそんなにも叶わない願望なのだろうか。
ハリー・ポッターが死ぬとき。
それはこの記憶の死も意味していたはずで、二度とこの記憶に主ができることはあってはいけないはずで──。
すでにこの体はティアラ・ヴァレンタインとして8年生き、ティアラを大切に思う大切な家族だっている。
このからだに宿る大切な思い出だってあるはずで…。
ティアラが『ティアラ』として生きていくはずだったのに。
ハリー・ポッターの記憶がいっそのこと目覚めなければよかったのに──。
へたりこんだままなにも考えられずにいると、墓場の入り口あたりから雪を踏む音が聞こえてきた。
さく、さく、とゆっくりとした足音で、それでも確実にこちらに向かって来ている。
ティアラは回らない頭でどうにか体を動かし、ふらふらと立ち上がり、そちらに体を向ける。
さく
さく
さく────。
その足音は顔が見えるところでピタリと止まった。
「───っ…?!」
ティアラはその足音の主の顔を見上げると言葉を失い、若草色の瞳から一粒の涙を流した。
その涙は頬を伝たり真っ白な雪に吸い込まれる。
「────ス…ネイプ…先生…?」
視線の先には、白百合を持ち、真っ黒なローブに身を包んだスネイプ先生が、呆然と立っていた。
「先生……が、、生き……て…る……?」
──じゃあ──
「──救える…?」
ポツリと呟いた言葉は相手には届かず、降り積もる雪に掻き消さた。
それでも、別の人物として過去に戻ったという現実は耐え難く、簡単に受け入れることができるものではなかった。
「………、……もう一度なんて…っ!…そんなの…、!」
スネイプから逃げるようにじりじりと後退し、コンッ、とかかとがお墓に当たったところでティアラは我に帰った。
「……、!」
ティアラは姿眩ましでヴァレンタイン邸へ向かった。