ハリー・ポッターと銀髪の少女   作:くもとさくら

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ハロウィンの夜

 

 

 

空が高くなり、やや肌寒い風が秋を運んできた。10月の終わりに近づいたホグワーツ城では、着々とハロウィンの準備が進んでいた。

 

ハロウィーンが近づいていることもありティアラはどうすれば先生とハーマイオニー達を危険から遠ざける事ができるのか考えてるため、部屋に籠ることが多くなった。

 

窓から差し込む夕日が本を読んでいたティアラの横顔を照らす。

 

少女には似つかわしくない美しさがにじみ出ていた。ティアラは肩にかかる色素の薄い髪を払うと、その視線をそっと伏せた。

 

あれからいつくかの授業がありその度に先生たち評価されている。

スリザリンにしたら寮点がたくさん入って良いことかもしれないが、 ハリーだった時は決して勉強ができる方ではなかったし、今だってハリーのときの経験があるからできるだけ。

 

努力しているハーマイオニーや友人たちを見るとなんだかずるをしているみたいで心苦しかった。

 

「……」  

 

ふぅ、とひとつ息をつきハロウィンのことに集中しようと軽く頭をふった。

 

フラッフィーは音楽を聴くと眠りに落ちる。

先生が怪我をしないためには眠らせるのが一番手っ取り早い。

先生が部屋にたどり着く前に眠らせておく? でもそんなことしたら犯人探ししそう。

 

バレてしまっては元も子もない。

 

そしたら先生にオルゴールをプレゼントする? でもそんなことした理由がわかったら…。

 

その前にプレゼントを渡す理由がない。

クリスマスとかだったら誤魔化せるけど。

 

やっぱり立ち会ってばれないようにプロテゴをかけて急いでハリー達のところに行くしかないのかな……。

 

でも──どこまで自分の体が実戦魔法を使うのについて行くのかわからない。

 

 

ティアラは結論のでない問いに1つため息をついてシャル達がいるであろう談話室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロウィーンの朝、ティアラは早く起きて友達に配るための人数分のクッキーとパイを作っていた。

 

 

手際よく進めるティアラの足元では背の低いホグワーツの屋敷しもべ達がみんな、ティアラの手の動きを目でおっている。

 

 

「あの、ティアラ様、我々にも何かお手伝いを……」

 

 

 

「大丈夫よ。お菓子作りは、自信があるの。前にハーマイオニーに叩き込まれたから。ありがとう。いつも忙しいでしょう?あなた達が作るご飯。とっても美味しいわ」

 

ティアラは生地をかき混ぜる手を一旦止めてしゃがみこみ、目線をおんなじにして"ありがとう"と言った。

 

「「うわぁーーーーん!!!」」

 

「わわっ、ど、どうしたの?」

「我々にそんなに優しくしてくださるスリザリンは今まで一人たりとも居りませんでした!ティアラさまぁーーー!!!」

 

突然多数の小妖精達が泣き出しティアラに抱きついてきた。

 

「あらら、…」

「ティアラさまぁぁーーー!!!」

「……ふふっ、、」

ティアラは大きく手を広げ、後ろの方で羨ましそうに見ていた子達も誘い、そっと抱き締めた。

 

またまた本人は気がついていないがこの出来事によってホグワーツの屋敷しもべ達はティアラに心からの忠誠を誓ったのだった。

 

 

 

 

 

「よしっ!できたー!」

 

袋で小分けにしてその中のいくつかはキッチンを貸してくれた屋敷しもべ達にプレゼントした。

 

談話室に戻りみんなが起きるのを待っていると、最初にドラコが起きてきた。

 

「やあ、おはよう。ティナ」

「おはようドラコ。これ食べない?焼きたてなの。」

「いいのかい?これって君の手作り?」

「ええ。カボチャのクッキーにチョコレートパイ」

「ありがとう!頂くよ!」

ドラコは少し顔を赤らめて、それを大切そうにローブのポケットに入れた。

 

「ティア、おはよう」

「はよーティア」

「おはよう、ニカ、シャル。よかったらこれ、受け取ってもらえない?ハロウィーンのお菓子。手作りなの」

 

「まぁ!すごい!しかも暖かいわ!今作ってきたの?」

 

「ええ。キッチンを借りて」

 

「もぉ!そんな楽しそうなこと一人でしないでよー!私達もやりたかったわ!」

「ご、ごめんなさい、あまりにも気持ち良さそうに寝てて……」

「うっ、……それ言われちゃうと…」

「皆さまも!ここにクッキーとチョコレートパイを置いておきます!ご自由に取っていってくださ…」

 

ティアラが言い終わらないうちに男子達がわらわらとテーブルに近づきあっという間に籠は空になってしまった。

 

「まぁ!ティアラったら大人気ね」

 

とニカとシャルは嬉しそうに言っている。

 

「え…?どういうこと?」

訳がわからなくて聞き返すと、シャルが私の肩をがっしり掴んで顔を近づけた。

 

「…ティアラ……?あなた、目、ある?」

「あ、あるわよっ!」

「そうよねぇ…じゃあ、鏡見たことある?」

「あるわ?それがなに?」

 

鏡を見て髪を整える位は毎朝するが、もともと男子であるティアラに<自分はきれいだ>と認識する能力は0だ。

 

それ以前に彼女は《自分》に関心がない。

 

休日には、優先すべきものがあれば食事をとるのも忘れてしまう。

そんな姿を何度か目にしたことがある二人は、急に黙り混み、二人で無言の会話をし始めた。

 

「よしっ!決まったわ!ティアラ!今日はハロウィーンよ!あなたには大変身をしてもらうんだから!」

「…へ?」

「まあいいわ!夜のお楽しみ!ハロウィーンパーティーで大変身させてあげる!ドラコ!あなたも手伝いなさい!」

 

「へ、あ、うん?」

 

ドラコは何がなんだかわからないまま返事をしてしまい、ティアラはシャルとニカに連れられ、大広間に向かった。

 

大広間につくとそこにはすでに数々のハロウィーンの装飾がなされており、生徒たちもどこか浮わついている。

 

ティアラはいつもより少しだけ豪華な朝御飯を食べながら今日するべきことを頭の中で確認した。

 

まずグリフィンドールは午前中が妖精魔法の授業。そこでロン達が喧嘩をする。 ハーマイオニーが女子トイレにこもる。 大広間でハロウィーンパーティーをしている途中クィレルがトロール事件を起こす。 スネイプ先生が賢者の石は無事なのか確認をしに行って怪我をする。私はその時先生にばれないようにしてプロテゴをかけ女子トイレに向かってハリー達を先生達が来る前に助け出す……。

今考えただけでもハードなスケジュールだ。

 

『ティアラ』のからだが魔法についてきてくれることをただただ祈る。

 

 

 

*

 

 

 

ティアラは午後の授業を終え、皆がハロウィーンパーティーの準備のために寮へと帰る波に乗っていた。

 

寮に帰り、授業の荷物を部屋に置き、部屋を1歩出ると忙しそうな生徒達の声が聞こえきた。

 

杖がローブに入っていることを確認し、ティアラは談話室中央のソファーに座った。

 

世話しなく動き回る生徒達を眺めていると、少し興奮した様子のドラコがやって来た。

 

「ティア、見て!」

 

ドラコはその場で一回転をして衣装を見せてくれた。

 

まだ幼いドラコに黒いタキシードは《ぴったり》とは言い難かったが、金色の髪と整った顔立ち、笑ったときにちらりと覗くヴァンパイアの牙がリアリティーを醸し出していた。

 

「素敵ね!とっても格好いいわ!」

 

にっこりと笑うとドラコは顔を赤らめて笑った。きっと恥ずかしいのだろう。ティアラはそう結論付けて考えをまとめた。

 

「ありがとう!ティアは?なにもしないの?」

 

いまだに黒と深緑のローブに身を包んだティアラを見て、ドラコは不思議そうに言った。

 

例年、ハロウィンの仮装はホグワーツの恒例行事になっている。低学年から高学年までだんだんレベルが上がり、公認ではないがコンテストもあるほどだ。強制参加ではないものも、仮装をしないものはあまりいない。でも、何年も生きてきて''もうそんな年ではない''と自分の中の誰かが言うのを聞き逃しはしない。気恥ずかしさも乗っかり、ティアラは仮装をするつもりはなかった。

 

「ええ。私は…いいかな」

「そう言うだろうと思って!母上様が君に」

 

ドラコが胸元のポケットから薄緑の封筒を取り出し、ティアラに渡した。

 

「これは?」

「母上の魔法だ。きっと気に入るよ。開けてみて!」

 

せかされるまま蝋で固められていた封を開くと、突然、スニッチサイズの黒い玉が飛び出し、ティアラの上で爆発した。

 

《パンッ!!》

 

声を出す暇もないまま、ティアラは黒色の煙に包まれた。

 

「え…?ドラコ?なに?これ」

 

「大丈夫、じっとしてて」

 

どこからか聞こえてくる声の通りにすると、その煙は5秒もたたないうちに晴れた。

 

「「わぁ…!」」「「綺麗……」」

 

どこからか、そんな声が上がる。

 

ティアラが身に付けていたローブは夜空のような黒いドレスに変わっていたのだ。お陰に、牙まではえている。

 

「ええ…?!」

 

ティアラは自分の姿を見下ろし、驚きの声をあげた。

 

「ティナ、こっち!」

 

ドラコに導かれるまま鏡の前に立つと、最初こそローブがドレスに変わったことに驚いていた。

 

が、こんなに落ち着いた色ならば恥ずかしくはない。すぐに笑顔になり、ありがとう!と笑った。

 

その笑顔は弾けるように可愛らしく、笑ったときに覗く牙まで可愛らしい。

爆発音でティアラに注目していた男子たちはとっさに目を逸らした。

それもそのはずで、今のティアラはナルシッサの魔法により、髪を纏められ、星空を詰め込んだかのような美しいドレスを身にまとっている。ノースリーブのそれは、ティアラの真っ白な肌が惜しげもなく出している。そんな格好での笑顔は破壊度が抜群だった。

 

仮装を済ませた女子生徒がわらわらとティアラの側によっていく。

 

「素敵ね!」「綺麗だわ!」

 

そんな波に押され、遠ざかりそうになっていたドラコはティアラの腕をつかんで引き寄せた。

 

「どうだ?気に入ったか?」

「うん!ありがとう、ドラ「ドラコ?あなた、ティアとお揃いにしたわね?」

 

なかなかクオリティの高い妖精の仮装をしたシャルがドラコに詰め寄った。

 

「な、、な、何を言っている!ジェラルド!」

「ほぉぅら!あたしのことは名字呼びなのにティアラのことはティナ呼び!特別扱いしてるのバレバレなのよ!」

 

「う、うるさいっ!だいたいな───…!!!」

 

 

シャルとドラコが喧嘩をしている間に、ティアラは密かに人だかりから抜け出し、寮を出た。

 

 

走って女子トイレに行きハーマイオニーをここから出るように説得をするも、よほど会いたくないのかハーマイオニーはそこから一歩も動いてはくれなかった。

 

 

 

「…どうしよう」

 

悩みながら廊下を歩いていると、突然目の前を飛ぶ花火が横切った。

 

───これって、もしかして!

 

それを追って角を曲がると、人だかりのなかにフレッドとジョージがいるのを見つけた。どうやら、いたずらグッズの販売をしているらしい。

 

「これを一つくれ!」

「私はこれを!」

「私が先よ!」

 

その商品をも求める生徒たちは長い列を作っていた。

 

前世と変わらぬ光景にティアラは心から幸せそうに微笑んだ。

 

「…おっと!先生メーターが反応したぞ!フレッド!」

「生徒のみんな!続きは中庭だ!」

「俺らにつづけー!」

 

その声のあと、底にいた生徒たちはすぐに姿を消した。

 

「ふふっ、相変わらず逃げ足も早い…」

 

するとすぐに前からスネイプ先生がやって来た。バチリと目が合い、ティアラはふんわりと微笑み、会釈をした。

 

スネイプはそれに驚いたかのように目を見開いたあと、すぐに眉間にシワを寄せた。

 

「……アクシオ」

 

スネイプは小さく呟き杖を振った。

 

ティアラはスネイプが杖を構えた瞬間、ハリーだった頃の癖で、怒られるのではないかと思い肩をすくめ目を閉じたが、肩に感じたのはふんわりとした布の感触だった。

 

「…え?」

 

そっと目を開けると、肩にかかった白いチュールに気がつき驚いたようにスネイプを見上げた。

 

「……肌寒そうに見えただけだ。」スネイプは表情の見えない顔でそう呟くとそっぽを向き早歩きで去ろうとしていた。

 

「あ、あの!ありがとうございます!」ティアラはそのチュールを握りしめながら、黒いローブがはためくその背中に向かってそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく生徒全員が楽しみにしていたハロウィンパーティーだ。

 

大広間に近付くにつれて人が増え、パーティーの前の楽しい雰囲気が高まっていく。

 

大広間に入ると、すぐに壮大な飾り付けが見えた。 懐かしい光景にティアラは微笑んでしまうのを止めることができない。

 

いつも冷静なドラコも、飾り付けを見て目を輝かせている。

 

二人がテーブルについて少しすると、シャルとニカがやって来た。二人が座れるよう隣のスペースを空ける。

 

三人は楽しそうに話を始める。だが、ティアラは緊張で上手く話をできなかった。

 

始まる。

 

みんなを…守らなきゃ…。

 

そんなことを考えていると、金色のお皿にご馳走が現れた。 新学期の時と一緒で、みんなすぐに自分のお皿に取り分け始める。

 

 

「早く食べないと全部なくなるぞ。」

 

ドラコがまだ料理に手をつけていないティアラを見かねて言った。

 

「そうね...ありがとう。」

 

ティアラはドラコにお礼を言い、料理を自分のお皿に取り分け始めた。 どれも美味しそうだ。 それにハロウィンらしいかぼちゃのお菓子が沢山ある。

 

まず甘い物以外を一通り取り分け、皮付きポテトを口に運ぼうとした。

 

その時だった。

 

ドタドタと音がして、クィレル先生が全速力で大広間に駆け込んで来た。 ターバンは歪み、顔は恐怖でひきつっている。

 

異常な様子の先生をみんなが手を止めて見つめた。 ティアラも皮付きポテトを口に入れるのを止め、フォークを置き先生を見た。

 

──来たわね…。

 

先生はふらふらとしながらダンブルドア先生の席まで辿り着き、テーブルにもたれ掛かり、息も絶え絶えで言った。

 

「トロールが...地下室に...!!お知らせしなくてはと思って..。」

 

クィレル先生はそう言い終わるとその場で気を失い、バッタリと倒れてしまった。

 

大広間はみんなの恐怖の声で満たされた。

 

回りを見渡してみると隣のレイブンクローのテーブルにいた女の子は泣いている。 スリザリンの生徒たちも悲鳴を上げ、涙目になっている子もいた。 ドラコの声にも恐怖の色が滲み、顔はいつもよりずっと青白くなっている。

 

「静かに!!」

 

ダンブルドア先生が声を張って言ったが、みんな混乱して騒いでいる。 ダンブルドア先生が杖の先から紫色の爆竹を何度か爆発させて、やっとみんなが静かになった。

 

「監督生よ」

 

先生の重々しい声が轟いた。

 

「すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に通って帰るように。」

 

先生がそう指示すると、大広間は再びざわめきで満たされた。

 

「スリザリンの生徒はこっちだ!1年生、急いで!」

 

ティアラは、混乱の渦のなかスネイプ先生が大広間を飛び出すのを見て、列を密かに抜け出しそのはためく黒いローブを追った。

 

「今から移動するから、しっかり後ろに着いて来て。絶対に離れないで!」

 

後ろから監督生の声が聞こえるが、止まっている暇はない。

 

ティアラはドレス姿のまま、ホグワーツの廊下を静かに駆けた。

 

 

 

 

 

 

ティアラは急いで自分に探知不可魔法をかけ、音無く先生の後ろをついていった。

 

先生がドアを開け、中に一歩足を踏み入れたのと同時に、フラッフィーの爪が振り下げられるのを見た。

 

爪が先生の足に当たる前に、ティアラは無言呪文で盾の魔法をかけた。爪と魔法の盾がぶつかり音をたてる。 だがスネイプを敵だと判断しているフラッフィーは攻撃をやめない。 ティアラとフラッフィーの無言の対決が続いていた。

 

無言呪文は魔力の消費が激しい。

 

はやく!

 

その時、ティアラのからだに電流のような鋭い痛みが走った。

 

「い、っっ、、!」

 

からだが無理だと言っている。まだ早いと。こんな呪文は慣れていないと。

その痛みのせいで術をかけるのが遅れ、先生に爪が当たりそうになる。

 

スネイプはさっと隠し扉が開いていないことを確認するとすぐに扉を閉じこちらに向かってあるいてきた。

 

(よかった。足、引きずってない)

 

スネイプの安全を確認するとティアラは振り返り女子トイレへと急いだ。

 

 

 

 

予想通り、そこにはトロールの姿があった。 背は4メートルはあるだろう。鈍い灰色の岩のような肌に、ずんぐりとした巨体。足はコブだらけで、異常に長い腕は太い棍棒を引きずっている。

いつか見たその姿は、大きく、威圧的で、ティアラは思わず眉間にシワを寄せる。

 

だが、端でトロールと応戦する三人を見て逃げ出すことなんてできない。

 

三人とトロールの間に飛び込み、怯えて震える3人を庇いながら、杖を構えた。

 

「ティアラ?!どうしてここに!」

「3人とも無事?!」

「怪我はしてない!」

「そう、よかった」

 

緊張しないとは言わない。

 

恐ろしくないと言ったら嘘になる。

 

けれど、これはやらねばならないこと。

 

私ができるせめてもの恩返し。

 

僕の親友でいてくれた二人への。

 

 

 

ダンダンッ!と、トロールが地団駄を踏み、こん棒を振り上げる。

 

…そこで限界だったのか、耳元でハーマイオニーの甲高い叫び声を聞いた。

 

「きゃぁぁぁぁあああ…!!!!」

 

ハーマイオニーは目をつむり、耳を両手で押さえた。ロンとハリーも涙目でトロールを見上げたまま固まっている。

 

その叫び声に反応したのだろう。ブンッと鈍く振りかぶる音が聞こえて───瞬時に3人の頭を押さえて姿勢を低くさせ、その上に覆い被さる。トイレの個室の壁を破壊しながら、頭上を棍棒が通りすぎていった。

 

「いっ…!」

 

鋭い痛みを感じる。どうにか杖腕は守ったが、左腕に壁だった木材が突き刺さってしまったようだ。とはいえ、治す暇なんてない。

 

トロールが棍棒を持ち直す間に、動けない3人をどうにか行き止まりだった角から引っ張り出した。

 

どうにかして3人を逃がしたい。

 

───でも、どうやって?

 

魔法は、使えてあと一度だ。もう、魔力が残っていない。

 

他のところに集中したせいで守りがおろそかになり、トロールが壊した洗面台の破片が右足を切り裂いた。

 

「ああっ、!!!!」

 

激しくなる鼓動の音を押さえながらティアラは必死に頭を回転させる。

 

じくじくと痛む腕と足が思考の邪魔をした。

 

「ティアラ!!!怪我が!!!!」

 

ロンの悲痛な叫びが聞こえる。

 

───っっ!!!仕方ない。これをっ。

 

『プロテゴ!(守れ) コンフリンゴ!!(爆発せよ)』

 

呪文を唱えた瞬間、気を失いそうになるが寸前のところで耐える。

 

トロールの上の空気が爆発し、爆発音と共に熱風が4人を襲うが白銀の盾に守られ、それは届かない。

 

トロールは突然の爆発音と熱風に驚き、気絶をするように倒れた。

 

「っっ、、」

 

ティアラも腕を押さえて崩れ落ちる。

 

───先生が貸してくれたチュールが…。

 

真っ白だったチュールは鮮やかすぎる赤に染まっている。

 

ティアラの背中に隠れていたハリーが叫んだ。

 

「ティアラ…?!」

「だ、…大丈夫だから、ね…?…心配…、しないで、っ、ハリー、」

 

「ああっ!!ごめんなさい、私のせいだわ…!!」

 

今にも泣きそうなハーマイオニーに、大丈夫よ、と声をかける。安心させたかったのだが、なぜか彼女は顔をこわばらせてしまった。

 

治癒魔法を使いたいが、残念ながらそれは難しいことがわかる。すでに、時折ブラックアウトの波に飲み込まれそうになっていると言うのに。

 

ハリー達も、さすがのハーマイオニーでも、入学2カ月で治癒魔法は使えないだろう。

 

ドタバタと足音が聞こえ、閉じていた重たいまぶたを少し開く。

 

マクゴナガル先生、スネイプ先生、クィレル先生の順に飛び込んできて、ティアラはほっ、吐息をついた。

 

これでハリーたちは安全だ。

 

スネイプ先生は、倒れているティアラには気づかず、トロールを覗き込み呪文を呟いたのが聞こえる。

 

 

マクゴナガル先生の瞳がティアラを映し…短く悲鳴をあげる。

 

「ミス・ヴァレンタイン?!ああ、なんということでしょう…!」

 

そんなマクゴナガルの声にスネイプが目を向ける。

 

「……?………っ!」

 

マクゴナガルは今にも泣きそうな表情で叫んだ。

 

「なんてこと!!大変!!」

 

「…、っ、大丈夫です、マクゴ…ナガル先生…。見た目ほど、酷くはありませんから…」

 

「大丈夫なわけがありません!セブルス、早く手当てを、医務室へ!」

 

「だ、大丈夫です…って。」くたりとしたティアラが微笑んで見せる。  

 

 

大丈夫、もっとひどい怪我はたくさんした。

 

 

 

「そんな顔で大丈夫と言うのではありませんっ!!!」

 

マクゴナガル先生はスネイプ先生を見、スネイプ先生はわずかに頷いた。スネイプも盛大に眉間にシワを寄せティアラを睨む。

 

「なにが大丈夫だ馬鹿者!そんな顔で笑うな。」

 

ティアラは横目でスネイプ先生が怪我をしていないことをチェックし今日の目的は果たせたらしい。と言うことに気がつき口角をあげる。

 

「せん…せ、?…ごめん、なさい…これ、…よごしてしまっ…て、」

 

ティアラが震える指先で赤く染まったチュールをほんの少し持ち上げた。

 

「…そんなもの…っ、!」

スネイプ先生は苦しそうに目元を歪ませ、噛みつくように言った。

 

「もういい、馬鹿者が。黙れ。喋るな。」

命令口調で言われたその言葉に懐かしさを感じ、わずかに微笑むとティアラはすぐに意識の闇へと身を委ねた。

 

 

 

 

 

気を失った彼女の顔は青白く、とうてい「大丈夫」と言える様子ではなかった。

腕には木片が刺さり、足には何かに引っ掛かれたか、切り裂かれた後があり、真っ白な肌に鮮血が流れ生々しく、見ているこちらが眉を潜めてしまうほどだ。

 

気を失う直前、意識が混濁しかけながらも《これを汚してしまってすまない》そう言った。

 

そんなもの、どうだっていい。

なぜ怪我をした。

一人だけ。

 

授業や他の教授達からヴァレンタインが優秀な成績であることは知っている。

だが、何であの場所にいて、なぜ一人でトロールと戦った?

 

 

ハロウィンパーティーが始まる前、彼女は廊下で黒いドレスを身にまとったまま佇んでおり、ノースリーブのドレスが真っ白な肌を晒しているのを見て、なにも考えないまま、いつの間にか《アクシオ》と唱えていた。

 

 

自分の行為に自分で驚き、すぐにその場を立ち去った。

 

 

ハロウィンパーティーの途中、クィレルが突然入ってきたとき、明らかに罠だとわかったが石が無事か早く確認しなくてはという焦りもあり、ハグリッドのペットである三頭犬のことを意識せず入った。

 

だが、突然上から大きな爪が降ってきて慌てて杖を構えたが、到底間に合わない、傷を負うのを覚悟した。

 

それなのに想像した衝撃はいつまでたっても来ず、構えていた杖を下ろすと目の前には半透明の蒼色の盾が出現していた。

 

三頭犬が私に攻撃をしようとする度に盾は消えたり、動いたりしている。

 

誰かがあの場にいて呪文を唱えているようにしか見えなかった。 しかし呪文を唱える声は全く聞こえなかった。

 

あれはなんだったのだろう。

誰が──。

 

「っ、、」

 

ティアラの呻き声に、現実に意識が戻ってくる。

スネイプはティアラが眠る医務室のベッドの隣に立ち、ティアラをじっと見据えて呟いた。

 

「まったく…、なんて無茶を…。」

 

窓から漏れる月光が髪を照らし、白銀の髪が青く光る。その髪を一房持ち上げる。滑らかなそれは指の間を縫いシーツの海に落ちた。

 

「…やはり……。」

 

2年前の今日、ゴドリックの谷で出会ったのはこの子で間違いないだろう。

 

白銀の髪と爽やかな若草色の瞳。

 

今日はリリーの命日、それもあと3,4分で終わりだ。リリーが亡くなってから、命日に墓にいかなかったのはこれが初めてだった。

 

あの日、あの時、この子はどうしてあそこにいて、どうして目から涙を溢していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

スネイプはひとつため息をつくと、ティアラのずれていた布団を肩まで押し上げた。

 


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