翌日──
ティアラは瞼の向こうのまばゆい光にゆっくりと意識を浮上させた。銀色の睫に縁取られた瞳がふるふると開く。
「ティナ?」
ベッドの側のイスに座っていたドラコはティアラの目が開いたことに気がつき、バッと立ち上がった。
「…ド…ラコ」その姿を視界にいれたとたん、ティアラはポツリとその名前を呟いた。
ドラコに支えられてティアラはゆっくりと身体を起こす。
「…大丈夫…?」
ティアラの後ろから朝日が差し込み、色素の薄い髪に当たるそれは幻想的で、どこか儚く消えてしまいそうで…。
ドラコは無意識に握っていた手に力を込めた。
不安そうに目を向けるドラコにティアラはふんわりと微笑んだ。
「大丈夫。ありがとう」
「僕、シャルとニカを連れてくるよ!二人とも凄く心配してた」
「…ありがとう。でも、ドラコ。もうすぐ朝食の時間が終わるわ」
ベッドの脇に置いてあった時計を指差す。
「あっ」
「ごはん食べてないんでしょう、食べてきて?私はもう大丈夫だから」
「…そう……?」
不安そうにこちらをうかがうドラコに笑いかけるとしぶしぶながらも了承してくれる。
また、後でね!と声を掛けるとドラコはマダムに伝えてくる!と言い残し、ぱたぱたと足音が遠ざかっていった。
ドラコがカーテンの向こうへ行ったのを見届けたティアラは、服をそっとめくり傷を受けたところに目をやった。
──傷が…
魔法で塞がれ痛みはないものの、そこにはそれなりの大きさの創痕があった。
それを華奢な細い指で沿うように撫でる。
ティアラの誰にも気付かれない小さな吐息は消毒液の香りの混じる医務室の空間にそっと溶けていった。
「まあまあ、おはようございます。起きましたね!」
ドラコが声をかけてくれたのか、手に包帯を持ったマダム・ポンフリーがカーテンをめくってやってきた。ティアラは慌てて服をもとに戻す。
「ありがとうございました。マダム」
「いえいえ。大事がなくてよかった。お父様も心配していらしゃいましたよ。」
「父様が?」
「はい。話すときはやはり緊張しますね」
「え?」
「あなたのお父様ですよ、聖マンゴの院長様。」
───院長…って…
「え…、…あ……そ、そうですね…」
院長…。
知らなかった。確かに聖マンゴで癒者として働いているとは知っていたが…。
「ああ、その傷跡はだんだんと薄くなるでしょう。安心してくださいね」
ポンフリーは手早く傷痕をチェックし、薬を塗り込み包帯を巻く。その手慣れた手付きに懐かしさを感じた。
「はい。終わりました!もう寮に戻っても構いませんよ」
「ありがとうございました」
ドラコが持ってきてくれたローブをはおり、医務室を出ようと扉に手をかけた時、思い出したかのようにポンフリーが口を開いた。
「セブルスも心配していましたよ、顔を見せてあげなさい」
ティアラは弾かれたかのように振り返った。
ポンフリーはにこやかに笑いかける。
「あんなに取り乱すのは珍しいですからね。さあ、行きなさい。まもなく一限目が始まりますよ」
「はい…」
廊下を駆けるティアラの頭にはどうも拭いきれない違和感があった。
───取り乱す?
彼が?
終始冷静な彼が?
たかが一人の生徒が怪我を負っただけで…
「なんで……?」
その疑問となんとも言えない違和感を抱いたまま、いつの間にか木々が葉を落とし、雪が降り積もる季節になった。湖は冷たい鋼のように張つめ、校庭には毎朝霜が降りた。白く吐く息が頬を撫でる。
クィディッチ・シーズンの到来だ。
グリフィンドールのシーカーがハリーになっていることは極秘というのがウッドの作戦だったらしいが、校内の誰もがそのことを知っており、もはや極秘ではなくなっていた。
いくつかの夜を越え、ついに土曜日、クィディッチの初戦の日の朝になった。今日はスリザリンとグリフィンドールがクィディッチでハリーの記念すべきデビュー戦だ。
大広間はこんがり焼けたソーセージの美味しそうな匂いと、クィディッチの試合を楽しみにするウキウキしたざわめきで満たされている。
11時になり学校中が、新シーカー。生き残った男の子、ハリー・ポッターを一目見ようと競技場の観客席につめかけていた。
ティアラはスリザリンの観客席には向かわず、全体を見渡せる教員席の下、組み立てられた木材に腰掛け、杖を構えていた。
更衣室では選手達がクィディッチ用の真っ赤なローブに着替えていた。
「みんな聞け」
全員が着替え終わったところでキャプテンであるウッドが声をあげた。
「いいか諸君!相手はスリザリンだ!気を抜くな。ハッフルパフとは相手が違う。だが今回は新シーカー、ハリー・ポッターも参戦だ。私が知る限りでは今までで最高のシーカーだ!よーし!さあ時間だ!全員頑張れよ」
ハリーはウッドの隣に続いて大歓声に迎えられグラウンドに出た。ハリーの手にはニンバス2000。
ハリーは押さえようのない高揚感に広角をあげる。
「選手たちが出てきたぞ!」
何処からか上がったそんな大声にティアラはグラウンドの方に向き直る。
大歓声が起こり、選手たちがグラウンドに並び始めていた。
フーチ先生がホイッスルを手にする。
そしてけたたましい笛の音が今年最初のクィディッチの試合の開始を告げた。
選手たちがコート内を縦横無尽に飛び回り、試合が進んでいく。
選手たちが箒で空を飛び乱れて目にも止まらぬ速さでボールを追いかける。
その合間を縫うように鉛色のボールが普通ではありえない軌道を描いて飛んでいく。
飛行訓練の時の動きとは比べ物にならないほど高機動に飛ぶ箒に、私は純粋に心を惹かれた。
クィディッチは好きだ。きっと、『2回目』じゃなかったらみんなと同じようにあの席で大歓声で応援をしているだろう。
ゲームの進行を見ながらハリーの姿を探した。どうやらまだやることがないらしく、ブラッジャーを避けながらコート内をグルグル回っている。
と、その時スリザリンの選手がブラッジャーをハリーに狙いをつけて叩いた。
しかしハリーは華麗にそれを避ける。
その直後からハリーの様子がおかしくなった。箒が上下左右に揺れて、まるで暴れ馬のようにハリーを振り落とそうとしている。
と、次の瞬間、ハリーの箒が物凄い勢いで横に揺れた。
──来たっ!!!
早くしないと危ない。
ティアラはハリーに杖を向けて、クィレルが掛けているであろう呪文の反対呪文を唱える。
時を同じくしてスネイプもハリー・ポッターの異変に気がつき、ティアラと同じように打消しの呪文を唱えていた。
二人の援護呪文により、ハリーは持ち直し再びスニッチを探し始める。
「やった!ハリーが持ち直したぞ!」
観客席からそんな言葉が聞こえる。
次の瞬間、ハリーが一気に急降下した。
ハリーの手の10センチ手前にスニッチが飛んでいるのが見えた。
どうやら一緒に急降下しているようだ。ハリーは1回手を振るうが取り逃す。そして体勢を崩した拍子にスニッチを飲み込んでしまった。そしてそのまま地面に軟着陸するとスニッチを手の平に吐き出す。
「「「おい!ポッターがスニッチを取ったぞ!!」
ハリーがにこやかな表情で天高くスニッチを振り上げたとたんグリフィンドールの観客席からは物凄い大喝采が沸き起こった。
それと同時にティアラは呪文を呟くのをやめ、ほっ、と息をついた。
───よかった…。
どっと疲労がのし掛かり、体が重くなる。
どうも思う通りに魔法を使えない。
魔法に体が付いていけてないとひしひしと感じる。
思い通りに行かない悔しさと、スネイプ先生が変にハーマイオニー達に疑われなかったことへの安心を胸に、ティアラはゆっくりと寮への道を歩いた。
*
12月。本格的な真冬の寒さに加え、真っ白な粉雪が氷の張った湖に重なってゆく。周囲を彩る雪原が太陽の照り返しで海辺のように白く光る。
今、ホグワーツに残っているのは普段の10分の1ほどの生徒だけ。
そう。今はクリスマス休暇。
ティアラはギリギリまで学校に残るか、家に帰るか迷った。家からは帰って来てと何度も手紙が来ていたからだ。
だが、今の段階では自分の力が到底クィレルやヴォルデモートには届かないと言うことをこの3カ月でひしひしと感じていた。
ハロウィンの時もトロール相手に怪我を負っていては全く話しにならない。
魔力が足りない。
筋力が足りない。
この身体についての知識が足りない。
何とかしなければいけないと、ティアラは焦っていた。
一歩学校を出れば未成年の魔法使いは魔法が使えなくなる。つまり、練習はできないと言うことになってしまう。
なんとか、あの戦いの前に自分を鍛えなければ。
ティアラはそんな想いで両親に手紙を出して学校に残らせてもらったのだ。
スリザリンの生徒は由緒正しい家柄が多いせいか、学校に残っているスリザリン生は運がいいのか悪いのかティアラ一人だけだった。
「…急がなくちゃ……。」
ティアラは毎日、朝から晩まで必要の部屋に通いつめ自分の魔力の限界まで魔法を使い続け、身体を動かし続けた。
クィレルがこの学校にいる時点でここは安全ではない。
教授達は気がついていなくとも、ヴォルデモートが私の正体に気がついていない可能性は0とは言い切れない。
常に閉心術を掛け、実践魔法の練習に集中する。
朝から夕方まで必要の部屋に籠り、その途中で自らがキッチンで作ったビスケットをつまむ。
時々クィレルになにかおかしな動きがないか彼を見張る。
昼の練習の最中、魔力を使い果たし気を失い、そして起きたら真夜中、そんなことも何度かあった。
「……、もう朝…?」
今日で何日目だろうか…。
体が限界を迎え、ガクンと力が抜け、ティアラはその場にしゃがみこんだ。
冷たい床に足が付くと、今まで隠れていた疲れが一気にのし掛かってきた。
「……こんなのじゃ…っ…ダメなのに…」
自身への苛立ちが沸々と募り、ぎゅっと手を握る。
疲労を振り払うように頭を振り、結っていた銀の髪を下ろし立ち上がった。
無性にお腹が減っている気がする。
そう言えば、何日まともな料理を食べていないのだろうか。
「……そろそろ顔を見せなくちゃ……かな、」
ティアラは所々が血ににじんだ服から、用意してあったニットのセーターに着替え、寮へ向かった。
*
ギィと音をたてる寮の入り口のドアを開くと、誰もいない談話室にパッと電気が灯り、暖炉に火がついた。
ティアラはふらふらと暖炉の前のソファーに近づくと、どさりと倒れ込みほぅ、と息をついた。
身の回りを包む暖かな空気が心地よく、まともに何日も寝ていない体が睡魔に襲われた。
//────//
『ハリー・ポッター───貴様はおしまいだ』
みぞの鏡の前に立ち尽くすハリーに向かってヴォルデモートが死の呪文を唱える。
だめっ!
ティアラがそう叫ぼうとするが、口も、指先ひとつ動かすことができない。
『アバタケダブラーー!!!』
おぞましい声と共に、杖先から緑の光が飛び出し、ハリーを包み込んだ。
「やめっ…─────!!!
「───はっ、は、、は……っ」
ティアラは荒い息を吐いてソファーからガバリと身を起こした。
──夢…?
さっきの事が現実ではなく夢だったとわかり、今だにバクバクと音をたてる心臓を押さえ、ふーーー、とゆっくりと息を吐いてソファーから身を起こした。
どうやらあのまま眠ってしまっていたらしい。
窓の外を見るともう暗くなっている。
暖炉の上の大きな時計を見ると5時を少し過ぎた位の時間だった。
今日はクリスマスイブ。夕食に顔を出さなければ。
ティアラは再び深呼吸をすると、ゆっくりと起き上がり、準備をし始めた。
*
「わぁ……」
久しぶりに来た大広間はすっかりクリスマス色に染まり、たくさんの装飾品が中に浮いてキラキラと輝いていた。
「ああ、ミス・ヴァレンタイン!来たのですね!ここ数日姿が見えず心配していたのですよ」
誰もいないスリザリンの席に座ったと同時にグリフィンドールの席の方にいたマクゴガナル先生がやって来た。
来賓席にはスネイプ席も座っていた。目が合ったため軽く会釈をする。
「少し痩せましたか?この頃食事にいらしていないようですがきちんと食べていました?」
「あ…あははは、」
ごまかして笑うと先生は少し心配そうに微笑み、グリフィンドールの席で食事をするように言った。
スリザリンの机は、残っている人が少ないからか料理は用意されていなかった。
「ポッター達も心配していましたよ」
「すいません…じゃあお言葉に甘えて…」
グリフィンドールの席へ向かうとすぐにハリーが気がついてこちらに向かって走り寄ってきた。
「ティア!」
「ハリー、久しぶりね」
「本当だよ!今まで何してたの?!ずっと探してたのにっ!」
頬を膨らませて怒るハリーに謝っていると、ハリーの後ろからロンがやって来た。
「ティアラ!心配してたよ!元気かい?よかったら僕たちのとなりで食べない?」
「ありがとう。そうさせてもらってもいいかしら」
「もちろんっ!」
席に付くと、どうやらここはウィーズリー兄弟達が集まっている場所だと気がついた。
「おう、姫さん」「久しぶりだな!」
と軽く挨拶をしてくる。
手ににたくさんのいたずらグッズを持った双子や、パーシーに挨拶をして、小皿にサラダを盛った。
「ティアラ…なんか痩せたね」
「…そう…かな…」
「ご飯、ちゃんと食べてる?」
「…食べてるつもりなんだけど…」
「…そっか、なんかあったら言ってね」
「ありがとう」
トロールの事件が終わって暫くたった頃から、図書室で三人の姿をよく見るようになり、特にハーマイオニーが様々な本を読み漁っているのを見て、石に近づいているのを知っていた。
私が知っている未来になれば私がヴォルデモートと戦うことができる。
あの時、ハリーは2度目の『人の死』を見た。
それも故意的ではないとしても自らの手でクィレルを死に追いやってしまった。
その罪悪感は時間がいくら経っても拭うことはできず、何度も何度も夢を見て飛び起きた。
それを知ったからこそ、ハリーにはそんな思いはしてほしくない。
いや、してはいけない。
それは、本当はここに居てはいけない私が背負うべきものだから。
双子達のいたずら見て笑っているロンとハリーの横顔を、まるで母親のように見ているティアラに気が付くものは居なかった。
翌日、クィレルの見張りから寮の部屋に戻ると、部屋の半分ほどが大小様々な箱で埋め尽くされていた。
「え…?な、なにこれ…」
確かにハリーの時もプレゼントはもらった。 貰ったけど…
「私…こんなに友達いたかしら…?」
パッと見渡しただけでもプレゼントの箱はゆうに100個を越えている。
私がプレゼントを交換する友好関係にあるのは 知っている限りドラコとかシャル、ニカ。そしてハリーとハーマイオニー、ロンの6人とスリザリンの同級生位のはず。
名前も聞いたことのない人からプレゼントが送られてきているのはどういうことなの?
中には名前も書いていないものもある。
むぅ…と眉間に皺を寄せて考え込んでいると、少しだけ頭と体が重い気がした。
──風邪?
でも今は休んでいる暇はない。
誰かが怪我をする前にクィレルを止める力がいる。
突然扉が開いてふよふよと新しいプレゼントが部屋に入ってきた。
それをみてティアラはふぅ、とひとつ息を吐き、髪をひとつに纏めた。
「…取り合えず……仕分けね」
杖をひと振りして知り合い達のプレゼントと知らないひとからのプレゼントを分ける。
シャルとニカからはなぜか手鏡とメークセット。
ドラコからはエメラルドのネックレスが送られてきていた。
ドラコ…11才がプレゼントするものじゃないわよ。
でも…ドラコらしい。
ハリーからは淡い水色の髪飾り。
ハーマイオニーからは花柄のレターセット。
ロンからは本の栞が送られてきた。
一人一人のプレゼントに少しずつ性格が出ていて、クスクスと笑いながら開封をしていく。
…問題はこっちね…
ティアラが視線を向けた先には、90個以上のプレゼントの箱がある。
名前を書いていないものが半分以上だ。
ハリー達に聞きたいけどスリザリンの寮には入れないし、スリザリン生は私しかいない。
「困った……」
大量のプレゼントを前に途方に暮れていると突然部屋のドアがノックされた。
………?誰?
スリザリン生は皆いないはず。
まさか……クィレル…?
「っ………」
杖を構えて扉を開くと、
「マクゴガナル先生?!」
そこにはいつも通りの威厳を持ったマクゴガナル先生が立っていた。
「おはようミス・ヴァレンタイン。…なぜ杖を構えているのですか?」
「え、あ、何でもないです。それよりどうして先生がここに?」
「…昨日のあなたの様子にセブルスが心配して朝食に連れてくるよう私に頼んだのですよ」
「スネイプ先生が…?」
ええ。ですが……と先生は部屋を見渡した。
「仕分け中でしたね。またあとで出直しましょう。」
「あ!ま、待ってください!」 こんなチャンスはない。
いくら考えてもわからないことは先生に聞かなくっちゃ。
「…あの……知らない方達からプレゼントが来てて…その…名前も書いてなくて……。何でこんなに来るのかもわかんないし…」
そう言うと先生は不思議そうな顔をしてニカとシャルと同じ質問を私にした。
「…鏡は持っていますか?」
「え?あ、はい。」
「見たことは?」
「ありますけど…?」
何も分かっていなさそうな幼い少女は首をかしげて言う。
これから先この子に恋心を抱くであろう数多くの人が苦労するのが目に見える。
こんなに鈍感な子はいるのだろうか。
若草色の瞳はじっとこちらを見つめ、答えが来るのを待っている。
その瞳は彼女にとてもよく似ていて、エバンスではないと解っていても、ふとしたときにリリー・エバンスの面影を見てしまう。
深呼吸をし、その考えを振り払ってプレゼントに向かった。
───こっちは魔法薬入り。こっちは変身薬入り。これは……魔法指輪入り…。これは……惚れ薬入り…。
「……これは私の分野ではないようです…。スネイプ先生に来てもらうのがいいでしょう。」
「…えと……なにかあったんですか?」
「大有りですよ。取り合えずセブルスに来てもらいましょう。犯人特定をしなくては」
「え?犯人??」
不思議そうな顔をしているティアラを見てマクゴガナルはそっと息を吐き、守護霊を呼び出した。
*
───魔法薬に変身薬、惚れ薬、服従指輪……。
「先生?」
この学校の魔法薬学の教員であるセブルス・スネイプは、スリザリンの生徒、ティアラ・ヴァレンタインの部屋の中にある魔法薬が入ったプレゼントを見てほしい。とミネルバの守護霊に頼まれ、プレゼントの検品をしていた。
「…………」
「先生?何かありましたか?どうしたんですか?」
「セブルス、私が問題があるものを預かります。」
一通り見終わり、薬物が入っている物をよけた。 不思議そうに私の手元を見るリリーの目を持つ少女は自分が何を送られたのか全く知らないようで、思わず深いため息が出た。
ミネルバに目配せをして、問題のあるプレゼントの山を示す。
服従指輪を渡してどうするつもりだったのかなど理解したくもない。 無意識に名前のないプレゼントを睨み付けていると、ふともうひとつ気になることがあったと思い出し視線を向けないまま問いかけた。
「ミス・ヴァレンタイン、これらに心当たりは?」
「………」
返ってこない返事を不審に思い後ろを振り向くと、ヴァレンタインは壁にもたれかかって、顔を真っ青にしていた。
それを視界に捉えたとたんに彼女の体が急に傾き倒れた。
寸前のところで手が届き、彼女の身体を支える。あまりの身体の軽さに驚きつつ声をかける。
「おい!どうした、返事しろ」
声をかけても何も反応しない。
私の声にミネルバも彼女の様子がおかしいことに気がつく。
「どうしたのですかヴァレンタイン…!」
脈を計ろうと腕を取るがその腕は全くと言っていいほど力が入っておらず、さらに驚くほど熱かった。
自然と眉間に力が入る。
「大変っ!セブルス、マダムは不在ですよ!」ミネルバも焦った声を出す。
そう基本的にクリスマス休暇中はポンフリーは不在だ。
もし休暇中に具合が悪いものが出たら、教員の許可を取って薬を自分で飲むか、聖マンゴ魔法病院の出張手続きを申し込むことになっている。
だがこの様子からはとても申請が通るのを待っている余裕はない。
「……なぜ昨日の段階で誰かに言わんのだ…!」
スネイプは近くにあったブランケットでティアラを包み込み、膝裏に手を入れて体を持ち上げ、早足で自分の部屋へ向かった。
*
ケホッ、コホ…乾いた咳がベッドの上であがる。
スネイプはベッド脇の床に膝立ちそんな咳き込むティアラの額に手を当てた。
「……高い。なぜ放っておいた」
「ごめ……な…さ、「いい。喋るな。喉が腫れているのだろう?」
そう言うとおとなしく静かになる。涙の膜が張った若草色の瞳は苦しげに閉じられる。
「…私は隣の部屋でレポートを採点する。何かあったら呼べ」
真っ赤な顔で力なくベッドに横たわるティアラの姿を見るのは何となく辛い。
緑の瞳は昔の想い人を思い起こさせる。
──ちがうっ、彼女は私が殺したもう…もういない…!もういないのだ。
スネイプは自分のベッドの上に力なく眠る少女の顔を見てそっと息を吐いた。
──二日目の夜。
夜になって急激にまた熱が上がった。
ティアラは酷い寒気にガタガタと震えながら目を覚ましたのだ。 高熱にはあまり慣れていない。
ハリーの時から大病らしい病気をしたことも無く、こんな風に高熱が続いたことは記憶にある限り無かったので、多少心細くなっていた。
…きっと、先生が献身的に看病してくれなければもっと不安になっていただろう。
スネイプ先生はもちろん、マクゴナガル先生も暇さえあれば看病をしにやって来てくれた。
お陰で一旦は熱が下がり、夕方ごろは先生とテーブルについて食事も出来たのだ。
──ぶり返し?…どこまで熱は上がるのだろうか。
夜中の高熱は怖い。
部屋の中は真っ暗だし先生も起きている時間帯ではない。
ティアラは、スネイプをつい呼びたい衝動に駆られるが…堪えた。
ただでさえ、昨晩もずっと看病してくれていたのだ。
明日も仕事があるというのにこれ以上甘えて先生まで体調を崩させる訳にはいかない。
風邪は治りどきが移りやすいと聞いたこともある。
先生は、『何かあったら絶対に呼ぶように』と言ってくれたがそれをしつこく大丈夫だからと追いやった。
とにかく寒かった。 寒いという事はまだまだ熱が上がるということだ。
布団だけでは足りず、とにかく何か着るものを。
「つえ…杖がいる」
この寒さを抑えるものをと考え、怠い足を何とかベッドから落としてティアラは部屋の衣類掛けに掛けてあった自分のローブから、杖を取り出しに行こうと重い頭を持ち上げた。
──ガタッと近くに置いておいたローテーブルが音を立てる。
薬や水差しなどを置くためのそれの角に膝が当たったらしいが大した音では無く、これなら違う部屋にいる先生を起こすことも無かったろうと、そのまま今度はテーブルに気をつけつつ上半身を起こしかけた時だった。
…ガチャ
隣の部屋に続く扉が静かに開いた。そこには、険しい顔で杖を光らせこちらを伺っているスネイプの姿があった。
…暗闇の中、起き上がろうとしているティアラを見とがめた途端に、先生はバッと黒いローブを翻してティアラの側に来た。
「……熱がまた上がったのか。起きるな。いいから寝てるんだ。羽織るものを」
ティアラの頭に手をつけると有無を言わせず落としていた足に杖を向けてはベッドに寝かせた。
「……どうして、です…か?寝てなかっ、たの…?」
ハァハァと、熱で乱れる息の合間にティアラは訊ねた。 …先生はキビキビと動く。今の今まで寝ていたとは思えない。
「…… だ」
「…え?」
「貴様が私に心配かけまいとすること、万が一こうして…体調が悪化した時に一人で我慢しようとするだろうこと。この3ヶ月で十分思い知った。」
先生が熱を測るように腕を取った。
スネイプの手はひんやりと冷たくて気持ちが良かった。
どうして身体はこんなに寒いのに、皮膚は燃えるように熱いのか…不思議だ。
頭が朦朧としていた。 …心細い時に、助けに来てくれて。 …自分のことを全て折り込んだ上で、包み込んでくれる。
無言になったスネイプを、ティアラは必死に探して見つめた。 …微かに視界も熱のせいでか、それとも浮かぶ生理的な涙のせいかで滲んでいて、覚束無いながらもスネイプの姿を暗闇の中で探り当て、笑いかけた。
「……ちょっと、本当…は、熱になれ…てなくて……心細か…ったん…です。だから……だから、ありがとうございます」
「………」
言うだけ言って少女は少し微笑みを浮かべて瞳を閉じた。すぐにスースーと安定した息づかいが聞こえてきた。
布団から出ていたその白く、細い手首を持ち上げると、祈るように目を瞑る。
やや
「…っ、……リリー……」
いけないとわかっていても、その瞳に彼女を見てしまう。
「……すまないっ……、私を…許してくれ…」
スネイプの呟きは誰の耳に入ることもなく消えていった。