ハリー・ポッターと銀髪の少女   作:くもとさくら

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のぞみを映すかがみ

クリスマス、彼女が倒れて3日がたった。

 

一度治ったと思ったそれは2日目の夜に盛り返したようで、物音にレポートを採点していた手を止め駆けつけると、あろうことか真っ青な顔で起き上がろうとしていた。

 

慌てて押さえつけ毛布に保温魔法をかけるとふにゃふにゃと言葉をいくつか紡いだあと、安心したように眠りについた。

 

……この子は危機感を保身欲というものが全くないのだろうか。 プレゼントの時といい、今回の事といい…

「心配する身にもなれ。全く…」

スネイプはベッドに流れていた色素の薄い髪を指でそっと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアラの熱が下がった次の日の昼下がり、ティアラはスネイプに寮まで送っていってもらっていた。

 

目の前の背中を見上げると、先生がゆっくりと振り返る。

 

「ヴァレンタイン」

「は、はい」

ティアラは、スネイプを見上げ、言葉の続きを待った。

「………」

 

……どうしたんだろう?

眉を寄せなにかを考える先生が、やがて口を開く。

 

「……何をそんなに必死になっているんだ?」

 

「え……?」

 

思いがけない言葉に、私は声をあげた。 同時に、ここ最近の生活を思い出す。

 

確かに…無茶をしすぎたかもしれない。倒れてしまっては本末転倒だ。

 

 

でも先生に、ヴォルデモートと賢者の石の事が心配だ、ハリーにクィレルを殺させたくない。なんて言っても…。

 

余計な心配はかけたくない。

 

ほんの少し考えを巡らせたティアラは顔をあげ、笑みを浮かべながら私は言った。

 

「大したことじゃないです」

 

「……………………」

 

ますます眉を寄せ、先生が私を見下ろす。何か言いたげにしているがなかなか声を発しない。

 

(あれ………何か怒ってる…?)

 

「……………あ」

声をかけようとした時、廊下の先からハリーとロンが顔を出した。

 

「ティアラ?よかった!心配してたんだ!今から大広間行くんだけどよかったら一緒にどう?」

「でも、…」

 

「…………」 ちらりと見上げると、先生はやはり黙ったままだった。

 

「ねぇ、ティアラ、行こうよ」

 

「え、っと・・・・・」

 

ロンの言葉を聞くと、先生はそのまま歩いて行ってしまった。

 

先生・・・?

 

 

すると、近づいてきたハリーが軽く首を傾げた。 「先生、何か怒ってると思う…?」

 

「スネイプが?ふんっ!あいつはいっつも怒ってるだろ?気にしない方がいいよ」

 

ティアラは先生の後ろ姿を振り返りながら、小さく息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その夜──午後11時。

 

 

誰からか届いた透明マントを被り、ベッドを抜け出したハリーとロンは誰もいない暗い廊下を、足音を忍ばせて2人で歩いていた。

 

 

 

「あの鏡に僕の両親が映るんだ!見せてあげるよ」

 

「君の?」

 

「うん。さっき、僕の死んだ家族が確かに見えたんだ!」

 

ハリーがロンを案内した部屋は、今は使われていない教室のようだった。 天窓から月の光が降り注ぎ、中央に置かれた等身大の鏡を照らし出している。

 

───だが…そこには先客がいた。

 

「…ティア?」

 

透明マントを近くの机の上に放り出して鏡に背を向けて立っているティアラに駆け寄る。

 

「どうして君が…ここに?」

 

ハリーは一度だけ鏡の両親に笑いかけてから、ティアラに目を向けた。

 

「…?」

 

ロンもすぐにティアラのそばに駆け寄った。

 

「…?どうかした?」

 

ティアラは応えなかった。

その代わりにそっと瞳を開ける。緑色の瞳が月光を拾って淡く光る。

 

「──ハリー…ロン…わたし……」

 

ぽつりと消えそうな声で呟いた。

 

───……?

 

その声は聴いたこともないほど不安気で、いつも支えてくれている大人っぽいティアラの印象とはかけ離れていて、…儚く、今にも手の中からこぼれ落ちてしまいそうだった。

 

ハリーは鏡に背を向けているティアラがまるで鏡を見たくないように思っていると感じた。

 

「……、ああ、ティアラみてよ僕の家族!僕の家族が見えるんだよ!」

 

なんだか元気のないティアラに家族を見せてあげようとハリーはティアラに声をかけた。

 

ティアラはそっと鏡に近づいた。

 

が、……数歩手前で凍りつき、目を見開いて鏡を凝視した。

 

「………―――…?」

 

ティアラはまるで何かを求めるかのように、ふらりと鏡に近づいてその震える手を伸ばした。

「ーー………」

 

今のティアラには鏡しか見えていないと直感的にわかる。

 

「―――……」

 

指先が鏡の表面に触れた瞬間、ティアラは衝撃を受けたかのような顔をして、手を引っ込めた。

 

目を閉じてぐっと手を握りこめてから、再び目を開けてそっと鏡の表面を撫でる。

 

ティアラが泣き笑いのような笑みを浮かべているのを見て、ハリーとロンは目を見張った。

 

とても綺麗な微笑なのに、とても悲しい微笑だった。

 

「あぁ……やっぱり…見放すなんてできないよ」

 

ティアラは頭をこつんと鏡に当てて俯いてしまった。

 

彼女の色素の薄いの髪がさらりと流れて、表情を覆い隠してしまう。 ハリーには、ティアラが心の中で泣いているように見えた。

 

 

 

「ハリー、ロン」

 

ふるふると顔をあげたティアラは、何もなかったかのように柔らかく微笑んでいた。

 

「この鏡が何なのかわかったの」

 

 

ハリーは困惑して目を瞬いた。

 

ティアラは鏡を見ていただけのはずなのに。

 

 

「だってほら、ここにちゃんと書いてあるわ」

 

ティアラが示したのは、鏡の縁に刻まれていた飾り文字だった。

 

けれどくずれた英文字で書かれており、ハリーとロンには残念ながら何と書かれているのかさっぱり読めない。

 

「わたしはあなたのこころのそこにあるのぞみをうつす──ですって、」

 

ティアラはくずれた英文字を指でなぞりながら静かに言った。

 

「心の底…にある、望み…?」

 

「そう。ハリーは両親が見える?ロンは?ロンは何が見える?」

 

「…僕は……首席になってクィディッチのキャプテンになってる!」

 

ティアラは二人を見た。

 

見たこともない、今、ロンとハリーにだけ向けられる、温かくて、少し悲しみの混じった優しい笑み。

 

「ハリーはずっと両親に会いたかった。ロンは兄弟にまけない何でもできる自分になりたかった。この鏡は、鏡を覗く人間の内に秘められた一番の願いを見せる」

 

ティアラはそっとため息をついていた。

 

気力を振り絞って話しているようにも見える。

 

「でもね、ハリー、ロン。この鏡は『現実』を見せてくれるわけじゃない。『真実』も見せてくれない。見せてくれるのは自分の欲望──それだけ。」

 

ハリーは冷水を浴びせられた気分だった。

 

目を背けたかった事実を、ティアラが目の前に突きつけてくる。

 

そう、鏡の中でハリーに笑いかけてくれている人たちは、もうこの世にいない。

 

10年前に死んだ。

 

すべては、幻──。

 

───自分の欲望。

 

「まやかしに、心を囚われないでハリー。この鏡に囚われてはいけない。私たちは、過去でも未来でもない、今この時を生きているの」

 

そう言うティアラの、深く澄んだ緑色の瞳を見ているうちに、だんだんと心が落ち着いてくるのがわかった。

 

ハリーのその様子に気がついて、ティアラがほっとしたように笑う。

 

「──ティアラには、何が見えるの?」

 

ティアラは珍しく言葉に詰まった。

 

なおも返事を待ってじっと見ていると、ティアラは静かに首を横に振った。

 

「見えたのは信じていた過去、かな…。 当たり前であるべき現実。当たり前でなくなってしまった世界。 もう二度と叶わないかもしれない望み。 望んだものは、そのほとんどがこの手のひらからこぼれ落ちていく。…うんん。すでにこぼれ落ちちゃった…。 私はただそれを救いたい。違う。救わないといけない。」

 

ハリーもロンもは首を傾げていた。

 

その困惑した顔を見て、また余計なことを話してしまったと苦笑する。

 

確かに、最後のは、言いすぎた。

 

「もう0時近くね。そろそろ帰らなくちゃ」

 

二人は曖昧に頷き、再び透明マントを被りながら、ぼんやりと考える。

 

結局のところ、ティアラには何が見えたのだろう。と。

 

「ティアラは?マントに入る?」

「いいえ、私は先生に見つからないように帰るわ。ありがとう」

 

そう言うとティアラは大きな扉を押し、廊下の闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りについている城と森。

 

 

まっすぐ寮に帰る気分にはなれず、ティアラは時計台に来ていた。ダンブルドア先生がなくなった場所。彼はここから真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

真っ暗な湖に吸い込まれそうになり、ふらふらと窓辺に近づく。

 

 

 

まるでこの世界に自分一人が取り残されたかのように錯覚する。

 

 

 

「私は…───どこまで出来るの?」

 

 

思うように使えない魔法。こんなのでみんなを守れるだろうか。

 

 

あのみぞの鏡の向こうで、みんな笑っていた。

"僕"がいなかったら訪れていたであろう景色がそこにあった。

 

 

 

そんな未来を"私"は作れるのだろうか?

 

 

雪を含んだ冷たい風が心の底を拐って行く。

 

言い表せられないほど心がじくじくと痛んだ。

 

 

 

ティアラは杖をぎゅっ、と握りしめ暗い雲で濁った空に向ける。 

 

『エクスペクト・パトローナム……!!!』

 

杖先から力強く青銀の光が飛び出し、それはゆっくりと一ヶ所に集まる。

 

「これ、は……!!」

 

そこに浮かんでいたのは雌鹿だった。

 

その鹿はティアラを一瞬振り返ると光を連れながら力強く空に向かって駆け出し、濁った雲の奥へと消えた。

 

ティアラはそれを見ると眉を寄せ、困ったように微笑んだ。

 

「これは、…どういう意味なのかしらね。」

 

 

見切りを付け、寮に戻ろうと後ろを振り返ったところで、慌てたような足音がひとつ、聞こえてきた。姿を隠そうとするも足音の主が姿を表す方が早かった。

 

「──君は…何者じゃ……!」

 

目を見開いてよろよろとこちらに走ってくるダンブルドア先生は見たことがない程取り乱していた。

 

大きく目を見開き、三日月型のメガネはほんの少し歪んでいる。

 

 

 

「ダンブルドア先生……」

 

 

 

目の前まで来ると、先生はなにかを確かめるように肩に手を置いて息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

 

「何故…っ!」

 

「先生…!落ち着いてくださ「何故守護呪文を操れる!何故雌鹿をっ…!何故……っ!…その瞳を持つ…!」

 

落ち着きを取り戻さないまま先生は自分に問い掛けるように叫んだ。

 

「落ち着いてください!」

 

「───っ…!」

 

炎の灯った不思議な緑色の瞳を持つ少女の叫び声でダンブルドアははっ、と我に帰った。

 

意思を持った力強い瞳はじっとダンブルドアを見据える。

 

「落ち着いて下さい。お話…します」

 

 

ティアラは時折雪が吹き込む時計台の上でゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「私は…少し未来を知っています。あの石のことも。クィレル先生のことも。」

 

「…何故そなたが?」

 

「それ…は、今はお話しできません。でも、ひとつだけ。あなたの敵ではないことは誓います。ハリーに危害を加える気も全くありません。──私は…ただ。あなた方の重荷になりたくないんです。」

 

「それを儂が聞けば、それが儂の重荷になる…と?」

 

「はい。これ以上。背負う必要はありません。」

 

ダンブルドアはじっと覚悟を決めたような少女らしからぬ表情をしたティアラを見つめた。

 

「……本当に、君は──あちら側ではないのだね?」

 

「はい。」

 

嘘をついている表情ではないことを確認すると、ダンブルドアはふぅ、と一つため息をついてティアラに背を向けた。

 

「…先生……?」

 

「ならば、言うことはない。ああ、ひとつだけあったね。"なぜこんな時間に生徒がここにいるのかな?"」

 

首だけをこちらに傾けてそういたずらっぽく言った後、先生はコツリ、コツリと靴音を響かせて廊下の先の闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいないスリザリンの寮に帰ると、ティアラは1人、ため息を付いた。

 

軽率だった。

 

こんなに早く、先生に勘づかれてしまうなんて。

 

 

 

 

 

視線を上げ、窓の外の湖の景色を見る。

 

湖の表面は凍っていているのに中はたくさんの生命が生きている。

 

吸い込まれそうなくらい真っ黒な窓に向かうと、それに自分の姿が鏡のように映り込んだ。

 

ゆっくりと近づき、窓に手を当てると、ひんやりとした感覚が手から伝わってくる。

 

窓の向こうの自分と目が合った。

 

よく知っている緑色の瞳。

 

それを縁取る白いまつ毛。

 

考えれば考えるほど不思議なことではないだろうか。

 

ハリー・ポッターとして生き、闇を滅した英雄として死んだ。

 

あのとき僕は確かに願った。

 

──みんなを救いたかった、と。

 

どうして僕は今"ティアラ・ヴァレンタイン"なんだろうか。

 

『ヴァレンタイン家』の一人娘として、生きているなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな魔法は存在しないし、死ぬ間際に願えば叶うなんて。あり得ない。

 

ティアラは軽く頭を振って、窓から手を離した。

 

 

──考えても仕方ない。

 

わからないものはわからない。

 

なにかに与えられた命。

 

きっと、みんな守って見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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