お待たせしました。最新話です。大学が始まったので思うように更新出来なくなるかもしれません。なるべく週一更新を目指して頑張ります!
勧誘期間四日目。
今日も昨日と変わらず、一高の校庭は各部の勧誘で賑わっている。無法地帯も同然の一週間は『まだ四日目』と言うべきか『もう四日目』と言うべきか……初日で大活躍した達也を含む風紀委員は今日も大忙しの放課後を送る羽目になる。初日の時点でバイアスロン部に入部した(彼の多忙さを考えると『してしまった』の方が適切か)冬夜は、勧誘期間中に生徒としてやることもなくなり、次の日から生徒会室でエルファンド名詠学校との交流会について、生徒会メンバーと一緒に仕事をしていた。――本来なら。
現時点をもって、冬夜は別のことに借り出されていた。それは……
「冬夜!そっちいったぞ!!」
「任せろ!」
勧誘で賑わっている校庭から聞こえる二人の二科生の声。一人は冬夜。もう一人は達也。二人とも風紀委員の腕章を腕に付けており名詠式の無断使用をした違反者を追っている。
(なんでこんなことになるんだろうなぁ……)
正式な風紀委員でもないのに腕章を付けてこき使わされている冬夜は、向かってくる火炎弾を無効化しながらそう思った。
………話は、昨日の放課後にまで遡る。
◆◆◆◆◆
「なにがあったのですかお兄様!?」
「落ち着け深雪。ちゃんと事情を説明するから」
「落ち着いてなんかいられません!」
勧誘期間三日目。
時刻はそろそろ下校時刻となる頃。
風紀委員としての活動を終え今日あったことを生徒会に報告しようと達也が生徒会にやってきた時の出来事だった。
「いったい何があったのですか!?お兄様がお怪我をなさるだなんて……」
「巡回中に攻撃を受けてな。なに、あまり大した事じゃない。ちゃんと治療すれば治るから」
ヒステリックな声を上げて深雪が説明を求める。今の達也の右側の裾は焼けてなくなっており、そこから見える彼の右手首には痛々しく純白の包帯が巻かれている。巡回中に何らかの怪我を――おそらくは火傷――を負ったのは間違いないだろう。
「攻撃?魔法か?」
「いや、名詠式だ。火炎弾を一発ギリギリ避けきれなかった。CADで対処仕切れなかった」
そう言って達也は包帯が巻かれた手首を見て自嘲する。実は達也、昨日から一科生から執拗な魔法・名詠式の攻撃を受けていたのだ。その上達也が一科生に狙われる理由は単なる逆恨みと言うのだから腹が立つ。
達也が逆恨みされる理由はこの勧誘期間初日、時刻で言うなら、ちょうど冬夜たちがバイアスロン部のデモに行く途中。達也は第二体育館である騒動を沈静化させていたことが原因だ。
詳細を言えば、当時第二体育館でデモを行っていた剣道部に剣術部が乱入し、口論になった末剣道部部員の
後々分かったことだが、達也が取り押さえた桐原は対戦系魔法競技では当校有数の有望株だったらしい。そのとき第二体育館にいた生徒ならば詳しい事情を知っているかもしれないが大半の生徒には『一年生、それも二科生の風紀委員がレギュラー選手を倒した』とだけ伝わっていく。
そして選民思想の強い一科生の生徒がコレを聞いて驚愕し、怒り狂わせ報復行動に移らせた。
具体的に言えば達也が巡回してくる時を見計らってわざと騒ぎを起こし、達也が仲裁に入ったところで魔法の誤爆に見せかけた魔法攻撃を浴びせる、というものだ。
しかし闇討ちに頼らなければ達也を倒せないと踏んだ輩に達也が負ける道理はなく、達也はことごとく魔法を避け、防御し続けていた。とはいえ達也も人間、数の利で押し負けて火炎弾を一発、かする程度だったとはいえ受けてしまった。
「名詠式か。犯人は分かっているのか?」
「いや、残念ながら誰がやったのか分からなかった。追いかけようにも毎回邪魔が入る」
「最悪だな……」
冬夜は渋い表情をして顔を背ける。入学式の日に校長から治安の悪化について言われていたのに、刻印儀礼入りのCADを渡してしまっただけで安心しきっていた自分がいたことに腹が立つ。二科生である達也が風紀委員会として活躍すれば、一科生に目を付けられるのは分かってたことだし、そもそも達也の風紀委員会入りのきっかけを作ったのは紛れもなく自分だ。名詠式の責任者としての自責の念を含めて冬夜は自分の至らなさを責めた。
「すまん達也。オレがもっと配慮しておけば良かった」
「謝るな冬夜。油断していたオレが悪い。お前は悪くないよ」
「だが……」
達也に謝罪する冬夜はそこで言葉を止めた。なぜだろう、さっきから妙には肌寒いような気がする。突然起こった周囲の環境の変化に驚いた冬夜は「まさか」と思って達也のそばで俯いている一人の美少女に視線を向ける。
「………深雪?」
「………会長、明日からは私も巡回に回らせて下さい」
「え、えっと深雪さん?急に、どうしたの?」
底冷えするような声。ぽつりと告げられたその言葉に真由美も驚きすぎてそう返すのがやっとだった。
達也に服を掴んで俯いたままの深雪は、そのまま誰にも聞こえないような音量でぽつりぽつりと呟く。
「許せません……お兄様を狙うだけでなく、怪我までさせたなんて……」
「えーっと、司波さん?いったい、どうしたのかなー……?」
嫌な予感がしている、というかもう当たっているのは分かっていた冬夜はおそるおそる深雪に声をかける。周囲の気温の変化は気のせいじゃなかった。その証拠に、さっきまで飲んでいたカップの中の紅茶がなぜか凍り付いている。
ガバッと顔を上げた深雪は大きな声で、こう宣言した。
「お兄様をこんな目に遭わせた人を見つけます。ええ。見つけ出して
司波深雪女王陛下、降臨。生徒会室が極寒地獄へと早変わりした。同時に達也を除いた全員が思うーー『あ、これヤバイ』
「待て司波!今のお前がやったら取り返しの付かないことになる!!」
「そうよ深雪さん!こう言うのは摩利に任せましょう?荒事は摩利に任せれば大抵どうにかなるわ!!」
「そうだぞ深雪。わざわざお前が出てくるほどの事でもない」
一瞬で生徒会室の気温を下げて吹雪をまき散らす女王陛下。このリアル雪女がもしこのまま明日の巡回に参加すれば、達也に攻撃を向ける生徒の命が奪われかねない。………現実的に。
その光景がありありと想像できた冬夜と真由美は危険を感じて慌ててそう言う。が、効果はなく、唯一冷静だった達也が優しく微笑み深雪の頭を撫でると……生徒会室を襲っていた吹雪がいくらか静まった。
((た、助かった……!))
部屋の空調設備が気温の低下を感知して自動で暖房をかけ始めたが、逆にそれが現実に引き戻す役割を果たし、深雪と達也を除くメンバーはホッとした。
「けれど、このままじゃいけないわね。その様子じゃCADも操作しづらいでしょう?」
「どちらにしろ、明日から彼を一人で巡回させるのは危険すぎると思います」
勧誘期間中の今、風紀委員は猫の手も借りたいほど忙しい。本音を言うと怪我をしたからといって達也を休ませてしまうと困ってしまうのだ。だれかと組んで巡回出来れば良いのだが風紀委員同士で組むことは出来ない。
「ですから、私がーー」
「いや、オレが行きます」
立候補する深雪の言葉を遮って冬夜が手をあげる。冬夜は風紀委員会でも生徒会メンバーでも、ましてや部活連のメンバーでもないが、この学校における名詠式の責任者だ。名詠式で被害を被った生徒がいるのだから、冬夜が出るのは順当と言えるだろう。
「オレなら五色の名詠式全てに対応出来ますし、対人・対名詠生物でも戦闘経験がありますので問題ないと思います」
「私もそれがいいと思うわ。けど大丈夫?頼んでおいてなんだけど、交流会の仕事もあるわよ?」
「それは土日に片付けます。たしか土日の勧誘は禁止でしたよね?」
「はい。一年生が部活見学をするのを許されているだけです」
「なら、荒事もそう起こらないでしょう。まぁそんなわけだから……とりあえず明日からよろしくな」
「……まさかお前に背中を任せなければならないとはな」
達也からしてみれば、火傷なんて自身の固有魔法【再成】を持ってしてとうに完治しているし、深雪を唆して自分の味方につけた男(達也はそう解釈した)に背中を任せるのはシャクで仕方ないのだが、真由美を含めた全員が、自分を心配してそう言ってくれているのは分かっていた。
(断るわけにはいかないな)
だから達也は、嫌そうな顔をしつつも冬夜が伸ばした手を握った。
◆◆◆◆◆
で、現在に戻る。冬夜は人気のない林の中で盛大に舌打ちをした。
「高速移動術式か……取り逃がしたな」
「そう落ち込むな。犯人の特徴は掴めた」
達也が冬夜の肩をポンと叩く。ついさっき、また二人は林の影に隠れていた誰かに狙われて、魔法攻撃を受けかけたのだ。だが、達也が事前に察知したおかげで魔法が発動させる前に、達也が独自開発した特定魔法の発動を阻害する【キャスト・ジャミングもどき】(本物のキャスト・ジャミングは全系統の発動を阻害出来るため、あくまでも『もどき』だ)によって無効化させ、即座に逃げ出した犯人を追い始めた。しかし、その直後に犯人は魔法を使って逃走。冬夜は【
結局、今のところ二人が知っている自分達を狙う生徒についての情報は『高速移動術式に振り回されない鍛え上げられた肉体』と、『手首に巻いてあった
「達也、今だから言うよ。……面白半分で推薦してご免なさい」
「ようやくオレの苦労が分かったか」
これで二人を襲ってきた攻撃回数は二桁に達した。いくらなんでもこれは異常だろうと冬夜は思う。
「つーかなんなんだこの攻撃の多さ。この国は平和だからこういう思想も少ないと思ってきたのに………残念だ」
「諦めろ冬夜、これが現実だ」
この攻撃の根本にある原因、一科生の選民思想から来る
まぁもともとこの【二科生制度】自体、魔法を教える教員も少ないにも関わらず、実用レベルの魔法師を多く育てようとする政府の苦肉の策なのだから、不都合があるのは仕方がない。
そういえば、昨日冬夜が生徒会室に入った時に入学式に出会った男子の副会長ーー
『君が黒崎冬夜、噂の夜色名詠士か。名詠士としてかなりの使い手だと聞く』
『
『校長からかなりの権力を与えられているそうだが、立場はわきまえろよ?二科生』
正直言って、学校の自治運営を任されている生徒会にこんな偏った思想を持つ人がいる時点でもうダメなんじゃないかと冬夜は思った。
「校長が顔を渋らせるのも理解できる。このままいけば、この学校で二科生が暴動を起こしたっておかしくなくなるぞ」
「怖いことを言うなよ……」
真剣な表情をしてそう言う冬夜に達也は鬱窟した表情でそう答える。達也自身、こんなところで答えの出ようのない問答をする気はなかった。この流れを断ち切るには話題を変えることが一番だと判断した達也は、無理矢理話題を変えた。
「冬夜、お前って小太刀も使うのか?」
「え?」
「いや、腰につけている剣のことだ。見たところ短刀より長いから小太刀かと思ったんだが」
通常、魔法師はCADを一つしか持たない。なぜなら十分それで事足りるからである。二つ以上持っていても同時操作するのは難易度が高い技術であり、習得するのは難しいからだ。といっても、達也も冬夜もCADの同時操作は既に習得済みで、達也は両手首にリストバンド型のCADを一つずつ嵌めているし、冬夜は特化型CADをそれぞれ片手に一つずつ持つ二挺拳銃スタイルを取っている。だが達也は、さらに冬夜が二本の剣を腰に差していることが分かった。CADを二つ持っているだけでもかなり特殊なのに、さらに二本の武器。
「あぁコレね。小太刀って言うよりも片手剣って言うのが当たりかな」
達也の指摘を受けた冬夜は腰につけた双剣を外して見せる。鞘に納まった二本の剣は全く同じ装飾をされており、とても美しい。このまま飾っても十分絵になるだろう。
「見せてもらっても?」
「いいぜ」
冬夜の許しを得て、達也は鞘から抜いた一対の剣を眺める。決して長くない、片手用に作られた剣。豪奢な飾り付けに薄い
これが単なる剣ではないことは一目見て判断がついた。達也の想像通りなら、この剣は間違いなく
「冬夜、この双剣をどうやって手にいれたんだ?」
「ん?んー……詳しいことはいえないけど、貰った」
冬夜はその剣を手にいれた日、絶望に立たされていた冬夜に
『貴方に武器を授けましょう。これから常夜の道を歩む貴方が己の身を守れるように……道を拓けるように剣を授けましょう。
こことは違う世界、凍てついた楽園に選ばれた、
願うことならば
あの日、確かに冬夜はそう伝えられてこの双剣を手にいれた。
この
まぁ得体の知れない剣ではあるものの、あのお喋りの言う通りこの双剣で道を拓いてきた。今さら手放すという選択肢は彼にはなかった。
「へぇ。誰から貰ったんだ?」
「誰から、か。そうだな………………………
「……名前なのか、それは?」
「一応言っておくけど嘘はついてないからな。そんなことよりだ達也……そろそろ
「!」
達也が振り向くと後ろから三ツ首の名詠生物が現れた。緑色
「くっーー!」
油断はしていないつもりだったが
慌ててCADを操作し、撃退を試みようとするが
「
その前に冬夜がCADを使って近付くと同時に体に触れて反唱を行いキマイラを送り還す。手慣れたその動きは一切の無駄がなく、一瞬で倒してしまった。
「悪い冬夜、助かった」
「感謝するのは、もう少し後の方がいいと思うぜ」
「?それはどういうーー」
『ぐわっ!な、なんだこれ!?』
「!?」
「引っ掛かったようだな。行こう、あっちの方だ」
冬夜の答えに疑問を抱いた達也だったが、その直後に聞こえてきた声に反応して、二人は声のした方向に向かった。
「これは……!?」
向かった先で達也が目にしたのは、とても奇妙な光景だった。今達也と冬夜の目の前にいるのは一科生の生徒ーーおそらくは先程キマイラを喚んだ本人ーーが自分の影から出た黒い鎖によって、地面に縛り付けられている光景。
この生徒を縛り上げている黒い鎖、どうやって発生させたのかは分からないが、現状としてもっとも考えられるのは名詠式によるもの。そして
「冬夜、まさかお前」
「取り逃がすのにも飽きた。ここから先は手加減抜きだ」
さっきとは違い、低く怒気をはらんだ声で言う冬夜。いい加減彼も堪忍袋の緒が切れそうなのである。
恐らく聞こえてないであろうと分かっていたが、それでも冬夜は宣言するように呟いた。
「かかってこい。全員縛り上げて退学処分にしてやる」
ちなみに冬夜は対人間(魔法師)戦ではCAD を、対名詠生物戦では近距離または中近距離なら双剣を、遠距離ではCADを使用します。
アマリリスが彼に授けた双剣は『氷結鏡界のエデン』にある武器と似て非なるものです。
通常、名詠生物を送り還す正統な方法は『反唱』なのですが(力付くで倒して送り還すという方法もあります)、『反唱』の具体的な仕組みとしては、『名詠された生物たちにとって核となる名詠門は一つだけ』というルールがあるため(詳しく知りたいひとは黄昏色の詠使いを読んでください)、『反唱』によって別の名詠門を開くことで、このルールを破らせて元の世界に送り還す、という仕組みとなっています。
冬夜の双剣は切っただけで同様の効果が発揮される機能が付いていると考えてください。