魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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金がない。

魔法科高校の劣等生、コミック版と新刊を買ったために金が底を尽きそうだ……。

ただでさえこの時期は金が消えていくのに……消費税が意外と懐に響く!


名詠クラブ 後編

「うわぁー冬夜くんすごいね。なんかアクション映画のワンシーンを見てるみたいだよ」

「うん。すごい」

 

 同時刻、学校の屋上で。

 達也と冬夜を狙う変質者が三人いた。彼女たちは双眼鏡を使って達也と冬夜を監視しながら呑気にそんな会話をしている。

 春には変な人が多く出てくる季節だが、校内で堂々と覗き見をしているのだ。これは風紀委員……ではなく生活委員に報告した方が良いのかもしれない。

 

「………ねぇ二人とも。なんか悪口を言われているような気がするんだけど、気のせいかな?」

 

 自分のやっていることに良心の呵責を感じたのか、変態組の一人である光井ほのかは、隣で双眼鏡を持つ同志、北山雫と明智英美に「やめようよ」と言外に語る。が、

 それに対してエイミィこと明智英美は「ダメだよほのか!」と言う。

 

「卑劣な手段で司波くんを攻撃する不届き者を捕まえるのが、私たち【少女探偵団】の役目じゃない!」

「そ、そうかも知れないけど……」

 

 エイミィは至極真面目な顔で、胸を張ってそう言う。なぜだろう。やっていることは間違っているような気がするのに、自信満々にそう言われると自分の方が間違っているように思えるから不思議だ。変質者三人組、もとい【少女探偵団(構成員は雫、ほのか、エイミィの三人)】の三人は決して邪な理由で達也をストーキングしているのではなく、彼女たちなりの正義感に従って達也を見張っていた。

 ………その結果がストーキングなのだから、手のつけようがないのかもしれないが。

 

「雫だって、こんな変態チックなこといけないことだって思わない?」

 

 形勢が悪いと感じたほのかは雫に助け船を求める。長年ずっと一緒にいた幼馴染。きっと自分の意見に賛同してくれるはずだ。

 しかし雫は、ほのかの声が届いてないのかさっきからずっと双眼鏡で二人を見たままだ。

 

「あ、あれ?雫聞いてる?」

「………………………と」

「え?」

「冬夜カッコいい……」

「ダメだこの子。早く何とかしないと!」

 

 うっとりした表情でトリップする幼馴染。達也のことを褒められた時の深雪と同じオーラを出す彼女を見て、ほのかは頭を抱えることになった。幸せオーラは周囲の人間にとって精神的な攻撃そのものなのだ。

 

「あー確かに冬夜くん、さっきからスゴいもんね。あれって本当に人間なのかな?」

「間違いなく人間……のはず」

 

 本人が目の前にいたらとても失礼な会話だが、そうエイミィとほのかが思ってしまうぐらい冬夜の動きは常人離れしていた。

 それもそのはず。さっき見た光景では、キマイラ三体を続けざまに反唱し、飛んできた火炎球を名詠した水で無効化させ、その上犯人の影から名詠した黒い鎖を持って拘束、逮捕するという動きを十分と掛けずにやって見せた。特にキマイラの反唱は魔法のアシストなしでやっており、あまりにも早かったために目が追いつかなかったほどだ。

 

 よく言えば剣の達人、悪く言えば化け物の領域に冬夜は立っていることがよく分かった。

 

「二人とも幼馴染だったんだよね?昔から冬夜くんはあんなに強かったの?」

「ケンカは強い方だったけど……あんな動きをしたことはないよ」

 

 昔は雫をいじめていた男子をよく返り討ちにしていた覚えがあるが、それは子供のケンカの範囲内だった。今のように人外の領域に踏み入れてはなかったはずだ。

 

(私たちの知らない間に何があったの?冬夜くん)

「とにかく、まだ二人を狙う人がいるだろうから、気を抜いてちゃダメーー」

 

 ほのかの疑問に答えてくれる人がいるわけもなく、その問いの答えは出ないまま胸のうちに消えていく。エイミィが視線の対象をほのかから達也と冬夜の二人に戻した時、赤色の眩い閃光ーーすなわち赤色の名詠光が見えた。すなわち、達也と冬夜を狙う誰かが名詠式が行使した瞬間を目撃した三人は、すぐさま空中で炎の翼を持つ一体の鳥が現れたのを目撃した。

 

「ふ、不死鳥(フェニックス)!?」

「違う!火喰い鳥だよ!」

 

 赤色第二音階名詠(ノーブル=アリア)に属する名詠生物、火喰い鳥。空舞うその姿はよく不死鳥(フェニックス)と間違えられるが、不死鳥と違ってその全身は炎で覆われておらず、嘴は歪んでいる。

 (しわが)れた鳴き声を出し、一対の翼から火の粉を撒き散らしながら林の中にいる二人へ近付いていく。

 

「ま、マズイよ!このままじゃ火事になっちゃう!」

 

 事態の緊急性を把握したほのかが叫ぶのと、

 

『火喰い鳥!?』

『マズイ、このままじゃ演習林が火事になる!』

 

 冬夜が火喰い鳥に気付き、魔法を使って跳躍し空中で火喰い鳥と向き合ったのは全く同じだった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

(くそっ!なんでこんなやつが一高(ここ)にいるんだ!?)

 

 魔法を使って跳躍し、空中に出た冬夜は心中で愚痴をこぼした。だが、余計なことを考えている暇はない。討伐すべき敵は既に目の前にいる。

 火喰い鳥が嗄れた鳴き声で威嚇する。冬夜は二挺の拳銃型CADを構える。一瞬の交差の後、最初に動いたのは火喰い鳥だった。

 競闘宮(コロセウム)で赤色名詠式を使う名詠士がよく名詠するこの火喰い鳥は、なにも火の粉を撒き散らすだけしか出来ないのではない。その歪んだ嘴から小さな火炎球を吐き出すことも出来るのだ。

 耳障りな雄叫びが聞こえた後、小手調べなのかまずは四発の小さな火炎球を吐き出してきた。だが冬夜も慌てず両手に握ったCADを使って全て消してみせる。そして片手のCADをホルスターにしまい、代わりに蒼氷色の刀身の剣を火喰い鳥に投げつけた。だが、それはあまりにも単調な攻撃だ。言うなれば『どうぞ避けてください』と言っているような無意味な攻撃。火喰い鳥は投げられた剣をひらりと簡単に避け、再び火炎球を吐き出そうとする。

 が、剣を避けた直後に冬夜の姿が空中で忽然と消えた。

 いったいどこへ?と考える間もなく翼に激痛がはしる。

 

還れ(Nussis)

 

 痛みが走った翼の方から夜色名詠士が反唱の呪文を唱える声が聞こえる。冬夜はあの瞬間、避けられた剣にあらかじめ刻んでおいた魔方陣を便りに空間移動(テレポート)し、投げていないもう一つの蒼氷色の剣で火喰い鳥を切りつけたのだ。

 

「………任務完了っと」

 

 蒼氷色の剣で切りつけられ、反唱の呪文を唱えられたが最後。名詠式によって喚ばれた名詠生物は強制送還される。最後に断末魔の声を上げながら火喰い鳥は還っていった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「…………わーお。身動きの取れない空中で翼を持つ名詠生物を瞬殺……」

「さ、さすが英雄(ヒーロー)って言われるだけのことはあるね……」

「冬夜カッコいい……」

 

 二名驚愕、一名恍惚の表情を浮かべて目の前で行われていた戦闘の感想を述べる。さっきもそうだったが、今の動きを軽くやってのけたのが自分たちと同じ人間という事実が信じられない。修練を積んだにしてもどうやればあんな動きが可能になるのだろうか。

 

「………ってそうだ!さっき名詠したのは誰?!」

 

 と、呆けるのもわずかな間。ここでほのかが自分たちの活動目的を思い出す。物見遊山でストーキングを始めたわけではないのだから、きっちり仕事は始めてほしいのである。

 

「あ、ごめん。私見てない」

「私も」

 

 この役立たずめ!と口を大にして言いたいが、三人とも冬夜の戦闘を観戦するのに気をとられてしまったのだ。下手をすれば学校が火事になることをやらかした犯人を見逃したことに、少女探偵団は肩を落として落ち込んでしまう。

 

「い、一度犯行を行った犯人は必ず現場に帰ってくるものなのよ!だから、このまま監視を続ければまた出てくるかも!」

「そ、そうだよね!うん。犯人はまだこの学校にいるはずだから、どこかでまた襲ってくるかも!」

「そうと決まれば、監視を続行」

 

 そう気を取り直してまた双眼鏡を手に取る三人。だからストーキングは違法行為なんだって。と三人に優しく教えてやりたいが、残念ながら三人がいる屋上には他には誰にもいない。その上実は冬夜も達也も少女探偵団の監視には気付いているのだから、案外無意味だったりする。

 

 春の陽気に当てられた優等生の三人は、地上で『どうしよう達也、オレの幼馴染と友人が変質者に片足突っ込んでるんだけど……』『………知らんな』という会話が繰り広げられていることも知らずに監視を続けた。

 

 

 

 

 

 そしてどこで少女探偵団の活動を聞いたのか、後に深雪から『お兄様の写真を撮っていたら譲ってくれないかしら?』という会話があったのだが、それはまったくの余談である。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 時間が経ち、二人は順調に魔法や名詠式を不適切に使用した生徒たちを捕縛していった。

 

「………さて、これで何人目だっけ達也くん?」

「確か十五人目だな。そろそろ風紀委員会にある予備の手錠が底を尽きるぞ」

「よくもまぁ、これだけの人間が関わってくるよなぁ」

 

 冬夜は呆れた声で校舎の方を振り返り、今頃風紀委員長にこってり絞られているであろう一科生のことを思う。ゴキブリみたいに沸いて出てきた彼らを片っ端から捕まえていったわけだが、予想以上の生徒が捕まった。

 

「十五人か。つまりこれで、一高に通う一科生のうち実に五パーセントの生徒が捕まったということだな」

「わざわざ百分率で表す意味はあるのか?」

「物事を分析するにはこっちの方が分かりやすいだろう?」

 

 一科生の間に広まっている選民思想。冬夜の見立てではあと十五人、つまり最低でも一割の一科生は今回の達也の活躍に反感を覚えた選民思想の生徒がいると踏んでいる。生徒会にいるあの副会長を含めてどれ程の数がいるのか、冬夜は興味があった。

 

「会長や委員長みたいな考え方を持つ人が少数派(マイノリティ)だとは考えたくないけど、もし差別思想を持つ生徒の数が多いなら会長に進言しようと思ったんだよ。悪い風習は早めに断ち切るべきだからな」

「断ち切る、ねぇ」

 

 そう言う冬夜の意見に達也は否定的な反応を示す。彼にとっては二科生制度による差別など、どうなろうと自分と深雪の生活に障害が出ないのならどうでもいいと思っている。冬夜の言うことに理解できないわけではないが、達也からすれば、具体性の欠ける言い分だと感じた。

 

「そうは言うが、具体的にどうすることも出来ないと思うぞ?」

「いや。現行の規則を変えられれば出来るさ。二科生の生徒会長を選出する、とかすれば一発だな」

「夢物語もいいところだな」

「何時だって、世の中を変えられるのは人の意思だけだよ。達也」

 

 誰かの受け売りのような言葉を言って冬夜は周囲を見渡す。冬夜は自身の精神に宿った固有魔法【空間移動(テレポート)】の副産物として得た能力【存在探知】を使って、物陰に誰かいないか確認する。攻撃が来ないようにする予防策だ。

 

 といっても、あらかた敵は狩り尽くしたのか、物陰に潜むような存在はなかったため安全を確認した冬夜は達也と一緒に再び構内を見回り始めた。

 

「そういえば達也、今からちょっと寄りたいところがあるんだけど、良いか?」

「どうした?やぶからぼうに」

 

 歩き始めてすぐに、なにかを思い出した冬夜は達也にそう言った。冬夜は「大したことではないんだけど」と前置きをして話し始める。

 

「実は会長に『見回りついでに冬夜くんに見てきてほしい部活があるの』って言われたのを思い出してさ。今からそこに行きたいんだけど……良いか?」

「なんだそんなことか。別に良いぞ。行こう」

 

 達也の了解も得たところで二人は校庭の一角を目指して歩き出した。会長が言ってた冬夜に見てきてほしい部活ーーそれは『名詠クラブ』という部活だ。名前から察せる通り、名詠式に関する活動をしている部活で主な活動内容は『競演会(コンクール)』の出場である。

 

「『名詠クラブ』か……。名詠士の免許を持つ教師も雇えないのに、よくそんな部活が認められたな」

「なんでも、週二で名詠士の資格を持っている人物が外部コーチとして一高を訪れてきているらしいぞ?学校の顧問の先生はほとんどなにもしていなくて、生徒たちが大会の申請をしたりとか自主的に運営しているらしい」

「へぇ」

 

 冬夜が事前に聞いた情報に相槌を打ちながら達也は名詠クラブの情報を頭に入れる。すると、『名詠式の指導』という言葉から連想したのか、冬夜がこんなことを聞いてきた。

 

「そういえば、日本の学校だと授業で簡単な名詠式を教えているところもあるんだっけ?達也は習ったのか?」

 

 冬夜はキチンと学校に行って名詠式を習ったわけではないため、こういった『名詠式の指導』には興味があった。冬夜の記憶が正しければ、確か日本では中学校の『総合的な学習の時間』に第四音階名詠(プライム=アリア)第三音階名詠(コモン=アリア)を教えるところがあるらしい。これまで冬夜の説明に相槌を打っていただけの達也も、質問が来たため簡潔に答えた。

 

「あぁ。緑色名詠式をちょっとだけな」

「へぇ。ちなみにどんなのを名詠したんだ?」

「オレは亀を喚んだな。一度の名詠で二匹喚んだこともある」

「へぇ!それはすごいな」

 

 冬夜は感嘆の声をあげる。一度の名詠で複数の名詠生物を喚ぶのはレベルの高い技術なのだ。第一、第二はもちろん、それは初歩的と言われる第三、第四音階名詠でも変わらない。

 

「ちなみに妹さんは?ま、才色兼備なあのお姫様のことだから、もっとすごいのを喚べそうだけど」

「いや、深雪は青色名詠式を習ったが第四音階名詠で苦戦していた。どうにも苦手みたいだったらしい」

「え?マジで?」

「あぁ」

 

 意外な事実に冬夜は驚愕してしまう。達也も苦笑いを浮かべるが、人間は何かしら得手不得手はあるものなのだ。故に深雪に苦手なものがあっても何ら不思議なことではない。しかしそれでも、重度のブラコン以外は完全無欠なあの新入生総代が苦手とするものがあると聞かされると、素直に信じられない。

 

「司波にも苦手なものってあったんだな。つーか名詠式って、才能とか関係なく誰でも使えるはずなんだけど……」

「それに関して原因は分かってない。本人はすごく気にしているようだけどな」

 

 魔法に関しては劣等生なのは達也だが、名詠式だと深雪が劣等生。通う学校が魔法科高校ではなく名詠学校だったら、今と逆の現象が起きていたのだろうか。

 

「『名詠学校の優等生(主役:司波達也)』と『名詠学校の劣等生(主役:司波深雪)』……うーん。それだと達也が主人公じゃアニメ化は無理だろうな」

「………何の話をしているんだ?」

 

 見目麗しいが成績はまったく優れない主人公(司波深雪)が仲間と共に成長していく物語。ありきたりだがこれはこれでありかも知れない。……ないか。

 

「まぁ司波に名詠士は向いてないのかもな。でも仮に司波が競演会(コンクール)に出たらきっと一番になれると思うよ。……本人の美貌が評価される形で」

「その言葉、後で深雪に聞かせてやるよ」

「止してくれ。オレはまだ死にたくない」

 

 冗談を言い合いながら二人は目的地まで何事もなくたどり着いた。といっても、目的地手前までやって来るとその周辺に人だかりが出来ていている。……なにかあったのだろうか?

 

「………達也、なんかすごく嫌な予感するんだけど」

「その気持ちにはすごく同感だが、前に出て確かめるぞ」

 

 二人とも面倒事の予感がしていたが、それでも取り締まりのために関わらなくてはならないのが風紀委員の悲しいところ。人だかりが出来ていたといってもあまり層は厚くない。二人とも人混みを掻き分けて前に押し出た。

 

「いったい何をするのよ!突然押し掛けてきて、勧誘の邪魔をしないでちょうだい!」

「は、勧誘の邪魔?負け犬の集まりのくせによく言うぜ」

 

 案の定、人混みの原因はこの時期では恒例の勧誘トラブルだった。言い合っているのは別の部活にそれぞれ所属している男子生徒と女子生徒。怒りを露にしているのが校章のない制服を着た二科生の女子生徒。せせら笑っているのがなにかの部活のユニフォームを着ている男子生徒。恐らく彼らは一科生。この組み合わせに達也は初日に取り締まった剣道部と剣術部の騒動を連想した。

 しかし、今回の場合は初日に取り締まった騒動と違う結末を迎えた。

 

「負け犬ってどういう意味よ!」

「そのまんまの意味だよ。ここはロクに魔法が使えない落ちこぼれが身を寄せあって『名詠式を学ぼう』って出来た部活だろ?授業で結果を出せなくて下に見られるのが嫌だからって作られた負け犬どもの集まりに入っちゃあ、いくら雑草(ウィード)の後輩と言えど可哀想だと思ってな。入るんだったらもっとマシな部活に入れ、って親切に教えてやってんだよ」

 

 周りのーーと言うより矢面に立ってせせら笑っている男子生徒の後ろに立つ、おそらく同じ部活の一科生たちが一斉に笑い始めた。目に見える明らかな侮辱、もとい悪意。言い方はものすごく腹にたつものだが、その言い分は間違っていない。実際にどういった妨害をしたかは分からないが、冬夜は一科生側の言い分には納得できた。

 名詠式は現代魔法と違って学びやすい魔法だ。その理由は生来の才能の有無に関係なく、努力しただけ報われる魔法だからである。魔法演算領域という生まれもった才能が大きな比重を占める現代魔法に比べて、名詠式は万人に愛される優しい魔法になった。故に競闘宮(コロシアム)などは国際試合が行われたりするのだが、逆に考えれば現代魔法に高い才能を持つ人は、自分たちが選ばれた才能の持ち主だと考える人も多い。特に、多感なこの時期の子供はその傾向が強い。

 魔法師が名詠士を見下すような風潮ーー例えば服部のような発言ーーがあることも事実だ。

 しかし、公の場でそれを口にされるのはタブーとされている。だがここは魔法科高校。文字通り『現代魔法を学ぶための学校』だ。その中に名詠式の部活があれば、絶好の批判の的になる。

 

 マズイ。と冬夜は向かい合っている女子生徒の反応を見てそう思った。拳を握りしめているその生徒は、制服のポケットから赤いチューブを取り出して中身を絞り出した。

 

「負け犬かどうかーー」

 

 讃来歌(オラトリオ)が紡がれることなく、赤色の絵の具から赤色の名詠光が出てくる。後ろにいた同じ部活の仲間が必死に止めさせようとするが、触媒は強い光を出したままだ。

 どうやら、この観衆の中で名詠式を使う気らしい。

 

「確かめてみなさいよッ!!」

 

 怒号と共に投げられる火炎球。まさか讃来歌(オラトリオ)なしで名詠式を行使できるとは思ってなかったのか、一科生側の生徒は驚いて逃げ出そうとする。魔法が効かない以上、彼らに抵抗する術はない。が、彼らが後ろを向いたと同時に冬夜も火炎球の前に飛び出し、即座に名詠した水で炎を消した。

 

「えっ!?なんでいきなり……」

「風紀委員です。双方、下がってください」

 

 達也が一科生を庇うように前に立ち、冬夜がその脇にたつ。彼らの視線の先にいる二科生の女子生徒は目に見えて動揺していた。

 彼女が動揺した理由、それは自身が名詠した火炎が突然消えたことに対してではなく、むしろーー

 

「なんで……?」

 

 理解できない。一科生の生徒ならまだしも、なぜ二科生の生徒が一科生を庇うのか。達也と冬夜が自分を睨んでいる理由が理解できない女子生徒は思わず叫んでいた。

 

「なんでよっ!なんで私と同じ二科生の生徒が、一科生の生徒なんか庇うのよっ!!」

「仕事だから、って言えば納得するか?………しないだろうな。じゃあこう答えよう。まだ正式に認められているわけではないが、一人の名詠士として名詠式をそんな風に使うのは看過出来ないんだよ」

 

 ぴしゃりと冬夜は言い切り、二科生の生徒を睨み付ける。毅然として言い放ったその一言に女子生徒は腹をたてたのか、手にしていたチューブから再び赤色の絵の具を絞り出し再び名詠式を使い始めた。

 

「そこを……退きなさい!!」

 

 怒号と共に名詠される火炎球。だが冬夜は嘆息して火炎球から逃げるどころか向き合った。達也の前に出て右手を前に突き出す。

 

「………一応、名詠士の先輩として一つアドバイスしておくよ」

 

 眼前にまで迫った火炎球。いつぞやの騒動と同じくこのままでは冬夜が危険なのだが、あのときと同じく冬夜は逃げようとしない。

 今回は夜色名詠式を使うまでもない。

 

「魔法師が相手ならともかく、名詠士同士の対決において、不用意に火炎を使うのは悪い手だ」

 

 相手が放った火炎球が冬夜の髪先の直前で止まる。そしてそのまま少年の右手に()()()()持ち上げられる。

 

「相手が赤色名詠士だった場合、それは逆に利用されるからな。……こんなふうに」

 

 冬夜の右手に掴まれた火炎球が赤光色に輝き出す。名詠式を使う際に現れる名詠光。それが火炎球から発せられて辺り一帯を包んでいく。あまりにもその光が眩しすぎてその場にいた生徒が目を瞑ってしまう。

 

「……うそでしょ」

 

 名詠光の光が収まり、目を開けた周囲の生徒から驚きの声が上がる。火炎球を名詠した二科生の生徒が呆然と呟いた。

 もうすでに冬夜の手には火炎球はない。その代わり火炎球を使って名詠された名詠生物が彼の隣に立っていた。真紅の毛並を持つ獅子。その体長は二メートルを超え、尾の先に炎が灯っている。その背中に生えた一対の翼の色も赤。唯一その琥珀色の瞳だけが異様に目立っていた。

 ――赤獅子(マンティコア)。赤色名詠の第二音階名詠(ノーブル・アリア)に当たる名詠生物で、赤色名詠式の中で特に人気の高い名詠生物だ。

 

「さてどうする?まだやるか?」

 

 挑発、というより確認に近い問いかけだった。

 一言で言うのなら、圧倒的。相手の投げてきた火炎を掴んで利用し、讃来歌(オラトリオ)なしで赤獅子(マンティコア)という大物を名詠してしまうなんて並の技量じゃない。確かに名詠式は一番高位の第一音階名詠(ハイ・ノーブルアリア)を除けば、讃来歌(オラトリオ)なしで名詠することも出来るが、それは長い間名詠式に打ち込み修練を積んできたものにしか出来ない高等技術だ。

 

 他に何をするまでもなく、冬夜との実力の差は明らかだった。

 

 





今月はまだ買わなきゃならないものがあるのにどうしよう……遣り繰りしなくちゃ……

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