魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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夜勤続きで辛いっす。筆が進まない……スランプかなぁ。
早く次の章の話が書きたい。

とまぁ、最近不安定な生活を送っているオールフリーの小言はさておき。

本編をどうぞ!


エッグ

 騒がしかった勧誘期間も気がついてみればあっという間に終わり、

 

「はぁ……」

「達也、今日も委員会か?」

「いや、今日は非番。やっとゆっくり出来そうだ」

「大活躍だったもんなぁ」

「一ミリたりとも嬉しくないけどな」

 

 おそらくこの騒動で一番苦労した(活躍したともいう)風紀委員の生徒、司波達也は勧誘明けの日の授業終わりにため息をついて昨日までのことを思い出す。現場に駆けつければ攻撃され、現場に向かおうとすれば魔法が飛んできて……散々な一週間だった。

 

「今や有名人だぜ達也。魔法を使わず並み居る魔法競技者(レギュラー)を連破した謎の一年、ってな」

「謎の、ってなんだよ………」

「渡辺委員長から聞いてるよ。『取り締まりだけでなく事務の仕事までこなしてくれる良い人材だ』って。いやぁ、推薦した身としてはお前がそういう評価を受けてくれて嬉しいよ。うんうん」

「なに満足そうな顔しているんだ。お前のせいでオレの高校生活は、想像していたものから大きく外れるハメになったんだぞ」

「良かったじゃないか達也。『人生は思うようにはいかない』ってことが学べただろう?」

「冬夜、悪いことは言わない……その顔一発殴らせろ」

「待て達也。風紀委員が暴力行為を働いて良いのか」

 

 拳を握りしめた達也を見て本気でおびえる振りをする冬夜。達也としては一発どころか三発ぐらい殴ってやりたいが、ここで暴力行為を働いて得られるものなど何もない。深雪に迷惑がかかりそうな事柄を彼が率先して起こすわけがないのだ。

 男子三人がふざけあっていると、帰り支度を済ませたエリカがこちらにやってきた。

 

「なんでも一説によると、達也くんは魔法否定派に送り込まれた刺客らしいよ?」

「誰だ、そんな無責任な噂を流しているのは……」

「えっと、実はあたし~」

「おい!」

「もちろん冗談だよ?」

「勘弁してくれ……性質(たち)が悪すぎだ」

「でも噂の中身は本当だよ?」

「まぁ、あれだけ活躍すれば、そりゃあなぁ?」

 

 冬夜が意味ありげな顔で達也を見る。実際達也はこの勧誘期間中もっともトラブルに巻き込まれたのにも関わらず、自身に向けられた攻撃は躱したり防いだりして火炎球の一発以外は一回も攻撃を受けずに生き残ったのだ。魔法の才能で劣るはずの二科生に、そんな芸当が出来るはずがないと信じている一科生には初日に起きた出来事より衝撃的な事実だったろう。

 一方視線を受けた達也は大きなため息をついて冬夜を見る。

 

「………知名度ならお前の方が上のはずなんだがな」

「ついでにいえば実力もな。こういう時のネームバリューの影響はすごいぜ?」

 

 そういう冬夜も達也と比べれば少ない方ではあるが、一科生から魔法攻撃を受けている。もちろん冬夜も負けるわけもなくすべて躱しきっている。

 

「オレからすればどっちもすげぇけどなぁ」

「オレたちの身にもなってくれレオ……オレなんかで三度も「あ、死ぬかも」と思う体験をしたんだぞ?」

「ははっ!そりゃ災難だ。悪いが同じ体験はしたくねぇな」

 

 レオが笑いながらそう言う。達也はその様子を見てレオにも拳をたたき込みたい衝動に駆られたが、不毛なことだと自分を抑えてまたため息をつくだけに(とど)めた。

 

「さて、じゃあオレはそろそろ行こうかな」

「また生徒会ですか?」

「いや、さっき校長から呼び出しを受けたから生徒会室に向かう前にソッチ行く。多分名詠式に関することだな」

「大変ですね……」

「まぁね。でもこれも仕事の内だから」

 

 最後に寄ってきた美月の言葉に、冬夜はそう笑って言い、実験棟へと向かった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「さて、メールで指示された場所はここでまちがいないはずだけど……」

 

 実験棟にて、校長に呼び出された場所に着いた冬夜は最初にそんなことを言った。今彼がいるのは学校の実験棟の地下ーーなかなか手に入らない重要な試料一般には見せられない数多の聖遺物(レリック)が厳重に保管されていた。今彼がいるところは普段生徒が立ち入れるような場所ではなく、校長を含めたごく一部の教職員のみが立ち入りを許された、生徒達からは【魔窟】と呼ばれる場所。

 おそらく生徒の立場でここに入ることを許されたのは、彼だけかも知れない。

 

「【魔窟】、か」

 

 なるほど、と冬夜は納得して口の端をわずかに歪めた。

 ここにあるのは無数の棚に陳列されている数多の薬品。異臭と異臭が混じり合い、何とも言えぬ悪臭を生み出していた。実際、冬夜もここの扉を開けたときはあまりの臭いのきつさに一度閉めてしまったくらいだ。その上部屋の明かりはわざとなのか薄暗く設定されている。

 つまり何が言いたいかというと、ここはとても気味が悪い場所だった。なるほど。確かに部屋の薄暗さといい臭いといい何か出てきそうな場所だな、と冬夜は【魔窟】と呼ばれるこの場所の事を知った。なるべく早くここから出ていきたいものだ。

 

「それで、私を呼び出した用件とはなんでしょう?百山(ももやま)校長」

「うむ。実は一高の校長として、是非とも夜色名詠士殿に依頼したいことがあってな」

 

 少し歩くと、冬夜を呼び出した張本人が水で濡らしたハンカチを鼻に当て、イスに座って冬夜を待っていたのが見えた。校長、百山(ももやま)(あずま)は入学式に冬夜へ言った言葉をもう一度言い、ある場所へ彼を案内する。

 

「これを見てくれ」

 

 校長が冬夜を連れてきた場所にあったのは、ショーケースや戸棚が多く立ち並ぶこの部屋の中で、まるで隔離されるように置かれた五つの物体だった。それぞれ赤、青、黄、緑、白色をしており、宝石に似た光沢を放っている。普段ならルビー、サファイア、トパーズ、エメラルド、オパールあたりを連想するが、それらは宝石ではなかった。それらの形は楕円形、それも卵ほどの大きさがある。ここまで大きな宝石はまず存在しない。こうやってわざわざ保管されるからには、相応の理由があるのだろう。

 

「これはいったい?」

「見ての通り触媒(カタリスト)というやつだ。手に取ってみると良い。素手で構わんよ」

 

 いつぞやの時のように、呼び出したからにはちゃんと理由を説明してほしい。冬夜は思わずそう文句が出そうになったが、相手はここの校長。立場は生徒の身分にある自分よりずっと偉いのだ。仕方なく、冬夜は校長のいう通り触媒(カタリスト)を手に取ってみた。

 触ってみた感じ特におかしな点はない。よく見ると蛇の鱗のような表面をしており、ざらざらとした感触が手のひらを通じて伝わってくる。触媒としては珍しい部類に入るだーー

 

「ッ!!!?」

 

 そこまで考察したとき、突然触媒から眩い黒の閃光が迸った。これは……名詠光?だとしたらずいぶんと強い。そしてこのままでは()()()

 とっさに触媒を手放して、意識的に心を閉ざす。手放してから三秒ほど時間が経った後、徐々に弱まっていった名詠光が完全に消えた。

 

「校長、これは」

「驚かせて済まなかった。触媒は触媒でも、これは人工触媒(カタリスト)というやつだ。知り合いの研究所では【孵石(エッグ)】と呼ばれていた」

「【孵石(エッグ)】………」

 

 校長から伝えられたその名前を反芻する。

 

「校長、いったいどうやって、これを手に入れたんですか?」

「『精製したはいいが我々の手には余るものだ』とか言って置いていきおった。全く迷惑な話だよ」

 

 親の仇でも見るような視線で校長は五つの物体を()めつける

 

「……で、夜色名詠士殿。この孵石(エッグ)をどう思う?」

「………危険ですね」

 

 校長が頷く。

 この触媒(カタリスト)ーー【孵石(エッグ)】は今触っただけでも、二つの面で危険だということが分かった。

 一つは触媒(カタリスト)として効果過剰だということ。名詠に長けた者ならば名詠光の輝きだけで、その触媒がどれくらいの効果を有するのか判断できる。冬夜が見る限りこの触媒は相当強力な部類に入る。未熟な名詠士がコレを使って火を起こそうものならば、大火事を招く危険だってあるぐらいだ。

 もう一つは、どうやらこの【孵石(エッグ)】という触媒、名詠士から()()()に名詠を引きずり出すらしい。

 本来、触媒というのは名詠士が意図して始めて効果を持つ。触媒が勝手に特定の名詠門(チャネル)を開いてしまうのであれば、赤色名詠士はおちおち赤い服を着られない。だが、この【孵石(エッグ)】はその性質を持ってしまった。それに気付いて慌てて名詠を中断させたから良かったものの、あと数秒遅れていたら名詠が暴発していた。

 

(ずいぶんと危険な賭けをするものだ)

 

 心の中で苦笑してしまう。自分が適任者かどうか、今のが校長なりの試験だったのだろう。

 

「問題はこれをどう廃棄するかどうかなのだが」

 

 視線を向けた先にいた校長が目を逸らして話を続ける。

 

「まず、物理的な方法で破壊するのは断念した。内部にあるエネルギーがどう反応するか分からんからな。下手をすれば大爆発を引き起こしかねん。埋めるのは問題の先送りにしかならないので却下。魔法を使おうとしたが、それは名詠式と同じく【改変】を拒む性質があって無意味だった」

「そこで、私の出番というわけですか」

「そういうことだ。こうなると地道に分解するしかないのだが、それでは設備がない。夜色名詠士の君に依頼したとなれば誰も口を挟めんだろう?済まんが、やってくれんか?」

「わかりました。CILのメンバーに相談してなるべく早く取りにしてもらうよう手配します」

 

 正直気は進まないが、名詠式の責任者を任されたのだ。乗りかかった船だと思って冬夜は二つ返事で了承した。

 

「すまないな。ところで、CILのメンバーが来るまでどれくらいかかる?」

「それは……」

 

 冬夜は口ごもってしまう。現在CILやIMAは諸事情によってあまり自由に行動出来ないでいる。

 

「……早くて一週間後、遅くとも一月後には」

「時間がかかりすぎる。もう少しどうにかならんか?」

「すみません。生憎IMAもCILも今はバタバタしてまして……」

「………まぁいい。なるべく早く取りに来てもらうようにしてくれ。こんなものがあるとなると心配で夜も眠れんのだ」

 

 校長はもう一度間眼下にある五つの触媒を睨み付け、吐き捨てるようにそう言った。冬夜は申し訳ないような表情をした後、孵石を見た。

 

「ところで、CILが来るまでの間はどこに保管しておきましょう。私が預かるよりここで保管しておいたほうが安全だと思うのですが」

「君がそう望むのならそうしよう。下手なところに孵石(エッグ)を隠すよりここに置いておいた方が安全だということは、私が保証する」

「はい」

 

 ちゃんと事情を説明すれば家に置いても四葉真夜(母さん)がなにかするとは思えないが、屋敷に仕える人たちが誤って触りでもしたら大変だ。部屋に置いて水波あたりが触るかもしれない。大惨事になるのは避けなければ。

 

「では行こうか。正直、儂もここの空気はあんまり好かんのでな」

「……臭いがきついなら換気すれば良いんじゃないですか?」

「異臭騒ぎでパニックになったことがある。出来ん」

 

 冬夜の当然の疑問に校長は間髪入れず答えた。治らないのも当然だ。直そうにもここにおいてある物はおいそれと外に持ち出して良い物ではない。八方塞がりだった。

 

「……孵石(エッグ)はこのままの野晒しにしてて良いんですかね?」

「構わんだろう。元々ここは特定の人物しか入れんのだからな。それに、魔法師を志す生徒にとって孵石(それ)はただの変わった石ころに過ぎん。わざわざ盗み出す輩はおるまいよ」

 

 ◆◆◆◆◆

 

 校長が出ていったのを確認して、冬夜はもう一度孵石(エッグ)を眺める。せっかく珍しい魔法具が保管されている場所に来たのだから、見学させてほしいと言い残ったワケだが、本当は孵石(エッグ)を見ることが目的だった。

孵石(エッグ)】。冬夜はこの一風変わった触媒(カタリスト)以前(まえ)にも見たことがあった。忘れもしないあの場所で、この触媒の真の力を間近で見たのだから。

 

「…………アマリリス」

 

 自分に双剣を授けてくれた真精の名前を呟く。目の前にある五つの触媒と最も関係が深く、また名詠式の根幹に関わる存在。

 自分にとっても、まさしく運命を変えた存在。

 

「オレは、ちゃんと前を向いて歩いているのかな」

 

 夜色の少年はあの日の誓った言葉を呟いてみる。

 その呟きは、虚空に消えてなくなった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 陰気な場所に長くいると気分まで憂鬱になってくる。

 

「あー、また書類と睨めっこかぁ……やだなぁ」

 

 一通り保管されていた聖遺物(レリック)を見てみた後、冬夜は生徒会室に行くのが億劫になっていた。サボりたい。サボりたいなぁ……でも仕事はしなくちゃだし……と月曜日に会社に出勤するときの会社員みたいな心情で構内を歩いていた。

 

「いくら美少女四人と同じ空間にいるといっても、みんなマジメに仕事しているしなぁ……どこぞの生徒会みたく駄弁ってるわけじゃないし」

 

 このネタは富士見ファンタジア文庫(同じ出版社)の作品なので特に問題ないはずである。

 

「まぁいい。どうせだからクッキーでも買っていくか。カフェテリアは確か図書館のすぐ近くに……」

「あ、あの!」

 

 一高構内で営業されているカフェテリアへ足を向けかけたところで、冬夜は声を掛けられ振り返った。振り返った先にいたのはセミロングの髪をした女子生徒。どこかで見た顔だ、と思ったが幸いなことにすぐに思い出すことが出来た。その女子生徒は冬夜の顔を伺いながら言葉を続けた。

 

「黒崎冬夜くんですよね?夜色名詠士の……」

「あなたは、確か名詠クラブの?」

「は、はいっ!名詠クラブ部長の(ひいらぎ)由紀(ゆき)って言います。あのっ、この間は本ッ当にすみませんでした!!」

 

 挨拶してすぐ深々と頭を下げる由紀。忘れるわけがない。彼女は勧誘期間四日目で他の生徒と揉めていた女子生徒だ。確か赤獅子(マンティコア)を名詠した後、風紀委員会に出頭を命じられてそれきり会っていなかったことを思い出す。

 

(そういえば名詠クラブのこと、すっかり忘れてたな……)

 

 同時に自分が仕事をやり残していたことも思い出した。

 

「柊先輩、とりあえず頭を上げてください。あれはもう終わったことでしょう?先輩が謝る必要なんて、もうないんですよ?」

「い、いえっ。頭に血が上ってたとはいえ、私、とんでもないことを……」

「安心してください。別にあんなのは日常茶飯事でしたから」

 

 どうやら由紀は冬夜に火炎球を投げたことを気にしているようである。だが、冬夜からすればバカでかい図体を誇る第一名詠式(ハイノーブル・アリア)の名詠生物、真精を相手にすることと比べれば、火炎球など可愛いものなのだ。

 

「それで、いったい何のご用でしょう?私用でしたら、お断りしたいのですが」

「いえ!あの時のお礼と名詠クラブのことでお話ししたいのですが……」

 

 ご迷惑ですか?と由紀は冬夜に上目遣いで問い掛ける。冬夜はどうしたものか、と少し考えてみた。別に断る理由もないが誘いに乗る必要もない。名詠クラブのことは、勧誘かなにかだろうと予測が着く。すでにバイアスロン部に入ってしまっている冬夜は兼部する気など微塵もなかった。

 しかし、会長から頼まれた仕事をやり残していたことも事実。

 

(話ぐらいは聞いておくか)

 

 そう思った冬夜は、由紀の誘いを受けることにした。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 今更なことを言うが、黒崎冬夜は名詠士の間では有名人だ。

 

 既存の五色に当てはまらない異端の『夜色』名詠式を使いこなす名詠士。名詠生物、特に真精が暴れだした絶望的状況を必ず解決させるその活躍は英雄(ヒーロー)と称され全世界の名詠士の憧れの的だ。

 

 もちろん中には彼のことを認めない名詠士もいるが、それはごくわずかな人数でしかない。やはり大半の名詠士や名詠士を志す学生は夜色名詠士の名に強い憧れを抱くのだ。

 そんな相手と話があるからとカフェテリアに誘い、一緒のテーブルに向かい合わせにして座っているこの状況に、名詠クラブの部長である柊由紀は大いに慌てていた。

 

(ど、どうしよう!夜色名詠士と二人きりになっちゃうなんて……)

 

 年下とはいえ、憧れの人と二人っきりというこの状況は、彼女が舞い上がるには十分すぎた。

 

「……あの、先輩。どうかしたんですか?なんだか挙動不審になってますが」

「そ、そんなこと、ありまひぇんよ!?」

「…………………」

 

 目に見えて動揺している由紀を見て、どうしたものかと冬夜は考える。以前出会った時とはまるで違う彼女の態度に冬夜も戸惑っていた。だがこのまま沈黙を続けては埒が明かない。ならばいっそ自分から話題を切り出すべきか、と冬夜は思い始めていた。

 が、意を決したのか由紀が咳払いをしたことで、冬夜の方から話題を切り出すことはなかった。

 

「えと、先週はありがとうございました。あなたのおかげで大事に至らずに済みました」

「いえ、オレは火炎球を止めたこと以外なにもしてませんので」

 

 事実、正式な風紀委員ではない冬夜は生徒を捕縛したり騒動に介入して検挙する権力を持っていない。なので、四日目以降に達也と冬夜が捕まえた全ての生徒は達也の権限をもって逮捕され、罰を与えられていることになっている。

 名詠クラブの騒動も例外ではなく、部活連や風紀委員会、生徒会に報告をしたのは達也がやったことだ。つまり、由紀が何の罰を受けずに済んだのは達也のおかげということになる。

 

「ううん。なにも罰がなかっただけじゃないの。あの時私がやったことはどうみたって犯罪行為。下手をすれば今ごろ私は傷害で警察に捕まっているところだわ。

 黒崎くんが止めてくれなければ、本当に取り返しのつかないことになっていた。

 だから、そういう意味でもお礼を言いたくて……」

「反省しているならそれで良いんです。次は同じことをしないようにすれば良い、それだけの話でしょう?」

 

 冬夜は優しく、諭すようにそう言う。これではどちらが年上なのか分からないが、少なくとも冬夜の方が名詠士としては先輩にあたることは確かだ。

 

「それで、名詠クラブに関するお話とはなんでしょう?」

「………単刀直入に言います」

 

 同じ話を繰り返す気は冬夜にはなかったため、頃合いを見計らって本題に入るよう由紀に仕向けた。

 

「黒崎冬夜くん、私たち名詠クラブに入っていただけませんか?」

 

 さっきとはがらりと雰囲気を変え、居住まいを正して本来の用件を聞く由紀。

 予想通りの内容に、冬夜は用意済みの答えを返す。

 

「せっかくですが、お断りします」

「…………理由を聞かせてもらっても良いかな?」

「既にオレは別の部活に入ってます。兼部する気はありません」

 

 落ち着いた口調で紡がれたその回答は、僅かな考慮もない即答だった。この答えが返ってくるとは予想していなかったのか、由紀はショックを隠しきれないようだった。

 

「で、でもあなたには名詠士として素晴らしい実力があるわ。それを生かそうとは思わないの?」

「オレは夜色名詠式を『競演会(コンクール)』や『競闘宮(コロシアム)』で使おうとは思ってません。それに名詠士としての実力を使いたいなら、魔法科高校ではなく名詠学校に入学してます」

「し、指導してもらうだけでいいから……」

「残念ですが、お断りします。指導は外部コーチの方にお願いしてください」

 

 取りつく島もないくらいきっぱりとした拒絶に由紀の心は折れそうになる。それでもなんとか引き入れようと思考を巡らせて考え込む由紀の様子を見ていた冬夜は、空になったカップをソーサーに置いて一つ聞いてみた。

 

「………先輩、なぜそこまでしてオレを引き入れようとするんですか?オレは何を言われようも名詠クラブに入りませんよ」

 

 なんとなくだが、由紀が冬夜を引き入れようとするのには『夜色名詠士』とは違うなにか別の理由があるのではないかと冬夜は疑った。あくまでも直感に過ぎないが、ここまできっぱり断れても誘うからにはそれなりの理由があるはずだ。

 それがいったい何なのか、冬夜はそっちの方に興味があった。

 

「えっと、それは……」

 

 由紀は視線を宙にさ迷わせて言い淀んでいた。

 そんな彼女を、冬夜はじっと見つめて離さない。

 やがて由紀は、観念した顔で口を開いた。

 

「魔法科高校では魔法の成績が最優先される……そんなことは最初から分かって入学したのは確かだけど、それだけで全部決められるのは間違ってると思わない?」

「続きをどうぞ」

「授業で差別されるのは仕方ないわ。私たちの成績が悪いのは事実だから。でも、だからと言ってそれだけで雑草(ウィード)と見下されて、差別されるなんておかしい。

 魔法の成績だけが、私たちを計る基準じゃないはずよ。学校側は花弁(ブルーム)雑草(ウィード)といったこの差別体制を改善するべきだわ」

「…………具体的に言うと、先輩は学校側に教師の増員を要求したいんですか?」

 

 そんなことは不可能だ。もともとこの【二科生制度】は、教師の増員ができないために施行された、政府の苦肉の策とも言える方法。

 増員を望めない以上、二科生制度の撤廃は不可能だ。

 しかしこの答えは少々早とちりすぎたようだ。由紀は首を横に振って異を唱えた。

 

「別に教師の増員なんて求めてないの。私が変えたいのはこの差別体制を良しとするこの()()

 冬夜くんも見たでしょう?一科生の人たちが私たちを嘲笑(あざわら)っているのを。

 この学校には紛れようもなく差別の風潮が強く根付いているわ。けれど、私は校長を初めとした教職員側にはなんの期待も求めない。だって、この制度を導入したのはそもそも教職員(彼ら)だもの。教職員がどうこう出来ないのも分かる。

 でも、現状この学校は明らかに一科生のみに権力を集中しているわ。風紀委員会みたいな、魔法実技を要求されるようなところは仕方ないかな、って思うところはあるけど………。

 腕っぷしが強くなくても勤まる、生徒会は長年を通してずっと、一科生のみで構成されているの」

「と、いうことはつまり、先輩は現生徒会の解散を望んでいるわけですか?」

 

 冬夜の確認に由紀は強く頷いた。気分が乗ってきたかのか、由紀は声を大きくして自分の思いを伝える。

 

「ええ。一科生のみで構成されている今のままの生徒会では、この風潮はなんら変わらないわ。

 そして生徒会を構成するメンバーは、一科生から選出されなければならないという規則があるのも私は知っている。

 この明らかな一科生びいきの規則を根拠にして、私は現生徒会に解散を要求し、この規則の撤廃を求め、二科生を含めた生徒会役員の再選挙を行うよう求めるつもりよ」

 

 そういう由紀の目には強い意思が込められていた。『何がなんでもやってやる』という明確な行動理由がある。

 言葉は続く。

 

「でも、私一人で抗議の声を上げたところでなんの力も持たないわ。だから私は同じように現状に不満を持っている友達の誘いを受けて、非魔法系クラブの同盟に参加することにしたの。この一高を変えるために、みんなで力を合わせよう、って決めたのよ。

 そのために多くの賛同者を集めたわ。今年中には部活連とは違った組織を同盟で立ち上げて、私たちの考えを伝えるつもり。

『魔法だけが私たちの全てじゃない』って。

 その活動に黒崎くんにも参加してほしいの。夜色名詠士のあなたが参加してくれれば、今よりも多くの賛同者を集められるはずだから。

 だからお願い。名詠クラブには入らなくても良いから、私たちの活動に協力して」

「なるほど……」

 

 由紀の告白に冬夜は納得して黙ってしまう。どうやらこれは、今まで歴代の生徒会が放置して来たことが裏目になって現れているようだ。これまで積もり積もってきた二科生の不満が真由美たちに襲いかかろうとしている。今話を聞いた限りでは由紀の主張は間違いなく正しい。このままでは、真由美たち現行生徒会が解散される可能性は高いだろう。

 だが、だからこそ、冬夜は疑問に思った。

 

「柊先輩、先輩をそこまで突き動かす理由っていったいなんなんですか?そこまでするからには、なにか理由があるんですよね?」

 

 この人を突き動かす原動力とは、いったいなんなのか。

 由紀は冬夜のこの質問に対し、下を向いてしばらく考え込んだ。話すべきかそうでないか。そして、考え込んだ末にポツリと呟いた。

 

「………友達と一緒に、この名詠クラブの立ち上げの申請をしに生徒会室に向かったとき、言われたの。『魔法が使えないから名詠式を学ぶのであれば、さっさとこの学校を止めて名詠学校に行ってろ』って」

「…………誰に言われたんですか?」

 

 大方誰か言ったのか予想はついていたが、それでも聞かずにはいられなかった。そして由紀は冬夜の予想通りの名前を口にする。

 

「生徒会副会長、服部刑部少丞半蔵(はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう)よ」

 

 またあの人か。と冬夜は心の中で盛大に舌打ちした。

 どうにも、あの副会長は相手に誤解を招く発言を言い過ぎている。もう少し言葉を選べばいいものの、おかげで事態は最悪の一途を辿ってばかりいる。

 

(どうする。このままクーデターが起こるのはマズイぞ……)

 

 冬夜の本心としては、同盟側に力を貸したいと思っている。彼自身、一高の生徒たちが持つ意識には不満がある。しかしこのままクーデターが起きて現行生徒会が解散し、その後行われる選挙で同盟側が選出した生徒が新たな生徒会長に選ばれてしまった場合、それは彼女たち同盟のバックボーンに存在するであろう反魔法国際政治団体(ブランシュ)が一高を実質支配するということになってしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。

 

(『この国の国益を守ること』………それが、オレがこの国の国籍を取り戻す時に日本政府と交わした契約の一つ………)

 

 自分の心に従ってここで同盟のメンバーになるべきか否か。

 少し考え込んだ後で、冬夜は再び口を開いた。

 

「由紀先輩」

「は、はい!」

 

 自分の気持ちを語ったことで緊張が解けたのか、由紀は上擦った声で返事をした。

 冬夜は真剣な目をして由紀に語る。

 

「先輩のお話、大変興味深いです。オレは夜色名詠士として校長から責任ある立場を任されている身ですが、一高に通う一人の生徒として、先輩方の活動について詳しい話をお聞きしたいと思っています。

 後日、また改めてお話をお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

 

 まずは、生徒会長の考えを確かめよう、そう冬夜は決めた。

 

 





先に予告。
ゴールデンウィークは忙しすぎて執筆できない可能性が大きいため、すこし間が空くかもしれません。

楽しみにしている方には申し訳ありませんm(__)m

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