お気に入りが800を越えた……。
ちょっと予想外ですよオールフリーさん。こんなにもたくさんの人に読まれるなんて……!\(^o^)/嬉しすぎる。
目指せ、お気に入り登録数1000人!
では、本編をどうぞ。
「じゃあ、僕らはまだいく場所があるから」
「えぇ。申し訳ないけど今日はここで。また明日ね、黒崎くん、司さん」
「また明日。由紀先輩」
ケーキ屋から出た冬夜と甲は心美と別れ、駅のほうに走っていく由紀を見送った。その後、二人は並んでどこかへ歩いていく。
その様子を少女探偵団の三人は物陰に隠れながら見ていた。
「な、なんで冬夜くんが剣道部の主将と一緒に歩いているの!?」
「そんなこと私に言われても分からないよほのか」
「冬夜くん知らないのかな。あの主将が襲ってきた人だって」
雫とほのかの幼馴染の二人は、追跡しながらも目の前を歩く冬夜の行動に驚いていた。無理もない、今彼女たちが見ている光景は、言うなれば加害者と被害者が仲良く並んで歩いているような光景なのだから。彼女たちもまた、甲が学校で達也と冬夜を襲った犯人であることを知っている。四日目に学校の屋上で達也と冬夜を監視していた時に走り去る甲の姿を目撃していたのだ。後ろ姿しか見ていない達也と冬夜とは違い、英美が顔までしっかり目撃していたので、甲が犯人の一人であることは分かっている。
ただ一つ、司甲がテロ行為もする危険な組織の末端であることだけは、知らない。
「あまり考えたくないことなんだけどさ……冬夜くんは最初から、あの人に会うつもりだったんじゃないかなぁ」
「えっ!?どうしてそう思うの?」
追いかけている途中で英美が独り言のように呟いた。
「だって、さっき別れた人って剣道部の主将の知り合いだったんだよ?最初から冬夜くんはあの主将に会うつもりだったとしたら……」
「……仮に、仮にもしそうだとしたら、いったいなんのために?」
「さぁ。もしかしたら、冬夜くんも私たちと一緒でーー」
そこまで言って、英美は話すのを止めた。今まで前を歩いていた冬夜と甲の二人が、角を曲がって裏路地の方に行くのが見えたからだ。もし、今英美が言いかけた仮説が正しいのなら、彼らが向かっている先にあるのは……
(こっち側に、奴等のアジトがあるのかも)
三人は追いかける。悟られないように気配を消しながら、少女探偵団の三人は、甲に誘導されているとも知らないで、どんどん監視カメラも設置されていない裏路地に足を進めていく。
自分たちが今、どれだけ危険な状況にあるのか理解していないまま。
「あれ、いない……?」
追いかけている途中で三人は冬夜たちを見失ってしまった。三人とも冬夜には『
「しまった……。冬夜くんには『
「どうする?引き返す?」
「そうだね。どこに移動したのか見当もつかない以上諦めるしかないよ。とりあえず元の道まで引き返して……ッ!」
英美の言葉は最後まで続かなかった。
どこからともなく、四台のバイクが突然現れて三人を取り囲んだ。少女探偵団の三人を逃がさないように、四台のバイクはそれぞれ一台ずつ、この場所につながる四つの道に止められる。同じ型のバイクに、四人のドライバー。全員共通して黒のヘルメットとライダースーツを身に着けている。自分の身に危険が迫っていることを本能的に察知した三人は、自然と身を寄せ合った。
「コイツらか。我々のことをこそこそと嗅ぎ回っているのは」
「な、なんなんですかあなた達は!」
「さぁ、な。答える気などないよ」
黒ずくめの男たちはじりじりと雫たちににじり寄ってくる。三人ともこの時初めて自分たちの尾行がばれていたことに気づいた。ドジを踏んだことに心の中で悪態をつきながらも、今この状況をどうやって打破するか頭を使う。魔法を使われなかったとしても、もし一斉に飛びかかられでもすれば、非力な女の子である自分たちがあっけなく捕まってしまうのは三人とも分かっていた。
「………二人とも、合図したら走るよ。CADのスイッチを」
こっそり雫とほのかに耳打ちして、英美はCADのスイッチを入れる。雫もほのかも相手に察知されないように怯える振りをしながらCADを起動させた。
「恨むなら、こんなところにまで来てしまった自分たちを恨むんだな。我々の計画を邪魔するネズミは……」
「GO!!」
暴漢の一人がさらに近づいてきたところで、相手の虚をついて一斉に三人は走り出した。体を鍛えていれば自己加速術式を使ってあっという間にこの暴漢たちから逃げ出せただろうが、三人とも身体能力はは一般的な女子高生となんら変わりはないのでその手は使えない。だが、虚をついたおかげである程度の距離は稼げた。
「逃がすなッ!追え!!」
逃げ出された暴漢たちも逃がすまいとしてすぐに追いかけてくる。少女探偵団の三人と違って、こちらは本物のテロリスト集団。言わずもがな、体は鍛えこんである。なので暴漢たちが雫たちの背中に追いつくのにそう時間はかからなかった。先頭にいた男が、一番後ろを走っていた英美の肩を掴もうと手を伸ばす。
「ただの女子高生だと思ってーー」
だが、掴まれる前に英美は振り返り、手に持った携帯端末型のCADを操作する。
「なめないでよね!!」
そしてそのまま、魔法によって圧縮させた大気を暴漢たちに叩き込んだ。
「エイミィ!?」
「自衛的先制攻撃ってやつだよほのか!」
英美がやったことにほのかは驚いて声を上げたが、英美は悪びれずにそう言う。だが、下っ端とはいえさすがは反魔法国際政治団体の一員。すぐに立ち上がって再度追いかけてきた。
「ッ!私もッ!」
その様子を見たほのかも、CADを操作して目眩ましの閃光を放つ。強烈な光に一時的に視界を奪われた暴漢たちは目を押さえてうずくまり、全員追いかけるのを中断してしまった。生来の性質から光波を操る魔法を得意としているほのかの閃光魔法は、普通の魔法師が使った場合よりも強力であり、一線を画したものだ。例えそれが単なる力技であったとしても、足止めには十分な効果を持っていた。
「しまった!目が……」
「い、今のうちに早く逃げよう!」
ほのかの呼びかけに雫と英美の二人は頷いて路地から脱出しようと全速力で走り出す。
しかしーー
「くそ。この化け物め」
彼らだって負けてはいない。そもそも彼らは反魔法団体。
目を押さえてうずくまる暴漢の一人が手袋を脱いだ。露になったその指に嵌られているのは真鋳色の指輪。
それは達也が発見したCADを用いて発動する『
「これでも食らえ!!」
アンティナイトにサイオンが送り込まれた直後、ほのかたちの頭に割れるような痛みが走った。
勧誘期間中に経験した達也の『キャスト・ジャミングもどき』ではなく、軍用物質であるアンティナイトを使って発動された『本物のキャスト・ジャミング』。
その強烈なサイオンのノイズの影響を受けて、雫たちはその場に座り込んでしまう。
頭の中をかき回されるような酷いノイズが、三人の頭の中に響く――三人とも、立ち上がって逃げることができないでいた。
「ふふ。苦しいか魔法師ども」
「ううっ!」
「ほの……か……ッ」
「司様からお借りした、アンティナイトによるこのキャスト・ジャミングがある限り、お前らは魔法を使えない」
いつの間にか、ほのかの目眩ましから黒尽くめの暴漢たち全員が復活しており、地面に倒れて込んでいる少女探偵団の前に立った。全員、さっきの不意打ちのには相当ダメージを受けたのか、後から起き上がった三人とも手袋を脱いでそれぞれの指に嵌めてあるアンティナイトにサイオンを送り込む。
直後、さらに酷いノイズが三人の頭の中に走り、三人とも痛み目を閉じてしまう。ろくに舗装されていないコンクリートの上でのたうち回る光景を、暴漢たちは静かに見下ろしていた。
「我々の計画を邪魔するものには消えてもらう。この世界に、魔法師は必要ない!!」
さっきから喋っている暴漢の一人が、ダガーナイフを取り出して鞘から抜いた。このままでは三人とも無抵抗のまま殺されてしまう。
酷いノイズのせいで思考回路がうまく機能しなかった三人でも自然とそれを悟った。助けを呼ぼうにもこんな裏路地に人がいるわけがない。魔法を使おうにも、今の精神状態では単一工程の簡単な魔法すら使えない。
(助けて……ッ!冬夜……ッ!!)
雫は頭が割れそうな痛みに耐えながら、心の中で冬夜の名前を呼んだ。甲と一緒に逃げた彼が助けに戻ってくれるわけないと思いながらも、それでも願わずにはいられなかった。
その願いが、通じたのだろうか。
「うわッ!?なんだこのカラスッ!」
「ええい。目障りなカラスだッ。鬱陶しい!!」
三人が死を覚悟したとき、一匹のカラスが突然暴漢たちに襲い掛かってきた。予想外の闖入者からの突然の攻撃に暴漢たちが怯み、キャスト・ジャミングがほんの少しだけ弱まる。
そして、それと同時に
「当校の生徒から離れなさい」
裏路地に凛と響く威厳に満ちた声が響いた。
◆◆◆◆◆
凛と裏路地に響く、威厳に満ちたその声が聞こえてきたと同時、暴漢の一人が持っていたダガーナイフの刀身が粉々に砕け散った。男たちが振り返り、声のした方向へ顔を向ける。
その先にいたのは見目麗しい一人の女の子。眼下で倒れている三人と同じ制服を着ていることから、同級生かなにかと推察できる。
視線を向ける暴漢たち。頭が割れそうな痛みに耐えながら、その声の主の姿を見ようと雫たちも視線を向ける。
そこには。
「もう一度言います。当校の生徒から離れなさい」
CADを片手に静かに怒る司波深雪の姿が、そこにはあった。優雅な立ち振舞いを崩さず、こちらに向かってくる深雪の姿を見て、暴漢たちの一人が
「バカな……このアンティナイトは高純度の特注品!その影響下で魔法が使えるはずが……」
「おい!もっと出力を上げろ!!」
自分たちの危機を察した暴漢たちは、各々が持つアンティナイトの出力を更にあげた。より酷くなるサイオンのノイズに雫たちは頭を抱えてのたうち回るが、深雪は顔色ひとつ変えない。
「無駄です」
たった一言の無情な宣告。それだけで暴漢たちに冷たい汗が吹き出てくる。十師族・四葉家直系の血を引き、魔法師として最高クラスの才能を持つ彼女の事象干渉力をもってすれば、この程度のキャスト・ジャミングなど無意味だった。
「非魔法師のキャスト・ジャミングなどーー私には通用しません」
「くっ!」
キャスト・ジャミングが使えないと判断した暴漢たちは、一斉に武器をとって深雪に襲いかかる。魔法が使えようと相手は単なる女子高生。数人で掛かれば怖くない。そう思ったのだろう。
だが、
「数で攻めれば勝てるとお思いですか?」
深雪の指がCADの上を走る。ピアノの鍵盤を引くような美しい指使いで選択・展開した起動式は瞬く間に魔法式となって発動する。
深雪が選択した魔法は擬似的な衝撃を脳に与えたと錯覚させることで、気絶させる魔法『
深雪の発動した魔法に暴漢たちは抵抗するすべなく次々に倒れていく。深雪は暴漢たちのキャスト・ジャミングなどものともせず暴漢たちを一掃した。
◆◆◆◆◆
「もう大丈夫よ」
暴漢たちを気絶させた後、駆けつけた深雪はほのかに手を伸ばす。幸い、キャスト・ジャミングは使用時に魔法師にとってかなり不快な気分が襲ってくるのだが、それ単体で魔法師が後遺症を負うようなことはないことを深雪は達也に教わっていた。しばらくは頭痛が抜けないかもしれないが、一晩経てば回復するだろう。
「深雪が助けに来てくれた……」
さっきまで命の危機に晒されていたほのかは、深雪の手を取りながら夢心地にそう言う。彼女自身、助かったことがまだ信じられないのだ。
「これは夢?」
「夢じゃないわ。といっても、偶然でもないのだけれど」
「え?」
ほのかはすっとんきょうな声を上げる。深雪は微笑んで、先程暴漢たちに特攻していった一羽のカラスに目をやる。
「このカラスに連れてこられたのよ。生徒会でお使いを頼まれたから町に来たら、いきなりまとわりついてくるんですもの。驚いちゃったわ」
「カラス……」
ほのかの視線を受けてカラスは一度鳴き声をあげると、飛び上がって深雪の肩にのった。そのカラスの瞳は普通のカラスとは違って黒くなく燃えるように赤い。
このカラスは、いったい?
「名詠生物よ、ほのか」
ほのかの心を読んだのか、その答えは深雪が言った。
「黒いカラスの名詠生物……名詠したのは誰なのか、言うまでもないわよね?」
深雪は肩に止まったカラスの頭を撫でる。カラスはカァーと鳴き声をあげ、気持ち良さそうな表情になる。
黒い名詠生物。そんなのを呼べるのはこの世界でたったひとりしかいない。それは、今まで自分たちがずっと尾行していたーー
「冬夜……?」
雫がポツリと答えた。深雪が深く頷き口を開く。
「このカラス、離れた場所の様子を映し出す能力があるみたいで、ここの様子を私に見せてきたの。それでみんなが危険だってことを知って、ここに駆けつけたの。
きっと黒崎さんは『雫たちを助けてくれ』って言いたかったんでしょうね。三人とも、無事でよかったわ」
「冬夜……」
雫はその事実に複雑な感情を抱いた。冬夜が助けてくれたことに喜びを感じる反面、助けるどころか足手まといになってしまったことに悔しい思いをする。
結局、自分たちでは何の力になれない。
その無力感が三人の胸に生まれていた。
「黒崎さんがなにを考えているのか、私にはよく分からないけど……」
そんな三人の心の動きを感じ取った深雪は、静かに語った。
ここにいない冬夜の代わりに三人を励ますために。
「けど、黒崎さんは友達を傷付けるような輩と手を結ぶはずがないわ。そうでしょう?」
わずか一月にも満たない深雪でもそれぐらいのことは分かる。冬夜は友達思いな男だ。昔からの仲である幼馴染の二人には、なによりもそれがよくわかっているはず。深雪の言葉に雫とほのかは互いの顔を見合わせた後、深く頷いた。
「だったら、彼を信じてあげるべきじゃないかしら。なにがあっても黒崎さんは二人のもとに帰ってくると私は思うわ。だって、五年越しで約束を果たしたんですもの」
小さなことに交わしたちっぽけな約束。
けどそれは、間違いなく三人を結ぶ絆として今も三人の中にあり続けている。
だからほのかたちは、深雪の言葉をーー冬夜の帰りをーー信じて待つことに決めた。
◆◆◆◆◆
(…………司波は上手くやってくれただろうか)
その頃、冬夜は司甲に連れられて彼の兄、司一が率いている反魔法国際政治団体のアジトに来ていた。
いや、アジトというより恐らくここは中継基地だろう、と冬夜は思う。こんな市街地のど真ん中にアンティナイトのような軍事物質を置いておくとは思えない。大方、ここは事務所の機能だけを持つ場所だ。
ここに来てもあまり意味のないように冬夜は感じていたが、それでも冬夜は甲の後を付いていった。ここに来る前に甲のいった言葉を信じるならば、ここで冬夜はある人物に会うことが出来るはずだと踏んだのである。甲の後についていって案内された部屋は、調度品やデザインに力をいれているのが分かる、恐らく応接室らしき部屋。
冬夜の読み通り、そこには一人の男がいた。
「約束通り、連れてきたよ兄さん」
「あぁ。案内ご苦労様甲。君が黒崎冬夜くんだね?はじめまして。私が司甲の兄、
その部屋にいたのは甲と同じく眼鏡を掛けた(ただしこちらはだて眼鏡)を掛けたインテリ風な男。よくありがちな理系タイプの男だった。
この男こそ司一。反魔法国際政治団体【ブランシュ】の日本支部のリーダーであり、市民活動を扇動する表側でも、テロリストとしての顔である裏側でもリーダーである男。同盟の背後にある組織のの親玉。
いきなり敵の大将に出会えたことに冬夜は少々気が抜けてしまったが、ここは敵の本拠地の一つ。どこから何を仕掛けてくるのか分からない。気を抜かず、自分が警戒していることを相手に悟られないように注意しながら、冬夜は司一が差し出した手を握り返した。
「こちらこそお会いできて光栄です、司一さん。司先輩からあなたのことをお話を聞いていますよ。なんでも、若くしてブランシュ日本支部のリーダーに選ばれる、やり手の指導者だと」
「ハハハ。いや済まないね、どうやらかなり誇張されて紹介されているようだ。甲、身内贔屓は不快に思われるからほどほどにな?」
「ごめんなさい、兄さん」
にこやかに挨拶し、少し大物ぶった態度で接してくるこの男を見て、冬夜は司一がどうしようもない小物だと瞬時に理解した。
海外で過ごしたこの五年間、冬夜は主に上流階層の人たちを相手にして過ごした時間が多い。その中で冬夜は高い理想や信念を持っている大物や大物になる人物から感じられる独特の匂い(冬夜はそう表現している)を嗅ぎとる能力を身に付けた。国籍を失い、自分の身を守るために幼い頃の冬夜が自然と磨いてきた能力だ。
目の前でニコニコ笑っているこの男からはそれを感じ取れない。虚勢を張った木偶、と表現するのが一番か。とにかくこの男の本性は、虚勢を張るのを得意とする小物だと冬夜は理解した。
「でもまさか、世界中から英雄と呼ばれる夜色名詠士本人とこうして向かい合って話が出来るとは、夢にも思わなかったよ。それに甲の同盟にも強い関心を抱いてくれるとは。予想外だったね」
冬夜のお世辞にいい気になったのか、司一は饒舌な口調で話を始めた。
「君は、私が率いる組織が世間一般でどういった組織と呼ばれているのか理解しているのかな?」
「理解しているつもりです。反魔法国際政治団体ーーこの手の組織は往々にしてテロ行為も辞さない連中がほとんどだと。中でも、あなたが率いているブランシュという組織は公安当局からマークされているほど、ここ最近でもっとも警戒しなければならない組織の一つである、ということも」
「その通り。よくご存じのようだ。まぁ、我々がテロリストと呼ばれても仕方ないということは理解しているよ。昔から革命を起こす人たちは皆、それぞれの時代の価値観から判断すれば危険思想と思われるものばかりだからね。
魔法という力が広く浸透したこの社会に置いて、反魔法活動などはまさしく今の時代からすれば『危険思想』そのものだ。先鋭的に動いている我々がテロリストと呼ばれても仕方ないと今は思っている。だが、いつかは我々の思想が『当たり前』だと思ってもらえるよう僕も日々精進しているよ」
と、そこまで語ると、司一は決まりの悪い表情をして冬夜に謝った。
「っと済まない。ついつい熱く語りすぎたようだ。僕の悪い癖なんだ済まないね」
「いえいえ。大変興味深いお考えだと思いました」
「そう言ってくれると嬉しいよ。とはいえ、これ以上無駄に時間を費やすのも惜しい。だから単刀直入に君に聞こう」
そのわざとらしい表情や反応が、恐らくさっきの話も含めて全てが、事前に用意された気を引かせるための小道具であることを冬夜は見抜いていた。雫や水波の恋心は見抜けずとも、相手が本心からそう思って言っているのかどうかぐらい見抜くことは、冬夜にとってそう難しいことではなかった。
「黒崎冬夜くん。我々の仲間にならないかい?」
そんな冬夜の冷ややかな評価を知らない司一は、あらかじめ決めてあったシナリオ通りに話を進めていく。
「君のように知名度も実力もある人物が協力者になってくれるのは、我々からすれば非常にありがたいことなんだ。我々は常に、使える人員の不足に悩まされているものだからね。
君さえよければだが、こうして君が甲の同盟に興味を持ち、出会ったのも何かの縁だ。ここは一つ、我々の活動にも協力してもらえないだろうか?」
冬夜のことを見ているようで、その実司一が『夜色名詠士』という肩書きしか見ていないことが冬夜にはすぐに分かった。この手の輩には既に何十回も相手にしてきている冬夜にとってはお馴染みの相手であり、対応の仕方も既に染み付いている。『この辺りは十師族だろうがなかろうが関係ないんだなー』と一人関係ないことを考えていた冬夜は、機械的に用意してあった答えを言った。
「お断りします」
「………一応理由を聞いていいかね?」
「理由もなにも、自分は司先輩を含めた同盟の活動に興味があるわけであって、あなたたちの活動に興味があるわけではありませんから」
きっぱりと断るその口調は、反論の一切を受け付けない冬夜の意思が明確に現れていた。冬夜の隣に座る甲が不満げな表情をして冬夜に一言二言なにか言ってやろうとしたが、司一はそれを片手で制した。
「ふむ。そうか……では、少し君に考え直してもらえるよう僕の方からもアプローチを変えてみようじゃないか」
「へぇ。どうやってですか?」
「もちろん………
突然司一は伊達眼鏡を外し、前髪をかき上げてその両目を大きく見開かれる。何事かと冬夜がその瞳を見つめた瞬間、司一の両目が妖しく光った。
「我々の同士になるといいーー黒崎冬夜ッ!」
一瞬の視線の交差の後、急に力が抜けたように項垂れていく冬夜を目にして、司一はニヤァとした気持ち悪い笑みを浮かべた。
ついさっき司一が使ったのは、光波振動系魔法『
彼はこの魔法を使って、義理とはいえ自分の弟を含めた同盟のメンバー全員にかけて自分の支配下に置いてあり、ブランシュの活動に沿うよう思想を誘導するようにしていたのだ。
本来外部からのガードの高い一高の構内で、彼らが活動の足掛かりになるよう同盟をバックアップし、その勢力を拡大させるようにしていた理由はここにある。
そして今、全くの偶然だったとはいえ、彼は『夜色名詠士』という大きな相手を支配下に置いた。これは一高転覆のために多くの労力を割いていた彼にとって、思わぬ幸運だった。
本当に魔法がかかったのかどうかを確かめる必要はないーーなぜなら今まで彼が出会った同盟メンバー全員は、この魔法を掛けられた瞬間に彼の言いなりになったのだから。
「フフフ……黒崎冬夜くん。君はこれで我々の仲間だ」
司一はもう、薄っぺらい演技を続ける気はなかった。
人を騙し自分の思うがままに操る
「さぁ冬夜くん。言ってみたまえ。君が一高でなすべきことを!」
司一は手始めに自分の支配下においた夜色名詠士に簡単な命令を下す。冬夜はどこか焦点の定まらない虚ろな瞳をして、凹凸のない機械的な口調で司一の言葉を返した。
「はい。オレは一科生が二科生を不当に差別している今の一高の状況を許せません。この差別を許してはならない。この差別を直すためにオレはーー闘います」
その言葉を聞いて、司一は満足そうな顔をして頷いた。
これで従兄弟同士のバトルが確定した……かな?