………もしかしたら来週は投稿できないかもしれないため、今のうちに。
シリアス展開、注意!
「やぁ。いきなり呼び出してしまって申し訳ないね。達也くん、深雪くん」
「いえ、元はと言えばオレが依頼したことですので」
深雪が雫たちを暴漢たちから助けた日。月が煌々と夜空に輝く中、達也と深雪は電動二輪を走らせ(現在の道交法では『中学校卒業』が免許証の発行に必要な条件である)彼らの師匠の寺へ訪れていた。
寺に住んでいるからにはそこにいるのは僧侶(お坊さん)と相場が決まっている。だが、彼らが今話している人物は僧侶というにはあまりにも……なんというか、威厳というかそれらしい雰囲気を持っていなかった。月明かりも星明かりも満足に足元を照らさない夜中で、電灯もなにも明かりを一切点けていない寺の中にある庫厘(僧侶の家のことを指す)の縁側にで、胡座をかいて達也と喋っている一人の僧侶、いや『忍び』が彼らの師匠。
剃髪した頭と細い切れ目が特徴的な古式魔法の使い手、『忍術使い・九重八雲』が兄妹の来訪を歓迎した。
「して師匠。この間頼んだ例の調査についてある程度調べがついた、とお聞きしましたが、なぜ深雪も連れてくるよう言ったのでしょうか?」
挨拶もそこそこにして、達也が本題を切り出す。この師匠と遊んでいると永遠とイタズラが終わりをみせないため、上手いところで話を誘導しないといけない。
達也の本音を言えば、この事は自分にだけ教えて欲しかったーーすなわち深雪には後で自分の口から話すつもりでいたのだ。
自分の命に代えても深雪を守る、四葉のガーディアンとしての責務から冬夜のことを八雲に依頼したのだが、どう理由をこじつけても高校で出来た友人を警戒している(美月と違って敵対する可能性も含めて)ことに代わりはないため、罪悪感があったのだ。
もしかしたら、という曖昧な理由ではあるが自分のせいで深雪の友人関係に悪影響を及ぼすようなことになるのは彼の本意ではない。
しかし、八雲はそんな達也の心中を知るよしもなく調査結果を深雪にも直接伝えたいと言って連れてこさせた。
なにかしらの理由があるのは違いない。
「達也くんの望み通り、達也くんにだけに教えるのも別にいいんだけれどね。どうせその後深雪くんにも聞かせるつもりなら、二人とも一緒に全部聞いてもらおうと思ったのさ」
ーーと思っていたのだか、カラカラと笑う八雲を見て、自分の本意が見抜かれていたことを悟った。八雲はそう言って自分の隣に座るよう二人に勧める。
達也が八雲の隣に座り、兄よりも随分遠慮がちに深雪が座ったのを見て、調査結果を伝えた。
「黒崎冬夜。達也くんが教えてくれた情報の名簿に遭った記録では、母親の名前は黒崎美羽。すでに故人。そしてその父親、つまり冬夜くんにとっての祖父に当たる人物の名前は黒崎厳一だった」
「黒崎厳一!?」
八雲が告げた調査結果に出てきたその名前に、達也も深雪も驚いてしまう。二人ともその名前は魔法歴史学の教科書で見たことがある。黒崎厳一は達也たちの二つ上の世代の人間であり、当時の野党のトップに君臨していた元大物政治家だ。魔法や魔法師による軍備拡大反対を主に主張していた男で、現在の十師族の骨組みを作った【トリックスター】の異名をもつ九島烈と政治的なライバル関係にあったと言われている。今現在、十師族が表側で権力を振るえないようになった原因も、この男が率いる反魔法主義団体が大きく関わっているとされ、現役を引退している今でもその影響力は健在であり、現在反魔法主義を唱える政治家は、皆この男の影響下にあるとされている。
「驚きだよねぇ。反魔法主義を掲げる男の孫が夜色名詠士なんだから。僕も初めて知ったときは驚いた」
「師匠、なぜ黒崎厳一の娘から冬夜のような魔法師が生まれたのですか?魔法的要素はなにもないと思われますが………」
「恐らくは父親の遺伝。調べると黒崎美羽は生前強姦の被害にあっている。おそらく彼は、その時に出来た子供なんだろう」
八雲のその言葉に深雪が不快感を露にする。男性である八雲や達也よりも、女性である深雪の方が思うところが多いのだろう。達也はそんな優しい妹の頭を撫でた。八雲は話を続ける。
「……といっても、僕が手に入れた彼の戸籍情報には、両親に関する記述がなかったし、国籍認定の際に出たDNA鑑定の結果、彼との血縁関係は否定されたらしいけどね」
「ちょっと待ってください。師匠、DNA鑑定の結果が否定されたということは、それはつまりーー」
「僕にもよく分からないが、僕が言える事実は『君たちの教えてくれた小学校時代の黒崎冬夜は電子上存在しなかった』と言うこと。そして『一高に通う黒崎冬夜は黒崎美羽の子供でない』という二点だけだ」
衝撃的な事実に兄妹が絶句する。雫たちの話していた五年前の黒崎冬夜と、今の黒崎冬夜が一致してないという事実ーー。それでは、今自分たちと同じ学校に通っているあの夜色名詠士の少年はいったい何者なのか。
妹の方はともかく、普段大きく心を乱すことのない兄の反応を見て満足気に微笑んだ八雲は話を続けることにした。証拠のない推測ではあるが幸いなことに彼の数奇な人生辿るためのの糸口はまだある。八雲が口を開こうとした瞬間、深雪が恐る恐る八雲に問いてきた。
「じゃあ、これまで私たちが話してきた男の子は……いったい」
「ストップだ深雪くん。間違えないように言っておくが僕が調べたのは単なる電子上の書類にすぎない。例え過去の身分証明がなくとも、君たち兄妹と話していた少年は間違いなく生きているし、今この瞬間にも存在している人間だ。なにより、君たち以上の『黒崎冬夜』という少年を知っている深雪くんのお友達は、夜色名詠士の彼のことを昔別れた幼馴染だと認めているんだろう?だったらそれが、君たちの知る『黒崎冬夜』と五年前に姿を消した『黒崎冬夜』が同一人物である何よりもの証拠さ。
君たちの事情は僕も知っているし、どこの誰とも知れない人と関わるのは君にとっては怖いかもしれないが、だからと言ってこの事実を知って彼を遠ざけようとするのは良くないよ。
君たちを取り巻く立場云々より、まず人間として、ね?」
深雪の思考が間違った方向へ進まないよう八雲はキツめの口調で注意する。深雪も自分が今なにを考えてそんなことを口走ってしまったのかを自覚して赤面した。書類上にどんな不備があるにしろ、自分と話したあの少年の存在を否定する理由にはならない。それを八雲から指摘されたのだ。
「それにまったく繋がりがないわけじゃあないよ。今から五年前って言うのは、ちょうど黒崎厳一が政界から追いやられかけていた時だ。【魔法師は人間じゃない】なんて、いかにも人間主義者らしい発言をしたせいで反感を買われていたからね。ちょうど選挙戦をしていた時期でもあったからその影響も大きかった。彼には金が必要だった。選挙戦に勝つためにも莫大な資金を欲していた。
最終的に黒崎厳一は、その選挙戦の時に使用したと思われる出所不明の資金を指摘されて失脚したんだけど……このお金、どこから出てきたんだろうね」
「………まさか」
「どこかの研究所に孫を売りとばして得たお金ーーなんて推測はどうだろうか。まぁ百パーセント僕の妄想だけど」
金のために孫を闇に葬るーー。達也も達也で親に愛されてきたとは言えない生活をしてきたが、子の話を聞くと、まだ【妹の護衛】という役割を与えられただけマシだったのかもしれない、と考える。親に、さらには家族からもその存在を否定された彼の半生はいかなるものだったのだろうか。心がない彼でも、想像を絶する苦痛を味わってきたということは容易に想像できた。
「なんて酷い……」
「そうだね。酷い話だ。だけど彼の人生はまだ続くんだよ。ちょうど今年に入ってすぐ、死んでいたはずの彼の戸籍と国籍は復活したんだ。何があったのかは僕にも分からないけど、どうやら彼は生き残ったらしい。親だと思っていた人との血の繋がりがなかったことから、父母の欄は不明で受理されたようだけど、とにかく大きな権力と夜色名詠式という力を持って、彼はこの国に帰ってきた」
「師匠、アイツが姿をくらませた間の五年間のことは……」
「無理だった。なにせ五年前の彼には戸籍すらないからね……。どこでなにをやっていたのか、さっぱりだ」
八雲の報告に達也は静かに頷いていた。八雲にここまで言わせるとは、相当深い部分まで調べたのだろうと達也は予測できた。
元々達也自身、あまり冬夜のことは分からないんじゃないかと考えていたところがある。
それに、今回の調査結果で冬夜のことを『警戒するべきかもしれない相手』から『警戒するべき相手』に変えることが達也の中で分かっただけで十分な成果だ。
「ここまでが達也くんに頼まれた調査の結果。ここからは個人的に君たちに関係のあることだと思って、伝えるべきだと判断したことだ」
「お兄様だけでなく、私にもですか?」
「うん。彼に関して調べていく内にどうにも気になる噂を聞いてね………いや、正直言って信憑性は全くないんだが」
「師匠、もったいぶらずに教えてください」
いつになく八雲が真面目な顔をして二人に言う。日頃イタズラを好んでやる実績があるとはいえ、穏やかでなくなった彼の纏う雰囲気を感じ取った達也と深雪の二人も表情を引き締めた。
「………黒崎冬夜が自分の戸籍を復活させる際、ある人物に協力を求めたらしい。その人物がーー」
ーー
「「ーーーーッ!!!」」
重い口を開けて伝えた八雲のその言葉に、達也と深雪は喉が干上がったのを感じた。八雲は腕組みをして詳細を話す。
「僕も最初に聞いたときはデマだろうと思ったが、あながち冗談でもなさそうなんだ。実は、こっそりと裏では四葉家は夜色名詠士とコンタクトを取っているという噂が流れていてねぇ。といっても、お互い自分の行動や存在を完璧に隠しきるような秘密主義だから、確たる証拠はないしあくまで『噂』止まりだったんだけど、去年の冬辺りから大国間で起こっていた彼の身柄の奪い合いに四葉が介入したらしい。どこかの国から逃げてきた彼を匿ったようだよ。
君たちも知っての通り、近年名詠式は軍事利用されつつある。十中八九、彼だけが使える【夜色名詠式】を狙っていたんだろうけど、彼が戸籍と同時に日本国籍を取得したことでその争いは収まった。
聞けば七草も彼の身を確保しようと色々画策したみたいだけど、結局のところ彼の怒りを買って一家離散寸前にまで追い込まれた。最初は僕も日本の国益のために七草は動いているのかと考えていたが、最近は四葉に取られたくないがために動いていたんじゃないかなって思うんだ。
まぁ、真相は全部闇の中にあるんだけど」
八雲が伝えた噂とその推測に達也と深雪が顔を合わせて考え込む。例え噂程度のものだったとしても、彼らにとってこの情報はとても価値のあるものだった。
そして、必然的に達也は導かれたように『ある答え』にたどり着く。
それは彼らにとって、望んでいない展開になることを意味していた。
「待ってください師匠。もしそうだとしたら、もしかしたらアイツは四葉のーー」
「黒崎さんは四葉家の……次期後継者候補……?」
達也が言おうとした言葉を深雪が繋いだ。
十師族の一つである四葉家は、代々最も優秀な人物を次代の当主に選んでいる。かくゆう深雪も四葉家の次期後継者として最も有力視されている存在だ。
だが、もしもその後継者争いに冬夜が絡んできたら?
間違いなく深雪を含めた他の後継者よりも冬夜が選ばれるだろう。そんなことは火の目を見るよりも明らかだ。否応なくそれを認めざるをえない程に、黒崎冬夜は優秀だった。
しかし深雪のその呟きと達也の不安は、二人の師匠である八雲の言葉によって打ち消された。
「そうかもしれないが、そう思い込むのはダメだよ二人共。そうであるという確証は何一つとしてないんだからね。事実、君たちの叔母君はまだ後継者を指名していないだろう?君たちの叔母君は、十師族の義務として、日本の国益のために動いただけなのかも知れないのだから。
もう一度言っておくが、これはあくまでも『噂』だ。思い込みや先入観を持って今後彼に接すれば、きっと彼は不審がる。
余計な争いなんて君たちだって避けたいだろう?」
真っ青に染まった表情をする深雪を抱き寄せながら、達也は八雲の言葉に深く頷いた。
◆◆◆◆◆
そしてその頃、ブランシュのリーダー、司一は市中に存在している貸しテナントの中で、部下の一人と話をしていた。
「司様。発注されていたアンティナイトの指輪の取引が完了いたしました。
また、襲撃に必要な火器の準備も全て各自整いました」
「ご苦労。例のプログラムの方は?」
「既に完成しております」
「そうか。………よし、遅くに呼び出して済まなかった。もう帰っていいよ」
「それでは、私はここで」
短く、簡潔に報告を終えた部下が一の前から去っていく。
長年掛けて水をかけ育ててきた計画が、実を結ぶ時も近くなってきた。
「………計画実行の日が楽しみだ」
狂気を内に秘めた司一の顔が、薄笑いを浮かべていたーー。
◆◆◆◆◆
「……あぁ。水波の淹れてくれた紅茶を飲むと落ち着く」
「ありがとうございます」
その頃冬夜は、四葉邸の私室で紅茶を飲んでいた。側に控える
「しかし、本当に間抜けな男なのですね。その司一という男は。魔法が本当に掛かっているかどうかろくに確かめもしないうちに冬夜様を手中に収めたと思うだなんて」
「仕方ないよ。今まであの男が相手してきた連中の大半は一発で
水波の言葉にそう冬夜は返す。冬夜のその手には、魔方陣が描かれた一枚の小さなメモ用紙があった。司一が冬夜に対して使った『
人間の目は、網膜に投影された像や光信号を電気信号に代えて、視神経を通し脳に送っている。ならば網膜にさえ投影されなければ催眠効果のある光信号も脳には届かないということだ。冬夜は魔方陣に描かれた魔法を使って一時的に視覚情報のすべてを遮断していた。
洗脳やマインドコントロールの対策など、彼にとっては朝飯前なのだ。
「ま、だけどこれでブランシュには潜入できた。後は内側から情報を搾り取るだけだな」
「………冬夜様、いくら潜り込むためとはいえ敵のアジトにいきなり乗り込むなんて正気じゃありません。魔法でしたって、失敗すれば冬夜様はその男の影響下に置かれていました。無茶をしすぎです。この事は奥様も心を痛めておりますよ」
のほほんと冬夜は言うが、水波はそうは感じなかったようだ。いつもより低い声で冬夜に言う。
やっぱり心配かけちゃったか。と、冬夜は水波の声から彼女の心模様を判断して次の行動を決める。いつからか心配をかけてしまったと分かったら、ずっと繰り返してきた同じ反応を今回も行う。
「あー、やっぱりそう?いやでもさ、
「そういうことを言っているのではありません!」
心配かけまいとふざけて笑う冬夜に水波が声を荒げる。
「冬夜様はいつもそうです。周りのためと言っておきながら、いつも無茶なことを平気でやっています。少しは、ご自身の体を顧みてください!」
「あ………いや、あのな水波。オレも自分の限界ってやつは分かっているから、本当に問題ないぞ?」
「冬夜様はいつもそう言って限界まで動かれます。冬夜様は勝手です。倒れるまでずっと動き続けて、みんなに心配かけます。倒れてから看病する身にもなってください!」
ムッとして怒った顔も段々と泣き出す寸前の子供のような顔になっていく。拳をぎゅっと握り締めて水波は冬夜の顔をじっと見つめている。その姿を見て、冬夜は「ごめん」と呟いた。
黒崎冬夜は言ってしまえば万能人間だ。名詠士としても魔法師としても既に一流の実力者であるし、身の回りのことはなんでもやれる。今の時代は
既に自立していると言えば聞こえはいいが、そんな冬夜はなんでも一人で
それが、黒崎冬夜の持つ最大の欠点だと、水波は感じていた。
「冬夜様はなぜ、そこまで頑張ってしまうのですか?なにか、理由があるのですか?」
感情が高ぶっていたのだろう。つい、その言葉を言ってしまった。言った後で水波はハッとなる。目の前を見れば、困った顔をして自分を見ている冬夜の顔が見えた。
この屋敷の女主人から『黒崎冬夜自身から彼の過去の話を聞くことはいけない』と、キツく厳命されていたはずなのに破ってしまった。
彼が屋敷にやって来た日、四葉真夜から黒崎冬夜に仕えるよう命令され、壮絶なその半生を聞かされたときに言われていた誓約を。
一瞬で頭が冷えた水波は、慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!過ぎた真似を………」
「いや、いいんだ。水波の言う通りだから。限界まで頑張ってしまうのは昔からのオレの悪い癖だ」
昔から直らないこの悪癖。原因はなんなのか彼も分かっている。分かっているが治すことが出来ないでいる。もしかしたら一生治らないかもしれない。
だから、彼は語る。
幼馴染にも隠してきた自分のことを。
半分、どうしようもないと諦めていることを。
「オレはね、水波」
紛れもない彼の本心を。そして、未だ彼を苦しめている
ホンの少しだけ、心配させてしまったこの少女へのお詫びとして。
「怖いんだよ。すごく」
「怖い……のですか?」
「うん。どうしようもなく、ね」
照れ臭そうに冬夜は頬を掻く。先程とおなじ笑った顔だが、今度は悲しいのを堪えて無理矢理作って見せる道化の笑顔。
「水波は母さんから聞いているんだろう?オレがどうやって産まれて、どうやって育てられたのか」
水波の視線が冬夜の目から床へと移る。きっと冬夜の半生を思い出しているのだろう。冬夜は道化の笑顔を続けたまま語る。
「オレは
それでも、普通の家庭で普通に育てられたのならまだ良かっただろう。だがーー
「黒崎の家は反魔法主義を唱えていた政治家の家だったからね。魔法が使えるとわかった途端、小学校に上がった時点で本家から追い出されて五年間………魔法の実験体として売られるまで、家ではほとんど一人ぼっちで生活してたから。我慢することは当たり前っていうのが出来ちゃってるんだよ。雫とほのかの家には度々お世話になったけど、何時かは帰らなくちゃいけなかったし。だからこそ帰った時にすごく寂しい思いだってした。
………そして、それ以上に怖いんだ」
「なにが、怖いんですか?」
「今が幸せだからこそ、いつかまたあの家で暮らしてきた時と同じ、一人ぼっちの夜に戻ってしまうんじゃないか、って」
今の冬夜の周囲には、かつて彼が望んだものがたくさんある。
求めて止まなかった家族がいる、売られた後で学校に通えなかった分ずっと欲しかった友人と、平凡な日常がある。いざという時に味方になってくれる頼れる仲間もいる。ずっと会いたかった幼馴染だって今はいつでも会える。
恵まれているからこそ、怖い。
幼い頃に体験した一人きりの夜が……怖い。
「結局オレはどうしようもないビビりなんだよ。失うのが怖くて怖くて仕方がない。だからこそ人一倍頑張ってしまう。そうしないと、みんなどこかに行ってしまいそうで不安なんだ」
「そんなこと……」
「ありません、だろ?分かってる。多分、オレが魔法を使えなくなっても、名詠式を使えなくなってもオレのそばにいてくれる人はいると思う。
でも怖いんだ。どうしようもなく。
母さんに頼めばこんな感情、すぐに消えてなくなるだろうけど、オレは自分から逃げたくない。
多分な水波、オレはこの恐怖とずっと向き合って戦わないといけないんだよ。そうしないときっと、オレはオレでなくなってしまうだろうから」
なにかを失うことが多かったからこそ、冬夜は二度と失わないように頑張ってしまう。頭で分かっていても心で理解できない限り、冬夜のこの
だからこそなのかもしれないな、と冬夜は思った。
失って、それでも諦めることは出来なくて、今も必死でもがいているからこそ、似た境遇や逆境に立ち向かう人を見ると手を差しのべたくなってしまう。
目尻に涙を溜めた水波の頭を撫でながら冬夜はそんなことを考えていた。
◆◆◆◆◆
そしてその日の深夜。町中にいるほぼすべての人が寝静まった時間帯。
生徒はもちろん教職員も帰宅した一高の、【魔窟】と呼ばれる場所で。
「ここか……」
突如として声が聞こえた。低い
奇妙な姿だった。
もう冬は過ぎたというのに黒のコートを羽織り、サングラスをかけた白髪の男。見た目は三十代半ばと言うところか。しかし、どういうわけか不思議なことにその男から精気を感じ取れなかった。まるで死んでいるように青白い顔をした男ーー。
その男は【魔窟】の中に置かれた五つの
「やれやれ。あれから四年。私が消えている間にどこにいったのかと思えば、まさかこんな場所にあるとはな。これを
男は手をかざして
「ふむ。迎撃術式か……。くだらんな」
男はもう一度手を翳して
「……やはり、予想通りか」
男は
「アマリリスめ、私が完全に消えていないことを感じて
顔を歪ませてチッ、と舌打ちをする。他の四つの触媒も見てみるが男は顔を歪めたままだった。きっと他の
「………まぁいい。あのおしゃべりがどこに封律されているのかは見当がついている。焦ることはない。それにーー」
一転して男は嗤う。狂ったような不敵に笑うその表情は、見た者の心の中心を凍らせるように冷たく恐ろしい。最後にもう一度五色の
その足取りは最愛の恋人に会いに行くように軽い。
「黒崎冬夜。
男は口元を釣り上げて心底楽しそうにーーまるで歌うように呟いた。
「愛しい息子の進学祝いもしなくてはいけないな。さぁ、今度こそお前は私を殺せるかな?」
そして男は、扉をくぐる前に霧のように散って消えた。
ちなみに冬夜と真夜、美羽の関係は代理母出産した時の法的関係になります。美羽が代理母です。冬夜が真夜との関係を明るみにしないのは、IMAとCILのことがあるからです。
疑問、感想あったらください。というかもっと感想プリーズm(__)m