魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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さぁお待ちかね(?)の最新話です!
梅雨入りましたねー。日本各地で大雨です。ジメジメジメジメ……嫌になります。

特に髪の毛が爆発して……これ以上は口になるので割愛します。

とにかく!本編をどうぞ!


討論会

 突如として起こった差別待遇の是正を求める同盟による放送室無断占拠事件は同盟側の勝利で幕を閉じた。その後、同盟メンバーの一人である黒崎冬夜によって生徒会側に一方的な交渉(要求とも言う)が行われ、次のことが決まった。

 

 生徒会と同盟による公開討論会の開催。

 

 日時は事件があった日から二日後の放課後。形式としては同盟側が生徒会側に指摘した点を生徒会側が答えるという形になった。生徒会側は真由美が壇上に上がり一人で受け答えする予定だ。念を入れて副会長である服部もそばに立つことが決まったが、彼は討論会には参加しないらしい。

 

 まさかこの討論会の開催を決めた主犯ともいえる冬夜と、生徒会側の真由美が裏で通じ合っているとは誰も知らずに事は進んでいく。………実に化け狐の母親の遺伝が明確に感じられる策士っぷりだ。古来より化けることが得意な狐と狸が手を組むとこうも上手くいくのか。恐ろしい限りである。討論会である前日は、同盟側が同士を増やすべく始業前から放課後まで勧誘を続けていた。冬夜も多少は参加したが、討論会で生徒会側(真由美)に突きつける『一科生と二科生の差別』の証拠となる資料を纏めていた。

 

 その間、雫とほのかが冬夜に話しかけても、彼はスルーし続けた。それが、スパイという危険な任務をやりきるための演技だったのか、それとも誰にも相談せずこんな危険なことをしていることへの罪悪感か、それは彼自身にも分からなかった。

 ただ、不安そうに自分を見つめる幼馴染の顔を、冬夜は直視することはできなかった。

 

 そして今日。討論会当日。

 冬夜の思惑通りーー真由美の希望通りに講堂に続々と人が集まってきた。

 その裏で、冬夜でも真由美でも予想していない事態が進行しているとは、誰も思わないまま。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「全校生徒の半数ぐらいでしょうか?」

「予想外に集まったな」

 

 深雪と摩利が舞台袖からみた場内を眺め、そんな事をいった。深雪と同じく舞台袖から眺めていた達也もまた、予想以上に生徒が集まっていたことに驚いていた。

 真由美と服部は、既に彼らから少し離れた位置で控えている。その顔に緊張した様子は感じられない。これならいつも通りのペースで応対できるだろう。

 反対側を見ると同盟のメンバーである生徒も風紀委員の監視を受けながら四人控えている。

 しかしそこには、達也を同盟に勧誘した剣道部の壬生紗耶香、ブランシュの手先と思われる剣道部主将の司甲、名詠クラブの柊由紀、そして夜色名詠士の黒埼冬夜の姿はなかった。

 場内にて座っている生徒たちの中にも、その姿はない。

 

「実力行使の別同隊がほかにもいるのか……?」

「同感です」

 

 独り言のようにつぶやいた摩利の台詞に達也が合槌を打つ。達也もその意見には同意見だった。

 事前に達也宛で来たメールの通りならば、例の反魔法政治団体はこの後に来る予定のはずだ。例え、冬夜が本気で裏切っていたとしても、達也はこっそりと冬夜に仕掛けた発信器で冬夜の位置情報を常に端末に受信しているため、冬夜に逃げ目はない。

 

「こちら側にアドバンテージがあるとはいえ、油断はできんな」

「渡辺委員長、静かに。始まります」

 

 鈴音が視線を壇上に戻したと同時、討論会は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほども説明したように、パネル・ディスカッション方式の討論会は今回の経緯上、同盟が出した質問・要求に対し真由美が一人で反論するという形を辿った。

 舞台上の討論は、意外なことに真由美の方が優勢だった。

少し冷静に考えれば、当たり前のことである。確かに同盟の主張は紛れもなく正しい。今の一高がしなくてはならないことである。だが、改革がなされた後で具体的になにをするのか、という質問には答えられなかった。風紀委員の選任にしても基準が不明瞭だし、生徒会を再選挙してもその後どういったことをするのか、という公約(マニフェスト)が全くなかった。昨日までは脅威と見なされていた同盟のスローガンも、蓋を開けてみれば虚仮脅しもいいところだった。

 服部が由紀に投げかけた暴言も、こればかりは服部が前に出てきて

 

「私は、名詠式をやりたいのであるのなら、魔法科高校よりも名詠学校に通うほうが良いと思った上でああいった発言をしたのです。魔法科高校で名詠式とは関係ない授業を受け、無駄に時間を浪費させてしまうよりもその方がいいと私は思ったのです。

 後から話を聞き返せば、確かに私の発言は誤解されやすいものでした。おそらく、いえ、きっとこれ以外にもたくさんの誤解を皆さんに与えてしまっているでしょう。この場を借りて、謝罪させていただきたい

 

 本当に、申し訳ありませんでした」

 

 と、服部が同盟側に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。椅子に座ってみていた一科生や二科生にとって衝撃的なーー少し大げさな印象を与えるがーー出来事を前にして同盟側は何も言えずにいた。

 同盟側、頭を下げた服部の隣で真由美がその様子を見てクスッと微笑む。

 失敗は誰にもあることなのだ。大切なことは、失敗したという事実よりも、それを次に生かせるかどうかなのだから。

 もちろん誰かを傷つけたりした時は「ごめんなさい」の言葉を言うことも大事だが、心がこもっていないようではそれは意味を成さない。

 そうした事態を経て討論会はーー次第に真由美の演説会へと変わり始めていた。

 

「………生徒の間に、同盟の皆さんの指摘した差別の意識が存在するのは否定しません。

 同盟側の味方をしている黒崎冬夜くんは、以前私にこう言いました。『一科生と二科生、この両者には大きな溝がある事を知っていたのに、戦うことを恐れ、放置してきた結果が今のこの状況です。今ここで戦わなくてどうするんですか?』と。

 私は、彼のその言葉に何も言い返せませんでした。

 一科生(ブルーム)二科生(ウィード)。校則でこの言葉を使うことは禁止されていますが、残念ながら多くの生徒がこの言葉を使用しています。

 しかしそれだけが問題なのでは合いません。

 一科生が自らをブルームと称し、二科生をウィードと呼んで見下した態度を取るのと同じように、二科生にも、自らをウィードと蔑み、諦めとともに受容する。そんな悲しむべき風潮は確かに存在します。

 この意識の壁こそが、本当の問題なのです」

 

 いくつかの野次は飛んできたが、具体的な反論はなかった。

 いつも見せる笑顔を封印し、凛々しい表情と堂々とした態度で熱弁をふるう真由美に、同盟側の反論は出なかった。

 

「学校の制度として差別はありますが、それ以外その証拠に第一科と第二科のカリキュラムはまったく同じで、講義や実習は、同じものが採用されています。

 私は当校の生徒会長として現状に決して満足していません。ですが、反対に二科生が一科生を差別する、そんな逆差別をしても解決には至りません。

 一科生も二科生も、一人一人が当校の生徒であり、生徒たちにとって唯一無二の三年間なのですから」

 

 満場の、とはいかなかったが拍手が湧いた。しかし手を打ち鳴らしている人数が少ないわけでもない。同盟を代表しているパネリストが悔しそうに真由美を睨み付けている。一科生も二科生も関係なく湧き起こった拍手が自然に静まるのを真由美が待つと、真由美が再び口を開いた。

 

「………先ほど、私は『学校の制度上の差別はない』と言いましたが、実を言うと、同盟側の主張のひとつにあった『生徒会選任基準』という規則は、本当に残念なことに、実在しています。

 現在の制度では生徒会役員は一科生から指名することが定められています。そしてこの規定は、生徒会長改選時の生徒総会でのみ改定可能です。

 私はこの規定を退任時の総会で撤廃することで、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです」

 

 場内にどよめきが起こった。生徒たちは野次を飛ばすことも忘れ自分の前後左右、周囲の生徒同士で囁きを交わした。真由美はそのざわめきが収まるのを自然に待つ。

 

「私の任期はまだ半分以上残っていますので、少々気の早い公約になってしまいますが、人の心を力ずくで変えることは出来ないし、してはならない以上ーー

 それ以外のことで、出来る限りの改善策にも取り組んでいくつもりです」

 

 満場の拍手が起こった。それは、その場にいた半数の生徒たちが、一科生だけでなく二科生も含めて、同盟ではなく真由美を支持したという明らかな証拠だった。

 

 真由美の望み通り、冬夜の希望通り、一科生と二科生の差別意識を克服するきっかけは出来た。

 真由美は思った。もしかして最初から、冬夜くんはこの光景を知っていたのではないか?と。

 もし冬夜がこの場にいたらこう答えるだろう。『買いかぶりすぎですよ』と、そしてこうも言うだろう。『大変なのはむしろこれからです』と。

 

 人は過去から失敗を学ぶことの出来る生物だ。過去の失敗を見つめ、問題点を探し出し、そして変えていく。ーーそうやって人は進化し、変わってきたのだ。

 

 今日、こうやって真由美が宣言した公約はとても小さな一歩だろう。しかし、それは間違いなくこれからの未来を変えていく大きな一歩になった。それがどんな形で落ち着くのか、それは誰にも分からないがーー。

 少なくとも、これからの一高がより良いものになるという確信だけはあった。

 

 だからこそ彼女は思う。

 

「ここから先の戦いには、絶対勝たなくちゃね」

 

 真由美のその決意の一言は、突如として講堂の窓を振るわせた轟音によってかき消され、誰にも聞かれる事はなかった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 真由美たちが講堂で討論会を開いているなか、冬夜は

 

(………さすが会長。一気に自分の講演会に変えやがった)

 

 一高から少し離れた場所で、イヤホンから聞こえてくる講堂の様子を耳に傾けていた。名目上は『講堂の中の様子の確認』というもので、急な事態の変化に対応するために冬夜はこうして音声によって講堂の中を探っていた。その視線はブランシュや同盟の仲間と共に一高校舎を眺めている。

 

「黒崎、講堂の様子はどうだ?」

「依然変わりなし。作戦への支障はありません」

 

 司一によって振り分けられた、この部隊のリーダーからの問いかけに冬夜は簡潔に返す。

 まだこの時点では、コイツらに仲間だと思わせなければいけない。

 実は最初から裏切っていることなどおくびにも出さず、冬夜は真面目くさった声で答えた。

 

「では、もう一度作戦を確認する」

 

 機関銃を手に持った部隊のリーダーが、後ろを振り返って同じ部隊のメンバーの顔を見た。

 

「我々の任務は図書館内部にある特別閲覧室からハッキング部隊がデータを盗むまでの間、教師や生徒を立ち入らせないようにする足止め係だ。足止めには名詠生物を主に使い、魔法師の連中を蹴散らす。

 名詠が完了できるまでの間は数名で名詠士を護衛する。呼び出すのは第二音階名詠(ノーブル・アリア)の名詠生物。ただし、黒崎だけは第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)を詠んでもらう」

 

 ブランシュのリーダー、司一によって選ばれたこの遠距離奇襲部隊は、いわばこの作戦の攻撃の要だ。冬夜の他に名詠クラブのメンバーも幾人かおり、全員が触媒(カタリスト)を手に持っている。全員自衛の為にスタンバトンや脇差し、CADを持っており、戦う気は満々だった。

 

「………よし、では講堂を奇襲する第一部隊の焼夷弾が撃ち込まれた音が聞こえたら、行動を開始する。各々、準備をしろ」

 

 触媒を手に取り、緊張した面持ちでタイミングを待つブランシュや同盟たち。冬夜はイヤホンに耳を傾けて、状況の変化を伺う。会長の公約が聞こえ、その後に満場の拍手が聞こえてーー実技棟に焼夷弾が撃ち込まれ、スピーカー越しに轟音が鳴り響いた。

 

「よし、作戦開始ーー」

「だな」

 

 リーダー風の男が指示を出す前に、冬夜は手に持ったスタンガンを使って男を失神させた。急に高圧電流を流し込まれたショックで地面にどさりと倒れ、気絶するブランシュの下っ端。

 冬夜その様子を立ち上がりながら冷たい瞳で見ていた。

 

「あー、やっと終わった。いやーいつまでこんな猿芝居続ければ良いのか困っちゃったよ。でもま、会長は上手くやってくれたようだし、結果オーライかな」

「く、黒崎!お前はなにをふげっ」

 

 次は、肩を掴んできたブランシュのメンバーを殴って黙らせる。コキコキと肩を鳴らして伸びをすると、さっきまで仲間だった連中の方を向いた。

 

「んー?いやさぁ、同盟としての役目は終わったし、一高の一生徒として凶悪なテロリストを排除しようかなーってね」

「き、貴様!裏切る気か!!」

「裏切るもなにも、オレは最初からブランシュ(お前ら)の仲間じゃねぇって」

 

 幸いにもウォーミングアップは既に終えている。

 他の部隊の居場所や人数も達也宛に送ったメールで報告済みだ。教職員にも連絡はしてある。

 ブランシュの襲撃が収まるのも、時間の問題だろう。

 後は自分に課せられた奇襲部隊の殲滅(ノルマ)をこなすのみ。

 

「さーて、ごみ掃除の時間といきましょうか!」

 

 腰につけた双剣を手に、冬夜は敵を蹴散らし始めた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 場所は一高に戻る。轟音が一高に響き渡るホンの少し前。部活で演習林近くまでやって来たほのかは、振り替えって講堂の方を見た。

 

「討論会……行かなくて良かったのかな?」

「他人の愚痴に付き合うなんて、行くだけ無駄だよほのか」

 

 ほのかの言葉を雫が一刀両断する。それだけ言うと雫はすたすたと前を向いて先に行ってしまった。機嫌が悪いことがよーく分かる、つっけんどんな態度だ。理由ははっきりしている。あのお騒がせな幼馴染(バカ)が流した一昨日の放送が原因だ。

 

「でも雫、冬夜くんのこと良いの?あのままで……?」

「………何も出来ないよ……私たちじゃあ」

 

 聞き取るのが難しいほど小さな声で雫が呟いた。ほのかもそう言われて俯いた。

 訳のわからぬままに始まった今日の公開討論会。二日前にいきなり冬夜の声がスピーカーから聞こえてきた時、二人揃って困惑した。同盟側の味方になったということは、冬夜が自分たちを襲ったあの暴漢たちの仲間になったということだからだ。

 冬夜を信じるとあの時二人は決めたが、それでも現実として冬夜が敵にまわるとその気持ちが揺らいだ。冬夜を本当に信じて良いのかーー。不安に思いながらも事件があったその日の夜、深雪に電話が来て二人は衝撃の事実を知った。

 

『冬夜さんは今、同盟側にスパイとして乗り込んでいるわ。一高を守るために……』

 

 昔から無茶をする時はあったが、こんな小説みたいなことを本当にやっているだなんて思いもよらなかった。さして同時に、今回の事件が自分たちが思っていたものよりも根の深い問題であることを知った。

 冬夜を尾行していた時のことを深雪に聞いて、彼女は躊躇いがちにブランシュのことも答えてくれた。

 

 つまり謀らずもあの時、自分たちはテロリストに命を奪われそうになったということだ。知らなかったとはいえ、今生きていることが不思議でならないと雫は思う。

 ……そして、昔と変わらず今も自分たちが冬夜に守られるだけだという事実を知ってしまった。恐らく自分たちは何も出来ないまま今回の事態は終えていくのだろう。そして何事もなかったかのように、元に戻る。

 冬夜も深雪も達也も頑張っているのを知っているのに、何も出来ない。

 魔法の才能があっても足手まといになるだけ。

 その変えようのない事実に雫は、悔しいと思った。今度は昔とは違って隣に立てると思ったのに、冬夜は自分よりもっと先へ行っていた。

 

 強くなりたい。もう護られるだけは嫌だから。

 

 五年前に別れた後で冬夜への思いに気付いた彼女は、そう決意した。それでもーー無理だった。

 

「今は、強くなることだけ考えたいから」

「………うん」

 

 悔しさを胸に頷き合う二人の少女。強くなるには、やみくもに魔法の練習をするよりも、その使い方を学ぶべきだ。そのためには部活に出るのが一番。

 教師からのアドバイスに従って、二人並んで歩き始めた。

 

 そしてその時一高全体に轟音が鳴り響いた。

 

「えっ!?な、なに?!」

 

 まるで爆弾が爆発した時のような炸裂音。

 普通聞こえてくるはずのない異常な音にほのかだけでなくバイアスロン部の先輩も慌てている。

 何が起こったのか。少なくとも何らかの実験ではないことだけは確かだった。そんな予定があるなら予め通知されているはずだ。

 先輩たちが慌てる中で、雫はほのかと顔を見合わせて頷いた。事前にブランシュの存在を知らされていた二人は、今の音がブランシュからの攻撃だと分かったからだ。二人ともCADを構えて周囲を見渡す。

 だがその時点で、テロリストたちは既に彼女たちを襲い始めていた。

 

「うおおお!」

 

 声を聞いて振り向いたほのかが見たのは、工事現場で働くような作業着を来た男が、ナイフを持ってこちらに駆けてくる姿だった。

 とっさにCADを構えて迎撃しようとする。しかし、次の瞬間にはほのかは固まってしまっていた。男が持っていたナイフは、記憶に新しいあの路地裏で、黒づくめの暴漢たちが持っていたのと同じナイフ。

 あのときの光景と恐怖がフラッシュバックして、体が硬直してしまう。CADの引き金を引かなければいけない。だが、体が言うことを聞いてくれない。

 恐怖に支配された心にどうすることも出来ず、ほのかは迫ってくるそのナイフをただ見つめることしか出来ないでいた。

 

(ダメ、足がすくんで………!)

「ほのか!」

 

 だがあの時とは違い、今度は雫が立ち上がった。CADの引き金を引いて襲撃者を吹っ飛ばす。危機が去って思わずその場にへたれこんでしまうほのか。

 

「し、雫!」

「大丈夫ほのか?」

「くっ……、この化け物が!!」

 

 吹っ飛ばされて頭に血が上ったのか、一高に侵入してきたブランシュの仲間が、手に持っていた絵の具で炎を名詠し、アンティナイトにサイオンを流し込む。

 あの時と同じ痛みが、再び彼女達を襲ってきた。そして今度は、ナイフを持った襲撃者だけでなく特大の火炎球ががこちらに向かってくる。

 

 今度は私が雫を助けなきゃ!

 

 そう思うものの、また体が言うことを聞いてくれない。

 

「ウチの部員に手を出してんじゃないわよ!!」

「ぐほぉっ!?」

 

 だが幸いにも、襲撃者は亜美の怒号と共に発動された魔法によって地面に叩きつけられた。猟銃型のCADから発動された威力度外視の魔法はブランシュのメンバーの一人を盛大に地面に叩きつける。地面にクレーターを作っているあたり、「やりすぎじゃね?」という感想は出てきたが、痙攣しているのでおそらく生きているだろう。…………多分。

 そして、襲撃者に続いて火炎球も消滅する。

 タイミングよく、ここで援軍が到着したのだ。

 

「北山!光井!大丈夫か?」

「森崎くん!」

「何があったの?」

 

 現れたのは初日に深雪を巡った騒動で、CADを真っ先に抜いた一人の一科生。あの後謹慎処分を受けて風紀委員への推薦は一度取り消されたものの、冬夜が達也を推薦するついでに推薦しておいた1-A所属の風紀委員。森崎(もりさき)駿(しゅん)。死人が出ているわけじゃないんだし、たった一度のミスで推薦を取り消すには惜しい人材だ。と、教職員を説得させ風紀委員会への許された男子生徒。

 彼はこの経緯から冬夜の事を嫌っている。いわゆる『男のプライド』というやつが冬夜を許していないからだ。しかし、そんなことは今はどうだっていい。森崎は周囲を警戒しつつ雫の質問に簡潔に答えた。

 

「一高に武装したテロリストが侵入した。目的はわからん。ただ、自衛のためにCADの使用許可が出ている。ここは奴らの侵入ルートになっているから早く逃げろ」

「嘘!ここからまだ入ってくるの?」

「森崎くん、なんでそんなことが分かるの?」

 

 雫の当然とも言える質問に森崎は口ごもった。これを言うのは彼からすればかなりシャクだ。冬夜がやったことは彼のプライドを逆撫でするような行為であり、同時にその策略にまんまと引っ掛かっていた自分の事を知られたくなかったのである。

 だが、この二人はその勘に障る男の幼馴染。あの男がなにをやっていたのか、それを知る権利があると、森崎は考えた。

 

「………………お前らの幼馴染が、この奇襲計画についての情報を詳しくリークしてくれたんだよ」

「え、冬夜くんが?」

「あぁ。あいつ、実は同盟を焚きつけて討論会を開かせるようにしたスパイだったらしい。あの放送が行われる前に会長と結託して討論会が開かれるまでの事を全て誘導したと、昨日渡辺委員長がそう言っていた。今は学校の敷地外から仕掛けてくる連中を一人で相手にして無力化している頃だろう。

 ………最初からあの男の手の上だった。なんて言われると腹が立って仕方がない」

 

 森崎が憎々しげに最後の言葉を吐き捨てると、再び周囲を警戒し始めた。

 そして現れる、次の侵入者たち。

 その姿を認めた森崎は愛用のCADを構えた。

 

「まだ来るのか……やるしかないな」

「えぇっ、まさか森崎くん、戦うの!?」

「当たり前だ。そのためにオレはここに来たんだからな。お前たちは早く逃げろ。ここはオレが引き受ける」

 

 森崎がそう言って二人の前に出ると、雫がその隣に並んだ。

 

「し、雫!?」

「問題ないよほのか。部長みたいに先に撃っちゃえばいい。派手にやっても死ななければ平気」

「待て北山!お前、まさか戦う気か?!」

「風紀委員も人手が足りないでしょ?だって森崎くん一人でここに来たんだから。相手がどれだけいるのか分からないんだし、戦力は多くあるに越したことはない」

「ダメだ。危険すぎる!お前たちは逃げろ!」

 

 そう言って森崎が雫を下がらせようとするが、雫は一歩も動かない。

  それどころか、むしろ一歩前へ。

 

「森崎くん知ってる?魔法科高校って実は実力主義の学校なんだよ」

「なにをそんな当たり前のことを……」

「ーーそう考えれば、私もほのかも森崎くんより実力は上だから。援護ぐらいなら、私にも出来る」

「ーーッ!?」

「だから、私にも戦わせてほしい」

 

 え、雫。それって私も戦力にカウントされてるの?

 ……二人の後ろで話を聞いていたほのかは雫の言葉に違和感を覚えたが、訂正を求めるようツッコミを入れることは出来なかった。

 なぜなら

 

「私も戦うわ。ワケわかんない連中に、この学校を好きにされてたまるもんですか!」

「そうよ!可愛い後輩が戦うっていうのに、先輩が尻尾巻いて逃げ出すわけにはいかないもんね!」

「みんな、殺るわよー!」

『おー!』

「……………………もう、好きにしてください」

 

 後ろから話を聞いていたバイアスロン部の先輩たちも、戦う気満々で雫の側に来たからだ。その様子を見て森崎は胃がキリキリ痛んでから「ハァ……」とため息を吐いた。この様子ではなにを言っても無駄だと判断したのだ。

 しかし、敵を目の前にしているこの状況で落ち込んでも仕方がない。そのため息一つで気持ちを切り替えた森崎は、バイアスロン部のメンバーに指示を出す。

 

「では、バイアスロン部のみなさんは侵入者の方をお願いします。名詠生物の相手はオレがしますので手は出さないでください。くれぐれも、無茶だけはしないようにお願いします!」

「えぇ。任せなさい!」

「えぇい!なるようになれぇー!」

 

 最後にほのかがやけくそ気味に叫んで、全員がCADを構える。少し予想していたものと形は異なったが、雫は冬夜の隣に並んだような気がした。

 

 ーーいつかは、背中ではなくその隣に。

 

 そんなことを思いながらも雫は猟銃型のCAD を構える。

 

 一高、演習林近くで。

 風紀委員、森崎駿とバイアスロン部による迎撃チーム、始動。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 一高校内、実技棟近く。

 冬夜の情報通り、焼夷弾が打ち込まれその直後に武装したテロリストが講堂を襲撃した。

 しかし、同時に摩利の号令と共に風紀委員が一斉に動きーー訓練されてないと思えないほど統率された動きでーー同盟のメンバーを拘束した。

 扉を開けやってきた重火器装備のテロリストは、摩利が魔法を使って即座に無力化し、これもまた拘束。窓を破って投げ込まれたガス弾は、壇上で真由美の隣に控えていた服部が即座に無効化した。

 その見事な手際に達也でさえも感服する中、講堂を襲ってきた部隊は当初の()()()()速やかに鎮圧され、同盟、テロリストたちは拘束されていく。

 

 無事に誘発未遂で済みそうな講堂の対処が終わった後、風紀委員は予め決められた場所へテロリストを迎撃するためにそれぞれ駆けていった。

 森崎は演習林へと、達也は深雪を連れて焼夷弾が撃ち込まれた実技棟の方へ走っていく。

 予め襲撃が予想されていたとはいえ、冬夜から伝えられた情報にはどこから攻撃されるかは大まかな情報しかなかったため、後手に回ることになった。攻撃を受けた実技棟は小型焼夷弾による焼夷剤によって燃え続けている。教師が二人がかりで消火にあたっているため直に鎮火されるだろう。

 

「達也!なんだよこりゃあ!?」

 

 その教師を守るように三人の襲撃者相手に大立ち回りを演じていた男子生徒が、達也の姿を認めて大声で尋ねた。

 達也が答える前に深雪の指がCADの画面に触れる。

 一瞬で展開・構築・発動されるサイオン情報体。

 魔法師と魔工技師にのみ見ることの出来る魔法の煌めき。そして、レオを取り囲んだ三人の襲撃者たちは地雷を踏んだように一斉に吹き飛んだ。

 

「レオ、テロリストが侵入した」

「ッ!?物騒だなそりゃあ」

 

 これまでなにがあったのか、その説明を一切端折ってレオに事態に説明する。それで納得できる性質だと、これまでの付き合いで理解していた。

 そして今、必要な情報は学内に排除すべき敵が存在しているという事実のみ。

 

「レオ、CAD!ってもう援軍が到着してたか」

 

 その時、反対側、事務室方向からCADを抱えてエリカがやってきた。しかし達也の姿を見て走ってきた足を緩めた。

 

「うわーすごいね。こいつらやったの達也くん?それとも深雪?」

 

 うめき声を上げて緩慢に這いずる侵入者を同情の欠片もない眼で眺めながら、簡潔に聞くエリカ。

 

「深雪だ。オレじゃこう上手くいかない」

「私よ。この程度の雑魚にお兄様の手を煩わせるわけにはいかないわ」

 

 それに対する達也と深雪の答えは全く同時。

 この非常事態においても、麗しい兄妹愛は相変わらずだった。

 

「ハイハイ。さいですか。

 で、こいつらは問答無用にぶっ飛ばして良い相手なのね?」

「生徒でなければ手加減無用だ」

 

 冷やかしをアッサリ、バッサリ無視して物騒な返答をした達也に、エリカは好戦的に笑った。

 

「アハッ♪高校ってもっと退屈な場所だと思ってたんだけどな」

「おー怖ぇ。好戦的な女」

「だまらっしゃい」

 

 レオが似たような表情をしてそう言うのをエリカはそう返した。

 やっぱりこの二人は似ているな。と場違いにも達也は考える。今更か、と二人が聞いたら絶叫しそうな結論も出してその話題について済ます。

 

「そういえば冬夜は?アイツも敵なのか?」

 

 レオが姿を認めていない冬夜の事を確認するように達也に聞いた。確かにこの流れで言えば同盟側の冬夜とも戦わなければならないだろう。エリカがちょっとだけ目を輝かせたのを無視して達也は頭を横に振った。

 

「いや、アイツは今味方だ。今は学校の外で奇襲部隊を殲滅している」

「え?冬夜くんって同盟のメンバーじゃなかったの?」

 

 エリカの当然の疑問に達也が答える。

 

「表面上はな。だけど実際は同盟を焚きつけて討論会を開かせるようにしたスパイだったらしい。

 あの放送が行われる前に会長と結託して、討論会が開かれるまでの事を全て誘導したと、昨日渡辺委員長がそう言っていた」

「うわーお。驚きの事実ってやつ?」

「ああ。昨日知らされた時にはオレも驚いた。……あの馬鹿、オレたちに内緒で厄介事を全部背負いやがった」

「つーかそれ、同盟側にも知らされてないんだよな。よくも簡単に人を騙せるなぁあいつ」

 

 伊達に女狐の血は継いでいないということである。

 

「とりあえず冬夜くんには後で問いただすとして……これからどうするの?実技棟は先生方がほとんど制圧したよ」

 

 魔法科高校の教師陣は、皆一流の魔法師だ。この学校は単独で小国の軍隊を退けられるほどの実力を持つ。

 実技棟は、教師に任せても問題ないだろう。

 

「それを今から考えるところだ。実技棟には型遅れのCADぐらいしかないからな、襲撃するメリットはないはずだ。エリカ、事務室の様子はどうだった?」

「私が到着した時にはもう先生方が制圧してたよ。やっぱり貴重品が多いからかな」

「だろうな。……だがなぜテロリストは実技棟までやって来た?ここに価値があるとすれば、榴弾の直撃を受けても表面が焦げる程度のダメージで済むこの建物ぐらいなものだぞ」

「多分こっちは陽動なんじゃねぇか?こいつら三対一で魔法も練れない三流の魔法師だ」

「だとすれば、他に本命がある。ということでしょうか。破壊活動によって学校の運営に影響が出る場所といえば……」

「重要な装置・資料が保管されている実験棟か、文献が保管されている図書館だけだな」

 

 深雪の言葉に達也が答えを出す。このどちらも襲撃されれば学校の運営に大きなダメージを与えることになる。

 

「もしかして、討論会に結びつく討議行動自体が陽動だったのでしょうか?」

「いや、同盟の活動は本気だったと思う。利用されただけだろう」

 

 気の毒な、とは達也は言わなかった。そう決めつけることは本気で差別の排除を叫んだ者に対する侮辱になるだろうから。

 

「そんなことよりこれからどうするか、だが」

 

 選択肢は三つ。

 二手に分かれるか。

 図書館に向かうか。

 実験棟に向かうか。

 

「彼らの狙いは図書館よ」

 

 だが、その決断は情報という形でもたらされた。

 

「小野先生?」

 

 エリカがきょとんとした顔をする。エリカだけでなくレオも深雪も驚いていた。

 学校が始まって初めての日、忘れもしない冬夜が空間移動で遅刻したときに冷静にツッコミを入れた小野遥というカウンセラー。その()()は達也でも知らない。

 だが、彼女がかたぎの人間ではないと言うことは、以前遥に呼び出されたカウンセリングの時に達也は感じていた。

 

「向こうの主力はすでに侵入しています。壬生さんもそっちにいるわ」

「後ほど、ご説明いただいてもよろしいでしょうか」

「却下します。といいたいですがそうも言ってられませんね。その代わり、一つお願いしても良いかしら?」

「なんでしょう?」

 

 逡巡の色を浮かべながらも、遙は口ごもったりはしなかった。

 

「壬生さんに機会をあげてほしいの。私は去年から彼女と幾度となく面接したのだけど、彼女は剣道選手としての評価と二科生としての評価のギャップに悩んでいたわ。

 私の力が足りないばかりに、結局彼らにつけ込まれてしまった……。

 だからーー」

「甘いですね」

 

 遙のお願いを達也は容赦なく切り捨てた。

 深雪を連れ、図書館へと向かおうとする。

 

「お、おい達也」

 

 だが、切り捨てられない友人もいた。彼のように即座に考え、冷静に物事を対処しろ、という方が無理だろう。

 そんな友人に、達也は一つだけアドバイスした。

 

「余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃないんだ」

 

 それだけ言って、彼は背を向けて走り出した。

 

 




第一章も終わりが見えてきました!もう少しです……!

さぁ反撃開始だ!

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