魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

22 / 76
先週は誤字脱字の指摘、どうもありがとうございました。この場を借りてもう一度お礼を言います。m(__)m

それと、遂に【魔法科高校の詠使い】のお気に入りが千件を突破しました!《*≧∀≦》

一月下旬に投稿を開始し、早四ヶ月。こんなにたくさんの人に読まれるとは考えておりませんでした。今後とも、【魔法科高校の詠使い】とオールフリーをよろしくお願いします。

それでは、本編です。


あなたは可哀想な人ですね

 達也たちが図書館前にやって来ると、すでにそこは乱戦状態だった。

 襲撃者たちはナイフや飛び道具を持ち込んでいる。三年生を中心とする応戦側は魔法によって迎撃していた。

 CADなしで武器を持った相手を戦えるのは、さすが将来を嘱望された魔法師の雛鳥というところか。

 その様子を目にした途端、レオが突っ込んだ。

 

装甲(パンツァー)!」

 

 雄叫びを放って乱戦に飛び込む。まずは正拳突きで襲撃者の顔面にきつい一撃をくれてやった。

 

「音声認識とは、レアなの物使うわね……」

「レオのCADは手甲と一体化しているプロテクターと兼用しているタイプだからな。ああいうタイプになら、可動部分やセンサーの露出を必要としない音声認識の方が都合がいいんだろう。

 構成と展開が同時進行なのも、逐次展開の技術だな」

「逐次展開とは、また随分と古風な技術を使うんですね……」

 

 そんなエリカと深雪の言葉は、幸いにも戦闘中だったレオの耳には入らなかった。次々に襲撃者たちに襲い掛かり殴り倒していく友人。肉体の力だけで突き出されるその拳は、達也の目で見ても加速術式や移動術式を使ったときと比べて遜色ない破壊力を生み出している。

 重火器の使用が制限された近接戦なら、今すぐにでも軍の第一線にでも活躍しそうなほどだ。

 

「しっかし、あんな乱暴な扱いをしてよくCADが壊れないわね」

「CAD自体にもーーいや、着込んでいる制服全体に硬化魔法を掛けているからな。

 硬化魔法は分子の相対座標を狭いエリアに固定する魔法だ。どんなに強い衝撃を加えても、部品間の相対座標にズレが生じなければ、外装が破られない限りCADは破壊されないし、レオの場合は硬化魔法によって全身を覆うプレートアーマーを着ているようなものだから、よほどのことがない限りは壊れることはない」

「いくら乱暴に扱っても壊れないってわけか。本ッ当、お似合いの魔法」

 

 達也たちが見ている前で、黒い手袋に覆われたレオの両手は飛んできた氷塊や礫を粉砕し、金属や炭素樹脂の棍棒をへし折っていく。交わしきれずに突っ込まれたナイフも、その制服を貫くことはなく、襲撃者はカウンターを食らって倒れる。武器を持っているとはいえ、素人に毛が生えた程度の錬度しか持たないテロリストではレオの猛攻を止めることは出来ないだろう。だがしかし、それでもまだ安心は出来なかった。

 

 今のように援軍がやってきても、まだ状況は圧倒的に襲撃者側に傾いているからだ。

 なぜならーー

 

「うおっ!?コイツとんでもなく早いぞ!?」

名詠生物(めいえいせいぶつ)の攻撃に当たるな、レオ!」

 

 襲撃者側の名詠士が名詠したと思われる名詠生物が数体、生徒たちを圧倒していたからだ。

 それも名詠されているのは攻撃色として有名な赤色名詠式。第二音階名詠(ノーブル・アリア)に属するマンティコアを筆頭に、緑色の第三音階名詠(コモン・アリア)であるキマイラなど、数体の名詠生物たちが戦場にいる。魔法の改変が通じない名詠生物、幻想(ファンタジー)の中で活躍する化け物たちの身体能力は当然人間の比ではない。しかもレオも含めた一般の生徒たちが使っているのは刻印儀礼のない普通のCADだ。刻印儀礼がなければ魔法師が名詠生物に勝てる見込みは薄い。それなのに、校内で刻印儀礼入りのCADを有するのは風紀委員会に所属する九名の生徒のみ。

 

 圧倒的に人数が足りないーーだが、こんな事態を冬夜が予測出来ないはずがなかった。応急的な措置とはいえ、すでに手は打ってある。

 

「深雪!」

「はい!」

 

 達也に名前を呼ばれて深雪は再びCADにサイオンを流す。

 美しいサイオンの煌き。

 起動式は魔法式へと成り、エイドスへと投影される。

 そして、今まさにレオへ牙を突きたてようとした獣を空中に吹っ飛ばした。

 今、深雪が持っている携帯端末型のCADは、いつも使っているFLT社の物でなく、刻印儀礼が刻まれたCIL社製の物。こうなることを見越した冬夜は、自分が貸し出せるだけのCADを生徒会と部活連に貸し出したのだ。

 

 空中へ吹っ飛ばされたマンティコアは、そのまま空中で体勢を整え、見事に地上へ着地。自身に魔法を掛けた深雪を標的にして、襲い掛かる。

 だがそれを、達也の魔法が追撃する。

 

 そうして少なからず大きなダメージをーー人間ならとっくに戦闘不能になっておかしくない衝撃をーー与えたが、マンティコアはまだ立ちあがる。むしろ気高く咆哮して達也と深雪を睨み付ける。対抗策をもっても名詠生物は一体一体がタフだ。現実に存在する生物が比較的多い第三音階名詠(コモン・アリア)はまだしも、特に第二音階名詠(ノーブル・アリア)からは化け物ぞろいだ。第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)など想像も出来ない。ここに専門家がいないことが悔やまれる。

 

「深雪、まず図書館前にいる名詠生物を掃討するぞ」

「はい。ですが、それでは図書館内部に侵入した連中に時間を与えてしまいます」

「わかっている。だから、最速最短で倒すぞ」

「かしこまりました」

 

 深雪の出前そうは言ったものの、この名詠生物たち全て倒しきるのにどれだけ時間がかかるか分からない。それが達也の本音だった。戦闘に使えるレベルの名詠士が一人でもここにいれば話は変わってくるのだろうが、無い物ねだりをしても仕方がない。

【分解】という自分だけが自由に使える一撃必殺の魔法が名詠生物にも通じれば、こんなことで悩む必要はないのだが、【分解】は四葉真夜によって公の場で使うことを禁じられた魔法。この非常時においてもそれは変わらない。達也は使い勝手の悪い人工魔法演算領域で使える魔法に頼らざるを得なかった。深雪と共に並び立ち、名詠生物を倒すためにCADにサイオンを流し始めたとき、深雪が叫んだ。

 

「エリカ危ない!後ろよ!!」

「えっ!?」

 

 深雪がエリカの方を見て気づいた時には、達也たちから少し離れたところで戦っていたエリカの背後に、雄山羊、獅子、ドラゴンの首を持つキマイラが迫っていた。咄嗟にエリカが自己加速術式を使って避けようと、深雪が移動系魔法をキマイラに掛けようとするがーー

 

(ダメだわ、間に合わない!)

「くっ!」

 

 深雪の魔法もエリカの魔法も追いつかない。達也は拳銃型のCADをキマイラに向けて人工魔法演算領域から直接魔法式を呼び出す【フラッシュキャスト】で加速系魔法をを使おうとする。しかしそれでも、達也の見立てでは間に合う可能性は三割もなかった。

 警棒を持ったクラスメイトがキマイラに突き飛ばされる。そんな未来が垣間見えた瞬間。

 

 ーーorbie clar,dremre:Goetia:Orobas(【ゲーティア七十二柱】より第五十五鍵、『オロバス』)

 

 声が聞こえた。キマイラがエリカにぶつかるよりも早く、突然両者の間に黒い体をした山羊が割って入る。突然の闖入者による、強烈な後ろ蹴りがキマイラの顔面に突き刺さった。

 後ろに飛ばされながら、元の世界へと還っていくキマイラ。

 エリカを守るように影から現れたこの名詠生物は、まさか。

 

「……まさか、夜色名詠式?」

『左様。私の名はオロバス。主の名詠に喚ばれここに馳せ参じた。ここからは私も参戦する』

 

 尊大な態度で話す黒い皮膚を持ち、弓なりに反った形の角を持つ山羊、二角獣(バイコーン)第三音階名詠(コモン・アリア)の名詠生物であるキマイラを意図も簡単にあしらえるということは、このバイコーンは恐らく第二音階名詠(ノーブル・アリア)。しかも夜色名詠ということは喚んだのは一人しいない。

 

「名詠生物がここにいるということは、冬夜さんは既に奇襲部隊を倒したのでしょうか?」

『それは分からない。主はシャックスを使って私を名詠したようだからな。だから今、主がどうなっているのか私にも分からん』

「シャックス?」

夜色の名詠生物(我々の仲間)の一人だ。真上に見えるあの大きなカラスのことだよ』

 

 オロバスと達也たちが空を見上げると、一羽の大きなカラスが一高の上空を飛んでいた。話から察するにあれがシャックスという名詠生物なのだろう。名詠生物なら参戦してくれても良いだろうに。悠々と空を飛んでいる。

 

『シャックスは直接的な戦闘能力はないが、夜色名詠生物の名詠や(マスター)との視界共有が出来る奴だ。大方、こちらの様子も気になって仕方がなかったのだろうな』

「冬夜くん……こっちの心配よりも自分の心配だけすれば良いのに」

『それが黒崎冬夜(マスター)という人間だ。自分よりも他人、それを地でやってのける男だからな。

 それに、その心配のおかげでお前は助かったのだぞ?』

 

 二角獣(オロバス)はエリカの顔を覗き込みながらそう言う。エリカが「分かっているけどさ」と顔をそらしながら近くにいた襲撃者の一人を片付ける。襲撃者側もオロバスの登場に気づいてすぐさま火炎で攻撃を仕掛けるが、深雪が全て無効化した。

 

『………ふっ。主は余程心配性らしい。どうやら援軍は私だけではないようだ』

 

 オロバスがそう言うと、空中から別の名詠生物が数体のキマイラを送り還しながら地上に降り立った。

 

『オロバス、お前も来たのか』

『あぁ。この活発なお嬢さんを守るように(マスター)に喚ばれたからな』

 

 濡れ羽色の羽を持つグリフォンーー【ゲーティア七十二柱】第四十四鍵『フォカロル』は、オロバスに話しかける。こちらもまた、夜色第二音階名詠(ノーブル・アリア)の名詠生物の一体。フォカロルは達也を見てこう告げた。

 

『主にここの手助けをするよう頼まれ駆けつけた。ここからは我らも参戦する』

「あぁ、ありがとう。アイツの状況は今どうなってるんだ?」

『心配いらん。我が名詠された時点であらかた敵は片付いていた。ここに来るまで時間の問題よ』

 

 そういって二体の名詠生物は残ったキマイラを睨む。襲撃者がまた何体か名詠したのかその数が増えていたが、それは彼らにとってあまり問題にはならなかった。第二音階名詠(ノーブル・アリア)第三音階名詠(コモン・アリア)ではそれほどの差がある。唯一まともに戦えそうなのは赤獅子(マンティコア)だが、何度も戦ったことのある敵のため、こちらもさほど問題ない。

 二角獣は一度ヤギのように嘶くと、玩具を与えられた子供のような口調でフォカロルに話しかける。

 

『どうやら久しぶりに暴れられそうだ。ここにいる連中は全員蹴り飛ばして良いのだろう?』

『蹴り殺すなよ。お前の蹴りは洒落にならんからな』

「あの、出来れば敵だけを蹴り飛ばすことは出来ませんか?」

『それは無理だ美しいお嬢さん。私は見てのようにひ弱な山羊。後ろに立たれると本能的に蹴ってしまう』

 

 どこがひ弱だ。とフォカロルを含めて全員が言いそうになったが、喉元で何とか堪えた。

 

『さて、私はどうするべきかな?要望があればこの背にのせるが』

「だったら、オレと深雪をあの建物の上階まで連れていってくれ。窓の近くまででいい。エリカ、一階で降りてきた連中の迎撃を頼めるか?」

「任せて。全員倒しちゃうから、後から駆け付けても出番はないからね?」

『なら、入り口までは私が運ぼう。その方がこの中を生身で行くよりはるかに安全だ』

「うん、お願い!」

「よし。レオ、この場は任せたぞ!」

「おうよ!引き受けた」

 

 達也と深雪がグリフォンの背に、エリカがバイコーンの背に跨がる。

 レオにこの場を任せた三人は、図書館内部へと奇襲した。

 

 ◆◆◆◆◆

 

(こんなことをして本当に意味はあるのかしら……)

 

 その頃、達也を同盟へ誘った女子生徒、壬生紗耶香は複雑な心境でブランシュのメンバーが行っている作業を見つめていた。

 元々彼女は中学生の時にとった剣道の全国大会二位という実力と、魔法科高校における二科生(ウィード)という評価の差に苦しみ、差別の撤廃を志した生徒だ。故に彼女の本音を言うならば、こんな所よりも講堂の中に行きたかった。しかしそれはブランシュのリーダーである司一によって止められ、特別閲覧室の鍵を盗んで司一の部下と一緒にいる。

 彼らが今やっていることは、この特別閲覧室の中からでのみ見ることが出来る機密文献ーーこの国の魔法研究の最先端資料ーーのデータを盗み出すことだ。

 

 だが、一般の人に魔法研究の最先端資料など見せたところでそれが差別撤廃につながるとは到底思えない。

 魔法研究の最先端資料を欲しがるのは、むしろ魔法を利用する者なのではないか?紗耶香はそう考えていた。

 終わらない疑問が頭の中をぐるぐると回る。『魔法研究の中には、一般の人でも魔法を使えるようにする技術が秘匿されている』、そう彼女は思い込むことでこの疑問に決着をつけようとした。

 だが、そう考えるよう刷り込まれた他人の考え方など、それで導かれた答えになど完全に納得できるわけがない。ましてやそれが、嘘っぱちの理屈ならなおのこと。

 

『よし、成功したぞ!』

『成功したか!』

『いよいよこの国の最先端資料にアクセスできるぞ……!』

 

 何度思い込もうとも湧き上がる同じ疑問に、彼女はまた考え込む。そんなことを続けていると、目の前でハッキングをしていたブランシュのメンバーがざわめいている。どうやら、ハッキングに成功したらしい。記録用キューブを持ってこいだの、慌ただしく動いている。

 ーーそんな彼らの表情にわずかながら『欲』が見えた気がして、彼女は目を逸らした。

 扉の方へ。

 だから、彼女が一番に気付いた。

 

「誰か来る!」

「なにっ!?」

 

 紗耶香が叫び、ブランシュのメンバーが振り返ったその時、機密文書を守る鉄壁の扉が轟音を立てて破壊された。

 

「……ゲホッ、ゴホッ、あの、窓の前に止まるんじゃなかったのですか?」

『どうせここに突入するのだろう?だったら、こうしたほうが敵の虚をつけると思ったのでな』

「こういうところは、冬夜そっくりだな……」

『まぁ、結局最終目的地には着いたのだから問題なかろう?』

「「そういう問題じゃない(ありません)!」」

 

 なにやら気の抜ける漫才と一緒に扉を破砕して現れたのは、一体の幻獣と一組の生徒。

 才色兼備を体現したような一科生の妹と、落ちこぼれの二科生の兄。

 兄の、すなわち男子生徒のほうは紗耶香の姿を認めると妹と一緒に濡れ羽色のグリフォンの背から飛び降り、拳銃型のCADをを彼らに向けて突き付けた。

 

「産業スパイ、と言っていいのかな?お前たちの企みもここまでだ」

 

 そして、CADの引き金が二回引かれる。

 途端に、記録用キューブとハッキングを行っていた携帯端末が部品レベルにまで分解される。

 ハッキングをしていた機械からの信号が途絶えたことで、コンピューターの方にロックが掛かった。これでもう、機密文書を盗み出すことは出来ない。

 

「くっそ、このガキ!」

 

 その様子を見たハッキングをしていたメンバーの一人が、懐から拳銃を取り出した。

 それは、人の命を容易く奪える鋼鉄の武器(殺意の証)

 司一が連れてきた男ご見せた殺人の意思に、紗耶香は無言の悲鳴をあげた。制止しようにも声が出ない。初めて見る人を殺すという意志が、彼女を竦み上がらせていた。

 だが幸いにも、その武器から弾丸が飛び出すことはなかった。達也に銃を向けた男は、紫色に腫れ上がった手を押さえて床をのたうち回る。

 その手には、冷たく冷やされた拳銃が貼り付いていた。

 

「愚かな真似はお止めなさい。私が、お兄様に向けられた害意を見逃すはずがありません」

 

 静かで、丁寧だが、威厳に満ちた声。たったそれだけで目の前の少女と自分との格の差を思い知らされる。敵わないと自然と悟った彼女は、自分から反抗の意志が消えていくのを感じた。

 

「壬生先輩。これが()()です」

 

 そんな彼女に達也が追い討ちをかける。達也がなにを言っているのか分からないという表情で、紗耶香は達也の顔を見た。

 

「誰もが等しく優遇された世界、平等な世界など存在しません。もし、そんな世界があるのなら、それはまさしく誰もが冷遇された世界です。

 本当は先輩だって気づいているのでしょう?

 これが、耳あたりのいい理念を聞かされた結果です」

「…………どうして?どうしてこうなるのよッッ!!」

 

 達也から憐れみを受けたと感じた瞬間、彼女の感情が爆発した。

 紗耶香の本当の思いが、心からの叫びが、特別閲覧室に響く。

 

「差別をなくそうとしたことが、間違いだったというの?平等を目指したことが、間違いだったというのッ?

 差別は、確かにあったじゃない!

 私の錯覚じゃないわ。私は確かに蔑まれた。

 嘲りの視線を浴びせられたし、馬鹿にする声だって聞いた!

 それを無くそうとすることが、間違いなわけあるはずないじゃない!

 あなただってそうでしょう!司波達也くん!

 あなただって、そこにいる出来の良い妹と、いつも比べられたはずよ。不当な侮辱を受けたはずよ!

 誰からも、馬鹿にされてきたはずよ!」

 

 それはまさしく彼女自身の本心であり、そして恐らく今までこの学校で過ごしたたくさんの二科生の気持ちだっただろう。

 だが、達也に彼女の言葉は届かない。彼には、『目の前で泣き叫ぶ少女』がいるという事実しか認識できない。

 いや、仮に彼に心が、感情があったとしても、彼の心に紗耶香の言葉は届かなかっただろう。

 しかし、彼女の叫びに答えたものはいた。

 

「私は、お兄様を蔑んだりなどしません」

 

 深雪が、紗耶香の叫びに答えた。

 凛とした声が特別閲覧室に響く。

 紗耶香の叫びとは違って、迷いのない声だった。

 

「確かにあなたのいう通り、私は一般的な魔法技能という視点でみれば、お兄様を数段上回っています。

 ですが、それがなんだと言うのですか?

 そんなものは、お兄様の持つホンの一部に過ぎません。そんなものは、私のお兄様に対する思いに何の影響力を持ちません」

「………あなた……」

 

 絶句する紗耶香。深雪の鮮烈すぎる宣言に、紗耶香は感情も反論の言葉まで絶たれた。

 

「壬生先輩、私がこんなことを言うのは出過ぎたことかも知れません。ですが、一つ、私がお兄様から教わったことをあなたに伝えます。

 

 人は完璧にはなれないのです。

 

 ある部分で優れた人間もいれば、そこが劣る人間だっています。私だって魔法の才能こそ優れていますが、名詠式では一番初歩である第四音階名詠(プライム・アリア)ですら出来ない落ちこぼれです。

 そんな自分を認めたくなくて、昔は躍起になっていました。ですが、お兄様がそんな私を止めたのです。そして教えてくださったのです。

 自分の劣る部分を認めることは、悪いことではないと。

 認められないがためにそこを改善しようともがくことも、悪いことではないと。

 ですが、認められないという理由を、他人のせいにするのは愚かな行為なのです。

 愛があれば憎しみがあるように、強者がいれば弱者がいます。

 あなたはまず、己の弱さを認める強さを持たなければいけません」

「私の………弱さを……認める?」

「そうです。あなたは、あなた自身の弱さを認めることが出来なくて自分を責めた。

 結局のところ、誰よりも何よりも、あなたのことを『雑草(ウィード)』と蔑んでいたのは、あなた自身です」

 

 反論はできなかった。

 反論しようとする気持ちすら、浮かばなかった。

 深雪のその指摘は、思考を漂白するほどのショックを彼女に与えた。

 

「なにをしている壬生!指輪を使え!」

 

 今まで、紗耶香の影に隠れていた男が突然叫んだ。

 そして同時に床に叩きつけられる煙幕弾。

 思考することを放棄した紗耶香は、男の言われるがままアンティナイトの指輪にサイオンを流し始めた。

 耳障りな不可聴の騒音が達也と深雪の耳に響く。

 紗耶香とブランシュのメンバーは、その隙をついて逃げ出そうとした。

 

『ふん。私がここにいるのだから、煙幕(こんなもの)で視界が防げるわけないだろうに』

 

 今まで事の成り行きを静かに見守っていたフォカロルが、その背中の翼を大きくはためかせる。

 その翼によって起こされた気流は、一気に煙幕を外へ押し出した。

 そして、司一から言い渡された任務に失敗し、こそこそと逃げるようにしていた男たちは、達也の手によって瞬く間に撃破された。青あざを顔面につくって倒れるテロリストたち。

 

『…………あの娘は追わなくて良いのか?』

 

 その様子を傍観していたフォカロルは、一人わざと取り逃がした娘の背中を見つめていた。一人、達也たちの攻撃を免れた紗耶香が焦った表情を浮かべたまま、階段を下るところをフォカロルは見ていた。

 

「あぁ。壬生先輩の相手はエリカがやる。その方が先輩のためになるからな」

「エリカがそれほど熱心になる理由はないと思いますが……」

「相手が壬生先輩でなければ、そうだろうな。

 それに、ここはエリカが相手した方が良いんだよ。

 エリカでなら、先輩は剣道選手として戦えるだろうから」

 

 達也はそう言って、テロリストたちを拘束する準備を始めた。その隣で、深雪も兄を手伝うように屈む。

 達也の言葉を聞いたフォカロルは、フッと笑って呟いた。

 

『お前は、黒崎冬夜(マスター)によく似ているな』

「オレが冬夜に?オレはあいつみたいに名詠式も魔法もうまく使えないぞ」

『いや、そういうことを言っているのではない』

 

 そのままフォカロルはーーもし彼が人ならば、『悪い人の笑み』と表現されるであろう表情を浮かべてーーこう付け加えた。

 

『男ならば容赦ないくせに、相手が女となると途端に優しくなるところは、黒崎冬夜(マスター)そっくりだ』

 

 その言葉を聞いて、何て答えれば良いのか困ってしまう達也であった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ーー達也と深雪が図書館内に侵入したハッキング部隊を全員拘束したその時ーー

 

 名詠クラブの部長、柊由紀は少人数の仲間と共に実験棟の中に侵入していた。

 

「………よし、開いたぞ!」

「入れ入れ!」

 

 厳重に閉ざされた保管庫の電子ロックがハッキングされて解錠される。そして、重々しいその扉が開いた。

 中に入ると、保管してある薬品の混じりあった強烈な臭いが鼻をついてくる。顔をしかめ、ハンカチで鼻や口元を覆ってから保管庫の中に入っていった。

 

(…………なんでこんなところに来ているんだろう……?)

 

 ごく限られた人間しか出入りの許されないその部屋に侵入した由紀は、紗耶香と同じように胸のなかに湧き上がって来るその問いに何度も何度も自答する。

 由紀がブランシュと出会ったのは既に半年も前になる。名詠クラブ設立時の服部の言葉、名詠式を学ぶ時の一科生の嘲りの声、それらの不満を一度学外から指導にやって来てくれる外部の先生に打ち明けた時に、その先生に勧められて出会ったのが司一だ。紗耶香と同じように色々教わって今に至る。

 そして彼女もまた、紗耶香と同じ疑問にたどり着いていた。

 魔法技能による差別撤廃を目指している自分たちに、なぜ魔法研究の最先端資料が必要なのか……その答えを探していた。

 しかし、マインドコントロールされた彼女の思考が正常な答えを導き出せるはずもなく、利用されているだけという事実にたどり着けないでいた。考えても考えても答えの出ないその問いに対し、由紀は「まずは自分に課せられた任務を果たそう」とついに考えることも放棄してしまう。

 

 由紀の任務は、触媒(カタリスト)に使えそうな質の高い試料を盗み出すこと。

 

 強力な名詠生物を喚ぶには強力な触媒が必要だ。単なる絵の具や折り紙よりも宝石類のような物の方がより高い音階の名詠生物を喚ぶことができる。もちろん名詠する名詠士がそのレベルに達していなければいけないが、由紀は自分がそのレベルに達しているという自信があった。質の良い触媒さえあれば第三音階名詠(コモン・アリア)より強力な第二音階名詠(ノーブル・アリア)の名詠生物を出来るはずだと、自分の腕に自信があった。

 

 並んでいる棚のなかを歩き回り、自分に合った触媒を探す。求めている色は赤色。血のように濃く、炎のように透き通った色をしたものが欲しい。【魔窟】と呼ばれるその場所をくまなく探していると、由紀はあるものを見つけた。

 

 五色に色分けされた小さな宝石。

 

 卵ほどの大きさもあるそれらの宝石は、どれもが見とれてしまうほど美しい光沢を放っていた。

 思わずその美しさに見とれ、由紀は手に取ってしまう。

 

「綺麗……これならきっと……」

 

 色合いといい大きさといい、十分すぎるほど良質な触媒だ。これを使えば必ず第二音階名詠(ノーブル・アリア)を……もしかしたら第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物、すなわち真精を喚べるかもしれない。

 

 第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)ーー名詠式の階級(ランク)において頂点に位置するこの音階の名詠生物は【真精】と特別な呼び方で呼ばれる。

 その理由は単純。第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物はそれまでの音階の名詠生物と比べものにならないほど強力な力を有しているからだ。各色の支配者とも言えるその名詠生物を喚ぶには、特定の触媒《カタリスト》を使い、特定の形の讃来歌(オラトリオ)を歌って、真精からその真名を伝えられなければいけない。名詠士を志す者が最初に目指す地点、それが第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠だ。

 

 赤色を含めて五色の真精なら由紀もいくつか知っているが、黒崎冬夜しか使えない夜色名詠式の真精は今だ誰も見たことがないらしい。噂では夜空を思わせる超巨大なドラゴンとされているが、噂の信憑性はない。こういうのは大抵はデマなのだから、真に受けてはいけないのだ。

 

 ………どんなのを名詠しようかな。

 

 出来ることならとても美しいものを呼びたい。フェニックスのように有名な精霊だったら万々歳だ。

 非常事態だというのに由紀はそんなことを考え、孵石(エッグ)を懐にしまおうとする。

 途端にーー

 孵石(エッグ)の殻が破れ、【魔窟】に赤黒い閃光が迸った。

 

「なっ、なにこれ!?」

 

 太陽を直視したような光量に、由紀は思わず目を閉じる。まさかこれは、名詠光?

 

「なんだ!?なにが起こった!」

「なんだこの強い光は?!」

 

 光に気付いたブランシュや同盟の仲間がこちらにやって来る。しかし、パニックに陥った由紀はそれを気にする余裕はなかった。

 

(こんなの知らない……聞いてないよ!)

 

 紅光の輝きに目を開けられない。強すぎる光量に耐えかねて孵石(エッグ)から手を離そうとしたその時、手に持つそれが膨れ上がった。

 

(えっ……?)

 

 名詠が勝手に引きずり出された。そんな事あるはずがない。あるはずがーー

 

 何が起こったのか全く出来ないまま、そのまま由紀は意識を失った。




遂に触れてしまった禁断の触媒、孵石。孵石から呼び出された名詠生物が、次週みんなに襲いかかります。

ちなみに、出てくるのはヒドラとは限りませんのであしからず。

それでは、来週までお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。