魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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はい。お待ちかねの最新話です!

孵石から名詠された名詠生物が今回大暴れします。どんな奴なのかは本編にて。
誤字脱字の指摘や感想をお待ちしています!

それでは本編をどーぞ。




漆黒の名詠生物

「委員長、図書館に侵入した襲撃者と生徒全員の拘束を完了しました」

「渡辺委員長、演習林付近にいたテロリストの拘束が完了しました」

「ご苦労だ司波、森崎。次の指示があるまで各自待機せよ」

 

 達也の読み通り、あの後図書館から脱出しようとした紗耶香はエリカが倒し、夜色名詠式の名詠生物ーーグリフォンのフォカロルとバイコーンのオロバスの加勢もあって、達也が向かった図書館への侵入組は無事全員縛り上げられた。ほかの場所でも、冬夜は何体か名詠生物を送りこんできたらしく、それらの頼れる援軍たちはブランシュの名詠した名詠生物を軽々と送り還し、結果風紀委員や同盟を除いた生徒たちに大きな怪我はなかった。それでも戦闘に参加した生徒の何人かは軽いけがをした者もいたため(本気を出したエリカにによって鎖骨にひびが入った紗耶香は保健室のベットで横たわっている)達也の目の前にある保険委員会によって設営された緊急の救護所は、決して少なくない生徒が詰めかけていた。

 

「どうやら無事にやり終えたようだな」

「森崎」

 

 その様子を風紀委員の仮詰め所から他人事のように眺めていた達也は、後ろに振り向いて同じ委員会に所属する同僚の名前を呼んだ。さすが学校内のトラブル処理の最前線に立つ風紀委員の一人に選ばれただけのことはあるのか、見た感じは怪我をしていないように見える。

 

「二科生のお前がやり切れるかどうか疑問だったが、問題はなかったみたいだな」

「オレには深雪が付いていたからな。そうじゃなかったらこうは上手くいかないさ」

 

 表面上は森崎が二科生である達也に嫌味を言っている様に見えるが、達也も森崎も軽く笑っていた。

 実はこの二人、互いに軽口が叩けるぐらいには親しい関係になっていた。

 入学式が始まって間もない騒動のころから考えれば信じられないような光景である。お互い風紀委員会の新入りとして書類整理などをやっているうちに仲良くなったのだ。といっても、もちろん最初は『二科生に風紀委員が務まるわけがない』と森崎は思っていたのだが、勧誘期間で目覚ましい功績を達也が残したのを見て彼を見直し、冬夜に対する恨みつらみを達也が漏らしたのを聞いて急に親近感を抱いてこうなった。具体的に言えば「冬夜が深雪と仲良くするのは許せない」という感情である。

 二人が胸の奥で冬夜に抱いている感情は異なるものの、共通の敵というのは一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の壁を超えるには十分な理由だったらしい。なんだかもう、今回の騒動が無駄なんじゃないかと思える友情が彼らの間で出来ていた。

 

「………で、司波。一ついいか?」

「なんだ?」

「あれなんだ」

 

 森崎がそう言い、達也が見つめる視線の先には

 

「ほぇーこれが夜色名詠式名詠生物ですか。グリフォンなんて初めて見ました……」

『む。そういえば他の色には私と同じ姿をした名詠生物はいなかったな。珍しいか?小さき娘よ』

「はい!…………(じー)」

『………乗ってみるか?』

「良いんですか!?」

『構わん。乗れ』

 

 わーい。子供のようにはしゃいで濡れ羽色のグリフォンの背中に乗る梓がいた。見た目も子供のように小柄のため、本当に小学生がはしゃいでいるようにしか見えない。

 その様子をしばし見つめた達也は、少し間を置いてこう答えた。

 

「オレには、小学五年生ぐらいの女の子が東京ディズ○ーラ○ドに行って、ミ○キーを見た時のような光景にしか見えないんだが?」

「だよな」

 

 森崎が頷いて自分の抱いた感想が間違ってないと再確認する。冬夜がここにいれば端末のカメラ機能でその姿を激写するのだろうが、達也と森崎はその光景を見て凄まじい違和感を感じた。

 他の一般生徒も、少数ではあるが夜色名詠式の名詠生物たちと戯れている。喉元過ぎれば熱さ忘れる、ということわざがあるが二人とも「呑気なものだな」とそれらの生徒を見ていまいち気が削がれてしまったのだ。襲撃部隊の拘束は完了したが、二人ともまだ警戒体勢を解いていない。まだ奇襲部隊の殲滅に向かった冬夜も帰ってきていない以上、警戒を解くことは出来ないと、二人とも考えていた。

 

 達也も森崎も【誰かの身を守る】という仕事を身近に接しているため、トラブルはいつ発生するのかわからないということを身をもって知っている。そういう彼らだからこそ、最初に気付けたのかもしれない。

 

 戦いはまだ、終わってないことに。

 

 ブランシュと同盟のメンバーを捕まえた後でしばらくはなにもなかったが突然それは()()()

 

「……ん?アレはなんだ」

「シャボン……玉?」

 

 グリフォンと戯れる梓を眺めていると、達也たちの視界に真っ黒な球体が入ってきた。見た感じは墨で作ったシャボン玉の様なソレは、校庭の上をふよふよと浮いている。

 そのままシャボン玉は空に浮かび上がっていく。一メートル、二メートル、三メートルと浮かび上がり………達也たちが見上げるようになるまで上昇すると、そのシャボン玉は弾けて消えた。

ーーそして、空は真っ黒に染まった。

 

「っ!?」

「なっ!?」

 

現実的に考えてあり得ない変化に、達也と森崎の二人が驚愕する。突然起こったその異変は、恐怖や不安となって他の生徒たちに伝わる。

 

「いきなり暗く……」

「何が起こった!?」

 

異変を察知した摩利や真由美が外に出る。風紀委員や生徒会、部活連のメンバーも二人の側に集まる。黒く染まった空は皆が見つめる中ら、徐々に元の色に戻っていき、十秒もしないうちに元の青空に戻った。

 ただ一点ーー視界の端から端までを覆い尽くす真っ黒な名詠門(チャネル)を除いて。

 巨大(デカい)。ここまで巨大な名詠門(チャネル)第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)を名詠しているとしか考えられない。だが誰が?第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)讃来歌(オラトリオ)を詠わなければ名詠出来ないはず。ブランシュも同盟のメンバーも全員拘束した今、誰が讃来歌(オラトリオ)を詠った?

 達也がそんな疑問を思い浮かべている間に、名詠門(チャネル)はガラスが砕けたような音を立てて消えた。

 それは名詠が完了した証。

 名詠門を通して、異世界の化け物がこちらの世界へとやってきた。

 

『あれは……』

 

 あずさと戯れていたフォカロルが顔を上げて名詠門から出てきたソレを睨んだ。

 

『ーーーー』

 

 黒の名詠門を越えて、達也たちの目の前、彼我の距離は十メートルほどの場所に一つの小さな影が現れる。大きさは達也と同じほど。小さい。通常知られている他の第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物と比べたら、とてつもなく小さな名詠生物だ。

 その影が形どっている姿は人間そっくりだった。色さえ着ければブレザーにスラックスを履いたどこにでもいる普通の男の子のように見える。

 

 あくまでも、見た目は。

 

 その名詠生物の全身から発せられる圧倒的な威圧感と、両脇に一つずつ浮かぶ真っ黒な球体がそれが人間でないことを明確に示していた。

 

「なん、だ。あれは………」

 

 異変に気付いて仮詰め所から出てきた摩利が呻く。達也を含め、他の面々も言葉を失っていた。

 目の前の名詠生物。ついさっきまで相手をしていた名詠生物たちとは、次元が違うと本能で理解させられる。その威圧感は、体が竦み上がるというよりも頭を垂れて許しを請いてしまうという表現が正確か。

 最初は周囲を見渡し、キョロキョロとなにかを探す挙動をしているソレ。その挙動はまるで母親を探す迷子のように見える。周囲の人間を一人一人目で確認したあと、達也と目が合った。

 

『ーーーー?』

 

 謎の名詠生物は首をかしげる。どうやらお目当ての人物ではなかったらしい。そのまま視線を横に移動し、生徒会長の真由美と目があった。

 二、三秒。じっと真由美の姿を遠くから見つめた後ーー

 

 ソレは微笑んだ、そんな気がした。

 

 直後、

 真由美は、槍のように伸びた黒球に腹を貫かれていた。

 

「ーーえ?」

 

 攻撃された真由美ですら『攻撃された』という事実に気付かなかっただろう。黒球が変化した槍はそのまま静かに元の形に戻り、真由美の腹から血が溢れてくる。真由美はそのままは地面に倒れ、赤い血が制服に広がり、地面を濡らしていく。遅れて気付いた全員がそこで攻撃が行われたことに気付いて真由美の方に目を向けた。彼らの目に映ったのは、血を流して地面に倒れる生徒会長の姿。

 その姿を見た生徒たちから、悲鳴が、絶叫が出てくる。

 

「真由美!」

「このっ………!」

 

 摩利が声をあげ、服部がCADに触れ起動式を展開する。単一基礎行程ーー単純な移動魔法でソレを遠くにまで吹っ飛ばそうと魔法式を構築し、投影する。

 服部のCADも冬夜が貸した刻印儀礼入りの物。名詠生物には通じるはず。

 そう、服部を含めて全員が思ったのだが。

 

『ーーーー?』

 

 魔法式を投影しても、なにも起こらなかった。

 首をかしげ、『なにかした?』とでも問いていそうな挙動をする名詠生物。

 魔法式を投影した服部を含め、全員が絶句する中で、ソレはおもむろに手を挙げ、服部の顔を指差した。

 その直後、

 

「ーーーー!」

 

 ソレの周囲に浮かんでいた黒球の内の一つがテニスボール大にまで収縮し、高速回転して服部の腹部に直撃した。高速回転してぶつかった黒球の勢いに服部が吹っ飛ぶ。腹部にめり込む黒球の痛みで、服部が攻撃されたと、認識させられる前にソレは服部の意識を刈り取った。

 あまりの威力、スピートに誰も手が出せない。

 もしもさっきのが魔法を使ったものならば冬夜並の魔法構築速度があるということになる。しかし達也は、自身の【精霊の瞳(エレメンタル・サイト)】から得られた情報によってソレが自分たちとは根本的に違うことを理解していた。

 いや、そもそも達也のようにエイドスに干渉する希少スキルがなかったとしても、全員がソレが自分たちと違うと理解できただろう。

 

 ーー勝てない。

 

 戦略級魔法を扱える達也でさえその言葉が頭をよぎった。服部が吹っ飛ぶ様子を眺めていた正体不明の名詠生物は、そのまま後ろを振り返って背中から襲いかかってきたエリカと相対する。

 

「はぁぁっ!」

 

 烈拍の気合いと共に降り下ろされる、事情聴取で仮詰め所にいた剣の魔法師(エリカ)の警棒。魔法が直接効かないならば、直接的なダメージを与えるしかない。これならば刻印儀礼を用いなくても名詠生物にダメージを与えられる。しかし振り向いた名詠生物は片手でエリカの攻撃を受け止め、そのまま地面へ放り投げる。そして、さらにその奥にいた摩利に襲いかかった。

 傍で浮かんでいたもう一つの黒球を日本刀の形に変えて横凪ぎに振るう名詠生物。摩利は即座に持っていた刀を抜き(安全のため刃引きされている)、魔法を使ってその攻撃を回避する。追撃を行おうとするが、そのタイミングで服部を倒した黒球が弾丸のように高速回転して摩利の目の前にやって来た。

 

「チィッ!」

 

 魔法で強化した剣を使って黒球を弾き、体勢を整える。もう一度攻撃を行おうとするが、今度は槍のように形を変えた黒球が摩利の真横に差し迫っていた。先ほど摩利が弾いた黒球が三メートルほど横に移動したところで、槍のように形を変えて攻撃したのだ。

 隙を与えずさらなる追撃を行おうと正体不明の名詠生物が迫ってくる中、咄嗟の攻撃に両方をどちらも避けきれないと判断した摩利は、むしろ前進して本体を迎え撃ってやろうと考えるのだが、幸いにもそれは実行されなかった。

 克人の張った障壁が、僅かながら黒球の槍が摩利を射抜くのを遅らせ、摩利が後ろに退く余裕を作った。即座にCADを操作し、回避行動に移る摩利。その僅か一秒後には、障壁を貫通した槍がついさっき摩利がいた場所を通っていた。まさしく間一髪。

 ギリギリで攻撃を凌いだ摩利は、名詠生物と十分に距離をとる。しかし、どれだけ離れても安心することは出来ない。なにせ相手は一瞬で距離を詰めて真由美を倒す名詠生物だ。この距離でも気を抜けばその瞬間にヤられると、摩利は理解していた。

 

「なんだコイツ。いきなり出てきてその上真由美と服部を一瞬で倒しやがった。名詠生物……なんだよな?」

「判別しにくいが、あの戦闘力を考えれば真精クラスの名詠生物だろうな」

第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物ですか。………最悪ですね」

 

 克人の回りに摩利や風紀委員会の面々が集まる。鈴音とあずさは真由美と服部のそばに駆け寄り保険委員会に引き渡していた。二人とも死んではいないだろうが容態は危険だろう。特に服部は白目を向いて泡を吹いている。あの黒球の威力の高さが伺える。

 

「イテテ……」

「エリカ、大丈夫か?」

「なんとかね。でも状況は最悪かな。アレ、相当強いよ」

 

 一方、エリカに駆け寄った達也はエリカの容態を確かめる。こちらは手加減をされたのか、真由美や服部のようにひどいダメージを負っていなかった。

 

「アレは夜色名詠の一体なのでしょうか?」

『否。アレは夜色名詠式の名詠生物(我々の同類)ではない』

 

 達也の隣、CADに指をかけいつでも魔法を発動出来るように構えた深雪の疑問を、槍を構えたべリスが否定した。

 既にフォカロル、オロバスの二体もそれぞれ空から、克人の傍から、漆黒の名詠生物を睨み付ける。彼ら名詠生物もかなりヤバイ相手だと感じていた。

 

「夜色の真精ではないのか?」

『違う!第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物は特定の方法に則らなければ名詠出来ない。それは夜色名詠も同じことだ。我らの真精を呼ぶのはあんなやり方ではない。

 なにより、アレが発するあんな禍々しい威圧感を【始まりの女(イヴ)】も【牙向く者(アマデウス)】も持っていない。

 二度とアレと、我らの真精を同列に見ないでもらおうか』

「…………すまん」

 

 摩利の疑問にオロバスが憤慨して答える。蹴られてしまいそうなほど怒られた摩利は、短く謝罪の言葉を述べて目の前の名詠生物に視線を戻した。

 

「というか、そもそもアレは名詠生物なのか?」

『…………答えづらい質問だな。その質問が「夜色名詠式の名詠生物なのか?」という意味であれば否。「他の色の名詠生物なのか?」という意味でも私は否定する。

 だが……』

「だが?」

『今お前が言ったように、「アレは名詠生物ではないのか?」という意味であれば、分からないというのが答えだ。

 アレは我々ととても存在が似ている。

 全ての名詠生物は、呼び出した者の想いを実行する。例えば今なら、私は「(マスター)の友人を守る」という想い、いや願いを叶えるためにここにいる。

 そしてアレも同じ。

 慟哭と絶望、そして羨望と憎悪。それらの感情がアレを形作っている。

 誰の想いを反映したのかは、分からないがな』

 

 達也の問いに、べリスがそう答える。

 名詠生物と同じく、想いを反映して形作られた存在。

 結局正体は名詠生物たちにも分からないまま、戦闘は再開される。

 

『ーーーー』

 

 バッ、と漆黒の名詠生物は黒球の一つを操り弾丸のように摩利たちの方に高速射出した。

 ソレを見て克人が複数の障壁を展開する。克人の脇に集まった風紀委員たちもまた、迎撃のためにCADを操作し始める。

 だが、黒球は克人が展開した障壁をいとも簡単に突き破り風紀委員の一人に直撃した。

 

「なっ………!」

 

 障壁を張った克人が思わず声を上げてしまう。十師族の一つ『十文字』家の現当主である彼の貼る障壁は、他の魔法師の追随を許さないほど強固なものだ。防御力で言うなら克人の障壁は日本国内最硬と言えるだろう。

 だが目の前の黒球は、それを簡単に突き破った。

 しかし驚いている暇はない。

 瞬間移動と見間違えるほどのスピードで克人の上を取った漆黒の名詠生物は残ったもう一つの黒球を克人目掛けて射出する。

 今度は弾丸のように、ではない。

 黒球は木の根のように幾つも枝分かれして同時に克人を狙う。

 

「十文字!」

 

 摩利が気付いて克人に声をかけるも間に合わない。

 克人が僅かに死を意識しかけるが、クイックドロウ(早撃ち)で魔法を発動した森崎が僅かに軌道をそらした。

 

『ーーーー』

 

 それを見た漆黒の名詠生物は森崎の側に移動し、拳を叩き込む。一撃でK.O.され地面に倒れ込む森崎。それを同じ風紀委員の面々が気付くが、摩利を除いた全員がその一瞬後には、先程克人の障壁を貫通した黒球が放射した小さな(つぶて)に襲われ、偶然安全地帯にいた沢木碧と辰巳鋼太郎を除いた残りを一掃される。

 漆黒の名詠生物本体は再度摩利に襲いかかる。摩利は再度剣術で応戦しようと刀剣型のCADを構えるのだが、漆黒の名詠生物は、摩利の攻撃を躱した上でCADに蹴りを入れて破壊した。

 

「なにっ!?」

 

 何度目かになる魔法師側の驚愕の声。

 漆黒の名詠生物は、後ろから襲いかかろうとしている鋼太郎には眼もくれない。

 

『ーーーー』

「!?」

 

 しかし、ニイッと口角を上げて笑ったように漆黒の名詠生物が顔が歪めたのを摩利が見た直後、摩利の脇をオロバスが駆け抜けた。そのまま漆黒の名詠生物はオロバスの突進を受ける。しかし、名詠生物はオロバスの角が体に当たる前にその角を掴んで突進を止めていた。

 

『なにぃ!?』

『ーーーー』

 

 第二音階名詠(ノーブル・アリア)の名詠生物の攻撃をものともせず、表情は笑ったまま、正体不明の名詠生物はそのままオロバスを鋼太郎目掛けて投げ飛ばした。

 予想外の攻撃に攻撃に鋼太郎の魔法は中断させられ、地面に激突させられる。大きなダメージを負ったオロバスはそのまま戦闘不能になり還っていった。

 

「化け物………!」

 

 CADを失い、戦う術を失った摩利が畏怖と共にそう呟く。克人も辰巳も、あっという間にほぼ全滅させた相手にどう手を出せば良いのか分からなくなってしまった。

 相手に闘う気力が消えたのを感じたのか、漆黒の名詠生物は達也たちの方へ足を向けた。

 

「来るぞ!」

 

 達也の呼び掛けに深雪が魔法を発動する。

 彼女の最も得意とする減速魔法が、漆黒の名詠生物の動きを止めにかかる。

 しかし、漆黒の名詠生物は深雪の干渉力を上回る力で深雪の魔法をキャンセル。そのまま走り続ける名詠生物は両脇に戻った二つの黒球を同時に射出した。

 片方は木の根のように変化し、もう一つは死角を狙うようにして礫を射出する。それを達也が深雪を抱えて回避行動を取り、エリカが大きく迂回して攻撃範囲から逃れる。そして、達也たちに眼を向けたため、がら空きになった背中に駆けつけたレオの拳が撃ち込まれた。漆黒の名詠生物はレオの存在に気が付かなかったのか、その拳を受けてしまう。

 

『ーーーー!』

 

漆黒の名詠生物はすぐさま拳を向けるがヒットアンドアウェイの戦法を取ったレオには当たらない。

 

『しッ!』

 

 そこに僅かに出来た敵の隙を、べリスは見逃さず槍を使った攻撃を加える。べリスに攻撃の意識が向くと今度はレオが拳を振るう。初対面のはずなのに、見事な連係プレーで二人は漆黒の名詠生物に攻撃を加えていった。

 だがレオもべリスも、攻撃を当てても目の前の名詠生物にダメージを与えたようには感じられなかった。

 さらにもう一撃、とレオは考えたが、そこで攻撃を止めた黒球が槍を射出したのを眼の端で捉えて距離をとることを選択。後ろに大きく跳んで回避した。

 

「レオ、あまり無理をするな!」

「分かってらぁ!」

 

 逃げた先にいた達也に声を掛けられぶっきらぼうに答えるレオ。入れ替わるようにして今度は達也が前に出た。

 CADの引き金を引き『分解』を発動する。

 しかし、深雪の時と同じく『分解』は強制的にキャンセルされる。

 

(直接魔法を掛けるのは無理だな)

 

 そう判断した達也は自己加速術式を発動する。人間の限界を超えたスピードで漆黒の名詠生物に接近した達也は、さらに【フラッシュ・キャスト】を使って加重系魔法を展開し拳の威力を上げる。

 漆黒の名詠生物は、自分の元に戻ってきた黒球の内の一つを盾のように変化させ達也の拳を受け止める。そしてもう一つを弾丸のように高速射出した。

 来る、と盾のように変化した黒球に拳を叩き込んだ達也は、黒球が射出されたのを目でそれを見て判断し、回避行動を取れるように身構える。

 そこで達也は、

 いつの間にか、さっきまで目の前にいた名詠生物が姿を消したことに気付いた。

 

(消えただと?いつの間に。いったいどこへーー)

 

 そこまで考えて、達也は即座に後ろに跳んでいった。

 

 それは、いわゆる直感というやつだっただろう。虫の知らせ、と言っても良いかもしれない。精霊の眼(エレメンタル・サイト)で確認するまでもなく彼はすぐに深雪のもとに飛んでいった。

そんな彼の予想は、的中していた。

黒球に達也の相手を任せた名詠生物はーーいつの間にか、音もなく見目麗しい一学年首席の真後ろに立っていた。

 名詠生物が拳を振り上げる。真後ろに脅威が迫っていることに深雪はまだ気付いていない。

 

「深雪ィィィィッ!」

 

 達也は自己加速術式を発動し、風を切って最愛の妹の元に駆ける。兄が必死な形相でこちらに向かってくるのを見て、そこで深雪は気付いた。自分の影が何時もより長くなっていることにーー真後ろに名詠生物がやって来ていることに。

そして、攻撃が迫っているのを肌で感じた彼女は、防御本能のまま眼をつむっていた。魔法を使えば逃れられるかもしれないが、考えるよりも早く体が反応してしまっていた。

 

『ーーーー』

 

ぶん!と空気を裂く音を伴って、真っ黒な拳が何かを殴り飛ばす。人外の化け物が放った拳はまともに食らえばただでは済まない。骨折で済めばまだ良い方だ。ましてや深雪は華奢な女の子。今後の人生に関わる怪我を負ってしまうだろう。

だが幸いなことに真っ黒な拳は深雪の体には当たらなかった。間一髪で間に合った達也が、深雪を抱き締めて凶悪な拳を背中で受け止めた。

 

「がっ………!」

 

達也の肺から無理矢理空気が吐き出される。しかしそこで意識を途絶えさせることなく、達也は自己加速術式を再度発動して、深雪を抱えながらその場を離れた。

 

「お、お兄様!脚が!」

「大丈夫だ深雪。これぐらいなんともない……!」

 

しかし、深雪を助けるために無理な加速をした達也のスラックスの裾からは血がポタポタと垂れていた。いくら鍛えているからと言っても達也は人間だ。当然肉体には限界がある。だが彼には、生まれながら宿したどんな傷をも瞬時に治してしまう【再成】という魔法がある。多少体を壊した程度、彼にはなんら問題ではなかった。

 

『ーーーー』

 

 反対に自分から背を向け逃げていく達也の姿を目にした漆黒の名詠生物は、すぐに彼らの存在を視界から外していた。ソレの中で深雪と達也という存在は、『ここで追わなくてもその気になればすぐに倒せる』と判断して、排除するべき優先順位から下ろした。眼中になくなった敵をいつまでも見つめている気はない。次の標的を探すために名詠生物は周囲を見渡す。

 そして、名詠生物が次に選んだのは

 

「えっ……!?」

 

 目で追いきれないスピードで眼前に迫った敵に反応できず、標的にされたほのかは茫然と降り下ろされる拳を眺めていた。怖い、と思う前に何が起こっているのか理解できない。しかし漆黒の名詠生物がそんなことなど構う訳もなかった。

 

「ほのか!」

 

 それを、隣に立っていた雫がほのかを突き飛ばすことで守った。幼馴染を守った雫はそのまま名詠生物の方を見る。見えてきたのは、今まさに自分を殴り飛ばそうと拳を降り下ろしている漆黒の化け物。雫は本能的に腕で顔を覆い隠しガードする。

 しかし、本気ならば周囲を焦土に変えることが出来る力をもつ真精にとって、その程度のガードはなんの意味も持たない。雫の顔をおおうその両腕だって、名詠生物の拳が当たれば、クッキーのように脆く折れてしまうだろう。

 来るべき痛みを堪えるために眼を固くつむる雫。気を失ってしまいそうな鋭い痛みが雫を襲う。

 そうなるはずだった。本来なら。

 

『ーーーーッ!?』

 

 だが、その攻撃が雫に届くことはなかった。

 漆黒の名詠生物が触れる前に、誰かが名詠生物を蹴り飛ばしたのだ。

 予報外の攻撃に名詠生物は咄嗟に黒球を射出する。しかし、黒球の攻撃は本体を蹴りとばした人物を射抜くことなく宙を裂いた。

 

「大丈夫か雫、ほのか」

「あ……」

 

 いつの間にか守られていた雫は、優しく掛けられた声に揺り起こされてつむっていた眼を開いた。

 そこから見えたのは、いつも見ている見慣れた横顔。いつもと違ってその横顔は、凛々しい表情を見せている。二挺の拳銃型CADと蒼氷色(アイスブルー)の双剣を携えた彼は。

 

「遅くなって済まないーー後はオレに任せろ」

 

 どんな絶望的状況をも覆す、黒崎冬夜(ヒーロー)だった。

 




ちなみに、今回名詠生物の攻撃を受けた人たちはちゃんと今後も生存します。少しの間、入院生活をすることは余儀なくされますが。

そして、この名詠生物は基本的に各人の魔法力を基準にして襲っています。そのため一科生を集中的に狙うようになっています。

次回は、冬夜対漆黒の名詠生物。色々と衝撃の事実も明かされるかもしれません。多分

次回もお楽しみに!


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