魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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はい。今回はオリジナル……カインツ視点で見た冬夜の事です。『口調がおかしくね?』『カインツさんこんなこといわねーだろ!』という所がありましたらご一報を。

それでは、本編をどうぞ!


虹色名詠士の考察

『そろそろ時間かしら』

 

 美しい夜と緋の合唱が聞こえてくる中、隣に立つ彼女はおもむろにそう呟いた。淡い白と青が調和した夜明け色の光が彼らのいる空間にあふれるいき、夜色の粒子となって消え行こうとしている彼女に、虹色の詠い手は言葉を溢す。

 

『そういえば、今回は珍しいね』

『なにが?』

『いや……そのなんていうか、君がこんなに近くにいるというか、寄りそうというか』

『ーーーー…………たまたまよ』

 

 そう言うなり、夜色名詠の少女は虹色の詠い手の傍をすたすたと離れてしまった。『言わなきゃよかった』と後悔してももう遅い。少し離れた場所で、いたずらっ子のように微笑んでいる夜色名詠の少女に、虹色の詠い手に胸を締め付けられる想いを抱きながらこう言う。

 

『………またね。イブマリー』

『ええ。いつかどこかで、また』

 

 そうしてあの時別れてーーもうどれほどの時間が流れただろう。

 歩いて、歩いて、歩き続けて彼はーー

 

「ねぇ。イブマリー」

 

 途中で拾った旅の同行者と共に、この世界に足を踏み入れて数年。

 

「ぼくたちは、また会えるかな」

 

 虹色名詠士、カインツ・アーウィンケルは国立魔法大学付属第一高校の校門前で、そう呟いた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「改めて言っておこうかな。始めまして、国際名詠士協会のカインツ・アーウィンケルです。今日明日とよろしくね」

「IMA社長の黒崎冬夜です。よろしくお願いします」

 

 朝の会議が終わった後、教職員の面々がぞろぞろと校長室を出ていった後、カインツは冬夜に声をかけた。先ほど伝えられた手紙による衝撃の影響も見られない、落ち着いた声で返す冬夜。

 知り合いに聞いていた通り、腹の据わった子供のようだ。

 

(夜色名詠士とは名乗らないんだな)

 

 名詠式業界での自分の二つ名を名乗らないのは、単なる謙遜かそれとも「まだその名を名乗る資格がない」という意思なのか。

 カインツは不思議に思ったが、それを指摘することなく腹の底に押し止めた。

 

「意外だったな。さっきの話を聞いて、少しは気が動転しているのだとばかり思っていたんだけど」

「動転してますよ。でも、やるべき事は変わりありませんから」

 

 頼りがいのある言葉。その表情と言葉から見てとれる自信は、彼がこれまで歩んできた道のりに由来するものだろう。冬夜の武勇伝はカインツの耳にも入っている。かつての冬夜が再現した『竜殺しの伝説』や、それ以外の逸話、一般に語られることのない話までも彼は聞いている。

 さすがに何度死にたくなってもおかしくないこれまでの人生を、死に物狂いで歩いてきただけの事はある。そう思った。

 

(ネイトくんとはまるきり違うなぁ)

 

 その顔を見てかつての二代目の夜色名詠士(ネイト・イェレミーアス)のことを思い返したカインツは比較してしまう。彼と違って今の夜色の歌い手はーーといっても十三歳の少年に『頼もしさ』を求める方が酷だがーーこのまま背中を預けられそうな存在感を持っている。また、あの夜色名詠の少女とも違って素直そうな印象を受ける。そこはまぁ、二代目も同じ印象なのだが。

 

 ーー余計なお世話よ。

 

 そんな空耳が聞こえてきそうな想像をしたカインツは、改めて冬夜の顔を見る。すると、今度は冬夜の方からカインツに聞いてきた。

 

「あの、すみません。一つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」

「前にどこかでお会いしたことがあるような気がするんですけど……すみません。どこかでお会いしたことがありましたか?」

 

 とても困惑している表情を浮かべてカインツの顔を見上げる夜色の少年。カインツは一瞬、どう答えるべきか迷ってしまった。

 

(………でも、今は)

 

 まだ自分たちの存在を知られるわけにはいかない。その答えには彼自身で辿り着いてもらいたいから。そう考えたカインツは誤魔化すことにする。

 

「いいや。会うのは初めてだよ。でも、名前ぐらいは聞いたことはあるかもね。僕はエドガーの知り合いだから」

「………局長のことをご存じで?」

「知っているも何も、僕と彼は旧知の間柄さ」

 

 冬夜が『局長』と呼ぶ人物ーーもといカインツの知り合いであるエドガーは、『市民の顔』として最も知られるイギリスの第三王子のことだ。近年増加傾向にあった名詠式関連の事件を対処のための専門組織『

 王立首都警護近衛騎士団』を設立した人物でもあり、冬夜にとっては恩人とも呼べる人。

 久しく聞いてなかった人物の名を聞いて、冬夜の顔が困惑から驚愕に変わった。

 

「その、すみません。局長とはいったいどういった関係で……?」

「んー。僕が路頭に迷っているときに協会に推薦してくれたのが彼。で、色々立場的に身動きが取れないエドガーの代わりにあっちこっち旅しているのが僕。そんな関係かな」

 

 エドガーは、カインツがこちらの世界にやってきた時に出会った人物であり、カインツが異世界の人物であると知っている唯一の存在だ。こちらの世界について色々と教えてくれたり、今の仕事をするに当たって便宜を図ってくれたりしてくれた人物でもある。仕事上はお互いがお互いの立場を利用して協力し合っているWIN-WINな関係ではあるが、気の合う単なる友人でもある。

 

「君のことはエドガーから聞いているよ。責任感の強い良い子だって。でも勝手な行動をとって周囲に心配をかけるだけかける悪いところがあるって」

「うっ……すみません」

「それから女の子の気を引くのが上手いとか、年上の女性によく可愛がられるとか、ラッキースケベが多いとか」

「………否定できないです」

「あとなんらかのトラブルに巻き込まれては周囲の評判を挙げてくるとか、お茶汲みのはずなのにいつの間にか自分よりも有名になったとか、女の子をその気にさせるだけさせておいて最後は振るっていう最低な才能があるとか、『最終的には女に刺されて死ぬタイプだ』って話を」

「おのれあの腐れ局長!二つ目から全部罵倒じゃねぇかッ!!」

 

 女性関係では見事に罵倒しかない。そこもまた二代目(ネイト)との相違点だろう。決して褒められる点ではないが。

 

「あぁそれから、『オレの妹の心を奪いやがった憎い奴』とかなんとか」

「もういいです……。これ以上思い出したら死にたくなっちゃうので止めてください……」

 

 ずずーん……。と鬱モードに入った冬夜に『やりすぎちゃったかな』とカインツは反省する。『弄りがいのある奴で飽きない』ということも聞いていたのだがメンタル面では二代目(ネイト)の方が強いらしい。そうカインツが分析している傍らで、冬夜はかつての上司の顔を思い浮かべていた。

 

(今度電話来たら文句言ってやる)

 

 現在のイギリス王室の国王には三人の王子と一人の王女がいるのだが、冬夜は昔王女の遊び相手としてバッキンガム宮殿に住んでいたこともある。イギリスにいた頃は、冬夜自身『若かった(今でも十分若いのだが)』という理由でやらかした数々のエピソードがあるため、あまり思い出したくないのだ。

 ………どんな人にだって、消し去ってしまいたい()()()というものは存在するのだ。

 

「僕からも一つ聞いていいかな。なんで王女様の求婚を断っちゃったのか、それが知りたいな」

「………ティナが求婚してきたその時、彼女はまだ十歳かそこらでしたからそりゃあ断りますよ。それに、伝統あるイギリスの姫君が素性の知れない男と結婚なんかしたら世間が騒ぎます」

「なるほど、確かに」

 

 そして、目先の権力や名誉に捕らわれない性格を持っている。ここは初代(イブマリー)二代目(ネイト)に共通しているところだと、カインツは考えた。

 

(これが今代の夜色名詠士か……)

 

 彼が今まで出会った二人の夜色名詠士に似ているようで、似ていない。初代(イブマリー)と約束を交わし、二代目(ネイト)を導いた虹色名詠士は、三代目(冬夜)のことを見てそう感じた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

学校に通う生徒が最も優先するべき事柄は、もちろん授業に出席して、きちんと勉学に励むことである。その事はもちろん、冬夜にも当てはまることだった。

 

『黒崎くんは今回の交流会においての中心人物だが、一高には生徒として通っているため、授業を受けなければならない。なので打ち合わせは放課後になってからで良いだろうか?』

 

 そう校長に説明されたカインツは、校長の申し出を快諾して冬夜を授業に送り出した。学生の本分は勉強すること。それを差し置いて自分(交流会)の方を優先しては、カインツも大人として立場がなくなってしまう。校長に教室に向かうよう言われた冬夜が、小走りで教室に向かっていく姿を見送ったカインツはこれからの時間をどう潰そうか考えていた。どうせ日本国内最難関の魔法科高校に来ているのだ。せっかくだから校舎内でも見学しようと決めた。

 

『なら、私が案内しましょう。他では滅多に見られない魔法実技の授業をお見せしますよ』

 

 その旨を校長に伝えると、校長自らがカインツを案内しようと申し出てくれた。三コマ目の授業が始まった頃、人気のない廊下を歩くカインツは校長からこんな質問を受けていた。

 

「どうでしたかな。我が校の生徒の魔法を目にして見て」

「すみません……。なにぶん現代魔法は門外漢なものなので、どこがどうスゴいのかさっぱりで……」

「はっはっは!カインツ先生は正直ですな。確かに、魔法に疎い方たちからすれば、わかりづらいかもしれません」

「勉強不足で申し訳ありません」

「いえいえ。仕方ありませんよ」

 

 校長の案内で魔法実技の授業をしていた2-Aの様子を見させてもらったカインツだったが、授業内容があまりよく理解できずそう返すしかなかった。

 校長の説明によれば先ほどの見学した2-Aの魔法実技の授業は【放出系魔法を使用することで摩擦に依らず静電気を発生させて行う実験】というものだったらしい。カインツがもといた世界ではここまで科学が発達してはおらず(研究所や電車はあるので科学水準が低いわけではなく、むしろこちらの世界の科学技術か発達しすぎているために起こってしまった格差である)、この実験を応用すれば 核実験がうんぬんと言われてもスケールが大きすぎて理解が追い付かなかった。ただ何となく「すごいことしてるんだなぁ」と、小学生の感想文のような言葉しか出てこない。

 魔法の才能があったなら少しは見方も変わったのかもしれないが、カインツにはそれがないのだから仕方がない。

 

「ですが、その前に見たクラスの授業はスゴかったですね。なんというか、みんな本気になっているのが分かりました」

「ああいうゲーム性の高い授業ではいつもの事ですよ。互いが互いを切磋琢磨し合う環境こそ、教育機関に最も求められるものなのですから」

 

 しかし、代わりといっていいのか2-Aの前に見せてもらった3-Aの授業は理解できた。3-Aは【画面に表示された的に移動系魔法を当てていく】という実戦的な内容で、生徒たちは最後に表示されるスコアで競いあっていた。中々スコアが伸びない生徒もいたが、全員楽しそうに修業に取り組んでいるのが見てとれた。

 

「生徒会長の七草くんがいないのが残念ですよ。彼女はあの手の授業では無敗ですから」

「ええっと……【エルフィン・スナイパー】、でしたっけ。なんでも十年に一人の逸材だとか」

「ええ。彼女は我が校が誇る優秀な生徒です」

 

 百坂は胸を張って生徒の自慢をする。毎年日本で開催される九校戦の試合映像をカインツは何度か見たが、その試合結果は全試合無失点の完全試合(パーフェクト・ゲーム)という恐ろしいもの。他の選手と比べると明らかに一線を画していた。そしてあの容姿で『エルフ』というからには、きっと命名者は『妖精のように可憐』という意味で付けたのだろう。カインツも納得の二つ名である。

 ーーしかし、真に『いたずら好きな妖精(エルフ)』と言うのなら、イブマリーのような存在のことを言うのではないだろうか?と、どうでも良いことをこっそり思いつつカインツは考える。

 今のところ魔法科高校の授業の代名詞と言える魔法実技の授業しか見ていない。どうせなら、魔法実技以外の授業風景も見てみたいものだ。

 

「せっかくなので、普通の授業の様子も見せていただけませんか?体育の授業なんか面白そうですよね」

「ふむ。でしたら1-Eの授業を見に行きますか。ちょうど今は体育の時間ですし」

「では、よろしくお願いします」

 

 カインツの要望を受けて、二人は校庭へと足を向けた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 近年のスポーツ情勢は百年前に比べると大きく変化したことがここ最近言われるようになってきた。具体的にどんなことが言われてきたというと、どんなスポーツであってもそのスポーツに魔法を使用するかしないかで競技自体がはっきり分かれ、そしてそれによりスポーツ競技種目そのものが増えた、というものだ。例えば、剣道から魔法要素を加えた『剣術』フェンシングから派生した『リーブル・エペー』がこの例に当てはまるだろう。

もちろん、雫とほのかと冬夜(幽霊部員)が所属している『SSボード・トライアスロン』のように新しく作られた競技もある。が、魔法を使わないーーいわゆる否魔法系競技ーーのなかで、サッカーやテニスと言った球技は、魔法の代わりに『極端に跳弾性の強いボールを使い、透明な箱の中で行われる』という形に変化していった。

 

『うおっ!?ボールがすげー跳ねるんだけど!?』

『くっそ取れない……!』

 

そう、今カインツの目の前で行われているレッグボールも、そうして生まれた新しい球技の一つだ。しかし、ボールを蹴るときの力加減や、壁に当たるときの角度などで跳ね返る際の角度やスピードが随時変化し続けるレッグボールのボールを拾うのは難しい。ボールを拾うための練習を、『ボールを壁に当てて相手にパスする』という条件下で1-Eと1-Fの男子生徒たちは練習に励んでいた。

とはいえ、予測不可能なボールを拾うことは相当に難しいのか、ボールを拾って蹴り返すどころか体に当たったり、顔に当たったりと怪我人が続出していた。

 

「楽しそうですね。みんな」

「子供は風の子。元気そうでなによりです」

 

その様子を眺めているカインツはボールが体に当たっても、なんとか拾っては楽しそうにボールを蹴る子供たちを見て微笑んだ。

 

「こうして見ると、けっこうこの学校にいる男の子って体格が良いんですね。さっきの三年生のクラスでも、一際目立っている子がいましたが……」

「十文字くんのことですかな。いやまぁ、彼のあの体格の良さは別ですが、この魔法科高校に通う子たちは警察や軍関係の就職を希望するものが多いので、鍛えている子が多いんでしょう。最近の研究では、あまりにも肉体が貧弱すぎると、魔法師としての能力が低下するという研究結果もありましたから、それも関係あるかもしれません」

「肉体が貧弱すぎる、というと?」

「ふむ。確かその論文では、【良くも悪くも魔法は超常の力。故に魔法師は魔法を使う際、必ずサイオン粒子によるフィードバックを受ける。そのため、体が貧弱すぎる魔法師は、自身の肉体をそのフィードバックから()()()()に魔法の出力を下げる機能が働き、結果的に魔法師としての能力が低下する】と書かれてしたな」

「へぇ……魔法師になるなら鍛えた方が良いんですね」

「【自己加速術式】のような肉体に直接作用する魔法もあるので、鍛えた方がいいことは確かでしょう。しかし、その魔法能力の低下は、平均的な運動能力さえ有していれば、さほど変化しないようです」

「はじめて知ったなぁ」

 

魔法能力に関するトリビアを教えてもらったところで、「ビーッ」という電子音が響いた。どうやら、次の組みに番が変わるらしい。透明な箱に入った次の一組を見て、カインツは目を丸くした。

 

「黒崎くん」

「おや、次はあの二人の番ですか。面白そうです」

 

次のパス練習を行うペアは、黒崎冬夜と司波達也の従兄弟コンビ。冬夜が、足元のボールを踏みつけ、不適に笑う。

 

『いくぜ達也!』

『……来い』

 

静かに散らされる火花の後、冬夜は足元のボールを天井に蹴り当て達也にパスする。しかし達也は跳ね返ってきたボールを一度地面に当てて衝撃を殺し、そのまま左側に蹴り飛ばす。体を右回転させて勢いを乗せたボールが壁を反射して冬夜に襲いかかる。

お互い、自分のやり方でボールから身を守り、蹴り返している。次第にボールが早くなってくるが、二人はなんなく勢いを殺し次に繋げていく。

 

『落とせ達也ぁー!』

『それはこっちのセリフだ。冬夜』

 

お互い手を抜かずにボールを相手に蹴りつける。普段は無表情、無愛想で知られる達也も、どことなく熱中しているように見えた。

 

「すごいですねあの二人。ボールをちゃんと蹴り返してる」

「我が校始まって以来最大級のイレギュラーたちですからな。いやはや、これからの成長が恐ろしいですよ」

 

二科生ながら、一科生以上の働きと教師陣以上の魔法の知識を有する二人組。入学試験のペーパーテストの成績の時点で目をつけられていた二人だったが、入学してからの働きは校長の目を見張るものだった。

しかしそれでも、今彼らは単なる十五歳の男子高校生としてこの場にいる。口ではなんやかんや言いながらも、実に楽しそうに彼らはボールを蹴っていた。

 

(………………)

 

 だが、透明な箱の中でクラスメイトと楽しそうにボールを蹴る少年たちを見て、カインツは昔のことを思い出した。今はもう廃校になってしまったエルファンド名詠学舎時代の記憶ーー。

 ミラー(青色)ゼッセル(赤色)エンネ(白色)、そしてイブマリー(夜色)……。

 それぞれの道に巣立つ前。同じ学び舎で共にそれぞれの名詠式に打ち込んでいたあの頃の思い出。

 

(………元気かな。みんな)

 

 放浪の旅を続けていく中で、会う機会がめっきり少なくなったこと級友たち。しばらく会っていない級友たちの顔を思い出し、カインツは思いを馳せた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 そしてそのまま時間は過ぎていき、放課後。

 もう完全に日の暮れ、時計の指針が十時を指した頃。カインツと冬夜は校内の会議室で明日のガイダンスの打ち合わせをしていた。

 

「じゃあ、このような形でお願いします」

「分かった。明日はよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 予め冬夜が作ったプレゼンや資料をまとめ、カインツの意見も加えて編集し、形を作り上げること数時間。冬夜の圧倒的な事務スキルによってあっという間にガイダンス用のプレゼンが完成した。

 

(この子、ひょっとしたら下手な事務員より有能なんじゃないかな……?)

 

 トントンと、資料をまとめているカインツは冬夜の手際の良さに感服してそう思った。さっきまでジ○ジョ立ちでゴールを守っていた人間と同一人物だとは思えない。十五歳とはいえ、さすが一つの会社を立ち上げ一代で大きくした社長なだけはある。相手に伝わりやすく、かつすぐに理解させるやり方に心得があるらしい。プレゼンで訂正するところがあまりなかった。

 

「あとは明日、生徒会メンバーと打ち合わせするだけですね。あ、帰ったらスーツ用意しないと」

「なんていうか ……まるで会社役員みたいだね。こういったことに慣れているのかい?」

「ええっと……まぁほかの人に比べれば少しは経験があると思います。IMAが無名だったころは、銀行から融資を受けようとする時にこういったプレゼンを何度も経験しましたから」

「なるほど」

 

 カインツと同じく帰り支度をする冬夜は昔の事をしみじみと思い返す。そういえばあそこの銀行はなかなか首を縦に振ってくれなかったなぁ……。など、IMA時代の苦労が脳裏に蘇ってくる。色んな人の助けがなかったら、きっとIMAは今のようになっていないだろう。運の要素も正直ある。最初の十年間はそのほとんど不運しかやってこなかったため、今はその分の幸福がやってきているのだろうか?

 

(それにしては毎日毎日忙しいな……)

 

 自分にツキが回ってきていることに正直疑いを持つ冬夜だった。

 

「すごいね。その年齢で大の大人を納得させられるんだ」

「出来るときと出来ないときがありますよ。それに今は現場から離れている身なので、あんまり説得させるような機会には恵まれてほしくないです」

 

 そんな機会はおそらく、自分が単なる十五歳の少年でいられなくなるときだからーー。そう続けた冬夜にカインツは悲しげな顔をした。病で寿命(さき)が長くなかったイブマリーよりも、この子は息苦しい毎日を送っているのかもしれない。

 

「そ、そういえば気になっていたんですけど、カインツさんは協会でどのような仕事をしてるんですか?局長のアシとなって各国を回っているわけじゃあないんですよね?」

 

 重くなってしまった雰囲気を切り替えるように、慌てて冬夜がそう言う。この子なりの気を使ってくれたのだろう。子供に気を使われるなんて僕もまだまだだなぁ。なんて心の中で落ち込みながらカインツは冬夜の問いに答える。

 

「僕は名詠式のルーツについて調べているよ」

「名詠式の起源(ルーツ)……ですか 」

「うん。冬夜君は知っているかな?『夜の王子様』って絵本」

「はい。内容は全部覚えていますよ。昔はよく王女(ティナ)にせがまれて読んであげてましたから」

 

 当たり前の話だが、全ての生物や物事には必ず始まりというものが存在する。

 それらがどういった経緯を持って滅びたのか、または変化して現代に残ったのか、はたまたどういった風に人や自然などに影響を及ぼしたのか。そういったものを人は歴史という。

 近代以降ならば大半の偉人や物事がきちんと記録され現代にまで残っている。しかし、世界にはそれらの起源や歴史が分からないものが少なからず存在している。

 宇宙の起源やインカ帝国、空中都市(マチュピチュ)の存在ーーそして名詠式。

 ここ百年で世界中に知れ渡った名詠式が【どうやって広まっていったのか】はすでに分かっているのだが、それがどういった歴史と起源をもっているのかはまだ明らかになっていないのだ。

 

「『昔々あるところに、黒い竜を奉る王国と、白い蛇を崇めている王国がありました。その二国は互いに仲が悪く、何年も争いあっていました』」

 

 だが歴史というものは時として思わぬ形で残されている場合がある。石碑や文献、歌や文化のなかに残っている場合もあれば、【金太郎】のように子供が読むような絵本の中に史実が残っていることも。研究者たちによって名詠式もいくつか起源(ルーツ)が示唆されているのだが、それは長年名のある学者や研究者たちの間で議論されてきた。

 

「『しかしある時、偶然黒の王国の王子様と白の王国のお姫様が出合い、二人は恋に落ちました。お互いを思いあう二人……しかし戦争はさらに激しさを増していきました』」

 

 しかし近年、名詠式の起源はある一つの物語に注目されるようになっていった。よくある勧善懲悪ものの話で、子供向けの物語としてしか知られていなかった一冊の絵本。

 

「『争いが激しくなっていく中、白の王国では王様の命令で白い蛇の神様を呼びだす魔法を研究していました。そしてついに、白の王国の王様は白い蛇の神様を呼び出すことに成功しました。

 ………ですが白い蛇の神様は、お姫様が黒の王国の王子様に恋をしていることを知ると、怒り狂いお姫様を食べてしまいました。そしてそのまま、黒の王国で暴れ始めました』」

 

 長年、『黒色の名詠式』がなかったため見向きもされなかったその物語は、ある日名詠式の総本山となったイギリスで目撃された一人の少年によって覆された。黒い竜と共に一国を救い上げた英雄が、その物語が真実であると証明して見せた。

 

「『そのことを知った黒の王子様は仲間と共に白い蛇の神様に戦いを挑みました。しかし、王子様がどんな手段を使っても白い蛇の神様は止まりませんでした。いつしか黒の王国だけでなく白の王国にも白い蛇の神様が暴れ始めてしまい、二国の人々はとても困ってしまいました』」

 

 黒い竜を呼び出したその少年は自らの色を【夜色】と言い、その後瞬く間に【夜色名詠士】の名前が世界に知られるようになっていった。

 

「『黒の王子様は黒い竜の神様に祈りました。大切な人を救いたいと強く強く願いました。そしてその願いは通じ、黒い竜の神様が王子様の前に現れました。

 黒い竜の神様は王子様をその背中に乗せ、白い蛇の神様と戦いました』」

 

 カインツが最初この話の内容を聞いたとき、大いに驚いた。この世界にとっては異世界の物語のためか、かなり脚色されているものの、これは間違いなくーー

 

「『白い蛇の神様は強く、黒の王子様は何度も挫けそうになりました。が、ついに黒い竜の神様と一緒に白い蛇の神様を倒し、黒い王子様は白のお姫様を救い出しました。そして二つの王国の争いは収まりーー黒の王子様と白のお姫様はその後無事結ばれ、二人は二つの王国と共に平穏に暮らしましたとさ』」

 

 ーー二代目夜色名詠士(ネイト・イェレミーアス)その旋律を息吹く者(クルーエル・ソフィネット)の物語だ。

 

「そう。そのお話。すごいね、何も見ないで言えちゃうんだ」

クーデター(あの事件)以降、局長から何度も聞かされましたから。実を言うと、そのお話に関する尋問が嫌になってイギリスを抜け出したんです」

「ははっ。それは災難だったね」

 

 その後も色々と波乱万丈な人生を歩んできたのだが、ここでは割愛する。今でもその物語が名詠式の起源(ルーツ)なのかは盛んに議論されているが、真実を知っているカインツは、その話が事実であることを知っている。真実を知っているとはいえ、それが事実だと証明する方法がないため誰にも言わずに黙っているのだが、目の前にいる今代の夜色名詠士がどこまでそれを知っているかは分からない。

 

「冬夜君、事のついでだから、僕からも一つ聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

 

 けれどそんなことよりもカインツは冬夜に聞きたいことがあった。彼にとっては名詠式の真実よりも重要なこと。

 冬夜にあったら聞いておこうと決めていた質問をカインツは口にした。

 

 

 

「君自身にとって【名詠式】ってなに?」

 




作中で出てきた研究結果ですが、健康な体を有しているにも関わらず体調を崩しやすい九島光宣の場合は『なんらかの理由で調整機能が働いていない』という事になります。調整機能が働いていないために、自分の魔法(サイオン)によって自傷してしまい、体調を崩す。ということです。調整機能が働いていない理由は、近親相姦の影響というのが一番に考えてますが、まだ未定です。

さぁカインツの質問に冬夜はなんと答えたのでしょうか。それは少し後に出てきます。まだまだ仕込みは終わりません。

来週もまたお楽しみに!!

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