魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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愛用のスマホがぶっ壊れたオールフリーです。くっそ。十七日が誕生日だったのにこの仕打ちはないよ……。

なので感想の返信が遅れると思います。ご了承下さい。
それでは、本編をどうぞ!!


すれ違う二人

 冬夜がカインツとガイダンスの打ち合わせをしている頃。警察省内ではU. N. Owenの事件に関する定例捜査会議が開かれていた。

 

(といっても、報告することなどほぼないんだけどねぇ………)

 

 目の下のクマが立派に出来上がったエリカの兄、千葉寿和警部はあくびをかみ殺しながら他の捜査員の情報を聞いていた。しかし、徹夜続きのためかその情報は耳から耳へと全て通り抜けてまるで頭の中に入らない。メモを取ろうにも疲れきった頭にそんなことを行う余力は残っていなかった。

 

「犯行時刻間際、近くのコンビニエンスストアで不審な車がーー」

「被害者全員に直接の接点はーー」

「過去魔法師を標的にした前歴者のデータがーー」

 

 皆、疲れながらも調べ上げてきた情報を上司に報告していく。だが、犯人の目的はおろか、動機や犯行手段まで分かっていない今回の犯行ではその情報はただ虚しく会議室に響き渡っていくだけで、なんの意味も持たなかった。そんな刑事(部下)のありきたりな報告に『使えねーなぁコイツラ』とでも思ったのか、寿和たちの視線の先で偉そうにに座っている小太りのおっさんの顔がフルフルと震えている。お偉いさんからさっさとこの事件を解決していくように言われているんだろう。ここ最近の彼の横暴な発言や態度から、かなりのプレッシャーを受けているのが理解できた。

 

「貴様ら今までなにをやってきたんだ!それでも本物の刑事か!!」

 

 じゃあお前がやれよと言いたくなる小汚い罵声。寝る間も惜しんで調べ上げた情報に対し、それが今回の事件とどう関係があるのかと問われて何も言えなかった発言者に対して浴びせた言葉だ。寿和も国家試験をパスして警部補として警察省に入省したいわゆる【エリート】だが、ああいう上司にはなりたくないなぁと思う。

 今回のような事件の場合、警察はあらゆる可能性を考慮して捜査に当たらなければならない。上役というのはその指針を決める役目なのだが、もうすぐ四十を超えそうな中年のおっさんはその役目を果たしていない。罵倒を受けた刑事が可哀想だ。と寿和は発言した新人に対して同情した。

 

「可哀想ですねあの子……。何も悪いことしてないのにああも怒鳴られて」

「上司が無能だと嫌だよなぁ。あのおっさんももう少しマトモな働きをしてくれたらなぁ……」

 

寿和の隣に座る稲垣も同じように思ったらしい。上司への不満をばれないように小声でやり取りする彼らは、後であの新人に缶コーヒーでもおごってやろうと考えた。

 

(これじゃあいつまで経っても事件は解決しねーだろうなぁ。なにか突破口を開かなければこのまま迷宮入りか……)

 

 もしもそうなったら、歴史に残る大事件になることだろう。刑事として恥ずべきことだが、この事件は解決しないんじゃないかと思い始めた寿和は、そんなことを考えていた。

 しかし、その突破口は意外と早く知らされる。

 

「本部長。こうなっては、専門家を呼ぶほかないんじゃないでしょうか」

 

 先ほど無能な上司に叱られていた新人が突然そんなことを言った。不機嫌な表情を隠そうともせず、怪訝な眼差しでその新人の方に目を向ける中年のおっさん。礼儀知らずな新人刑事の態度に会議部屋全体が騒然となるが、不思議と寿和は落ち着いていた。むしろ彼ら二人は、その新人が何を言いたいのか興味があった。

 

「これまで遺体を司法解剖した鑑札の結果から、石像に変えられた遺体は全て白色の反唱で元の肉体に戻ったそうです。つまりコレまでの一連の犯行は、白色名詠士による名詠生物を使った犯行だと判断すべきです。

 我々が今行っている【犯人は魔法師である】という仮説は間違っていると私は思います」

「何を言い出すかと思えばこれだから新人は……。バカな事を言うのもいい加減にしたまえ。君は【全身を一瞬で石像に変える白色の名詠生物など存在しない】という初回の捜査会議であった専門家の説明を聞いていなかったのかね?」

「はい。聞いていました」

「なら、もう一度説明する必要もないだろう。席に着け」

「ですが本部長。私はその説明が間違っているのではないかと考えます」

「………なんだと?」

 

 新人刑事の突拍子もない言葉に、今度こそ本部長は心から「なにを言っているんだいこいつは?」と感じた。周囲の刑事たちもまた、同じような反応を見せ怪訝そうな顔をしている。「最近の若者は礼儀知らずで困ったものだ」と、自分の昇進にしか大半の興味がない男は最近の若者のモラル低下を嘆く。

 

「はぁ……君は忘れてしまったのかね?初回の捜査会議で専門家はこうも言っていただろう。『そもそも【体を石化させる】能力を持っている名詠生物は、緑色第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)のケェッツァコアトルぐらいなものしかない。しかしケェッツァコアトルのような真精は皆巨大な体躯であり、とてもじゃないが屋敷の部屋に収まりきれるサイズではない』と。

 君は自分が専門家より名詠式について詳しいと、そう言いたいのか?」

「違います。現代魔法を専攻して学んできた私が、専門家よりも名詠式について詳しいとは思いません」

「なら、何が言いたいんだ君は?まさか石化能力をもつ名詠生物についてほかに心当たりがあるとでも?」

「いいえ。心当たりは全くありません」

「…………いい加減にしたまえ。私を馬鹿にしたいのかね君は」

「そんな気もありません。本部長、私は今回の事件について、これまで培ってきた()()()()()()の中で判断するのは間違っているのではないかと思います」

「………なんだと?つまりなんだ、君はーー」

「はい。白色名詠式を基盤にして新しく作り上げられた名詠式ーーそれがこの一連の事件で使われた凶器なのではないかと考えています」

 

 新人刑事の勇気を振り絞った意見。

 それを受けて本部長や周囲にいた刑事たちはーー

 

『はははははは!!』

 

 --笑った。

 会議室内に爆笑の渦が湧き上がる。寿和たちは『笑い』というよりもむしろ「ぶっ飛んだ考えをするもんだな……」とむしろ『呆れ』ていた。

 どちらにしろ、その新人刑事の言うことが妄言でしかないとこの場にいる全員が思った。

 

「ふふふ。ナイスな冗談(ジョーク)だよ。陰惨としていたこの空気を変えるにはうってつけの言葉だった」

「冗談ではありません!私は本気でーー」

「確かに、名詠式の中には一髙の夜色名詠士が使う『夜色名詠式』という例外はある。たとえ君の言う通り今回の事件が新種の名詠式だとしよう。だが、どうやってそれは開発された?今なお多くの研究者が新種の名詠式の構築に挑んでいるが、それを成し遂げたものは未だかつて一人としていない」

「人知れず構築した人がいるのかもしれません」

「だとしたらそれは誰かね?そんな話をしては、この地球上に住む全ての人間が被疑者ということになってしまう。

 君は、その中から新種の名詠式を開発したという天才を見つけられるのか?」

「いえ……それは」

「それ見たことか。悪いが、そんな滑稽無糖な絵空事が事実だとしてもそれに充てる時間もなければそれに割く人員もいない。そんなことをしている時間はないんだよ

 わかったら、もう席の付きたまえ」

 

 本部長にそう言われた新人は、今度こそ席に着いた。俯きながらも悔しそうな顔をしているのが分かる。現実はテレビドラマのようにそう上手くは行かないのだ。

 

 人という生き物は、時に常識に囚われその中でしか判断することができない。

 それが今回、大きな捜査方針のミスを招くことになるとはこの時は誰も考えなかった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 明くる日。

 夜色名詠士(冬夜)国際名詠士協会の名詠士(カインツ)による豪華な講演会が行われた後。講演会を受講した一年生、その中でも今年度で一際異色の顔ぶれを誇る冬夜の友人たちは行きつけの喫茶【アイネ・ブリーゼ】に訪れていた。

 

「まぁまぁ雫。そんな落ち込まないで。きっと冬夜くんだって分かってくれるよ」

「……うん。そうだといいけど。でも……」

「『でも』もないよ!ほら、昔から冬夜くんって怒ってもちゃんと謝れば許してくれたじゃん。だから、気にすることないって!」

「うん……」

 

 いつもやって来たときに注文するチョコケーキを前にして、エリカとほのかに慰められる雫。その背中からは『ずずーん』という効果音でも聞こえそうなほど落ち込んでいるのが分かるーー今朝のことで、冬夜を追い出したことを気に病んでいるのだ。状況が状況だったがゆえに、雫が平手打ち(目覚ましビンタ)をしても仕方がないように思えるが、それでも後々冷静になって考えてみれば『やっちまったなぁ私……』と後悔。こんなときでも想いは通じ合うのか、このバカップル(仮)は同じことで落ち込み、鬱状態に陥っていた。

 女の子たちが必死で雫を元気つけようと四苦八苦しているところで、席の端っこで静かにコーヒーを啜る男子メンバー、司波達也と西城レオンハルトは、互いの目を合わせながら、こっそりと会話する。

 

(なぁ。昨日に続いててなんで今日はこうなってんだ?)

(知らん。どうせ冬夜(あのバカ)がまた何かやらかしたんだろ)

(……今思ったんだけどよ。冬夜ってどう動いてもトラブルにしかならねーよな)

(あぁ。まったく傍迷惑なやつだよ)

 

 今日の講演会でスーツ姿で講釈していた友人の姿を思い浮かべながら、そのトラブルメーカーの親友二人はこの場にいない少年のことを語る。講演会が終わった後この喫茶店に来るよう伝えたのだが、『どうしてはずせない用事が出来た』と言って講演会後一度も会わずに帰ってしまった。単に用事があって来れなかっただけなのか、それとも雫に会うのが嫌だったのか……。どちらにしろ、さっさと仲直りして欲しいものだ。

 

(こういう問題は、このまま女子に任せた方が良さそうだな)

(あぁ。【夫婦喧嘩は犬も食わぬ】って昔からよく言うし、オレたちは何もしない方が良さそうだ)

 

 

 夫婦どころかまだ付き合ってすらいないがそんなものは関係ない。時々昼休みの時間に広げられる無意識の桃色空間は、第三者から見ればひたすらじれったいだけなのである。

 ………ちなみにその桃色空間はレオの隣にいる兄妹も時たま出すのだが、それを達也は自覚してない。

 

「やっぱり、胸が大きい方が男の子は良いのかな」

「うーんどうだろう。確かにほのかのむっちりボディは抱き心地が良さそうだけど」

「や、止めてよエリカ!私、そんな太ってないよ!?」

「でも、ほのかさんって見ると結構良い体つき……」

「ちょっ、美月まで!?」

「ある意味、私以上に女の子として完璧よね」

「こんな所で深雪を上回っててもあんまり嬉しくないよぉ!!」

 

 聞いてはならない。聞こえてはいけない。とヒートアップする女子勢の会話の内容を二人はコーヒーを啜って聞き流す。視線がほのかの方に行かないよう、目を閉じてコーヒーを啜り、なんでもないような会をして自分の気を逸らす。一度気にしないと決めたら一切気にならなくなる精神構造を持つ達也や、(美女)より団子(食べ物)の方が好きだという感性を持つレオは、女子たちの危ない会話をスルーすることは、さほど難しいことではなかった。

 

 しかし残念かな。そう、すごく残念なことなのだが、トラブルメーカーはなにも冬夜だけではないのだ。そして真の『騒動を引き起こす人(トラブルメーカー)』というのは、例えその場にいなくてもトラブルを引き起こす者のことを言う。

 

「よし。こういう事は男子に聞いてみよう!ってなわけで達也くんどう思う?」

「え?」

(と、飛び火したぁー!?)

 

 名前を呼ばれてしまったため、エリカの声につい反応してしまう達也。しかし一秒と経たない内に「しまった!」と顔を強張らせる。さっ、と目で未来の山岳救助隊に助けを求めるが、すっ、と視線を外されてしまう(見捨てられてしまう)。背中から汗が湧き出てきているのは、きっと空調の調子が悪いからに違いない。

 

「……その、なにが、どういうわけなんだ?」

「えっとね。『やっぱり男はおっぱいが大きい方が良いのかなぁ』という全人類が抱く疑問を解決するために『なにかと冬夜くんと気の合う達也くんに聞いてみよう』という事になったんだけど、達也くんどう思う?」

(よし、とりあえず冬夜は後で殴ろう)

 

 律儀に質問の意図を説明してくれたエリカに「あぁなるほど」と返す一方で、達也はそう決意する。達也に見られていることに意識でもしているのか、ほのかはもじもじと体を小さくさせて達也の事を見ている。だが達也はほのかのことなど見ていなかった。今達也の脳内を占めていたのは、縮こませているほのかの隣で『にっこり』と微笑んでいる妹の笑顔。年相応の可憐な花をイメージさせる笑顔だが、それを直視すれば精神的な死は免れない。だがこのままなにもしなかったならば、今晩の夕食が冷凍されて出来てしまうだろう。なんとかしなければ。

 

(だが甘い。こんな状況を乗り切る事ぐらい、オレにとっては朝飯前だ)

 

 しかしトラブルを巻き起こす神でも今回は相手が悪かった。達也とてだてに『極東の魔王』と呼ばれる叔母の下にいるわけではない。この状況を打破する策はすでに頭の中に出来上がっていた。

 

「……オレは特に女子の胸の大きさにそういったこだわりはないが、そういうのは人それぞれで違うんじゃないか?冬夜とオレの好みが同じだとは限らないしな」

「ふーん。やっぱりそうなんだ」

「そういうものだ。……あぁ、そう言えば前に聞いた話だと、冬夜は小さい方が好きらしいぞ?美人よりも可愛い系。普段は大人しいくせに、好きなこととなると夢中になって取り組んじゃうような、ギャップのある人が好きとか何とか」

(((達也くん、それほぼ漏らしてるよ!!))

「可愛い系……ギャップ萌え……」

 

 さらっと冬夜のトップシークレットーーというか恋慕を暴露しこの場をやり過ごす達也。えげつないように思えるが、一応はぼかしている上に個人名も出していないため問題はないだろう。達也の暴露っぷりに妹を含めた他の面子は別の意味で冷や汗をかいていた。

 

 

 しかし、それがまた別の騒動を引き起こす原因になってしまうとは、流石の達也でも思わなかった。少し達也の言葉を咀嚼して吟味した雫は、さらに落ち込んだのか雰囲気を更に暗くして一言。

 

 

「………冬夜は、中条先輩が好きなの?」

『え?』

 

 なぜ雫がそういう結論に至ったのか、一瞬疑問が浮かんだ各メンバー。しかし、少し間を置いて考える。達也の言った特徴に生徒会の中条あずさがあてはまるだろうか?

 

((((………あ、当てはまってる!!))))

 

 小動物みたいな可愛いさと、CADの事となると我を忘れて語り出すあの姿。現生徒会メンバーの深雪を始めとして、達也たちからあずさのことを聞いていたレオたちも納得してしまう。納得してしまうが……取り返しの付かないことをしてしまった感が、否めない。

 そしてその勘違いは、加速度的に雫の中で大きくなっていく。

 

「そっかぁ。深雪じゃなくて中条先輩だんたんだ。だから部活には顔を出さないんだね……。そうだよね。好きな人がいる方が良いもんね……」

「あ、えっと。し、雫さん?それを決めつけるのはまだ早いんじゃ」

「そっかぁ。ふふふ、そうだったんだぁ……うぅ……」

「し、雫!雫っ!気をしっかり!!」

 

 トラブルメーカー達也くんのせいで急展開する雫の恋模様。涙目になってチョコケーキを食べ始めた雫に親友のほのかが救助に入る。あまりの急展開にエリカたちもついて行けず、どう声をかけて良いか分からないでいる。潤滑油の切れた機械のように首を回して達也を見る二科生+妹。八つの目に「どうすんのこの状況」と責められている達也は、たっぷりと三秒以上考え込んだ後、深雪の目を見つめてジェスチャーで指示を伝える。

 

(……深雪)

(はい。お兄様)

(……後は任せた)

(お兄様ぁーー!!)

 

 ぷいっ、と顔を背けて責任から逃げる達也。「仕方ないじゃないか。だってオレには人の心に機微を敏感に察知出来るような心はないんだから」と、言い訳に近い理由を考えて妹に丸投げする。大丈夫。【重度のブラコン以外は完璧】と言われる深雪ならきっと何とかしてくれるだろう。そう達也は考え、深雪に後を託した。

 

(信頼していただけるのは素直に嬉しいですけども!今回に関しては単なる尻ぬぐいじゃないですか!!)

 

 素直に喜べない形での信頼に深雪は泣きたくなる。他ならぬ達也の願いならば深雪はそれに応えたいのだが、この一件に関しては兄が責任を取るべきだと強く思う。しかし、達也はコーヒーを飲んでひたすら現実逃避し続ける。……達也だって、逃げ出したくなる時ぐらいあるのだ。

 

(冬夜には、後で謝っておこう)

 

ただ一つ、「しでかしてしまった」事に罪悪感は感じていたのか、冬夜には殴る代わりに謝罪することを決めていた。

 

◆◆◆◆◆

 

 達也が「やっちまったZE」と反省している中、高級マンション最上階にある自宅にて、冬夜は背筋になにかが走ったのを覚えた。

 

『……どうしたんですか冬夜(ボス)。急にそんな顔をして』

「い、いや。なんかすごい嫌な予感が」

 

 なぜか高い的中率を誇る冬夜の【嫌な予感】が突然やってきた。なぜだろう。理由は分からないが、取り返しのつかない事になりそうな気がプンプンするような気がする。なにが起こったんだろうか。

 

「なぁモニカ。今どこかの国でクーデターが起こったとか、どこかの大企業か銀行が潰れたとかっていう情報はねぇか?」

『?いや。今のところそんな情報は入ってきてないが……』

「そうか。うーん?」

 

 IMAやCILに関わるような事態には陥っていないらしい。リビングの画面に映し出された桃色の髪をポニーテールにして纏めた若い女性--彼女こそが冬夜がいない間のIMAとCILの全職員を総括するCEOの役目を担う社長代理【モニカ・イスペラント】であり、USNAで『USNAの城壁』と恐れられた【ヴィクター・カノープス】の正体そのものだーーが「一応調べてくる」と少し通話を切る。学校が終わった直後にやってきた『今晩話したいことがある』と書かれたメール。その送り主がこの女性なのだが冬夜はまだ用件を聞かされていない。いったいなにがあったのだろうか。

 

『………ふむ。今軽く金融市場を覗いてみたが、特に大きな変動はなかったぞ?』

「そうか。……うーん。なんだろうこの嫌な予感は……?」

『まぁ、なんかあったらその時はまた連絡するさ。そろそろ本題に入ってもいいか?』

「あぁ。で、なんの用だモニカ?」

『少し、ボスの意見を聞いておきたいものがあって連絡したんだが………これを見てくれないか?』

 

 そういってモニカが見せてきたのは、ここ最近日本で起きているU.N.Owen事件に関する推察をまとめたレポートだった。モニカが何を言いたいのかが分からず、眉をひそめてざっとレポートを読み切る冬夜。書かれている内容を総括すると、『現状何もわかっていない』という報告。

 

 果たしてこのレポートに意味はあるのだろうか。ますます彼女が伝えたい内容が理解できず、冬夜は首をかしげてしまう。

 

「モニカ。これ内容らしい内容がないぞ?お前何が言いたいんだ?」

『そうだ。そのレポートにはほとんど内容がない。空っぽだ』

「んなことは分かる。だから、何が言いたいんだ?」

『そのレポートはウチの諜報部隊がかき集めた情報を基に作られている。ウチの諜報部隊はスターズにはまだ及ばないものの相当高度な情報収集能力を持っているのはボスも知っているだろう?つまり、このU.N. owenなる一連の事件の犯人はウチの諜報部隊でも探りきれないほど証拠の隠滅が上手いということだ」

「…………恐ろしい奴だな。そんな奴がこの国にいるのか……」

『あぁ、全くだ。私も華宮と相談して何度も調査しなおすよう命令したが、それでも手がかりが見つからん。まったくもって参る。単純な殺人事件ならともかく二件、三件と続いた連続殺人でこんなことになるなんてな……。手の打ちようがない』

「クラスの友達に聞いた話だが、警察も似たようなものらしい。全然捜査が進展していないということを聞いた」

『そうか。やはりな……。ですがボス、このレポートのようなことは普通はありえない。どんな人間であれ、手がかりとは言えないものの足跡みたいなものは必ず残る。特に街の至る所に監視カメラのある、先進国の都市部ではなおさら残りやすい』

「まぁ……そうだな。現に今オレも、盗撮盗聴防止用の結界を張って電話しているわけだし」

 

 冬夜はリビングの四隅に置いた四神を模した折り紙を見る。CADを用いて領域系魔法を発動できない冬夜の使う手。昔は悪いことをしても太陽(お天道様)が見ていると言われたが、今や本物のカメラに見守られているのが当たり前になった。

 これじゃあ実験動物と何ら変わらねーな。と皮肉を思い付くも、あまり笑えない内容なので腹の中に留めておいた。

 

『そのレポートは足跡すら見つからない犯人を必死に追いかけて出来たもの。だが調査が間違っているとは思えない。……この事件が本当に人間が起こしているとは思えない。だけど私は、この犯行ができる人物に心当たりがある』

「……誰なんだ、それは?」

『ボス、あなたです』

 

 冬夜はモニカが何を言ったのか冬夜は一瞬理解できなかった。少し時間をおいてから、再起動した彼は画面越しに移る社長代理の顔を覗き込む。

 

「おいおい……まさかお前、オレがU.N.Owenだとか思ってるのか?だとしたら検討違いも良いところだぞ?」

『わかってますよ。私も「黒崎冬夜=U.N.Owen」だとは思ってない。………違いますよね?』

「違う!」

『なら良かった。でも私はこう思った。「黒崎冬夜(ボス)なら空間移動(テレポート)で殺人が出来る」って。あながち間違ってもいないでしょう?』

「………まぁ、可能かどうかと言われれば」

 

 可能だ。冬夜の空間移動なら、これまで起こった事件を実際に起こすことが出来る。達也の【分解】のように【空間移動】それそのものが威力を持つわけではないが、その厄介さと汎用性は全魔法の中でトップクラス。

使いようによっては、最高の暗殺者にすらなることが出来る魔法。ある意味、この世のどんな魔法よりも厄介な魔法だ。

しかし、空間移動は冬夜個人の魔法演算領域に宿った固有魔法。他の人間が同一の魔法を持っているとは考えられない。

 

『ボス、私はこのU.N.Owen(犯人)はボスの血筋にいると思っています』

 

そんな冬夜の疑問を解消するように、モニカが犯人について彼なりの推論を言った。たしかに、冬夜の血縁者なら空間移動に近い能力を有してでもおかしくはない。

 

『ボス、なんか心当たりはありませんか?こんなことをするような人に心当たりが……』

「………………あるもないも。思いっきりあるよモニカ」

 

 正直違っていてほしいと願っていた、最悪の男が冬夜の脳裏に浮かんだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 一般には『草木も眠る時刻』と言われる午前二時頃。

 

 新しい物語の舞台となるエルファンド校の屋上にその男はいた。

 

「ーー好い夜だ。相変わらず街灯が眩しくて星の光なんて見えないが、それでも空を見上げれば、いつでも見えるこの漆黒の画布(キャンバス)。お前の使う名詠と同じ色だな()()

 

 静かに、生気を感じられない白髪の男ーー殺人鬼【U. N. Owen】と呼ばれる男は呟いた。学校の屋上から夜空を見上げ、上弦の月を見る。

 その手には、卵の形をしたなにかが握られている。

 

「夜色と対をなす空白色の触媒(カタリスト)、【孵石(エッグ)】。………お前は自らの時空間に封じたと思い込んでいるようだが、まさか今封じ込めているものがオレの作った偽物だとは思うまい?」

 

 男の回りには誰もいない。月見酒(つきみざけ)をするわけでもなく、男はただ月を見上げて呟いていく。

 凶悪極まりない触媒、孵石を握った殺人鬼はここにはいない誰かに向かって話しかける。

 この男がなぜ高位の魔法師を中心に殺し回っているか、それは誰にも分からない。いや、分かったところで理解できるわけもないだろう。この男、U.N.Owenが殺人を犯している理由が、単なる試験(テスト)だなんて、分かるわけがない。

 

「白を基盤に出来た『灰色名詠式』。……昔はほとんどこの色の研究した事などなかったが、なるほど確かにコレは強力な色だ。()()()()()()というのも頷ける」

 

 かつて名詠式を研究していた男は、冬夜の時空間から持ち出した青色の孵石を見つめてそう語る。古い書物に記されていた灰色名詠式の讃来歌(オラトリオ)。灰色名詠式の名詠生物の解読に成功したのはつい先日のことだったが、時間を掛けて研究した甲斐があった。

 全ての名詠生物に魔法による事象改変は通じない。ならば傷を付けた相手の体を石化させるこの名詠式は、対魔法師用の色として最高の部類に入るだろう。もしもこれをこの国と休戦状態にある隣国に伝えれば、すぐさま休戦協定は撤廃されて再び戦争が起こるほどの強さだ。この色の真精となれば、もはや腕の立つ祓戈民(ジルシエ)でなければ止められないだろう。刻印儀礼入りのCADの魔法や飛び道具など無意味だ。

 

「さぁ早くしろ冬夜。でなければこの色はまた誰かを傷つける。今度はお前の大切な仲間にも傷を付けるかもしれないぞ?」

 

 そして男は、月から視線を外し屋上から遠くの方を見つめた。なにかを見つけ得心したような表情をすると、男は口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべる。その方向に顔を向けたまま、男は消える前に最後に言った。

 

「黒崎冬夜ーー我が息子よ。お前の夜色の(うた)と双剣は、はたして灰色の真精を止められるのかな?」

 

 

 




誤字報告、感想などお待ちしています。
次回もお楽しみに!!

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