魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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二話連続投稿!といっても忙しくてストックがガンガンなくなっていく現実に焦りを覚えています(;´Д`)

それでは、二話目本編をどうぞ!


エルファンド校の主人公 下

 妹の機嫌を賢明に宥めながら通学路を歩いていく修。言葉を尽くし頭をナデナデして努力した結果、今日の夕飯をオムライスにすることでなんとかご機嫌取りに成功した。『放課後に卵を買ってこないとな』と、早速脳内で本日の買い物リストにそう付け加えた修は、最寄り駅で幼馴染に遭遇していた。

 

「おっす。おはよう梢ちゃん」

「おはようございます。修(にい)さん。雅ちゃん。ユミエルさん。珍しいですね。こんな時間に三人で登校するなんて」

「兄さん言うな。………今日はあの理事長に呼び出しを食らっているからな。行かないと後が怖い」

「ご愁傷様です」

 

 駅前で文庫本を読んでいた彼女は、修たちがやって来るのを認めると、本を鞄の中にしまって挨拶をしてきた。感情が籠もっていないと感じる、平坦なトーンで話す黒髪ロングメガネッ娘。

 彼女の名前は【木下(きのした)(こずえ)】。

 修にとって小さい頃から一緒に遊んできた仲の良い幼馴染みであり、また彼にとって料理の師匠に当たる人の娘。エルファンド校中等部の生徒会長を務める才女だ。

 

「おはようございます梢お姉ちゃん!」

「おはようございます。木下さん。木下さんこそ珍しいですね。こんな時間に登校するなんて」

「私はいつもこの時間に登校してるんですよ。誰もいない朝の教室の雰囲気が好きなものですから」

「へぇ。そうなんですか」

 

 決してボッチな訳ではないが、梢はどちらかというと独りを好む一匹狼のような性格の持ち主だ。時間さえあれば、いつも書店で買った文庫本を片手に読んでいる姿が見られるほど本が好きな彼女。まだ中学生なのだが、将来は国立国会図書館に勤めたいと考えているらしい。オレと違ってちゃんと目標があっていいなぁ……。と、相手は自分より年下ながらも、きっちり尊敬するべき相手として見ている修。あの腐れ縁の姉にも是非見習ってほしい。

 

「ところで梢ちゃん。……あの馬鹿は?」

「あぁ、姉ですか?姉なら今ちょうどーー」

「しゅう~!」

「ッ!?」

「修兄さんの真後ろにいますよ?」

「梢ちゃん、それもう少し早く言ってほしかったな……」

 

 急に背中に誰かが飛びついてきた感覚を覚えた修は、ビキビキと顔が強張るのを自覚しながら、後ろを見る。案の定、そこには幸せそうな笑みを浮かべて頬をすり寄せてくる腐れ縁の少女の姿があった。

 

「い・い・加・減!オレの背中に抱きつく癖をーーどうにかせいこのたれ目!!」

「ふぎゃっ!?」

 

 修の頭と密着するまで顔を近づけてしまったために、修の後頭部が見事に彼女の顔面にクリーンヒットする。思わず猫みたいな悲鳴を上げて修の背中から離れてしまう女子生徒。

 顔を押さえてうずくまる彼女の名前は【木下(きのした)(しい)】。先ほども言ったが、修にとっては腐れ縁の幼馴染みであり、なんやかんやで九年間も同級生をやってしまっている少女だ。

 

「は、(はにゃ)に当たった……痛い(ひたい)……」

「ったく。毎度毎度抱きついてくるなって言っているだろうが。何度言わせるんだお前は」

「修が諦めるまで何度でもやるよ私は!」

「よし、後でお説教だからなコノヤロウ」

 

人様が嫌がる事をしてはいけません!と親に習わなかったのだろうかこの少女は。最近は小学校の道徳の授業でも言われいる事なのだが、知らないのだろうか。

 

「え?嫌だったの?男の子ってこういう事されると嬉しいんじゃないの?」

「嬉しくないわけではないがこういうのは嫌なんだよオレは!」

「………?嬉しくないの?」

「嬉しくない!」

「またまた。お兄ちゃんは素直じゃないなぁ」

「ミアは関係ないから黙ってなさい」

 

 健全な男子高校生(十五歳)の性的欲求を小学生で理解するのは早すぎる。

 

「む。関係なくないもん!ミア知ってるよ。お兄ちゃんの部屋のタンスの一番上の引き出しの二重底の下には、おっぱいの大きい女の人がたくさん載っているえっちな本があるって事ぐらい知ってるもん!」

「ミア、黙ってろ(ギロッ)」

「ひぅ!梢お姉ちゃん、お兄ちゃんの顔が怖いよぉ」

「よしよし。しょうがないよミアちゃん。誰だってどうしようもないことだってあるんだから」

「お兄ちゃんの顔とか?」

「そうだね。あと理事長先生のクレイジーさとかもそうだね」

「おいお前ら。黙って聞いていればナチュラルに人のコンプレックス抉るんじゃない。気にしてるんだからなコッチは!」

 

『ビュー○ィーコ○シアム』が放送されていたら是非とも出演してみたかったほどである。

 

「ちょっと女子トイレの前にいただけで、近所の人に通報される人ですもんね。修くんは」

「ストップ。普通ここでその話を持ち出してきますかユミエルさん?」

「え。だって実際にあった話ですし、どうしようもないかなぁって」

「うん。事実だけどオレの心の事も考えてほしかったな。今のでけっこうぐっさりとオレの心は傷ついたよ?」

「それは光栄です」

「………なぁお前ら、そんなにオレをいじめて楽しいか?楽しいのか?ちったあいじめられる側にもなって見ろ!!」

「修、傷ついたなら私のお餅で慰めてあげるよ?(むぎゅ)」

「いらん!つうかどうどう巡りじゃねえかこれじゃあ!!」

 

 長い長いボケを順序よく処理していく主人公(苦労人)。天性のハリセン職人の技術をも持ちうる彼は、ボケ(顔)とツッコミの両刀が使える珍しい種類の人間である。………そんな事言われたって羨ましくないという人も中にはいるだろうが、こういう人材は希少価値があるので、大概どこの宴会の席でも重宝されるのだ。ついでに言うならば先ほどから美少女四人を修が独り占めしているため、駅に向かってきた男性陣から「なんだあのモテ男。死ねばいいのに」という視線がさっきから突き刺さって仕方がないのだが、修はもう気にしない事にした。

 

「くっそ。なんで朝っぱらからこんな疲れなきゃならないんだ。まだこれから理事長(魔王)に会うって言うのに!」

『なんでって、だって修さん(お兄ちゃん)が面白いから』

「理不尽だ!」

 

◆◆◆◆◆

 

 六人乗り用のコミューターに乗って、最寄り駅から移動する事約数十分。最早見飽きてしまった通学路を五人で一緒に歩いていく。部活の朝練と思わしき高等部の生徒とすれ違う中で修たちは他愛もない会話をしていた。

 

「そう言えばお兄ちゃん。交流会ってもうすぐなんだよね?どうなの交流会って?なにをするの?」

「なにをやるって言っても、二泊三日の日程で一髙生に第四名詠式(コモン・アリア)の名詠式と反唱を教えるだけだぞ?あー、なんだっけかな。四月に一髙が名詠生物に襲われる事件があったとかで、最低限の知識を身につける必要があるとかないとか」

第四名詠式(コモン・アリア)の名詠式と言うと、教えるのは『火炎』とか『光』とかですか?」

「あぁ。時間がないし、全員が使えるようになる名詠式って言うとそれぐらいしかないだろうな」

 

 赤色名詠を専攻したならなら『火炎』、白色名詠を専攻したなら『光』をエルファンド校では一番最初に教える。それぞれ、各色のイメージを最も端的に表したものであり、下手をすれば小学生でも名詠出来る初歩中の初歩の名詠だ。

 しかし、初歩といって侮るなかれ。火炎の名詠は立派な攻撃手段になり得る上、光の名詠もまた立派な逃亡手段になり得る。未熟な名詠士では大量の触媒(カタリスト)で手のひら大のごく僅かな火炎しか名詠出来ないが、熟達した名詠士ならば指先に付いた僅かな赤色の塗料で五メートル大の火炎球を名詠することが可能なのだ。名詠式とはそれだけ奥が深い魔法であり、カインツが探し歩いているその起源(ルーツ)と同様、未知の部分が数多く存在しているのだ。

 

「お兄ちゃんたちは交流会で何をするの?」

「理事長いわく、オレたちは一髙生に名詠式を教える先生役らしい。ちょうど生徒会メンバー全員、違う色の名詠色を学んでいるからな」

「そうなんですか……」

 

修が交流会における生徒会の役目を言うと、急に梢は不安そうな目で姉の方を見た。しっかり者でキリッとしている梢と違い、姉の椎はのんびりとしてかなりズボラなところがあるので心配しているんだろう。『ちゃんと教師役やれるのかなこの人?』的な意味で。

 

「ん?どーしたの梢?そんな不安そうな目で見て?」

「………最低限、恥だけは欠かせないでね。お姉ちゃん」

「ん。まぁ頑張る」

 

呑気な口調でそう言う彼女は控えめに見ても頼りない。梢が「後はお願いします」という視線で自分の方を見てきたので、修は「やるだけやってみる」といつもと同じように返す。あれこれ(このバカ)の尻ぬぐいをしながら成長する事はや九年。椎の関しては、既に先生方からも「とりあえず城崎に任せておけばなんとかなる」と不本意な信頼をされているので、梢に言われるまでもなく、椎がまともに教師役をやれるよう誰かに釘を刺されるのは間違いないのだ。

 

(オレはいつになったら(コイツ)から解放されるんだ……)

 

自由を求めていつか革命を起こさないといけないだろう。勝てる見込みは全くないが。

 

「でも私、一髙にいる夜色名詠士さんに会いたいなぁ。いったいどんな人なんだろう?」

「夜色名詠士ねぇ」

 

ミアの言葉に修が面白くなさそうな表情をする。修の想像では【夜色名詠士】という存在はもっと年を取ったおじいさんというイメージだったのだが、まさかその正体が自分と同い年の高校一年の少年だったとは。予想外すぎて初めてその事実を知ったときは驚きよりもむしろ笑いが出た。

 

「修兄さんなら、一髙と交流会について打ち合わせをするときにもう会っているんじゃないですか?」

「あ、そっか。お兄ちゃんもう話した事あるんだっけ。ねぇ、どんな人だったの?」

「んー……」

 

 修はつい先日行われたテレビ会談のことを思い出す。あの時スクリーン越しに映っていたのは、小柄で頼りなさそうな人と、梢みたいなクールな印象を受けた人と、思わず見とれてしまうほど綺麗な美少女と、なんとなく腹の中が読めなそうな男子生徒とそれからーー

 

「………『格好いい』というよりも、『大丈夫なのかなこの人』って不安を抱かせる感じ?」

「ごめんお兄ちゃん。全然わかんない」

「なんかこき使われてそうな雰囲気ありましたよね。クマとかありましたし」

「顔は修の何倍も良いんだけど、その分疲弊しきっているのが目に見えてたなぁ」

「え。夜色名詠士ってそんな感じなの!?」

 

 あながち嘘でもなかったところが恐ろしいところだ。

 

「もっとこう、ビシッとして、キリッとして、強そうな印象じゃないの!?」

 

 ミアの中で偶像化していた『夜色名詠士』という存在が音を立てて崩れていく。よく言われることだが、そういったイメージはその人物に対する逸話から勝手に作られることが多い。実際の冬夜がどんな人物なのかは……これまでの話を見てみればよく分かる事だろう。

 

「その人に対するイメージなんて簡単に崩れるものさ。オレなんかよく女子から言われるぞ?ーー『城崎くんって見た目と違ってとっても優しいんだね!』って」

「修くん。自虐ネタはほどほどにしないと逆に鬱陶しがられますよ?」

「わかってる。オレだって好きでこのネタ使っている訳じゃない」

 

 ユミエルの指摘を、憮然とした面持ちで修はそう返した。

 

◆◆◆◆◆

 

 エルファンド校高等部生徒会室。

 そこは、エルファンド校高等部に通う生徒ならば一度は入ってみたいと思う場所だ。通常、月一で開かれる委員長会議を除いては生徒会メンバー以外の部外者の入室が許されない部屋。理事長が任命した生徒会メンバーにのみ配られる特殊なカードキーでのみ、生徒会室に備え付けられた電子ロックが解除できるため、そこはまさしく選ばれたもののみが入る事の許される聖域となっている。

そんな生徒会室に自由に出入りできる選ばれた生徒たちーーエルファンド校高等部の生徒会と言えば、数多くの生徒たちから選ばれた優秀な生徒で構成された組織として知られている。小等部から高等部までの全ての学部を牛耳るエルファンド校理事長によって選ばれ、任命された彼らはエルファンド校内全体で大きな権限を有している。例えば、教師の承認がなければ入れない場所へ立ち入ることが出来たり、教師の許可なしでも名詠式を行使できるーーなど。

 その分罰則も強化されるが、通常の生徒にはない多くの権限を有し、任命されれば多数の企業から目を掛けられるその名誉ある役職。そんな生徒会に属するメンバーは皆こう思っているーーみんなが思っているほど、生徒会って良い立場じゃない、と。

 

 そして同時に、彼らは口を揃えてこう言うのだ。

 

『自分たちはみな、あの理事長に良いように使われる玩具(おもちゃ)なのだ』と。

 

◆◆◆◆◆

 

「ちっ。全員定刻通りに来たか。つまんないの」

 

 朝一番。椎、そしてユミエルと一緒に生徒会室にやってきた修が最初に聞かされた言葉がそれだった。「やっぱり罰ゲームを受けさせたいが為にわざわざこんな時間に来るよう要求したのか……」と修は思うも、それを口にするとどんな言いがかりをつけられるか分かったものではないため、そのまま席に着く。現在生徒会室には六人の人間が集まっている。修、椎、ユミエルの三人と先に来ていた二人の先輩、そしてRPGの魔王のようにふんぞり返って上座から生徒会メンバーを見渡している理事長の六人だ。

 

「みんなおはよう。全員遅れずちゃんと来たね。良かった良かった」

「遅れたら何されるか分かったもんじゃないですからね。早起きもしますよ」

 

 生徒会室に既に来ていた先輩の内の一人が修たちの姿を見て安堵したような表情を浮かべる。自信に満ちた真っ直ぐな眼差しが印象的な彼女は、「椎ちゃんも今日はちゃんと来たね」と、普段寝坊の多い椎が来た事に驚いてもいるようだ。きっとあのしっかり者の妹が起こしてくれた結果なのだろうと、この幼馴染の実態についてよく知っている修は椎がちゃんと起きられた理由についてそう推察するが、『余計な事だろう』と思い、言わないでおいた。

 修と今話した彼女の名前は【(くすのき)菜摘(なつみ)】。エルファンド校高等部二年の生徒で、剣道部主将と生徒会副会長を兼ねる文武両道な女の子だ。

 

「おはようございます会長。今日も良い天気ですね」

「おはようございますユミエルさん」

 

 そしてその隣でユミエルがもう一人の先輩について挨拶をしていた。頑張れば人を撲殺出来そうなほど分厚い名詠式関係の本(後で聞いたら『炎色反応の資料集』という本らしい)をテーブルの上に置いてにっこりと微笑む見た目小学生な女子生徒。彼女の名前は【桜森(さくらもり)林檎(りんご)】。エルファンド校高等部生徒会会長であり、高等部のペーパーテストでは毎回一位の座に付く理系女子。その外見とは裏腹に豊富な知識が詰まった生徒会の頼れる頭脳(ブレイン)だ。

 

そしてーー

 

「ま。お仕置きするチャンスなんていくらでもあるんだから良いか。最悪虎くんに頼めば済む話だし」

 

 およそ教育者とは思えない物騒な発言をしている美女。唇を真っ赤なルージュで塗り、嗜虐的な笑みを浮かべる彼女の名前は【香月(こうげつ)あざみ】。

 彼女こそが、修たち生徒会メンバーがエルファンド校で最も恐れている理事長本人である。なお、彼女は自他共に認めるド(エス)であり、普段はニコニコと優しい保険の先生という仮面を被っているが、その実エルファンド校で一番危険な人物でもある。

 

「先生、いくら本人が望んでいるからといって虎スケを調教しすぎないで下さいよ。アイツの変態度合が日に日に増してきて気持ち悪いんですけど」

「あら。本人は喜んでいるんだから良いじゃない。この間だって『顔を踏んで頂きありがとうございます!』って泣いて喜んでいたわよ?」

「その余波で精神的なダメージを負うクラスメイト(オレたち)の気持ちも考えて下さい」

 

 この学校の七不思議の一つには『高等部の敷地内には理事長のみが知る場所がある』というものがある。そこがどこにあって何が行われいる場所なのかは……読者の皆様の想像に委ねる事とする。

 

「まぁ分かったわ。ここ最近はストレスが溜まって回数も増えていた事だし、しばらくは自重してあげる」

「ありがとうございます(出来れば永遠にしないで下さい)」

 

 何度も言うが、この女を相手に下手な事を言うと鞭の餌食にされるため本音は言わない。誰だって命は惜しいのだ。

 

「さて、全員集まった事ですし。会議を始めるわよ!」

 

 おしゃべりはここまで。という風に手を打った彼女は、嗜虐心溢れる素の顔を引っ込めて、教育者としての真面目な顔になった。イスもきちんと座り直し『頼れる先生』の皮を被った彼女を見て、生徒会メンバーは全員あざみの方に注目した。

 

ーー彼の名前は城崎修。

 

彼は、いつまで経っても自分から離れない幼馴染や、濃いキャラを持つ理事長に悩まされながらも、青春の日々をなんとか生きている、ごくごく非凡な少年である。





次回は久々のお母様……もとい水波ちゃん会です。

例のごとく、四葉家当主が大暴走します。お楽しみに!

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