魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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今回のお話は皆大好き真夜お母さんがメインのお話です。え?波乱しか思い浮かばない?いやいや、その通りですよ(笑)

詳しい話は、本編で!


久しぶりの帰省

 A級魔法師を次々と石化死体に変えていく連続殺人犯【U.N.Owen】。直接事件解決に向けてさまざまな調査を行っている警察、その裏で独自に調査を続ける十師族その他関係各所。そしてIMAのような外部の人間。多くの人間が、寝る間も惜しんでこの強大な敵に立ち向かうために情報を集めている。そこには多くの困難と苦労があるのだろう。しかし、これから起こりうる災難(トラブル)から身を守るには、情報収集(それ)は必要不可欠な事なのだ。

 だがーー。

 

「そこを退きなさい葉山。あなたに私を止める権利があって?」

「お言葉ですが真夜様、乱心の主を止めるのも、筆頭執事たる(わたくし)の仕事でございます」

 

 ……だが残念かな。日常のトラブルというモノは、強大な敵が来ているとか来ていないとかそういったものには関係なく起こってしまうモノなのだ。ちょうど今この時のように。

 

 冬夜が、美少女の幼馴染たちを一夜を共にして数日経った後の日。彼の元の住まいであった四葉邸は緊迫した空気に包まれていた。陰から水波を始めとする四葉関係者が見つめる中、対峙しているのは四葉家の現当主であり、冬夜の血縁上の母親である女性四葉真夜と、彼女に使える初老の男性執事、葉山。四葉家の第一位と第二位が真正面から向かい合う中、四葉家序列第四位の執事、青木は震えながら真夜の後ろに立っていた。

 俯いて、なるべく今自分が置かれている状況を見ないようにしている青山に、葉山は視線を向け静かに、けれど厳しい口調で問いただした。

 

「青木、四葉家内で私や貢殿に続く序列を持つあなたが、なぜ真夜様を止めようとなさらなかったのですかな?返答次第では、お前とてただではおきませんぞ?」

「は、葉山殿。わ、私は……」

「よしなさい葉山さん。青木さんは私の命令に従ったまで。彼に非はないわ」

 

 葉山の鋭い睨みに震え上がる青木だが、すぐさま真夜がフォローの言葉を挟む。ここが自分の人生の終期なんじゃないかと、半分死を覚悟し始めた青木は、本日最大の被害者だろう。

 

(こうなる前に遺書を書いておくべきだった……)

 

 なんかもう、憐れにしか思えない。

 

「葉山さん。そもそも私は、なぜあなたがそこで立ち塞がっているのかがわからないわ」

 

 そんな青山のことなど知らず、真夜は葉山に顔を向け毅然と言い放つ。

 自分のやろうとしていることに間違いはないのだと、彼女が確信している。故に彼女はここで止まる気はなかったし、諦める気もなかった。

 

「私のやろうとしていることは、世間一般でいうところの当たり前のこと。常識よ?それを咎められる謂われなんてないわ」

「そうでしょうな。しかし、真夜様はこの国の魔法師コミュニティ、十師族の一角である四葉家の現当主でございます。我々の間では世間一般の常識が通用しないことを、他ならぬ真夜様が一番ご存じのはずですが?」

「あら嫌だわ葉山さん。十師族といえどそれは人間がつくりあげたコミュニティ。基本的なルールとして一般常識があるのは当然のことではありませんか。そもそも、この世界で『非常識』なものは魔法と名詠式以外にはありませんわ」

「詭弁ですな。そのような理屈で、自身の行動が正当化されると本気でお思いで?」

「思っているわ。思っていないなら、私は行動しない」

 

 主と執事のにらみ合いは火花を散らし、緊迫した空気が一層張りつめる。物陰から伺っている水波(メイド)たちが息をのみ、すぐ傍に立つ青木が気絶しかけている中で、真夜は葉山に堂々と言い放った。

 

「私が冬夜と養子縁組を組み、堂々と自分の息子だと公表することのなにが間違っているのかしら。親子が親子であることを隠すことになんのメリットがあると言うのよ」

「公表することに問題があるから、こうして立ち塞がっているのです。真夜様」

 

 あまりにもバカバカしいーーしかし冬夜がいなくて寂しく乱心の真夜に言わせれば至極全うなことーーに葉山が文字通り体を張って止める。

 十師族序列第一位、四葉。妖怪屋敷と地元の人は揶揄するその屋敷でコミカルな(当人からすればシリアスな)争いが幕を開けた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「それで?オレに会えないから言って好き勝手に暴れ、オレが帰ってきたら今度は養子縁組を組むよう強要した挙げ句異空間に母さんは封じられてしまった、と」

「はい。簡潔にまとめるとそのようになります」

「聞いてて頭が痛くなってくるような話だなおい」

 

 数時間後。なんやかんや色々あった上で無事戦いは終結し、戦いを終わらせた立役者に水波が事の次第を説明していた。我が母ながらなにやってるんだ……と一人呆れる冬夜。用があったから実家に戻ってきてみれば、極東の魔王がバーサーカーとなって暴れていたため理由も分からないまま封印させられる始末。「これがあの四葉家の現当主で、オレの実母なのか……」と、息子に呆れられている暴走者(実母)は、現在冬夜の空間移動でのみ行き来が出来る異空間でいじけている。異空間でならいくら暴れても被害はないため、頭を冷やさせる意味も兼ねて冬夜は放っているのだ。

 

「あーとりあえず……。すみません葉山さん。母さんが暴走して迷惑をかけたみたいで。怪我とかしてないですか?」

「お気遣いありがとうございます。冬夜様がすぐに駆けつけて下さいましたので、かすり傷の一つもありません」

「それは良かった。青木さんもすみません。怖い思いをさせてしまったみたいで。今、反省させているんで、許してください」

「い、いえ『許す』だなんて言葉はそんな滅相もありません!臣下でありながら、私は真夜様に対し何も言うことが出来ませんでした。むしろ、許していただきたいのはこちらの方でございます」

「………じゃあ、お互い悪かったってことで、ここはどうでしょう?」

「はい!それで私は構いません」

「他の皆さんも申し訳ありません。二度と同じことをしないよう、よく言い聞かせるんで許してください」

 

 息子として、母親の失態を謝る冬夜。理由はなんであれ、自分よりも目上の存在にそんなペコペコされては臣下たちも困ってしまう。実害がほぼない以上、冬夜の謝罪で許さないといった人はいなかった。

 

「ありがとうございます。……さて、早速で悪いんだけどさ水波」

「はい。なんでしょうか?」

「母さんをもう少し放っておく間、紅茶でも貰えないかな?無性に恋しくてしかなかったんだ」

「ただ今お持ちいたします」

 

 冬夜にそう言われ、礼儀正しく頭を下げてお茶の準備に取りかかる水波。そのままどうしようか立ち尽くしていたが、側に立っていた葉山にイスを下げられ座るよう進められたので、冬夜はそれに従う。春先に当たり前になるはずだった景色が戻ってきた。

 

「………ふぅ。なんかやっと家に帰って来れたって感じがする。やっぱ水波の淹れてくれた紅茶を飲むと心が落ち着くな」

「お褒めの言葉、至極恐悦でございます」

「そんな畏まることないんだけどなぁ。まぁ良いや、スコーン貰うよ」

「どうぞ、お好きなだけ食べてください」

 

 久しぶりの水波の給仕に心から満足する冬夜。水波も久しぶりにお仕えするべき相手に紅茶を出せたことで、どこか嬉しそうな表情をしている。しかし、意外とグルメな冬夜の舌はスコーンの味に違いがあることを見抜いた。

 

「一つ聞きたいんだけどさ、このスコーンって水波の手作り?」

「いえ……HAR(ハル)で作ったものですが」

「ふぅん。やっぱりそうか……」

 

 ひょっとして口に合わなかったのだろうか。いつもなら作り上がってから紅茶を淹れるので、味に違いがあったのかもしれない。時間がなかったとはいえ、やはりHARで手を抜いたのはいけなかったようだ。

 

「いつもより美味しくないから、そうなんじゃないかと思ったよ」

「申し訳ありません!お口に合わないのでしたら、すぐお取り替えします」

「いや良いよ。時間もない事だし、そろそろ母さんを戻して本題に入りたいから。でも、次来るときは手作りが良いな」

「はい。ありがとうございます」

 

 水波の頭をポンポンと叩いて気にしていない事を伝える冬夜。久しぶりのスキンシップが嬉しかったのか、ニコニコ顔で水波はお辞儀をする。そのまま水波を壁際に下がらせた冬夜は、空間移動を使って真夜を異空間から解放した。

 

「………………」

「……少しは頭が冷えた?母さん」

「ええ。おかげさまでたっぷりと」

 

 元の世界に帰ってきて早々、拗ねた顔でそっぽ向いてしまう真夜。いきなり冬夜が家に帰ってきた挙げ句一番最初に真夜にしたことが異空間に放り出すことだったため、かなりへそを曲げているらしい。葉山が引いてくれたイスにどっかりと座り込み、「私、怒ってます!」というアピールをする。そんな母親に冬夜は困った顔をして紅茶を啜った。

 

「機嫌直してくれよ母さん。母さんに悪気があった訳じゃないのはわかったからさ」

「いいのよ。寂しいと実家に帰るよりも幼馴染の家に泊まってしまうぐらいですもの。別に良いのよ私なんて」

 

 どうやら、今までの行動は全て真夜に筒抜けらしい。その上で拗ねているようだ。『年頃の乙女か』と突っ込みたくなる気持ちを抑えて、冬夜は真夜の機嫌を変えるよう説得を続ける。

 

「そんなこと言わないでくれよ母さん。オレだって本当は母さんと養子縁組したいんだから。そうすればこんなコソ泥みたいな真似しないで堂々と家に帰ってこられるし、オレとしてはそっちの方が良いんだから」

「けど、IMAやCILの人の事を考えるとそうもいかない。だから養子縁組を組めないって言うんでしょう?分かっているわよそんなの」

「なら、理解してくれ母さん。どんなにオレが言い訳しようとも、『黒崎冬夜がIMAの社長だ』っていうレッテルは剥がれないんだ。オレが下手をやると多くに人が路頭に迷う羽目になる。その責任がオレにはある。だから……」

「はぁ……そんな必死にならなくてもいいわよ。あなたに悪気があって養子にならない(そういう事)を言っているんじゃないって分かってるんだから」

 

 真夜が微笑を浮かべて機嫌を直したのを見て、使用人一同ホッと安堵の表情を浮かべる。これでまた、しばらくは暴走することは(多分)ないだろう。「流石ですなぁ冬夜様」と、体を張って真夜を止めた葉山は冬夜の力に感服する。恐るべし息子パワー。

 

「ありがとう。………ずっと連絡しなくてごめんなさい」

「それ以上は言わないで。私もちょっとあなたを困らせたかっただけですから」

 

 親子で謝り通してお互いに微笑を浮かべる。はやり何というか、目の前の相手がいるとそれだけで心が安らいでいくような気分になれる。過ごした時間はまだ短いけれど、そうした気持ちになれるのはやはりこの二人が親子だからなのか。詳しい事は分からないが、そのまましばらく二人は無言で紅茶とスコーンの味を楽しんだ。

 

(あぁ、ブランシュなんて組織。適当に見逃さないでとっとと潰しておけば良かったわ。そうすれば、冬夜と毎日こうしていられたのに)

 

 親バカが暴君に化ける片鱗を見た気がするが、きっと気のせいである。

 

「さて、そろそろ本題に入ろっか」

 

 紅茶のカップをソーサーに置いて、冬夜がそう切り出した。その場にいた使用人たちは全員固唾を呑んで二人を見守る。

 

「母さん。実は今日、こうして危険を冒してこの家に帰ったのには、母さんに頼みたいことがあるんだ」

「そうなの。私に出来ることだと良いんだけど、なにをして欲しいのかしら?」

「うん。じゃあまずはーー名詠生物討伐組織I()M()A()()()()として十師族()()()()()()()にそのお力をお貸しお願いしたい」

 

 襟を正して話し始めた冬夜の言葉に、真夜は静かに四葉家当主としての顔に変わっていった。

 

「あら。世界中に影響力を持つIMAの社長様は私に何をしてほしいのかしら?」

「簡単な話ですーー我々では調べられないことを調査し、その調査結果を教えていただきたい」

「あら。並大抵のことならあなた方でも調べられるのではなくて?」

「いえ。今回我々が知りたいのはこの国がその存在を抹消したある人物についてですので、部外者である我々では出来ることに限りがあるのです」

「ふぅん?誰の情報が知りたいのかしら?」

「【四条(しじょう)(とおる)】」

 

その名をはっきりと冬夜が口にすると、二人の会話を見守っていた葉山が表情を変えた。真夜もまた、目つきが鋭くなり、射貫くように冬夜の顔を見つめる。

 

「【四条(しじょう)(とおる)】に関するデータが欲しい。……はっきりこう言えば、私があなたになにを調べて欲しいか分かりますよね?」

「……先に聞いておくけど、その調査を引き受けた場合の我々のメリットについて、話して下さる?」

「【連続殺人犯U.N.Owenの正体が分かる】……とだけ言っておきます。あなた方十師族もかの殺人犯には手を焼いているのでしょう?隠さなくても、既に裏付けは取ってあります」

 

 真夜が不機嫌な表情を隠さず冬夜を睨み付け、冬夜も真っ正面からその視線に対抗する。先程のアットホームな雰囲気から一転、地鳴りでも聞こえてきそうなピリピリした空気が二人を中心に起こる。仲の良い親子でも、立場と守るべきものが違えばこうして対立するのだ。ーーある意味頂上決戦の様相を見せる二人だが、決戦の火蓋を切られることはなかった。

 冬夜がなにを調査して欲しいのか心当たりのある真夜だったが、違って欲しいと願いつつその心当たりが当たっているかどうか確かめた。

 

「冬夜、まさかあなたーー【転生】の実験について調べてほしいなんて言うんじゃないでしょうね」

「その、『まさか』です」

 

【転生】。

 それは魔法師の魔法演算領域が精神内部にあると発表された後、魔法師開発第四研究所で行われていた史上最悪の実験の一つだ。魔法師による国防が当たり前になった今現在においても、あまりにも非現実的すぎるその実験内容から世界中のどの国でも研究されていない魔法実験。

 そして同時に、真夜の目の前にいる夜色名詠士が過去に受けた実験の名前。

 

 【死んだ人間を生き返らせる】ーーそんなバカげた目標を掲げて行われた悪魔の実験。

 

 そもそも第四研究所の研究テーマは【精神干渉魔法を利用した精神改造による魔法能力の付与・向上】だ。人間の生死を操作する魔法など研究の対象外も良いところ。なのになぜこのような実験が行われたのか?

 

 理由は二つある。

 

 一つは、第四研の研究テーマが他の研究所のものと比べて難しいものだったこと。精神改造による魔法能力の付与や強化を掲げる第四研だが、そもそも精神改造自体そう簡単にできるものではない。下手を打てば精神が崩壊して廃人・狂人になる可能性のある精神操作など、それこそ禁忌の系統外魔法である【精神構造干渉魔法】を持つ司波(旧姓:四葉)深夜でなければ容易に行えるものではなかった。つまりはめぼしい研究成果がなかなか出てこなかったのだ。

 

 もう一つは、ある研究者の存在。

 そもそもこの転生の実験は、第四研に所属していたある科学者の発言によるところが大きい。その科学者はCADの中枢に使われる人工ニューロンをUSNAで開発した日本人科学者の一人であり、まさしく現代魔法を作り上げた男だった。そんな科学者がこの実験を始める前に研究者に問うた一言が始まりだった。

 

 ーー『赤外線や紫外線など、目に見えないが確かに存在する代物があって、なぜ霊魂の存在を否定する?』

 

 肉体を精神の器とするならば、老いて使い物にならなくなった肉体()から精神を抜きだし、それを新しい肉体()に変えてやることができれば、理論上人は永遠に生きられる。そうすれば力ある魔法師はいつまでも死ぬことはなく戦力を維持できる。臓器移植から発想を得たこの実験。肉体的な問題はクローン技術を使えば問題はない。問題なのは霊魂の存在や、受け入れる肉体と移植する精神が上手く適合するかしないか、そんな精神関連の問題だった。

 

 そのある科学者が強く発言し、戦時中大亜連合からの侵攻に対する対抗策を欲していた過去の日本政府はその実験にGOサインを出した。少し冷静に考えればマトモな内容じゃないその実験を行った結果、第四研究所は通称『死の研究所』と呼ばれるほどの死者を出す結果になり、その科学者は表向き存在そのものを国から抹消させられた。

 そんな忌まわしき実験について調べてほしいとは、どういった理由だろうか。

 

「この間レームが電話して来たときに言ったんです。『この連続殺人。ボスのような能力者なら犯行は可能だよな』と」

「そうね。確かに障害物などまるで意に介さないあなたの『空間移動』があれば、この犯行は可能でしょう。ですが、あなたがU.N.Owenではないのでしょう?」

「もちろん。オレが一連の殺人事件に真犯人ではありません。

 ですが真夜さんもご存じでしょう?()()()()()()()()()()()()()()。特に魔法師個人に宿った固有魔法は世代を追う事に変化しながら受け継がれていく。

 かつて、『死神』と呼ばれ、高い精神干渉能力を有していた先々代四葉家当主の才能を、あなたの姉が受け継いでいったようにね」

 

 加速振動系魔法を特異としている雫の才能が、同系統の魔法を得意としていた雫の母親から受け継いだものであるように、十師族の七草家や四葉家に血を連ねる魔法師を除いた大半の魔法師たちは、その魔法の才能を血の繋がった親からそのまま引き継いでいる事が多い。また、達也の『分解』と『再成』、深雪の『コキュートス』、冬夜の『空間移動』のような生来の魔法演算領域に宿った固有魔法は、親の持っていた固有魔法が変化してものである事が多い。ーー魔法・非魔法問わず、物質の構造に干渉できる達也の固有魔法『分解』と『再成』が、達也と深雪の母(冬夜の叔母)である司波深夜の『精神構造干渉魔法』が変化した魔法である。と言えば分かりやすいだろうか。もちろん四葉の分家にあたる、黒羽家の長兄が宿した『ダイレクト・ペイン』もまた、遡れば冬夜たちの曾祖父にあたる人物から受け継いでいった固有魔法が世代を追う事に変化したものだと考える事が出来る。

 冬夜の『空間移動』もまた同じ事が言える。ただし彼の固有魔法は、母方の血筋(四葉家)から発現したものではなく、父親の固有魔法から変化したものを発現したものなのだ。

 

 冬夜が今回の連続殺人におけるある推察を真夜に伝えると、真夜の頬に一筋の汗が流れ落ちた。正直に言えば、真夜は冬夜の推理を信じたくはなかった。だが、もしも目の前の息子の言うとおりならば、今回の殺人がいかようにして行われたかが説明が付く。

 

「……まさか、この一連に事件にあの男が絡んでいるというのかしら? だとしたらこの事件、相当厄介なことになるわよ」

「そうでないことを祈りたいけど、その線が濃厚なんです」

 

 冬夜は真夜の前で忌々しい顔を浮かべ吐き捨てるようにその名を言った。

 

「【四条(しじょう)(とおる)】。既に没落した【四宮(しのみや)】、そしてこの【四葉(よつば)】と並ぶ【四条(しじょう)】の最後の一人であり、またかつてはここ第四研の研究者であったあの男がーーオレの()()であるあの男がな……」

 

 ◆◆◆◆◆

 

「じゃあ、そういうわけだから調査の件は頼んだよ」

「任せなさい。元第四研究所の因縁ですもの。私が調べるほかないわよね……」

「真夜様、お気を確かに」

 

 その後、言葉を尽くして真夜と葉山を説得した冬夜はホッと一息ついた。とりあえず一番大事な用件は何とかなった。後は個人的な用件を聞き入れてくれるかどうかだ。

 

「それともう一つ……息子としてお願いしたいことがあるんだけど、良い?」

「……非常に厄介で面倒な事を持ち込んでくれた後ですもの。ついでに引き受けてあげるから、なんでも言ってみなさい」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 一対一で向かい合う親子。その息子はこの家にいるといつも自分の世話をしてくれる少女の方を一度向いてから、母親の顔を見た。

 

「今オレが住んでるマンションの部屋に、水波を連れて行っても良いかな?」

『…………………』

 

 その一言で、空気が凍った。名指しで『お持ち帰り』を宣言された水波は面食らって固まっており、四葉家の使用人たちは「え?まさかの同棲宣言?」とぽかーんと思考停止している。しかし、四葉家序列二位~四位の執事たちは、胃がキリキリと痛み出すのを感じ、そーっと当主の方を向く。水波同じく面食らっていた真夜は、ほんの少しぽかんとした後、にっこりとアルカティックスマイルを浮かべて一言。

 

「冬夜?それはどういう意味かしら?場合によってはお母さん、堪忍袋の緒が切れちゃうぞ☆」

 

『四十過ぎているのに語尾に☆を付けるのは止めてくれ』というツッコミも出てこないほど綺麗な笑顔。怖い。正直に言って怖すぎる。恐怖で青木がガタガタと小刻みに震え始め、冬夜の思わせ振りが過ぎるに女癖に葉山は頭痛を覚える。しかし、当の冬夜は気付いていないのか「いやぁ」と右手を後頭部に当てながら理由を話す。

 

「マンションで一人暮らしを始めたは良いものの、ひとりぼっちが予想以上に辛くてさ。水波が一緒に住んでくれたらなぁ。って思ったんだ」

「へぇ。そうなの」

 

 理由を聞いた真夜は表面上納得した振りをして、ニコニコ笑ったまま顔を上げる。ーーそのまま、冬夜の側で控えていた水波に目を合わせる。

 

「水波ちゃん。なにかーー言うことはあるかしら?」

 

「言い残すことはあるかしら?」という副音声が聞こえる真夜の質問。返答次第ではそのまま殺されかねない事態に陥った水波に、使用人一同は視線を集める。冬夜との同居にはまず目の前の魔王を納得させなければならないと理解した水波は、少し間を置いて考えた後、決意の籠もった眼差しで雇い主にはっきりと自分の気持ちを言った。

 

「真夜様」

「なに?」

「真夜様のご命令ならばこの水波。精一杯冬夜様のお世話をさせていただきます」

 

そう言い恭しく頭を下げる水波。「付いていきたいけど真夜の判断次第」という立場をわきまえた発言。聞こえようによっては図々しいと聞こえなくもないが、彼女の雇い主は冬夜ではなく真夜なので、彼女の許可を取らなければいけない。冬夜もそれが分かっているため真夜に許可を求めてきたのだ。

 しかし、「じゃあ行ってらっしゃい」などと真夜は言えない。言いたくない。息子を侍女に奪われるという大正マンガにありそうな展開など彼女は絶対に認めない。駆け落ち、心中などもっての他だ。なので真夜は、逆に冬夜に質問した。

 

「冬夜?一人が寂しいんだったら幼馴染みや友達の家に泊まればいいじゃない。別に水波ちゃんがいなくても何とかなるでしょう?」

「交流会の事で色々と駆け回っているから友達の家に泊まるわけにはいかないし、ほのかは一人暮らしで止めてもらうわけにはいかないし、雫は……拒否されたから」

 

 例の勘違いのせいで拒否された想い人の家への宿泊。話しかけようにもにげられるため、電話をしたのだが、なぜか余所余所しく相手された挙げ句拒否されてしまった。想い人に冷たい態度をとられ一気に孤独感に耐えきれなくなった冬夜は最終手段に出たのだ。

 

「この家に帰るわけにも行かないしさ。どうしようもないんだ……。このままだとオレ寂しくて死んじまう。水波の学校へはオレが空間移動で送るし、勉強だって見てあげるから。お願い!」

 

 手を合わせ、先ほどの一件以上に必死に願う冬夜。愛する息子の願い。叶えてやりたいのはやまやまだが、同棲を認めるわけにはいかない。

 ならどうするべきか。頭を悩ませた真夜は『!』と閃いて一つの結論に達した。

 

「………そう。まぁあなたも忙しくしているみたいだし、仕方ないから特別に認めてあげるわ」

「真夜様!」

「ただし。一つだけ条件があるわ」

 

 声を荒げた青木の叫びを遮って、真夜は条件付きの許しを出す。冬夜が「なに、その条件って?」と聞いてみると、彼女は清々しい綺麗な笑顔を浮かべてーー

 

「その家に私も一緒に住むわ。これが条件よ」

 

四葉の面目を保つために、執事たちの闘争はまだ続く。 




ちなみに真夜お母さん、息子との同棲は無理でした。それもそうですよね。だって立場がありますし……

真夜「まだよ……まだ方法はあるわ……」

え、あれ?なんで真夜さんここにいるの?冬夜に倒されたはずじゃ

真夜「ここであなた(作者)を倒して物語を書き換えれば……!」

うわちょっなにするやm


注:作者が【流星群】で重症をおったので次週は休みます。

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