魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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はい。というわけで再び交流会本編に突入しました。やー。ストックがない(T_T)ヤバイですね。

頑張って書かないと……。

それでは本編をどうぞ!


交流会初日~白と緑~

「うーん。どの色が良いのか分かんないよぉ!」

 

 それは、交流会開催の二週間程前。

 食堂でお昼ご飯を食べているときにエリカがあげた悲鳴だった。

 

「エリカちゃんどうしたんですか?急に大声をあげたりして」

「………エリカ、もしかしてあなた、交流会で何の色にするのか迷っているのかしら?」

「そーなのよ深雪。赤、青、黄、緑、白……どれか一色を選んで今日中に提出しろって言われてもなぁ……」

「まだ出してなかったのか」

「うん。私はどの色でも良いや、って思っているから、こんなギリギリまで悩んじゃってるの」

 

 はぁ……。とエリカは携帯端末を前にして深々とため息をつく。端末の画面に表示されているのは、学校側から配布された『交流会で学習を希望する名詠色』のアンケート。中学生の時に名詠式を習ったことのある生徒の大半はその時選んだ色と同じ色を選択する傾向のあるこのアンケートなのだが、中学の時に名詠式を習わなかったエリカはどうしたものかと頭を抱え唸っていた。

 

「みんなもう希望だしたんだよね?みんなはどの色を選んだの?」

「私は青色よ。ここで一からやり直すより良いと思って」

「私は白です。深雪さんと同じように、中学の時に習ったのがそれだったので」

「あれ、柴田も白なのか。オレも同じだ。といっても選んだ理由は、白の名詠生物は回復能力を持っているやつが多いから、将来事故現場に向かった時に役立つとおもってだけどな」

「オレは緑だ。最初は深雪と同じ色を選んだが、人数の関係上移ることになった」

「達也さん緑なんですか!私も緑です!」

「ちなみに私は赤。理由は一番簡単そうだから」

「オレは教師だから何もないなぁ。強いて言うなら夜色になるのかな?」

「ドヤ顔で言うなそこ。腹立つから」

「達也、本当に思うんだけど、お前オレに対してだけ口が悪くないか?」

「気のせいだろ」

 

 エリカの問いに各々が選んだ名詠色を言う。この場にいるメンバーと一緒に学ぶのであるならば、黄色名詠以外全てが対象になるのだが、話を聞いた後でもエリカは悩んでいた。友人の多い彼女のことなので、きっと他の友人のことも考慮して選ぼうとしているんだろう。

 

「うーん……夜色って書くのはやっぱりダメ?」

「それ書いたら人数の少ない色に自動的に移るからな?多分緑か黄色になる」

 

 事実、幾人かの生徒は『黒崎先生に夜色名詠を教わりたいです!』と生徒会に直談判してきたが、問答無用で却下した。

 

「そんなに悩む必要はないぞエリカ。一番大事なのは、本人のフィーリングだ」

「うん。それはそうなんだけど、本当に私はどの色でも良くてさ。でも折角やるんだったらちゃんと選びたいなぁって思うんだ。……なんかこう、各色のイメージみたいなのが分かれば良いんだけどなぁ」

「基本五色のイメージか?それなら、少し難しめだがあるぞ?確かーー

 

【赤色】ーー象徴するものは【炎】と【血】。炎は希望、血は誓いをそれぞれ表す。過去の咎めを炎が焼き、新たな結びを血が拓く。

  時として出会い、時として別れる。 ゆえに──『至上の願いは灼熱の誓血でもたらされることとなる』

 

【青色】ーー象徴するものは【海】。そこから派生して【水】とも言える。水は世界を巡り生命を育み、世界は生命に満ちていく。 生命は野を駆け空を渡り種を遺し、そして最後に海へと還る。

 だからこそ──『生命はその身体の内に海を含む』

 

【黄色】ーー象徴するものは【黄金】。これは金塊というより『光輝ける物、高貴な物』という意味の金。

 黄は輝けるもの。光と友成し玉座を彩るべきもの。 転じ──『黄は力の証となる』。

 

【緑色】ーー象徴するものは【森】。誰も立ち入る事なき樹海の奥深く、そこには未だ知られざる神秘があるという。

 草は吹き、花は踊り、木々はざわめく。その森には全てがあり、来る者の全てを受け入れる。 転じーー『その神秘を授かった者が世界の王となる』。

 

【白色】ーー象徴するものは【光】。光の三原色を融和させた時、そこには白が生まれる。純白は穢れを拒み、弱き者を守る。 ゆえに最も傷つきやすい色。しかし──だからこそ、『その担い手は最も気高い』。

 

 ーーだったな。名詠学校のテキストに書かれているものをそのまま言ってみたけど、なんか感じられたか?」

「へぇ。そういうのあったんだ」

「まぁ、オレから言わせるとこじつけに過ぎないような気がしてならないものだけど……各名詠色の全体的なイメージは、だいたいそんな感じだよ」

 

 ちなみに夜色にはそういったものは存在しない。歌い手が冬夜しかいないため、夜色名詠式のイメージも冬夜にしか分からないからだ。

 基本五色のイメージを聞いた後でもエリカはどうしようかと悩んでいたが、ついに決まったのか、端末を操作してアンケートを提出した。散々頭を悩ませされていたものから解放されたためか、腕を伸ばして清々しい顔をする。

 

「ん~。やっと解放されたー!」

「エリカちゃん、結局何の色を選んだんですか?」

「黄色にしたよ。人数的に無理そうな赤と青色以外の残った三色だと、黄色が一番合ってるかなって思ったから」

「そうですか」

「ま、確かにお前には神秘を授かるようにも、気高いようにも見えねぇしな。黄色はお似合いなんじゃねぇの?」

「失礼ね。本人の印象に最も似合わない色を選んだ野性動物は黙ってなさい」

「なにおう!?」

 

 そこからはいつも通りの風景が繰り広げられる。かくして、一高メンバーもそれぞれ名詠色を選び、エルファンド校の第一体育館で開催式が行われた後に各自が選んだ色ごとに別れることになった。

 

 今回の話は、それぞれの色で、各メンバーが交わした会話の内容を纏めたものである。

 

 ◆◆◆◆◆

 

【白色名詠】ーー『普段見慣れない二人組』

 

 さて、各メンバーがそれぞれの理由で選んだ名詠式。ここ白色名詠の会場を選んだのはこの二人だった。

 

「…………なんか、すっげぇ浮いている感じがするぜ」

「ここはほとんど女の子しかいませんから、仕方ないですよ」

 

 九割以上が女子のこの会場で人一倍存在感を放つ男子、西城レオンハルトがおっとり眼鏡っ子女子、柴田美月に慰められていた。現在レオは白色名詠の会場に来た多数の女子生徒からの視線に晒されて困った顔をしている。針のむしろってこういうことを言うんだな。と、レオはそんな事を考えていた。

 

「つーか……なんかみんなオレのこと見て(うわさ)してねぇか?単なる自意識過剰かコレ?」

「みんな気になってるんですよ。西城くん優しいから、女の子の間では結構話題になってたりするんですよ?最近話題になってる男の子がいれば、自然と女の子は気になっちゃうものなんです」

「え?嘘だろソレ」

「本当ですよ?普段黒崎くんや達也さんのラブラブっぷりを見せつけられているから、そんな風に感じないんでしょうけど」

 

 普段こうして直接話す機会が少ないためか、こうして話すことに新鮮さを感じながら二人は授業開始までの時間を過ごす。『実はレオは意外と人気』何て話は、ここにエリカがいればいつも通り口論する展開になる話題だが、彼女は今ここにはいないし、事実なのだからしょうがない。

 レオはいつもなにかと話題になる達也と冬夜の友人なだけあって、最初から女子からの注目は高かった。野性味たっぷり印象を受けるレオは顔が整っている方ではあるし(達也と冬夜に比べたら平凡なのだが)、理知的な印象を受ける達也と対照的に見れるため活動的な男子が好きな女子からは『気になる異性』として名前が挙げられる存在だ。

 また、達也と冬夜は手を出そうとすれば学年トップツーから凍傷か火傷のどちらかを負う羽目になるため、あのメンバーの中で唯一手が出せる男の子、としても知られている。

 美月も何度か、美術部の先輩からレオについて聞かれたことがあるため間違いない。

 

「………ま、だとしてもこの針のむしろはどうにかしてほしいぜ。正直居心地が悪い」

「それは我慢するしかないと思いますよ。この白色名詠の会場にいる何人かは、医療系の進路を考えている人ですから。男の子の方も何人か来ているみたいですけど……」

「白色名詠で一番有名な名詠生物が、男には名詠出来ないんだもんなぁ。一角獣(ユニコーン)に憧れる連中は結構居たのに」

 

 今話題に出た名詠生物。白色第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物、一角獣(ユニコーン)は、名詠出来る人物が少ないことで知られる稀少な名詠生物だ。

 数々の伝承に出てくるように高い治癒能力を持ち、その(たてがみ)や角からは万病に効く薬が出来ると言われている白色名詠の真精。製薬しなくても傷口を舐めたりその血を振りかけるだけで軽度の傷なら完治できてしまうため、医療現場では最も重宝され、数多くの金持ちから一角獣から出来た万能薬を求められている伝説の聖獣。その厳しい適格者条件から名詠出来る人はほんの数人しかいないため、不死鳥(フェニックス)と同じく多くの名詠士が憧れる真精である。

 一角獣(ユニコーン)を呼び出せる名詠士は世界中で十人もいない。なぜなら一角獣を呼び出すために名詠士に求められる適格者条件ーー喚び出す名詠士の『資質』と言い換えるべきかもしれないーーが、【穢れなき無垢な乙女】だからだ。

 ………分かりやすく言うと、【純真無垢な心を持った女の子】でなければならないということだ。まぁ男でも、穢れのない心を持ったオカマなら名詠出来るかもしれないが……レオの女装姿なんて罰ゲームでしないため、素直に諦めるべきだろう。

 

「『聖獣を語る好色(エロ)生物』って冬夜は言ってたけど、アイツ一角獣(ユニコーン)に嫌な思い出でもあるのかな」

「さぁ……」

 

 一角獣(ユニコーン)は何よりも不純を嫌う名詠生物としても知られていることでも有名だ。賢明な読者諸君には、これまで話で明かされた冬夜の女性関係を鑑みればすぐに察することが出来るだろう。

 

「私も一度は見てみたいと思っているんですけど、世界で十人もいませんしね」

「柴田だったら実際に呼び出せそうな気はするけどな。オレは」

「そうですか?私はそう思いません……」

「自信持てよ。少なくとも司波さんより可能性はあるって」

「西城くん、すごいこと言いますね……」

 

 達也には聞かせられないが、不純な兄妹愛を持つ学年首席には無理そうな気がする。……もしかしたら純粋な愛情だから平気なのかもしれないが、そこら辺は分からないのでどうしようもない。

 

「今の言葉、達也さんが聞いていたらとんでもないことになってましたよ?」

「あー。頼むから達也には言わないでくれ。オレはまだ死にたくねぇ」

「安心してください。私、これでも口は固い方ですから」

 

 と美月が微笑んだところで会場に授業開始を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。もうそんな時間か。とレオは気を引き締めて前の方を向いた。事前に配布されたしおりによれば、このチャイムの音が鳴るまでに彼らを指導してくれる教師役の生徒がやって来て授業を始めるはずなのだ。エルファンド校でも優秀な成績を持つ生徒会メンバーが来るらしい。

 

(達也みたいな奴が()んのかな?)

 

 脳内でどんな生徒が来るのかを想像しながらレオは待つ。身近に多数の優秀な生徒がいるためか、なんとなく『真面目でしっかり者』というイメージが彼の中で出来上がっていた。達也にしろ冬夜にしろ深雪にしろ、根っこの部分は皆同じなのでそのように考えるのは必然だろう。

 しかし、現実というのはいつも残酷なものなのである。

 

「ふにゅぅ……帰って寝たい……」

(や、やる気ゼロ!?)

 

 扉から入ってきたのは見るからにやる気のない一人の女生徒。どうやら彼女が、自分たちの指導をしてくれる教師らしい。地雷臭がするのはきっとレオの気のせいではないだろう。

 うつらうつらと船を漕いでいる木下椎(教師)を見つめる一高メンバー。これからどうすれば良いのだろうかと隣と相談し始める生徒が出てきたところで、彼女は一言。

 

「ん~……。それじゃあ授業を、始めまぁす」

(ふ、不安しかしねぇ!)

 

 波乱の交流会授業、スタート。

 

 ◆◆◆◆◆

 

【緑色名詠】ーー『進め!恋愛少女!』

 

「………ん?」

「どうしたんですか、達也さん?」

「いや、今誰かが深雪の悪口を言ったような気がしたんだが……気のせいか」

 

 緑色名詠の会場でふと【虫の知らせ】がやって来た達也は、天井に向けた視線を前に戻した。なんの根拠もない直感が働いた結果の行動だったのだが、どうしてだろうか。外れている気がしない。恐るべきシスコン男の直感は、友人がポロッとこぼしてしまった最愛の妹の悪口を感じ取ったらしいが、幸いなことに発言者までは分からなかったらしい。『妹のこととなればコイツに不可能はないのか!?』と思わなくないが、『それが【司波達也】という男だ』と説明すればすべて納得できる。世の中には理屈で語れないことがたくさんあるのだ。

 

 そんな達也のすぐ隣。『どうしたんだろう?』と首を傾げているほのかは、心の中で舞い上がっていた。

 

(ほ、本当に達也さんと一緒になっちゃった!)

 

 想い人と一緒になれただけでこの舞い上がりようである。今のほのかの気持ちを絵で表現するならば、五人のミニマムほのか(二頭身サイズ)が花畑の中で輪を作って踊っているようすが描けるだろう。そんな脳内お花畑状態のほのかは、今一度自分の置かれた状況を確認する。

 

(深雪もここにはいないし、これはチャンスだよね!?)

 

 そう。そうなのである。いつもは達也の隣にいてほのかの恋路の障害になっている深雪が今は達也のそばにいないのだ。いつもだったならば、こんな達也の近くにいれば、たちまち深雪が近付いてきて牽制してくるのだが、今はその牽制すらない。「こんなに近くにいて良いの!?」と、ふとした拍子で手と手が触れてしまいそうな至近距離にいるほのかは、今の状況にドキドキと心臓の鼓動を速めていた。

 

(冬夜くんありがとう!私頑張ってみるよ!)

 

 心のなかで色々と手を回してくれた幼馴染に合掌するほのか。いつもは雫のことで頭を悩ませる問題児だとしても、こういうときくらいはちゃんと感謝する。古い校舎の天井に、とても綺麗な笑顔とサムズアップをした腹黒名詠士の姿が浮かんでいた。きっと今のこの状況は、普段すれ違うバカップルたちに悩まされている自分へ神様がくれたご褒美なのだろう。そう解釈したほのかは、隣にたって前を見る達也の顔を見る。やはり、何度見てもカッコいい。本人は『そこそこの顔』という評価を下しているがほのかにとっては達也の顔は『かなりイケてる顔』に思える。

 

 ………一応念のため、客観的な達也の顔の評価を述べると『平均よりまぁ良い』なのだが、恋する乙女にはそんなこと関係なかった。

 

(ここでどれだけ意識してもらえるかで今後が変わるって雫も言ってたし、だ、大胆にいかなくちゃ……!)

 

 この間深夜に開かれた『恋する乙女の作戦会議Part30』で雫から指摘されたことをほのかは思い返す。「ほのかには私にはない大きな武器があるんだから、それを有効活用しない手はない」と、妬ましそうな目を持って言われた己の武器。恋においてまず重要なのは、いかに相手に自分のことを意識させるか。まずはそこからである。

 

「達也さん、やっぱり深雪のことが心配なんですか?」

「まぁな。中学の時にも散々出来なくてついには諦めたらぐらいだ。会場の隅っこでいじけてなければ良いんだが」

「深雪のことですから、そんなことになるとは思えないんですけど……」

「いや、中学の頃はよく体育館の隅っこに体育座りをしていたよ。みんなが使った触媒(カタリスト)のおりがみを使って千羽鶴を折っていたなぁ」

(イメージ出来ない………!)

 

 達也の口から語られる衝撃の事実にほのかは頬をひきつらせた。あの、学校ではいつもニコニコして淑女で通っている憧れの深雪が、そんな子供じみた真似をーー高校生も子供なのだがーーするとは思えなかったからだ。ほのかの中で、深雪に対するなにかがガラガラと崩れた音がする。達也と話をするために振った話題なのだが、『聞いちゃいけなかったかな……』と罪悪感を抱いてしまった。

 

「お、折りきったんですか?千羽鶴」

「いや、四分の一折るのが精一杯だったと記憶している」

(あ、二百五十羽は折ったんだ……)

 

 人間成せばなるものです。と深雪は二百五十羽鶴を見て、胸を張って言っていた。もちろん、授業内容の趣旨から大きく外れているのは間違いない。

 

「………さて、そろそろ授業が始まるみたいだ。前を向いていた方が良いぞ」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

『達也さんに声をかけられた!』と、些末な出来事でもほのかは小躍りしてしまいそうな気分になる。一方の達也は『エルファンド校の生徒が指導してくれるのか……いったいどんな人が来るんだろうな』とほのかの事など全然考えていない。ほのかの恋路の行く末はまだまだ長そうである

 

「………そう言えば、光井さんは平気なのか?」

「ふぇ?あ、えっと何がですか?」

「あぁいや。緑色名詠は虫が多く名詠されるだろ?光井さんはそういうの平気なのか?」

「あ……」

 

 不意に達也から声を掛けられほのかは動揺してしまう。そう。緑色名詠式はそのイメージが【森】なだけあって、蜘蛛やムカデといった虫の名詠生物も多い。第一音階名詠ではワイバーンというとても格好いいドラゴンの名詠生物がいるのだが、第四音階名詠では足の多い動物が名詠されるため男子からは好かれても女子からは忌避されがちな色なのだ。達也には、ほのかそういった昆虫が平気なようには思えなかった。

 とはいえ、そんなことはほのかも知っている。もちろん彼女も虫にはなるべく触りたくないのだが。

 

「さすがに蜘蛛とか足の多い虫はダメですけど……トカゲとか亀とかなら大丈夫です」

「そうか」

 

 もちろんほのかもその例に漏れず、今でも蜘蛛など虫はは生理的に無理なのだが、それ以外の動物はある程度平気になったのである。再び「達也に心配してもらった」と、小さな事ではしゃいでしまいたくなる気持ちを抑えて、ほのかは静かに授業の開始を待った。

 

(この時間がこのままずっと続けばいいのに……)

 

 ふと、今のこの状況に対しそんな事を考えてしまう。しかしすぐさま彼女は首を振ってその言葉を否定した。このままでは今のこの状況に妥協して関係に変化をもたらすことが出来なくなってしまう。それは自分への甘えだ。こんなもので満足してはダメだ!と己に渇を入れ直す。その様子を隣の達也が『ずいぶんと気合いを入れているな……』と見ている事に、幸いにもほのかは気付かなかった。

 

「国立魔法大学付属第一高校のみなさんこんにちわ。私はこの教室でみなさんに緑色名詠を教えるエルファンド生徒会長の桜森林檎です。よろしくお願いします」

 

 ほのかが自分に渇を入れている内に林檎がやってきて授業が始まってしまう。ぶつぶつと小声で唱えていたほのかは、達也から肘で突かれてやっと授業が始まったことに気付く。慌てて前を向いた彼女は、達也と二人で真剣な顔で林檎の顔を見始めた。

 

「ーーまず最初はみなさんがどの程度の名詠が出来るのかを見させてもらいます。……じゃあそこの君。この折り紙でなにか名詠してくれないかな?」

「はい」

 

 いきなり林檎から指名され緑の折り紙を手渡された達也は一歩前に出て目を閉じる。まさか当たるとは思わなかったが、当てられた以上はやるしかない。名詠式は脳裏に思い浮かべたイメージを呼び出す古式魔法だ。そのため、頭の中で思い浮かべるイメージがはっきりしてないと名詠は失敗してしまう。達也は今、自分が名詠出来ると思う範囲内でのイメージを目を閉じてしっかり形成していく。ほのかを含めた周囲が固唾を呑んで見守る中、少し時間が経ってから達也は讃来歌(オラトリオ)を歌い始めた。

 

「【jes fari qusi(深淵の森にこそ)ele sm ped raswel(知識は宿る)

    YeR be orator Lom nehhe(あなたの名前を讃えます)

    lor besti(眩しく、)pede rass(小さく、)ende geti-l-memorie(愛おしい)

    jes co O vefa Yem(その芽生え、わたしを覆い), O bloo-c-ecta(わたしと共に咲き踊れ)

    Isa da boema foton doremren(さあ 生まれ落ちた子よ)

    ife I she cooka Loo zo via(世界があなたを望むのならば)

    O evo Lears(あなたは貴方となれ) ―― Lor besti via-c-bloo = ende wue(生まれ咲いて慕う者)】」

 

 

 そうして達也の手のひらから名詠されたのは、小さな光だった。豆電球にも劣るずいぶんと小さな光だが、名詠式を学んだのは中学二年の頃なので、一年以上やってないことを考えれば上出来か。と達也は考えた。

 

「はい、ありがとう。中学の時に習っただけにしては上出来です。じゃあ次はそこの男の子。ちょっとやってみて」

「はい!」

 

  無事名詠を終えたことに一安心した達也は、後ろにさがって次に呼ばれた生徒の事を見る。見たところ校章(エンブレム)のある一科生のようだ。『ずいぶん気合いの入った顔をしているな』達也は他人事のように考える。二番手に選ばれた男子生徒は一科生として二科生の達也には負けられないと光以外の名詠に試みる。冬夜や林檎に比べれば彼らの名詠の完成度など五十歩百歩なのだが、わざわざそれを指摘してモチベーションを下げる理由はない。そもそもそんな事情も知らない林檎は黙ってその男子生徒の名詠を見守っていた。オラトリオの終盤。小さな緑色の名詠光が周囲を包んで名詠されたのはーー

 

「出来ました!」

「きゃっ」

「おっと」

 

 全身毛むくじゃらの手のひらサイズの大きな蜘蛛が男子生徒の手の上にのっかている。わさわさと動くその姿は気味が悪いものだが、魔法科高校に通っている生徒が名詠生物を呼び出せるというのはすごい技量の持ち主だ。トップバッターとして光を名詠した達也も、正直蜘蛛の気持ち悪さに引き気味になっている林檎も男子生徒の技量に感心していたのだが、だからといってその気持ち悪い姿が変わるわけではない。目の前で蜘蛛を出されたほのかは、気持ち悪いその姿を見て反射的に達也に抱きついてしまった。

 

「光井さん、大丈夫か?」

「え、あ、は、はい!」

 

 無意識だったとはいえ、想い人の体に抱きついてしまったほのかは恥ずかしさで顔が真っ赤に茹で上がる。一瞬で頭の中まで沸騰してしまったのか、ぱっ、と達也から背を向けたほのかは両手で顔を抑える。こんな顔、達也に見せるわけにはいかない。

 

(達也さんの胸板……しっかりしてた……やっぱり、男の子なんだ……)

 

 一瞬のことだったとはいえ、きちんと感じ取れることは感じ取っていたらしい。女の自分の体とは違う達也の筋肉質な肉体に触れてに一人ドキドキしているほのか。今の様子を深雪にでも見られていたらおそらく吹雪の一つでも拭いていたのだろうが、この場にいない人の話をしても仕方がないのでスルーする。また、『一人で勝手にラブコメしてるんじゃないよ』と、雫がこの場にいればツッコんでくれるのだろうが、残念ながら相方の彼女もまた現在この場にいないためスルーせざるを得ない。

 

「……光井さん?光井さん聞こえているか?」

「ふぇ!?あ、はい!なんですか!?」

「あぁ、なんか上の空だったから声をかけてみたんだが、大丈夫か?」

「あ、はい!大丈夫です!」

 

 達也から心配してもらえた嬉しさで思わず大きな声を上げ周囲の注目を集めてしまうほのか。一瞬にして、穴があったら入りたくなるほどの羞恥心に駆られるが、そんな彼女はとても嬉しそうな表情をしていた。交流会はまだ始まったばかり。恋愛少女光井ほのかの健気なラブコメ劇は、まだまだ続く。

 

 

 

 

 

 




今回はほとんど変えてません。次回からは少し変化しています。

次回をお楽しみに!

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