魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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大学始まったよぅ……。筆が進まないよう・・・(;´Д`)

プロットは出来ているのですが、交流会編は不定期更新になるかもしれません。週一更新の約束がまたしても守れないなんて……本当にすみません。

とりあえず、本編をどうぞ


交流会初日~赤青黄+α~

【夜色名詠】ーー『名詠士界のプリンス』

 

 さて、それぞれの会場でエルファンド校生徒会メンバー主導の交流会授業が始まったころ。

 一人スーツを着て別行動……もといエルファンド校側に講演会のような形で参加した冬夜は困惑していた。

 

『絵本読みました!サインくださーーい!!』

『握手してくださーい!!』

『ハグしてぇぇぇぇぇ!!』

『お、お姫様だっこをーー!』

(……なんなんだ?今のこの状況は)

 

 眼前に映る『セーラー服の女子生徒が大挙して押し寄せてくる』というカオスな状況に頭を悩ませる冬夜。ゴールデンウィークや年末のバーゲンセールで見るような光景を目の当たりにした彼は、教壇の上で頬をかく。人気者は辛いなぁ、と一人場違いなことを考えながらも、この状況をどう対処するべきか考えていた。

 

「す、すみません黒崎さん!中等部の生徒たちが『自分たちにも授業を受けさせろ』と暴動を起こしまして……すぐに片付けますから!」

 

『どこの戦争地帯ですかここは?』と思わなくもないユミエルの言葉。どちらかというと戦争地帯というより今のこの状況は、『大人気アイドルのライブ会場』のような気がする。『手紙受け取ってー!』とか『一緒に写真ーー!』とか血気盛んな女子中学生たちの声を聞くとそっちの方が正確な気だろう。まぁどっちにしろ、この騒動を止めなければならないことに変わりはないのだが。

 

(……モテる男は辛いなぁ)

 

 訂正、その前にコイツのニヤケ顔を殴るのが先だった。

 

(にしても、生徒数が半端ない。さすが小中高一貫のマンモス校、エルファンド名詠学校だな)

 

 顔を緩めたのもほんの束の間。冬夜は教壇の上からセーラー服の生徒たちの姿を見る。

 小中高と三つの学校が一つの敷地内に集結しているエルファンド校は、その広大な敷地を学部ごとに三つに区分しており、一部の例外を除く一般生徒たちは通常、違う学部にある敷地内に入ることが出来ない造りになっている。別の学部の敷地に渡るには、先生方から渡されるセキュリティパス(使い捨て)を電子キーとなっている学生証に読み込む必要があり、それを使わないで侵入すると学内のセキュリティに引っ掛かってしまう。なので、本来ならば彼女たち中等部の生徒たち(=中学生)は今冬夜がいる高等部(=高校)の施設には入れないのだ。

 しかし、そんな敷地内でも唯一、どの学部のどの学年でも使える共通の施設がある。それは今、冬夜たちのいる講堂ーー通称【風見鶏】と呼ばれる施設だ。ここの施設だけは、先生方のセキュリティパスなしで三つの学部それぞれの敷地内から電子ロックが解除でき、利用することが出来る。今回のこの騒動は、そのセキュリティの低さをつけこまれたのだろう。

 

(うーん。このままじゃあ授業どころじゃないなぁ……)

 

 なぜここまでバイタリティに溢れているというか、行動力にあふれた生徒が多いのだろう。今回のことはさておき、そのやる気には考えさせられるところがある。そう、目につくセーラー服の女子の塊を見つめていた冬夜はある種の感動すら覚えてしまう。声を聞く限り、中等部の生徒たちの大半が参加してるようだが、おそらく中等部の教師なのだろう。年齢ゆえなのか、毛根が死滅したと思われる頭皮を丸出しにしている男性教師が女子生徒たちを必死に連れ戻そうとしていた。

 

『き、君たち!ここは今、高等部の授業中だぞ!!はやく授業に戻りなさい!!』

『黙れハゲちゃびん!!』

『誰が桂○丸だ!』

『アンタは隣の教会にでも行って洗礼でも受けてこい!!』

『誰がフラ○シスコ=ザビ○ルだ!』

 

 日本屈指の落語家とキリスト教伝来をした宣教師をネタに使うな。

 

「こんなところにいても座布団も十字架もあげられないんだがな」

「そ、そういっている場合じゃないと思いますよぉ!」

 

 そんなボケとツッコミに対して冷静な分析をする冬夜に、中学生たちからもみくちゃにされながらツッコミを入れるユミエル。名詠式が使えればこんな暴動すぐに鎮められるのだが、いかんせん数が数だ。讃来歌(オラトリオ)を歌おうものならすぐに(物理的に)妨害される。

 

「ちょっ、ちょっと待っててください!すぐに事態を鎮めるのでーーあんっ!ちょっ誰ですか!?どこ触って……」

「ユミエルちゃんのおっぱい……おっぱい……おっぱい……」

「ーーって虎スケくんいつの間に!?あっ……止めっ……シェルティスッ……助け……」

 

 ヤバイ。今目の前で性犯罪が起こっている。

 

(……仕方ない。暴動は収まりそうにないし、放課後中等部に行くか……)

 

 本当はこの後、時間をかけて探査用の結界を張るつもりだったのだが仕方ない。このままでは仕事が進まないので断腸の思いで時間外労働を決める冬夜。教壇の上にあるマイクを手に取り、この騒動を鎮めるためにマイクで中等部の生徒たちに教室に戻るよう呼びかける。中等部の生徒たちも先生方の雀の声は無視できても、冬夜の鶴の一声は無視できなかったようで、暴動はほどなく治まり講演会が始まった

 

(みんなは今頃、なにをしているのかなぁ………)

 

 冬夜は友人たちに思いを馳せながら、一人寂しく語り始めた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

【黄色名詠】ーー『僕の名前は……』

 

 さて、そんな閑話はさておき。

 片や真面目に、片やラブコメになった交流会。三ヶ所目、最後まで悩んだ挙げ句結局黄色名詠で済ませたエリカは、そこでーー。

 

「この紙切れで黄金を名詠して売ったら大金持ちになれるかな」

「逮捕されるから止めた方が良いと思うよエリカ」

 

 邪な欲望に囚われかけていた。しかしすんでのところで知り合いに止められる。

 

「えぇ~でもさミキ。ミキだって黄色名詠を学ぶときそう考えたことぐらい一度や二度あるでしょ?」

「僕の名前は幹比古だ。……あるけど、それを実行に移そうだなんて考えたことないよ。黄色名詠で名詠した金は天然物と組成配列が違うんだ。なぜ異なるのかはまだ分かってないんだけど、売っても検査かけたら一発でバレるから意味ないよ」

「ちぇっ。つまんないの」

 

 練習用に手渡された幾枚かの黄色の折り紙を見て本気でつまらなそうな顔をするエリカを、彼の幼馴染みである【吉田(よしだ)幹比古(みきひこ)】は呆れ顔で見つめる。かつて【吉田家の神童】と呼ばれ、一年前のとある事故までは天才の名を持っていた古式魔法師の少年である彼は、家の関係でエリカとは十歳の頃に知り合ったいわゆる幼馴染であり、今はエリカと同じ一髙生の一人だ。

 

「全く……課題がクリアできないから助けて欲しいって来たのに、そんな事言ってる暇があるなら手伝わないよ?」

「ごめんごめん。もう、ちょっとした冗談でそこまで拗ねないでよミキ」

「何度も言うけど、僕の名前は幹比古だ」

 

 お決まりの言葉を口にした後、幹比古はため息を吐いてとっくに終わった課題の手助けをする。彼らが今取り組んでいる黄色名詠の課題は、『鳥』を名詠すること。黄色い鳥ならなんでも良い(大きさはある程度自重すること)と、担当の生徒会メンバーにいわれたのだが、どうにもエリカはこうしたイメージが苦手らしく、最初に課題に出された『電気』も含め何度も名詠に失敗していた。

 前回も書いたが、名詠式において想像力(イメージ力)というのは、現代魔法以上に重要なものだ。なにせ、『名詠士が心に描いているもの』を呼び出す魔法である分、そのイメージがしっかりしてなければ名詠が失敗してしまう事が多い。

 

「……っていうか、課題のことで悩んでいるなら楠先輩に聞けばいいじゃないか。僕なんかに聞くよりずっと良いと思うんだけど」

 

 幹比古に窘められてもう一度課題に取り組もうとした矢先、エリカはビクッと幹比古の言葉に反応した。そしてそのまま、顔を曇らせ幹比古から目を逸らして会話を行う。

 

「それは……そうなんだけどさ。ちょっとあの人に聞くのは、躊躇(ためら)っちゃうっていうかさ、顔、合わせたくないんだよね」

「なんで?中学校の頃、あんなに仲が良かったのに」

「そうだったんだけど……」

 

 そういってエリカは後ろのほうを見る。視線の先にいるのは、エルファンド校生徒会メンバーとして他の一髙生を指導しているかつての先輩の姿。今は他の生徒たちの世話を焼いているためこちらには向いていない。

 この会場に来て彼女の顔を見たとき、エリカは思わず声を漏らしそうになった。懐かしいという気持ちから来るものでは確かにあったのだが、それ以上に気まずい雰囲気になる事を恐れたからだ。

 

「いろいろあったのよ。修次兄は先輩を捨ててあの女をーー」

「はいそこまで。こんなところでうわさ話なんかしちゃダメよ。エ・リ・カ・ちゃん?」

「ひゃあああああ?!」

 

 ふぅっ。と耳元に息を吹きかけられたエリカは普段出さないような艶っぽい声を出して飛び上がる。慌てて後ろを向くと、そこにはクスクスと笑う楠菜摘(犯人)の姿が。

 

「な、菜摘先輩!?い、いつの間にこっちに……!」

「ついさっき。困っているエリカちゃんにいたずらしようとこっそり近付いて来てたんだけど、気付かなかった?」

「……………ミ~キ~?」

「そこで僕に怒りを向けるのは違うと思うんだけど!?」

 

 エリカの理不尽な怒りが幹比古に向けられる。敬愛していたかつての姉弟子に、油断していたことを見抜かれた恥ずかしさを当の本人に向けるわけにもいかず、エリカは腹いせに幹比古を睨み付けておいた。

 

「さて、お久しぶりエリカちゃん。道場に通わなくなってからだから、二年ぶりくらいかな?ずいぶん綺麗になったね」

「ありがとうございます。先輩もお元気そうでなによりです」

「うん。ま、私の方も色々あったしね。いつまでもクヨクヨしていられないし」

 

 礼儀正しく挨拶するエリカに菜摘は片目を瞑って挨拶する。この二人に一体何があったのか。ソレを今ここで話すことは出来ないが、昼ドラ真っ青の愛憎模様があったことだけは確かだ。あまり触れない方がいいだろうと、二人のみせる雰囲気から内容をそう感じた幹比古は黙っていた。

 

「二年ぶりの再会だけど………ずいぶん思い切って髪を切ったわね。なにかあったの?」

「まぁ、先輩が止めた後色々と心境の変化がありまして。あ、先輩が気にする事じゃないんで大丈夫ですよ?個人的な問題なので」

「……そう。でもまぁ、エリカちゃん自体は変わってないようで良かった」

「私はいつまで経っても私です。そういう先輩も変わってないようで安心しました」

「もう。そんなこと言わないでよねエリカちゃん。恥ずかしい」

 

 かつて敬愛していた姉弟子にこんな形で再会できるとは思ってみなかったエリカは、つい昔のように甘えてしまう。いつものメンバーがここにいたら見せなかったであろう、女の子らしい、格好付けていない彼女の顔が今は出ていた。そんな彼女の態度を見ていたら、菜摘も昔を思い出して意識しないうちにエリカの頭を撫でていた。よく懐いたネコのように、目をすぼめて心地よさそうにする元妹弟子。昔はよくこうして頭を撫でていたなぁ。と、菜摘は過去を振り返って懐かしむ。

 

「………エリカ。先輩も他の生徒を見てやらなきゃいけないだろうし、昔を懐かしむのはそこまでにしておいたら?」

「あら。吉田くんもお久しぶり。吉田くんともこうして会うのはだいたい二年ぶりぐらいだったよね。元気だった?」

「お久しぶりです楠先輩。ちょっと嫌な出来事もありましたが、まぁなんとか元気にやってました」

 

 そんな二人の様子を間近で見て、一人微笑ましい気持ちになった幹比古は、無粋だと分かっていながらも割って入った。このままでは二人とも昔語りをしてしまうそうだったので、他の生徒のためにも牽制しなければならないと思ったからだ。………苦労人の香りがプンプン漂ってきたが、それは気のせいではない。

 

(………なんか今、ものすごく不名誉なことを言われたような気が)

 

 恐ろしい直感力である。

 

「そう……。一年前ぐらいに魔法事故にあったって聞いたけど、一髙にいるんなら魔法はまだ使えるんだね。よかった」

「……………いえ。魔法はまだ使えるんですが、以前のようにはもう使えないんです」 

「………!そうなんだ……。ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」

「平気です。事実なんで」

 

 かつて千刃道場に通っていた頃に知り合った天才少年(幹比古)が首を横に振るその姿を見て、菜摘は眉尻を下げて謝る。昔は今気持ち良さそうな表情を浮かべているエリカと可愛がっていた男の子がしばらく見ないうちに大きくなったことに驚きを隠せないでいたが、それ以上に幹比古の人生の中核を担っていた『魔法能力の劣化』を聞いて、申し訳ない気持ちになってしまう。幹比古も顔には出さないようにしていたのだが、それ以上に悔しい感情が上回ってしまったのか、しっかりと顔に出てしまう。

 そんな幼馴染の気持ちの変化を感じ取ったのか。幼馴染みのせいで周囲の雰囲気が悪くなったのを感じ取ったエリカは、その雰囲気を払拭するために、()()()子供っぽく拗ねた声を出す。

 

「む。ミキはちょっと黙ってて。アタシは今、先輩との久しぶりの再会を味わってるんだから」

「エリカ……。何度も言っているけど僕の名前は幹比古だ!ミキって呼ぶな!!」

「えーっ?『ミキ』って呼びやすくていいじゃん」

「良くない!」

「ワガママねぇ。『ヒコ』なら良いの?でも『ヒコ』じゃあ語感が悪くない?」

「いやいや『ヒコ』もダメだから!!『AがダメならBは良い』ってわけじゃないからな!?」

「聞き分けがないわねぇ。じゃあなになら良いのよ?」

「普通に『幹比古』って呼べばいいだろ!」

「つまんないからヤダ」

「即答っ!?」

 

 もうどっちでも良いようなやりとりだが、本人にとっては譲れない部分らしく、幹比古は顔を真っ赤にしてエリカに愛称を取り下げるよう詰め寄る。あぁしかしなぜだろうか。どう見ても幹比古がエリカに弄られているようにしか見えないのは、昔から似たようなやりとりを幾度となく見ているせいなのだろうか。と、菜摘は思う。

 

(………周囲の空気を読んで行動するその性格は、変わってないみたいだね。エリカ)

 

 しかし、昔から真面目で堅苦しいーーもとい暗い雰囲気ーーを察知することに長けていたエリカは、持ち前の明るさですぐに変えてしまう。恐らく幹比古は気付いていないのだろうが、くだらない言い争いをしている二人を見ていた菜摘は、「プッ」と、吹き出してしまった。

 

「ちょ、え、楠先輩!?なんで笑ってるんですか!?」

「ほら、先輩だっておかしいって思っているのよ。というわけでミキの愛称は『ミキ』で決定~!」

「なにがというわけなんだぁぁぁぁ!!!」

 

 苦労人属性、もとい弄られキャラを全開にしてエリカの言葉に翻弄される幹比古。しばらく見ていなかった二人だったが、人の本質はそう簡単に変わらないとでも言いたいのか、周囲の人目も気にせず昔と同じ事を繰り広げている。わーきゃー騒がしく言い合う二人を鎮めるべく菜摘は昔と同じように手を叩いて話題を変える。

 

「はいはい。今はそんなことより課題でしょ?エリカちゃん、見てあげるから一度やってみなさいな」

「そうだ。後で補習になっても知らないからな、僕は!」 

「ちょ、そこで見捨てるの酷くない!?」

 

 自業自得だ!と、幹比古に切り捨てられるエリカはガーン、とショックを受ける。『これは本気でやらないと後々面倒なことになるだろう』そう感じ取った度々居残りをする劣等生、千葉エリカは心を入れ替えて課題に取り組み始めた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

【赤色名詠】ーー『Help us!』

 

 名詠式の基本は五つの色に分類されるが、そのなかでも最もオーソドックスとされるのが赤色名詠だ。全六色の中で男女問わず最も人気のある名詠色であり、また第四音階名詠で炎が名詠されるように最も殺傷能力のある色でもある。

 当初、この交流会で教える名詠式はこの赤色名詠だけの予定だった。しかし一科二科と対立意識のある一高で攻撃力のある赤色名詠を教えれば、死傷者が出てくる事態になりかねない。そうした事態を避けるために一高は赤色名詠だけでなく、他の名詠色も選べるようにした。

 とまあ、そうした裏話を差し置いても、将来軍に籍を置くことを考えている者が多い一高で、この色の倍率は高かった。そのため、抽選でこの赤色名詠の会場に決まった生徒たちは運が良かったのだと言えるだろう。

 

しかし、である。

 

果たして今の状況を見ても同じようなことが言えるだろうか?

 

「………………………」

(((な、なんなんだ。このプレッシャーは!?)))

 

本人はただ真面目に課題に取り組んでいるだけなのに、ヤンデレオーラのせいでピリピリしているように見えてしまうため、雫と一緒に赤色名詠の会場に来ていた生徒たちは、異様な緊張感を持っていた。

 

しかし、その無言の圧力のおかげなのかそれとも緊張感のおかげなのか、ここ赤色名詠の進行速度は驚くほど早い。良い意味で、雫のヤンデレが役に立っていた。

 

(((黒崎のやつ、早くどうにかしてくれ!)))

 

………彼らの心の叫びが届くかどうかは、分からないが。

 

 ◆◆◆◆◆

 

【青色名詠】ーー『美女と野獣』

 

 ……さて、これまで五ヵ所の会場、それぞれの様子を見てきたわけだが、最後にここ、青色名詠の会場が残った。各会場ではそれぞれ第四音階名詠に属する名詠をするよう課題が出されたのだがここ青色名詠の会場では『氷』が課題として出された。

 そう。氷といえば深雪の十八番(おはこ)ともいえる冷却魔法でできる代表的なものだ。普段ならCADを操作して一秒とかからず出来る物。その気になれば擬似的な絶対零度も作り出せる深雪にとっては赤子の手をひねるよりも簡単に出来てしまう物だ。

 

 ……そのはずなんだが。

 

「…………はぁ」

 

 会場の隅っこで本人が凍り付いては意味がないだろう。五回ほど名詠してみてことごとく失敗した深雪は深く深ーく落ち込んでいた。

 

「………いっそのこと、この会場ごと凍りつかせれば課題クリアになるかしら?」

「深雪、それは課題クリアじゃなくてテロ行為って言うと思うよ?」

「まやか……」

 

 そんな深雪を慰めに来たのは、この間一高に編入してきた二科生の女子生徒【零乃(ぜろの)まやか】という少女だった。

 

「そんなことを言ったって、出来ないんだから仕方ないじゃない」

「だからといってテロはアウトよ。たかだか五回失敗したくらいでゼロるなんて、深雪らしくないよ?」

「一発で名詠に成功した人に言われなくないわ」

「そりゃまぁ、私は兄様と違って零乃でも落ちこぼれだから、その分名詠式の修行をやっていたしね。その分よ」

「………ふ。同じ妹でも、こんなにも差があるのね……。零乃さんもさぞや自慢でしょう」

「どうしよう。この深雪扱いづらくてすごく面倒くさい」

 

 思わず零れる本音。【一高の二大ブラコン】と陰では言われ、何かと気の合うこの二人だが、今は関係なかった。

 

兄様(にいさま)術師増幅(マギカ・ブースター)でも名詠式は強化できないし……いったいどうすればいいんでしょう?」

「零乃さんでしたら、いまあっちで女の子に囲まれているわよ?編入してまだ数日なのに、人気があるわね」

「なっ、なに鼻の下を伸ばしているんですか兄様!そんなに女の子に言い寄ってはダメですよ!!まったくもうまったくもう!」

「……まやかは元気ね」

 

 ため息をついて自分から離れていった友人の背中を見つめる。自分以外の生徒はみな、三回目までに課題の名詠を完了させており、いまだ最初の課題で躓いているのは自分だけとなった。

 中学生の時と、まったく同じ。

 違うのは、今度は兄が側にいないこと。

 

「………寂しい」

 

 ぽつりと深雪が呟いたその時ーー

 

「あのー。すみません」

「はい?」

「名詠式のコツ、教えましょうか?」

 

 城崎修(強面お兄さん)が近付いてきた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 エルファンド名詠学校生徒会書記、城崎修はヒリヒリと痛む頬を押さえながら深雪と話していた。

 

「………何度食らっても痛てーなやっぱ……」

「ご、ごめんなさい。反射的に手が動いてしまって……」

「あー。良いですよ。慣れてるんで。平手打ち(こんなもん)、ハンカチ拾ってあげただけなのに悲鳴をあげられて逃げられたときに比べれば、なんともないです」

(じ、自虐トーク…!!)

 

 さらっと語られた悲しすぎるエピソードに深雪はなんとも言えなくなった。修に話しかけられた時、あまりの顔の恐ろしさに淑女の深雪でさえ手が出てしまったのだ。修の顔は、生まれながら任侠物に出てくるヤクザのような顔をしているため、大抵最初に女子からは怖がられる。中身は面倒見の良い兄貴分なので、話してみるとその印象はがらりと変わるのだが、睨み付けているように見える目元は見慣れていても怖い。深雪はテレビ電話で修の顔は何度も見たことがあったのだが、いかんせん映像と実物は迫力が違っていた。

 修の方も、上手く名詠出来ない生徒を手助けするために近付いてきたが、こうなることは予測済みだったので特になんとも思わない。………慣れとは悲しいものだ

 

「そんで、確か司波さんは上手く名詠式が使えないんだよな?」

「は、はい。どうにも上手く名詠出来ないと言いますか……」

 

 深雪は言葉尻を濁してしまう。あまりこういうことははっきりと言いたくないのが人の心情。苦手なものを『苦手』だと、はっきりと口に出して言うのは、深雪としては嫌なことだった。しかし他の生徒たちの足を引っ張っている以上、そうも言ってられない。藁にもすがる思いで深雪は修の話に耳を傾けていた。

 素人名詠士が失敗する方法は、単純に考えて想像構築(イマジネイト)時のイメージ力不足だろう。しかし、修はなんとなくそこに問題はないように思えた。それよりももっと根本的で、重要な部分がずれているように感じられる。

 

「………あのやり方でやってみるか」

「え?」

「ん、なんでもない。じゃあ簡単に名詠が出来るようにコツを教えるよ。えーっと、司波さん?」

「はい」

「司波さんには誰か……大事な人っているか?」

「大事な人……ですか?」

「あぁ。家族、親友、恋人。何でもいい。とにかく一番大事に思っている人を思い浮かべてくれ」

 

 深雪(自分)にとって最も大事な人。

 そんなの、わざわざ考えることも無く司波達也(一人)しかいない。

 

「思い浮かべました」

「んじゃあ、その人のことを思い続けたまま名詠式を歌ってみてくれ。その人に自分の歌声を聞かせる感じでやれば良い」

 

 深雪は修に言われた通りイメージしてみる。頭のなかで、達也が自分を見つめて歌うのを待っている。

 

 ………。…………………。

 

「………そんなに見つめないでください。お兄様……」

「おーい。いきなりトリップしちゃあ困るんだけどー?」

 

 修から顔を背け、頬に手を当てる深雪。妄想の中とはいえ、やっぱり恥ずかしいことに変わりはない。この子本当に大丈夫なのかな。と、修は心配してしまうが、すぐに深雪は気を引き閉め直して集中し始めた。

 そして、そのまま讃来歌(オラトリオ)を歌い終えるとーー

 

「…………嘘」

 

 深雪の手の平には一塊の氷があった。

 

「やっぱりな。思ったとおりだ」

「えと、何がどうなっているんです?」

「名詠式とは、名詠士が心で思い描いたものを讃来歌(オラトリオ)で賛美し呼ぶ魔法。大抵、素人はイメージが出来ないから失敗することが多いんだが……それ以外だと、讃来歌(オラトリオ)を詠うときの心理状態に問題がある場合が多いんだ」

「心理状態ですか?」

「そ。名詠式は『自分が望むものの()()()()()呼び出す魔法』。司波さんだって、見ず知らずの相手から『コッチ来いこの格下!』とか思われながら讃えられたって嬉しくないだろう?」

「あぁ………確かにそうですね」

「多分司波さんは『お願いだから来て下さい。お願いします!!』って思いながら名詠していたんだろうと思うんだ。でもそれって、呼び出される側のことをなにも考えてないよね?どっかというと、見栄とか自己保身とか………こう言うのもなんだけど、自分のことしか頭の中にない。だから失敗していたと思うんだ。

 でもそれだったら、名詠士が心から願うように考え方を変えれば良いだけの話だろ?で、司波さんの考え方を変えてみた。そんだけ」

 

 これは名詠士たちの間では常識とされていることなのだが、第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物、すなわち【真精】を一番最初に名詠するとき、呼び出せる名詠生物は、その歌い手の事を認めた名詠生物しか現れない、というものだ。いわゆる【適格者条件】というものなのだが、それはなにも、真精だけに限らないのだ。真精ほど厳しくはないが、名詠生物は名詠士のことをよく観察しており、讃来歌(オラトリオ)に込められた歌い手の心を読み取る。逆に言えば、全く心のこもっていない上辺だけの名詠はたかが知れているのだ。歌い手の『想い』に応える形で名詠されるものたちは、その歌い手の想いに比例して力を貸す。

 ーーしかし、最も強力で純粋(シンプル)な想いほど通常は子供から大人に成長していく過程で消えていってしまう。『現実を見る』という形で消えていく。故に、真精にたどり着くことや、ましてやその奥に潜む名詠式の真実に気付く者は難しいのだ。

 

「ま、つーかなんていうかだ、大切な人を思って歌う歌に、自分のありのままの心をさらけ出した歌に、失敗なんてないのさ」

「………自分の、ありのままの心」

「そ。不格好でいいんだよ。飾らない素のままの心で名詠すれば必ず名詠は上手くいく。逆に『必ず成功させなきゃ』とか思っていると、失敗しやすい。………あまりみんな気付かないんだけどな」

 

 修は頬を掻いてそれを知った時のことを思い出す。内容が恥ずかしすぎて正直思い出したくもない出来事なのだが、この話をするときはいつも思い出してしまう。だが、だからといって忘れようとも思わない。その思い出はきっと自分にとって大事なものだからと、心がそう感じているからだ。

 修の講釈を聞き、そして不思議そうに自分で名詠した氷を見つめる深雪の顔を見て『もう大丈夫そうだな』と判断した修は、深雪に背を向けた。

 

「もうこれで悩みはなくなったよな?じゃあオレ、他の生徒も見ないとだから、向こう行くぞ?」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「ん?」

 

しかしその前に、深雪が修の服に手を伸ばす。今現在緑色名詠にいるある男子生徒が見ていたら『ムッ』としそうな行動だが、この場にいないためスルーする。

 

「あの、その、もっと詳しく教えていただけませんか?名詠式について、色々と」

「………あぁ。いいぜ」

 

 仕方なさそうに言う修に、深雪は恥ずかしそうにはにかんだ。

 

 




前書きでお知らせしました不定期更新の件は、本当にそうならざるを得なくなった場合、また御知らせします。

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