魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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スランプです……。モチベーションも上がらず苦戦しております。

誰か……代わりに書いておくれよ……。

………本編へどうぞ


お昼休み

 冬夜たちがそれぞれエルファンド校での日程を消化している頃ーー

 

 エルファンド校から少し離れたところにある場所、名を『ケルベルク研究所』と呼ばれるところでは、今回の事件の前哨戦が始まろうとしていた。

 

「ここか。やっと着いたな……」

 

 国際名詠士協会所属の名詠士として、この研究所の調査を任じられたカインツは、枯れ草色のコートを靡かせながら封鎖された巨大な門扉を見つめる。目的地についた彼は、緊張感を漂わせながら懐から一枚のカードを取り出した。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……。行ってみようかな」

 

 巨大な鉄門扉の前に設置されている認証用の読み取り部分に、自分のIDカードを当てて門扉を開かせる。カインツの持っているそれは、国際名詠士協会に所属しているメンバーにだけ与えられる特別なIDカードで、名詠士協会に所属している大抵の研究所はこのカードでセキュリティをパスすることが出来る。他にもホテルなどで提示すればスイートルームを格安の値段で使用できたりと、意外とお世話になっている物だ。

 世界で一枚しかないそのカードを、大事そうに懐深くにしまい込むとカインツは研究所の敷地内に入っていった。手入れがされていないのか、それほど大きくない敷地内には雑草が生い茂っている。

 

「誰もいないのかな?」

 

 気を抜かず少しずつ前に進み、研究所の正面玄関までたどり着いたカインツは試しに来訪者用のブザーを鳴らしてみた。機械的なブザー音が中に木霊し、その音が扉越しに聞こえて来た。

 

「ブザーは鳴っている。なのになぜ……」

 

 ーーなぜ誰も出て来ない?

 

 嫌な予感が的中した感覚を覚えながら、カインツは左手に触媒(カタリスト)を握り、正面玄関の扉を開ける。いつでも名詠出来るよう身構えながら見えてくる音信不通の研究所内部。

 

「暗いな……」

 

 室内だというのに電灯は灯っておらず、最初にカインツの目に飛び込んできたのは暗闇の光景だった。普通ならば研究所の職員が慌てて走り回っている光景があって良いものだが、研究所の中は静寂で包まれており、一切の物音も聞こえない。気を緩めず、そのまま外からの光が内部の様子を徐々に照らしていくのを待っているとーー

 

「……やはりか」

 

 中の様子を見て、カインツは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。残念ながら彼の予感は悪い方向で的中していた。なにかの冗談だと思いたいが、カインツは以前同じような現象があった事を知っているため目の前で起こっている事が現実に起こり得る話だと受け止めていた。

 日の光が差し込んだ研究所。カインツの目に最初に映ったのは石像だった。()()()()()()()()()()()()()()。最初はこの研究所の記念碑かと思ったが、すぐにその答えを取り下げた。

 凝視すればするほど、その記念碑がただの石の彫刻でないと嫌でも理解させられる。彫刻にしてはあまりに生々しくおぞましすぎる。

 その石像は、まるで何かに怯えたような形相をしており、そしてなにかから必死で逃げようとする格好をしていた。

 ーーそこにあったのは、石化した研究所の職員の石像だった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

「………ここまで緻密な石像……。やはり、一連の事件には灰色名詠式が使われていたか……」

 

 日の光が差しているとはいえ、室内は常に明かりを点けておかなければならないケルベルク研究所。普段なら研究所内はLEDの明かりで照らされている室内も、電気系統が麻痺しているのがLEDがその役割を果たすような素振りはなかった。しかたなく黄の小型精命(ウィル・オ・ウィプス)を名詠し、明かり代わりに足下を照らして研究所内に入った彼は、研究所内にあった石像にぎりぎりまで近づいた。逃げ惑う研究者の姿をした十数体の石像。恐怖に怯えるその表情はもちろん、服の質感まで真似たリアリティのあるその姿にカインツは畏怖すら覚える。ただの彫刻では及ぶことのない圧倒的なリアリティ。今まで事件の被害にあった人たちの石像を見たことすらなかったため確信を持てなかった事実が、これで確定した。

 

 一連の石化事件は、彼が元々いた世界にあったある事件と同じものだ。ただ、その使い手はカインツと同じ世界にいる人物とは違う人物だろう。彼らをこの世界に呼び寄せたアマリリスの言葉を信じれば、異世界からこうしてやってきた人間は三人だけで、うち一人はすでに元の世界に帰っている。あまりイレギュラーな存在を送り込めば、送り込んだ先の世界(この世界)が壊れてしまうらしいからだ。アマリリスは「本来起こるはずの出来事が狂ってしまう」とか何とか言っていたため、カインツとユミエルはあまり目立つ行動を起こせない。

 

「さて、原理は分かっているんだがこのままじゃあ帰れないな。見た感じこの世界にはまだ灰色名詠式がないようだし、報告できるだけの材料を集めないと」

 

 面倒だなぁ……と思いながら名詠したウィル・オ・ウィプスに自分の先を照らしながら進むよう命じた。念のため白色名詠の光妖精も名詠しておく。黄の名詠生物であるウィル・オ・ウィプスは人間を麻痺させることができるぐらいの電撃を放つことが出来るし、光妖精は危険を察知すると点滅する習性がある。警戒に警戒したカインツの周囲を二つの名詠生物が光源となって飛びまわる。

 そのおかげで見通しが良くなった周囲を見渡してみる。幸いなことに見た感じは石像以外不審なものはなかったため、カインツはホンの少しだけ安堵する。

 --だが、その直後、彼は視界の端に何かの影が見えたため後ろに跳び退さった。

 

「ふぅ……危ない危ない。もう少しで石像になるところだったよ」

 

 一度同じ名詠式を見ていたからこそ分かった、目の前にいる灰色の大蛇の攻撃。自分の攻撃が躱されて怒っているのか、大蛇は唸り声をあげてカインツに威嚇する。 

 

「侵入者を撃退するために名詠されていたのかな?いや、というより……ここに()()が来るのを見越して待ち伏せしていた、のほうが正しいかな?」

 

 答えは返ってこないと分かりつつ、カインツは大蛇に語りかける。その問いの返答のかわりだとでも言いたいように、大蛇が大口を開けてカインツに飛びかかってきた。黄の名詠生物(ウィル・オ・ウィプス)が主人を守ろうと電撃を放つが、攻撃を食らっても大蛇はそのままカインツに牙を突き立てようとしてくる。

 

「悪いね。実は待ち伏せ(それ)、読んでたんだ」

 

 しかし、それより前にカインツが名詠したキマイラの爪で叩き落された。床に叩き付けられ悶える大蛇をカインツはすばやく反唱してしまう。とりあえず最初にやってきた脅威を撃退することに成功したが、ここで彼は迷った。

 

(このまま名詠協会に報告するわけにもいかない。だけど、だからと言って一人でこのまま進むのも危険だ。今の大蛇ぐらいならまだなんとかなるからいいけど、真精が出てきたら僕では手には負えない………)

 

 灰色第一音階名詠(ハイノーブル・アリア)の名詠生物が出てくることを考慮してカインツは考える。ここで一旦退くべきか否か。しばし迷った末彼はーー近くにあった研究所の奥へと続く扉がひとりでに開いたのを見た。それはまるで、見えない誰かが「こっちへ来い」と催促しているようにカインツには思えた。

 

(ーー誘っているつもりなのか?)

 

 頭の中に浮かび上がる疑問と不安。それらを抱えながら扉の方をジッと見つめ、さらに考えること数秒。

 カインツの足は扉の方に向かって動いていた。

 

 ーーユミエルには悪いけど、ここは一人でなんとかしてみせよう。本来名詠式(この問題)は僕らの世界にあったものなんだから。

 

 かつて、夜色名詠式を作り上げた少女と約束を交わした少年は突き進む。この先にはおそらくこの世界に自分たちが招かれた元凶となる人物がいるのだろう。これ以上、名詠式を使って殺人をさせたいためにも、顔を引き締めた虹色名詠士は扉の向こうの闇へと姿を消した。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 こんなことを再び語るのはなんだが、ユミエル・スフレニクトールという少女は大変な美少女である。淡い黄金色の髪、聖母のように柔らく、かつ愛らしい顔、太すぎず細すぎず絶妙なバランスで成り立っている肉体美。そして、年不相応に育った胸。一高などとは比べ物にならないぐらい生徒数の多いエルファンド校で入学当初から人気を博しファンクラブまで結成され、昨年の文化祭で二位と十票以上の差をつけてミスコン一位に選ばれた彼女の美貌は、他の女子生徒とは一線を画していた。しかも、容姿だけでなく成績も性格も優等生なのだから文句の付け所がない。まぁ、あまりにも人気があるものだから、一部の女子生徒からは妬みの対象になっているのだがそれは仕方のないことだ。光あるところに影があるのは常なのだから。

 

 さて、ここで一つ読者の皆様に問い掛けよう。今日(こんにち)、エルファンド校にやって来ている一高も美少女の多い学校なのだが、なんというかそんな彼女たちの性格は男勝りというか、強気な女性が多い傾向にある。それを踏まえて以下の問いに答えてほしい。

 

 Q.エルファンド校きっての美少女たるユミエルを見た時、一高の(男子)生徒たちはどのような反応をしたでしょう?

 

 A. 『オレ……一高辞めてエルファンド校通おうかな……』

 

 とりあえず、個々人の言っていたまとめるとこんな感じになる。まぁ一高一の美少女たる深雪を例に挙げても『聖母』というよりかは『女王様』という方が合っている(これを本人に言ったら氷漬けにされるので口が裂けても言えないが)ので仕方がないと言えるかもしれない。そもそも大多数の容姿端麗な女子が集まる一高でも、ユミエルと同じようにおっとり癒し系の女子である美月の場合、劣等生である二科生でまだ入学したての一年生だというのに、既にファンクラブのようなものが存在しているのだから、どれだけ一高生が癒し系の女子に飢えているかがわかるだろう。交流会後に一高を辞めた生徒は一人もいなかったことは先に明記しておくが、交流会後に『ユミエルちゃんファンクラブ第一高校支部』なる団体が結成され、夏休みの生徒会選挙で大きな役目を果たすことになるのだが、それはまだ先の話。ユミエルのような穏和な雰囲気を持つ女子に全くといっていいほど耐性のない一高男子は、あっという間にユミエルに心奪われていった。

 

(注目を浴びるのはもう慣れたけど……このねめつけるような、そして殺気を含んだ視線はいったいなんだろう……?)

 

 そんな理由で道行く男子生徒に振り向けられ広告塔のように視線を集めるユミエル。交流会前に予想できていたことだったので、男子生徒からの熱い視線(特に胸元)にはさほど気にしてないユミエルだったが、それとは明らかに違う視線を感じて首をかしげる。これでもカインツと一緒に荒事に対処してきた経験があるためか、なまじ敵意の視線には敏感に感じ取れるようになっていた彼女は首をかしげていた。

 

(まさか空白名詠士が?もしくはU.N.Owen……?)

 

 今、この世界で彼女が命を狙われるような理由などそれぐらいしか考え付かないため、頭の隅にその可能性が浮かんだ。空白名詠士なら追ってくる自分のことを目障りに思っていてもおかしくはないし、例の連続殺人犯だったとしても生徒会メンバーの自分は人質としての価値を持っているだろう。カインツとの繋がりがある生徒という点でも他生徒から寝割れる可能性を彼女は自覚していた。しかし、こんな真昼間から、しかも堂々と自分を狙いに来るのだろうか。それにもし一高生の中にいたなら、自分よりも隣にいる夜色名詠士を狙うはず。

 

(このこと、黒崎さんは気付いてーー)

 

 チラリ、とユミエルは並んで歩いている夜色名詠士の少年に視線を向ける。彼は自分よりもよほど戦いなれている歴戦の戦士だ。もしかしたら自分と同じように気付いているかもしれな

 

「…………………………(ガクガクブルブル)」

(今にも死にそうな顔してるぅーー!?)

 

 気付いているんだろうが思いっきり怖がっていた。目の錯覚だろうが、足が若干生まれたての子馬のように震えているようにも見える。彼がここまで恐怖を露にするとは。やはり、敵襲なのか?

 

「(黒崎先生どうしたんですか?顔が真っ青ですよ!)」

「(あ、いえユミエルさん。何でもないですよ。なんでも……)」

 

 真っ青な顔でそういわれても説得力がない。会話の内容を相手に悟られないよう、声量を最小限にして冬夜と会話を交わしたユミエルは、敵に気付かれないようこっそり背後を見た。

 多数の男子生徒たちからの熱のこもった視線の中、食堂に向かう彼らのことを見ていたのはーー

 

「……………………………」

(あ、あの女の子かな。っていうよりあの子ですね。だって、一人だけのっぺりとした顔してるもん!)

 

 もちろん、ユミエルに殺意を向けていたのはヤンデレ化した雫である。あぁ既視感(デジャヴ)。つい最近似たような事があった気がするのは気のせいだろうか。 雫の側にいる達也は『女の嫉妬は恐ろしいな……』と他人事のように考える。基本、自分と深雪に被害が降りかからなければ達也は無関心なのだ。自分がこのヤンデレ化の元凶だったことなど、当に頭の中から(意図的に)削除している。

 そんな彼とは対照的に恐怖で心臓が止まりそうな、一高で最も不幸に愛されている少年黒崎冬夜はただひたすらに天に祈っていた。震えながら彼が祈り続ける願いはただ一つ。

 

 

 

 オレ、もっと、生きたいーー。

 

 

 

 

 

 

 神など存在しないと思っている彼だが、今だけは心から神に祈りを捧げていた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 二週間。

 冬夜と雫がすれ違いの生活を始めて過ごした期間はおおよそそれぐらいだった。この間、冬夜は仕事にかかりきりで雫の事をほったらかしにしておりーー雫の勘違いのことも放置したままーー二週間の時が流れた。いや言い訳じみた言葉を並べようと思えばいくらだって並べられる。学校の命令だったとか単位に関わることだからとか言う事だって出来る。

 だがしかし、そんな戯言は冬夜を愛するが故にヤンデレ化した雫には一切関係ない。五年も待ち続けたにも関わらず『自分()よりも大事なことがある』と言って構ってくれない彼に業を煮やした彼女。その上、ふと冬夜の姿を見かければすぐ傍には見慣れない女の姿。

 その結果、どうなったか。

 

「………………………………………」

(((ひ、非常にご飯が食べにくい!)))

 

 周囲に多大な影響を及ぼしていました☆

 

 ……笑い話で済まされるレベルでないのが本当に残念で仕方がない。見た目雫は普通にご飯を食べているだけなのだが、剣呑な重圧が達也たちに伝わってご飯の味を分からなくさせている。もちろん雫が不機嫌だからといって直接料理の味が変わるわけがないのだが、気分的に辛い。あのレオでさえも『ちょっと、飯が喉を通らねぇな……』と感じてるのだ。

 もちろん、間接的な被害者である達也たちでさえこうなのだ。雫の殺意を向けられている冬夜とユミエルの二人にいたっては……

 

((味がしない……っ!))

 

 五感の一つを完全に奪われていた。テレビドラマでしか見ないような昼ドラ的展開は、二人の脳に『食事どころじゃないよ!』とけたたましく警戒音を鳴らし続けていた。

 

「(おい達也どうする。これじゃあ飯どころじゃねーぞ)」

「(どうするもこうするも、耐えるしかないだろう)」

「(達也は耐えられるかもしれないけど、無理な奴だっているぜ。ほら見ろよ柴田の奴。あまりの恐怖にで昼飯にほとんど口つけてねぇ)」

「(そういわれてもな……)」

 

 この手の問題に男が口出しすると余計ややこしくなると、体術の師匠から忠告された身としてはどうすることも出来ない。レオの言葉にはすごく同感で自分が何とかしなければならないと達也だって考えているが、これ以上ややこしくなるのは御免こうむる。ならばどうするか。

 

「(深雪、頼む)」

「(はい。お兄様)」

 

 妹に頼むのが一番良い方法だろう。なにせ彼女は自分とは違いあの四葉家の次期後継者候補。他人を操るーーもとい、他人を動かす術は自分よりも優れているはずだ。それにほのかが『またかぁ……私もう疲れたよ……』とダウンしている今、直接的な繋がりがない自分よりも友人である深雪が言った方が雫のためにもいいだろう。

 一方、兄からお願いを受けた万能美少女は立ち上がる。周囲の被害も現れている中、自分が成すべきことがわかっている彼女は、母親譲りの妖しい笑顔で友人の心に揺さぶりをかけるように声をかけ始めた。

 

「雫、雫」

「……………ナニ深雪?」

「そんなに黒崎さんのことが気になるなら、向こうでご飯を食べてきたら?」

(((ちょっとそれストレート過ぎませんか深雪さん!?)))

 

 もうちょっとオブラートに包んだほうが良いんじゃないの!?と深雪の言葉を聞いたエリカはそう思ったが、思っただけで口には出さなかった。

 その時見た深雪の横顔が、なぜか人を欲望へと誘惑する悪魔のように見えたからだ。ーー事実、深雪は雫の嫉妬心を利用しようと考えているのだが、そんなことは唆している悪魔(深雪)にしか分からない。ニコニコとした顔でアダムとイブを唆した蛇のように雫の心に忍び寄っていく。

 

「冬夜のところに?」

「ええ。だって雫ったら、食堂に入ってからずっと冬夜さんのほうを眺めているんですもの。綺麗な人よね、黒崎さんの側にいる人。気になるのなら、直接妨害しに行ったら?」

 

 幹比古を含めたこのメンバーの中で雫の気持ちに気付いていない者などいないため深雪は『妨害』というあからさまな言葉も使って雫を動かそうとする。今日初めて雫と出会った幹比古は『嫉妬されるほど好きなんだなぁ』と雫のヤンデレを見て彼女の気持ちに気付いていたので問題ない。というか、あれだけあからさまならば誰だって気づくだろう。

 ともかく、悪魔(深雪)の囁き(もとい洗脳)は続いていく。

 

「でも私、どんな顔して声をかければいいのかわからない」

「ムッとした可愛くない顔で良いのよ。雫は黒崎さんのことが大好きなんだから嫉妬するのは当然。好きな人の側にあんな綺麗な人がいたら誰だって嫉妬しちゃってもおかしくないわ。私だって、お兄様の側にあの人いたらそうなるもの。だから、下手に感情を隠さず行ったほうがいいわ」

「でも、冬夜仕事で忙しいだろうし」

「恋に仕事は関係ないのよ。さぁ雫、目を閉じて考えてみて。あなたが今、一番したいことってなに?

「私のしたいこと……」

 

 一言二言で雫の嫉妬心を上手く駆り立てていくメフィストフェレス。精神系魔法ではないその技術に美月は身震いし始めたが、同時にこれから起こるであろう展開を想像してドキドキしてきた。今度部活で作るマンガのネタに使えるかもしれない。どこぞの地底に住む橋姫さんのように嫉妬で友人を操る深雪の手腕は見事と言わざるを得ない。他のメンバーは若干(達也も少し)引いていたが、自分ではどうしようもないことだったので、事の成り行きを最後まで見守ることにした。

 

「私は冬夜の……冬夜ハ私ノ……」

「難しいことなんて考えずに、素直に行動しなさい。雫は考えすぎなのよ。私たちはまだ子供なんだから、もっとワガママ言ったって良いのよ」

「素直ニ……ワガママ……」

「そうよ雫。幸いまだ黒崎さんの隣の席は空いているわ……どうする?」

「私……」

 

 雫の目を閉じさせていた手をどかし、深雪は雫に何をするべきかーーというより自分は何をしたいのかーーを自覚させた。雫の心に突っかかっていた事柄も排除しつくした彼女は、手ごたえを感じながらも友人の顔を聖母のように優しく見つめる。本当はマナーに反しているのでお薦めできないが、食事中に席を移動しても構わないだろう。むしろ彼らの味覚のことを考えれば、推奨されるべきだ。

 同じテーブルについていた全員が見守る中、再び目を開いた雫は

 

「深雪………」

「どうしたの雫?」

「私、ちょっと移動するね」

「ええ。分かったわ」

(((深雪さんマジパネェ!!)))

 

 そして深雪の思惑通り、自主的に動いてくれた。妹の人心掌握術の成長に達也は感慨深げに頷いていたが、深雪には気付かれていない。あっさりと他人をコントロールして見せた深雪に他のメンバーは驚愕を隠せないでいたが、達也の妹なのだからこれぐらい出来ても当然なのである。………性悪兄妹とか、言ってはいけない。

 しかしなにはどうあれ、雫の気持ちは決まった。後は、行動するだけである。

 

「じゃあ、ちょっと失礼すr」

『あ、ユミエルちゃ~ん。そこ席空いてる~?座っても良い~?』

『あ、椎ちゃん、修くん。空いてるから座って良いよ~』

『ありがとー♪』

 

「「「「あ………………………」」」」

 

 行動するだけでーー……行動する前に席が埋まってしまった。もう冬夜の側に席はない。さて、どうするか。

 

「「「………………………」」」

「……………深雪」

「…………なに?」

「行くのは、また今度にするね……」

「……そうね」

 

 席を立ったは良いが、移動できずにそのまま椅子に座ってしまう雫。誰が見ても分かるぐらいに落ち込んだ彼女は……達也でも同情せずにはいられないほど、可哀想だった。

 

(いくらなんでも悲運すぎる)

 

 運命の神という奴がいたら全力で殴ってやりたいと思う、達也であった。

 


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