お待たせしました。書き直していたため、本日は12:00の投稿です。ですが、個人的には納得できる仕上がりになりました。
それでは、本編をどうぞ!
【夜色名詠式】
それは、この世界の誰もがその名を知っている長い間謎に包まれていた名詠式。この世界で冬夜だけがその旋律を奏でることが出来る神秘の
冬夜が公の場で夜色名詠を使うまで、その存在すら怪しまれていたこの名詠式だが、実のところ、名前以外のことについて知られていることは少ない。
例えば、なぜ『黒』色ではなく『夜』色名詠なのか。
例えば、なぜこの名詠式だけは他の既存五色の名詠式とは違い、冬夜が使うまで誰にも知られなかったのか。
例えば、冬夜以外の人間が夜色名詠式を歌っても、実はなにも起こらないということとか。
長い間名前だけで、その歌い手たる冬夜の存在自体が謎に包まれていたため、広まることのなかった多くの真実。夜色名詠士たる冬夜自身、まだ把握していない部分はあるものの、大抵のことは分かっているつもりだ。なぜこの名詠式が『夜』色名詠なのかも、歴代の歌い手にあったことがないため正解なのか分からないが、彼なりに理解している。
だがそんな得たいの知れない名詠式の中で、冬夜でさえ分からないことがたった一つだけあった。
それは、【なぜ黒崎冬夜は夜色名詠式を使えるのか】という疑問。これに限って言えば、当の本人も首を傾げて悩む以外出来ない。
その答えを知るのは、冬夜の内に眠る
◆◆◆◆◆
「黒崎冬夜が夜色名詠式を使える理由。それは冬夜がアマデウス真言の真の適格者だからだ。空白名詠士の私が司るミクヴェクス真言と対になるアマデウス真言。それを
月明かりも射さない地下に作られた、ケルベルク研究所の最奥にある名詠生物の生体検査用の一室。そこに二人の対峙していた。
「元々この世界に存在していなかった名詠式で、冬夜がアマデウスを呼び出せる適格者になれたのは偶然だろう。ミクヴェクスが
「………本当に、なにもかも知っているのか……」
「言っただろう?アマリリスからすべてを聞いたと。このくだらん検証をさっさと終わらせるには、八百長でもしてミクヴェクスを名詠させないようにするのが一番だからな。
黒いコートを着て暗闇に包まれた室内だというのにサングラスを掛けている白髪の男が微笑を浮かべながら言う。その説明を聞いている枯れ草色のコートを羽織った男は、周囲を警戒しながら立ち上がる。白髪の男の背後に佇む
「ーー全ての始まりは夜明け色の詠使いの答え。その答えに対する
口調を変えることもなく四条は語りだす。この世界の誰も知らないはずの真実を。カインツは黙ってその言葉を聞くことにした。
「名詠式とは本来、ここではない異世界を守護する二体の神が【どちらが人の守護者に相応しいのか】を決めるために構築されたものだ。いや、同等の力を持っていたアマデウスとミクヴェクスが自身の勝負に決着を着けるために作られた道具というべきか?
『名詠式を与えられた人に呼び出された方が守護者として人を見守る』、というルールの元で続けられた争いを成立させるために名詠式は作られた。
しかし同時に、名詠式は【人々が平和に繁栄してほしい】という願いを込めて作り上げられたものでもあった。だからこそ、二体の神はいくつかの制限をつける代わりに、人が望めばなんでも呼び出せるようにした。水や風といった自然界のものを始め、犬や猫などの動物。ドラゴンや
しかし、人は神の思惑通りにはいかないものだ。子供がいつまでも親の思う通りに動かないようにな。
神話上の神が大洪水で人類のほとんどを滅ぼすことになったように、人はいつしか娯楽と戦争のために名詠式を使い始めた。時が経っていく内に人々は名詠式の本質を忘れてしまったのだ。そうした現状を見て、自分たちの理想とは離れた使い方をされ始めた名詠式を二体の神は良しとしなかった。成長と変化を好むアマデウスは人が自然とそのことに気づいて変わることを願ったが、完全と永遠を好むミクヴェクスは人の名詠式に対する概念を初期化することでやり直そうとした。
そうして二体の神は何度も争うことになる。だが、アマデウスが見守ろうとミクヴェクスが見守ろうと人間の本質というものはなにも変わらない。十回経とうとも、百回経とうとも人は何度も名詠式の本質を忘れてしまう。その度に人は名詠式を娯楽か戦争のために使い、アマデウスかミクヴェクスのどちらかが名詠させる戦いは勃発し、それが積み重なっていく。……実に七百回以上の戦いが起こった。一回の戦いに数百年から千年に時間がかかるのだから、終局の見えない戦いの中で億を超える月日が流れていった。
ミクヴェクスが夜明け色の詠使いの奇跡に疑問を抱く原因の一つが、この何度もやり直した戦いの過程だ。夜明け色の詠使いが人の力のみで自分を超えたとしても、果たして本当に、人を信じて良いものなのか……。その疑問を解消するために、愚かな蛇はもう一度だけ争いを行うことにした。これまで長い間見守ってきた世界ではない別の世界にて、名詠式を与えられた人間が
自分自身で二代目夜色名詠士の出した答えを納得させるために、ミクヴェクスはこの世界に名詠式をもたらした。だからこの世界には、異世界の魔法である名詠式が存在する」
四条の言葉にカインツは一月近く前の事を思い出す。彼が初めて冬夜と出会ったあの日にした質問。ミクヴェクスの再検証の舞台となったこの世界で、その検証を終わらせる鍵となるのが今代の夜色名詠士である冬夜だからだ。
『君にとって【名詠式】ってなに?』
あの日、会議室で彼にした質問は、カインツにとってとても大きな意味を持つものだった。
「とはいえ、大多数の人間に問いてもほとんど同じ答えが帰ってくるのは目に見えている。そこでミクヴェクスは一人の人間の答えにだけ焦点を当てることにした。
自分を超えた人間が、自分と対になるアマデウスを名詠するための歌、アマデウス真言を基に作られた夜色名詠を使うならば、同じように夜色名詠を使える人間ならば同じような答えが出てくるかもしれない。
無限に等しい数のある平行世界の中で、この世界が選ばれた理由。名詠式の存在しない世界で、たまたまアマデウスを名詠出来る資格を持っていた冬夜がいたからこそ、この世界に名詠式はもたらされた。
巷だと冬夜は
ふふ……。アイツの活躍を見ているとまるで本当にライトノベルに出てくる主人公のようだよ。それこそチートと言っても良いぐらいの運を兼ね備えた、な」
その割にはラブコメ要素が欠落していたり、仕事をしても親から怒られたりと、報われていないように思えるのは気のせいだろうか。
「主人公、か」
四条が冬夜についてそう表現すると、カインツは何か思うところがあったのか、小さくその言葉を呟いた。
【
………だが。
「僕もイブマリーの側にいてあげられたら、そんな風になることが出来たのかな」
ーー私の家系、代々からだが弱いの。みんな早死にしてる。私のお母さんも、私を生んですぐに死んじゃった。私もきっとそう。
初めて彼女に出会ったときに聞いた、イブマリーが夜色名詠式を構築したいと願った理由。何も残せないまま死んでいくのは嫌だという彼女の思いが、夜色名詠式の始まり。
あの時自分は彼女と約束を交わしていったけれど、もしかしたらもっと、違う道があったのではないかと彼は思うことがある。大人になった今、あの時イブマリーの側にいてやれなかったことを彼は本当に後悔している。自分で選んだ道だから間違っているとは思わないが、それでも後悔せずにはいられない。
………主人公云々を僕が語っても、
『主人公』という言葉ほど自分に遠いものはないと、カインツは自虐的にそう思った。
「………やはりお前でも、脇役よりも物語の中心にいたいという気持ちはあるのか?」
「そうだね。でも僕はどちらかというと、そういう主人公を支える側の方が性にあっているかな。
だったら僕は
自分の虹色の詠が照らすのはイブマリーだけ。そうカインツは胸に刻んでいる。しかし、虹色の詠がなかったとしても、自分にはやるべきことが山ほどあるだろう。例え少しだけだったとしても、彼らの先を歩く先達者としてカインツが彼らを支えてやることは出来る。
大それたことは出来ないかもしれない。それでも、かつての
ーーそれぐらいのことなら、自分にだって出来るはずだ。
冬夜の『答え』を聞いたカインツは、彼を守るためにも自分にやれることを精一杯することに決めた。
そんなカインツの言葉を聞いた四条は、短くため息をつくと、つまらなそうに答える。
「…………困るな。お前が指導者の立場にいてもらっては非常に困る。お前がそういう立場にいれば、冬夜はたかい確率でアマデウスを名詠出来るように成長するだろう。それでは困るのだよ。
お前をここで生かしておく理由は、やはりなさそうだ」
「最初から僕を無傷で帰そうとする気なんてないくせに、よく言うよ」
ギラギラした好戦的な目付きの笑みを浮かべながら、カインツは手に収まっている触媒を強く握りしめる。二つの世界の未来のためにも、これまで虹色以外で身に付けたものでも彼は戦える。虹色を構成する五色の名詠式をマスターした彼は、並の名詠士とは比べ物にならない強い。四条に灰色名詠が、
「勝負といこうか四条透。僕らの強さが上か、お前のエゴの強さが上か、決着を着けよう」
「良いだろう。冬夜と戦う前にまずはお前を消し去ってやる」
ケルベルク研究所、その地下にて。
夜色名詠士を巡る前哨戦ーー空白の詠使いと虹色の詠使いの戦いが勃発した。
◆◆◆◆◆
虹色名詠士、カインツ・アーウィンケルが命懸けで空白名詠士との勝負に挑んでいたその頃。ケルベルク研究所から少し離れた場所にある一軒の定食屋ではーー
「ミアちゃんは偉いねぇ~。こんな小さいのにお兄ちゃんのお手伝いをして。ヨシヨシ♪」
「えへへ~。もっと褒めてほしいなぁ」
「良いぞ~ヨシヨシ」
「えへへへへ~」
……………小学生の女の子を膝の上に乗せて、スーツを着た十五才ぐらいの少年がご満悦な表情を浮かべていた。『えへへへ』と鼻の下を伸ばしているその顔にはものすごく見覚えがあるのは、きっと気のせいだろう。……気のせいなんだと、信じたい。
「ミアちゃんは可愛いねぇ~。こうして頭を撫でさせてくれるだけでお兄ちゃん、スゴく癒されるよ」
「そうですか?それなら良かったです!」
元気溌剌な幼女の笑顔を見て、さらに鼻の下を伸ばすその少年。さすがに鼻息を荒くしたりはしていないが、小学生の女の子を相手に満面の笑みを浮かべている時点で既に通報ものだ。自分のことを『お兄ちゃん』と言ってしまっているあたり、この少年の変態化がどうしようもないところまで進んでいるのが分かる。
「よしよし。あー、ミアちゃんは可愛いなぁ」
「えへへ。わーい」
目をそらした所で現実に代わりはないのだからちゃんと明記すると、この
重要なことなのでもう一度明記するが、今まさに小学生の女の子を膝の上に乗せてご満悦な顔を浮かべているこの少年が、この小説における
「よしよし♪」
…………こんな奴が主人公で本当に大丈夫なんだろうか。若干どころか大いに不安になってくる光景に、
『ミアが変態に触れられている。
『無駄口叩いてないでさっさと下処理終えな修!三番卓のお客さん待ってるよ!』
『少し放っておいてくれおばさん!三分で片付けてくるから!』
『知るかぁ!口動かす前に手ェ動かせェ!!』
『チクショォォォォ!!!』
その光景を厨房から除き見ていたシスコンの
『くそぅ。我らが天使ミアちゃんがあんなポッと出の男に頭を撫でられて喜んでいるだと……!』
『オレたちなんて、触れることさえままならないっていうのに……!』
『今日は娘に「キモい、ウザイ」と呼ばれた心を癒しに来たはずが……誰だあのクソ野郎……!』
きのしたの常連客(全員年頃の子供がいる)からの殺意の籠った視線が店内中に広まる。普段はワイワイと賑わうこの店も、看板娘が独占されたことであっという間に殺伐とした戦場に早変わりしていた。それを見た女性客は『あぁ、だからこの店リピーターが多いんだ』と呆れながら納得する。やはりいくつになっても、男にとって美少女の笑顔はポケ○ンでいう『げんきのかたまり』の役目を果たすのだ。仕事ですり減り瀕死になった心を完全に癒してくれるのは家族(特に妻や娘)の笑顔ではなく、ミアなのだ。そんな彼女が主人公に独占されればそれはもはや暴動の火種にしかならないのは自明の理。
…………ロリコンが多いように見えるが、この場にいる大半の男性客は、会社という魔物との戦いで傷付いた企業戦士たちなのだ。大目に見てやってほしい。
『こうなったら……仕方ない。梢ちゃんにお酌でも頼んで少しでも回復させるしか』
『セクハラで訴えられたいんですか?』
『家族よりも冷てぇー!』
一部で二次災害が起こっているがそこは無視しておく。
「だけどミアちゃんは本当に偉いよ。この店の手伝いを積極的にしてるんでしょ?まだ小学生なのに、頑張ってるね」
「だって、家にいてもお父さんいないし、お母さんは仕事で部屋から出てこないからつまんないんだもん。こっちにいれば寂しくないし、お兄ちゃんにも褒めてもらえるから良いんです」
「そっかぁ。そんな頑張り屋のミアちゃんにはお小遣いをあげないとだなぁ」
「そんな!お小遣いもらうためにやってるわけじゃないから、別に良いですよそんなの」
「良いの良いの。何に使うかも決めずに無駄に稼いだお金なんだから。ここは素直に受け取って。ね?」
すっ、とシンプルなデザインをしたエプロンのポケットに五千円の電子マネーを滑り込ませた冬夜はなでなでを続ける。雫に惚れ、水波と同棲を始めた時点で薄々『そうなんじゃないか』と思っていたが、どうやらもう疑いの余地はないらしい。今までずっと触れて来なかったが、どうやらこの男ーー
幼女体型好きの『ロリコン』らしい(ロリ巨乳は認めない)。
…………血の涙を流しながら思う。『やはり血筋には逆らえなかったか』と。わざわざ説明する必要もないだろうが、考えてみれば分かるだろう。彼の従兄妹であるあの司波兄妹は、兄が『シスコン』妹が『ブラコン』という血の繋がった夫婦なのだ。それと血縁関係にある冬夜が『ロリコン』だとしても何らおかしいことはない。
………おかしいことはないが、真夜がこの事実を知ったら頭を抱えることは間違いない。彼の師である鳶色の双剣士がこの事を知れば『どこで育て方を間違えた』と首を吊ってしまうかもしれない。特に今、冬夜を守るために戦っているカインツが報われなさすぎて困る。真面目な話をして『支える』と言った少年が、自分の見えないところで女子小学生を膝の上に乗せてご満悦なのだ。辛すぎる現実に涙を禁じ得ない。
「よーし。お兄ちゃん明日も頑張るぞー!」
「おー!」
すごい能力を持っているのに、肝心なところで締めてくれない主人公、黒崎冬夜。
………そんな彼を中心にこれからの物語は続く。
◆◆◆◆◆
冬夜のロリコンという本性が露になったところでケルベルク研究所にて起こった、二人の名詠士の激突はどうなったかというとーー。
「…………はぁっ、はぁ」
その決着には、数分とかからなかった。時間にして一分もかかったかも怪しい瞬殺といえるわずかな時間で勝負は着いた。そのわずかな時間で、二人のうちの片方は膝を着いて喉を押さえ、もう片方の方がその姿を見下ろしていた。
「か……はっ……!」
「随分とあっけない勝ちだったな。だがまぁ、こんなものか」
ただし、勝負に負けて苦しそうに呻いているのはカインツで、超然と見下ろしているのが四条だったが。
辛そうに膝をつきながら荒い呼吸を繰り返すカインツに、四条の顔を睨み付ける。
「いったい何を……した?一瞬で、呼吸が」
「出来なくなった、か?当たり前だ。お前の周囲一メートル内の空気をすべて排除すればそうなる。いくらお前が名のある名詠士だとしても、実態はただの人。人間が真空状態になって抗う術はない」
「姑息な手を……」
「魔法師相手に一人で戦うとするお前が悪い。一昔前の決闘じゃないんだ。わざわざ相手と同じ土俵で戦ってやる必要はない。
恨むなら、一人でノコノコとやって来た自分の愚かさを恨め」
冷たくカインツにそう言い捨てると、
「さらばだ虹色名詠士。あの世でイブマリーと出会えることを願っているよ」
四条の心にもないその言葉と同時にーー
銀色の凶刃が降り下ろされた。
カインツと四条の戦いは呆気なく付きましたが、名詠士と魔法師が真正面で戦った場合、誰でもああなります。カインツが弱くなったわけではないのであしからず。
そんなことよりもシリアスを見事ぶち壊してくれた冬夜ェ……。こいつへの文句は感想欄にて受け付けます(笑)
それでは、次回もお楽しみに!
※活動報告にて次回からの更新についてのお知らせがあります。一読しておいてください。