魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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待たせましたみなさん。やっと雫の恋愛運が元に戻る話です。ああ、やっとこの二人のイチャイチャが書ける……!長かった……!本当に長かった……!

あまり長くしても面白くないので、とりあえず本編をどうぞ!


想い人たちの逢瀬

 冬夜が学校近くの定食屋で夕食を食べている頃。

 エルファンド校敷地内にある二棟の建物、そのうち女子寮と呼ばれる建物の地下では……

 

「………やっぱりいつ見ても、ほのかは大きいね」

「どこ見て言ってるのよ雫っ!」

 

 ほのかの悲鳴が入浴中の1-Aの女子たちの耳に届いた。そんな彼女の胸をじっと羨ましそうな目で見ているのは、ここ最近恋愛運が最底辺な恋する乙女、北山雫。

 タオルを巻き付けて肝心なところは見せないようにしているものの、それでも見せつけられる親友との差に雫のテンションは再び鬱になっていく。

 

「ずっと一緒にいるのになんでこんなに差があるんだろう。理不尽」

「それを私に言われても困るんだけど……」

「ずっと一緒にいるのに、なんで私の胸は膨らまないんだろう。不思議」

「それも私に言われても困るよ雫……」

 

 昼休みのこともあり、先程から執拗に胸を覗き見てくる親友に、ほのかは何度目か知れないため息をつく。『私だってあれぐらい大きければ……』とぺちぺちと胸囲に乏しい胸をさわっている様子から察するに、彼女はきっとユミエル・スフレニクトール(あの金髪美少女)と自分を比較しているだろう。手を伸ばそうにも届かない、そんなもどかしい関係にある今の状況に、焦りを覚えているのかもしれない。

 ヤンデレ化はなんとか収まってくれたようだが、それでも悶々としている彼女の姿に、ほのかお姉さんの母性本能がくすぐられる。可愛いなぁ、と思ってしまう。

 

「そんなに気にすることもないよ雫。男の子にとっての女の子の魅力は、胸の大きさだけじゃないんだから」

「そうかな……?」

「だいたい雫は気にしすぎなんだよ。雫の魅力的なところは他のところでたくさんあるし、それにいくら女の子が冬夜くんの周りにいても、冬夜くんが貧乳好きなのは変わらないんだから大丈夫だって」

「む。別にちっちゃくないもん。寄せてあげればBはあるもん」

『いやいや。それはない』

「クラス全員で否定!?」

 

 それぞれ近しい友達をお喋りに興じていたクラスメート全員が一斉に声を揃える。雫は気付いていなかったが、ここにいる女子全員、ほのかの『冬夜くん』という単語(ワード)を耳にして全員雫のほうに顔を向けていたのだ。甘い食べ物と恋話は女の子の好物。四月から同じ教室で授業を受けていた彼女たちにとって、雫と冬夜の【くっつきそうでくっつかない幼馴染以上恋人未満】の関係はまさしく彼女たちにとって想像膨らむ美味しい話題だ。つついて反応を楽しむも良し、『あの二人がくっついたらどうなるのか』と話し合うも良し。リアルな恋愛模様を繰り広げるあの二人の話は、彼女たちにとって日常を彩る極上のスイーツなのだ。

 

 ーーそろそろあの二人のノロケ話とか聞きたいよね。

 ーーうんうん。クラスメイトとして、同級生の恋路は応援しないと!

 ーーキスとか初体験とか聞いてみたいしね。

 ーーていうかもう、いっそのことくっつけちゃいます?

 ーーくっつけちゃいますか!!

 

 例えそこに、ゲスな考えがあったとしても彼女たちが雫を応援する気持ちには変わりない。

 

「雫、見栄を張ってもここはお風呂場なんだから、素直に諦めた方がいいわよ?」

「深雪?」

「雫が相変わらず冬夜くんのことで悩んでいるようだから、今回は私も相談に乗ってあげる。と言っても、私は初恋もまだだから、あんまり当てにならないかもしれないけど」

 

 そんな彼女たちを代表して深雪が雫を挟むように座る。逃げられないようにほのかと二人でロックした深雪は、ニッコリと笑って意見を言ってみた。その顔には他のクラスメートと同じようにゲスな表情はない。彼女の鉄面皮は、こんなところでも絶賛稼働中だった。

 淑女と言っても、やっぱり深雪もまだ十五歳の女の子なのである。

 

「私思うんだけど、雫って肝心なところでは奥手よね。お弁当や部活勧誘ではあんなに積極的だったのに、黒崎さんがデートしていた時は尾行していただけだったって聞いたわ。なんで割って入っていかなかったの?」

「……なんで尾行していたことを深雪が知ってるの?」

「あら。あの時助けたのは私なんだから、どうして尾行していたのか理由ぐらい聞くでしょ?」

 

 まぁ辻褄は合う。ブランシュのことは戒厳令がしかれているため口にはしないが、今そんなことを気にする人はこの場にはいなかった。

 

「で、なんで入らなかったのかしら?」

「そんなの……冬夜の邪魔しちゃ悪いって思ったし……」

「そう。今もそうよね。『冬夜の邪魔しちゃいけない』って遠慮しているから、疎遠になっている」

 

 でしょう?と、目で同意を求める深雪。確かにそういわれてみればそんな気がする。恋愛経験がない割にはかなり的確な指摘だ。雫は黙ってそのまま深雪の言葉を聞いた。

 

「生徒会として黒崎さんと一緒に仕事をして気付いたんだけど、彼って色々と手を伸ばしているのよね。常に何かやってないと落ち着かないっていうのかしら?あれじゃあ雫に構っている暇なんてないと思うわ」

「うん……だよね」

「黒崎さんのことを私なりに分析してみたけど、黒崎さんって完全に受け身なタイプよ。仕事を効率よくこなすためにドンドン書類には手を伸ばしていくのに、こっちからアプローチしないと全然私たちに話しかけないの。逆になにか話しかけてみたりすると必ず反応してくれるから、雫は待ってるんじゃなくてグイグイ押していくべきだと思うわ。そうしないと黒崎さんとの関係は進展しないと思う」

「グイグイ押すって、例えば?」

「やっぱりお弁当作るとか、ボディタッチとか……とにかく積極的にいかないとダメね。黒崎さんから何かしてくれるのを待つのは無意味よ」

 

 深雪の断定に雫は少し複雑そうな顔をする。元々雫の性格は興味のあることには積極的だが、恋愛に関しては『男性にリードされたい』思っているところがある。なにせ彼女の両親は母親に対する父親の猛烈なアタックの末に結ばれたのだ。お泊りの時にへそを曲げて数日は冬夜側からなにかしらのアクションを待っていたのだが、その結果がそのまま時間だけがダラダラと過ぎてしまう始末。元が彼女の個人的な癇癪だけあって、仲直りしようにもどう会話を切り出せばいいかわからなくなってしまった。

 

(でもアレは冬夜が悪い)

 

 とはいえ、あの時自分が怒ったことに関して雫は謝る気など全くないのだが。

 

「とにかく。雫が進展を望むならやっぱり話をしないことには始まらないわ。多少強引でも会話をしなきゃこのまま【黒崎冬夜の恋人】の座はなくなるわよ?」

「……うん。でも冬夜、怒ってなかった?」

「むしろ寂しそうだったから大丈夫よ。【夫婦喧嘩は犬も食わぬ】っていうんだから、早く仲直りだけでもしちゃいなさい」

「…………一応言っておくけど、まだ付き合ってもないからね。私たち」

「嬉しそうな顔してそう言ったところで説得力は皆無だからね?」

 

 本当にこのバカップルは……。と深雪は呆れる。相思相愛なのは誰の目から見ても明らかなのに、どちらからも切り出さないので曖昧なところで止まっている二人。ここ最近はヤンデレ化の影響で話しかけ辛かった彼女だが、この相思相愛バカップルの仲を一気に進展させる策が、今の深雪にはあった。

 

「問題はどうやって冬夜くんに話しかけるかだよね。交流会中は忙しいから無理だろうし」

「そんなことないわほのか。実はこれ機密事項なんだけど、黒崎さんは今日明日とこの女子寮に泊まるのよ」

「え、でも冬夜くん男の子だよ?なんで隣の男子寮じゃなくて女子寮に?」

「なんでも警備のためにこの学校全体に特殊な結界を施したらしくて、その結界の維持をするためと聞いたわ。私の知ってる限りだと、他の女の子と相部屋ではなくこの建物の最上階にある部屋の一つに泊まる予定よ」

「へぇ。じゃあ今晩と明日は……」

「ええ。この女子寮に黒崎さんはいるわ。しかも()()()()()で」

 

 雫を除く1-A女子全員の顔がハッとなる。深雪が言いたいことーーもとい今晩自分たちが何をなすべきなのかが分かったからだ。交流会。普段と違う環境で互いを想い合う男女の恋を応援するなら、あの伝統的イベントに頼るしかない。

 

「…………みんなどうしたの?そんな(あく)どい笑みを浮かべて。少し怖いよ?」

『え?何を言ってるの雫。私たちそんな悪人面してる?』

「少なくとも悪巧みしているようには見える」

『悪巧みだなんてそんな。私は単に面白、じゃなくて雫と黒崎くんを仲直りさせる最良の策を思い付いただけだよ?』

「今本音出てなかった?『面白そう』って言いかけたよね?」

『さっすが深雪ね。私たちが考えもしないことを実行しようだなんて』

『だけどそこに痺れる憧れるぅ!』

「嫌だわみんな。まだ実行に移してもないんだから、痺れるのも憧れるのもまだ早いわよ」

「ねぇ深雪。みんな私に何をさせようとしてるの?というか、何をさせられるの私?」

「なにって、そんなの決まってるじゃない」

 

 全員、深雪の言葉に被せるように二人を仲直りさせる秘策を言葉にする。不思議なことに全員の想いが一致していたためか、一言一句間違えることなく全員の声がハモった。

 

『夜這いだよ!夜這い!』

「みんな、気をしっかりもって」

 

 予想以上に過激な言葉が聞こえて雫は反射的にツッコミをいれる。夜這いと言えばあれである。性行目的に男が(この場合は女が)異性の部屋にこっそり訪れる民族風習である。『今どきそんな古臭い風習やらねーよ』と言うツッコミが聞こえてきそうだが、お泊まり会に男女が逢い引きするという展開は、2095年現在でも小説やマンガではお約束な展開なのだ。

 

「夜這いだなんて、そんな恥ずかしいこと絶対無理。嫌われちゃうよそんなの………」

「あー雫?一応言っておくけどみんな雫の意見なんて聞いてないわよ?冬夜くんの部屋に行くのはもう決定事項だから」

「本人の意向無視?」

 

 やるべきことが決まった十代乙女の暴走は、本人の意思など無視して突き進む。全員、このテンプレ的イベントを成功させるべく二足飛びで話が進んでいった。行動に移すのが自分でないから、という身勝手な理由で好き勝手話す彼女たちだが【冬夜と雫をくっ付けさせる】という目的を忘れているわけではない。自分たちも楽しみながら、雫の恋が進展するように話しているのだ。本人の意思など無視されても仕方がないだろう。

 第一、これぐらいしなければこの二人の関係は進みそうにないのだから、彼女たちは最終手段に出たとも言える。それを活かすも殺すも雫次第だ。

 

『夜這いならやっぱりお色気系で攻めるべきだよね。下着で突貫させる?』

『いや、下手に下着のみで突入させるのはダメだと思う。むしろ下着なしで服を着させた方が良い』

『おおっ。さすが美術部はそういう知識に詳しいね!他にはどんな手が?』

『生地の薄い服装もありね。スケスケの服とかもよくある展開よ』

『でもそんなの持ってきている人いる?』

『いないよねぇ』

『そもそも雫ちゃんに色気で攻めるのは無理がある』

『前に【見えそうで見えない】は男の子の妄想を掻き立てる最高の服だって聞いたことが』

『チラリズムならお色気系より可愛い系で胸元を見せる形のほうがグッドよね』

『さらに言えばノーブラなんですね分かります』

『下はどうするの?やっぱりノーパン?』

『だったら裸ワイシャツという手もアリじゃない?』

『『『それだっ!!!』』』

「それだじゃないよ!!そんなの絶対やらないからね私!!」

 

 インターネットやら本やらできてきた定番の展開を元にワイワイと話し合う彼女たち。『その情報どこ出?』と出所の怪しい情報てんこ盛りだが、アニメの聖地日本ならばこれぐらいの情報は検索すればすぐに出てくる。というか、もうこれ完全に【冬夜と雫をくっ付ける】というよりも【冬夜に雫を襲わせる】方で話が進んでしまっているが、気にしたら負けだろう。実行に移す雫を除いた全員、過程(ノロケ)のために結果(目的)を問わなくなっていた。

 

「大丈夫だよ雫。どうあれ最後は雫が冬夜くんにおいしくいただかれるだけだから。なにも問題ないよ」

「大問題だよ!?」

 

 親友でさえも目的を見失っていることに雫の中で危険信号が鳴り響く。深雪に限っては話し合いに参加こそしてないが、止める気もないらしい。ここで風呂から出てしまえばうやむやのウチに出来たのだろうが、ほのかと深雪がそれをさせない。させてくれない。逃げられないーー雫の肌に冷や汗がダラダラと垂れてくる。雫は頭を猛回転させてこの状況から逃れる策を考えるが……

 

「夜這いするとなれば、黒崎くんに見られても困らないように雫の体を隅々までキレイにしないとだよね?」

「……………………………………ゑ?」

 

 誰が言ったか定かではないが、確かに雫の耳に届いたその言葉。聞き違いかと思ったが、クラスメイトたちの楽しげな顔(ただし目は笑ってない)を見て【緊急脱出!緊急脱出ぅぅぅ!!】と理性と生存本能が大声を上げる。剥かれる。このままでは、冬夜に食べられる前に彼女たちに剥かれてしまう。雫は本能的にそれを察知して、自己防衛本能のまま逃げようと腰を浮かす。

 

 ガシッ×2

 

「どこに行こうとしてるのかな雫~?」

「ほのか!?何してるのっ!?」

「まぁまぁ落ち着いて。暴れないでよ。ね?」

「そんな楽しい玩具を見つけたような顔で言われも!」

「そうよ雫。じっとしてればすぐ終わるから、暴れちゃダメよ?」

「深雪まで!?」

 

 ーーが、逃げる前に両腕を捕まれ逃亡はあえなく失敗する。身動きが取れなくなり、さながらゴルゴダの丘にて磔刑(たっけい)に遭った救済主のような姿にされた雫は、ハッとなって前を見た。

 

『『『えっへっへっへ……』』』

 そこにいたのは、女の子の姿をした(けだもの)たちの姿。雫の防衛本能はさらに強いシグナルを送ってくる。

 

『ふへへへ……もう逃れられないぜ……』

『前から思ってたけど、雫って足きれいだよねぇ』

『せっかくに機会だし、その小さな体をじっくりと見させてもらおうか?』

「みんな悪ノリしすぎ!え、冗談だよね?ーーー冗談なんだよねぇ!?」

 

 喚き、バタバタと動いて逃げようと試みる雫だが、努力虚しくまだ誰にも見せたことのない秘所を隠しているタオルに手を掛けられた。あう。と小さく悲鳴を上げた彼女は怯える小動物の目をして保護欲に訴える最後の手段に出たが、残念ながらそれは同性には効果が薄い。

 打つ手なし。ニッコリと微笑まれた雫は冬夜のことを思い浮かべながら懸命に首を横に振った。

 

 しかし、クラスメイトからの慈悲はなかった。

 

『さーて……マッサージのお時間ですよ~?』

「と……冬夜ぁっ!助けてぇぇぇ!!」

 

 他人の恋バナにゲスく干渉し始めた乙女たちは、奥手な恋愛少女のために行動を開始した。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「はぁ~満腹満腹。やべーな、警戒しなきゃならんのに腹一杯で寝ちゃいそうだ」

 

 数分後、定食屋での夕食を堪能した冬夜は、交流会中寝泊まりする女子寮の一室で満足そうな顔をしていた。想像以上に箸が進んでしまった絶品料理の味を思い出しながら、今度雫たちと一緒に行こうと心に決める。下手な高級レストランに行くぐらいなら、【きのした】の料理を食べたほうが美味しい、と彼はあの定職屋の事をそう評価した。

 

「って、その前に雫と仲直りしないとか。仕事仕事って言いながら全然謝ってねーなぁオレ……」

 

 部屋に備え付けられた一人用のベッドに寝転がりながら、冬夜は雫のことを思い浮かべる。彼にとっての想い人。五年も想い続けてきた女性の名を呟いて、冬夜はしゅんと落ち込んでしまう。

 

「ケンカした理由は……オレがほのかに抱きついて寝てたからだっけ」

 

 忙しかったため、一時忘却の彼方へと押しやったケンカの理由を冬夜は思い出す。今考えても雫が激怒した正確な理由を掴めない彼だったが、一人で暮らしている時も、水波に世話されていた時も、ずっと彼は雫のことを考えていた。ヤンデレ化こそしていなかったが、冬夜も雫に負けないぐらい相手のことを想っている。やっぱりこの二人は似た者同士だ。

 

「………嫉妬してくれてたのかな」

 

 ふと、この事を水波に相談したときのことを思い出す。水波もまた【ほのかに抱きついて~】の辺りでムッとした表情を少しの間だけ浮かべ『冬夜様は女心が分かっておりません』と彼女なりの見解を話してくれた。男のオレが女心を完全に理解する方が無理だろう……。と思わないでもなかったが黙って聞いていた。

 

 嫉妬。ほのかに冬夜(オレ)を取られたくないとでも雫は思っていたのだろうか。別に冬夜はほのかのことを幼馴染以上には思っていないのだが、もしも雫がそう考えていたのなら冬夜は嬉しく思う。昔、冬夜はIMAのメンバーから『男女間における嫉妬という感情は、少なくとも嫉妬するほうが相手に気がなきゃ起こらないものだ』と教えられたことがある。まったく脈がないよりケンカしてでも自分のことを心に留めておいてくれるなら、冬夜はそれで良いと考えるタイプだった。

 

 

 --少なくとも、無関心でどうでもいい相手だと思われるより千倍良い。

 

 

 幼少期に負った心の傷は、親身に接した彼の師でも数年間苦楽をともにした部下たちでも、癒すことができないほど彼の心に大きく巣食っていた。

 

「まぁ、だからといってリーナのようになられても困るんだけどな」

 

 嫉妬、という単語から連想して冬夜はUSNAにいる友人……というよりこの前の電話で『手錠で縛り付けて~』というアメリカンジョーク(そうだと冬夜は信じてる)を言ってくれた彼女のことを冬夜は思い出す。そういえば彼女も相当嫉妬深い性格だったと脳がーーというよりも嫉妬からくる怒りにダメージを受け続けた体が恐怖と共に思い出していた。先ほどから手汗がスゴイのはきっと、恐怖ではなく部屋の空調が上手く効いていないからに違いない。

 

 ……雫もリーナも同じ加速・振動系魔法を得意としているあたり、同じように『自分のものにならないなら命まで取ってしまおう』という思考にならないか不安にもなる。だが、嫉妬してくれていたと考えると、確かにあの時の雫の顔は不機嫌顔のリーナと被って見えなくもない。もしもそうであるなら、今はそれで十分だ、と冬夜は結論付けた。

 

「ま、考えても仕方がない。仕事中の今、オレが雫に会うわけにはいかないからな。交流会終わったら、ほのかに頼んで中を取り持ってもらおう。謝ればきっと許してもらえる……よな?」

 

 やったことがやったことなのでいまいち自信にかける答えだったが、なるようにしかならないのだから気にしても仕方がない。仕方がないと割り切った冬夜は、長い夜の時間を過ごすために空間移動で読みかけの本を取り出した。高度に文明が発達して、何冊も端末に保存できるようになった電子書籍も良いが、どちらかといえば冬夜は紙の本が好きだった。

 といっても、今彼が取り出したのは単なる本ではないのだが。

 

(さて……九校戦に向けて()()()()おかないとな。最低限試合で使えるレベルにしておかねーと話にならん。時間がねーから早くしないと)

 

 パラパラと手に取った本を(めく)って読み始める。九校戦の男子の花形競技である【モノリス・コード】に向けて色々と策を練っている冬夜は勝つために必要な知識を今蓄えていた。今年からモノリス・コードのルールの一部が変更させるため、それに合わせて自分に今足りないものを補う必要が出てきたからだ。出場するからには狙うは優勝(九校戦団体メンバーに選ばれることは彼の中で確定している)。そして優勝することが出来たなら、その時こそ雫にーー

 

 コンコン

 

「………ん?」

 

 部屋の扉がノックされた音を聞いて冬夜は本を捲る手を止めた。突然の来訪者の知らせに疑問を浮かべながら、冬夜はドアの方に足を向けてみた。存在探知で感じ取れる‘存在’の数は一つ。教員用に作られた交流会の予定では、今日はこれ以上なにもないはずだ。なにか異変が生じたならば彼の仕掛けた結界がなんらかのシグナルを彼に送ってくるはずだろうし、部屋を訪れるぐらいなら事前に知らせておいた端末のナンバーにかかってくるはず。直接部屋を訪れてくるなど、普通はありえない。

 

(ここが男子寮ならレオたちが押しかけてくることも考えられるが、ここは女子寮だしな。わざわざアイツらが女子寮に押しかけてまで来るとは考えづらいし、夜色名詠士(オレ)に気のある生徒(ファン)が押しかけてきたのか?どっちにしろ、追い返しておいたほうが無難だな)

 

 これまでの旅でもそういったことがまったくなかったわけではないので、部屋の前にいる来訪者の目的を考えてみる冬夜。ありえないとは思うが、部屋の前にいるのは実はU.N.Owenで、早速自分の首をと取りにきた、という可能性もあるのでCADはいつでも撃てるよう待機状態にしておく。

 

 コンコン

 

「はいはい。今開けますよ~」

 

 急かすように繰り返されたノックにそう返しながら、左腕にセットしたCADが見えないよう壁で隠しながら右手でドアノブを押す。誰がやってきたのか。最大限の警戒とともに扉が前に移動して見えた冬夜の視界に、来訪者の姿が映し出される。夜中に()の部屋に一人でやってきたのはーー

 

「と、冬夜ぁ……」

「し、雫!?」

 

 先ほどまで彼が考えていた想い人の雫だった。





はい。というわけで雫が突撃しました。夜這いはリーナって前に感想で言っておきながらこうなっちゃったよすみません。

 ちなみに、雫と冬夜が距離をとり始めて作中では一月近く時間が流れています。その間ずーっとギクシャクしてたんですねぇ二人とも。死に掛けている冬夜がいるだけの1-Eはともかく、ヤンデレ化したりした影響で、日によっては教室全体が緊張状態になってしまうほど情緒不安定だった雫のいた1-Aは、さっさと雫が結ばれてほしいと考えています。ヤンデレ化が収まったあの時、『夜這い』などという過激な手段に出させたのもそういった背景があります。ため息が止まらなかったほのかはともかく、淑女な深雪でさえも話し合いを止めなかったのは、雫と冬夜が上手くいっていないときに一番被害を受けていたのが彼女だったからで、具体的にいうなら『放課後は冬夜と一緒でうらやましい』的な妬みの視線を浴び続けてきたので、『もうどんな手を使ってでもいいから早くこのバカップルが結ばれるようにしよう』と決めたからです。謂れのない恨みほど怖いものはありませんねー。

 さて、そんな女子たちの応援もあって冬夜の部屋に一人で訪れてしまった雫。そんな彼女が狼(冬夜)と一緒にいてどうなっていまうかは……次回をお楽しみ(黒笑)。

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