魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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毎日が忙しい……。だれか私に休息と執筆時間をおくれ……。


交流会 二日目

 ーーそしてそのまま、夜が明けた。

 

「…………ん……ぐ……ぅ?」

 

 頭に純白の包帯を巻き、カーテンの隙間から漏れ出た朝日に顔を照らされたカインツ・アーウィンケルは、陽光の眩しさに耐えかねたようにうっすらと目を開けた。ズキズキと痛む頭を押さえながら、半身を起こす。ここはいったいどこなのか。自分はなぜこんなところにいるのか。昨夜の記憶が少し飛んでいる彼は、キョロキョロと周囲を見渡す。

 

「ここは……病院のベッド?」

 

 清潔感漂う白い天井、純白のシーツにベッド、そして目に優しいライトグリーンのカーテン。いつの間に着替えさせられたのか、手術着のような簡易な服を着ていた彼は、自分の鼻と口を手で覆う。昨日何があったのか、記憶の底を辿って思い出さなければ。

 

「確か僕は昨日、ケルベルク研究所にいって灰色名詠の蛇と戦って……そこの地下で四条と遭遇して……それで確か………」

 

 ーーガチャ。

 

「あ、起きたんですねカインツ」

「………ユミエル?」

 

 一つずつ、確かめるように呟きながら記憶を辿って行くと、いつの間にか電子鍵で施錠されている扉が開いていった。

 彼の病室へやってきたのは、淡い黄金色(オフゴールド)の髪を持つ愛らしい顔立ちの少女。

 ユミエル・スフレニクトール。

 真夜中にいてもその美貌を隠しきれるような黒帽子に黒スーツ、靴まで黒靴といった黒尽くめの格好で彼の部屋にやってきた彼女は、カインツのベッド脇のイスに腰を下ろした。

 

「ユミエル、僕はいったい……?」

「その様子だと昨日気絶した前後以外のことははっきりしているようですね。良かった。どこにも異常がなくて」

「気絶……?」

「そうですよ。あなたは昨日、ケルベルク研究所で四条と戦って負けた後、私が駆けつけたところで意識を失ったんです。まったく。気絶したあなたを病院に連れて行くの大変だったんですよ?」

 

 文句を言いながらも、安心した顔でカインツにそう語るユミエル。ユミエルにそこまで言われてカインツはようやく昨夜の出来事を思い出した。そうだ、四条と戦おうとして魔法で軽くあしらわれ、その後十二銀盤の王剣者(イーゼルハイト)で止めを刺されるところでユミエルが助けてくれたのだ。

 

「そうか。僕は負けたのか……」

「むしろ負けるぐらいで済んで良かったです。もう少し私が駆けつけるのが遅かったら、頭と胴体が永遠に離れ離れになってました」

 

 自分の首を切断するような仕草をするユミエル。そうだ、昨日あの場でユミエルが駆けつけてくれてなかったら自分は死んでいた。フラッシュバックした昨日の記憶にカインツは顔全体を右手で覆う。

 

「ありがとうユミエル。助けてくれて」

「私とあなたの仲じゃないですか。お礼なんていいですよ」

 

 長らく旅の同行者として一緒に歩いてきた彼女にそう言われ、少し恥ずかしく思うカインツ。だが、今は恥ずかしがっている場合ではない。命があり、意識も無事戻り、体に異常がないのなら、少しでも四条のことについて話し合っておかなければ。あの犯行文のこともある。今夜にでも四条透はエルファンド校にやってくるだろう。彼らに残されている時間は、そう多くない。

 

「ユミエル。僕の記憶が正しければ、僕は君がやってきた時点で意識を失っていたはずなんだけど、四条は君には手を出さなかったのかい?」

「えぇ……どういうわけか私とは戦わずにそのまま消えていきました。まぁ気紛れだとしてもおかげで私達は助かったわけですが、どうして見逃してくれたんでしょう」

「僕たちを殺さないでおく理由ーーダメだな。思い浮かばない。奴の目的からすれば、僕らはさっさと葬り去りたい対象のはず。なにか、去り際にでも奴が言っていたこととかない?」

「………そういえば、『そろそろ時間だ』とかなんとか言ってたような」

「時間?」

「えぇ。なんのことを言っているのか、私には分かりませんでしたが」

 

 時間。灰色名詠と空白名詠、さらには現代魔法を使いこなす男が自分たちを殺さなかった理由を聞いてカインツは考え込む。昨夜のあの状況で、気絶している自分とユミエルを相手に四条が戦えば、まず間違いなくすぐに決着は着いた。だがそれをせずに奴が消えた理由。 

 考えられる可能性といえば……

 

「………確か僕と戦う前、四条はこういってた。『五年前に存在が消えかけ、こうしてかつての姿を取れるようになるまで時間がかかった』って」

「五年前……黒崎さんに転生の実験をしたときですか」

「おそらくね。ていうか、それ以外には考えられないんだけど……。ともかく僕が言いたいのは、もしかしたらアイツはまだ本調子じゃないのかもしれない」

「……………奴の活動時間には、限界がある?」

「もしくは戦闘時間か、顕現時間か。元々今の四条は外法で魂だけの存在になった()()だ。完全に真精になったイブマリーと違って、不安定なのかもしれない」

「………アマリリスから聞いた転生の実験において、魂だけの状態になるのはまだ実験途中の段階。本当ならその後黒崎冬夜(空の器)に入って始めて実験は終了する。……実験途中の未完成な状態だから、存在がそのものが安定してないってことですか?」

「そう考えると、あの男が未だに冬夜君にこだわっているのも納得できる。あれだけ強力な力が使えるのにすぐにミクヴァ鱗片(エッグ)を使ってミクヴェクスを呼ばないのは、存在が不安定だからミクヴェクス()を呼べないのかも」

 

 カインツの推察にユミエルは耳を傾ける。この考えを裏付ける証拠なんてものは存在しないが、それでも彼女は、カインツの考えが間違ってないように思えた。

 

「そうなると、やっぱり四条の当面の目的は黒崎さんの体ですか」

「多分。なら間違いなく四条は今夜現れる。あの男は『興味のあることはとことんやり倒す』と自分についてそう語っていた。なら、実験もキリのいいところまでは必ずやるはず。もう既に出した犯行予告を覆すとは思えない」

 

 カインツはそう結論付けると、ベッドから降りて近くに畳んであった服に手を伸ばす。目覚めて間もないカインツの行動に、ユミエルは慌てた。

 

「カインツ!あなた何を」

「今夜四条が来ることがわかってるんだ。なら、病院(こんなところ)で寝ている場合じゃないだろう?」

「でも!」

「少しぐらいの無茶は平気さ。なに。無事交流会が終わったらちゃんと検査しに来るよ」

 

 安心させるようそう微笑んだカインツの言葉に、ユミエルは何も言わず黙って部屋から出て行った。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 カインツが病院で目を醒ました丁度一時間後。エルファンド校校内に設置された女子寮ではーー

 

「いやぁ、昨日は雫とお楽しみだったみたいだね冬夜くん!」

「開口一番に何いってるんだお前は」

 

 冬夜がかきたくもない汗を朝から掻いていた。ほのかの言葉を聞きつけた彼の脳が、ほぼ自動的に昨夜ベッドの上で起こった衝撃的な事件を脳内で再生するように動いたが、それを理性という力で無理やり中止させる。とりあえず、まず自分がやるべきことは、せっかく着替えたスーツに血糊が付いてもいいから目の前でニヤニヤ笑っている幼馴染の女の子を殴り飛ばすべきかと彼は考える。いつもは太陽のように明るい笑顔だが、下卑た思考を持って浮かべている彼女の笑顔は今、醜悪な面にしか冬夜には見えなかった。

 だがしかし、もしもこの会話がほのかと二人きり(もしくは雫を含めた三人)で会話をしていただけなら、まだ彼は何とかなっただろう。だがここは食堂。前方にはほのか、左右にはエリカと深雪、彼女たちの前には美月と雫が座っている。

 わかりやすく言えば、冬夜は包囲されていた。

 

(くっそ、朝ごはんだけもらって部屋で食べるつもりがこんなことになるなんて……やっぱり女の団結力は恐ろしい……!)

 

 前を向いても横を向いてもニッコリと笑顔が返ってくる。雫は『我関せず』とでも言いたいのか考え事でもしているのか、黙々と白米を口に運んでいる。しかし、性格上こういうことには奥手なはずの美月にいたっては、テーブルの上にボイスレコーダー、手にはしっかりと手帳とペンを持って隠す気もなく話を聞く気満々だった。あぁなぜだろう。心無しだろうか、『女』という字が三つ集まると『姦しい』と書くほど煩い女子たちの喧騒も心無しか比較的静かに思える。

 

「えぇ~。なにってそんな。決まってるじゃない。ねぇ深雪?」

「えぇ。昨日雫が部屋を訪ねてったきり、何時間も帰ってこなかった時に部屋で雫と何をしていたのか、です」

(こいつら確信犯か……!)

 

 ビキビキと額に血管が浮き出てきてキレそうになるのを堪える冬夜。間違いなく、彼女たちは分かっててこんなことをやっている。何が目的なのか分からないが、真面目に答えるのはなんか癪に障ったので、絶対に答えてやるものか、と冬夜は決めた。

 

「お前らが思っているようなことはしてねーよ。お茶飲みながら久しぶりに会話しただけだ」

「またまた。どうせバレるんだから恥ずかしがることないのに」

「間違ってねーよ。なぁ雫?お前からもなにか言ってくれよ」

「え?」

 

 いきなり会話を振られた雫は冬夜の顔を見る。ついさっきまで彼女は、勢いとはいえ昨夜熱いキスをしてしまったことについて、顔から火が出るほど恥ずかしく思っていたので(ちなみに後悔はしていない)冬夜の顔を直視することが出来なかった。しかし、『助けてくれ!』と語るその目を見て、彼女は察する。

 

(冬夜、キスしたって言うの恥ずかしいのかな)

 

 間違ってるような、間違ってないような。昨夜部屋から帰ってきた後、ほのかに散々尋問されて全てゲロってしまった雫は、そう解釈した。その上で冬夜のSOSに対してどう答えるべきか考える。そして結論した。『どうせバレていることなら、他の女が冬夜に手出ししてこないようにしてしまおう』と。

 男の見栄や保身など計算に入れていない雫は、己の下腹部を愛おしそうに撫でる。

 

「………お父さんはああ言ってるよ。なにもしてないなんて、恥ずかしがることないのにね。六花(りっか)

「うおおおい!?何言ってるんですか雫さん!?」

「何って、私たちの愛の結晶に話を」

「ストォォォップ!!あ、あああ愛の結晶てお前ッ……何言ってんの!?」

 

 冷や汗が滝のように流れてきた冬夜は、思わず身を乗り出して雫に詰め寄る。自分をフォローするように視線で伝えたはずが、間違った解釈をされて一気に窮地に陥ってしまう。なぜだろう、なにもしていないはずなのに顔が熱い。

 

「なにって………もう、公衆の面前でそんなこと言わせないでほしい。恥ずかしいのは私も一緒なんだよ?」

「恥ずかしいならそんな嘘吐かないでもらえますかねぇ!嘘でもそういう話されるとこっちは焦るんだけど!?」

「冬夜、お腹が大きくなったら言い逃れ出来ないよ?」

「なにもしてないんだから大きくなるわけがないだろ!」

「…………まさか、大きくなる前に堕胎手術を受けさせる気?」

「そうじゃねぇよええいチクショウ話が進まん!まず子供がいるのを前提で話を進めるのやめようか!話がこじれるから!」

「………ちなみに名前は『冬の夜』と『雫』のイメージで『雪』を連想したから、雪の異称の『六花』から取ってみた。男の子だったら『吹雪(ふぶき)』とかにしようと思う」

「あ、六花って女の子の名前だったのね。ってそうじゃねぇよつうか気が早ぇーよ。こっちの話を聞け雫!」

「冬夜こそ、素直に認めた方がいい。産んだら絶対に認知させるからね、私」

「だぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!話が進まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「と、冬夜くん!?話しか進まないからって暴れないでよ!ちょっと落ち着いて!」

 

 あまりのズレッぷりに堪忍袋の緒が切れた冬夜は奇声をあげる。深雪とエリカがそんな彼を取り押さえたことで、幸い被害は皆無だが、冬夜のSAN値はガリガリ削られていく一方だ。なぜこんな濡れ衣を着せられなければならないのだろう。周囲の女子たち(特に美月は朝御飯を食べるのを忘れるほど熱心になにか書き込んでいる)のヒソヒソ声も含めて、冬夜のライフポイントはゼロに近かった。

 

「ああオーケーもう聞かん。聞いたらドツボに嵌まることはよーく理解した。お腹の中(そこ)に子供なんているわけないんだから無視して話を進めよう」

「いるわけないって、そんな酷い。昨日、あんなに激しく私を求めていたくせに」

「求めてねーよ。いや確かに求めてはいたけど、そういう意味じゃねーよ!」

「いきなりハグされた時は驚いた」

「それは……すまん」

「冬夜に抱き締められて、ドキドキした」

「………う」

「冬夜に頭を撫でられた時はもっと甘えたくなったし、冬夜も冬夜で私が甘えたら満足そうな顔してーー」

「ストォォォップ!待ってください雫さん!確かに今話してるの全部事実だけど、事実を話されるのもそれはそれで辛い!」

「北山さん!その時の様子をもっと濃密(ディープ)に教えてもらえませんか!」

「そこの美術部は黙ってろ!」

 

 今度は怒声が食堂に響く。先程までの嘘ではなく、今度は事実を話された訳だが、これもこれで一種の拷問だった。照れながら嬉々として語る雫の姿を見るだけで、死にたくなってくる。穴があったら入って引きこもりになってしまいたい。

 しかし、そんな彼の気持ちなど、既に取材モードに入った美月には関係なかった。

 

「………まぁ、色々あったわけだけど、昨日はスゴくイチャイチャした。最終的には幸福感に包まれて部屋に帰ったよ。ーー充実した、一夜だった」

「ど、どんなことをしたんですか!?むしろ、どんなことをされたんですかっ!?」

「おーいそこの美術部部員~?こっちの話を聞けよ?あんま調子に乗ってると黒崎さん怒っちゃうぞ~?」

「………………具体的には言えないけど。とにかく、私の(大事なもの)を昨日の夜冬夜に奪われちゃいました」

「だ、処女(大事なもの)を奪われたんですか!?そ、それは、冬夜くんが昨日の夜にオオカミになったって解釈で十分ですか!?」

「………おい。今決定的になにかズレたぞ。同じこといってるようで全く違う言葉だと思うんだが」

「雫は大人になったんだね……私嬉しいよ雫」

「そういう意味じゃねぇよ!なに感慨深げに言ってるんだほのか!?」

 

 ずっと二人のことを見守ってたほのかは、子供が自立して自分の手元から離れていく親のような気持ちを持っていた。

 

「……………冬夜も恥ずかしがること、ない。私は嬉しかったから。冬夜も素直に言ってくれると嬉しい」

「頬を染めるなそして照れるな雫!勘違いされないようにちゃんと言っておくが、オレたちが昨日したのはーー」

『したのは!?』

「ぐ………キ……キスまで、だ!……ぐっ!」

 

 冬夜の言葉に女子たちの『きゃー!』という嬌声が聞こえる。言わないと決めたはずなのにあっさりと言わされたカミングアウトに、強情に何もないと言い続けた冬夜もついに膝をついて屈した。テーブルに倒れ込んで涙を流す。こんなにも完膚なきまでに敗北を思い知らされたのは何年ぶりだろうか。

 

「ぐぅ……恥ずかしすぎる。死にたい」

「まぁまぁ。それも幸せのうちだよ、冬夜」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」

 

 周りの女子が恋バナに妄想をミックスして話を盛り上げている中、唯一冬夜に話しかけた雫だけは、幸せそうに照れていた。

 

 

 ーーこの話は後に一高中に広まるわけだが、まさかそれが原因で【あんなこと】になるなんて、彼女たちはまだ予想だにしていなかった。





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