お待たせしました皆様約一月振りの投稿申し訳ーー
冬夜「おう。久しぶりだなこの駄作者。少しお話ししようか?」
いーやぁぁぁぁぁぁぁ……(断末魔)
雫「………約一か月ぶりの、本編をどうぞ」
時間は少し前にまで巻き戻るーー。
冬夜が外で灰色の名詠生物を相手に奮戦し始め、達也たちも四条の登場に驚いている時。
放課後だったため、達也たち以外は誰一人としていないはずの風見鶏内部で動く人影があった。
「………この結界は並大抵のことでは解除出来そうにありませんね。やれやれ、どうしたものでしょうか」
魔法の解析でもしていたのだろうか、壁に手を当てたまま盛大にため息をつく一人の魔法師。偶然か必然か。いや、彼女もまた第四研究所をルーツに持つ魔法師なのだーーなにか『運命』のようなものに導かれるように彼女も自然とこの場所へやってきていた。
【
今の
【
現在はまやかの姿をしている彼女は、一階の壁に背を預けて「うーん」と考え込む。零野兄妹見守る最中『今後の任務で使う事があるかもしれない』と考え、こっそり風見鶏に潜入し内部構造を調べていた彼女は、偶然四条の時間停止の範囲適用外にいたのだ。四条の魔法発動には気付いたが、彼女が手を打つ前に達也たちと同じで出入り口の扉が開かなくなり、外に出られなくなってしまった彼女はなんとか脱出しようとあれこれ考えていた。
「魔法は使えないが名詠式は使える。なら名詠生物で突破すれば出来そうな気もしますが、それだとまやかたちに気付かれてしまいますね。魔法を使おうにもフォノンメ-ザーのような魔法は無効化してしまいますし、むぅ。本当に困りましたね」
断崖絶壁のような胸の前で腕を組んで本当に困った表情をしてしまう零式行列。五年前、零野家と零式家が行った実験の影響で一時昏睡状態に陥った零野兄妹とは異なり、その持ち前の能力を活用して雇われ傭兵として世界各地を転々としてきた彼女は実年齢に反して様々な知識を有している。本来自分には使えないような秘伝や秘術といった魔法もいくつかコピーしている彼女は、この手の魔法の解析は得意分野なのだ。か、さすがに時空間干渉系の魔法は理解の範疇を超えていたのか(そもそもこの系統をつかえる術者二人でさえも、全容を理解しきれていない)完全にお手上げ状態だった。ポケットに忍ばせた人工ルビーを弄りながら名詠生物を名詠して無理矢理突破しようか、とは考えてはいるが、成功するかどうかは怪しいところで手をこまねいている。
「こうなると、あの時無理をしてでもハニートラップを仕掛けて
……いやでも、そんなことをしたらあのシリウスから本当に殺されてしまいますか。ただでさえ指名手配されているんですし、もう少し大人しくしておいたほうが良いかもしれません。第一、この場にないモノをねだったところでどうしようもありませんか……」
今この場に向かってきているであろう夜色名詠の英雄の姿を思い浮かべて彼女は少し昔を振り返る。彼とはUSNAで暗殺するよう依頼をされて、それを引き受けてからの仲だがなかなか良好な関係を築いている。元が暗殺しようとしていた相手なので信用されているとは彼女自身考えていないが(そもそも依頼者を裏切って冬夜に寝返った時点で、信用される理由がないと彼女は考えている)それでも
(ま、あのシリウスから守ってくれているだけでも十分なような気もしますが)
昔のことを思い出したついでに現在十三使徒の一人として数えられている金髪少女のことも思い出した
「彼だったら、こういう時どうするでしょうか」
しかしいつまでも過去を思い出していてもキリがない。現状を切り抜けない限り、どうすることも出来ないと考えを改めた彼女は再度、脱出の方法を考える。これがあの夜色の少年だったならばピッキングやらハッキングやら上手いこと出口を作り上げるのだろうが、生憎と彼女はそんな泥棒じみたスキルはあまり持ち合わせていない。完全に封鎖された出入り口を前に腕組みをして考え込んでしまう彼女の耳に、突如上の階から魔法の発動兆候と、声にならない叫び声が聞こえてきた。
「………この声はまやか?まさか、上で戦闘が始まったの?」
どうやら、上の階でまやかたちが何者かと戦っているらしい。おそらくはそいつがこの結界を張った人物なのだろうと
(ですが、これほどの結界を張る相手に彼らで勝てるんでしょうか)
元傭兵として、まやかたちと一緒にいる一高メンバーのことも調べてあげた彼女は(達也と深雪の場合はブランシュ事件の時程度の能力しか知らない)彼らだけでこの結界を解くことが出来るのかどうか疑問視していた。場合によっては助太刀に行った方が良いのかもしれない。
「困りましたね……。今まやかたちに私のことを知られるのは任務に支障が出ます」
しかし、彼女にも立場というモノがあり簡単に助けにはいけない。どうにかして彼らを誤魔化さなければならないが、こんな結界が張られている以上、この場にいておかしくない人物に化けなければならない。もちろん、加勢に行かないという手もあるが、どうにも嫌な予感がしてならない。
「……こうなれば、手段は選ばず直接私が出向くほかなさそうですね」
【
覚悟を決めた彼女は、奥の手として
◆◆◆◆◆
名詠士・魔法師共に天敵といえる最凶の名詠式『灰色名詠』。そしてそれを扱う空白色の詠使いにして、現代魔法の生みの親、四条透こと『U.N.Owen』。
いくら灰色名詠の弱点を知らなかったとはいえ、A級魔法師を次々に殺害し、さらには異世界で灰色名詠と対峙したことのある虹色名詠士を一瞬のうちに倒したこの二つの組み合わせ。その覆しようのない圧倒的な戦闘能力の差は、色々と壊れた才能を持っている冬夜の友人たちの間でも埋めることはできなかった。それはもう、『反唱』が使えず刻印儀礼のCADを持っていないとか、冬夜のように特殊な魔法を持っていないなんていう次元の話ではなく。
--そもそも、戦いにすら成り得なかったのである。
「………っは、はぁ、はぁ……」
「お兄様!お兄様!!」
「チクショウ………足が……」
「お兄ちゃん!」
「開始して三分。私の予想ではここまでに全員を石に変えている予定だったのだが、よく生き残ったな。少々、ではなくけっこう驚いたぞ」
四条と遭遇し、深雪たちを人質に取られてから三分後。達也と修は膝をついて呼吸を整えていた。肩で息をしながらも、壇上から一歩の動かず自分たちを眺めている四条を睨み付け抵抗の意思を示す。達也は正直、コレまでの攻防で生きた心地がしなかった。師である八雲から忍の技術の手ほどきを受けていなければもう詰んでいたことだろう。見た感じ修は運と経験の二つでなんとかここまで生き残ったみたいだが、その姿は達也とそこまで変わらなかった。そんな二人の反応を見ても四条の反応は楽しそうに口元に笑みを浮かべるだけで何も変わらない。達也たちは自然と奥歯を噛んで屈辱に耐える。
灰色の名詠生物に捉えられ、人質にされている深雪は兄の姿を見てキッ、と表情を引き締めると四条に向かって叫んでいた。
「あなた!何が目的でこんなことをするんですか!まやかが狙いだと言いつつ、なぜまやかを石に変えてからもお兄様たちにまだ危害を加えるのですか!?」
「なぜ、か。これと言って大した理由などないが、これまでの犯行も特に何の面白みもなくあっさり片が付いてしまっていてな。正直詰まらなかったんだ。何分今は暇を持て余している身分だから、暇潰しついでについつい遊んでしまっていた。まぁ、体を石に変えられても果敢に攻めては返り討ちにされる光景は、なんというか二昔前のヒーロー映画のモブキャラが、悪役の怪人にやられているのを見ているようで楽しかったよ」
「ッ!」
「まぁ、そう怖い顔をするなお嬢さん。きれいな顔が台無しだぞ?」
サングラス越しに深雪の目を見ていた四条は達也たちに視線を戻す。勝てる見込みのない勝負。それでも勝機を目指して残った二人の姿を見て、四条は嘲笑うかのように口角を上げた。
「ま、それでも死にかけなのは変わらないか。しかし自慢しても良いと思うぞ?なにせプロの魔法師も名詠士も躱せなかった灰色名詠の攻撃をここまで避け続けたんだから。見事な身体能力だ」
「………オレの両腕を石に変えておいてよく言う。それにお前、まったく本気を出してないだろ。そんなので褒められても馬鹿にされていると感じるだけなんだが?」
「いいや。手放しで褒めているのさ。自分を過小評価しすぎだよ。少年」
「くそっ……。ミア……」
「お兄ちゃん……」
四条から称賛の声を掛けられるも、達也の表情は曇ったままだった。それもそうだろう。もう両腕は石になって感覚もなく重しになっている上に、体だって所々灰色に変わっている。チラリと後ろを見ると、そこには無残にも石像と化したクラスメイトや友人の姿。幸い見た目は欠けたところもなく、無事なように思える(思いたい)。
(あのバカ、なにをモタモタしているんだ。早くこっちに来い!みんなが、北山がピンチなんだぞ!)
そんな中で、ほのかと共に石に変えられた雫の石像を見ながら達也は内心毒づく。噂話を聞いたときは『やりやがったなアイツ』と呆れもしたが、ブランシュの時同様、一番肝心な時に活躍しないというのはどういうことなのだろうか。風見鶏周辺に設置された結界のせいで、エルファンド校高等部に溢れ出た灰色名詠の名詠生物を片っ端から送り返している冬夜の状況を【
達也自身、冬夜の実力のことは知っているしそれに違わない異名を持っていることも分かっている。だからこそ、達也は冬夜がまだここに現れていないこの状況に怒っていた。
(一番大切な人を守れなくて、何が
カーディアンとして、
つまり、この男を相手に既に死にかけの自分と修で相手をしなければならないのだが、勝てる見込みはないに等しすぎた。
(灰色名詠自体も厄介だが、一番面倒なのは名詠生物を呼び出すあの
「くそ、あと一体。あいつさえ倒せれば……勝てるのに」
「修?」
達也は近くに転がっているシスコン仲間、ではなくエルファンド校生徒の修のほうに顔を向ける。修も既に右足、左手・左腕を石に変えられており震えているのだが、その眼はまだ諦めていなかった。右手を床について床に這いつくばった体勢から何とか立ち上がろうと試みている。
「待ってろミア、今助けてやるから」
「お兄ちゃん」
フラフラになりながらもなんとか立ちあがった修はまだ石化していない右手で拳を作ると、それをそのまま自分の左腕に当てる。ブツブツと小さく、何かを呟いた後眩い白の名詠光が彼の左腕を包んで元に戻した。
「……『白』で正解みてーだな。最後でようやく当たった」
「ほう、『反唱』か。まさか使えるとは思わなかったよ。今日一日この交流会の様子は眺めさせてもらっていたが、君の専攻色は『青』じゃなかったのかな」
「エルファンド校の生徒会役員は、代々選任されて一月以内に夜色以外の全色の反唱を覚えるのが決まりなんだよ。暴走した生徒の抗争を止めるための予防策としてな。でもまさか灰色名詠にまで通じるとは思わなかった」
「ふふ。この灰色名詠式は元々白色名詠から派生したものだからな。白の反唱が通じるのは当然なのだよ。既存五色とルーツからして異なるあの異端色と違って、
「そうかよ」
戦闘中のためか、四条の言葉に一々耳を傾けている余裕のない修は、ぶっきらぼうにそう返事を返すと、残った自身の右腕と達也の両腕を反唱で元に戻した。体が元に戻った達也は修に礼を言うと、立ち上がって隣に立った。
「修、さっき『勝てる』という言葉が聞こえたがなにか勝算があるのか?反唱が使えなかったとはいえ、これまで小さな
「いや大丈夫だ。あの岩の塊にさえ触れて送り還せば、あとはオレたちだけでなんとかなる。奴にまだ攻撃する手段が残されていなければの話だが」
「その根拠は?」
「ここに来る前、授業で習わなかったか?--触媒の【
「………なるほどな」
修の言葉でようやく達也も勝てる見込みがわいた。【
基本、色さえ合っていればどんなものでも名詠式には使用することができる。折り紙であろうと人工的に作られた宝石であろうとそこに差異はない。ただ、絵の具や折り紙のような単調なものより、宝石や血といったもののほうが名詠式としてはより高度な名詠生物を呼びやすくなるといった違いは存在するが、‘どんなものでも使える'という点は変わらない。
しかし、そこには唯一の欠点が存在している。それが【後罪】だ。一度名詠式として使用し
冬夜も含め、すべての名詠士が常日頃から大量の触媒を持ち歩くのはそのためだ。無理をして名詠門をこじ開けるよりも、触媒を次から次へと新しいものに切り替えていったほうが確実なのだから。エルファンド校の授業の中には触媒を自分で調合するものがあるのだが、こんなことをするには全てこの【後罪】という制限のためである。
修の言う勝算とは、四条の持つ触媒『
「ミアたちを助けられれば、後はオレが何とかする。それで黒崎さんが来るまで耐えきれれば……」
「『勝てる』と?ふふ……健気な勝算について語っている中悪いが、それは無理だな」
「なんだと!?」
「………冬夜がここに来ないから、そう言っているのか?」
「いや違う。そもそもの前提が崩れているからだ」
「どういうことだ」
「そのままの意味さ。私が今持っているこの孵石。これに後罪などという制限は存在
「嘘だな」
修の出した答えを割り込む形で否定した四条。その四条が言った驚愕の言葉を、修は即座に否定した。
「後罪のない触媒なんて存在しない。名詠式についてちょっと齧っていれば、そんなうたい文句で騙される奴なんて中学生でもいないぞ」
「さすが、エルファンド校でも優等生、生徒会にいる生徒らしい言葉だな。だが真実なのさ。世の中には基本に当て嵌まらない例外というものがある。この孵石は、その例外に属するわけだ」
自慢げに、達也たちの視界にしっかりと収められるように孵石を見せつける四条。名詠士の卵として『そんなことはありえない』と四条の言葉を信じないと言う修と対照的に、後罪のことを思い出した達也は、鈍色の触媒を眺めながらこう考えていた。
(灰色名詠にも触媒が必要なら、なにもあんな大きくて目立つような触媒をなぜ連続殺人犯である奴が持ってきているんだ?別に灰色なら何でも良いというなら、灰の粒を持ってくるなり灰色の絵の具を持ってくるなり他に方法があるはずだ。それなのに、なぜあんな持ち運びしづらいものを持ってきている?)
単純に自分たちのことを舐めていてくれたのならまだ理解できる。だが、今回の交流会には反唱のエキスパート、IMA社長の冬夜が来ていることは事前に分かっているはずなのだ。それなのに、あの奇妙な触媒を持ってきたのには、なんらかの意味があるのではないだろうか?そう、他の触媒を使うのとは別の理由が。
「ついでにもう一つ教えてやろう。この触媒『孵石』には、『名詠式と同色の触媒を使わなければならない』という
「またそんな嘘を!」
「嘘じゃないさ。実演をもって証明したほうが信じやすいか?そうだな、それならば実演して見せよう」
四条が孵石を掲げたまま、
「!」
「う、うそだろ!?なんであれから赤の名詠光が」
「これが孵石。夜色名詠と対となる空白名詠、その真の触媒の力の一端だ」
眩い紅の閃光が音楽室の中を満たし、そしてそれが収まるとーー
『………』
あまりの事態にその場にいた二人、いや人質の深雪たちを含めた四人が絶句してしまう。『名詠式に使う触媒は、同色のモノでなければならない』、『一度使われた触媒は、二度使う事が難しい』。これら名詠式において当たり前とされるこれらの
「んな馬鹿な……いったいどうやって」
「どうもこうもない。コレは、
「くそっ!!」
四条が赤い鬣をもつ獅子に突撃指示を出し、達也は身構え、集は赤い折り紙を握り潰して反唱の準備をする。だが、全身石で出来ていた灰色名詠の名詠生物を違い、赤獅子は鋭い牙や爪を持つ殺傷力に長けた名詠生物。
(自損覚悟でぶっ倒すしかない!)
天井ギリギリまで飛び上がり、頭上から襲いかかって来た獅子を修は拳を突き上げる。当たるつもりで拳を打っているものの、名詠生物のその敏捷性をもってしまえば容易く躱されカウンターの餌食になってしまう。それでも、修は拳を前に突き出すほかなかった。
そんな単調な攻撃食らわないよ!と言いたげな小さな咆哮をあげた赤獅子は、そのまま爪を修の指を目掛けて突き出していく。このままでは間違いなく修は指に深手を負って大怪我をするだろう。それに気付いた達也が、修を守ろうと手を伸ばす。
(届け……!)
『再成』を持つ自分なら、いくら傷を負っても二十四時間以内なら何もなかったことに出来る。この場において唯一灰色名詠に対抗できる修に余計な怪我を負わせるわけにはいかなかった。
しかし、二人にとっては幸いなことに。
赤獅子の攻撃は修に届く前に別の赤獅子の攻撃を受けて横に飛ばされていった。
「へぇ。内側からは絶対に開かないが、外側からなら扉は開けることが出来る。一度開けた扉はその後開閉自由になる。ーー随分便利な設定だな」
「「!!」」
「ほぉ。来たか」
四条の赤獅子とは別に、赤獅子を名詠した人物の声が音楽室の引き戸辺りから聞こえてくる。いつも聞き慣れた、待ち望んだ人物の声に達也と修の二人は振り向き、四条は驚いたような顔をしてその顔を見張った。
「なかなか面白そうなことをしているな四条。オレも混ぜてくれよ」
「「冬夜(黒崎さん)!」」
IMA現社長、夜色名詠士と名高い四条透の息子。白の触媒を握りしめた『黒崎冬夜』の姿がそこにあった。
◆◆◆◆◆
はっきり言って、今回ばかりは間に合わないと思った。
「あ、あの……なんなんですかあの化け物!?」
『フォカロル、お前はあの名詠生物について知っているか?』
『いや知らんな。ネイトと共に戦った時は、あんな奴いなかった』
「どうやら、あれが四条の代わりに灰色名詠を名詠しているみたいだね」
「………まさかあれは」
灰色の名詠生物たちを斬って、斬って、送り還し続けた
風見鶏から歩いて約五分。近くとも遠くとも言い切れないその場所で、本校舎の壁面に張り付くように巨大な一体の名詠生物が存在していた。
その姿を形容するなら、幾体にも群がり絡み合っている蛇の下半身と裸の女の上半身。長い髪に隠れた顔は意外と美人ーーなんて場違いな評価を冬夜は下しながら、冬夜はその顔の表情を見る。
(泣いている。悲哀と絶望が混じった、嗚咽混じりの悲鳴ーー)
見ていて胸が締め付けられるような気持ちになるその名詠生物の正体に、冬夜は覚えがあった。英国にいた頃、よく
「エキドナ、か?ケルベロスやラードーンを生んだ、ギリシャ神話上の多産の神……」
「ちょ……か、神も名詠出来るんですか名詠式は!?」
『元々
「名詠生物を名詠できる名詠生物も存在します。シャックスのように例外がないって訳じゃない。……一度に名詠出来る量は、桁違いですが」
「どちらにしろ、アレを倒さないと僕らに勝ち目はないわけだ」
過去に何度かドラゴンを単体で撃破したことのある冬夜も、見上げるほど大きな幽幻種と戦ったことのあるユミエルも、世界各地を旅してきたカインツも、眼前の光景に頬を引き攣らせ苦笑いを浮かべることしかできない。なにせ相手は超巨大な名詠生物。高等部校舎に寄りかかるようにーーというより両腕を伸ばして磔刑のような格好をしているーーそれを倒すには、まずやらなければならないことがある。
彼らの視界のすべてを埋め尽くす、灰色名詠の大群。これを突っ切ってエキドナの所に辿り着かなければならない。
敵意を漲らせて地面を覆い尽くした何千何万というネズミたち。一匹二匹ならどうとない相手でも【塵も積もれば山となる】ということわざ通り手強い相手となる。これだけでも恐怖演出としては十分なのだが、地上にはさらに涎を垂らし美味そうな
だが厄介なことに空中に旋回して三人を狙うカタクロトビの群れがあった。さらにはその脇で小さな羽を羽ばたかせて待機する石化能力を持ちの
カドモスの灰の雨により、体が少しずつ石になりながら戦わなければならないとなれば、さすがの夜色名詠の名詠生物たちでも分が悪い。ユミエルやカインツのサポート、名詠生物たちの名詠があったとしても、真っ当なやり方ではエキドナに辿り着く前に数に押されて負けてしまうだろう。
冬夜には名詠生物も関係なく一撃で送り返せる『守護者の剣』がある。アレに備わっている範囲攻撃を使えば簡単にエキドナごと全て葬り去れる可能性もあるが、彼の精神に封印している
(そもそもここで終わりじゃないんだ。はやく雫たちの所に行かないといけない以上、一撃必殺用の『守護者の剣』じゃダメだ)
となれば、この場を切り抜ける方法は一つ。
眼前の名詠生物にも、上空の名詠生物にも、そして校舎に張り付いているあの巨大な名詠生物にも負けないほど強力な名詠生物を名詠するしかない。
「ユミエルさん、カインツさん、みんな」
『なんでしょう。マスター?』
「ほんの少し……ほんの少しで良い。時間を稼いでくれ。
「「『『!!』』」」
冬夜のその言葉に、空間移動で取り出した夜色
……夜色名詠式の真精。
この世界では、冬夜だけが名詠出来る最強の名詠生物。
(みんなを守るためにーーもう一度力を貸してくれ。二人とも)
脳裏に威厳あふれる黒い龍と黒い少女の姿を思い浮かべ、冬夜は最後の切り札として
『
時間の止まった世界の中でーー
神秘に包まれた夜色の
はい。というわけでハーメルンよ。私はッ、帰ってきたぞぉぉぉぉ!!
いやぁ現状報告も何もせず申し訳ありませんでした皆様。インターン関連のあれやこれで忙しく……はい。完全に言い訳ですね。ごめんなさい。
ですが、大学始まったのでようやく暇になりました。これからはとりあえず交流会編の終わりまで突っ走りたいと思っています。
では、最後に一言。
雫、魔法科LZ総選挙一位、おめでとう。(票数が圧倒的過ぎてびっくりしました)