魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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みんな、見ているか?

三週にわたって更新しても、実はまだ作中じゃあ一日と経ってないんだぜ……。

長く、なりそうだなぁ。


北山家と冬夜

「冬夜、今日はありがとう」

「これぐらいどうってことないさ。オレも覚えきれてない部分があったし、帰ったらもう一回勉強しなおしてみるよ」

 

 そろそろ太陽もその日の役目を負え、月が代わりに働き始める夕方頃。

 雫の家にて試験勉強していた冬夜たちは、無駄に広くて長い北山邸の廊下を歩きながらとりとめのない会話をしていた。冬夜に見てもらったテスト勉強で余程頭を使ったのか、ほのかとエイミィはぐったりして覇気がない。雫だけは一日中冬夜と一緒にいられたためか、少し精神的に余裕が見てとれる。冬夜の隣に立って、冬夜の話し相手になっていた。

 

((テスト勉強と雫たちのイチャラブのせいで、頭も心も疲れたよ……))

 

 お疲れ様ですと心から言ってあげたい。

 

「っていうか冬夜くんまだ勉強するの?熱心だねぇ」

「まぁな。今回の試験では一位取れるよう頑張ってみるつもりだから、抜けはないようにしないと」

「一位ってことは達也さんと深雪と競い合うってことだよね?一位とれる自信あるの?」

「さぁ?でも入学試験は散々だったから、敵が襲撃してこない今回は本気出してみようかなって」

「そもそも入学試験で軍に襲撃されることがまずありえない」

「そこはほら、オレだから納得できるだろ。………はぁ」

 

 入学試験時の逃亡劇(嫌な事)を思い出したのか冬夜はまた重~いため息を吐く。相変わらずの振子メンタルで見る分には飽きない。当人からしたら不幸続きの人生で嫌気がさしてくるのだが。

 

「でもさぁ、そこまでして一位とる必要あるのかな?冬夜くんがそうしたいのって、九校戦に出たいからだよね?冬夜君の実力なら、よほど点数が悪くなければ出場確定だと思うけど」

「そうだな。今回の試験の得点に関わらず、多分七草先輩たちはオレをメンバーに入れるだろう。でも、だからこそなんだよ」

「なんで?」

「それは………」

 

 試験順位など気にするタイプでもない冬夜がそうまでして定期試験で一位を取ることにこだわる理由。冬夜がなかなか答えないことにほのかたちが不思議そうな顔をしてぽつりと、三人から目を逸らして冬夜は呟いた。

 

「………試験で一位取れれば、オレの存在に目くじら立ててる奴も、オレが出場することに文句が言えないだろ?雫との……約束もあるしさ。なるべく確実に出場枠は取っておきたいんだよ」

「………ん」

 

 テレテレ、デレデレとまた桃色空間を作り上げる二人にほのか達は首をすくめて『お腹一杯です』という顔をする。そう、何もしなくてもほぼ確実に出場が確定している冬夜が、司波兄妹を蹴落とすまでして試験一位を目指す理由がそれだ。誰からも非難されることなく九校戦に出場するにはこの方法が一番手っ取り早い。

 つまり、冬夜がここまで本気になっている理由とは、前回の交流会にて冬夜と雫が熱いキスを交わした時に誓った【九校戦モノリス・コードで優勝して告白して付き合う】という、まぁなんともベタな展開をするためである。『もうそんなのどうでも良いから付き合えよ……』という彼らの友人知人(ついでに画面の前にいる読者様)の共通認識を知ったうえで彼らはそれをやろうとしているのだから、【死亡確率ほぼ百パーセントのフラグ】を自ら生産し、それを乗り越えようとしている精神に感服せざるを得ない。こうなるともう、自ら死にに行っているようなものだ。

 

「………最悪、優勝しなくても良いからね。冬夜がそばにいてくれるなら、経緯はどうだっていいし」

「いやいや。男が一度言い出したんだからやりきんなきゃダメだろ?試合頑張るから、応援してくれ」

 

 こうしているうちにまたも【死亡フラグ】を建築するバカ一名。ここまでくると何時【第三部、完!】となってもおかしくない。

 

「でも実際のところ、冬夜君が出場できたら優勝間違いない気がするけどね~。なんたって実戦経験豊富なIMA現社長様だし、高校生レベルじゃ勝負にならないんじゃないの?」

「どうだろう。油断できないと思う。今年は三高に、一条家の御曹司が入学したから」

「え、『一条』って……もしかして十師族の!?」

「うん。『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝。強敵だよ」

 

 雫の真剣な表情に女子二人は思案顔になる。一高の生徒会長『七草真由美』や部活連会頭の『十文字克人』と同じく、日本の魔法師コミュニティーの頂点に位置する【十師族】の一つ、『一条』。その一条家の嫡男、と言うよりも次期当主である一条将輝は、三年前の佐渡侵攻事件の折、父親の一条剛毅と共に弱冠十三歳で義勇軍として数多くの敵を葬ったことで有名だ。『敵味方の返り血に塗れて戦い抜いた』ことに対して一条将輝には敬意をもって【クリムゾン・プリンス】の二つ名が付けられている。

 ……しかしそれを言ってしまえば冬夜だって英国(イギリス)を救った英雄(ヒーロー)だし、機密として知られているのはほんの一部だが、一条と同じ【十師族】のなかでも最凶と恐れられる『四葉』直系の少年だ。さらに言えば、一条には使えない固有魔法(BS魔法)【空間移動】や基本五色の名詠式に【夜色名詠式】、近代西洋魔術を始めとした刻印系魔法のエキスパートでもある。

 スペックの違いだけで言えば、レベル五十の勇者がレベル百の魔王に挑むような暴挙。()()()()()()()のようなことさえなければ、試合用にかけられた制限下の中でも他の選手を蹂躙できるだろう。

 

 もちろん四葉のことは知らない雫でも、冬夜と一条のスペックの違いは知っている。それゆえ、強敵の存在を知っていてなお、冬夜の肩に頭をのせるようにして真剣な表情から一転、緩んだ顔で冬夜に甘えてきた。

 

「でも冬夜なら問題なく勝てるって信じてるから、不安はまったくないんだけどね」

「期待に応えられるよう頑張りますよ。お姫様?」

「「あー、胸いっぱいです」」

 

 『一瞬たりとも真面目な話が出来ないのか』と再び甘々な雰囲気に戻った二人に一々反応することにも疲れた二人が適当に返事を返す。結局勉強会と言いながら本当は冬夜くんとイチャイチャしたかっただけなんじゃ?と言い出しっぺの雫を見るエイミィはそんなことを思う。実は全く同じことを、雫の頬に自分の頬を刷り寄せている冬夜を半眼で見つめていたほのかも思っていたとは考えもしない。

 

  前回の交流会の時は甘えられなかった分、今回は嫌というほど甘えている雫。しかしそんな至福の一時は無粋な闖入者によってあっけなく終わった。

 

「兄ちゃん勉強終わった?じゃあ遊んで!」

「お、渡か」

 

 冬夜の姿を見つけるなり傍まで駆け寄り、雫から離れた冬夜にその頭を撫でられたのは、雫の弟で北山家の御曹司【北山(きたやま)(わたる)】。普段学校にいる間などは子供ながらもしっかりと『北方潮(雫の父親のビジネスネーム)』の息子に恥じない立ち振舞いが出来る幼い少年紳士だが、そんな彼も人の目を気にしなくて済む家にいる間はそうではない。塾でも終わった帰りなのだろうか、綺麗な一張羅を着た彼は年相応の顔を見せて冬夜に『遊んで』とねだってきた。

 『ブランシュ』事件が終わった後、五年ぶりに北山邸に訪れた時にはガチガチに緊張しながら接してきたものだが、何回かちょくちょく遊んでいる内にすっかり『兄ちゃん』と慕ってくれるようになっていった。今ではこうして、やって来る度に『遊んで!』と言われるまでになっている。『なんか本当に雫の家族になったようだなぁ』と笑顔を見せる義理の弟(予定)の反応に、冬夜がそんなことを思いながらデレデレする。しかし、実の姉である雫はそんな弟の気持ちを理解しつつも、ムッと唇を尖らせて弟の頬を抓った。

 

「……渡。冬夜にねだるのもいいけど、ここにはまだお客様いるから。ご挨拶」

「あっ、ごめん姉ちゃん」

 

 姉の厳しい指摘に我にかえった渡は、冬夜の手を離れ、軽く襟を整えてから近くにいた初対面のお客さんーーほのかは顔見知りなのでエイミィだーーに元気良く挨拶した。

 

「北山雫の弟の北山渡です!はじめまして!」

「はじめまして渡くん。私はお姉ちゃんのお友達のアメリア=英美=明智=ゴールディ。エイミィって呼んでね」

 

 エイミィもまた、さっきまで見せていたダメダメな表情を隠して元気良く返事を返す。ほのかにも『ほのか姉ちゃん久し振り』と渡が挨拶すると、雫同様に実の弟のように可愛がっているほのかも同じように優しく微笑えんで挨拶する。一人、実の弟が出てきたことで雫は気恥ずかしさを感じていた。

 

「しかし遊ぶってもな。もう夕方だから外では遊べないし、ゲームでもするか?」

「うん!『モーハン』の協力プレイしようよ!」

「その前に。渡、学校の宿題は?」

「もう全部終わってるよ!お姉ちゃんと違って、ちゃんと勉強してるもん」

「………………………………(イラッ)」

「わぁー、お姉ちゃん怖い顔してるよぉー。助けてぇお兄ちゃん(ヒシッ)」

「まぁまぁ落ち着け雫。腹が立ったからってそうカッカすんなって。あとその固く握った手は解いて?」

「………どいて冬夜。生意気言う弟には、愛のグリグリ攻撃が必要」

「まぁまぁ。どうどう」

 

 義兄を盾に姉の攻撃から身を守る弟。冬夜の背中で勝ち誇ったような顔をする弟に、雫はグリグリを実行しようと前に出ようとするが、渡に甘い冬夜が守る。『なんかどっかで見たことある光景だなぁ』と、すっかり蚊帳の外に置いて行かれるのが当たり前になったほのかとエイミィは、肩を竦めて笑う。

 

 だが、冬夜を間に挟んで姉弟仲良く(?)日常風景を見せていたのも少しの間だけ。渡と同じく、またしても闖入者が会話に入って来たことで姉弟の些末な争い事は鎮まった。

 

「渡、雫?お友達の前で何やってるの?」

「「お母さん」」

 

 廊下に響き渡った二人の声を聞き付けたのか、赤いドレスに身を包んだ雫と渡の母親【北山紅音】が近寄ってきた。結婚する前の名前は振動系魔法を得意としたA級魔法師【鳴瀬紅音】。魔法師としては既に引退した人物だが、日本国内でその名前を聞けば誰もが驚く人物。雫の類い稀なる才能は彼女譲りの遺伝だ。

 だが今の彼女は二児の母。良家の親らしく二人のマナーを見咎めた彼女は片方の眉を釣り上げて娘と息子を叱る。

 

「二人とも、場所は弁えなさい。雫のお友達が困った顔をしているでしょう?姉弟ゲンカなら、お友達が帰った後でしなさい」

「「……ごめんなさい」」

「分かればよろしい。……ごめんなさいね。見苦しいところをお見せして」

「あっ、いえ。姉弟仲が良くていいと思いますよ!」

「そういっていただいて嬉しいわ。……ご挨拶が遅れました。私、北山潮の妻をしております北山紅音です。いつも娘がお世話になってます」

「え、あ、ご、ご丁寧にどうもありがとうございます!えと、私の方こそ雫さんにはお世話になっているというか」

 

 雫の母親という、予想外の人物の登場に加えて、腰を折った礼儀正しい挨拶までされたエイミィは、かえって恐縮してしまう。渡の時のようにフランクにするのではなく、慌てて腰を折ってキチンと挨拶する。突然のことでパニックになり、しどろもどろになっていた彼女だが、紅音の『これからも娘ともどもよろしくお願いしますね』の一言で終わりになった。

 初対面のエイミィの挨拶が終わるとその隣。それこそ赤ん坊のころからずっと成長を見てきたほのかにも紅音は挨拶をする。

 

「ほのかちゃんも久し振り。元気してた?」

「はい。小母さんのほうこそ、元気そうでなによりです」

「うふふ。ほのかちゃんは私のもう一人の娘みたいなものなんだから、遠慮しなくて良いんだからね?学校だって、ここから通えばいいのに」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……。そこまでお世話になるわけにはいきませんから……」

「ふふっ。分かってるわ。ほのかちゃんのそういうところ、私好きだもの」

 

 ニコニコ、と親身になって接してくる紅音。彼女の親友の娘であるほのかのことは紅音にとっても大切な存在だ。仕事で忙しいほのかの両親に代わって雫と一緒にその成長を見守ってきた。文字通り、紅音にとってもう一人の娘と言っても良い。

 そして最後に雫の隣にいる少年ーーほのかほどではないが、それでも小学校に上がって以降ちょくちょく遊びに来ていた冬夜に顔を向ける。表面的にはニコニコと笑っていてなにも変化が起きてないように思えるが、しかしほのかのときと違って感じられるピリピリとした雰囲気が、なぜか彼女の機嫌が傾いたように思えてしまう。

  事実、彼女の機嫌は悪い方に傾いていた。

 

「あら、()()()()来てたの?」

「えぇ。お久しぶりです。()()()()

 

 互いに一線を引いた、他人行儀な呼び方で挨拶をする|義理の息子(予定)と義理の母親(予定)。雫たちと幼馴染みなため、もちろん目の前にいる女性とも冬夜は付き合いは長いはずなのだが、なぜか渡よりも心の距離が遠い。ニコニコした顔も、横よく注意してみるとほのかを見るより目付きがキツく、言葉にトゲがあるように思える。不穏な空気になったため、ほのかと雫は少し困った顔になり、部外者のエイミィはなるべく目立たないように近くにいたほのかの影に隠れた。

 

「また遊びに来ていたんですね。今日は雫たちの勉強を見ていたようだけど、夜色名詠士の仕事は良いのかしら?」

「学生なので基本仕事はお断りしてるんですよ。それに大半が『夜色名詠が見たい』って内容ですし、そういう理由で夜色名詠式を使いたくないんで」

「あらもったいない。社会の役に立てたくないの?」

「まさか。オレは単なる『見世物』にしたくないだけで、必要とあらばどんな時でも使いますよ。迷子探しとかでもね」

「ふうんそう。でもそれは、あなたが使いたいときに使うっていうエゴの間違いじゃなくて?」

「ふふふ。そうかもしれませんね。でも、それを言ったら物事の大半がそうですよ。その人が必要としているから使う、または買う。もしくは不要だから捨てる、または売る。そうじゃないですか?」

 

 五年前からずっと変わらず、冬夜に対してだけは棘のある冷たい態度で接する紅音。しかし冬夜もそんな紅音にめげることなく毒舌に正論で言い返す。二人とも口元は笑っているが、両者の間にある険悪な雰囲気だけは隠し切れない。

 

(……え?ほのかどういうこと?冬夜くんって二人の幼馴染なんだよね?だけどなんか冷たくない?)

(うん……。紅音小母さん、どういうわけか冬夜のこと気に入らないみたいで、昔からああなの)

 

 雫と冬夜のいちゃらぶシーン、それに渡が懐いていた光景を見ていたため余計に、今見ている紅音の態度に驚愕するエイミィ。驚きのあまり思わず彼女はほのかにそう聞いてしまった。聞かれたほのかも、どこか苦々しげな表情でそう返す。

 

 紅音は、決して冬夜が男の子だから嫌っている、というわけではない。冬夜の育ての親(元々の戸籍上)が反魔法師活動で有名だった『黒崎家』だったことも大きな理由の一つだが、一番の原因は、昔の冬夜の生活環境が最悪すぎたことが原因だろう。

 

 雫たち三人の付き合いは、雫が小一の時、冬夜とともに学級委員をしていたことから始まる。当時、引っ込み思案でほのかの傍にいることが常だった雫と、誰も寄せ付けない雰囲気を持ち、休み時間は本を読んでいることが当たり前だった冬夜。名字が『黒崎』と『北山』だったので席も近くあり、基本無口で休み時間中は本を読んで過ごすという共通点があったためか、雫は冬夜に非常に強い興味を示していた。しかし、反対に冬夜はあまり雫に関心がなく、むしろ『自分には縁遠い世界の人間』だと思っていた。今の二人の姿を思えば『あり得ない』と言いたくなるような間だったが、幼いころの冬夜が雫のことを眼中に入れてなかったのも当然だろう。なぜなら、

 

 

 雫は両親の愛情を注がれ、名家のお嬢様として他の生徒よりも少し良い服を毎日当たり前のように着て、メイドさんに身の周りのお世話までされており、毎日きちんとした格好をしているのが普通で。

 

 冬夜はHAR以外家には誰もいない、誰からも愛されることなく、服装は市販の安い大量生産品を毎日取り換えるだけの変わらない格好。床屋に行く金もないため鏡を見て自分で散髪していたからか、散切り頭の変な髪型が普通だったのだから。

 

 二人の容姿やおかれた状況・環境はまさしく月とスッポン。雫は覚えてないだろうが、彼女が冬夜に興味を示したのも、動物園で子供がパンダを見たがるような、そんな『物珍しさ』が発端だった。他のクラスメイトたちと比べても、冬夜は一段と浮いていたのである。しかし、どんな形であれ異性に興味を持っていたことには変わりない。それから二人の間には色々あって――例えば雫のことが好きで、わざとちょっかい出して困らせていたクラスメイトの男子を冬夜がボコボコにしたこととか、給食で食べきれなかったパンを雫が冬夜にあげたこととか――があって二人は仲良くなった。

 

………というより、冬夜の傍に雫が付いていくようになった。ほのかは最初、冬夜のことを容姿から判断して嫌っていたが、色々なことがある内に冬夜が悪い人でないということが分かり、しだいに親しく接するようになっていった。

 

 そんなことがあって冬夜たちが小学三年生になった頃。塾やら稽古やらが厳しくなり耐えきれなくなった雫が、ついに家出するという事件が発生した。当時はほのかの家に行っているものだと雫の両親が考えていたのだが、そうではないことが発覚するとほのかの家も巻き込んで北山家総出で雫を探す事態に。なかなか見つからない愛娘の姿に『まさか誘拐されたんじゃ』と最悪の状況を想定して警察に連絡しようと北山夫妻が電話を取り掛けたが、幸いにもその前に冬夜が逃げ込んできた雫を説得させて家に連れ帰ってきたため、お家騒動だけで済むことことが出来た。その時が冬夜と北山夫妻の初対面だったのだが、その時紅音が冬夜に抱いた印象がこうだった。

 

 

――なんでこんな子供と雫が友達なの?

 

 

 散切り頭に安物の服。靴はボロボロで人生に絶望したような死んだ眼をした子供が、手塩にかけて大切に育ててきた娘の手を引いて連れてきたらそりゃあそうなる。おまけに言葉数も少なく反応も薄いとなると『無視してるの?』と疑いたくもなる。はっきり言うと『もう少し遊ぶ友達は選んでほしい』というのが親として抱いた冬夜の印象の結果だった(ちなみに潮の方は雫を連れてきたことに感謝していたため、そこまで悪印象は抱いていなかった)。

 

 ………というか、ああも見た目育ちが悪そうな少年が雫と一緒にいては、絶対今後何かしらの悪影響が出ると思った彼女は、ほのかが最初に誤解していたように、娘に『黒崎くんと遊ぶのはやめなさい』と直接言ったほどだ。雫はそれに反発してずっと冬夜と一緒にいたが、それはある種の児童期特有の反抗だったのかもしれない。結局その後、冬夜は黒崎家によって非合法な研究所に売られて別れることになったが、表面上悲しんでいても内心彼女はホッとしていた。これで、娘は変な男に誑かされずに済むと。

 

(昔から奇妙な存在感を纏ってはいましたが、それがどうしてまた帰ってくるのかしら……)

 

 そして今。ゾンビの如く這い上がって帰ってきた冬夜のことを紅音は苦々しく思う。名詠士・魔法師として大成した彼は、今後絶対大きなトラブルを起こして雫を巻き込み危害を加えるだろうと彼女は予測している(既に交流会で石化したという結果がそれを確信に変えた)。紅音としては、雫にはもっと平穏な暮らしと幸せをしてほしいのだ。冬夜のような人ではない、もっと平凡な人と結婚してほしいと考えている。娘のことを第一に考えているからこそ、紅音は冬夜のことを認められずにいた。 幸せをして→幸せを手にして

 

「それもそうね。でも、確か黒崎さんはIMAとCILの創立者でしたよね?だとしたら今は忙しいんじゃないかしら。CILの皆さんが素晴らしいものを製造したようですし、CILの所長として、動かなければならないのでは?」

「オレがいなくてもアイツらなら大丈夫だと思いますよ。信頼してますし、かえってオレが動くほうが邪魔になるでしょう」

「でも開発したものがモノですし。少しは様子を聞いておくべきではなくて?」

「………それもそうですね。家に帰って、ちょっと様子を見てきます」

「雫、渡。そういうことだから黒崎さんから離れなさい。黒崎さんは忙しいんだから、邪魔しちゃダメよ」

「えぇ!でも……」

 

 紅音の嫌悪っぷりに『今日は退散しておこう』と判断した冬夜の顔を、渡が見上げる。その顔にははっきりと『遊んでほしい』と書かれていたが、それを見た冬夜は屈んで渡と視線を合わせる。

 

「渡」

「兄ちゃん……」

「許せ渡。また今度な」

 

 また遊びに来るから。と小さく呟き、冬夜は未来の義弟の額をコツンと小突いて、少し悲しそうな顔で去っていった。




さて、冬夜の婿入り先である北山家が出てきました今回。ちなみに彼らの冬夜と雫の結婚に対する反応をまとめるとこうなります。

父親:潮
『結婚には?』:賛成。雫が選んだ人だし、経済的にも自立しており経営者としても魔法師としても文句はない。孫の顔が早く見たい。

母親:紅音
『結婚には?』:反対。トラブルによく巻き込まれるため、雫が苦労しそうな予感がする。もっと平穏な人と結婚してほしい。見合い結婚とか模索中。

弟:渡
『結婚には?』:賛成。姉を幸せにしてくれるなら文句ない。時々遊んでくれたら直義。ただし姉を泣かせたら殴りに行く。

こんな感じですね。雫にとっても冬夜にとっても母親が最大の敵です。
今後どうなるかは、まだ考え中。次回もお楽しみに!

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