いよいよ開催まで一月と間近に九校戦。雫を始め、一高上層部や夜色名詠士のファンを語る人たちは、富士演習場で行われるであろう冬夜の活躍を楽しみにしている。それは純粋な実力からくる期待という面もあるが、冬夜本人とあまり接する機会のない大勢の一般人からすれば『噂に語り継がれる
しかしながら、
そう思い『黒崎冬夜の排除』を決意して集まった犯罪者たちの会議が横浜の地で開かれていた。
「諸君、今宵集まってもらったのは他でもない。八月に開かれる九校戦に向け、あの忌々しいクソガキの対応をどうするか話し合うために皆には集まってもらった」
七月一日。神奈川県横浜市にある中華街。その中に建てられたとあるホテルの最上階にて。
赤と金を基調とした派手な内装の大部屋で五人の男たちが円卓を囲んでいた。
彼らの名は【
「あのクソガキが一高の選手として九校戦に出場することは、すなわち今回の我々が開いた『賭け』の敗北を意味する。年始から予告しすでに賭けの代金を提示してもらった時点で賭博場を閉じるわけにはいかない。もしも中止になどすれば組織の信用に関わる。そしてなにより我々があのクソガキに恐れをなしていることを示してしまう。そんなことになれば組織からどんな制裁が来るか……。
とにかく、今回の賭けに我々は絶対勝たねばならない以上、あのクソガキをどうにかして排除しなければならん。なにか妙案はあるか……?」
幹部の一人が重々しい口調で四人に語り掛ける。他の四人もしばらくは沈黙を答えとして返していたが、そのうちの一人が確認という形で口を開いた。
「一高の主力選手は他にもいるだろう。彼らを狙うことは?」
「奴以外の選手が襲われたら、賭けの結果に介入したとして参加者から疑惑がかかる。事故を装うこともできなくはないが、バレたときのリスクが高いから却下だ。その点は奴なら問題ないんだが……」
「奴を殺害することは出来るのか?」
「無理だ。あのガキは勘が異常に優れている。もしもこちらの攻撃を察知されればどんな魔法も対抗魔法で無力化される。魔法を使わず暗殺するにしても、死角からの
「名詠式に至っては奴のホームグラウンド。暗殺は不可能だな」
「それに今のやつのバックにはあの
「ならば人質を使って強請れば」
「それこそ悪手だ。これまでいくつの組織がその手を使って滅ぼされてきたか忘れたか?」
「あのクソガキは金で釣られるような奴じゃない。……くそ、どうするか」
男たちの顔に焦燥が浮かぶ。過去五年、彼らも冬夜が裏でやってきたことについてはよく知っている。IMAの深刻な人員不足の解消やCILに必要な優秀な研究者を引き抜き、及び他国にない最先端の研究資料を手に入れるために、彼らのような犯罪組織や国が出資していた非合法な研究施設をいくつも襲撃して施設にいた実験体や研究データを丸ごと奪って自分のものにしてきたことだ。各施設で実験動物扱いされていた人たちや飼い殺しにされていた魔法師たちに衣食住を保証して飼いならし、データに関してはCILで研究を進めて人道的な研究成果にした後、さも最初から自分たちが開発したように発表する、まさしく英雄の皮を被ったペテン師。
実際に救い出された人たちは冬夜に多大な感謝を示しているが、反対に襲撃された国や組織からは悪魔そのものとして恐れられている。非合法・公にすれば非難必至の研究であるがために盗まれたことも追及できない。まさに最悪の人物。その果てに南アフリカで開発されたあの【竜姫キリシェ】さえ手懐け従わせたのだから手に負えない。
そういう無頭龍の彼らも、現在独占供給状態にある『ソーサリー・ブースター』に関するデータをまるごと奪われているのだから無関係ではなかった。
「金が無理なら薬はどうだ?」
「不可能だ。彼らと麻薬で取引しようとした組織はその場で交渉役全員が殺されたらしい。今頃遺体は全部海の中だろう」
「女を使えば」
「IMAとCILの女幹部連中の容姿を見たことないのかお前は。全員クソ強いうえに美女だらけだ羨ましい」
「金を使わずとも女のほうが寄ってくるから意味ないなチクショウ」
「あの年で女を選びたい放題か……。酒池肉林でもやつは計画しているのか?」
「やろうと思えばやれるだろう。世界中の美女を集めて夢のような宴を開くことも奴なら出来る。その気になれば年齢層など関係なく集められるだろうな」
「やはり奴は敵だな。いかなる手を使ってでも殺すべきだ」
「「「異議なし」」」」
「おい、話が逸れているぞ」
もうそろそろ四十に差し掛かったおっさん達の恨み言(そういう彼らも愛人は大勢いるのだが)に全力で話が逸れたが、無頭龍東日本支部支部長の【ダグラス=
「……皆の意見がないなら、一つ、私の案を聞いてはもらえないか?」
進行を副支部長に任せ、事の成り行きを見守っていた彼がここで話を切り出す。円卓を囲った部下たちが一斉にダグラスの方目を向けたところで、彼は口を開いた。
「実は、奴の九校線出場を止める策が一つある。これを使えば、おそらく奴は出場を躊躇うはずだ。……しかし、その代わり九校戦そのものが中止になる恐れがある」
「ハイリスク・ハイリターン、ということですか」
「そうだ。そこで、この作戦を実行すべきか皆の意見を聞きたい」
「それはいったい、どのような案でしょうか?」
「それはだな--」
ダグラスは自らが考えた策を説明する。それは確かに彼の言う通りハイリスク・ハイリターンな、バレた時の危険性が高い案だった。それを聞き、幹部たちは思案顔になる。
「確かに、それならばあのクソガキは動けますまい」
「だが露見した時はどうする?九校戦が中止になれば、同業者はともかく、ブローカーどもが騒ぐぞ」
「だとしても問題はない。万が一バレたとしてもこの妙案でなら連中も我々を追及できん。中止になれば当然払い戻しがあるがそれは当初の掛け金のみ……。損失にはなるが、まだ許容範囲内だ」
「支部長が説明したとおりだ。この策の最大のメリットは、策を実行するにあたって我々に対するデメリットがまるで
「同意」
幹部二人がダグラスの意見に合意したところで、残った二人も作戦の実行に同意した。部下の意見がまとまったところで、ダグラスはこう締めくくった。
「では、全員実行に賛成ということで良いな?では、明日にも作戦の実行を開始する」
◆◆◆◆◆
魔の定期試験も終わって二日経ったある日。
朝のホームルーム前。いつものように深雪の机の前に集まっていた雫とほのかは顔を見合わせていた。
「ねぇ雫……こういう時ってどうすれば良いのかな?」
「………どうすれば、良いんだろうね?」
二人が顔を見合わせる先。というよりも1-Aのクラス内が騒然となっている原因は、今朝発表された今回の試験結果に関することだった。どこからか男子が『そんな馬鹿な!』『何かの間違いだろ!?』と騒ぎ立てているが、それも納得できると二人は思う。ある者は机に表示されたディスプレイの前で頭を抱え、またある者は周囲の者と『1-Eの教室に抗議しに行くぞ!』騒ぎ立てている。クラス内の不穏な空気を感じ取りながら、雫とほのかに挟まれた格好で試験結果を見る今年度学年主席の深雪は、ポツリを呟いた。
「こうなりましたか……」
一年生にとっては、一高始まって初の定期試験。実技と理論を合わせた総合順位と実技のみの成績を表した結果は、以下の通りだった。
【総合】
一位:1-E 黒崎冬夜
二位:1-A 司波深雪
三位:1-A 光井ほのか
四位:1-A 北山雫
五位:1-B 十三束鋼
【実技】
一位:1-E 黒崎冬夜
二位:1-A 司波深雪
三位:1-A 北山雫
四位:1-A 森崎俊
五位:1-A 光井ほのか
宣言通りというか予告通りというか。総合・実技ともに冬夜が深雪を下して堂々の首位に立った。今回の実技試験は『試験用CADにセットされた魔法式(二十工程)を使って台車を特定の位置に移動させろ』というもの。初歩的ではあるが、まぁそれなりに練習しなければ赤点になるような、二科生にとっては少々きつい試験だった。もちろん才能あふれる一科生トップの実力者である深雪たちや魔法に関していえばチート性能の持ち主である冬夜にとっては『なんだ簡単じゃん』というもので、事実、この後十五位にようやく1-Bの十三束鋼が出てくるまで、実技試験の名前は冬夜以外全員1-Aの生徒だった。
しかしこれで、結果から真っ当に考えれば冬夜の九校戦出場に文句を言う生徒は現れないだろう。実力主義の一高では、魔法の実技試験の結果は理論試験よりも重視される。これで、冬夜の計画がまた一歩先に進んだ。だがここまでなら、現実を直視できない何人かの優等生たちが騒ぎ立てる可能性はあるものの、これまでの冬夜の活躍から『まぁそりゃそうだよねぇ』と納得できる人も多い。襲撃事件の時の戦いっぷりや、交流会での教師陣の信頼度合を鑑みれば、当然とも言える反応だ。
しかし問題はこの後。今回の試験順位を理論のみで表示するとこうなった。
【理論】
一位:1-E 黒崎冬夜
一位:1-E 司波達也
一位:1-E 零野朋也
四位:1-E 吉田幹比古
五位:1-A 司波深雪
上位五人中四人が二科生。しかも同じクラス。その上うち同率一位の三人は全科目満点という文句のつけようのない成績だった。偶然にしてもここまで同じクラスの人間が並ぶとカンニングが疑われるが、一高の監視システムはたとえ死角であっても生徒たちの手の動きや体の動きなどでカンニングだとすぐに見破ることができる。そしてシステムによってカンニングを疑われたらその時点で試験が受けられなくなるので、試験を続けることができない。
つまり、こうして成績に載っている以上、冬夜たちがカンニングをしたという可能性は皆無というわけだ。
「………もうちょっと勉強しておけばよかったわ。後悔先立たずね」
「でも、今回は仕方ない。同率一位が三人もいる時点でおかしい」
「確かに。トップの三人の得点は実質二位の吉田君と十点以上離れてるし。レベルが違いすぎるよ」
華宮のことが気になって、試験前に復習を疎かにした深雪が悔しそうな表情を浮かべる。しかし、そんな彼女を『今回は異常』と言って雫とほのかは慰めた。この試験結果については悔しいが、あの三人のことをよく知っている雫たちは『やっぱりそうだよね』と納得できる。今回の試験で上位五人のうち四人を出した現在1-Eの教室内では、この結果を受けてある種のお祭り状態になって達也を困らせているのだが、そんなこと違うクラスの彼女たちは知りようもない。
「これで冬夜くんは九校戦主力メンバー確定だよね?」
「ええ。文句のつけようがないわ。もちろん、私や、雫とほのかも確定だと思うけど」
学校の成績のことなどあまり気にしない性格の深雪はほのかの問いかけにそう返すが、その答えはかなり歯切れの悪いものだった。その証拠に、その表情は芳しいものではない。また、同様にほのかもその理由が分かっているのか、眉をひそめた表情をしている。
そして、冬夜の出場が確定して一番嬉しいはずの雫は、困った顔をして不安げに呟いた。
「冬夜、出場できるのかな……」
◆◆◆◆◆
同時刻、理論部門で四人もの上位成績者を出した1-Eの教室内では、冬夜が机に突っ伏していた。
「障害のある恋ほど燃えるってよく聞くけど……いくらなんでもこれはないよ……」
「そんな落ち込まないで冬夜くん!元気出して!!」
「そうだぜ冬夜。試験には総合トップなんだから堂々と出りゃあ良いんだよ。みんな期待してるぜ?」
「そりゃそうなんだけどさぁ……」
1-Eの他の生徒たちが『バンザーイバンザーイ!』と本人以上に喜んでいる中、なぜか当の本人は落ち込んでいる。今回の試験で名実共に一高一学年首席に君臨した冬夜の背中をバンバン叩かれながらエリカとレオがそんな彼を励ますが、彼の顔は優れない。半ば狂騒状態に陥っている他のクラスメイトからも『そうだよ黒崎くん!北山さんにいいところ見せなきゃ!』とか『三高の一条選手をどう倒すのかオレスゲェ楽しみにしてるんだぜ!?』とか口々に言われる中、当の本人だけがなぜか正反対の反応をしている。
しかしそれもそのはず。冬夜は今、一高に入学して以来最大のピンチが訪れていた。
「………やっぱり、いくらお前でも今回の依頼は断れないのか?」
「いや、もちろん『学生』を盾に断ることも出来るんだけど、断ったら後が面倒なことになる予感がする。つーか絶対なる」
理論部門で一位を取った当事者の一人ゆえか、他のクラスメイトたちよりも冷静な達也の言葉に『はぁああああ……』と、泣きそうな
(……しかし、九校戦へ出場するだけでこうも大事になるか。
しかし、これまで立て続けに起こったトラブルの多さを考えて微妙に不安を感じるようになる。春先のブランシュ、その次の交流会と二か月に一回は大きな問題に巻き込まれていることを思い出し、冬夜との付き合い方を見直そうと決意。最終的には自分と深雪に降りかからなければどうでもいいのだが、どうもそうはいきそうな気がしない。嫌な予感がするのを感じながら、達也は冬夜がつけっぱなしにしてあるディスプレイの画面に目をやった。
〈速報〉【日本魔法協会、九校戦の開幕に向け『夜色名詠士』に協力要請!?】
--毎年八月に【全国魔法科高校親善魔法競技大会】(通称:九校戦)を開催することで知られる日本魔法協会は六日未明、国際名詠士協会日本支部を通じて『夜色名詠士』の異名で知られる黒崎冬夜氏に九校戦の警備協力を要請したことが分かった。これは先日魔法協会宛に届けられた正体不明の連続殺人犯『U.N.Owen』からの予告状を受けての対応と思われるが、魔法協会はこの質問に対し『U.N.Owen事件を初めとして、昨今の魔法師を取り巻く環境は非常に危うい状況にある。これからの将来を担う魔法師の卵たちをそれらの脅威から守るために今回の依頼をした。九校戦の開催も含め現在検討中である』とのコメントを発表。
しかし黒崎氏は現在九校戦出場校である魔法大学付属第一高校に通っており、早くも一高の主力メンバーとして見られている。今回の要請に対し、一高の百山東校長は『我が校の生徒がそのように評価されていることは大変喜ばしく思う。今回の要請に関しては当人の意思を最大限尊重しつつ九校戦に臨みたい』とコメントしており、今年の九校戦は早くも荒れそうな雰囲気である--
「何でこうなるんだよぉ……。オレは……オレは……。ただ幸せになりたいだけなのに……」
「……まぁ、元気出せよ。きっと良いことあるって」
「そうだよ。まだなにか手はあるはずだよ」
机に突っ伏してまま涙声で冬夜はそう言う。そのあまりにも可哀想な光景に朋也と幹比古が背中を擦って慰めた。不幸の女神に愛されている少年は、いつだって苦労の渦中にいる。流石に冬夜のこの姿を見て騒いでいるのは不謹慎だと感じたのか、他のクラスメイトたちが静まっていく。
「でも、実際あの連続殺人犯が攻めてくるとなると、冬夜以外の奴が真っ当に相手をするのは厳しいよな。アイツの使う名詠生物、無茶苦茶強かったし」
「でも、達也さんたちに負けた時に『もうこれ以上の殺人は起こらない』って言ってたんですよね?」
「美月。相手は犯罪者よ。それも何人も人を殺してきた凶悪犯よ?そんな相手のいうことなんか信じちゃダメダメ」
「だが、この時期になっていきなり中止にすることも出来ないだろう。今回の九校戦は【一高の夜色名詠士VS三高のクリムゾン・プリンス】を中心に注目を浴びている。【黄金世代】とうたわれた七草会長たちの出れる最後の九校戦でもあるから、中止にしたときの反発も大きいだろうな」
達也たちが冬夜の出場に関して議論していると他のクラスメイト達も同様に『依頼を受けるべきか/受けないべきか』の議論が始まった。この議論、意見は様々だが要は以下の二点に絞られる。
『冬夜が依頼を受ければ、このまま無事九校戦は開かれる』
『依頼を受けなければ、場合によっては九校戦は中止になる』
冬夜からすれば、達也が挙げた理由にかけて依頼を受けずに選手として九校戦に出場したい。どうせ狙われるのは目に見えているわけだし、最悪空間移動を使って選手たちを守ればいい。だが、依頼書を確認した今ではそう簡単にはいかなくなってしまった。このままでは、雫との約束が果たせない。
(どうする……?なにか手はないのか?)
「冬夜、お前がそこまで悩む理由は何だ?そこまでお前が悩むってことは、単に断ればいいという問題でもないんだろう?」
あまりにも深刻に悩んでいる冬夜を見かねた達也がそう聞くと、冬夜は仕事用に使っている黒い端末を差し出した。
「……U.N.Owenの予告状は、全部大量生産されたパソコンを使って作られたものだから手紙だけで真偽を判断することはできない。手紙は常にポストに直に入れられてたらしいから消印も不明だし、指紋とかも出てこなかったから科学捜査でわかることは少ない。監視カメラにもなにも映ってなかったみたいだったしな……。
あとは……電源つけたら分かるよ……。連名のところみれば一発で」
机に顔を伏せたまま、それだけ言って再び無言で微動だにしなくなった。振り子メンタルの鬱モードが強く発動しているのだろう。悲壮感漂う背中を幹比古は撫でてやり、朋也は元気づけようと言葉をかけていた。
そんな冬夜の姿を横目に、達也は冬夜から受け取った端末を操作して依頼書の一部を展開する。美月や達也だけでなく、冬夜たちの周囲で議論していた他のクラスメイトたちも気になったのか、1-Eのクラスメイトが一斉に達也の机に群がる。
今回、日本魔法協会が冬夜に当てて出した依頼書には、連名としていくつかの企業・官公庁の名前が乗せてあった。その多くは今回の九校戦に出資している大企業であり、いくつか名の知られた企業名もある。どの会社も九校戦が中止になると損失が大きいため、自社を守るために名を連ねたのだ。
その連名の中に『警察省』の名前を見つけた時、警察に深い繋がりを持つ『千葉』の娘として恥ずかしいとでも思ったのか、エリカが思いきり顔をしかめたが、肝心なところはそこではない。
二十近くある企業名を眺めている内に、冬夜が思い悩む原因を達也は見つけた。冬夜の依頼書を見ていたクラスメイトたちもその企業名と社長の名前を見つけて顔をこわばらせる。
そのうちの一人が、その名を読んだ。
「七草弘一……」
「よりにもよって十師族か」
連名の中にひっそりと並んであったその名前は、ベンチャーキャピタル企業(ハイリターンを目的に新規企業に投資する会社)、【Seven luck capital partner】代表取締役『七草弘一』
日本魔法界の頂点、四葉家と双璧をなす十師族『七草家』(正しくは七草弘一個人)が冬夜の恋路の前に立ち塞がった。
◆◆◆◆◆
「夜色名詠士への警備依頼と、それに関する関係各所の協力要請……ご苦労だった名島。感謝する」
「いえ。滅相もございません旦那様」
その頃、東京の都心に近い高級住宅街にある豪華な洋風の邸宅内では今回の依頼の首謀者である【
………陰謀と言うには少々
「しかしなんだな。偶然にしては出来すぎだが、まさか本当に来るとは思わなかった」
「全くです。いったいどこの誰が手紙を寄越したのやら……」
「それでも渡りに船なのは違いない。本人からか、それとも見知らぬ誰かからの悪戯かは知らんが、存分に利用させてもらうとしよう」
弘一の黒い笑みに名島は愛想笑いを浮かべる。だが彼が笑っていたのも本当に僅かに時間。主への疑念が晴れない彼は、いっそ思い切ってこの疑問をぶつけてみることにした。
「ですが旦那様、黒崎冬夜は出場しようとするのでしょうか。あの男の性格からすれば、皆を守るために依頼を受けそうなものですが」
「するだろうさ。彼の心の中にも『出場できるならしたい』という気持ちはあるだろう。ネット上で奴の交際相手と騒がれている北山雫嬢は、九校戦の熱心なファンだ。以前、彼女の父親の北山潮氏とパーティーの場でお話する機会があったんだが、どうやら彼女は毎年九校戦を見に行っているらしい。去年も真由美や十文字くんの試合を見ていたらしく、特にモノリス・コードがお気に入りだそうだ。
格好いい姿を恋人に見せたい……。何時から交際していたのかは知らんが、それぐらいの気持ちなら彼も持っているだろう」
憶測だらけであいまいな根拠だが、否定できるだけの要素もなかった。いつの間に北山雫の話まで入手したのか、と名島は主の手の速さに驚いたが口には出さない。冬夜と雫の交際については名島自身が調べ上げたことだったので今更疑いはしない。砂糖を吐きそうになりながら行った調査なのだ。あのバカップルぶりで二人が交際してないはずがないと彼は判断している。
「奴が九校戦に出たがっているのなら、遅かれ早かれ必ずアイツに助けを求めるだろう。これからも
「四葉真夜様でございますか」
「そうだ。政治的な働きかけなら
「なるほど」
理屈はわかる。日本魔法師コミュニティのトップに君臨する十師族は四葉家と七草家が双璧となって互いを牽制しあっている。ならば四葉家に助力を請うのが筋だろう。
「しかし旦那様。それはかえって
それに、四葉殿が黒崎冬夜に手を差し伸べるとは限りません」
「一見すれば、そうなるだろう。しかし逆に思うのだが、はたしてあのIMAやCILの面々が真夜の下に付くだろうか?彼らが付いていくのはあくまでも黒崎冬夜であって真夜の命令には従わないだろう。真夜の要求を跳ね除けるだけの力が彼らにはある。
そして--」
部下の疑問に弘一は一度言葉を切り、一拍おいてから断言した。
「そして、まちがいなく真夜は夜色名詠士の助けに応じる。必ず、な」
「……その根拠のほどを、お聞かせ願えないでしょうか?」
「いいだろう。真夜はなぜか、あの夜色名詠士のことをひどく可愛がっているみたいだからな。今回の依頼を受けてあの化け物を守るために手を打つだろう。
だが、今回の依頼が正式な申し込みである以上、真夜は堂々と干渉出来ない。今のままでも抗議の一報を入れることぐらいなら出来るかもしれないが、裏から潰そうとしたり干渉しようとすれば真夜にとっても損のほうが大きくなる。
だから、黒崎冬夜を守るために真夜はこの機会を通じて黒崎冬夜に縁組を持ちかける。そうすれば保護者として真夜は堂々を依頼の取り消しに干渉できる。ついでに、煩いマスコミ連中を黙らせて今後下手な報道をされないよう脅しをかけられる。
それに、元々IMAと十師族間で定めた『黒崎冬夜に危険のない普通の高校生活を送らせる』という契約は身元引受人になっている四葉が行うことになっているんだ。だが現状それを行うことが難しいと考えるなら、真夜は黒崎冬夜を守るためにそうするだろうさ」
さすが元婚約者なだけあるのか、真夜の動向はしっかりと予測して見せた弘一。そして事実、その通りに真夜は動いているのだから、彼のことをあながち馬鹿に出来ない。性分としてトリックスターの気がある彼はただ転んで損するような勝負は行わなかった。
だが、彼の策略には続きがある。依頼を受けようが受けまいが、冬夜の望むような未来にはさせないための最後の策があった。
それは--
「そして黒崎冬夜が四葉真夜の子となり『四葉冬夜』になれば。そうすれば私は七草家当主として、四葉家に真由美と四葉冬夜の『婚約』を申し込める。そうなれば黒崎冬夜は北山雫との交際をあきらめなければならない。例え続いていたとしても、彼が望むような結婚はもう出来ないよ」
そう、今回の依頼を突き詰めて言えば単純な『嫌がらせ』だ。黒崎冬夜の活躍の機会を奪うという意味でも、黒崎冬夜にとって自由に恋愛させないという意味でも、嫌がらせでしかない。冬夜がどちらに転んでも弘一には勝利しかない。
暗く、冷たく、陰湿な復讐。大人気ないが弘一は冬夜に頭を床に付けさせた恨みを抱いていた。そのせいで師補十八家の各家に迷惑をかけてしまった事も含め、一度やり返してやらなければ気が済まなかった。
(大人に恥を掻かせるということはどういうことかを教えてやる)
それはもう、単なる弘一のプライドの問題でしかなかった。
「………真由美様は五輪洋史殿と婚約していらっしゃいますが?」
「もう既に五輪家には婚約解消の申し込みをしてある。真由美は洋史殿と相性がよくないようだし、これ以上の進展は望めまい。それに対して黒崎冬夜は真由美の後輩。離れていて普段縁のない洋史殿より可能性はあるだろう。
それにお前も聞いたことがあるだろう?IMA社で
自分の娘を嫌がらせのために使うあたり、真夜と違って弘一は毒親といえるだろう。しかし、『十師族の一員ならばある程度己の感情を抑えることが必要だ』と考えている。真由美からしてみれば婚約者(といってもいいぐらい恋人っぽい雰囲気を出している幼馴染)がいるところに割り込んで掻っ攫うという汚れ役を担うことになる。まず間違いなく悪女として後ろ指を指されるだろうし、雫からすれば恨みの対象だ。真由美がこのことを聞けば、それこそ口汚い罵声とともに魔法を使った盛大な親子喧嘩になるに違いない。
「それにだ。今のご時世、魔法師の血縁は何よりも重要視されるもの。四葉と七草の間に子供ができればそれは何よりも望ましいことだ。私と真夜では出来なかったことだからな。今度こそは、と勝手に協力してくれる
過去の自分たちに成し遂げられなかったことも含めて自分の謀略に組み込む七草家当主。言外に雫と冬夜の交際を強権を使ってまでも妨害することを語って彼は哂う。
その暗い笑みに、名島は軽蔑の念を抱かずにはいられなかった。
今回のようなことにした理由。
『冬夜が九校戦に出たら百パーセント勝っちゃうなぁ』
↓
『それなら出さなければいいじゃない!』
というわけで九校戦前に一悶着起こしました。後悔はしてない。
来週はいよいよIMA・CILメンバーの登場です。それに合わせて、IMAの社長を『レーム・ブリック』から『モニカ・イスぺラント』に変えました。これまでのレームの登場場面も変えたのであしからず。シェルティス・華宮に続いてこれで残すはヴァイエルだけ。もうちょいです。
エデン以外からも登場キャラがいますので、次回もお楽しみに!