魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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 手直しを加えて再投稿しました。就活が終わるまで本編の更新はお待ち下さい。


IMA・CIL 来校 Ⅰ

「どうするかなぁ……本当」

 

 織姫と彦星が出会うことを許される日--❘七月七日(七夕)。しかしそんな夜空の下で『夜』の色を詠う少年の恋路は無残にも引き裂かれようとしていた。

 

「うー……こんなんじゃマジで織姫と彦星みたいになっちまうぜ。どうすっかな本当に」

 

 魔法協会によって冬夜の九校戦出場が危ぶまれる事態になった日からもうすぐ一日が経つ。昨日依頼を要請されてからずっと依頼を受けるか受けないか悩んでいる冬夜は、すでに何度繰り返したか分からない言葉と、ため息を繰り返してベッドの上でゴロゴロと左右に転がり続ける。こと以来のことに関しては多少悩むことはあっても半日もあれば即断即決で答えを決めていた彼にしては、珍しくヤバイほどに悩んでいた。

 今回の以来の話は、ニュースサイトを始めとした各メディアが頼んでもいないのに盛大に取り立ててくれたため、魔法協会が冬夜に警備依頼を出したことはわずか一日で日本中の誰しもが知る事実と化した。それに伴って魔法協会の依頼に対して賛否両論の意見が寄せられた。

 

 依頼に対して肯定的意見を出す者の意見としては、『既に国際社会で認められている実力者なら、より多くの人のために警備依頼を受けて選手たちや観客たちを守るべきだ』というものが挙げられ、U.N.Owenのような事件が起こらないためにもIMA社長という、力ある者の責務を理由に魔法協会を擁護し、

 

 対して否定的意見を出す者は『実力者といえど黒崎冬夜はれっきとした魔法科高校の生徒。九校戦に出場する資格があるにも関わらず、主催者側の都合でその機会を奪うのは間違っている』と、冬夜が学生である点を根拠に魔法協会および連名企業に依頼の撤回を求めていた。

 

 これらの意見のどちらが間違っていると決めつけることは出来ない。IMAとしての冬夜も学生としての冬夜もどちらも真実。どちらもまぎれもない黒崎冬夜の一面なのだから。

 しかし実のところ、テレビに出ていないところではこの【依頼】に関して想像以上に恐ろしい余波が起こっていた。その例を挙げるなら--例えば真夜が怒り狂って弘一に抗議の電話をかけ、笑顔で小一時間ほど言い合ったりとか--弘一の娘であり一高生徒会長の真由美が口論の末に親子喧嘩に発展してしまったとか--が挙げられる。ネット上では互いに面識のない人たちによる議論が白熱化。当人を差し置いて周囲だけがドンドン熱くなっていた。

 しかし、当人にとってはそんなことは些末な事。冬夜はもっと別のところで悩んでいた。

 

「どうするかなぁ……本当」

 

 ベッドの上で回転しすぎて目が回りそうになった彼は、いったん動きを止めて枕に顔を(うず)める。この状況下で自分の望みが叶う方法は一応思い付いたが、それでも頭を悩ませることには変わりない。

 

(今のオレが取れる方法といえば、IMA(アイツら)に依頼全部丸投げして協会の依頼を回避。四葉真夜(母さん)との血縁を公表して七草家と完全に敵対することだけ。あの手紙が本物かどうかさえ怪しいけど、確かめようがないんじゃ警備を断ることはできない。

 でもなぁ……)

 

 自分の置かれた状況を把握し、とれる手段を思いついた冬夜。本心ではIMAに頼んだ後、七草弘一を暗殺して全部丸く収めたいのだが、この状況下で七草家そのものに異変が起これば直接的・間接的関係なく真っ先に冬夜に疑いがかかる。無論、本当に暗殺を実行するならアシが付かないようにするが、そんな疑いが出来てしまったらますます紅音が冬夜と雫との結婚に反対してしまう。家族になるのだから、これ以上悪感情を抱かれるような事はしたくない。

 さらに言えば、今そんなことをすれば七草弘一の暴走に巻き込まれただけの真由美たちや【Seven luck capital partner】の社員たちが全員路頭に迷うことになる。さすがに使用人を含めて全員の再雇用先をさがすだけの時間も労力もないし、中には冬夜を恨んで復讐に走る輩もいるだろう。自分自身に刃が向けられるのならまだ良いが、その矛先が雫やほのかに向くことは極力避けたい。

 現実的にあり得る範囲で、もっと極端なことを言えば、『七草』ほどの家を潰してしまうことで大亜連合がまた戦争でも仕掛けてくるかもしれない。平和主義な日本は戦争は終わったかのように勘違いしている人が大勢いるが、実際のところ休戦協定も何も結ばれていないのだからあの世界最大の人口を誇る隣国とは戦争状態なのだ。そして隣国は大漢崩壊や沖縄戦の大敗という辛酸をなめられ復讐する機会を虎視眈々と伺っている。個人的嫌悪で七草家を潰すことは、その後の平穏をなくすことに繋がりかねないと考えると、さすがの冬夜もうかつに手を出せない。

 

 最後に、この手は冬夜にとって『真夜との血縁表明』は最終手段であり出来れば使いたくないウルトラCでもあった。使ったら最後、四葉との関係が明るみに出るため、せっかく出来た友達やいい感じにまで発展した雫が『四葉』の名前に恐れをなして離れてしまう可能性がある。自分へのダメージ--例えば自分の名前に傷がつくとか--なら受けることを(いと)わない冬夜だが、また友達を失うのは耐えられない。それ故、冬夜はこの手を取る決断を下せずにいた。

 

(それにアイツらだって仕事がある。オレの頼みで他の顧客に迷惑がかかるのは困る……)

 

 さらに言えば、IMAの社長としてモニカに全権を委ねたIMAを自分の都合で彼らを振り回すようなことは彼はしたくはなかった。一か八かの博打に掛けるしかない状況など、これまで幾度もあったが今回ばかりは勝手が違う。己自身か友達か、そのどちらを()()()()()()で冬夜は悩んでいる。

 よくあるライトノベルの主人公のように、自分の全てを捨てずに何かを切り抜けようと考えるほど、冬夜は夢想家ではなかった。

 

(どちらにしろ、どう転んでも雫との恋路は難しくなるばかり。だからと言ってもうこれ以上は待たせたくないし……。あぁくそ、こうなるって分かってたらあの夜告白しておいたのに!)

 

 交流会一日目夜、自分の想いがばれてしまった時のことを思い出して冬夜は嘆いた。やはり何事も後回しにするのはよくない。それはIMAやCILトップとして、世界各地を回っていた時に身にしみて理解していたはずなのに、自分の都合を優先した途端にこうなってしまった。こうなってしまうと、あの時キスされた勢いで押し倒すなり自分の衝動に身を任せて既成事実を作ってしまえば良かったと後悔する。あの時の自分の行動に間違いはないとも思っているが。

 

(………そういえば明日だっけ。アイツらが来るの)

 

 久しぶりに部下のことを強く思い出していたからだろう。端末を取り出してカレンダーを見た冬夜は彼らの来訪を思い出す。IMAとCIL。彼らと顔を会わせなくなって早半年以上経ったが、彼らは元気だろうか。

 自分のワガママに彼らを巻き込んでもいいのかと真剣に悩んでいたところだったので、ここで彼らと再会することが出来るのは運が良いと言えるような、言えないような……面と向かって相談できるのは不幸中の幸いといえる。もしも万が一都合がつけば、そのまま依頼を押し付けることもできる。

 

(なにも起きないと、いいなぁ)

 

 そんな淡い期待を抱いたところでそのついでに、部下たちの個性的すぎる性格も思い出した冬夜は『アイツらのキテレツな性格がどうかトラブルを起こしませんように』と願う。全員実力ある強者ではあるのだが、残念なことに、非常に残念なことに(大事なので二回言った)常識人が少ない。ボケの収拾がつかなくなって鶴の一声で黙らせたことも何回あったか。さらに女性メンバーに限定していえば自分に対してセクハラまがいの行動を起こす者もいる。その全員が『敬愛の表れです!』と胸を張って言うが、正直非常に困る。

 

「………ダメだ。もう寝よ」

 

 思い出したらテンションが下がり続けてキリがなくなりそうだったので、そこで冬夜はノロノロと起き上って歯を磨きに行く。一度眠ってしまって全て忘れよう、そうすればきっと明日には妙案が出てくるさ。と砂粒程度の希望を持って部屋を出ていく。

 そしてまぁ、彼の予想通りそんな希望はトラブルによってすべて吹き飛んでしまうのだが、それを知るのは次に彼が目を覚ました時になる。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「納得がいきません」

 

 そして夜が明けて、次の日の朝。

 千葉県成田市のとあるホテル--その中でも昔から日本の空の玄関口として知られている成田国際空港付近にあるホテル--では、一人の女性が不満顔で抗議していた。肩にかかる程度に揃えられた綺麗な銀髪。人形のように端正な顔立ち。スラリと伸びたその四肢は傷や汚れの一点もない。フリルをふんだんにあしらわれたその手の服を着れば、まんま幼稚園に通う少女が好みそうな人形が、そのまま現実に出てきたような雰囲気さえ持つ妖しい魅力を持つ女性。並のアイドルに並んでも十人中十人が「可愛い」と言うであろう、それだけの美貌を兼ね備えた女性がそこにいた。

 

 彼女の名前は【禰鈴(ネレ)・O・イスカ】

 

 冬夜が創立した魔法師専門の派遣会社--IMAの幹部を勤める赤色名詠式専攻の名詠士だ。

 

「みなさんは良くて禰鈴(ネレ)のなにがいけないのか、キチンと説明してください」

「………だからな、さっきから言ってるじゃないか」

 

 窓から見える海辺の景色が素晴らしいことで宿泊客の人気を博しているとあるホテルの一室で、禰鈴の上司にあたる桃色の髪をポニーテールにした女性がそう額に手を当てながらそう言う。きっちりとスーツを着こなし、『できる大人の女性』の風格を見せている彼女は、さっきから何度繰り返したか分からない説明をもう一度行う。

 

「禰鈴、お前も知っているように今日我々が行くのは学校だ。ボスが四月から入学した国立魔法大学附属第一高校。ボスの通っている学校がどのようなところなのか……後々の学校建設の下見も兼ねて、今日は見学に行くんだ」

「分かってます。そして、学校に向かうに相応しい格好をしないといけないことも、禰鈴は理解してます」

「それはなによりだ。まぁ、今回先方から『ラフな格好でも構わない』と言われていることは昨日説明したが……。これから行く学校はあくまでも公共機関。そして我々は企業だ。最低限TPOをわきまえた格好、というかスーツで行かないとダメなんだ。

 そこで、お前に一つ聞くぞ?」

 

 根が真面目な彼女は一度そこで言葉を切る。目を見開いて、もう一度目の前に抗議している部下の服装を確かめてから、彼女は静かに問う。

 

「--その特殊なプレイを思わせる格好のどこが、学校に向かうに相応しい格好なのか、私を説得してみてくれ」

 

 禰鈴の上司にあたる、桃色の髪をポニーテールをした女性--元USNA軍『スターズ』所属の高位魔法師であり、現在は冬夜の代わりにIMAを率いる社長代理【モニカ・イスペラント】は仁王立ちになって禰鈴の前に立ちはだかる。彼女は胸の前で腕組みをしーーこういってはなんだが少々ボリューム不足であるーー部下の方に顔を向けた。

 

「だから何度も言ってるじゃないですか。禰鈴はこの格好で学校の授業を受けていたんですよ!だから、この格好で学校に行くのは間違ってません!」

「お前が通っていたのは学校じゃなくて研究施設だろう!?というか、そんなハレンチな格好で授業を受けさせる学校なんて、あるわけあるかぁぁぁ!!」

 

 ついに堪えきれなくなり、大きな声で互いの主張を始める上司と部下。モニカ(社長代理)の言っている意味が理解できない禰鈴は「平行線ですね」と頬を膨らせて唇を尖らせる。自分の服装のなにがいけなかったのか--モニカからすればそんなの一目瞭然だろうに、説明しなければならないことに腹ただしくなる。モニカも禰鈴がIMAに入る前の事情を知っているが、それを差し置いても納得してくれないことに頭を抱える。ボスからIMAの面々のことを頼まれたが、やはりじゃじゃ馬が多くて手に負えない。

 

(だが、ここで屈するわけにはいかない!)

 

 しかし、モニカが頭を抱えながらも必死に説明する必要は確かにあった。前述した通り、禰鈴はとても整った姿をしている女性だ。とある理由によって固く閉ざした目が特長的な顔も、全体的なバランスが崩れない程度に主張をしている胸も、色んな点において外見上の彼女は文句の付け所のない人だ。--好みとしている服のセンスが、壊滅的なのを除けば。

 モニカが必死になって止めようとしている理由。今の禰鈴がどんな服装をしているかと言うと。

 

 目に付く綺麗な銀髪の上には茨の冠を戴き、その首には金属製の棘が何本も付いた奇妙な首輪が嵌められ、

 その首もとには十字架を先端に取り付けた(チェーン)が足元まで延びており、血を連想させるほど紅いドレスを彼女は着ていて。

 男ならドレスの胸元から覗かせる彼女の双丘に鼻の下を伸ばしそうなものだが、両手を拘束する十字型の手錠や、足首にある鎖付きの錠を見ると、そんな気は一気に萎える。

 幸い、包帯のような痛々しい類いのものは巻かれていないが、彼女の格好を一言で表現するなら、虜囚と表現するのが一番相応しい格好。

 学校に向かうには……こう、色々な意味で、アウトな姿をしていた。

 

「そんな……なんで禰鈴のことだけダメっていうんですかッ!禰鈴以外にも注意するべき人はいるじゃないですか!?イシュタルさんとかキリシェちゃんとか!」

「言いたいことは分かる。確かに、イシュタルはボスに会う手前、無駄に驚かそうとしてどんな行動に出るか分からん。だから今日一日はヴァイエルに監視を頼んでいる。

 キリシェも暴走する可能性がなきにしもあらずだが、甘いものさえ与えていれば大人しくしているからとりあえず今は無視だ」

「ボスのことを溺愛して人目も構わず可愛がる人と、自分のことを『ボスのペット』と公言して『ご主人様』呼びがデフォルトな竜姫を無視なんですか?世界に有名なIMA社長代理としてそれはどうなんですかッ」

「安心しろ。お前のその格好も十分問題にされるレベルだ」

「ッ!?そ、そんな……ウソダドンドコドーン!!」

「…………はぁ、虚しい」

 

 自分はいったいなにと戦っているんだろう。膝を着いてショックを受ける禰鈴を見て、ふとそんなやるせなさが湧いてきたモニカ。社長代理となってからというものの知らぬ間にため息が増え、いつの間にか周りから『老けた』と言われるようになってしまった。昔冬夜(ボス)に冗談半分で『そんなにため息ばかり吐いていたら幸せが逃げますよ』と言って『余計なお世話だッ!(泣)』と怒られたことがあったが、あの時もこんな気持ちだったのだろうか。申し訳ないことをしたと過去の自分自身に反省する。

 

「モニカ~?禰鈴ちゃんの説得終わったかしら~?ちょっと話したいことがあるんだけど入っていい~?」

「えぇ。ちょうど説得が終わったところなので大丈夫ですよナタラーシャ。入ってきてください」

「じゃあ失礼するわね」

「ちょうど良いところに来てくれました。禰鈴をスーツに着替えさせるの手伝ってくださいナタラー………………シャ?」

 

 チェックアウトの時間まで残り少なくなってきたので様子を見に来てくれたのだろう、モニカのいる部屋にナタラーシャと呼ばれる幹部が来てくれた。振り返り、彼女に声をかけるモニカ。しかし彼女の体は途中で固まってしまう。

 

「ナタラーシャ……。なんですかその服は」

「なにって、見ての通りチャイナドレスよ。似合うでしょう?」

「いや似合う似合わない以前にスーツ着ろって言いましたよね私」

「久しぶりにボスに会うんだから、ここは少し大人の魅力でからかってやろうと思ってね。見て、このスリット。腰まで入ってるでしょ?ボスには通じないと思うけど、思春期真っ盛りの男の子だったらまず見ちゃうんじゃないかしら?」

「…………………」

 

 器用にウィンクしてみせて、そのスタイル美を惜しげも晒す部下。ご丁寧に目の前で背伸びして見せて(自分にはない)豊満な胸をプルン、と揺らしてみたり引き締まったくびれつきのウェストを見せつけたりと、大人(レディ)の魅力を存分に見せつけてくる。

 禰鈴のことといい、馬鹿がもう一人増えたことにストレスが頂点に達し、モニカの理性ブレーカーが落ちる。幽鬼のような足取りでナタラーシャに近付きながら彼女は愛用の十字棍(ロザリオ)をゆらりと抜いた。

 

「あら。どうしたのモニカ?そんなに近付かなくても私聞こえるわよぅおおっ!?」

 

 突然両手の十字棍を使って殴りかかって来たボスの凶行に、ナタラーシャは咄嗟に身を捩って避わす。十字棍の周囲一センチの範囲に継続的に分解魔法を展開し、触れたものを問答無用で分解するモニカの凶器に、ナタラーシャは魔法を使う暇もなく逃げることを強制される。が、室内であるためあっさりと隅に押しやられ、喉に触れるか触れないかの境目まで十字棍を押し付けられる。

 

「スーツ着ろ、さもなくば突く」

「や、やだわぁモニカ(ボス)ったら。ムキになっちゃて。ちょっとしたジョークじゃない」

「…………………」

「そんな睨まなくても良いでしょ?そりゃ、私はモニカに比べておっぱい大きいしスタイルも良いけど、女の魅力なんてそれだけで決まるものじゃ」

「うるさい。私は貧乳じゃない。貧乳じゃないもん……!」

「わ、分かった!ちゃんとスーツに着替えるから十字棍を離してちょうだい!服に当たってる!」

 

 目の端に涙を溜めて十字棍を突きつける社長代理に、命の危険を感じたナタラーシャは両手をあげて降参した。「ユミエルに聞いていた()()()の彼女とはえらい違いね……」と彼女は生まれ故郷の世界のことを思い出す。ナタラーシャ自身直接の面識はないのだが、向こうの世界にも彼女はもっと安全な性格をしていたという。

 

(まぁそんなこと言ったって本人は知らないでしょうけど)

「……それで?話したいことってなんですかナタラーシャ」

「あ、そうそう。ねぇモニカ、あなたキリシェのこと探せって言ったわよね?姿が見えないから」

「えぇ。朝食時にも現れなかったのでホテル周辺を探してくれ、と言いましたが……。見つかったんですか?」

 

 IMA幹部の中で特に今回注意を払わなければならない竜の姫【キリシェ】。彼女は魔法師でも名詠士でも――まして人間ですらないのだが、イシュタルと同等レベルでボスのことを気に入っている彼女の動向を現在モニカたちは把握していなかった。

 昨日ホテルにチェックインした後、それぞれに割り当てた部屋に入るまでモニカは記憶しているのだが、どうもその後行方を眩ませたらしい。なんとなくどこへ行ったのか想像がついたモニカだったが、一応念のためチェックアウトまで暇をもて余していたナタラーシャとアルマデルに分かる範囲での捜索を命令していた。

 

「それが、キリシェったら私たちに内緒で先に出てっちゃったみたいなのよ。荷物ほったらかしで」

「………どういうことです?」

「ホテルのエントランスに話を聞いたら昨日の夜遅くに出ていったのを支配人が見たそうよ。『知人のところに遊びにいく』って言って、そのままタクシーを拾ったらしいわ。ねぇこれってやっぱり」

「多分その通りだろう。キリシェめ……一人でボスのところに行ったのか」

「心配していたもんねぇ昨日。まぁあの子のことだから無事にボスの家に着いているでしょうけど、どうする?」

「アイツのアドレスに『後で覚悟しておけ』というメールを送っておいてくれ。ボスと一緒に一高に来るだろうから放っておいても問題ないだろう」

「りょ~かい。じゃあメール出しておくから、禰鈴のこと頑張ってね」

 

 結局手伝ってはくれないんだな。と部屋から出て行くナタラーシャを見送った彼女は、三度ため息を吐く。キリシェのこの行動は昨日の時点で予想出来ていたが、無理に止めようとも思ってなかった。彼女の気持ちは十分に理解できるし、無理に止めようと闘った時の方が周囲への被害が大きくなる。冬夜を相手にした時の言動や行動こそ問題のある彼女だが、それ以外はきちんと分別を弁えているので問題ないだろう。

 冬夜のマンションはエントランスに入るのに電子ロックを合鍵で解除する必要があるのだが、彼女の持つ『能力』の前ではそれは大した問題にならない。玄関の扉も彼女ならば鍵がなくても問題なく開けられる。さんざん訓練させたので、警察沙汰になる心配も皆無だ。

 

IMA・CIL(この会社)はどこに向かおうとしているんだろうな……)

 

 元軍人の彼女は、いつの間にか警察沙汰になりそうなことを平然とやってのける現状に対して自嘲気味に笑った。しかしそんなことを気にしても今更なので視線を禰鈴の方に戻すと、まだ先ほど受けた常識とのギャップにショックから脱してないらしい彼女が、膝をついたまま、わなわなと震えていた。

 

「今日のために仕立ててもらった一張羅なのに……。なんで世界はこうも禰鈴に厳しいのですかッ……」

「立ち直れていないところ済まないが、そろそろ着替えないとチェックアウトに間に合わないから、まだ嫌がるなら無理矢理着替えさせるぞ?」

「そんな地味なスーツに着替えるなんて嫌ですよ!折角今日のためにこの服を仕立てて貰ったんですから、禰鈴は意地でもこの姿で行ってやります!」

「そんなことしたらIMAもCILも信用がた落ちだ。お前を助けたボスの評価にだって関わる。第一、お前のことを知らない人が、今のお前の姿を見たらどう思う?」

「えっ!?」

 

 正攻法で上手くいかないなら搦め手、一般論で攻める他ない。いい加減説得にも飽き飽きしてきたモニカは、ナタラーシャと同じような暴力的手段に出ようか考えていた。『口で言ってダメなら力で黙らせるしかない』。冬夜がよく口にしていた幹部たちへの最終手段である。そんなモニカの内心も知らない禰鈴は、少しの間黙っていると、モニカの搦め手にこう答えた。

 

「……ボスに調教されてこんな風になっちゃった可哀想な女の子、ですか?」

「あながち間違ってもいないが、一言で言えば『変態がいる』だな。というか、お前だって自分の服装が周囲にどう見られるか分かっているじゃないか」

「禰鈴はお兄様以外の人間のことなんて最悪どうなっても良いのでそんな事知りません。禰鈴のこの一張羅、簡単に脱がせられると思わないでください!」

「~~~~~ッ!!ネックザァァァル!お前からもなんか言ってくれ!」

 

 ここまで一貫するといっそ清々しくなる禰鈴の主張に、ついにキレたモニカが禰鈴の敬愛する兄【ネックザール・O ・ イスカ】に救援要請を出す。兄を敬愛してやまない彼女は兄の言うことなら絶対に聞く。そしてネックザールは禰鈴と違って常識的な判断が出来る人間だ。きっと自分の味方に付いてくれるに違いない。

 

「…………うぅ」

 

 モニカの期待に満ちた眼差しを受けながら、先程から彼女たちの近くで話を聞いていたネックザールはモニカの顔へにゆっくりと視線を向けると、顔を青くさせながらこう答えた。

 

「あまり……大きな声を出すな……二日酔いに響く……」

 

 うぅ……と呻き声を出しながらネックザールは口元に手を当てる。あまり酒に強くないのに、昨日無理に飲みすぎた結果がこれだ。イシュタルに付き合うべきではなかったと心から彼は後悔する。モニカたちの口喧嘩に煽られて気分を悪くしたのか、トイレに駆け込む彼を見て、モニカは怒りのあまり頬をひきつらせる。ネックザールから禰鈴へ、視線を戻した彼女に両腕を胸の前で交差させて抵抗の意思を示す。

 

「嫌ですよ。禰鈴は自分が納得するまで、その地味なスーツに着替えるつもりはありませんからね!!」

「もうなんでも良いからスーツ着ろぉ!」

 

 苦労人モニカ。そんな彼女が定めたチェックアウトの時間まで、あともう少し

 

 





次の話は新しく作った話です。水波メイン回だよみんな!!

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