魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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新規に作った話です。水波成分が足りなかったので作りました。

とりあえず、既に投稿した分は出しちゃいます。


IMA・CIL 来校 Ⅱ

 

 桜井水波の朝は早い。

 エルファンド校に通う某顔がヤクザなお兄ちゃんと同じく、毎朝冬夜よりも必ず先に眼を醒まし、日課のトレーニングや家事を済ませる。冬夜に連れられ同棲生活を始めて早一月以上。黒崎家のキッチンを始め、HARと一緒に掃除・料理・洗濯を完全に掌握した彼女は中学校の制服の上にエプロンを着けて冷蔵庫の中を覗いていた。

 

「朝ごはんはベーコンと目玉焼きにでもしましょうか」

 

 パパッとメニューを決めた彼女は卵とベーコンを取り出し早速調理に取り掛かる。今のご時世、その光景すら珍しくなったものだが、水波は修と同じくHARの作ったご飯は味気ないと考えるタイプなので、冬夜には必ず手料理を食べてもらっていた。

 しかし、水波は手間暇を掛けてご飯を作ることを面倒とも苦とも思ってない。メイドとして当然の行動だとも思っているが、なにより敬愛する相手に尽くしているのが堪らなく嬉しいのだ。本当は朝ごはんだけでなくお昼のお弁当も作ってあげたいのだが、冬夜が『(雫に)殺されるからやめてくれ』と言うので作っていない。……いらないと言っているくせに、たま~に見知らぬ空のお弁当箱(雫のお弁当箱)が洗浄機の中に入っているのを見ると、水波としては非常に気分が悪くなるのだが、そういう時はさりげなく冬夜に擦り寄って頭を撫でてもらうことで誤魔化している。乙女心は複雑なのだ。

 

「さて、冬夜様を起こさないと」

 

 作り置きのポテトサラダをささっと盛り付け、二人分の朝ごはんをリビングのテーブルに並べると、エプロンを取って冬夜の部屋の前にまで行く。目覚まし時計を使っても二度寝を敢行して起きようとしない冬夜を起こしにいくのだ。

 しかしノックする前に彼女は心を落ち着かせる。もう何度もやっているので恒例行事となったこの行動。胸に手を当て意識して呼吸を整える。勘違いしないでほしいのだが、水波は冬夜の部屋に行くので緊張しているのではない。同棲し始めた頃は確かにそれでも緊張していたが、掃除やらで何度も部屋を訪れていくうちに慣れた。

 では、なにに彼女は緊張しているのかと言うと。

 

(大丈夫、大丈夫です。問題ありません。冬夜様が相手なら、いつでも私は……)

 

 寝起きの冬夜に襲われてもしまうのではないかと心配を――というより期待を――していた。大正ロマンを題材にした小説等でよく見る『女の子の従者とイケメン御曹司のイケナイ関係』をガチで夢見ている彼女は、毎朝毎朝少しだけ妄想をしてしまう。私室に置いてあるお気に入りの小説(城崎カンナ作)のワンシーンを思い返して頬を赤らめる。そこには過激な描写こそなかったが、濃厚なキスシーンがあった。登場人物を自分達に置き換えて彼らの営みを想像する水波はこの瞬間、『四葉の従者』から『一人の女の子』に変わってしまう。

 

(冬夜様のことですから多分襲ってこないでしょう。しかし万が一、いえ億が一の確率で)

 

  冬夜の鉄の理性が寝ぼけている状態でもきっちり働いていることは、この一月の間でよく理解した水波。だがそれでも期待せずにはいられない。優しくなくとも、ちょっと強引気味に押し倒されてから、というのもそれはそれでアリだ。前にチラッと読んでみた小説の中にはそういう展開もあった。……と悶悶と約二分間己の妄想に浸っていた水波は、「ふぅ」と気を落ち着かせてからカッ、と目を見開く。覚悟はできた。さあ後は突入するのみ。

 

「冬夜様、もう朝です--」

『そう言うなよご主人様。本当は嬉しいのだろう?鼻の下が伸びているぞ。鼻息も荒い。顔がにやけているぞ?』

『だ、黙れ!誰が部下に迫られて嬉しがるかッ!早くオレから離れろ!』

『なら喚くだけでなく暴れればいいじゃあないか。……よしよし。良い感じに力が抜けてきているな。口と違って体は素直だ。もっと撫でてやろう』

『や、やめろぉーッ!撫でるなぁぁぁ!!』

 

 声が聞こえた。

 ノックをする寸前、冬夜以外誰もいないはずの部屋から『()()()』が聞こえた。

 そしてその女は憎いことに、今この瞬間に冬夜に迫っているらしい。冬夜の悲鳴がドアの前まで聞こえてきた。

 

 さて、どうするか。

 

(………困りました。血ってなかなか落ちにくいんですよね。学校に間に合うとい良いんですけど)

 

 即断即決。なんの躊躇もなく水波は怨敵の抹殺を決定した。四葉家に仕える者らしく女の死体の処理までを一瞬で想定した彼女はCADを構える。扉を開けて姿を確認したら即座に加重系魔法で壁に押し込んで圧殺する。相手の言い訳など聞かない。ならず者ならもちろん、たとえ冬夜が招いた人物だったとしても、この家に女が不法侵入した時点で万死に値する。殺す。空気を抜いた圧縮袋に入っている布団のように、内臓や骨を押し潰してまっ平にしてやる……ッ!

 

『半年も離れていたのに相変わらずツンデレな反応だな。可愛い奴め。お仕置きにもっとギュッとしてやる』

『あぁもうチクショウ!誰か助けてくれぇぇぇぇ!!』

 

 

  冬夜のそんな悲鳴が響き渡る。このまま突入すれば血で血を洗うような凄惨な戦いが起こってしまうが、それを止められる者はこの場にいない。

 久しぶりにキレた水波は冬夜の部屋に突入した。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「んん……」

 

 七草弘一と無頭竜による奸計が仕掛けられて二日目となる朝。東京都内の高級マンションの二十階にある部屋で、冬夜はカーテンから漏れ出る陽光の眩しさに意識を引き上げられて目を覚ました。いつも水波とHARの手によって清潔に保たれている彼の私室。特に冬夜が毎夜快適な睡眠を送れるよう水波が魔法を使ってふかふかに保っているベッドの中で、彼は無気力に瞼を少しばかり持ち上げると、またすぐに下ろして光から逃れるように布団の中に顔を引っ込めた。

 

(まだ眠い……)

 

  もぞもぞと、新しい一日が始まったことを認めない彼の脳は現実から目を背けるべく寝返りを打つ。昨日一日、依頼の件で頭がいっぱいで何事もままらなかった苦痛を思い出した彼の脳は、自らを守るために彼の意識に【二度寝しよう】という命令を出す。苦痛を避けたいと思うのは誰しもが思うこと。冬夜の肉体は何を思うこともなくただその命令に従い始める。

 

(柔らかい……)

 

 ぼんやりと霞ががった頭でうまく思考出来ない彼は、無意識のうちに手を伸ばしてベッドに入っている抱き枕に顔を寄せて押し当てる。冬夜は極度の寂しがり屋なのだがモラルが欠如しているわけではない。精神的な問題もあって真夜に無理を言って水波と同居した訳だが、さすがに年頃の男女が同室で寝ているというのは倫理に反しているしいろいろと問題が発生する。なので彼が眠るときは彼の部屋に在住している一匹のイルカが彼の孤独を癒やしているのだ。綿が詰め込まれたモフモフという触感が素晴らしいそのイルカの抱き枕は彼の心の盟友。再び微睡に身を任せつつある彼は、現実における苦悩がどんどん遠ざかって身体が楽になっていくのを感じた。

 

(いい匂い……)

 

 霧が立ち込めてくるように理性的な思考よりも本能的な直観に支配されつつある彼は、イルカのぬいぐるみから漂う甘い匂いに安心感を覚えていた。さながら赤ん坊が自分の母親の匂いに反応して安心するのと同じように、彼もすやすやと寝息を立てて眠り始める。

 無意識が意識に打ち勝って冬夜が夢の中に旅立ち始めて--

 

「んんっ……朝から元気だなボスは。そんなにがっつかなくても私は逃げないぞ?」

 

 --そして、一瞬にして現実に引き戻された。

 

「…………なにしてんのキリシェ」

「おお、起こしてしまったか。おはようボス。元気してたか?」

「『元気してたか?』じゃねぇよ!なんでお前オレのベッドに潜り込んでいるんだよ!?あと前隠せ!見えてっから!」

 

 最悪の目覚め方をした彼は頭をかきむしりながら上半身を起こす。天国から地獄へ突き落とされた気分だ。と彼は心の中で毒づくと、否応なしに朝から元気にならざるを得なかった原因、――IMA幹部の一人でモニカたちが探していた人物――キリシェにツッコミの嵐を浴びせる。昨夜寝る時はいなかったはずなのになぜここにいるのか、そもそも一緒に来ているはずのモニカたちはどうしたとか色々疑問が浮かぶが、逆に浮かびすぎて混乱しそうになる。しかし、思春期の男子の目には毒な半裸(プロポーション)をシーツで隠そうともせず【ドッキリ大成功】とでも言いたげなニヤついた顔をしている気にも止めていない。それどころか、むしろ自分から主張するように胸を張って言い返す。

 

「そう言われてもなボス。私は全裸じゃないと夜眠れないんだ。だから私の寝起きが素っ裸になるのは当然の結果なんだよ」

「そんなドヤ顔で言われても困るのはオレなんだけど!?ていうか前から言ったよなぁ、『羞恥心を持て』って!なんでお前はオレにだけはそんなフリーダムなんだよぉ!」

「お前は私の【ご主人様】で、私はお前の【愛玩動物(ペット)】だからだ。他の人間とは関係が異なる。だから、対応も異なって当然なのさ」

「どうせならみんなと一緒の対応にして欲しかったッ!」

 

 昔からちっとも態度を改めないキリシェの主張に冬夜は頭を抱える。このやり取りも久しぶりで懐かしいのだが、だからと言って懐かしんで笑っている場合ではない。考えても見てほしい。見た目同い年の女の子から人前で『ご主人様』と呼ばれる苦痛を。どう取り繕っても周囲からイタイ目で見られ、陰口を叩かれるのは必然だ。キリシェはつり目で少し怖い顔をしているが、容姿も整っているのでなおのこと誤解される。確かに冬夜は変態(ロリコン)だが、変態(SM好き)ではないのだ。変態(ロリコン)なのは間違いないが。

 

 とはいえ、事実キリシェは生物学上人には分類出来ないため、二人の関係は【ご主人様とペット】で正解だ。しかし、そこに深い意味はない。ないったらない。

 

「つかお前どうやってこの部屋に侵入(はい)ってきた?ここは二十階にあるし、このマンションは鍵がなきゃエントランスにすら入れないはずなんだが。たしか、お前飛行能力なかったはずだよな?」

「寝起きだからか、どうやらまだ頭の回転が本調子ではないらしいな。ここのマンションは電子ロックだろう?電子機器の操作など、私からすれば赤子の手を捻るよりも簡単な事だよ」

「………【電子支配】か。能力は悪用するなと言ったのに」

「お前も似たようなことを散々やっていただろうに。説得力がないぞ?」

 

 堂々とそう言い返してくるキリシェに、冬夜は呆れて肩を竦める。否定できないところがまた悔しい。

 南アメリカが生んだ最悪の人造新生物(バイオテスタ)【竜姫キリシェ】。その彼女が大国から恐れられる理由、それが彼女の保有する能力【電子支配】だ。

 

 元々彼女は電子支配という能力を持って生み出されたのではない。製造段階で彼女が持っていた能力は【発電能力】。そう、キリシェは当初、今ではなんの変哲もなくなった電撃使いとして生まれてきた。

 発電、すなわち電気といえば、熱と同じように我々の生活には欠かせないエネルギーの代表的なものだ。化石燃料だろうが原子力だろうが水力・風力だろうがそれらすべては『電気』を生み出している。人間の文化が高度に発展していくにつれて必須となった物理現象。それが電気だ。だが、普通の人間は生身一つで電気を起こすことはできない。発電するための機能が体の中にないからだ。一応、微弱な電気なら体の中に流れてはいるが、それは弱すぎて日々の生活に活用など出来ない。

 しかしながら自然界においては、希少ながらその発電機能を持つ生物が存在している。筋肉細胞が変化した『発電板』と呼ばれる細胞を持ち、細胞一個当たり0.15V(ボルト)の発電を可能にする細胞を持つ生物がいる。『デンキウナギ』と呼ばれるその生物は、その一個当たり0.15Vの発電を行える発電板が体の4/5ほどを占めている生き物で、最高電圧600~800V ・電流1Aにも達する強力な電気を発生させることができる。生息水域の頂点捕食者の一つに君臨し、感電したら人間どころか馬でさえ気絶できる力を持っているのだ。

 

 キリシェはそのデンキウナギの発電板を参考にした細胞を持っている。そしてその機能で、こと戦闘に置いて彼女は--戦闘以外でもかなりの応用が利く--圧倒的な力を得た。

 

 例えば、基本の発電能力の延長として大気の絶縁を突破して『落雷』と同等の現象を引き起こしたり。

 例えば、磁力を用いて地中の砂鉄や近くの金属を操り、チェーンソーのような物理攻撃やとっさの盾にしたり。

 例えば、電気を使って電子機器を操作したり、反対に機材そのものをショートさせて使えなくさせたり。

 例えば、自身を中心とした電界を作り出してソナー代わりにし、周囲の探索をしたり、妨害電波を出したり。

 

 遠距離攻撃を基本にもう万能と言っても良い能力を持つ彼女。まだまだやり方次第ではさらなる応用ができるのだが、彼女はそれだけでは満足しなかった。最初は様々なことが出来るようになると褒めてもらえた製造者(おや)にもっと褒めてもらいたくて。彼女は発電能力をさら深化させて、ついに別次元の力へと進化させた。それこそ『自由電子の完全支配』。つまり【電子支配】と呼ばれる能力だ。

 

 【電子】。すなわち神羅万象あらゆる存在を構成する原子、その構成物である素粒子を操れるようになった。その能力に目覚めたきっかけは偶然だったのだろう。しかし彼女は、名詠生物などの特異な存在を除いた物質存在のすべてに直接干渉できる能力を持った。分かりやすく言えば、原子内の自由電子を操ることで物質を意のままに分解・再構築出来るようになった。達也と似たような能力ではあるが【生物のように様々な原子が複雑に絡み合って存在しているものは分解しにくいため使えない】・【物質の分解には射程範囲内が存在している】といった発動条件が課される分キリシェのほうが万能差で言うなら低い。だが、その代わりとして彼女は大気中の原子にある電子さえも手中に収めた。

 大気中に漂う原子の自由電子さえ操れるといったいどうなるのか。その果てに彼女が身につけた必殺技は、()()でも以下のような数値を一瞬にして発生させられる。

 

 瞬間速度:四千メートル毎秒。

 温度:一千度。

 有効範囲:キリシェを中心とした半径三百メートル圏内全域。

 

 落雷どころの騒ぎではない。自由電子を支配してプラズマをも自由に引き起こせる彼女は、太陽熱(フレア)という超常の現象さえも引き起こせる。前述した能力と合わせれば『これなんてチート?』と叫びたくなるような力だ。しかし、このキリシェを開発した南米の科学者たちの最終目標が『自分たちの国から資源や食糧を根こそぎ奪っていた大国の魔法師共を蹂躙できる力の持ち主』だったのだから、ここまで規格外の力を持って生まれてきたのはある意味必然だったのかもしれない。

 だが、改めて生み出されてしまったソレは、もはや科学者たちの手に負えるものではなく『魔法師を大量殺戮できる兵器』というレベルを超越していた。

 

(よく生きてんなぁオレ……)

 

 そんな化け物と戦った挙句、飼いならして全裸で添い寝までしてくれるほど誑し込んだ男が遠い目で過去を振り返る。キリシェの能力は絶大だ。CADも機械であるためキリシェの高電圧の影響をモロに受ける。古式魔法にしても製造過程で耐性を付与されたのかほぼ効果がない。既存の重火器などもっての外。その強大な能力から、彼女は魔法師によって世界の安定が保たれている現状でもっとも脅威な存在と見なされていた。『世界の平和を守るため』というお題目で国際魔法協会から秘密裏に殺害命令を出されていた彼女だったが、キリシェを生み出した発明者たちも、キリシェの討伐・殺害を求めた国際魔法協会も理事たちもこの結末は予想できてなかっただろう。まさか最凶最悪の生物兵器が口説き落とされて誑し込まれたなんて結末は………予想外にもほどがある。  

 

「聞いたぞ。お前が今おかれている状況について。ずいぶんと面倒なことになっているじゃあないか。依頼に関しては即断即決なお前がここまで悩むんだ。なにかあるんだろうと考えたら、いてもたってもいられなくなってな。つい、ホテルを抜け出してきてしまった。モニカは怒るだろうが、私にとってはお前のほうが優先度が高いんでな、気にすることでもない」

「はぁ……。随分と主人想いなペット様だこと。その気持ちは嬉しいが、お前これからどうするんだよ?」

「とりあえず服を着てお前と一緒に学校に行くさ。モニカたちも来るんだからそれで問題なかろう。……だが、その前にやるべきことがある」

「やるべきこと?」

 

 冬夜は怪訝そうな顔をしてキリシェの顔を見た。もう悪意に満ちた寝起きドッキリのせいで最悪な気分だというのにまだなにかやるつもりなのか。

 

「あぁ。お前の愛玩動物(ペット)としての役目を果たしておくとしよう」

「え?」

 

 そう言った彼女は、冬夜が言葉を返す間もなく腕を引っ張って後ろから抱き締め、頭を優しく撫で始めた。

 

「ッ!?」

「ほれほれ。どうだ、久しぶりの私の胸は。柔らかくて気持ちがいいだろう?」

「ちょっ、待てキリシェ!?ペットとしての役目ってなんだ!?」

「ペットというものは飼い主に愛され癒しを与えてる存在だろう?だから面倒な問題を何時も抱え込んでいるお前を癒してやろうと思ってな。ほれ、遠慮はいらんから私に甘えてしまえ」

「い、癒しって……これは絶対に違うだろ!」

「お前も男なんだ。こういうことをされて嫌なわけがないだろう?それにお前、昔からイシュタルにこうされると大人しくなってたじゃないか。なにも考えず私に身を委ねろ。リラックスだリラックス」

「出来るかーッ!」

 

 キリシェがサディスティックな笑みを浮かべて後頭部に胸を押し付けてくる。むにゅんむにゅんと男にとっては夢のような柔らかさが伝わってくるが、巨乳アレルギーの冬夜にとっては逆効果でしかない。しかし、暴れるなり強く抵抗したいものの、頭を撫でられて心のどこかが安心感を思い出したのかなぜか体に力が入らない。口はともかく、借りてきた猫のように大人しくなった冬夜を、キリシェはさらに撫でまわす。

 

「ちょ、離せキリシェ!離せぇ!!」

「ふふふ……慌てふためくお前のその反応。私の嗜虐心が煽られるな。ゾクゾクするぞ」

 

 蒸気した表情で冬夜にセクハラを行うキリシェ。完全にこの状況を楽しんでいる顔だ。巨乳アレルギーの恐怖心よりも羞恥心が上回っている冬夜も手を出そうとしない。空間移動も精神が乱れているため使えなかった。こう言った反応を返すのも『嫌よ嫌よも好きの内』ということなのだろうか。

 

「そう言うなよご主人様。本当は嬉しいのだろう?鼻の下が伸びているぞ。鼻息も荒い。顔がにやけているぞ?」

「だ、黙れ!誰が部下に迫られて嬉しがるかッ!早くオレから離れろ!」

「なら喚くだけでなく暴れればいいじゃあないか。……よしよし。良い感じに力が抜けてきているな。口と違って体は素直だ。もっと撫でてやろう」

「や、やめろぉーッ!撫でるなぁぁぁ!!」

 

 無遠慮にナデナデされる冬夜は堪らず叫び声をあげた。なぜだろう、見た目襲われているようにしか見えないのだが、冬夜が相手だと『コレ浮気じゃね?』と言う感想しか出てこない。上司と部下の少々過激な(?)スキンシップのはずなのに、とても不思議だ。

 

「半年も離れていたのに相変わらずツンデレな反応だな。可愛い奴め。お仕置きにもっとギュッとしてやる」

「あぁもうチクショウ!誰か助けてくれぇぇぇぇ!!」

 

 貞操と面子の危機に冬夜は恥も外聞も捨てて助けを求める。精神が落ち着いていれば空間移動で逃げられるが、動揺しきった今では不発に終わる。いや、そこは魔法を使って抵抗しろよ。と言いたいが、残念ながらCADは机の上なので手が届かない。無理矢理引きはがそうにも相手は新生物。見た目は女子高校生でも筋力は男子高校生を上回っていた。

 だれか、誰でもいいから助けに来てほしい。冬夜がそう天に祈る。そして、彼を愛する不幸の女神はニコッと微笑んで彼に救い(不幸)を与えた。

 すなわち。

 

「冬夜様から離れなさいこのアバ○レッ!!」

「指先ショートどーん」

 

 ダークホース(水波)、乱入である。冬夜は『助かったッ!』と今の自分の姿を考えずこの乱入に感謝する。扉を開けて魔法式を投影する刹那、キリシェの電撃によりCADを不能にさせられた水波は、憤怒の表情を浮かべてキリシェに飛び掛かった。

 

「退きなさいこの泥棒猫!」

「あいにく私は泥棒猫ではなくドラゴニュート(竜人)なんだがな。てい」

「きゃぁっ!」

 

 怒りに身を任せて襲い掛かった水波など相手にもせず、片手で突いて弾く泥棒猫(キリシェ)。床に転がった水波はすぐさま起き上がってキッ、とキリシェを睨み付ける。凄まじい表情だ。もしも殺意が具現化できるのだとしたら、そのまま視線でキリシェを殺せそうな勢いである。

 対するキリシェは片手で冬夜をがっしりと抱え込みながら勝ち誇った目で水波を見る。冬夜がジタバタもがいているが、そんなもの気にも止めず「よしよし」と頭を撫でてみる。そしてその様子を突き飛ばした水波にこれでもかと見せつけた。水波の表情はさらに強張る。「殺す、ころす、コロス!」そう考えているのが嫌でも伝わってきた。

 

「水波!大丈夫かっ!?」

「……ふん。誰かと思えば、昨日侵入したときに出会った娘じゃあないか。その様子だと、昨夜私の侵入に気づいた後一瞬で倒されたことは覚えてなさそうだな」

「その顔、IMAの竜姫キリシェですか。なぜここに……」

「しかしちょうど良いところにてくれた水波!助けてくれ!オレのCADを取って渡してくれ!!」

「『なぜ』などとそんなことはどうでもいい。些末なことだ。さて、今のやり取りでお前にも分かっただろう?私とお前では力の差は歴然だ。負けたお子様は朝ごはんでも食べてさっさと学校にでも行くがいい。ここから先は愛玩動物(わたし)の時間だ。邪魔をするな」

「黙りなさい!冬夜様は私(だけ)のご主人様です。他人には奪わせません!!」

 

 あれ?オレの言葉は無視?と冬夜は自分だけ言葉のキャッチボールが成立してないことに気付く。既に水波は、四葉の訓練を受けた者としてはあるまじき事だが、激昂しておりキリシェを排除することしか頭にない。そりゃまぁ、幸せな夫婦生活(偽)にいきなり見知らぬ女が上がり込んできて自分の夫(願望)を寝取ろうとしていたら怒るのも無理はない。しかしここにいる面子、誰一人として冬夜の恋人ですらないのだ。というかなんで早朝にこんな昼ドラ展開をいきなり繰り広げているのだろうか。胃がもたれる。

 

「ふ、笑止。お前ではボスの相手を務めることは出来ないだろう。お前もなかなかの美少女だが、ボスの添い寝経験すらない貴様では、私には勝てん」

「私は冬夜様の従者(メイド)です。メイドは使える主人が健やかな生活を送れるよう、身の回りの世話をするのが勤め」

 

 水波は俯き、震える声でキリシェにそう言う。え、これ何が始まったの?と一人事態についていけない冬夜が混乱する。なぜだがものすごく身に危険が迫っているような気がするが、キリシェから逃れることができない。一方で水波は、怨敵の顔を見つつ冬夜の顔をチラチラ見て、顔を真っ赤にしてこう叫んだ。

 

「だから!冬夜様の疲れを癒すためにナデナデするのも、私の仕事なんですぅ!!」

「えええええええええ!?」

 

 状況が斜め上過ぎる方向に進んでいくため、まったく事態についていけなくなった冬夜が絶叫する。なんで朝から自分は二人の女子からを取り合いにならなければならないのだろうか。部下と従者が睨み合っている修羅場をなぜ経験しなければならないのか冬夜は理解できない。あれか、昨日みんなと一緒に行った喫茶店で【平穏な生活がほしい】と書いたからこんな事態になったのか。

 

(どんだけ神様はオレのことが嫌いなんだよ!?平穏どころか朝から血を見そうな雰囲気だよ!)

 

 確かにこのままでは女二人による醜い戦いが繰り広げられそうではある。といってもキリシェに金属はほぼ通用しないため、包丁で血を流すことはないだろう。

 しかし忘れてはならない。水波がここまで怒る原因を作った、そもそもの諸悪の根源は誰なのかを。

 

「ほう、ならば勝負してみるか小娘。私とお前、どちらがボスを満足してやれるか」

「いいでしょう。その勝負受けて立ちます!」

「えぇっ!?ちょ、ま--」

 

 --ここから先の描写はない。

 --冬夜はこの日の朝のことを、【悪夢】と認定して記憶の奥深くに沈ませ永久に上がってこないよう重しを付けた--

 

 

 





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