魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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週一更新が固まりつつある今日この頃。もっと早く更新したいなぁ。………精進します。

それでは本編をどうぞ!


入学二日目 騒動

 物事というのは、決して思い通りにいかないものである。

 

 そんなことはある程度生きていれば誰だって自然と理解するものであり、時には「仕方ない」と諦めることが必要な時もある。

 というか、すべて自分の思い通りに行く人生であるならば、それ以上につまらないモノはないかもしれない。

 だけど、人は何度かこんな経験をしなければならない時がある。

 ――この状況、自分はどうすれば良いんだろう……?

 

 今まさしく、冬夜と達也、そして二人の間にいる深雪の三人の置かれている状況は、そういった状況だった。

 

「はぁ……入学二日目にしてトラブルか。達也のいう通り、今年は厄年なのかねぇ」

「同感だな冬夜。だが、この状況はどうする?」

「やっぱり止めるべき……なんでしょうか?」

「……逆効果だろうなぁ」

 

 授業も終わった放課後、どうしようもなく途方にくれている三人の目に映るのは、1ーEの友人達と1ーA の生徒達。彼らが向き合って対立している場面だ。

 

 事の発端は美月の一言だった。

 1-Aのクラスメイトと一緒に達也のところに来た深雪は、最愛のお兄様と一緒に帰ろうとクラスメイトと別れようとした。

 ……が、昼に一回食堂で揉め(冬夜は後でその話を聞いた)、生徒会長、七草真由美の実習見学に悪目立ちしたことももあってか、一科生のーー主に男子生徒が猛反発。「親睦を深めるため」とか色々なことを言って深雪を引き留めた。

 

 まわりくどい言い方だが、要は深雪と一緒に帰りたいのである。

 

 深雪としてはやっぱりお兄様と一緒に帰りたい。しかしまたお兄様に迷惑を掛けたくないという気持ちが混じりあってあまり強くものを言えなかった。

 そんな彼女を見かねてかーーというかは一科生のわがままな態度に我慢ならなかったのか、ここで美月がキレた。

 一番大人しそうな顔をしていたので、レオやエリカよりも先に感情を爆発させたのは冬夜も達也も意外感を禁じ得なかった。

 

 で、今に至る。

 互いに互いを睨み合う硬直状態となっているのだ。 ……冬夜達を置き去りにした状態で。

 

(その上向こうには、あいつらがいるしなぁ……)

 

 冬夜の視線の先に見えるのは一科生側の群れの中にいる二人の女子生徒。

 一科生のグループを観察していたらその二人だけ浮いていたーー周囲と違って二科生ではなく同じ一科生の方を見ていたーーので気になってよく見ていたら、見覚えのある顔だった。

 というより、おもいっきり知り合いの顔だった。

 まさかと思って深雪に確認してみたら、案の定予想通り。同じ学校に通うことは知っていたが、まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。

 向こうもオレに気付いたようでこっちを見ている。さて、どうやってーー

 

(((どうやって話し掛けよう……)))

 

 ようやく再会できた幼なじみの三人は、周囲の状況のせいで話しかけられずにいた。

 

「深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって言ってるんです。なんの権利があって二人の仲を引き裂こうって言うんですか!」

「……引き裂くって言われてもなぁ」

「み、美月は何を勘違いしているんでしょうね?」

「深雪、なぜお前が焦る?」

「あ、焦ってなんていませんよ!?」

「……なぜに疑問系?」

 

 美月の言葉に冬夜たちも混乱しかけていた。対処のしようがないために傍観という選択を選んだのだが、混乱してしまうようでは意味がない。なんだか魔法の撃ち合いになってしまうような嫌な予感がしている。

 そして、残念なことにそういう予感だけはよく当たることを彼は経験で知っていた。

 

「うるさいなお前ら! この魔法科高校は実力主義なんだ! 実力が劣るウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

「今の時点であなたたちブルームがどれだけ優れているって言うんですか!」

「……知りたければ教えてやるぞ」

「はっ! おもしれぇ教えて貰おうじゃねぇか!!」

 

 売り言葉に買い言葉。打てば響く、ではないが一科生の言葉にレオが発破をかけてしまう。

 いよいよ、マズイ展開になってきてしまった。

 

「ならよく見ておけ、これがーー」

 

 最前列で美月と言い合っていた一人の男子生徒が右手を腰のあたりまで降ろす。もちろん、言い合いに降参したわけではない。

 腰のホルスターにセットされた、CADを抜き取るためだ。

 

「実力の差だ!!」

 

 拳銃型のCADの照準をレオに向けて、起動式が展開される。しかも、レオに向けられた魔法式構築までの時間が短い。

 それもそのはず、その男子生徒が使っているCADは攻撃重視の特化型CAD。

 

 初日に出会った生徒会長が身に付けていた汎用型より素早く敵を倒す目的で作られたCADだ。もちろん、そんなCADに納められている魔法は、攻撃的な魔法に違いない。

 冬夜の嫌な予感はいよいよ現実となってしまった。

 

(おいおいマズイだろこの状況。洒落にならねぇぞ!?)

 

 急展開してきた状況に、冬夜はほぼ反射的にCADに手を伸ばしていた。出遅れたとはといえ、冬夜は世界でも上位に名を連ねる魔法構築速度の持ち主。今からなら、ギリギリ間に合うかもしれない。

 ――そう思ったのは束の間。次の瞬間には、その男子生徒のCADはエリカによって弾かれていた。

 

「この距離なら、身体動かしたほうが早いのよね」

 

 残心をとき、どこからか取り出した伸縮式の警棒を持って男子生徒と向き合うエリカ。

 その姿に動揺や焦りの姿はない。どこか風格すら漂わせる彼女の姿を見る限り、かなりの腕前を持つことがわかる。

 

(身体動かしたほうが早いって、多分それ君だけだと思うよエリカ……)

 

 結局使うことはなかったCADに触れた手を離して、冬夜はホッと一息つく。何はともあれ、大事に至らなくてよかった。

 見ると、視線の先ではエリカがレオとぎゃあぎゃあ騒ぎあっている。先程の緊迫した空気はどこにいった? と言いたくなるような雰囲気だったが、特に冬夜はなにも言わなかった。

 

 この時点では、まだ彼に油断があったのかもしれない。ゆえに、彼は気付かなかった。

 

「これでも食らえ!」

 

 CADを弾かれた男子生徒の後ろから追加の攻撃が放たれたことに、彼は事前に気付くことができなかった。

 飛んできたのは、拳ほどの大きさの火炎弾。

 CADを使って発動した魔法なら、あまりにも幼稚な魔法。

 だが、冬夜は経験でわかった。直感でソレを理解できた。

 

 だから彼は、次の瞬間には反射的にエリカに向かって叫んでいた。

 

「避けろエリカ! 名詠式による火炎弾だ!!」

「!?」

 

 警棒で火炎弾を受けようとしたエリカは冬夜の言葉でハッとなる。

 意外と見逃されてしまいがちなのだが、名詠式というのは特殊な魔法だ。

 それ自体の魔法の発動方法も、ある意味珍しいと言えるかもしれない。触媒や使用できる色に制限があるということは他の魔法では見られないからだ。

 けれど、名詠式の真の特殊性はそこではない。名詠式によって呼び出された数々の名詠生物たち、そして火炎のような現象にはーー現代魔法による『改変』が通用しない。

 それは、魔法によって強さを裏打ちしている魔法師にとっては反則に近い事実だった。

 

「お兄様!」

 

 ことの緊急性を理解して、次に動いたのは達也だった。

 通じるかどうかはわからないが、自身の右腕を前に出している。

 それにどんな意味があるのか、それは誰にもわからなかったが、少なくもこの場では意味はなかった。

 何故なら、その時点で火炎弾は冬夜が呼び出した水の弾丸によって消されていたからだ。

 

「まったく……危ないところだった」

「冬夜くん、ナイスフォロー」

「手を出す気なんてさらさらなかったんだけどなぁ。まぁいいか……」

 

 ぶつぶつ文句を言いながらも、冬夜は三人の盾になるように一科生の前に立ち止まり、一科生のグループを見た。

 

「お前らさぁ、少し冷静になれって。プライド傷つけられて腹立つかもしれないけど、さっきのは下手したら傷害だぞ? オレが止めたから傷害未遂だけどさ。

 才能があるのは認めるけど、それを正しく使えないんじゃ意味がないだろう?」

「ウィードのくせに説教か! どこまでも生意気だな!」

「そもそも最初からあなたたちが逆らったりしなければ、こんなことにはならなかったのよ!」

「そうだ! 能無しのくせに偉そうにするんじゃねぇ!」

「ウィードはウィードらしく、オレたちブルームに譲りやがれ!」

 

 ダメだこりゃ。完全に焼け石に水だ。

 なんとか事態の沈静化に勤めようとした冬夜だったが、さっきより一科生の反発が強くなってしまった。

 油を注ぐつもりはないのだが、どうしたって火の勢いが強くなりそうで恐い。

 

「だいたいロクな才能もないくせに魔法師なんか目指してんじゃねぇよ!」

雑草(ウィード)のくせに偉そうにほざいてるんじゃねえ!」

「お情けで入れたんだからそれだけでありがたいと思いやがれ!」

「なんだとコラァ! 言わせておけば好き放題言いやがって!」

「常識も知らない奴にそんなこと言われたくないわよ!」

「黙ってろ雑草! 力尽くで黙らせるぞ!!」

「やってみろよ! 返り討ちにしてやらぁ!!」

 

 冬夜が次の言葉を言う前に一科生がさらにヒートアップし、そこへレオとエリカが反発したものだからさらに盛り上げてしまった。というか、油どころか石油を投入したような勢いで状況が悪化していく。

 

 ヤベェ。消火器(オレの声)じゃあどうしようもないぐらいになってしまったんだが!?

 

 知らぬ間に自分の力量でなんとか出来る範囲を超えてしまっていることに気付いた冬夜は焦りまくる。すぐさま事態を改善させる方法を考えるがーー

 

「これ以上ウィードに好き勝手言わせるか!」

「なめないでよ!」

 

 一科生のグループが一斉にそれぞれのCADを起動させて起動式を読み込み始める。その数は七つに上り、本気で攻撃態勢に入った事がわかった。

 

 こうなったら仕方ない、かくなる上は……!

 

 冬夜も腰につけたホルスターから拳銃型の特化型CADを二丁抜いて最速で起動式を読み込む。狙いはまだ魔法式に完成してない起動式の破壊。難しいがやるしかない。

 

 冬夜が起動式を完成させ、魔法式によって想子の弾丸を形成する。あとは射出するのみ。

 ここまでにかかった時間はわずかに一秒以下。だが、そのわずかな時間でさらに事態は悪化していた。

 

「や、止めなよみんな! おかしいよこんなの!!」

 

 同じく事態の悪化に気付き、沈静化させようとしたほのかが、すぐ近くにいた男子生徒の腕を掴んで攻撃をやめさせようとしていた。

 

「あぁ!? お前は雑草(ウィード)に好き勝手言われて悔しくないのかよ!」

「好き勝手言ってるのはこっちだよ! 司波さんのことだって、司波さんの気持ちを考えないで勝手にこっちの都合を押し付けてるだけじゃない!」

「なんだテメェ! 雑草(ウィード)の味方をする気か!?」

 

 かつての幼なじみの決死の説得に、冬夜は手を出すのを止めていた。もしここで手を出せばほのかの勇気に泥を塗ることになる。

 いつでも撃てる状態にしておいて、冬夜はほのかに注意を傾けていた。

 が、怒り狂った一科生の思考は、思わぬ方向に進んでいく。

 

雑草(ウィード)の味方をするやつなんか敵だ!」

「そうだ! 敵だ!」

「えっ……?」

 

 怒りの矛先は冬夜たち二科生からほのかへ。最初は一人だけだったその変更を、グループの全員がするのにそう時間はかからなかった。

 

「やっちまえ!」

 

 誰かが言ったその言葉。起動式が一斉にほのかのいる座標へと変更されていく。攻撃対象を、同じ一科生であるほのかに変えたのだ。ほのかは標的を自分に変えられた事実に頭がついていってない。呆然と立ち尽くして黙ってみている。

 

「ほのか!」

 

 雫がほのかを助けようとそばに駆け寄り、CADに手を触れる。だが、今から起動式を読み込むのでは間に合わない。起動式の座標が書き換えられ、魔法式となりほのかと雫を七人がそれぞれ放ったの魔法が押し寄せるーー

 

 と、誰しもが思ったその時には、全てが終わっていた。

 

「は……?」

 

 あまりの早業に、達也を除く全員が気が付かなかった。

 一科生の視線の先にいたほのかと雫は姿を消し、冬夜がその二人を抱き抱えるようにして達也と深雪のそばにいた。

 攻撃のために展開された起動式はひとつ残らず破壊され、一科生はただ立っているだけになっていた。

 

「へ!? あれ? なんで?」

「何が起こったの……?」

「……二人共怪我はないな。良かった」

 

 早業を行ったであろう張本人は、幼なじみの無事を確認して安堵する。自分の内側に宿るこの魔法は使い勝手はいいが、失敗したときが怖すぎる。あまり自分以外の誰かを飛ばすことはしたくない。

 冬夜は人知れず、そう思った。

 

「お、おいお前! いったい何をした!?」

三下(ザコ)に一々説明する気はない」

「な………」

 

 一科生の生徒たちは冬夜の罵倒にまた感情で反発しかけたが、声に出す前に呑み込んだ。

 妥当な行動だったと言えるだろう。なぜなら彼らの目の前には威圧感を撒き散らす二科生(とうや)の姿。

 幼馴染を背にして一科生を見つめるその瞳は、怒りに満ちていた。

 

「別にさ」

 

 冬夜が口を開いて言葉を発する。たった一言。まだ一言しか発せられてないのに、心臓が直接わし掴まれたような気分に陥る。

 嫌な汗がどばっと出てくるのを、一科生の生徒たちは感じた。

 

「お前らが二科生の事をどう思おうが、横暴極まりない暴論振りかざそうが、どうだって良いけどさ」

 

 ピシッ、となにかがひび割れる音がした。

 否、確かにソレはひび割れていた。一点に強い力を加えられたガラスのように、周囲の()()にヒビが入っていた。

 

「これ以上オレの友達に危害を加えるっていうなら、オレも相応の対応をするぞ?」

 

 ビキビキビキッ!!と音をたてて空間のひび割れは酷くなっていく。冬夜の怒りに呼応するように酷くなっていくひび割れは、彼らがいるこの空間を破壊していく。

 

「お、おいコレ……」

「かなり……ヤバくない?」

「あわわわ………」

「お、お兄様……」

「安心しろ深雪。大丈夫だから」

 

 冬夜の後ろにいる友人たちも状況の悪化に危機感を覚え慌てだす。達也は怯える妹を抱き寄せ安心させようとするが、そんな彼でも内心は不安だらけだった。

 

 現代魔法とは超能力研究の延長線上にあるものだ。それはすなわち、かつて『超能力』と呼ばれた異能の性質を、現代魔法は潜在的に受け継いでいるということに他ならない。

 古式・現代魔法と超能力の最大の相違点は『発動に思考以外のプロセス』があるかないかだ。一般的に『超能力者』と呼ばれる魔法使いは、思考のみで魔法を行使できるのが最大の特徴である。

 裏を返せば、『魔法師』と呼ばれる魔法使いは思考のみで魔法を行使できないということになる。もちろん、超能力研究の延長線上に現代魔法は存在しているため、特定魔法に特化した超能力者に近い魔法師(通称:BS魔法師)ならば、思考のみでその特定の魔法を行使することもあり得る。しかし極稀に、数種類の魔法を行使する魔法師でも今の冬夜や入学式の日に機嫌を損ねた深雪みたいに、思考のみで魔法を行使できる者も存在する。

 

 切り捨てられた『超能力』の残り香でも、十分『現実』を変え得るほど強い干渉力を持つ魔法師のみが使える異能力。

 だがそれでも、『空間にヒビが入る』などという現象は『異能』を通り越して『異常』と言えるだろう。魔法史に名を残すような偉業を成し遂げたトーラス・シルバー(司波達也)であっても、目の前の不可解な現象を引き起こす原理がわからなかった。

 達也の考えうる限りこれは間違いなく魔法の暴走。入学試験の結果を聞いていた時には冬夜が高い魔法力を持っていると予想できていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 凶悪かつ危険極まりない魔法が、冬夜の逆鱗に触れたせいで発動されかけていた。

 

「な、なんだよお前……二科生のくせに、なんか文句でも……」

「どうした、呂律が回ってないぞ?もしかしてビビったか?」

 

 ハッ、と冬夜は一科生の生徒たちをせせら笑う。誰がどうこの状況を見ても、彼らに勝ち目がないことは目に見えていた。

 だが、勢いだったとはいえこのまま負けを認める事はできない。そんなことは彼らの()()()()が許さない。

 勝ち目がないと分かっていながらも、彼らはCADにサイオンを送り込み起動式を展開しようとする。

 だが、極度の緊張に立たされた彼らが魔法式を完成させることは出来ず、展開途中の起動式は勝手に消滅していった。

 

(冗談だろ……こんなのってありかよ……)

 

 そんな中、たった一人だけ――先ほど赤色の名詠式を使った生徒だけは――手のひらにある触媒(カタリスト)を見て、もう一度化物(とうや)を見た。

 理不尽といえる才能の差。自分は運よく魔法師としての才能もあったし、また名詠士としての才能もあった。自分には輝かしい未来が待ち受けていると思ってこの学校に入った。十師族や百家には叶わないにしろ、一科生として選ばれた自分には才能があるのだと信じ切っていた。

 

 だが二日目にして現実を思い知らさせる。それも才能が劣っているはずの二科生によって。

 認められない。認めたくない。そんなことはあり得ない。

 こんな理不尽な現実は、彼にとって到底受け入れがたいものだった。

 

「く、くっそおおおおおおおおお!!」

 

 思いっきり手のひらを握りしめ、もう一度名詠式を発動する。

 讃来歌(オラトリオ)を歌い上げ、赤色の閃光があたりを包む。

 そして次の瞬間には、一体の名詠生物が召喚されていた。

 

「お、おい!それ」

「ギ、炎馬(ギャロップ)……!」

 

 一科生の生徒が名詠したのは炎のたてがみが特徴的な名詠生物炎馬(ギャロップ)第三音階名詠(プライム・アリア)に属する比較的簡単に呼び出せる名詠生物で、見た目のかっこよさに子供たちに人気のある名詠生物だ。ただし性格は短気で獰猛なため、取り扱いが難しい名詠生物でもある。一科生が名詠した炎馬(ギャロップ)の姿を見た冬夜は、魔法の暴走を抑えて冷やかにその生徒を見る。

 

「へぇ。名詠式でオレと戦おうっていうのか」

「な、なに余裕ぶっこいやがる!!や、やれ!!」

 

 空間のひび割れはもう完全に消え去ったものの、まだ恐怖が消えていない生徒は、動揺を隠しきれないまま命令を出す。へっぴり腰な主の命令を受けた炎馬(ギャロップ)はうなり声をあげて冬夜に飛びかかった。

 

 名詠生物はこの世に存在している生物とは根本的に違う。彼らは本質的には精霊と同じであり、この世ならざるモノだ。故に現実の常識など通用しないのは当たり前。さらには元々この世界の存在でないがために現代魔法の『改変』も受け付けない。

 そんな魔法師にとって天敵ともいえる存在が襲いかかってきても、冬夜は一歩も動かなかった。

  動く必要すらなかった。

 

「えっ………?」

 

 その場にいた誰かが呆然と呟く。冬夜に飛びかかったは、その直後どこからともなく飛んできた槍に貫かれて瞬く間に還っていった。

 槍を放ったのは、冬夜の後ろに現れた名詠生物。

 

『ご無事ですか?(マスター)

「あぁ。おかげでな。こんなことでわざわざ喚び出してすまない」

『いえ、お気になさらず』

 

 それは黒い甲冑を纏った一体の騎士。

 冬夜の隣へと一歩踏み出した騎士は右手を前に出し、近くの木に突き刺さった槍を引き寄せた。

 

「あれ、名詠……生物なのか?」

「でも黒なんて色の名詠生物、いるわけが………」

「いやでも、あの色は……」

 

 その騎士の姿を見て、ざわざわと関わらないように、被害を被らない程度に距離をとって様子を見ていた生徒たちが騒ぎ出した。いつの間にか注目を集めてしまっていたようだ。

 しかし冬夜は気にも留めない。いずれバレることだと分かっていたし、それが少し早まっただけに過ぎないのだから。

 

(うそ………そんな………)

 

 一方、途中で冬夜に助けられた雫はその事実に驚愕していた。彼女の目の前にいるのは、冬夜が裾から取り出した黒曜石を触媒にして喚ばれた黒の名詠生物。

 世界中広しと言えど、黒色の名詠生物を呼び出せるのはたった一人。

 名詠生物の隣に立つ、自分が会いたくて仕方がなかった幼馴染の背中を見つめながら、雫はポツリと呟いた。

 

「冬夜が夜色名詠士………!?」

 

 




どうだったでしょうか。ついに夜色名詠式がーーえ?オラトリオがない?すみません。ストーリー上ちょっと無理でした。次出すときは必ず出すので……!

次回は説明回です。感想お待ちしてます!

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