魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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IMA・CIL 来校 Ⅵ

 ――おかしい。やっぱり雫の様子が変だ。

 

 講演会終了後、そのまま部活をサボって雫とデートをしに向かった冬夜は、隣立つ少女の表情を見てそう思った。

 昨日の放課後、みんなと一緒にアイネブリーゼに行ったときはこんな不安に満ちた顔はしていなかった。部活をサボる連絡をするついでにほのかに聞いたところ、今日の登校時にも別段おかしな点はなかったらしく「今日はっていうかいつもサボってんじゃん」という厳しいお言葉と共に、雫の様子がおかしくなったのは昼休み以降だということが分かった。

 

(なにがあった……?今朝から昼休みまでにこんな顔をするようになることっていったい……?)

 

 残念ながら今日はあまりゆっくりとしていられない。これからIMAの社長として、モニカたちと一緒に実家に帰って夕飯を食べるという予定があるのだ。幸いこんな時に重宝する空間移動(便利な魔法)があるため、前もって決めた時間ギリギリまで雫に構っていられる。

 

(アイツらのことはなんとかなったからいいけど、まだ依頼の件が残ってんだよなぁ。早いとこ雫の機嫌を直さないと)

 

 冬夜は改めていま自分が為すべきことを決める。やるべき事が決まればあとはそれを実行するのみ。俯いてトボトボと歩いている雫の手を握り、冬夜はコミューターですぐ行けるショッピングモールへと足を早めた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 その頃。九校戦を間近に控え、選手や技術スタッフの決定やら一高応援団の宿の確保やらで例年通り多忙を極めている生徒会室では――

 

「ええい!なんでこんな忙しい時期に冬夜くんは生徒会休むのよ!おかげでいつもより仕事が忙しいじゃないッ!!」

「会長。黒崎くんは本来生徒会メンバーではないため、生徒会に出なくても文句を付けられる筋合いはありません。むしろ今まで文句も言わずに黙って手伝ってくれてたんですから、我々は感謝するべきですよ。

 ほら、交流会の時丸々サボってたんですから、ツベコベ言わずさっさと判を押して仕事を済ませてください」

「うええ。リンちゃんが冷たい。もう疲れたから一息入れましょうよ〜」

「そんなこと言っても会長、仕事が押してるんですから休んでいる暇なんてありませんよぉ〜。ほら、この書類にも目を通しておいてください!」

「また書類の山増えた……。もうヤダよぉ、もう仕事したくないぃぃぃ!!」

 

 なかなかに面白い光景が――もとい『なんでこうなった?』と言いたくなるコントが繰り広げられていた。しっかり者の会計と気の弱いはずの書記に尻を叩かれて幼児退行を起こした生徒会長が、泣き真似をしながら机に突っ伏している。その様子を蚊帳の外から見ていた書記の司波深雪は『何ですかねこの状況は』と他人事のようにそれを眺めていた。

 真由美が休憩入れようと駄々をこねても、生徒会の先輩方二人がそれをガン無視して仕事をするよう強要していく。「ああ、これが少し前に日本を騒がせた『ブラック企業』の実態なんですね」と意外なところから負の社会側面を目の当たりにした彼女は、そのまま何事もなかったかのように自分の仕事に戻っていった。

 

「深雪さん助けて!深雪さんだってそろそろ一息つきたいでしょ?ほら、今日は美味しいケーキを持ってきているから、みんなで一緒に食べましょう!?」

「……………」

「『見ざる・聞かざる・言わざる』ですか。会長、どうやら司波さんに助けを求めても無駄なようですよ」

「うおお……日本人の悪しき習慣『事なかれ主義』めぇぇぇっ……!!」

 

 深雪のジェスチャー応答に真由美が恨めしそうな声を上げる。五人いる生徒会役員のうち三人から見捨てられた真由美。そんな彼女を助けてくれそうな人は、もうあと一人しかいなくなってしまったが、生徒会唯一の男子生徒である二年の服部刑部は、現在九校戦選手陣を選定するために部活連に出向いてここにはいない。

 事実上、真由美の応援はいなかった。

 

「うう……。なんで冬夜くんが出れる時と出れない時の作戦考えなきゃいけないのよ。冬夜くんヤル気満々だったんだから出るに決まってるじゃない!」

「そうは言いますが、先の依頼の件や交流会のようなこともありますから。場合によっては急遽冬夜くんが出られなる可能性も考えておいた方が良いでしょう。本戦の【スピード・シューティング】ならまだ換えが効きますが、新人戦【モノリス・コード】で彼が出られないとなるとポイントの見直しが必要です」

「優秀すぎるのも悩みものね……」

 

 四月のブランシュ、六月の交流会と、IMA時代の前評判も含めて魔法師として優秀な冬夜。生徒会業務でもその優秀さを発揮してくれていたのだが、まさかそれがこんな影響を及ぼすとは思わなかった。立案された作戦に目を通しながら、真由美は今まさにそれを痛感していた。

 

「スピード・シューティングの冬夜くんの代わりははんぞーくんかぁ。悪くないけど、冬夜くんが出てくれるなら本戦のスピード・シューティングは私も合わせて優勝は確実なのに」

「服部くんの持ち味は【複数の魔法を安定的に、かつ確実に発動出来る】ところですからね。渡辺さんと同じでバトル・ボードでは大きな戦力なのですが、他に代わりを務められる人がいません」

「モノリス・コードはまだ未定なの?」

「はい。会長のボヤキを真似するわけではありませんが、黒崎くんが優秀すぎて替えがいません」

 

 鈴音の言葉に真由美はまたしてもため息をつく。前評判も含めて冬夜は強い。おそらく、いや確実に彼は今年の新人戦に出場する生徒たちの中で最強の存在だ。もしかしたら、自分を含めた全選手の中でも最強かもしれない。軽く見積もって見ても自分並みの射撃能力と魔法構築速度、摩利と同レベルの魔法制御と彼女以上の剣術と身体能力を持つのだから、一対一で彼に敵う生徒は全魔法科高校生の中でもいないだろう。彼の抜けた穴は魔法力だけなら深雪でカバー出来る。しかし、モノリス・コードは男子限定の競技でそもそも深雪は出来ない(男装するというアイデアはハリセンの一撃とともに却下された)。さらには今の一年生の段階で、三年の自分たちに匹敵するレベルの魔法を使えというほうがそもそもの無茶振りで、酷な話だ。更に追い打ちをかけるように、今年の一年生全体を魔法力だけで判断した場合、どう考えても女子に比べて男子は見劣りしてしまう。そのため余計に、冬夜の抜けた穴が大きく感じられていた。

 

「この間達也くんをチームメイトにするっていう案が出たけど、それはどうしたの?」

「色々考えた結果、却下しました。彼には選手としてよりも、零野くんと一緒にエンジニアとして来てもらったほうが活躍できると判断したので」

「う。そうだったエンジニアも選ばなきゃだったんだ……」

「あ、それに関してなんですけど、今日九校戦の技術スタッフ入りを零野くんにお願いたら、二つ返事でOKもらえました!作戦スタッフの仕事も手伝ってくれるそうです。過去五年の九校戦の映像データを渡したので、さっそく作戦を練ってきてくれるそうですよ!!」

「そう……。あーちゃんありがと。今のところそれが唯一の朗報ね」

 

 今年度の一年生の魔法力を男女別にみた場合、男子のほうが明らかに劣っているという話を先ほどした。が、一高全体で見た場合、試合に直接出場する選手とCADを調整するエンジニア(九校戦の正式名称では技術スタッフ)、つまり魔法師として優秀な子と魔工師として優秀な子の比率に著しい差がある。二年にはあずさを始め名の上がる生徒がいるのだが、三年は壊滅的だ。選手な選ぶだけで済むが、技術スタッフに至っては登録する八人のピックアップにすら真由美たちは頭を悩ませていた。

 

 九校戦のルール下では、CADの規格こそ定められているが登録する魔法について制限はない。展開速度はCADそのものの性能(ハード面)に依存するが、全校ともに共通の規格を使用する九校戦において、ハード面の差はないと言える。だが魔法をいち早く構築する速度――魔法式の構築効率はCADのプログラミング(ソフト面)に左右されるため、一瞬の差が勝敗につながるスポーツ系法競技では、技術スタッフのチューニングとアレンジ次第で予想外の番狂わせが起こり得るのだ。選手の力がいかに優れていても、その選手たちの力をエンジニアが十分引き出せなければ真由美たちだって負ける可能性がある。

 戦力として達也をチームに引き入れられないのは痛いが、達也のCAD調整能力を鑑みれば人数の少ないエンジニアに回ってもらうことがベストだと、真由美も鈴音の判断を理解した。

 

 と、本人には()()()のまま達也の九校戦参加が決まったところで、ふと今年度の九校戦においてルールが大規模に変わったことを思い出した深雪は、一旦キーボードを走らせる指を止めて真由美たちのほうに体を向けた。

 

「そういえば、今年の九校戦から新人戦も本戦と一緒で男女別になるんでしたよね?」

「そうよ。九校戦で行われる六種目の内四種目【スピード・シューティング】【バトル・ボード】【クラウド・ボール】【アイス・ピラーズ・ブレイク】は男女別で共通の種目。残った二種目のうち【モノリス・コード】は男子限定、【ミラージ・バット】は女子限定種目になるわ」

「モノリス・コードの男子限定化は、渡辺さんが不服そうな顔をしていましたね」

「まぁねぇ。摩利の魔法は対人戦闘用が多いから。口では納得してても心じゃ不満なんでしょ」

「あれ?確か今年は男女別化以外にもルール変更がありませんでしたか?」

「あるわよあーちゃん。冬夜くんが抜けられると困る一番の理由が」

「新人戦モノリス・コードでの、名詠式の使用許可……でしたよね?」

 

 深雪の確かめるような発言に上級生三人は何度も首を縦に振った。

 

 今年度から新人戦・本戦ともに男子限定となったモノリス・コードとは、九校戦における唯一の団体種目だ。対人戦、直接戦闘が想定される種目でもある。試合内容は「ステージ」と呼ばれる試合会場で敵味方三人によって『モノリス』を巡って魔法で争うというもの。試合の勝敗は相手チームを全員戦闘不能にするか、敵陣にあるモノリスに隠されたコードを送信することで勝敗が決まる。その試合内容から九校戦においてもっとも人気があり白熱する競技だ。

 

 しかし、今年の新人戦モノリス・コードでは第四音階名詠(プライム・アリア)も魔法と同様に使っても良いという特別ルールが試験的に追加された。このルールが新たに加わった理由はもちろん、名詠式の軍事利用化の影響だ。しかし、本格的な軍事利用はまだでも、より身近で切迫した理由で魔法師が早急に名詠式対策を覚える必要性が増している。……U.N.Owen事件の後、魔法よりも習得が容易でコストもかからない名詠式を用いた犯罪が一層増えているのだ。

 

 あの事件のせいで、対魔法師戦における名詠式の有用さが逆に証明されてしまった。日本は治安が良い国なのでまだ連続石化事件以外に大きな事件は起こっていないが、軍事利用するにしろしないにしろ、どちらにしろ魔法師たちの対名詠式能力の習得は、市民の平和を守るにあたり急務となり必須となった。ぶっちゃけ、この名詠式関連の特別ルールは、連続石化事件に対抗するための作戦の一つだ。IMAとCILの全面バックアップによって実現したルールだが、もちろん導入時には多くの問題点があった。

 

 その理由の一つ目は実際に戦う選手たちの安全だ。観客はIMAが警備を担当すれば守ることが出来るので問題なしとしても、名詠生物たちのすぐそばにいる選手たちの危険性を減らすことはどうにもならない。刻印儀礼入のCADと言っても完全ではない。もしも選手のうちの誰かが、試合で第二音階名詠(ノーブル・アリア)でも使ったら相手選手の手に負えなくなる。

 

 よって、使える名詠式は第四音階名詠(プライム・アリア)のみとした。第四音階名詠ならCILのCADでほぼ確実に無力化出来るので安全だ。名詠生物にしても、第四音階名詠程度ならそこまで危険なものもない。

 

 理由の二つ目は生徒たちの評価だ。新人戦にのみ名詠式のルールを加えたのは、まだまだ成長途中の一年とは違い魔法師として熟達しつつある二、三年の評価を下げないため。刻印儀礼で改変できるといっても、各校に新ルールが言い渡されてからわずか一月で名詠式に対応してみせるのは生徒たちにとっても非常に酷と。今回の特別ルールが『試験的』なのもこのため。今年の成り行きによっては、来年はこれまで通り新人戦でも魔法オンリーになる可能性もある。

 

 そして、名詠式を使用するにあたって、名詠式を確実に使えるようにするために一チームか三対三から()()()に変わった。これで、これまでの作戦に加え名詠士がフォローするという手が使える。名詠式における讃来歌(オラトリオ)の問題を克服するためにチームメンバーの増加も決定した。

 

 残ったルールは細々とあるが、後はいざという時の反唱が通じない冬夜の夜色名詠式は、例え第四音階名詠であっても使用が禁止されたぐらいである。

 

「対名詠式におけるエキスパート中のエキスパート……。というか本職の代わりが出来る人なんているわけ無いわよね」

「例え社員であっても代わりはいませんよ。なにせ社長ですから」

「名詠式だけにしても、一色でも免許持ってる人なんていませんしね……」

「黒崎さんがどれだけ異常かよくわかるようになりましたね……」

 

 はぁ……。と、結局問題点がさらに理解できただけで何も解決に繋がらなかった彼女たちは、目の前に立ちはだかる大きな壁にただただ気分を落とすことしかできなかった。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「なぁ、本当にどうしたんだよ雫。今日はずっと暗いままじゃないか。なにか嫌なことでもあったのか?」

「別に……。なにもないもん」

 

 いくら夏に差し掛かり、日が伸びたと言っても七時を回れば完全に太陽は姿を消す。夜になって街灯が街を照らしている中、雫をデートに連れ出した冬夜は頭を悩ませていた。せっかく二人きりでデートしているというのに、雫が全然楽しくなさそうなのだ。彼女が気に入っている和菓子屋に行ってもちっとも目を輝かせない。ここまでずっと心ここにあらずという形で、冬夜も困ってしまう。

 

(このままじゃ何も進まないな……。こうなったら、雫が今悩んでいることでも当てて、そこから会話に繋げるしかない)

 

 冬夜は隣でトボトボ歩く雫の姿を見てそう決めた。普段なら雫が悩んでいることなど検討もつかないが、今なら彼女が何に悩んでいるのかが分かる。おそらく逆の立場なら、同じことで自分も悩んでいたに違いないから。

 

「雫」

「……うん」

「…………オレが他の女のところに行っちゃうんじゃないか、心配してんのか?」

 

 その一言で、俯いていた雫が目を見開いて冬夜の顔を見上げてきた。やはり図星か、と雫の反応から正解を引き出せた確信を持った冬夜は、立ち止まって雫と向き合い、優しく抱きしめた。

 

「バカだな。そんなことオレがするわけないだろうに」

「でも、だって……。私よりキレイな人、いっぱいいるだろうし……正直、冬夜の相手に相応しいか、自信ないし……」

 

 雫の消え入りそうな声を聞いて冬夜は腕の力を強くした。そのままじっと、黙って雫を抱き寄せる。

 冬夜が雫の悩みに気がついたのは、雫のコンプレックスに冬夜が気がついたからではない。それとは別の理由で、『そう悩んでいるのか』と、思い込んでいたのが偶々当たったに過ぎない。

 

(そうだよな……。四葉か七草か。どちらにしろ十師族に名を連ねることになれば、雫と一緒になることは厳しくなるかもしれない)

 

 昨日、アイネブリーゼにみんなと一緒に訪れた段階で『Seven luck capital partner』、もとい七草家へ反撃を仕掛けることにどのような影響があるのかは言ってある。本当は七草弘一を暗殺してマルっと収めてしまいたいという怖い本音も含めて、全て説明した。そしてその上で、昨日答えられなかった打開策について、雫が悩んだ結果が昼休みのような行動なのだろう。

 

 この状況下での七草弘一の暗殺、もとい七草家の家業を潰さず七草弘一の依頼の影響を避けたいなら、冬夜がとれる方法は二つしかない。例えば七草家長女の真由美と結婚などして七草家の一員になるか、四葉家の一員になるか。

 

 このうち、七草弘一を『お(義)父様』などと呼ぶのは冬夜のプライドが許さないため、冬夜が取れる行動は必然的に一つに絞られる。

 

(法的にも正式に母さんの息子になること。別に嫌なわけでない。デメリットさえなければ、正直に言えばオレだってしたい。コソコソと隠れるような真似をするのは面倒だしな。もしかしたら子供になってから四葉の後継者などと言われるかもしれないが、オレは十師族なんて継ぐつもりはない。まぁ、そのあたりは言いくるめる自信があるから大丈夫だけど)

 

 自身の腕の中にいる雫の顔を見て、冬夜は悲しそうな顔をする。例え四葉家を継がなかったとしても、四葉真夜の息子になることは、それだけで自分の結婚について【相応しい相手】というものが求められるようになる。百家か、十師族か。自分にその気がなくとも、周囲に強制されて興味もない相手と結婚させられる可能性は大いに考えられる。ましてやあの七草弘一が、その機会を逃すとは思えない。十中八九、いやほぼ確実に七草家の誰かとの婚約を申し込まれるだろう。

 

(あの狸のことだ。婚約を申し込んだ後で邪魔者を力強くで排除しようとしてくるだろう。そうなれば……)

 

 ネット上で自分と雫との間柄はすでにバレていると言っても良い。本当はまだ付き合ってもないのだが、両思いなのは本当だ。そうなれば、確実に七草家が雫、もしかしたらほのかにまで攻撃を仕掛けて来るかもしれない。

 

 ――説得ぐらいだったら、まだなんとかなる。金を積まれても雫たちは首を縦に振ることはないだろうし、二人の両親の仕事についても、七草家が簡単に征服できるようなものではない。

 

 ――だが、もしも二人の心に傷が残るようなことをされたら?暴行されたり殺されかけたりすればどうなる?いつでも確実に二人を守ることが出来ればどうってことはないだろう。しかし、『もしも』の不安を考えると、冬夜は何も言えなくなる。

 

(七草家だけじゃない。オレの血を取り込みたいと願うところは外国にだって存在する。そんな連中も押し寄せてくるとなると、対処のしようがない)

 

 強姦のような過激な行動を誰かがしないとは冬夜は言い切れない。自分という存在がどれほど大きなものか、冬夜は理解している。なにせ四葉家の一因になれば、世界唯一の夜色名詠士に加え触れてはならない者(アンタッチャブル)で知られる四葉家の直系男子というおまけまで付いてくるのだ。国内外問わず、自分と関係を結びたいと思う家はごまんとあるだろう。それらの家が自分たちの思惑の邪魔者となる雫を標的にしてくるとなると、いくら冬夜でも守りきれない。

 

 ここまでくると、いっそのこと雫のことを諦めてしまった方が良いような気がしてくる。雫の平凡な幸せを願って身を引き、影からソレを見守っていた方がお互いにとって一番最良の選択のように思える。

 

 だが、冬夜はそれが一番耐えられない。

 

 この腕の中にいる少女が自分以外の男の伴侶となり、見ず知らずの男に抱かれ子を宿し家庭を持つなど、冬夜にとっては論外だ。打開策の一つとしてこのケースを想像した段階でさえ『北山雫(コイツ)はオレの女だ!誰にも渡さない!!』という言葉が喉から上に出てきてしまうのを堪える羽目になっているのだから、実際にそんなことになったら自分でもどんな行動に移すか分からない。五年経ってようやく互いの気持ちが通じ合っていることが分かったのだ。それなのにここで諦めてしまうなど、自分を立ち上がらせてくれた師やみんなにも顔向けできない。

 

(オレも大概わがままだよな……。七草家を潰せば簡単なのにさ。でも、何でもかんでも『嫌だ』って、自分の思う通りにしたいんだ!って言うなら、やるしかないよな)

 

 雫を抱きしめて、ここで冬夜は覚悟を決めた。

 

 北山雫(最愛の彼女)を幸せにするためになら、どんな困難も乗り越えてやろう、と。

 やれないことはない。自分にならきっと出来るはずだ。なぜなら。

 ――自分は英雄(ヒーロー)と呼ばれている男なんだから。

 

「オレを信じろ、雫」

 

 やるべきことが決まり、腹を括った冬夜は雫を引き離して真っ直ぐその顔を見つめた。雫の不安げな瞳が冬夜の目に映るが、冬夜はその不安を振り払うように力強く言う。

 

「例え、オレのこの選択がどんな結果を起こそうとも――オレは必ずお前を迎えに行く」

 

 雫の目が、不安から困惑へと色を変えて冬夜を見つめ直す。プロポーズとも聞き取れる発言に動揺する暇もなく、硬化魔法で頭の向きが固定されてしまったかのように微動だにできなくなった雫は、冬夜の真剣な眼差しをじっと受け止めとめる。

 

「だから、待ってろ」

 

 短い言葉と決意が籠もった真っ直ぐな瞳に心を射貫かれた雫は、冬夜の言葉にただただ黙って頷き返した。

 


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