魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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親子調停

『例え、オレのこの選択がどんな結果を起こそうとも――オレは必ずお前を迎えに行く』

『だから、待ってろ』

 

 つい数時間前、冬夜は雫の前にそう宣言した。恐らく多くの人からの妨害があるだろう。それでも、愛する人のためにそれらを全て跳ね除けると。どんな誘惑や罵詈雑言、恥辱に塗れたとしても、必ず結ばれてみせるとそう彼は自分に誓った。その言葉に励まされた、もとい胸がキュン、となってしまった雫とその後駅で別れ久方ぶりの実家へ足を向ける。本当はこの家から毎日学校に通う予定だったのに、随分と理想とはかけ離れてしまった。

 

「けど、今夜でそれも元に戻る。後は野となれ山となれ、だな」

 

 山梨県と長野県の県境にある四葉の村。その中央に位置する四葉本宅の前まで冬夜は帰ってきた。半分投げやりな気分でそう言い、気を引き締めて馬鹿でかい門をくぐり抜ける。すると、予想通り門の上から誰かが落ちてきたのでそれを冬夜は受け止める。

 

「ボォォォォスゥゥゥゥゥッッ!!」

「はぁ……」

 

 溜息一つ吐いて頭上に空間移動を発動。時空間につくったトンネルの入り口に飛び込んできたイシュタルの落下エネルギーを、トンネルを通すことでほぼゼロにし、安全に自分に抱き付けるようにしておく。ほどなくしてムニュウ、という感触が後頭部から伝わってきたのを感じ、彼は無事に魔法が発動したのを確認。半年近く離れていても変わることのない彼女の行動に、頭痛と安堵感の両方を覚えた彼は、そのまま立ち止まってイシュタルの好きなようにさせようと体を預けた。

 

「う?どーしたんですかボスそんなに力抜いちゃって。いつもみたいに抵抗しないとイタズラしちゃいますよ?」

「たまにはお前の好きなようにされたっていいだろ。溜まっている分好きなだけ愛でろよ」

 

 昨日から考えっぱなしでいい加減疲れた彼は、抵抗する素振りも見せずイシュタルに身を任せる。珍しい、を通り越して千載一遇のチャンスが到来したイシュタルはパチパチと数回目を(しばたた)かせてから「それじゃあ遠慮なくいきますよ?」と声をかける。そしてそのまま両腕を前に伸ばし――

 

「えい」

 

 ――優しく冬夜を抱きしめた。

 

「……………良いのか?せっかくの機会だぞ?」

「良いんです。っていうかこんな外でやったら風邪ひいちゃいますよぉ。ただでさえここは盆地なんですから空気が冷えてますし」

「そうか」

 

 おちゃらけて抱きしめてくる部下に冬夜は素っ気なく、しかし口元に微笑を浮かべて返事を返す。それだけで、彼が今から何をしようとしているのか大体想像がついたイシュタルは、そのまま冬夜を後ろから覆いかぶさるように抱きしめた。

 

「ボス、モニカから――社長代理からの伝言です」

 

 普段公の場以外では使わない社長代理の敬称を使って、今から話すことが彼の部下(IMAとCIL)の総意だと前置きをし、会社の中では華宮と並んで冬夜と一番付き合いの古いイシュタルが、一言一句聞き間違えさせないように耳元でしっかりと伝える。

 イシュタルの言葉に冬夜は何も言わないまま、先を語るよう促した。

 

「『面倒事はこっちで全部引き受ける。だから、あとはお前が信じた人を信じろ』」

「………」

冬夜(ボス)。あなたが私たちのことを信じてくれているように、私たちのことも信じてください。心配しなくても、私たちはあなたの傍から消えていなくなりませんから」

 

 冬夜はなにも答えない。沈黙したまま、イシュタルの言葉を聞く。聞き終わった後も数度瞬きをしたまま動かなかったが、やがて「わかった」とでも言いたいのか小さく首を縦に振った。

 社長代理の伝言と自分の思いの一欠片を伝えたイシュタルは、その反応に満足して冬夜から離れ、冬夜の頭をポンポンと撫でる。

 

「さて!体が冷えちゃいましたね。家の中に入ってご飯でも食べましょうか。今日はご馳走らしいですし楽しみですねぇ。みんなも……いえ、お母様も待ってますよ」

「あぁ」

 

 まったく、何かを相談する前に全部お見通しにされちゃあ敵わないな――。

 王立警護近衛騎士団時代からの付き合いであるイシュタルの手に引かれながら、自分にはもったいないほど頼もしい部下たちの後押しを受けた冬夜は、自嘲気味にそんなことを思いつつ久方ぶりの実家に足を踏み入れた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 静岡県浜松市。

 かつては東海道の宿場町として栄え、現在は多数の工場が軒を連ねる工業都市として発展した町である。それだけでなくカキやノリなどの養殖が盛んな浜名湖にも隣接しており、海産物も豊富に採れる場所として有名だ。特にこの町で養殖されたウナギは名産品として昔から売り出されている。また、浜名湖周辺はリゾート地として開発されている所も多く、ボートやヨットなどのマリンスポーツも盛んに行われており、最近は魔法を併用した新感覚アトラクションとして人気を博しつつある。

 

 そんな戦争による第二次産業の発展と魔法の開発による第三次産業の発達を上手く取り入れたこの町に、無く子も黙る『四葉』の分家の一つである黒羽家の邸宅はあった。

 

「こんな時間に呼び出すなんて……父さんはどうしたんだろ?ねぇ姉さん?」

「ついこの間まで当主様の命で動いていたらしいから、その関連じゃないかしら?」

 

 その家の中で二人の女の子、ではなく二人の()()が話をしていた。並べた座布団を敷いた和室の中で、正座しながら父親に呼ばれた理由を考える二人。見た目から察するに、中学生ぐらいだろうか。髪型を除いた顔のパーツが驚くほど似ているのでよく似た()()と間違えそうだが、片方はれっきとした男の子――いや男の娘、である。

 

「………なんでだろう。今誰かにものすごくバカにされた気がした」

「きっと誰かが噂してるのよ。例えば、今頃地下暴れまくっているあのゲイとか――」

「姉さんもうそれ以上思い出させないでお願いだからぁ!!」

 

 精神系魔法を宿している魔法師特有の勘の良さを発揮した彼はなんとなく不快な気分になるが、そこへ姉の冷静なフォロー(追い打ち?)があって立て直した。いや、恐怖を思い出した。四葉の諜報役を担う黒羽の長兄の、男の子にしては高く、女の子にしては低い声をしている実に中性的な声が、今は珍しく涙声になっていた。

 

「僕、アイツのことはトラウマになってるんだよ!」

「そうね。私も思い出したら気分が悪くなってきたわ。ごめんなさい」

「分かれば良いよ……」

 

 この間の任務で捕まえた凶悪犯罪者、もとい脱走した強化魔法師のことを思い出した二人は青い顔になってしまう。長年の飼い殺し生活の影響か、それとも人体実験の影響か、どういうわけか男の娘好きの鬼畜変態に成り下がったあの魔法師の確保には本当に苦労した。任務用に女装した文弥が対象の注意を惹きつけるべく真っ向から対峙したのだが、どういうわけか文弥の女装を見破り、非常に興奮した状態で襲いかかってきた。文弥は戸惑いながらも魔法やBS魔法である【ダイレクト・ペイン】を駆使して戦ったのだが、長年の禁欲状態と極上の獲物(文弥)を見つけた喜びで変態は痛みや恐怖を感じなくなっており、あやうく肛門を掘られそうになったのだ。間一髪で亜夜子の助けが入り貞操含め一命は撃退に成功したが、彼の脳裏に恐怖を刻みこませるには十分な強さを持っていた。

 

「くぅ……いつか絶対男性ホルモンを注射してもらうぞ僕は……!」

「あんなことがあったから気持ちは理解できなくもないけど、止めたら?黒羽家(ウチ)は四葉の中でも諜報部門を担当してるのよ?闇の中でこそこそ動き回る必要があるんだから、必然的に私たちは暗殺術にもある程度長けてないといけない。そして暗殺術において、弱そうに見えるっていうのは十分立派な武器じゃない。これまでだって、なんどアンタのその美貌をエサに変態親父共を狩ってきたか」

「毎回思うけど、その変態をおびき寄せる役は姉さんがやっても良いんじゃないの?」

「私はか弱い()()()。あなたは格好いい()()()。いざ魔法が使えない場面にあったとき、BS魔法っていう自衛の術をもつあなたは、普通の魔法の才能しかないか弱い姉が嬲られても良いというの?酷い弟ねぇ」

「くっそ口でも勝てない……!」

 

 彼女の特徴的な髪型であるドリルロールをわずかに揺らしながら、弟を非難した姉の亜夜子は「ふん」と敗北を認めた弟から視線を逸らす。実際の任務では双子ならではのコンビプレーを見せる彼らだが、任務でないところでは単なる仲良し姉弟だ。いつまで経っても自分の容姿にコンプレックスを抱いている弟に、姉は心の中で嘆息した。彼らにとってはとこにあたるあの少年――達也のようになるには何年かかるやら。

 

(この調子じゃ一生無理そうね……)

 

 と、亜夜子が思ったところで、彼らの父親であり黒羽家当主である黒羽貢が、部屋にやってきた。

 

「待たせてしまったようだな。すまん」

 

 真夜から任された任務は先月半ばに終え、それからは他の仕事に精を出しつつ、つい先ほどまで他の分家の当主と議論を交わしていた彼は、そのまま二人の前に敷いてあった座布団に正座で座った。これから話す内容は、(今は)四葉家の極秘事項なので家政婦ではなくHARにお茶を三つ用意するよう命令する。冷水で冷ました緑茶が三人の前に用意された後、息子の文弥が話を切り出した。

 

「父様。今日僕らを呼んだ用件はなんでしょう?新しい任務に関することですか?」

「いや違う。本家に関わることだ。………この言い方も正確ではないな。分家を含む、四葉全体に関わることだ」

「四葉全体に関わる?お父様、それはいったいなんなのですか?」

「心して聞いてほしい。つい先日本家の方で分家の当主を含む緊急会議が開かれた。そしてその会議で、真夜さんに血の繋がった子供がいることが分かった」

「えっ!?父様、それは」

「ご当主様がご懐妊なされた……ということですか?」

 

 貢から告げられた衝撃の真実に、文弥と亜夜子の二人は驚愕と疑念に満ちた声を上げた。真夜が三十年前の大漢に起きた悲劇のせいで生殖能力を失っていることは彼らも知っている。その後、真夜は当時婚約者であった現在の七草家当主との婚約関係を終わらせ、以降誰とも結婚せず独身を貫いているはずだ。もしや、自分たちの知らないところで真夜の生殖能力が蘇り、知られず誰かと結ばれていたのだろうか。あり得ない話ではあるが、四葉の力を持ってすれば十分あり得る話だ。

 

「いや違う。真夜さんは未だ子を成す力を取り戻してはいない」

「では……?」

「信じがたい話だが、去年の暮れまで真夜さんも、我々四葉も知らないところでその子は生まれていたのだ。そしてその子供は、十五年の時を経て自力で名も知らぬ実母のところまでたどり着き、帰ってきた。そして今、その子は正式に真夜さんの子供になろうとしている。

 この間の会議は、そのことに関する話だった」

「じゅ、十五年!?しかも、自力でたどり着いたって」

「ちょっと待ってくださいお父様。ご当主様に子供がいることなど、私初めてお聞きしましたけど?」

「当然だ。このことは本家の人間を除き、分家の当主以外誰にも知らせてはならないと戒厳令が敷かれていたのだからな。だが、それほどまでに衝撃的な話で、おいそれと誰かに話しては良い内容ではなかったのだ」

 

 父親の言葉に子供たちは頷きかえす。貢が告げた内容が如何に重要で重大なものなのか彼らは理解していた。極東の魔王に子供がいたことなど、下手をしなくても世界を揺るがす大事件だ。

 

「ど、どんな人なんですか!?その、ご当主様の子供はいったい――」

「文弥落ち着け。お前の気持ちは痛いほどよく分かるが、そんなに詰め寄らなくても良いだろう」

「あ……」

 

 文弥は、いつの間にか自分が足を崩して父親に詰め寄っていたことをこの時初めて自覚した。亜夜子は前屈みになっていたが元いた場所からさほど離れることなく正座のままでいた。

 貢に指摘されてようやく自覚した彼は、一言父親に謝って元の場所に足早に戻っていく。再び正座して父親の方を向いた彼の顔は、羞恥のためか赤みを帯びていた。

 

「それでお父様、この度ご当主様と親子になられるお方は、どのような方なのでしょうか?」

「………一応念のためもう一度言うぞ。心して聞け。最初に聞いた時は私も驚きすぎて、聞き返したぐらいだからな」

 

 貢の真剣な表情に文弥と亜夜子に緊張が走る。貢はしばらく間を置き勿体つけてから、その名を口にした。

 

「真夜さんの実の子供の名前は黒崎冬夜。あの、夜色名詠士ご本人だ」

「「…………………………ええええええ!?」」

 

 真夜が今更息子にするぐらいなのだから相当な魔法力がある、と予想していたが出てきた名前は彼らの予想を遥かに上回るビッグネームだった。あまりの衝撃にしばらく二人は硬直し、その後二人は同時に声を上げた。

 

「く、くろっ、黒崎冬夜ってことは()()IMA現社長!?ドラゴンも倒しちゃうっていう、あの!?」

「あぁ、()()黒崎冬夜だ」

「刻印儀礼の開発者……竜姫キリシェの主が、私達のはとこで、達也さんの従兄弟……!?」

「あぁ、そうなるな」

 

 双子の動揺に父親は冷静に頷き返す。まだ『信じられない』という表情がありありと二人に出ているが、貢はそれを言おうとは思わなかった。もしも自分が二人の立場にいたら、きっと同じような反応をしていただろうと、彼は考えていたからだ。

 

「それで、黒崎冬夜を四葉家に迎えるにあたり、いくつか分家の当主に相談を持ちかけられていてな。その結論が、ようやくこの間出た」

「ど、どうなったんですか!?」

「細かいところは置いておいて、会議に上がった議題を纏めるとこうなる」

 

・四葉真夜は黒崎冬夜を息子として認知する。同時に親としての責務を彼女は負う。

 

・黒崎冬夜が四葉真夜の息子になった後、黒崎冬夜は四葉家の後継者候補にはならず、四葉家を継ぐことはないと魔法協会を通じて公式に宣言する。

 

・黒崎冬夜の婚姻に関する事柄は、四葉真夜が親として関与し、相手を決定する。

 

・黒崎冬夜は四葉家に依頼されたあらゆる任務の遂行の義務から免除される。ただし四葉家当主として、四葉真夜が黒崎冬夜に協力を依頼し、それを黒崎冬夜が受諾した場合はこの限りではない。

 

・日本国が他国からの侵略行為等に遭い、国家の存続に関わる事態となった場合に限り師族会議に名を連ねる四葉の一員として、魔法協会に対する義務を負う。

 

「要約すると、黒崎冬夜は四葉を継がず、戦争にでもならない限り四葉の任務もしないということだ。そしてこれは秘密裏の契約だが、四葉が保有する権力や力……例えば私たちに調査依頼をするということも放棄する、というのも決定した」

「「…………………」」

 

 双子は何も言わず、貢が言った決定の内容の意味を吟味する。

 

「父様、これは夜色名詠士……黒崎冬夜さんも受け入れているんですか?」

「本人はまだだが、彼のバッグにいるIMAとCILのトップが今さっきこれを承認した。多少の変更はあるかもしれないが、概ねこの通りに進むだろう」

「このことは他の後継者の皆さんも……?」

「今頃各分家の当主を通じて伝えられているだろう。後継者に関する点はお前も含めて他の後継者にも重要なことだからな」

 

 貢の言葉に四葉家の後継者候補の一人である文弥は再び黙ってしまう。この縁組に関していったいどこにメリットがあるのだろうか。これではお互いの持ちうる能力や力をお互い使う事が出来ない。本当にただ親子になるだけだ。この条件を呑んでまで決定を下すことに、四葉本家にはどんなメリットがあるのだろうか?

 

「――恐らく、この縁組そのものに深い意味はない。真夜さんにとっても黒崎冬夜にとっても、互いの能力や権力目当てで縁を結ぶわけじゃないからだ」

 

 息子のそんな考えを読んだのか貢はそんなことを言う。いきなり心を見透かされたような気になった文弥はドキッとしてしまうが、そんな弟に代わって亜夜子が疑問を口にした。

 

「ではお父様、いったいどんなメリットがあって今回の縁組は取り行われるのでしょうか」

「黒崎冬夜に関しては私も分からない。だが、真夜さんにとっては……」

 

 貢は自然と言葉をきってしまう。今回の会合で感じた真夜の気持ちを想像しながら、彼は娘の疑問の答えを出す。

 

「単純に、子供が愛おしいからだろう。こんな形ではあるが、世界の理不尽のせいで母に()()()()()()()()()()()あの人にとって、彼の登場は他の何にも変えられないほど特別な贈り物だっただろうから」

 

 自分の子供たちが生まれた時の『幸せな感情』を思い出した貢は、まさしく今の真夜はこんな気持ちになっているんだろうと、想像していた。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「ふぅんそう。それじゃあその『雫ちゃん』との約束を守るために私との縁組を決意したのね」

「ま、まぁそうなるかな。それと七草家の当主に振り回されるの嫌だし」

「へぇ……。そう」

 

 頼れる部下たちのフォローもあって、夕食後に真夜のプライベートスペースである書斎にて縁組をすることを告げた冬夜。弘一の依頼の件でこうなるであろうと予測していたとはいえ、実際に息子が出来ると分かった真夜は心の内側で狂喜乱舞していた。貢の想像通り、夢のような形でやってきた息子と、正式に親子になれることに彼女は小躍りしそうになっていた。

 しかし今は、満面の笑顔のまま、冬夜が思わず正座してしまうほどの威圧感を出している。むちゃくちゃ怖い。 

 

「北山雫、北山雫……。さっそく吟味しないといけない娘がいるなんて、冬夜さんは手が早いわねぇ」

(やっべぇ雫の命どうやって守ろう……)

 

 縁組をすることは予想できていたが、まさか理由まで聞かれると思ってなかった冬夜は、真夜から顔を逸らして震え上がる。なにがあっても雫と結ばれてみせると誓ったばかりだが、この最高潮の笑顔を見せる真夜の姿を見ると「ごめんやっぱり無理っぽい」となぜか弱気になってきてしまう。どこの世界でも母親は怖い。雫との関係を洗いざらい全部吐かされた冬夜は、愛する恋人(仮)の安否を想像して悩んだ。

 

(これ雫の選択次第ではメインヒロインが途中で交代する可能性もあるんじゃないか……?)

 

 リーナが準備運動を始めたようです。

 

「うふふ。まぁ仮にも私の娘になるわけですから、少なくとも相応の教養と魔法力は持ってもらわないとね。それに四葉のお仕事上、暗殺されることもありますから精神的にも強くなってもらわないと……。ふふっ。私の嫌みに耐え、冬夜の妻にふさわしいと私を納得させられるかしら?」

「……………」

 

 誰か教えて欲しい。これはなんてタイトルの昼ドラなんだろうか?

 

「ま。この件公表したら、あなたの奥さんのことで悩むことなんてこれから腐るほどあるでしょうから、一々言ってはキリがないわね。あなたが帰ってくる前にこの五年間のことを聞きましたけど、今の時点でけっこう多くの女の子から好意を持たれているようですし?英雄色を好むを言いますからねぇ」

 

 言外に浮気癖を指摘された冬夜は居心地が悪くなってしまう。逃げ出したいが、雰囲気がそれを許さないので正座したまま黙って固まっている。だが、真夜にとってそんなことは些事に過ぎない。分家とも話し合って決めた取り決めも冬夜は受け入れたし、どんな嫁いびりをするか――もとい、どんな相手が来るのか、いまから楽しみなのだ。

 

「先のことは考えすぎても仕方のないこと。とりあえず今はこうして親子になれることを喜ぶべきね。そういうわけだから……」

 

 冬夜も勘違いして震え上がってしまうほど気分の良い真夜は、サイオンを後光のように光らせながら机から一枚の用紙を取り出した。

 

「この申請書にもさっそくサインして頂戴な。あ、印鑑も忘れないでね。字は分かりやすく綺麗に書いてちょうだい。ほら、早く早く!!」

「……オレが認めた途端に嬉しそうだな母さん」

「そりゃあそうよだって」

 

 真夜は、邪気の一切が感じられない、()()()()()()()()()と言わんばかりの笑顔を浮かべたまま、冬夜に本心を告げる。

 

「だって、夢にまで描いた私の子供だもの。三十年間、ずっとこの日を待ちわびていたわ」

 

 三十年。

 あの思い出したくもない忌まわしい日から、女性としてのささやかな望みから絶たれた日から三十年。こんな日が来るとは真夜は思っても見なかった。

 長かった。しかしそんなことは最早どうでもいい。一年前のあの日、自分との血を受け継いだ少年をこの家に迎えたあの日から、真夜はいるかどうかも分からない神様というやつに感謝していた。

 

 二度と子を成せないと言われた自分に、子供がいるなどと想像できようか?

 しかも、生まれてから十五年。懸命に生きて、名も記憶も繋がりすらなかった母親(自分)のところまでたどり着いてくれるなどと、だれが信じてくれる?

 さらには、これまで何もしてやれなかった自分を慕い、『母』と呼んでくれる奇跡が起こるなんて……夢にも思わなかった。

 

 はっきり言って真夜は有頂天だった。()()()()()()()()()()と、心からそう思った。

 冬夜も真夜の心情をすぐに察したのか、照れくさそうな表情をすると真夜から視線を逸らして「そうだな」と呟く。

 

「オレもまぁ……実の母親と暮らせるようになるなんて、思いもよらなかった」

「ふふふ。素直じゃないわね」

「うっさい。恥ずかしいんだ。分かってくれよ」

「うふふふ……」

 

 ニコニコと無垢の笑みを浮かべている真夜に冬夜はしばらくの間目を逸らしていた。数分、そうしていることに我慢の限界が来た彼は、「コホン」と咳払いをして場を仕切りなおした。

 

「あのさぁ母さん。ものは相談なんだけど」

「なにかしら?」

「ちょっとオレに考えがあるから、申請するのは月曜まで待ってく「ヤ」……即否定かよ」

 

 にっこりと笑顔を浮かべたまま冬夜の提案を却下する真夜。彼女からすれば一分一秒と待たず、すぐにでもこのことを公表してしまいたいぐらいなのだ。案があるからと言ってまた数日待つなど、彼女としては耐え難い苦行に等しい。

 しかし、冬夜はそんな真夜にもめげず、理由を説明する。

 

「……母さんの出した申請書(コレ)()()()()()()()()()()()やつだろ?べつにこれでもオレたちの関係は法的に証明できるけど、これじゃあ七草を含め他国の官僚どもが騒ぐ。下手すりゃ戦争になるぞ」

「別にいいじゃない。外野は力で黙らせてやるわ」

「余計な争いは避けるに越したことはない。オレだって守りたいものがあるんだ。母さんだって四葉の当主として分家の皆さんを守らなくちゃならないし、なによりこのやり方じゃ十師族から追及されるだろ?力で黙らせるにも限度ってものがあるよ」

 

 冬夜の冷静な指摘に真夜は不満げな顔をしながらも納得する。彼女とて、自分の一族が持ちうる力の大きさは十分に把握しているつもりだ。どこかの一国程度ならまだしも、冬夜を引き入れるとなると二か国以上の大国が攻めてくる。国内の十師族からの反発も考えると、この手は得策でなはいと感じた。

 一方、自分が四葉の一員になることの影響力をあらかじめ想定しておいた冬夜は、空間移動で取り出したパソコンの電源を点ける。月曜まで申請を待ってほしいと冬夜が言ったのは、自分たちの親子関係を法的に認とめさせる機関が市役所ではなく裁判所だからだ。

 

「ここまで来たら外野からピーチクパーチク面倒ななこと言われたくないだろ?こういうのは子供のオレから言ったほうが、なにかと外聞はいいのさ」

 

 母親譲りの腹黒い笑顔を浮かべて、冬夜は時空間から別の用紙を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌週の月曜日、西暦二〇九五年七月十一日。山梨地方裁判所に夜色名詠士・黒崎冬夜が四葉家当主・四葉真夜に対して認知調停の申請を行った。

 

 その二日後、二〇九五年七月十三日。山梨地方裁判所にて両名の認知調停が行われ、両名異論なく終了。しかし、両名の強い希望、および冬夜と真夜それぞれの事情も鑑み、DNA鑑定を含む特殊調停が一週間後に行われることが決定。一週間後、黒崎冬夜・四葉真夜両名はDNA鑑定の結果、正式に血のつながった親子と判明することになる。

 

 かくして―――――二〇九五年七月二十日。

 

 『黒崎冬夜』は『四葉冬夜』と名を変えて、九校戦に挑むことになった。




投稿はとりあえずここまでにします。続きの本格投稿は就活が終わってから。いつになるかわかりませんが、なるべく早く再開できるよう頑張ります!!

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