魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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就活が終わり、はや一か月。書けたのはまだここまでなんだ。すまない。

それもこれも、全部教習所とFGOが悪い(責任転嫁)




さぁ九校戦へ

 ──そうして、時間はあっという間に過ぎた。

 

「……朝だ」

 

 月単位で構成されたカレンダーが再びめくられ、また今日から新しい一ヶ月が始まる、そんな日。

 窓から差し込む陽の光で北山雫は目を覚ました。ベッドサイドに置いてある時計が指し示す現在時刻は午前六時。天気は快晴。まだ朝方なので夏にしては太陽の日差しが柔らかくて丁度良い。気持ちの良い朝だ、といって間違いのない一日の始まり。雫は大きく腕を真上へ伸ばして眠気を覚ました。昨日は夜遅くまで魔法の修行をしていたのでもしや寝過ごすかと思っていたが、なんということはなかった。いつものようにこの時間に起きられたのは日々の習慣によるものだろう。とりあえず『九校戦が楽しみで眠れませんでした』なんていう赤っ恥を書くことは免れたことに彼女は安堵する。背伸びをしてもまだ完全に目が覚めたわけではないが、これはいつも通りなので支障はない。

 

「ふぁぁ……」

 

 寝起きのためか、パジャマの服装が乱れているため、普段は見えない腰や鎖骨部分の柔肌が見えている。とてもほのかや冬夜以外には見せられないような無防備で少し扇情的な姿だったが、雫はちっとも動じていなかった。さらに、普段ならいざ知らず、目が覚めたばかりで頭がうまく働いていない雫はボケーッとしていて動かない。目が覚めたとはいえ、いつもより睡眠時間が短かったせいなのか、いつもより目を細めて舟を漕いでいる彼女の姿は小動物的な可愛さが溢れ返っていてとても可愛い。つい、守ってあげたくなる衝動に駆られそうになる。

 

 しかし、一方の雫のほうはそんな場合ではなかった。「もっと惰眠を貪ろうぜ」と耳元で睡魔が囁いているような気さえしてくる。今朝の目覚めはどうにもいけない。これではこのまま自然と目を覚ますことはないだろうと、未だ本調子には程遠い頭で思い、洗面所に向かうため覚束ない足取りでベッドから出た。冷水で顔を洗えば、きっと睡魔だって引っ込んでくれるはずだろうと考えたのである。

 のそのそと動きながら彼女はいつもより細い眼差しで洗面所へ繋がる扉を見る。睡魔が頭の中にまだ居座っている証拠なのか、無意識のうちにコクリコクリと船を漕いでいる彼女の視界は時折ブラックアウトして落ち着かない。気を抜けば、またすぐにでも夢の世界へと落ちてしまう。それでも、このままではいけないと自分を戒めて頑張って動き始めて──。

 

「……あれ?」

 

 と、そこで彼女は気がついた。キングサイズの大きいベッド、自分一人で眠るにはいささか大きすぎるそのベッドにいるはずの人物が、いなくなっていた。

 

「とーや?」

 

 そう、昨夜一緒に寝たはずの幼馴染(四葉冬夜)の姿がどこにもなかったのである。左右に視線を向けてもその姿は見当たらない。ぺちぺちとシーツを叩いても反応はなく、彼がいたはずの場所はすっかり冷え切っている。どうやら、自分が起きる少し前に起きた、というわけではないらしい。しかし、一緒に床に就いた記憶はおぼろげながらあるので、自分の勘違いというわけでもない。

 ……そろそろ『年頃の男女が同衾することに倫理的な問題はないの?』という指摘が飛んできそうだが、今更過ぎるので全て無視することにする。

 

「どこにいったんだろう……?」

 

 最愛の恋人(予定)の姿が見えないこと気が付いた彼女は、寝起きのままのだらしない格好で、そのまま部屋の中を歩いてみる。しかし、部屋の中のどこにもいないので「はて?」と雫は首を傾げてベッドに腰掛ける。昨夜の記憶では確かに、修行後無理を言って一泊してもらい、同じベッドの中で彼に頭を撫でてもらいながら睡魔に身を委ねたところまで覚えている。寝坊助の冬夜が自分よりも早く起きているとは思えず、さて、どこに彼はいったのだろうか?と思案してみる。

 

「ん?」

 

 その時、ふと聞き慣れない音が聞こえたような気がした。空気を裂く音。短く、しかし耳を突き刺してくるような鋭い音は何度も連続して聞こえてくる。どこから聞こえてくるのだろうと、気になった彼女は窓の外に目を向けてみる。

 そこに、目的の少年はいた。

 簡素なトレーニングウェアに身を包み、愛用している蒼氷色(アイスブルー)の双剣を振るう彼。

 それは、雫も初めて見る冬夜の鍛錬模様だった。

 

『…………フッ!』

 

 キンッ!

 二条の銀閃が虚空を裂いていく。

 なにかの型なのだろうか。右に左にと二振りの剣は流れるように振るわれる。遠目に見ている雫にさえ目で追えないほど速く、そして流麗な剣さばきを見せる冬夜。

 雫に剣術の心得はない。だが、眼下で行われているソレが、卓越した剣技なのだろうということは、素人である彼女でもなんとなく理解出来た。

 

 ヒュッ!

 空気を断つ音が聞こえる。

 双剣を振るい、黙々と鍛錬を続ける冬夜はまるで舞っているように雫には見えた。雫が習う日本舞踊とは全く異なる、無骨な剣舞。誰を(たてまつ)るわけでもなく、ただ己の敵を斬るためにのみ舞う踊り。武器を用いた演舞と言えば殺陣(たて)を連想するが、眼下の踊りはそれとも違う。見栄えと迫力を重視した殺陣は『人を魅せる』目的のために作られているが、冬夜のソレは本来そんなものを度外視した『人を殺す』ことを目的とした技術だ。

 しかしその技術も、人類の長い歴史の中で研ぎ澄まされてきた理念と蓄積された英知によって、あるはずのない『美』を宿していった。人間にしか分からない『美』。

 冬夜の舞には、そんな『美』が確かに存在していた。雫はその舞から、その剣技から、それを行う真剣な眼差しから目が離せない。

 知らず知らずのうちに、雫はその舞に見惚れていた。

 

 一撃、二撃、三撃、四撃。

 立て続けに踊る銀閃。

 半歩ずつ体を動かして空虚な敵を断ち切っていく冬夜。

 時に剣を逆手に持ち替えて、弧を描くように切り裂いていく。その動きに淀みはない。一切の逡巡も感じさせない剣の閃き。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。時間のことなど忘れて、その舞だけが頭の中を占める。いつまでもその剣舞を見ていたかったが、残念ながらそう長くは続かなかった。

 

 ヒュオッ!

 

 最後に、自身を中心に四撃。回るように薙ぎ払う。

 ……そこで、剣舞は終わり。

 異空間からタオルを取り出した冬夜は、汗を拭きながら屋敷の中へと入っていった。

 

「…………」

 

 そのまま暫く、雫は窓の外に視線を固定したまま動かなかった。普段中々見ない幼馴染の鍛錬模様を見た雫は、少しの後悔と一緒にポツリと呟いた。

 

「……もうちょっと早く起きれば良かった」

 

 そうすれば、もっと格好いい姿が見れたのに。

 

 ◆◆◆◆◆

 

 選手陣は今日から宿舎に入るが、実際に開催される明後日からの九校戦は、本来学生本位の大会でしかない。

滅多に見られない魔法を使った大規模な大会ではあるものの、その規模はプロの大会のモノと比べれば数歩劣る。また、国内においては大規模な大会であっても、海外も含めればその規模はガクンと下がる。例えば、世界一の名詠士を決める大会である【大競闘宮(メテオコロシアム)】などに比べれば、九校戦のスケールなど塵に等しい。なので、元来九校戦は日本国内限定のお祭りなのだ。

 しかし、今回に限って言えばその限りではない。なぜなら今大会には世界的に注目を浴びている問題児(四葉冬夜)が出場するからだ。噂に聞く夜色名詠士、IMAの創始者、名詠生物に対する最強の抑止力(カウンター)が出て来るとなれば、その姿を一目見ようと世界中から人が集まってくる。国外の放送権を持つ海外メディアもそうだが一般人もナマで観戦しようと日本へやってきている。

 これにより、ただでさえ取りづらい会場近くの宿泊施設の確保が例年にも増して難航しており、一高応援団は多大な苦労をかけたという──

 

「けどまぁ、宿泊施設が潤って日本経済に貢献出来てるんだから、オレ悪くないヨネ?」

「傍迷惑であることに変わりはないがな」

 

 雲一つない蒼穹の下、司波達也は四葉冬夜にキレのいい返しを入れていた。

 ジリジリと太陽が地表を焼く中、従兄弟二人はどこかの室内に行くわけでもなく、外で立っている。二人共生半可な鍛え方をしているわけではないため、この程度で熱中症になることはないのだが、かと言ってわざわざ好き好んで炎天下の外にいるわけではない。二人共、然るべき理由があるのだ。

 

「しかし遅いなぁ会長。もう一時間ぐらい立つのにまだ来ないぞ」

「ご実家の用らしいからな。仕方がないだろう」

「『七草』の用事ねぇ……。なにがあったんだか」

 

 一高の敷地内、交流会の時にも使われた駐車場の中で選手送迎用のバスを背に冬夜はボヤく。朝早く起きて剣を振るってしまうぐらい今日という日を楽しみにしてい彼の心情としては「とっとと会場に向かいたい」というのが本音だった。

 しかし、三年の先輩を中心に「真由美を待つ」という意思を見せたため、彼らもそれに従うことにした。魔法の力があっても、年功序列制度は未だ日本の生活の中に深く根付いている。冬夜たちが反対の意見を言うことは出来なかった。

 

「案外、これもお前のせいだったりしてな」

「というと?」

「警備の隙をついて敵対者がやって来て七草家がそれの対処に当たっている、とか?」

「……達也ぁ。何でもかんでもオレのせいにするのはどうかと思うよ?」

「まぁそう睨むな。冗談に決まっているだろう?」

「……はぁ。まったく、そういうことをお前が言うと冗談に聞こえないから困る」

 

 達也の軽口に冬夜が反感を覚えながらも、反論できないことが地味に辛いと冬夜は思う。正直に言ってしまうと、本当にそんなような気がしてならない。いや、実際には無関係かもしれないし、第一テロ自体は冬夜には関係な話なのだから引け目を追う必要はないのだが、現在進行形で迷惑を掛けていると思うと悩ましい。

 

「敵対者ねぇ……。日本は平和な国だーって聞いてたんだけどなぁ」

「このご時勢だ、表沙汰にならないだけでどこでも似たようなことはあるんじゃないのか?誰も知らないうちにそういう血なまぐさいのはほぼ処理しているんだよ。ほら、そう考えると見かけ上は十分平和だろ?」

「嫌な世界だ」

「けど、お前だってそういう仕事はしてきたんじゃないのか?それに、肝心なところで役に立たないお前だけじゃなく、IMAやCILの人がいるなら九校戦は大丈夫だろ?」

「………分かってるよ、そんなこと」

 

 達也の指摘に冬夜は恥ずかしさから素っ気無く返す。達也の言うとおり、どんな敵がやって来ていたとしても、今回の九校戦において外敵の心配は決してない。

 もちろんそれは、部下たちの力量のこともあるからだが、それ以上にIMA・CILとして今回の仕事のような拠点防壁は得意中の得意分野にあたる。なにせ彼らが得意としている技術は『複数の魔法技術をアレンジし組み合わせて、より大きな効果を得る』こと。この技術の代表例として『祓戈(ジル)シリーズ』や『マクスウェルの悪魔』が挙げられるが、拠点となる場所周辺の地形や環境を基盤(ベース)に大規模な結界を貼ることも彼らの技術で出来ることだ。

 四葉家本家も似たような技術を使って作られた結界が存在しているが、IMAやCILのソレは四葉家のものとは比べ物にならないほど高度なものだ。自然を利用した結界は、貼る前にその土地の風土や信仰などに合わせて作られるべきなのだが、世界中にネットワークを広げる冬夜の会社にはスキがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のがIMAやCILの強みである。

 

 そのため、今回のようにキチンと依頼を受けた上で結界を張った以上──例えドラゴンがやって来たとしても──外敵による攻撃の心配はない。

 そんな()()()()のこと、冬夜は分かりきっていた。

 

「はぁ。暑いなぁ……」

 

 これ以上この話を続けられても困るので、わざとらしく大きくため息を吐く。そんな態度を取る親友に対し、達也の嗜虐心がくすぐられたが、あまり弄ってやるのもかわいそうと思ったため、冬夜の話題に乗っかることにした。

 

「いつになったら、会長来るんかなぁ」

「暑いのが嫌ならバスの中にいればいいだろ?出席確認は俺の仕事で、お前は関係ないんだから」

「暑いのよりバスの中にいることの方が辛いからここにいるんだよ」

「? 雫とイチャついてて、千代田先輩にでも睨まれたか?」

「………まぁ、そんなところ」

 

 技術スタッフとして、選手の乗車確認(己の責務)を全うする達也は首を傾げる。何があったのかと好奇心から冬夜に聞いてみたかったが、なんだか遠い目をしている冬夜を見ていると聞いてはいけないような気がしたのでそのままにしておいた。

 とはいえ、例え聞かれていても冬夜は何も答えなかっただろう。というか『バスの中でお前の妹が荒ぶっていたから逃げてきました』と冬夜も正直には言えない。言ったら言ったでシスコンとブラコンの兄妹が胸焼けのするような事態を繰り広げるだけなのは目に見えている。雫とほのかの『裏切り者!』という視線を背中に受けながら逃げてきたのだ。この一時の平穏を逃してなるものか。

 

「暑すぎるのも嫌だけど寒すぎるのも嫌だしなぁ」

(冷房効きすぎだったんだな)

「かといって変に会話をしようとすれば(司波の)視線が怖いし」

(嫉妬か……)

「居心地悪くて辛かったし、今は戻りたくないなぁ」

「お前本当に何したんだ」

 

 『リア充爆発しろ』案件でもあったのだろうか。ちょっと達也は気になった。

 

「あ、そうだ達也アイス食べるか?バニラとチョコとどっちが良い?」

「唐突だなまったく。バニラで頼む」

「ん」

 

 すっかり四次元ポケットと化した異空間から同じ味のアイスを取り出した冬夜はそれを達也に渡す。包装を破り出てきた白くひんやりとしたバニラバーに二人は齧り付く。

 ふと、アイスを持ったまま二人は雲一つない空を見上げて、同時にこう思った。

 

((夏だなぁ……))

 

 そうしてさらに三十分。

 真由美が集合し、一高選手陣が出発するまで、一高最強の二人はただひたすら駄弁り続けた。

 

◆◆◆◆◆

 

「冬夜の大馬鹿」

「冬夜くんのスカポンタン」

 

 冬夜が楽しく達也と会話をしているその頃。

 とある()()()の機嫌が悪いせいで極寒地獄となっているバス内で雫とほのかは恨み言を呟いていた。バスの外、呑気に達也と会話をしている幼馴染を窓越しで睨みながら、二人は言葉を交わす。

 ──すなわち、どうやってこの状況を切り抜け、一人逃げ出した冬夜に仕返しをするか、である。

 

(今朝は格好良かったのに。やっぱり肝心なところで役に立たないんだから)

 

 『アッハッハッハ』と眼下でのんきに笑う幼馴染に雫は目を糸の様に細めてジッと見つめる。今朝と似たような状況なのに今彼女の中に渦巻く感情はまったく違うものだった。なまじ期待が大きいだけに落胆する気持ちも大きい。あれか、これが理想と現実の違いという奴なのだろうか。

 

「再会したときは『頼れる男!』って感じがスゴかったんだけどなぁ」

「日を追うごとにポンコツ具合が進んでいるよね」

 

 ほのかと二人、入学式間際の凛々しい冬夜の姿を思い浮かべる。嗚呼、あの頃は良かった。と顧みるも今の冬夜の残念度合が変わるわけでもなし。変わり果てた幼馴染の劣化に深いため息をついて、二人は通路を挟んだ反対側の席に目を向けてみる。

 

「……まったく、誰が遅れて来るか分かっているんだから、わざわざ外で待つ必要なんて無いはずなのに……。何故お兄様一人がそんなお辛い思いを……」

 

 静かで、やんわりとした口調だった。

 普段の彼女となんら変わらない、鈴の鳴るような美しい声。

 しかしだからこそ、不機嫌な彼女が撒き散らす威圧感(プレッシャー)は相応の迫力を伴っていた。

 ……少なくとも冬夜が逃げ出し、学年など関係なく男子生徒は口を噤み、女子生徒は見て見ぬ振りをする程度には彼女の威圧感は現実に投影されていた。

 

(雫、席変わって!)

(ヤダ)

(なんでよっ!?)

(私はまだ死にたくない)

(私だって死にたくないよぉー!!)

 

 地面に埋まっている不発弾が如き危うさを漂わせている今の深雪。最前線で活躍してもらうはずだった肉h……いやベテラン爆弾処理班が尻尾巻いて逃げ出してしまったため、新人二人が解体しなければならなくなった。今バスの外にいる人型の使い捨ての装甲板さえここにあれば、それを犠牲にしつつ自分たちがフォロー出来たのだか、それはもう叶わない話だ。今は席順の都合上、ほのかが盾役として(仕方なく)体を張っている。

 

(ほのか、いざという時は助けるから、まず口火を切って)

(ホ、ホント?ちゃんと助けてくれるんだよね!?)

(うん。………即死でない限りは)

(不吉な事言わないでよ!?)

 

 二人とも、テレパシーのような能力は持っていないが「この状況を何とかしなければならない」という使命感から、口を開かずとも少しの仕草と視線だけで互いの意思を完全に通していた。

 そしてほのかは、なんやかんや言いながらも「何もしなければこのまま怖いままだ」ということはキチンと理解していたため、雫の言葉を信じて反対側へ目を向ける。

 まずは軽く、いつものお喋りのように陽気な感じで──

 

「え、えっと深雪?お、お茶でもどう?」

「ありがとうほのか。でもごめんなさい。まだそんなに喉は渇いていないの。私はお兄様のように、この炎天下、わざわざ、外に立たされていたわけじゃないから」

 

 有無も言わせず、大失敗だった。

 

 ほのかは「あ、うん、そうネ!」と無理やり表情筋を動かし笑顔で返事を返す。引きつった笑顔だったかもしれないが、それを気にしている余裕はない。そして彼女はそのままグルンと顔を後ろに向けて

 

(怖いよぉーーー!)

 

 雫に泣きついた。

 

(ほのかほのか。……お兄さんのことを思い出させてどうする)

(今のは不可抗力よっ)

 

 目の端に涙を浮かべながらほのかは雫の指摘に反論する。もう一回いけるかと雫は訴えてみるが、ほのかは捨てられた子犬のようにプルプルと震えながら首を横に振る。いささか、精神的ダメージが大きすぎたようだ。

 しかしほのかが怯えるのも無理はない。なにせ今の深雪は雫から見ても怖いのだ。しかも今のほのかの発言で達也のことを思い出したせいか「なんで機材で狭くなった車で……」とか「せめて移動中はゆっくり休んでほしかったのに……」とか、ぶつぶつと文句を言い始めている。

 その様子は、爆発する寸前の爆弾そのものだ。火のついた導火線が残りわずかしかない状況ととてもよく似ている。雫はまだ冷静さを保っていたが、ほのかに至っては「ヒィィィィ」と声にならない悲鳴を上げてうずくまっている。

 よしよしと怯える親友の頭を撫でながら、雫は脳内で深雪の言葉に「『私の隣で』が抜けているよ」と思ったのだが口にすることはしない。その代わり、彼女はほのかと席を替わるように身を乗り出して、深雪に違う言葉をかけた。

 

「でもさ深雪。そういうところがお兄さんの立派なところだと思うよ」

 

 まさか独り言を聞かれていると思わなかった深雪は、とっさに反応できず目を丸くして雫の顔を見る。その後ろでほのかが拝むような仕草をしていたが、二人には見えない。

 偶然とはいえ、暴威を振るう雪女を沈める一瞬の隙を逃がさないように雫は言葉を畳み掛ける。

 

「バスの中で待っていても文句を言うような人は、たぶんここにはいないと思う。でもお兄さんは『選手の乗車確認』って仕事を誠実に果たしているんだよ。確かにこんな雑用、達也さんには役不足かもしれないけど、こういう細かいところにまで気を配れて、完璧にやり通すから達也さんは会長さんとか冬夜から信頼されているんだと思う。

 こういうことを当たり前のようにやれる人ってなかなかいない。

 達也さんって、立派で、素敵な人だね」

 

 こういう台詞(セリフ)を素で言えるのは雫のキャラクターだよねぇ。と雫の背中でほのかは思った。雫が大真面目な表情で繰り出された賛辞に深雪は虚を衝かれて絶句している。

 

「……そうね。お兄様ったら変なところでお人好しなんだから」

 

 雫の大真面目な返答に、深雪は辛うじて照れ隠しでそう返すのが精一杯だった。

 その姿から、先ほどの威圧感が消えている。

 雫の背に隠れたほのかはこっそり、ガッツポーズを決めていた。

 

「でも、それを言うなら冬夜さんも十分素敵な人なんじゃないかしら?」

「え?冬夜は肝心な時に使えないからダメだよ?」

 





いつになったら、会場つくのかなぁ……(遠い目)
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