魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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さてお待たせしました。地道に物語を進めていきますよ〜。

それでは本編をどうぞ!


高速道路にて

八月一日。魔法科高校生にとって九校戦の事実上の開始日であり、移動日であるこの日を待っていたのはなにも冬夜だけではなかった。

 冬夜たちにとって敵対者、つまり無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)の幹部たちもこの日を待ちわびていた。

 

「ついにこの日が来たな」

「あぁ……」

 

 やけに緊迫した空気を纏って、円卓を囲むように顔を付き合わせた五人の男性。ダグラス=黄を始めとする東日本支部の面々は、自分たちの命運が掛けられたゲームがスタートしたことに緊張せずにはいられない。

 彼らにとっての勝利条件は『第三高校を優勝させること』。敗北条件は『第一高校が優勝すること』。字面だけを見るなら簡単だが、今年の一高は十師族の十文字家と七草家、更には忌まわしい四葉家が揃っている。真っ当に試合が進めば一高の優勝は確実。これだけでも十分ハードモードなのに、それ以外の選手たちも粒揃いの優勝候補たちが集まっている。限界ギリギリまでハードルを上げた難易度ルナティックなゲームだった。

 自分たちで掛け金を釣り上げたとは言え、顧客にバレないよう巧みに妨害しなければこんなクソゲーは絶対クリア出来ない。そして、クリア出来なければ待ち受けているのは自分たちの『死』だ。この日のために出来得るかぎりの策は仕込んできた。あとはそれが、期待通りの成果を発揮するよう祈るばかりである。

 

「そう暗い顔をするな。たしかに我らは窮地に立たされている。が、それ以上にツキが回ってきているだろう?運営委員のメンバーは買収できたのか?」

「あぁ。全員とは行かないがCADのチェック係も含め幾人か抱き込めた」

「単純なものよ。理念や思想より金の方を取るとはな」

「言うな。卑しいのは人間の本質、我らとて同じ人なのだから、嘲笑うことは出来まい」

 

 薄暗い笑みが彼らの口元に浮かぶ。確かに超えねばならない山は大きい。しかし、少し前ならともかく、今の彼らはその山を乗り越えられないわけではない。

 なぜなら九校戦において、競技に出場する選手たちは開始前に必ず大会運営役員からCADのチェックを受けなければならない、というルールがあるからだ。そして彼らはそのチェックをする係を幾人か()()()()()。これはつまり、無頭龍は検査機械を通して選手のCADに細工を施すことが出来るようになった、ということだ。この事実はとても大きい。少なくともこの場にいるオジサンたちに一定の安心感をもたらす効果はあった。

 

「とはいえCADの細工だけで十分か?例年と違い今年はCILの連中もいるんだ。『電子金蚕』が指摘されない可能性がないわけではない」

「安心しろ。CILの連中はチェックには関わらない。電子金蚕のことを勘付いても指摘される可能性は低い」

「証拠を抑えられなければいくらでも言い訳はきく。コースへの妨害も仕込んだ。疑われても、そう安々と指摘はされまい。

 それに金蚕蟲のこともある。いざとなれば、あの虫でだ」

「そういえば、あの虫の毒はどうなった?弱められたのか?」

 

 円卓の中で最も若い幹部が投げかける。以前こうして顔を突き合わせた時に効いた伝説の怪物【金蚕蟲】。所持者に巨万の富を与えるため、周囲の人間を殺し尽くしてその富を集めさせる蠱毒の主。

 が、いくら強い毒性があると言っても、安易に使っていいものではない。例えば大会初日の食事に混ぜ込むことで、一高の選手全員を殺してしまえば、先程言った敗北条件は満たされなくなり彼らは枕を高くして眠ることが出来るだろう。しかし、そんなことになれば今度は賭場に参加した参加者の不信を買う結果になる。それでは意味がない。殺される理由が変わるだけで意味がない。そうなっては元も子もないため、その危険も、残った期間で毒を弱めるようにすれば良いという案で前回は決着がついた。

 その懸念に一人の幹部が答えを出す。

 

「結論から言うと金蚕蟲自体への改造は無理だった。毒性も、呪いも同じ。何をしても無意味だった」

「そ、それでは使えないではないか!何をしていたんだお前は!」

金蚕蟲(アレ)はすでに完成された呪いだ。今更そこへ余分なものを付け足す余裕はないということか」

「そういうことを言っているのではない!どうするのだお前は!」

「まぁそう慌てるな。ちゃんと考えてある。要は金蚕蟲の効力さえ確かめれば良いのだろう?」

 

 研究部門を指導した幹部は支部長に視線で確認を取る。彼がゆっくりと首を縦に振ると、幹部は話を続けた。

 

「なのでな。私の権限で九校戦に出場する選手に()()()()()()

「……なに?」

「買い取らせた、と言ったのだ。一高の選手に対してのみ使うようにという条件をつけて、アレを売った」

 

 あまりにも予想外の展開に幹部たちは声を失った。呪い付きとはいえ、金蚕蟲は持ち主に必ず富を与える世界有数の毒虫だ。苦労してそれを作り出したというのに、それをあっさり売り飛ばしたという彼の発言に円卓の一同は呆けてしまう。

 

「お、お前は自分が何をしたのか分かっているのか……?」

「もちろんだ。そしてこれは事前に支部長の許可を取ってから行っている」

 

 非難される眼差しを受けても揺るぎもしない学識派の幹部はワナワナと震える幹部の言葉にそう返す。すると、今度はダグラスの方に三人の幹部の視線が集まった。

 

「まず、君たちに報告が遅れてしまった事を詫びよう。しかし、これにはキチンとした理由がある」

「ほう。是非とも聞かせて貰いたいものですな。支部長」

「もちろんだともジェームズ。まず金蚕蟲の改造が出来ず、それを売り飛ばす提案を受けたのは、前回の会議から一週間経った頃だ。

 下手な改造を施して、せっかく作った金蚕蟲を失くすのも惜しい。それに前回の案では、結局我々が使うことには変わりない。これではボスへ献上しても疑われてしまうかもしれないだろう?

 ならば、体のいい身代わりを用意してソレに使わせるのが一番だと考えたのだ。

 蚕を売り飛ばした相手の資産動向を報告すれば、ボスへの報告としては十分だ。使い終わった蚕は再び買い取るなりすれば良し。出来なくとも破滅させた後で回収すれば良い。

それに何より我々からリスクがなくなるという一番のメリットがある。さしもの夜色名詠士やIMAも、選手側からそんな妨害を受けるとは考えてはいないだろうからな」

 

 ダグラスの説明に幹部たちも一定の理解を示した。この国には【人呪わば穴二つ】なんて言葉があるように、この手の魔法は、使った瞬間に使用者(自分たち)も呪われることが決定している。呪った相手と呪われた相手、使えば確実に二つ分の墓穴が出来るのが『呪い』というものだ。そして、こうした呪いの果てに訪れる死は、皆()()()と相場が決まっている。そんな結末は冗談じゃない。危険を侵さず目的を達成させられる手段がある以上、そちらを優先して使うべきだと、ダグラスは全員に言った。

 

「なるほど目くらましか……。上手く行けば我々の妨害をそのままソイツに(なす)り付けることが出来るな」

「日本人は頭のお目出度い連中だ。表向きの犯人さえいれば、コチラまで探ろうともしないか」

 

 そして説明を受けていない三人の幹部のうち、二人はダグラスの説明に納得し、その作戦を支持した。

 

「いや待て。相手はガキなのだろう?こちらの思惑通りに進むか分からないんじゃないのか?」

「それならそれで良い。そうすればこちらへ向く目はますます減るからな。

 落ち着け(キム)。こちらとしては一高さえ優勝しなければそれで構わないんだ。日本人の連中など、知ったことではない」

「前にも言ったとおりだ。運が良ければ死なずに済むさ。でなければ、悪かっただけだ」

 

 用心深いことで知られる幹部が最後まで反対を示していたが、開発部門の幹部と支部長の説得に押し黙る。心配な点はまだあるが、強く反対する理由にはならない。彼はそこで黙することで作戦に賛成する意思を見せた。

 

「さて、金蚕蟲については全員の理解が及んだため、これで良いとしよう。

 しかし金の言うとおりでもある。金蚕蟲を持つガキがこちらの言う通りに動く保証のない以上、過度な期待はしないほうがいい。

 我々が動けるときは、我々も動く。

 この方針に異論のある者は?」

「「「「異議なし」」」」

「よろしい。では早速動くとしよう。……12号を出撃させる」

 

 全員の意志を確認した支部長のダグラス=黄はそう言って、待機させていた手駒の一体に指示を出した。

 

 ◆◆◆◆◆

 

「車、多いなぁ」

 

 無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)の会談があってから数分後。

 その後真由美が到着し、実に一時間半の遅れを持って一高選手陣のバスは出発した。

 窓側の席、少々事情があって深雪の隣の席から外された冬夜は窓から見える光景にポツリと呟く。バスの運行は順調に進み、今は一般道路から高速道路(ハイウェイ)へ。九校戦の会場のある静岡県へ向かっている。

 高速道路上は多くの自走車が行き交っており、色も形も様々な車体が武骨な灰色の道路を彩っている。車に乗っている人々はきっと、どこかへ旅行にでも行くのだろう。交通管理システムの普及により、一昔前までは名物であった高速道路の渋滞は今は完全に解消されている。事故の心配も、同様に無用だ。しかしアルマデルから事前に無頭龍からの襲撃の可能性を聞かされている冬夜は、このバスに近付く不審車両がないかを存在探知で探っていた。

 

(嫌な性分だ)

 

 日本は平和な国。先程そう達也に言ったにも関わらず、テロリストの襲撃を警戒している自分に矛盾を感じる。この国ならこういう心配をせずにのんびり暮らせると思ったが、とんだ思い違いだった。程度の違いはあれど、今はどこの国も戦争か紛争の状態に近い。第三次世界大戦が終わってから半世紀ほどしか経っていないと考えれば、仕方のないことなのかもしれないが……冬夜はひどく、憂鬱な気持ちになる。

 

(……なんか楽しいことないかなー)

 

 マイナスの方面へ傾いた思考。それに伴い自然と表情も暗く、ブスっとした不機嫌なものになる。これではいけない。ようやく待ちに待った九校戦が始まるのだ。イベントでバカ騒ぎをする学生のように、楽しい気持ちで行かなくては。

 そう思って冬夜は窓から視線を離す。首を百八十度返してみれば同性の同級生の姿がある。彼らと猥談でもすればきっと(変な方向で)楽しくなるに違いないはず──

 

『……………………………ハァ』

 

 猥談ではなく怪談話の方が合いそうな雰囲気だった。

 ここは海の底にある海溝か、ヘドロの溜まった湾岸線のような暗く、重い雰囲気。

 雫たちの尽力もあり、バスの中に広まっていた見目麗しい美少女の重圧は既に消え去っている。これにより出発したバスの中の平穏は取り戻され、楽しいバス移動の時間が始まった。

 

 そのはず、だったのだが。

 

 どういうわけか、バスの後部座席。主に一年の男子生徒が集まっているこの区域ではこのように非常に重苦しい雰囲気になっていた。これから魔法科高校生にとっては憧れの、華の九校戦に向かうには相応しくない──それどころか絞首台に掛けられそうになっている無実の人のような空気だ。彼らがこうなった理由を知っている冬夜は、慰めるように声を掛けた。

 

「まぁその、元気だせってお前ら。まだ会場にも着いてないじゃないか。きっとチャンスはあるよ」

「うるせぇ、このモテ男め」

「貴様にオレたちの苦しみは理解できまい」

「今日という日のために何回もイメトレをして、それが全て無駄になったオレたちの気持ち、お前には分かるまい……!」

「俺はともかく、声を掛けられる司波の気持ちにはなれよ……」

 

 お葬式のような重苦しい雰囲気。そして萎びた花のように元気をなくした同級生たちは恨みがましい声で冬夜に反応する。一科生と二科生。普段はほとんど接点のない彼らであったが、九校戦の練習のため嫌でも顔を突き合わせていくうちに多少の会話程度なら交わせる間柄になっていた。……まぁ、幾人かはプライドから冬夜に決闘を挑んだりしたのだが、冬夜が圧勝したので認めざるを得なくなった、というどうでもエピソードもあったが。

 

 閑話休題。

 

 ともかく、達也と違って冬夜は、意外と上手く九校戦メンバーと仲良くやっていた。

 

「あーあ。せっかく九校戦に出れるんだから、司波さんと仲良くなりたかったのに。こんな機会いつあるか」

「だよなぁ、普段声なんてかけられないもんなぁ」

「ん?あれ、教室じゃあ声掛けないのか?」

 

 なにげない疑問をストレートに聞いてみる。放課後や昼休みはほのかたちと一緒に深雪とも話をすることもある冬夜だが、如何せんクラスが違うため、教室内のことまではわからない。そして冬夜の疑問に一科生たちはさらに落ち込みながら言葉を返す。

 

「教室じゃあ、いつも北山や光井と一緒にいるから声掛け辛いんだよぅ」

「放課後は生徒会だし、体育とか別だし、帰りは兄貴と一緒だし」

「こんな時しかタイミングがありません」

「あぁ。なるほど」

 

 確かにそう聞くと、バスの中で彼らが深雪に声を掛けまくった気持ちが分かる。一人でいる時や部活の時ならば何気ない話題ついでに会話をすることは出来るだろうが、女子で固まっているとなると男としては気が引けて声を掛けられなくなる。かと言って達也が一緒にいれば、まず間違いなくボディーガードよろしく深雪の前に達也が出てくるため、用件を直接伝えることも難しい。

 

(改めて考えるとすごいなアイツ)

 

 高嶺の花という言葉があるがそれは間違いなく司波深雪を指す言葉だろう。あいつの前に立ちふさがる崖の険しさはチョモランマよりも厳しいかもしれない。言葉通り人間城塞といってもいい警備体制だ。その隙のなさは冬夜も感服する。

 

「みんなの気持ちは痛いほど分かった。でも、やっぱりちょっとやり過ぎたな」

 

 同級生たちの心情を理解した冬夜は、席の前方、深雪の周囲を見てみる。あまりにも男子生徒が(一年に限らず)深雪と会話をしようとするものだから、摩利の鶴の一声の元、深雪と雫とほのかは摩利の後ろの席に移動することになった。さらに席を変えて深雪は窓際の席へ、その前後には次期風紀委員長と陰で噂されている二年生の千代田花音と部活連会同の十文字克人、花音の隣には摩利本人がいて、睨みを利かせている。

 あの安全地帯に引きこもられたら、二年三年はもちろん一年生の彼らが深雪と会話することなど不可能だろう。

 

「なぜかオレだけここに取り残されたしな……」

「黙れ彼女持ち。司波さんといつでも会話できる身分でオレたちを語るな」

「なんかすまん」

 

 恨みがましい視線と一緒に呪詛を吐かれて冬夜は即謝罪する。彼らの気持ちが分かる分、その恨みの度合いも理解できる。

 

「そういえばよー。黒、じゃない四葉、お前は北山さんのどこが良いんだ?」

「黒崎でいいよ。ビジネスネームはそれだから。……で、雫のどこが良いとは?」

「いや、司波さんと光井さんと北山さん。あの三人で彼女にしたいって言ったら北山さんが最初には出てこないからさ。純粋にどこに惹かれたのかなと」

「え、雫そこまで人気ないの?結構可愛いと思うんだけど」

「真顔でそう言われるとこっちも反応に困るんだけど……。でも、あの三人で考えたら、みんなそんな感じだと思うぞ?」

 

 誰かが言ったそんな疑問。

 おそらくは深雪に声を掛けられないという空気がもたらした一体感のおかげだろう。近くにいた他の一年男子たちも冬夜の方を見ている。「なぁ?」と同意を求められた彼らは、反応に個人差はあれど、ほぼ全員首を縦に振っていた。

 恋人(予定)としては微妙な気分だが、横恋慕される心配がなくて良いか、と考え方を変える。

 

「だって北山さん揉むとこないし(ボソッ)」

「それ言ったらアカン」

 

 どういうわけかエイミィが反応してこちらを向いて来たが、男子諸君は顔を逸して発言者を特定させないようにする。エイミィは白眼視しているが、冬夜たちは目を合わせないのでダメージは受けない。一年男子陣の信頼関係がさらに5上がった。

 

「で。つまりは絶世の美少女である司波や可愛いほのかと違って、見た目表情が分からずさらに幼児体型な雫のどこが良いのかを知りたい、と」

「そこまで酷く扱き下ろしてないけど、まぁそんなところだ」

四葉(お前)なら司波さん狙えるじゃん?それをしない理由が知りたいです」

「そんなこと言われてもなぁ」

 

 冬夜は非常に困った。深雪に恋慕しない理由など「好みじゃない」の一言で尽きるのだが、彼らはそれで納得するようには見えない。

 しかし、司波より雫の方が良い理由なら説明出来る。比較して良い方を取った、と誤魔化すしかないだろう。

 

「可愛いじゃん。雫」

「「「……え、どこが?」」」

「全部」

 

 冬夜の歪みのない返答に、さすがの一年男子たちも戸惑った反応を見せる。惚れているのだから当然、と思うが彼らとしては納得できる理由がほしいので、更に聞き返す。

 

「まぁ表情とか、何考えているか分かり辛いっていうのは認めるけどな。でもある程度付き合いが長くなると感情の変化とか分かるから、俺の言っている意味も分かると思うぞ。実際、ほのかに負けず可愛いところとかある」

「マジで?」

「え。じゃあ黒崎は北山のどんなところが可愛いって思うんだよ?」

「雫の可愛いところ?そうだな……」

 

 ついつい聞いてしまったこの質問。彼女持ちの惚気話など、彼らにとっては猛毒に等しい。しかしそれでも聞かずにはいられない。毒だとわかっていても嫉妬しかない未来が待ち受けているとしても、やっぱり彼女持ちの話は聞いてみたいのだ。野次馬根性万歳。

 反対に話を振られた冬夜は、ベッドの上などの過激な話に繋がりそうな物は避けて、雫の愛らしい部分を思い出す。 

  色々言っているが、冬夜は雫にぞっこんなのだ。実際そう時間がかからないうちに、彼が思う雫の可愛い部分は出てきた。

 

「普段ツーンとしてるのに好きな事を語る時は目がキラキラしているところとか、メロン大福食べている時に夢中になり過ぎて唇の端に白い粉が付いている時とかかなぁ。こう、いつと違うギャップというか、そういうところに萌えを感じるというか。

 あぁでも、頭を撫でているときにスッと擦り寄って甘えてくる時なんか身悶えするぐらい幸せに」

「死ね」「殺す」「惚気んな」「屑が」「自害しろ」

「ちょっ、聞いてきたのはお前らのほうだろ!?」

「うるせぇ幸せそうに惚気けやがって!仲睦まじいようで何よりだよチクショウ!」

「お前北山さん幸せにしろよ!どうせトラブルメーカーなのは治らないだろうからな!」

「全くだ!末永い幸せを祈ってるぞこのバカップル!」

「なんか知らんがとりあえず言っておく。ありがとう!」

 

 思いのほか本気の惚気に男子陣は防衛本能から冬夜の話を遮る。デレッとした全開の彼女自慢は彼らのメンタルに与える影響が大きすぎた。冬夜からは見えないが、中には手を握りしめすぎて少し出血している者や血涙を流さんばかりに睨み付けている者もいる。全員幸せを掴んでいる冬夜への妬ましい気持ちが滲み出ているが、それ以上に祝福していた。良い人たちである。

 

「羨ましい。あー、彼女欲しいなぁ」

「なら、日本人得意の神風特攻(バンザイアタック)をオススメするよ。何事もアプローチしなきゃ始まらないさ」

「フッ、俺にそんな勇気があるとでも?」

「威張って言うことじゃねぇぞそれ……」

「ははは。まぁ九校戦の後夜祭にはダンスパーティもあるし、頑張ればきっと女友達ぐらいは出来る──」

 

 女難の相持ちとして同級生たちにアドバイスする冬夜。しかしアドバイスを言い切るとこはなく、途中で窓の方に顔を向ける。ニヤけた顔から真面目な顔に切り替わったことで、一年男子陣も「なにか起こった」ことを察知する。

 

「………なぁ森崎」

「なんだ?」

「日本の自動車ってさ。運転席は右側にあるんだよな?」

「ん?そうだが?」

「………車ってさ、無人じゃ動かないよな?」

「このバスのようにAIが運転してないならな。……なにがあった?」

「見間違いであって欲しいんだが」

 

 森崎に確認して自分の知覚が間違いでなかったと確信する一方、「ついに来たか」とCADに手を伸ばす。何が起ころうとしているのかまだ予想できていない一年男子陣は、冬夜が熱心に見つめるバスの右側を、速度を上げてこのバスを追い越そうとしているトラックを見つめる。

 森崎の最後の問いかけに冬夜は厳しい顔をして

 

「今追い越したトラック。運転席に誰もいない、無人だったんだよ」

 

 え、と男子陣が声に出す間もなく。速度を上げトラックはすんなりと一高のバスの前に躍り出た。そしてそのまま、どういうわけか積み荷が載せられている荷台部分の扉を開いた。

 なんだなんだ?と、バスの前側に座っていた生徒の頭上に疑問符が浮かぶ。ここはまだ道路の上で、荷台の扉を開けるところではないからだ。一昔前ならば、何らかの要因で荷台のロックをしている物、外付けの掛金が外れてしまったと思うが、今世紀において前方にある運搬用のトラックの荷台は全て、外掛けの掛け金に加え運転席にあるボタンで扉をロックしている。例え掛け金が外れていても、そのボタンを間違って押さない限り荷台が勝手に開くことなどあり得ない。

 

 もしも、間違いで開かれたわけではないなら、作為的に開かれる意外に理由はない。無人のトラックを『誰が』操作しているのかは、冬夜以外に察することも出来ないが『何が目的で』はすぐに理解できた。

 否。十台に及ぶ重機関銃の存在によって()()()()()()()

 

『────────』

 

 最前列にいた人も、そうでなくてもソレを見た人は誰一人受け入れられなかっただろう。

 理解し難い。これは夢以外にありえない。──そう思いたいほど、あまりに常識からかけ離れた世界(異常)

 何が起こっているのか、なぜこんなことが起こるのか。

 そうした状況把握を行う暇もなく誰かが叫んだ。

 

「全員伏せろォォォっ!!」

 

 その叫び声が全員に届くか否か。

 鋼鉄の殺人兵器は静かにその唸りを上げた。

 

 

 




ちなみにそのころ、九校戦会場では。
真夜「ステンバーイ」

あとは分かるね?

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