お待たせして申し訳ありません。一万字超えましたが出来上がりました。それでは本編をどうぞ。
写真撮影など、なんやかんや色々あったが懇親会はいよいよ佳境を迎える。会場の奥に設置された一段高い壇上で、司会の女性の進行のもと、日本魔法界の名士たちが選手たちに挨拶やら激励の言葉を述べていく。対して、彼らの言葉を受ける選手たちは、世慣れしていない高校生らしく食事の手を止め、談笑を中断し、必要以上に真面目に耳を傾けていた。
(うーん。実に高校生らしい反応だ)
そんな周囲の反応を見て場違いにも「初々しいなぁ」と冬夜はのほほんとした感想を思う。普通の学校生活を送ったことのない冬夜は、妙に世間慣れしてしまった自分と対比してフレッシュさを感じていた。まるで中間管理職についているおじさんのような思考である。
「冬夜君、あそこにいる人たちと話したことある?」
「何人かはあるよ」
「……それはお仕事で?」
「仕事だったりパーティーだったり、色々だねぇ」
「ふーん」
グラスを片手に、笑顔のまま攣ってしまいそうな表情筋の痛みに耐えつつ合流した幼馴染の会話に合わせる。端から見れば両手に華(いつもの風景)。しかし、足下はヒールに両足の爪を正確に踏まれているため、すごく痛い。
彼女たちがなぜこんな不機嫌なのか、その理由は冬夜近くで見ていたので分かってはいる。しかし、いくら英雄でも、助けを求める声に答えられない時があるので当たらないでほしかった。
(日本人なら『その場の空気』ってやつには弱いから仕方ない……よね?)
と、長年一緒にいた幼馴染の危機よりも、ポッでの
グリグリと足先の爪が皮膚に食い込む
だが、壇上に立つ聞き流せない場合だってある。九校戦においていえば、あの人の事だろう。
(
かつて十師族という序列を確立した人物であり、黒崎厳一と政敵として争い合った、十師族の長老。二十年ほど前までは『最巧にして最強』と呼ばれた世界最強の魔法師だった人物だ。自分の母親も『師匠』と仰いでいたことのある魔法の使い手だ。
歴史上の人物といっても相違ない相手であり、また魔法師としても見習うべき相手だと冬夜は思っている。
(実際に目にするのは……母さんと引き合わせてもらった時以来か)
アメリカで自身の戸籍上の母親が本当の母親ではない事を知り、その後なんやかんや色々あって四葉真夜のことを知ったとき、一番最初に会うときにいろいろ手引きしてくれたのが彼だった。
今、自分の名が『四葉』になっている要因の一つは、あの時に老師が
思えば、黒崎厳一といいリーナといい、何かとこれまでの人生における重要人物とちょくちょく関係性を持っているのが彼だ。世間というものは広いようで狭い。
(そろそろ年齢も九十近いはず。今日は来ているのか……)
恩人の体調を心配するが冬夜が確かめるすべはない。悶々と思考を深めていくうちに、順調に挨拶や訓示は消化されていき、いよいよ九島老師の番になった。
かつて最強と呼ばれたその魔法力は今どれだけ残っているのか。
そもそも魔法を行使するだけの体力は残っているのか。
冬夜だけでなく、この会場に集まった全ての魔法科高校生が、固唾を呑んで九島老師の登壇を待つ。
だが、その凍りついた雰囲気は、すぐにどよめきの波にに変わった。
壇上に現れたのは九島老師ではなかった。
ライトの下に現れたのは艶やかなベージュのパーティドレスを纏い髪を金色に染めた女性だった。
意外すぎる事態に無数の囁きが交わされる。
壇上に登るのは九島老師ではなかったのか。
なぜこんな若い女性が変わりに姿を見せたのか。
もしやなんらかのトラブルがあり彼女が名代として派遣されたのか。
壇上を起点として、疑問の波は会場に瞬く間に広がっていった。
「あれっ?九島閣下じゃないんだ」
「どうしたんだろう……。なにかあったのかな?ねぇ冬夜?」
「……………」
「冬夜?」
雫が声をかけている間、冬夜は一心にその女性を見つめていた。 別にその女性に見とれていたわけではない。 かといって不審な点があったわけでもない。冬夜がその女性を見つめていた理由は
(……なにやってんだあの爺?)
壇上の上、ドレスを着た女性の後ろ。まるで悪戯っ子のように微笑む一人の老師の姿が見えていたからだ。
ここで冬夜はようやく、今何が起こったのかを理解した。
壇上に上がった若い女性と老師。しかし会場にいるほとんどが、若い女性にのみ目を向けていて、老師を目に入れてない。 普通に考えたらまず起こり得ないことではあるが、それがこの会場にいる全員に、一斉に引き起こされている原因はただ一つ。
(精神干渉系魔法)
恐らくは会場全てを覆う大規模魔法が発動しているのだ。 だが『目立つものを用意して人の注意をそらす』という改変は、事象改変と言うまでもない些細なもの。何もしなくても自然に発生する『現象』である。ただそれを、全員に、一斉に、引き起こすべく発動した、大規模ではあるけれども、かすかで、弱く、それゆえ気付くことの困難な魔法。
(これが、かつて『最巧』にして『最強』と呼ばれた魔法師の技──か)
素晴らしいとしか言えない見事な技法、冬夜は心中で感嘆の声を上げていたが、同時に苦笑もしていた。なるほど、確かにこの技術は素晴らしい。この結果は卓越した魔法技能があってこそものだろう。だが、あの無邪気な子供のような笑顔を見ているとここで魔法を使ったのは面白がってやったとしか見えない。これでは魔法の実演というより子供の悪戯だ。良く言っても
「もう。いい
「え?」
雫の戸惑いも無視して、冬夜は呆れ帰った目で老師を見る。 そんな冬夜の視線に気づいたのか、 女性の背後の老師が、ニヤリと笑った。その子供のような笑顔を見て、どうにも
老師の囁きを受けて、ドレス姿の女性はすっ、と脇へ消えた。 ライトが老師を照らし大きなどよめきが起こる。
ほとんどのものには、九島閣下が突然現れたように見えたことだろう。
老師は会場全体を見て、再びニヤリと笑った。どうやらこの悪戯に気づいたのは自分だけではないらしい。 老師の目は上機嫌そうに笑っていた。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」
老師の第一声は、選手たちに対する謝罪だった。
およそ実年齢よりでは考えられない程に若々しい声が、マイクを通して会場に響く。老師の突然の登場に心の隙を突かれたものは多くいたが、会場のざわめきは程なくして収まり、老師の言葉が続いた。
「今のはチョッとした余興だ。魔法というより手品の類と言える。しかし、私の見たところこの手品のタネに気づいたものは6人だけだった」
老師が何を言い出すのか、何を言いたいのか、大勢の高校生が興味津々の態で耳を傾けている。達也や冬夜といった手品のタネを見破った6人も、老師の卓越した魔法技術に魅せられながら聞いていた。
だがその後に続く言葉は、高校生たちの意識を変えるのに十分な威力を持っていた。
「もし、私が君たちの鏖殺を目論むテロリストだったとして、それを阻むべく行動を起こせたのはその6人だけだったということだ」
老師の口調は特に強くなったわけでも荒げられたものでもない。
だが会場は、それまでとは別種の静寂に覆われた。
「魔法を学ぶ若人諸君。
魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。
私はその事を思い出してほしくて、このようなイタズラを仕掛けた。
私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクのものでしかない。
だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私が現れると分かっていたにも関わらず私を認識出来なかった。
魔法を磨くことはもちろん大切だ。
魔法力を向上させるための努力は決して怠ってはならない。
しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。
明後日からの九校戦は、魔法を『競う場』であり、それ以上に魔法の『使い方を競う場』だと言うことを覚えてもらいたい。
私は、諸君らの工夫を楽しみにしているよ」
聴衆の全員が手を叩いた。
ただ残念ながら、一斉に拍手、という形にはならなかった。老師の話に実感が持てないのか戸惑っているのか、大半の選手はまばらに手を叩き始めて周囲はそれに合わせる形をとっていた。
だがそんな中で冬夜は盛大な拍手を送っていた。『さすが
現在の魔法師社会はランク至上主義。『才能主義』と言い換えても良い。属人的な才能がそのまま魔法師の実力に直結し易い今の環境で、工夫こそが重要なことを冬夜は身に沁みて理解していたからだ。
かつての旅の中で、冬夜は魔法師と戦ったことが何度かある。だが思い返してみれば『低ランクでも使い方の上手い魔法師』の方が『高ランクだが単純な使い方しか出来ない魔法師』よりも厄介だった。
それを言うだけでなく、分かりやすい形で実演してみせる。魔法を上手く使う工夫は、その目的が戦闘であれ文民であれ大切なことだ。それをこうもはっきりとした形で提示し、しかもそれをあっさりとやってのけることは、冬夜でも出来ない。
まだまだ、見習うべき相手は大勢いる。上には上がいる。──冬夜はそう思った。
「さて、私の話はここまでだが、実は諸君らにもう一つ話がある」
冬夜の心中とは違い、深海の中のように重い空気となっている会場で、老師は一転して弾んだ声で語り始めた。その表情は、最初に魔法を仕掛けたときと同じ顔。
「まーだ何か仕掛けてんのか」と、冬夜は喜々と拍手していたのも一転して、ため息をつきたくなった。
「悪戯好きの老師の悪ふざけだと思って付き合ってほしい。実はもう一人、この場に来ている魔法師の名士がいる。君たちもよく知っている魔法師だ」
例年とは全く違った流れに、今度は選手たち以外の人も動揺する。一つ一つは小さくではあるが、会場全体を見れば非常に大きな声で隣り合うもの人々に語りかける。
つまり、老師の語る人物とは誰なのか。
会場全体がざわつき始めたのを見て、さらに笑みを深めた老師はさらに言葉を続けた。
「普段表舞台に立つことがないので驚くだろう。しかし彼女もまた、君たちにとって見習うべき先輩であることに違いはない。今夜、彼女には協力してもらってこの会場へとひっそり来てもらっている。
さて諸君。シンキングタイムは一分だ。その人物がどこにいるのか、当ててみたまえ」
老師のその言葉を皮切りに、ざわつきは喧騒となって会場内に広がる。さながらボヤが燃え広がって大火事となるように、会場内にいた誰しもが口々にあーでもないこーでもないと疑問をぶつけ合う。
ある人は魔法で隠れているのかもしれないと言って会場内を見渡してみる。
またある人は実は閣下の後ろにまだいるんじゃないかと疑って、閣下の背後や隠れられそうな場所を懸命に注視する。
冬夜の両隣にいる幼馴染たちも、同じように話し始めた。
「誰が来ているんだろうね雫?」
「この状況で閣下が言うぐらいだから、多分超一流の実力者だと思う」
「んー……冬夜くんとか?」
「オレは演説のオファーなんて聞いてないぞ」
「あ、それじゃあ……冬夜くんの会社の人とか?」
「それはあり得るな。モニカあたりが出てきそうだけど……。でも、それだと『ひっそり来てもらう』ことにはなってないんだよなぁ。だって
「あ、それもそうか」
「冬夜、魔法で姿隠している人とかいないの?それならひっそり来てもらうことにはなるよね?
「いや。残念ながら会場で魔法は使われていない。存在探知で探ってみても魔法で隠れている人は誰もいないよ。第一、光学迷彩が使われたのなら、ほのかが感知してなきゃおかしい」
「そうなの?」
「うーん。とりあえず変な光の揺らぎは感じなかったよ」
「そっか。じゃあ、どこにいるんだろうね?」
「そもそも、魔法なんて使われてないかもしれないぞ?そしてオレたちはもう、その人を目にしているかもしれない」
「えっ。それってまさか──」
「一分だ。さて、答えは出たかな?」
ほのかと雫の疑問に答える前に
再び会場全体が、老師の声を待つ。興味津々に耳を傾けながら、老師の解答を待つ中で、悪戯好きの老師はまたも楽しげな笑みを浮かべたまま次の言葉を語る。
「では、君たちを代表して一人に答えてもらおう。第一高校一年、四葉冬夜くん。答えは出たかね?」
なんの脈絡もない突然のフリに、冬夜は思わず身構えた。
幼馴染たちは驚いて、冬夜から自分たちの足を離し、両サイドからその顔を見た。雫たちだけでなく一高の同級生や先輩。いや、会場内にいる選手の誰しもが、冬夜の方へ目を向ける。
会場全体の視線を一身に受けて、まるでギリシア神話の怪物に石化されたように固くなった冬夜に、老師は挑発するように言葉を続けた。
「私が
(この爺、オレを試す気か!)
何を思ったのか知らないが、このクソジジイは将来有望な若者を弄って楽しむつもりらしい。会場の端の方で何人かの元部下たちが敵対意識を老師に向けたのを冬夜は感じ取る。
何が理由で、何の目的で、などと考えている時間も余裕もない。そもそも心当たりがないので当たりのつけようがない。
とにかく、彼らが暴走しないうちに場を鎮めてしまおうと、冬夜はクソジジイの挑発に乗る形で答えを出す。
「その人がいる場所とは、先程閣下が耳打ちした女性でがいる場所ですよね?」
迷いもせず、指を突きつけてステージの端、先ほどスポットライトの光を一身に浴びていた女性を指す。会場の幾割の人間は一斉にその女性へ目を向けたが、彼女は動じてもいない。
「ほぅ」と、楽しんでいることが見え見えな老師は表情を変えず、そのままマイク越しに問いかける。
「その答えの根拠はなにかね?どんな魔法が使われていたのか、君には分かったのかな?」
「根拠なんてありません。ただの勘ですよ。
しかし、かの九島烈が似たような手品を全く同じトリックで行うとは考えられませんでした。
選りすぐりの魔法師の卵たちがいるこの場において、魔法を使って姿を隠そうとする考え方はごく自然。
訓戒めいた言葉を語るのであれば、今度は魔法に寄らない方法で身を隠していると思いました」
ミステリーの主人公のように、すらすらと自らの推理を口にする冬夜。しかしその理由はこの場でとってつけたでっち上げに過ぎず「これ外したら大恥だなぁ」とドキドキしながら答えていく。
「魔法に寄らずに姿を隠す方法も、考えればいくらでもあります。
ですが、ここはあえて、その人は私たちの前に
悪戯好きのあなたのことだ。『ひっそり来てもらっている=姿を隠せているはず』という思い込みぐらい突いてくると思いましたから。
そして、今の推理に該当するのは恐らくそこの女性。……と考えただけです。
確実な証拠なんてなにもない、ただの妄想ですけどね」
「ふむ。単なる妄想にしては筋が通っているな。
だがしかし、お見事と言っておこう。正解だ」
老子が拍手して冬夜を褒める。ほかの選手たちもまばらを手を叩く音を聞いて、冬夜は安堵した。どうやら自分は危機を乗り越えたらしい。唐突に褒められるのも困るが、それ以上にいきなり試されるのは困る。はた迷惑な爺さんだがこれでもう問題ない──
「では諸君らに紹介しよう。四葉家当主、四葉真夜殿だ」
前言撤回。危機なんて乗り越えてなかった。
むしろ、これからが本番だった。
四葉真夜。その名前が出てきた時点で拍手は一斉に鳴り止んだ。そして多くの選手がステージの端からマイクに向かって移動するドレス姿の女性の動きを目で追いかける。
その中でも深雪は「なんで叔母様がここに!?」という驚愕と恐怖の入り混じった表情が鉄面皮の殻を突き破って出てきており、達也に至っては「そういえば青木さんが忠告してたなぁ」と他人事のように現実逃避していた。……ちなみにこの二人、胃薬は持ってきていない。
そして冬夜と近しいほのかはパニックで脳内回路がショートして思考停止状態に陥り(再起動まであと十秒)
雫は「あれが冬夜のお母さん」と将来の姑の姿を目に焼き付ける。最後に冬夜は「あー……来ちゃったかぁ……」と全てを諦めた。まさしく魔王降臨である。
魔法を使わず、閣下からのオーダーを受けてあえて『変装』という手を使った真夜は、マイクスタンドの前まで来ると変装を解いてその素顔を衆目の前にさらす。
【
【四(死)の魔法師工場】
【日本国内における最恐の魔法師一族】。
数々の悪名で知られる『四葉』の当主。それが公の場にこうして現れた。
この場に集った人々は比喩抜きで「これはなにかの夢なのか?」と本気で自分の頬を抓った。それ程までに、真夜の登場は老師以上に衝撃的な出来事だった。
「初めまして、魔法科高校の皆さん。四葉家当主、四葉真夜と申します」
滅多なことでは公の場には出てこない真夜の声が、マイクを通して会場内に響き渡る。
優しい声だ。そして、ドレスの裾を掴み優雅に一礼するその姿は、本人の美貌も相俟って非常に絵になっていた。しかし、四葉の噂のことも含めて、彼女が何もしていなくても、ただ単に声を発しただけで威圧感のようなものを感じる。
女王様のようだ。会場内にいる誰かはそう思った。
「私がここにいる事に、驚いている人も多いでしょう。
けれど……ふふふ。そんな身構えなくても大丈夫ですよ。取って食うわけではありませんから」
にっこり笑って冗談めかしく言ってみる真夜。本人としてはリラックスさせるつもりで言ったのだが、実際には獲物を見つけた狩人の声にしか聞こえなかったため、幾人かの選手たちがさらに緊張を高めていた。
「さて、先程閣下が『魔法の使い方』を教授してくださったので、私は別のことについて語るとしましょう。
この中で、将来軍や警察関係者を志望している者は幾人かいらっしゃるでしょう?」
魔王の目が会場内を見渡す。わずかでも反応があった者となかった者。およそ半数ずつに結果は別れた。
殆どの選手たちが息を殺すように、身を固くしながら真夜の言葉を聞いている。
「魔法さえ学んでいれば誰でも強くなれるわけではありません。私が実演して見せたように、魔法を使わなくても人を欺くことは出来ます。
やろうと思えば、魔法を使って鏖殺は出来ない人でも、
人間なんて、ナイフ一本あれば事足りますから」
その冷徹な視線もあわさって学生たちは皆背筋に冷たいものが走る。どこからともなく取り出した食事用の銀ナイフ。それを器用に真夜はクルクル回しているが、見ている側からはそれがまるで心臓に突き刺さったイメージさえ抱かせる。
会場内でも失神寸前になりそうな人もちらほら見え始めた。
「皆さんは魔法科高校に通う生徒たちの中でも、特に実力のある方々なのでしょう。
であればなおのこと、魔法にのみ傾倒するのではなく魔法以外のことにも目を向けなさい。
年寄り臭いですが、若いころに経験しておいて損なことはありません」
ホントに年寄り臭いな。と息子は喉から飛び出しそうになった一言を必死で飲み込む。若作りしていてもやはり中身は四十を超えたおばさん。演説もどこか説教じみたものになっている。
(小学校時代、授業参観を嫌がっていた雫の気持ちがようやくわかるとはなぁ……)
現在進行形で羞恥プレイを味わっている冬夜は変わらず、諦観して現実逃避に勤しんでいた。
「それは武術でも名詠式でも、変装術でも構いません。恋や友情でも良いでしょう。
──興味があるなら、まずは齧ってみなさい。
そして可能なら、長く続けなさい。
そうして、最後に工夫をしてみなさい。
その経験はきっと魔法を使う際のイメージの起点に繋がりますわ」
そう、真夜が語り切ると会場内の光が一斉に消え失せた。
停電でも起こったかのように唐突に、ロウソクの火を吹き消した時のように光が消えて、選手たちは少しだけパニックに陥る。周囲が三度ざわつく中で、達也と冬夜だけはCADに格納している起動式の読み込みを開始していた。
(やるとは思えないけど、構えておいて損はない……!)
周囲の光が真夜の手によって奪われる、この現象を引き起こす魔法に二人は心当たりがあった。殺傷力の高いその魔法を、今この場で使う可能性はゼロに近いと二人共理解しているが、反射的に準備してしまう。
そんな息子と甥の気持ちを知ってか知らずか、真夜の魔法は魔法式に記述された通りに現実を書き換える。
「それを突き詰めれば、例えば、こんな魔法だって使えるようになるでしょう」
対抗魔法の投影準備状態まで二人が完了したところで、天井に明かりが戻った。
ポツリポツリと、一つ一つを見ればか細い光。明暗、大小様々な光が暗闇に支配された会場内を照らす。魔法によって歪められたそれらの光が無数に集まり、室内に一つの光景を映し出す。
想像に反した光景に、達也と冬夜は気を引き締めながら、どこか意外そうに天井に映し出されたその景色を見る。他の選手たちはむしろ、恐怖そのものを忘れてその幻想的な景色に見惚れていた。
……プラネタリウムそのものは、今時どこでも見られるものだ。機械さえ用意すれば、自宅でも見る事ができる。だが、魔法によって再現された夜空は、そんなありきたりなことを忘れてしまう『なにか』があった。
それはきっと──
「では、皆さんのご活躍を、楽しみにしています」
その続きを綴る前に、真夜の魔法は終了した。
元の会場、元の煌びやかな光に戻ったところで真夜は一礼をして老師と共にステージから去っていく。束の間の幻想に囚われていた選手たちは、ハッとして両腕を動かす。
そうして、九校戦始まりの懇親会は、拍手と共に終わりを告げた。
◆◆◆◆◆
「凄かったよねあの魔法!アレが冬夜くんのお母さんかぁ」
懇親会が終わり、選手たちがそれぞれ割り当てられた部屋に戻った後。雫とほのか、そして深雪の三人はお喋りに興じていた。
九校戦の開催中、選手たちは二人一組で一つの部屋に寝泊まりすることになる。この三人で言うならば雫とほのかがペア、深雪は一年C組の滝川和美という少女と同室だ。しかし、和美が上級生と一緒に動くことが多いため、深雪は雫たちと一緒にいる。
女の子のお喋りと言えば恋バナやおしゃれ、というのが普通なのかもしれないが、ここ最近の彼女たちの話題はもっぱら九校戦だ。そして今夜、興奮覚めやらぬとほのかが切り出したのは、やはり『四葉真夜』についてだった。
「私、冬夜くんのお母さんのこと初めてみたけど、凄くキレイだったなぁ。ねぇ、雫はどう思った?」
「ほのかと同じ。でも目元とか冬夜そっくりだった」
「あら、雫はよく見ているのね」
「そりゃそうよ。だって雫のお義母さんになる人だよ?気にしない方がおかしいって」
ニヤニヤと笑うほのかと恥ずかしそうに枕を抱き締める雫。その二人をにっこり笑って見ている深雪。表面上はいつも通り仲の良い三人だったが、深雪の本心は別のところにあった。
(叔母様との関係は絶対に隠し通さなければいけないわ。バレないように慎重にならないと。けれど、なぜ叔母様は九校戦にいらしたのかしら……?)
半分恐怖、半分疑問に満ちた心で真夜の話題を続ける深雪。真夜がここにいる以上、うっかりここで真夜の悪口でも言うものなら後でどんなことになるか分かったものではない。年を取ると地獄耳になるなんて噂話を耳にしたことはあるが、どこで真夜の耳が届いているか気が気ではない。
(とりあえず今後の振る舞いについて、お兄様に相談しなければならないわね)
それだけは絶対にやらなければならないこととして、心に決めておく深雪。立場上、あまり触れられては欲しくない話題だったが、冬夜との関係上、この二人も真夜とは無関係ではいられないため真夜についての話を完全に避けきるのは難しい。
頭の痛くなる事が起きてしまったと、深雪は少しだけ真夜に恨み言を言いたくなった。
「ちなみに雫?お義母さんとの挨拶のシミュレーションはもう済ませてあったりするのかしら?」
「もう深雪まで。私はまだ冬夜と付き合ってないんだから、そんなこと想像しないよ。結婚前じゃあるまいし」
「普通恋人じゃない男女は、同じベッドの中で寝泊まりしないわよ」
「私の部屋には大きいのしかないんだから仕方ない」
「あれ〜?雫の家には冬夜くんの部屋もあったような気がするけど〜?」
「冬夜が寂しがるから一緒に寝てるだけ。変なことはしていない」
「ふーん。そうなんだぁ」
「じゃあそういうことにしておきましょうか」
「……一応言っとくけど、交流会の時のこと、まだ根に持ってるから」
「「え?何のことだから分からないなぁ(わ)?」」
HAHAHAと笑う二人にしかめっ面をする雫。そもそもお義母さんがいるからといってどうこうしなければならない理由はないのだ。まだ自分たちは高校生で、結婚できるわけではないのだから。
分かってないならそれを分からせるつもりだが、この二人に限っては分かった上で自分をネタに楽しんでいるのだからタチが悪い。
せめてもの意趣返しに今度は達也についてでも話してやろうか。そう、いつものパターンに持ち込もうと雫が口を開くと
コンコンと、扉をノックする音が聞こえた。
三人が顔を見合わせて扉を見る。現在時刻は十時。まだそこまで遅い時間ではない。だが今日一日だけでも色んなことがあった。深雪たちのようにしている人もいれば、既に床についている人もいる。はっきり言えば、来客に心当たりはなかった。
しかし、それでもノックされたことには変わりない。三人を代表して雫が、扉を開けることにした。
「夜分遅く失礼いたします。北山雫様と光井ほのか様のお部屋は、こちらでお間違いないでしょうか?」
「そうですけど……。あの、どちら様でしょうか?」
「申し遅れました。私、四葉真夜様の名代で参りました、葉山と言います。以後、お見知りおきを」
扉を開いた先にいたのは、初老の執事だった。
深々と一礼をした執事は自らの素性を明かし雫に挨拶をする。扉越しから葉山が来たことに気付いた深雪は、それとなく居住まいを正して緊張で身を強張らせる。ほのかは葉山の名乗りを聞いて「四葉真夜!?」と驚き、オロオロする。雫は扉の前にいる義母(予定)からの使いにどうしたものかと考えて、とりあえず部屋の中に入れるべきかと、扉を大きく開けた。
「……どうぞ」
「お気遣いありがとうございます。しかし今夜はもう遅いですし、真夜様からの伝言をお伝えしたら早々に去ろうと思います」
「で、伝言!?」
噂をすればなんとやら。先程口にしていた話題なだけあって、ほのかが飛び上がるように反応する。そんな彼女とは対象的に、深雪と雫は努めて冷静に葉山が持ってきた伝言に耳を傾ける。
「奥様は冬夜様の幼馴染であるお二人と、是非話をしてみたいと申しております。
もしお二人の都合がよろしければ、明日お二人にお会いしたいと」
「えっ」
あまりにも急な、そして脈絡もない言伝に雫が間抜けな声を出す。やっぱり冬夜関連だったのは予想内なので驚きはしなかったが、思わず振り返って室内にいる二人と顔を見合わせる。
お会いしたい。つまりこの葉山という男性が来た要件はつまるところ──
(まさかお呼び出しだぁっ!?)
ちょっと屋上まで来いよテメー、という不良マンガお決まりのアレである。逃げることも断ることも出来ない。そうしたら
「………分かりました。いつ頃お伺いすればよろしいですか?」
「!?」
「何時でも。真夜様はお二人のご都合に合わせると申しております」
「では、明日の午後2時でどうでしょうか?」
「かしこまりました。光井様も同じ時間でよろしいですかな?」
「へっ!?あ、ひゃい!」
「では、明日の午後2時で。夜分遅く失礼致しました」
あっさりと「その喧嘩、買うぜ!(※意訳)」と二つ返事を返す雫。自分の相談もなしに決められたことにほのかは状況について行けなくなっている。けれど冷静になったときにはもう遅い。弁解をする前に、約束を取り付けた葉山は帰ってしまった。
「Oh No……」
彼女たちの明日は、どっちだ。
ほのかは今日一日が人生史上稀に見る厄日であることを、認定した。
最も伝わりやすく次回の内容を語ると次のようになる。
──次回、「雫死す」デュエルスタンバイ!
さて、次回投稿はなるべく早く頑張るぞ!