魔法科高校の詠使い   作:オールフリー

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仕事が、忙しい……!

申し訳ないですが、連日の残業で時間が取れておりません。

エタるつもりだけはないので、長い目で見ていただけると嬉しいです。


嵐の前の静けさ

「で、結局どうだったの?」

「え、なにが?」

「なにって、今日の呼び出しのことよ」

 

 懇親会の次の日の夜。

 いや、真夜との対話があった日の夜。

 司波深雪は堪えきれずに、思い切って二人に聞いてみた。

 

「あ、やっぱり気になる?」

「ならない訳ないじゃない。結婚前の嫁姑の会話だなんて、気にならない方がおかしいわ」

 

 それ以上に()()()とどんな会話をしたのかが気になって仕方がない──という本心はひた隠しにして、いつものように話し掛ける。昨夜、いきなり四葉の筆頭執事(葉山)が訪ねて来たのは驚いたが、深雪はそれ以降のことを何も知らないのだ。もちろん真夜と二人の間に何があったのかは、達也でさえも知らない。

 二人が無事生還したことを喜ぶのも大切だが、それ以上に深雪にとって畏敬の対象である真夜が雫に対してどのような裁定をしたのか、好奇心を抑えることができなかった。

 

「うーん。別段面白いことなんて何もなかったよ?」

「またまた。はぐらかそうったってそうはいかないわよ」

「本当なんだけどなぁ」

「冬夜くんの昔話しかしてなかったよね。大体は」

「うん。小学校時代のこととか話した」

「………それだけかしら?」

 

 深雪が疑惑の目を二人に向ける。「それだけではないはずだ」と四葉の娘としての勘が囁いているのだが、二人の顔を見る限り、どうにも嘘をついている風には見えない。

 

(まさか本当に、ただ単に話をしただけなのかしら……?)

 

 真夜のことだから、二人のことを青田買いするつもりで呼び出したのかもしれない、と考えていたが違うらしい。雫もほのかも魔法の潜在能力(ポテンシャル)は高い。特にほのかは『光井』のエレメンツ。上手いこと忠誠心を持たせられれば戦力になるはずと考えている。雫は物資方面でのインフラという意味で北山財閥との大きなパイプとなるだろう。引き込むのに魅力的なものを持っている二人に対して、そういった勧誘の話はしなかったのだろうか。

 

(でも、直接聞いたら流石に失礼よね)

 

 それに四葉との関係を疑われても困る。だがどうにも真実が分からない以上、モヤモヤしたものが残るのは仕方のないことだ。どう聞こうものか、深雪が悩んでいるとほのかが深雪の懸念とは別の意味で爆弾を投下した。

 

「後は、冬夜くんが女装したまま女学校に通ってた話とか、コスプレして悪者退治してた話ぐらいだったよね?」

「うん。そう」

「なにかしらその面白そうな話」

 

 なにかと話題の絶えない冬夜だが、その中でも(本人にとって)黒歴史の臭いがする話題に深雪も興味を示す。上手い聞き方が思い付くまで、とりあえず聞いてみようと身を乗り出す。

 ──と、ここでタイミングよく扉をノックする音が聞こえた。時刻は昨日と同じ十時。来訪者がいてもおかしくはない時間だが、昨日のことが尾を引いて三人ともビクッ、と反応した。

 「もしかしてまた葉山が来たのだろうか?」と身構える三人。しかし出たくはないが、出てみなければ話にならない。三人は恐る恐る、扉に近づいて探るように扉を開けてみる。

 

「こんばんわ〜」

「あらエイミィ。どうしたのこんな時間に」

 

 扉の向こうにいたのは英美だった。とりあえず、予想していた人物とは違う明るい声が聞こえてきたことに安堵する三人。ノックの音に反応してガチガチに固まっていたほのかも、緊張を解く。

 そんなほのかとは違い、深雪はすぐに用件を聞いた。彼女が部屋を訪ねてきた理由が思い浮かばなかったのである。見たところ、手に小さなバッグを下げているため、どこかへ遊びに行こうというつもりなのか。

 そんな深雪の疑問に対し、英美の解答は実にシンプルなものだった。

 

「うん、えっとね。温泉に行くわよ!」

「「「温泉?」」」

 

 三人は赤毛の少女をマジマジと見つめていた。

 

◆◆◆◆◆

 

「………昨日の襲撃は無頭龍(ノーヘッドドラゴン)の襲撃ではない可能性がある、と?」

「あぁ。少なくとも機関銃に関してはだが」

 

 同時刻。

 ホテル内の一室にて、冬夜はモニカから報告を受けていた。二人共、警備(運営側)と選手という立場にあるため、誰にも知られてはならない秘密裏の会合だ。本来ならこんな会合の予定などなかったが、モニカからお願いされたため、空間転移を使って人目に触れないように会うことにした。

 ちなみに、今は二人共業務時間外のためフラットな口調になっている。仕事のオンオフは重要なのだ。

 

「無人トラックに自動操縦の機関銃を十台、加えてオフロード車の自爆特攻。全てがまるで()()()()()()()()()()タイミングで来たアレが、実は別々の相手から同時に受けた襲撃だったと?信じられないな……」

「しかし、そう考えると辻褄が合うんだ。

 ……冬夜(ボス)、移動時に一高のバスを襲撃して一番メリットがあるのは誰だ?」

「他校の選手」

「……トトカルチョの参加者限定で頼む」

「それじゃ一高が負けて一番金が手に入る組織(ところ)。アルマデルに聞いた話だと、確か胴元のはずだけど?」

「そうだ。胴元の無頭龍(ノーヘッドドラゴン)が一番怪しい。しかしだ、逆にこう聞かれたらどうなる?」

 

 衝撃の事実を前にして冬夜も瞠目する。モニカはコーヒーが注がれたカップを冬夜の前に出し、カップを片手に腰掛ける。冬夜がモヤモヤが晴れない表情で彼女を見ている。モニカは無糖(ブラック)のコーヒーを一口飲むと、会話の続きを述べた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………無頭龍、だな」

「そう。胴元が疑われる。なぜなら利益が上がるから。()()()()()()()。無人トラックにM2重機関銃十台なんて、誰がどう見ても殺意のある攻撃だ。今の状況で無頭龍があんな攻撃を仕掛けてくる理由がない。

 もし襲撃があるにしても私だったら、事故に見せかけて抹殺するだろう。となると、少なくとも後からやって来た自爆攻撃は、無頭龍の攻撃と考えられる」

「そういうことか……」

 

 モニカの理屈に基づいた考察に冬夜は頭を抱える。目の前にあるカップへ砂糖を二杯分入れて掻き混ぜてから、グイッと黒い液体を飲み込んだ。

 頭が覚醒した感じはするが、考えが纏らない。この期に及んでまだ不幸が降り掛かってくるのか、不幸にも程があるだろうと自分自身に対して嫌気が差してきた。

 

「そうなると、問題は銃撃してきた方だな。予想は付いているのか?」

「いや全く。全然思い当たるところがないんだ。

 なにせ、我らが創立者はここ最近になってようやく、魔王の血族だと証明されたばかりだからな。四葉の目も出てきたこのタイミングで、わざわざ襲ってくる敵がいるとは考えられない」

「なるほど。だから無理をしてでも会いたいって呼ばれたわけか」

 

 ここでようやく、冬夜はここに呼ばれた理由を理解した。IMAやCILとして考えられうる敵は出てこない。モニカもパッと思いつく敵はいない。ならば誰かと、冬夜に聞いているのだ。

 この状況で仕掛けてくるとすれば、おそらく──

 

「………まぁ、この状況下でも仕掛けてくる相手は一人ぐらいしか思い当たらないな」

「思い当たる節があるのか!?」

「確証のない単なる勘だけどな。けどそれにしてはあまりにも……」

「どこなんだ?もったいぶらずに教えてくれ!」

 

 まさかの返答に今度はモニカが驚きに目を見開く。ボスでも心当たりはないだろうと高を括っていたのだが、思わぬ収穫だった。

 冬夜が思考の海に浸かってしまう前にモニカは聞く。冬夜は、彼にしては珍しく歯切れの悪そうな顔をして答えた。

 

()()()()だよ。もしくは黒崎家、でも良い」

「黒崎?ボスの生家の?」

「あぁ。けど、生家というより『血の繋がっていた赤の他人が住んでいる家』という方が正しい」

 

 苦々しい顔と共に冬夜が訂正を求めた。雫とほのかという存在がなければ、間違いなく死んだように生きていたあの頃。あの家には良い思い出がないため、あまり思い出したくないことだった。

 

「その赤の他人が今更干渉してきたと?五年前に闇に葬って、存在そのものをなかったことにしたのにか?」

「葬ったからこそ、攻撃を仕掛けたのかもしれない。連中にとってオレは、なかったことにしたい存在だったからな」

 

 冬夜のその言葉に、モニカが嫌そうな顔をする。冬夜と黒崎家は、もう五年も前に関係が切れているのだ。ここで冬夜が現れたからと言って、彼らにはなんら関係がない。わざわざ、あんな大仰な装置まで作って抹殺に来る理由はないのだ。

 それでも襲ってきたのだとしたら──余程、黒崎家は黒崎冬夜の生存を許せないのだろう。何が彼らをそこまで駆り立てるのか分からないが、全く持って普通じゃない。

 これから冬夜に襲い掛かってくるであろう試練を思って、モニカは黙っていることしか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆

 

「わぁ……」

 

 ところ変わって、ホテル地下の大浴場。

 ホカホカと湯気が漂う中で、英美は感嘆の声を漏らした。

 ここはホテル(軍の施設)内にある医療目的の療養施設であり、レクリエーション施設として作られた場所ではない。なので大浴場と名前が付いているものの、十人程度しか収容することが出来ず、また入るときは湯着を着用するルールが定められている。温泉と言うには面白みも何もない場所ではあるが、彼女の中の日本人の血が騒ぐのか、この場所で彼女は称賛の気持ちが溢れてきた。

 けれど、そんな気持ちを出させたのも、軍の施設を利用できるようにしたのも、英美が試しに頼んだからこそであって、物怖じしない彼女の美点が生かされた結果である。

 

「ほのか、スタイル良い〜」

 

 …………………………感嘆の声を上げるポイントが違っていた。温泉へのお膳立てをした彼女は今、別のことへ興味を向けている。

 具体的にはほのかが持っているメロン(二玉)にである。

 

「ねぇほのか」

「なっ、なに!?」

 

 チームメイトから漂ってくる不穏な雰囲気に、ほのかは悲鳴に近い声を上げる。湯着の胸元を引き寄せて、身を守るように後退するが、英美の進軍は止まらない。

 

「剥いていい?」

「いいわけないでしょ!?」

 

 そして漏れた欲望に反射的にほのかが叫ぶ。助けてを求めてほのかが浴室を見渡す。チームメイトは全員湯船に使っていふか、浴槽の縁に腰を下ろし、足を湯をつけている。そして一人を除いて彼女たち全員は英美と同じような目で笑っていた。

 つまり、救いの手はないということである。

 

「雫っ、助けてっ!」

「…………エイミィ」

 

 ほのかは唯一の例外だった彼女助けを求める。地獄に落ちる一本の蜘蛛の糸にすがる思いだ。雫はおもむろに立ち上がって英美に静止の言葉をかける。

 

「GO」

「ラジャー!」

「なんでぇっ!?」

 

 そして、そのまま野獣の手綱を手放した。完全におっさん化した英美は両手をワキワキさせながらほのかが逃げられないよう立ってにじり寄る。

 英美の顔は笑顔だ。悪ふざけでやっているのは分かる。分かるが──冗談で済ませる気はないらしい。

 野獣の手に掛かる前に、ほのかは雫の方を向いて悲痛な叫びを放つ。

 

「雫、どうしてっ!?」

「だって、ほのかおっぱい大きいし」

 

 平原のごとく凹凸のない体を哀しそうな目で見下ろして、雫は個室サウナへ姿を消す。彼女がサウナ室の座席に腰掛けたと同時に、ほのかの悲鳴が浴室に聞こえてきた。

 

◆◆◆◆◆

 

「ううう……酷いよ雫ぅ……」

「交流会のときの恨み、思い知ったか」

「アレはアレで必要事項だったじゃん!」

「いやー、あの時の雫可愛かったなー」

「そうだよね〜。嗜虐心がくすぐられるというか」

「二人共良い感触だったよ〜」

 

 とりあえずここにいるほのかを除いた女子全員は、一度ハンマーで頭を強打したほうが良いと、雫は本気で思った。特に最後のセリフを言ったエイミィ。

 また変なことされないように警戒は怠らないでおこう、雫は肩までお湯に浸かりながらも緊張を解ききることはしなかった。

 

「みんなどうしたの?なんだか騒がしいようだけど」

 

 と、ここでシャワーブースから戻ってきた最後の一人(深雪)の声が聞こえてきた。長い髪をアップに纏め、湯着を着直した彼女に視線が集まる。

 

 その姿は、完璧だった。

 

 以前から深雪が度を超えた美少女であることは学年を超えて学校全体の共通認識だった。しかし、裸に最も近い姿で改めて彼女のことを見てみると、その美しさを再認識させられる。

 薄地の湯着は、シャワーを浴びた後の肌に残る水気と浴槽から立ち上る湯気で体に張り付き、深雪の女の子らしいラインを、張りのある胸の双丘も含めてくっきりと浮かび上がらせている。

 前袷(まえあわせ)からのぞく、ほんのり上気した桜色の胸元。短い裾からすんなり伸びた、まばゆい程の白さの、非の打ち所のない脚線美。

 艶めかしい。

 同性ですら惹きつけてやまないその美貌は、この場にあっても──否、露出の少ない湯着姿が、より深雪の美貌を際立たせ、鮮烈な色香を醸し出していた。

 

「えっ……と。何かしら?」

 

 思わず足を止めてたずねるも、深雪の問いに答えるものはいない。

 注がれる視線の数も減らない。

 皆、互いに同性であることを忘れてしまう程に衝撃的な、言うなれば天然の絵画を見たときのようなショックを受けていた。

 

「……………ハッ。ダ、ダメよみんな!深雪はノーマルなんだからっ」

 

 自然の美がもたらした不自然な沈黙は、ほのかの声で破られる。その声が呼び声となったのか、全員の意識が正常化していく。

 

「いやー危なかった。思わず見惚れてしまっていたよ」

「深雪の白い肌……。うん。危険だね」

「チラリズムの恐ろしさを味わったよ」

 

 うんうん。と互いに頷き合って「同性でも構わない」と少しでも過ぎった自分を自制する。交流会の時の雫と同様、勢いに任せて深雪を裸に剥きたいという衝動が何人かの心のうちに生じたが(隠されているものを見たいという好奇心である)、蛮勇に身を任せて死ぬつもりはなかったため、全員口にも出さず忘れるようにした。

 それでも、深雪の魔力に惑わされないよう、幾人かは深雪と距離を取って自身の制御を誤らないようにしていたが。

 

「もう!からかうのもいい加減にして」

 

 チームメイトがどういう視線で自分を見ていたのか、それを察した上で深雪は勇敢にも彼女たちと同じ浴槽に足を踏み入れる。淑やかに膝を折って、湯船に身を沈めるだけだというのに、それだけの仕草でまたチームメイトの心を鷲掴みにする。

 横入りになって首まで浸かると、襟がお湯の流れに揺れて、刹那、深雪のうなじが大きく露になる。それだけで、誰かがため息をついた。

 冗談でも悪ふざけでもない、妖しい雰囲気。もしこのままの雰囲気が続いていたのなら、深雪の貞操は危なかったかもしれない。

 けれど、今度は雫が柏手を打って皆の目を覚まさせた。

 

「みんな、気をしっかり」

 

 皆、頭を振るなどをして精神を立て直す。

 一人取り残された深雪は、お湯に浸かりながら曖昧な表情をしていた。

 

 

 ちょっとしたハプニングがあったものの、少女たちがいつもの調子を取り戻してしまえば、浴室は賑やかなさえずりで満たされる。

 女の子のお喋りといえばオシャレと恋愛話──と決まっているわけではないが、それらが彼女たちのお気に入りの話題であることは違いない。

 

「で、結局どうだったの?お義母さんとの対談は?」

 

 なので深雪の時と同様、今日の会談のことが話題に上がるのは必然と言えた。

 

「………深雪もそうだったけど、やっぱりみんな気になるんだね」

「そりゃねぇ〜。同級生の恋路、っていう理由もあるんだけど、なにより()()極東の魔王が出てくるんなら、大人でも気にするよ」

 

 うんうん。とその場にいた全員が(深雪も含めて)同意を示す。付かず離れずの甘酸っぱい(?)恋模様を繰り広げている彼らの話題は、入学当時からお世話になっている恋愛話(スイーツ)だ。その恋路に片棒を担いだこともあってか、その結末には大いに興味がある。その結末に影響する人物と会ってどうなったか?など、彼女たちが知りたい、いや『知らなければならないことだ』と思っている。

 そして、会談に呼ばれたほのかは優しく微笑んで、雫は照れくさいのかちょっぴり頬を紅くして会談の結果を発表する。

 

「うんまぁ、結論だけ言うと」

「「「うん」」」

「『冬夜のこと、よろしく』って言われた」

「「「……………え、うそぉ!?」」」

 

 予想通りの答え──しかし予想通りの答えだからこそ、彼女たちにとっては予想外の答えが返って来たことに驚く。

 

 つまり、雫ちゃん大勝利である。

 

◆◆◆◆◆

 

「ふぅ。偶にはこうしてのんびり過ごすのも良いものね」

「左様でございますな奥様」

 

 同時刻。

 夕食も終えホテルの部屋へと帰った真夜は、紅茶を飲みながら読書をしていた。九校戦のために時間を開けたとはいえ、彼女からしてみれば久しぶりのオフ。たまにはのんびり時間を過ごすのも良いだろう。溜まりきっていた本を消化するのにいい時間だ。丁度一冊読み終えて本を閉じた彼女は、伸びをして血液の流れを良くする。

 真夜の後ろに控えている葉山も、いつになくご機嫌な真夜の声を聞いて顔を綻ばせていた。

 

「冬夜が来てしばらくの間、ずっと忙しかったですし……。あちこちに出向くのも第一高校に入るまでと思いきや、まさか入ってからが本番だとは思わなかったわ」

「冬夜様は人気者ですから。仕方ないかと思われます」

「そうねぇ。十五歳の少年に頼りすぎだと言いたくなりますけど、学生になっても仕事が舞い込んでくるのは喜ばしい……ことなのかしら?」

「喜ばしいことだと思われます。学業にも支障が出ないよう、上手く調整しておられるようで」

「遅刻が多いそうですけどね?」

「今度からはシンバルを使うことを水波に許可してあります」

 

 朝が騒がしくなりそうねぇと、真夜が楽観的なことを言う。一口喉を湿らせてから、次の本へと手を伸ばす。しかし、彼女が本の一ページ目を目にする前に、後ろに控えている葉山が口を開いた。

 

「しかし意外でした。真夜様があんなことを仰るとは」

 

 基本的に仕事以外は無駄口を叩かない彼から話題を振ってきただけに、真夜は『珍しいこともあるものだ』と思う。真夜は手に取った本を元の場所に戻して後ろを見た。葉山が聞きたがっていることといえば、おそらく今日のことだろう。

 

「北山さんのことかしら?」

「左様でございます。奥様」

 

 主の問いかけに肯定の返事を変える老執事。真夜は体を前に向け、もう一口紅茶を飲む。

 

「そんなに意外なことでもないでしょう。婚約を許したわけではありませんし、若い男女の恋路なんて、そもそも親が許可不許可を出すものではなくてよ」

「確かにそうですが、冬夜様は真夜様のご子息。四葉家の長男でございます。高校生だからといって、いえ高校生であっても、その交友関係はこの国の後々に関わります。ましてや男女の仲となればなおさら」

「あら。葉山さんは冬夜と北山さんのお付き合いは反対?」

「いえ。私めは『それ』を答える立場にはございません。ですので、尚の事不思議に思ったのです。

 真夜様はなぜ、あのようなことを仰ったのか。参考までに教えていただけないでしょうか」

「うふふ。葉山さんにも分からないことってあるのね」

「申し訳ございません」

「いいわ。折角ですし葉山さんには答えておきましょうか」

 

 クスクスと愉快気に笑う真夜。聞いている内容が私的なものであるために、真夜の機嫌を損ねてしまったのではないかと葉山は不安になる。しかし、葉山の心配は杞憂に終わった。

 

「簡単に言えば、私が北山さんを気に入ったからかしらね」

「気に入ったと言いますと……?」

「あの子はちゃんと、冬夜のことをみていると思ったのよ。少なくとも、持ちかけられた縁談にいる()よりも、あの子に任せた方が良いと思う程には」

「………あの質問だけで、そこまで信じようと思われたのですか?」

「ええ。だってあの子、本当に冬夜をよく見ているんですもの」

 

 にわかには信じがたいが、真夜が嘘を言っているとは思えない。まさかたったの一、ニ時間程度の顔合わせで、そこまで彼女のことを信じるとは。

 

「決め手になったのはあの答えですが、もちろんそれだけではありませんわ」

 

 葉山の怪訝そえな感じ取ったのか、真夜はそう言うと、端末を取り出して『要注意人物①』という名前のファイルを開く。端末に表示された画面を、壁際に設置されたスクリーンに投影し、雫について纏められた情報を葉山にも見せる。

 

「北山雫。パーソナルデータの情報を見る限りでは、彼女の家族環境、周囲の人物に問題点はないわ。かの北山グループのご令嬢ですから、むしろ環境は良い方でしょう。礼儀作法の心得もあるようですし、品性に関して文句はありません。

 なにより魔法師としての才能があるのが良かったわ。彼女は今年の学年次席。深雪さんに敵わないのはしょうがないにせよ、かなりのポテンシャルを持つのは間違いない。

 十師族本家の方々に比べると見劣りしますが、それを除けばトップクラスの原石でしょう」

 

 画面に表示された情報は葉山も知っていることなので、今更見返す必要などない。しかし、それらの情報を真夜の口から聞くことは、また違った意味を持つ。真夜が彼女に対して『何を重要視しているのか』、そして『真夜自身の彼女への評価』が見えてくる。

 

 そして、葉山が聞いた限りでは北山雫(息子の恋人)に対する四葉真夜(母親)の評価は良いものだった。十師族として重視すべき魔法師としての才能も準十師族並みという。母親がA級魔法師とはいえ、名家の生まれでない魔法師へ向ける評価としては最大級の褒め言葉だろう。 

 

「真夜様は北山様を高く評価されておられるのですね」

「そうね。これで平凡な才能しかない娘でしたら困りましたが、基本的なスペックは高いと見たわ。冬夜が選んだ娘でしたらですから、最大限譲歩するつもりでしたけど、なかなか見る目があるじゃない?」

 

 どうやら、真夜はいたく北山雫という少女を気に入ったらしい。葉山にとっては本当に驚くことだが、主が気に入ったのならば文句など出るはずもない。

 

「それに、ここで『お付き合いOK』と言っておけば、好きな時にイビれるじゃない。こんな素敵なおも……娘を選んだのなら、私も本気で見定めないと失礼でしょう?」

 

今一瞬本音が出てきた気がしたが、葉山は聞かなかったことにした。

 

「それに当初の目的も果たせましたし、北山さんのことも含めて有意義な時間でしたわ」

「当初の目的?」

「私が今回、北山さんと光井さんを呼び出したのは、二人に直接会って挨拶をしたかったからなのよ」

「挨拶と言いますと……」

「『どうもウチのバカ息子がお世話になってます』ってね。

腹を痛めたわけでもなく、血縁はあっても親になったのはつい最近のことですが、この言葉だけはキチンと言っておかなければならないと思っていたのよ」

「なるほど。確かにそうですな」

「えぇ。正式に冬夜の親になったときから、あの二人に会うことは決めていたことだったけれど。折を見て、とは思っていましたが、こんなにも早く機会が訪れてくれたのは運が良かったわ」

 

 四葉の当主としての立場がある真夜が、私的な用で女子高校生二人に会うというのは、いささかハードルが高い。今を逃したら次のチャンスがいつあるか、分かったものではない。

 

「真夜様は光井様のことも気にかけていらっしゃったのですか?」

「それはそうでしょう。あの子も冬夜の幼馴染よ。北山さんは北山さんで見るけれど、光井さんも光井さんで見ていたわ。

 少し気が弱そうでしたけど、友達思いの良い娘ねあの子も」

 

 真夜の表情はずっと明るかった。

 それだけ、彼女にとって今日の顔合わせは良かったのだろう。僅かな時間ではあったものの、冬夜についてより詳しく知ることが出来たのだから。

 

「私はそもそもの目的を履き違えていたのですな」

「えぇ。でも葉山さんがそうやって邪推してくれたのは、かえって新鮮で良かったわ」

「お恥ずかしい限りでございます」

「ふふふ。良いのよ。それだけあの子の事を考えてくれているということでしょう?」

 

 いつも完璧な執事の珍しい姿も見れ、真夜の機嫌は更に良くなる。反対に葉山は読みが外れたことに恥ずかしさを覚えた、わけではなく口元だけ主と同じように笑う。こんなことで恥ずかしさを覚える程、彼はもう若くないのだ。

 

「そういうわけだからとりあえずは様子見ね。私の義娘になるのでしたら、それなりの実力がないと困りますから、時期を見計らってまたコンタクトを取らなくてはいけないわ。

 うふふ。北山さんはどこまで耐えられるのかしらねぇ」

 

 性格の悪い姑のようなことを言い出した真夜だったが、その口元は笑っている。ここで諫言の言葉を一つでも言うべきか葉山は迷ったが、真夜が楽しそうなので何も言わないでおくことにした。

 老執事の質問に答えた女主人は再び本を手に取る。彼女の後ろに控える執事は、今度こそ主の読書の邪魔をせずに黙っていた。





オールフリー「これで優勝させなければ話が」
雫「……………」
オールフリー「なんでもないッス。頑張って仕事します」

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