https://twitter.com/hatanagisa9/status/1214803208792465408?s=20
「よし、キレイになったな」
手慣れた様子で、指揮官はメンテナンスを終えた銃を組み立てる。
そして無駄に重々しい椅子に座り込み、タバコに火をつけた。
「もう、指揮官。またタバコ?」
「ん?ああすまん」
執務室に入ってきた副官の姿を見て、彼はタバコを口から離す。
「ああ、いいの。タバコ吸ってる姿は好きよ」
そういいながらも、副官の彼女は何かを要求するように手を差し伸べてくる。その顔は少し怒りの混じった笑顔だった。
「はあ、お見通しってわけか」
指揮官はしぶしぶとタバコの箱をとりだす。それは、先程こっそりと買ってきたものだった。
「私だって指揮官の趣味をつぶしたくはないんだけど……」
彼女はそっと顔をそむける。
「早死はしてほしくないから」
「まったく、そんなこと言われちゃ控えるしかないな」
彼はそういいながら、コート裏の隠しポケットからもタバコの箱を取り出した。
「stand up」
「えっ?」
「両手を壁について立ちなさい、指揮官?」
このあとむちゃくちゃ身体検査されて、タバコを没収された。
二人の左手薬指には、同じデザインの指輪が煌めいていた。
=*=*=*=*=
「なあなあ、ちょいと身分証忘れただけじゃねえか。開けてくれねえの~?」
保護区域へと続く検問所で、男はサングラスを上に上げてそう言った。
「身分証明~?てきとうに基地内の人形に……ああん人間じゃないとダメ?」
「仕方ねえな……ああ、確か○地区で指揮官やってるあいつがいたかな。顔でわかるはずだからさ~」
男が取り出した写真には、その男の隣に誰かが映っていた。警備員は、その男の隣に立つ人物の顔を、つい先程まで見ていた。振り返って事務所を見れば、ちょうどニュースでその人物が映る。
「おっ、なになに?あいつ英雄だなんて言われてるのか?」
テレビの音声を聞いてか、男は呆れたように鼻で笑う。
「それで、通っていいのか?」
警備員は迷った揚げ句、上に判断を委ねた。
=*=*=*=*=
『もうやめてくれ!』
『馬鹿が!』
『なっ……!』
『おまえのものは俺のもの。そうだろ』
「指揮官!もう、居眠りして」
「ああ、すまない」
指揮官は顔を振って意識をはっきりさせる。昼過ぎの執務で眠くなってしまったようだった。副官の淹れてくれた紅茶で目を覚ます。
「そんなんでこの後の会議、大丈夫なの?」
「問題ないさ。どうせいつもどおりだ」
「はぁ、まったく」
副官の彼女は、書類の束を彼の机に置いた。
「これは?」
「さあ?IOPからよ」
「ああ、そういえば何件か頼み事をしてたかな」
指揮官はペラペラと書類をめくる。
「よし、それじゃあ会議の準備にとりかかろうか」
「もう終わってるわ。誰かさんが居眠り中にね」
「有能な副官を持てて僕は幸せだよ」
「じゃあ私は不幸ね。指揮官がこんな人間で」
「ひどくないかい?」
移動中も、会話が途切れることはなかった。
会議室へと着けば、今回の部隊メンバーが彼らを迎え入れる。
「さて、今回の作戦だが――」
普段どおりに、指揮官は会議を進める。何の不備もない、完璧と言ってもよいほどの作戦だった。
「――以上だ。何か意見があるものは?」
誰も声をあげない。彼女らも、彼とその作戦を信頼していた。
しかし、副官だけはそうではなかった。一時解散後に、指揮官に話しかける。
「もう1部隊、動かせないかしら」
「……捻出はできると思うが」
「ならいいわ。無理しなくても」
「戦力が足りないのかい?」
「いいえ、これだけあれば十分よ。いくら新人たちとはいえ、戦術人形だもの」
彼女も装備を整えながら、そう言った。他の人形たちも出撃準備を終え、ヘリポートへと集合する。
「それじゃあ行ってくるわ」
「ああ、いってらっしゃい」
副官の出撃を見送りながら、男はタバコに火を着けた。
=*=*=*=*=
「状況は!」
司令室に、彼の怒号が響く。
『わからない!増援!?新しい勢力!?』
副官からの通信は、銃声で聞こえづらかった。
「ちくしょう!」
マップに書き込まれた線は、まるで絶望の二文字を表しているかのようだ。
「まだ、なにか策が!」
考えれば考えるほど、状況が最悪であることを再認識させられる。もはや、損害なしでは切り抜けることは不可能であった。
「こちらも増援だ、増援を送る!耐えてくれ!」
『持たない!……あなたたちは逃げなさい』
「待て!何をする気だ!」
『私がここに残るわ。大丈夫、バックアップはとってるから』
「そういう問題じゃ!」
『これが最善よ。なに、少し帰りが遅れるだけよ』
通信は一方的に切られる。部隊の位置を示すマークが、動き始めた。一直線に、唯一の脱出可能ポイントを目指して。
=*=*=*=*=
指揮官はタバコを咥えると、火も着けずに椅子へと座り込む。そしてそのまま、天井を見上げる。
その日は、仕事を急かしてくる副官がいなかった。
彼はタバコを灰皿へと投げると、書類をめくり始める。しばらくノロノロと仕事をして、そして立ち上がる。
「くそっ!」
壁に手を打ち付ける。まるで生を実感させるように、打ち付けた拳がじわじわと痛む。
「あのとき、俺が部隊を捻出さえしていれば……!」
そのとき、ピラリと一枚の書類が机から滑り落ちる。
それを拾い、軽く目を通す。
それは、副官のメンタルモデル再構築の失敗報告書だった。
目を見開き、彼は詳細へと目を通す。
「エラー?活動中人形のメンタル再構築は不可能……?」
そこには、副官がいまだに生きているという、救いのようで残酷な報告があった。活動中である限り、彼女はバックアップによる復元が不可能である。彼女の帰りは、さらに遅くなってしまう。
ピコン
もう今日何本目かわからないタバコを口に咥えこんだ瞬間、指揮官の端末から着信音がなる。
そのビデオ通話の着信元は、見覚えのない番号からであった。普段なら拒否するはずだったが、指揮官はどうしてか、今回だけはその着信を受け取った。
=*=*=*=*=
「うぇ~い指揮官くん、見てる~?」
着信元は、見覚えのある男からだった。その軽薄そうな男は、指揮官の顔を見てケタケタと笑っていた。
「おまえ……!もしや……!」
「君の大切にしてた人形ちゃん、いま俺の隣で寝てるよ」
彼はカメラを移動させる。そこには、彼の副官が横になっていた。服はボロボロで、体にはいくつもの傷が刻み込まれていた。
「そんな……馬鹿な……」
「その顔が見たかったぜ」
男は愉快そうにケタケタと笑う。
「あれ……指揮官……?わ、私……」
「無事なのか!」
「指揮官……ごめんなさい私……」
「君が謝る必要はない。僕の責任だ……」
その様子を見て、男は明らかに不機嫌そうな顔を浮かべた。
「おいおい、なんで俺をほったらかして二人でくっちゃべってるわけ?」
男が副官の彼女を睨みつける。
「ひっ……」
「な~んでいまさら怖がってるのかな~?」
「やめて……もうコレ以上は」
「おいおい、冗談はやめろよ……!」
いびつにも見える笑顔を、男は彼女へと向ける。
「ひっ……!」
「まったく……。おい指揮官くん、おまえなんて教育してるんだよ」
「……」
指揮官は顔をうつむける。顔に影がかかり、表情が読めなくなる。
「まったく、手のかかるやつらだ」
「そこから動くな。もう……、動かなくていい」
呆れて首を横に振る男に、指揮官はそう絞り出すように言葉を紡いだ。
「何言ってんだよ。おまえに俺の行動を縛る権利はねえよ?」
「部隊を送る。おまえはそこで回収する」
「は~?おまえさ~状況がわかってんのか?」
「わかってるさ」
「わかってないだろ?おまえここがどこだかわかってんのか?」
男は手を頭にやり、はあ、とわざとらしく大きなため息をつく。
「ここは鉄血の拠点のど真ん中だぞ」
「もう喋らないで!あなた腕が吹き飛んでいるのにどうして笑ってられるのよ!」
「へへ、俺なんかを心配してくれるなんて……いい女じゃねえか」
「馬鹿なこといってないではやく傷を見せなさいよ!」
ファーストエイドキットをとりだそうとする手を、男は無事な方の手で止めた。
「やめろ。俺はどうせ終わりだ」
「指揮官!」
「……」
「どうしてどうして何も言ってくれないのよ…」
すがりつくように指揮官に声をかけるも、カメラはすでに切断されていた。
「親友なんでしょ!」
「そうだ」
「だったら」
「俺にだって不可能はある」
残酷にも、暗転した画面からは非情な声が聞こえる。
「へへ、わかってんじゃねえか。俺はもうたすからねえ。血を流しすぎた」
「どこかに血液パックが……!」
「わからねえのか!ようやく隠れられたんだ。ここから動くな」
辺りを見回す彼女の腕を、男は力強く握る。
「そんな……どうして私のために……」
「馬鹿野郎。おまえがいなきゃあいつが悲しむだろ」
まるであたりまえかのように、男はそう答えた。
「私には替わりがあるのに……」
「その指輪にも替えはあるのか?」
その言葉に、彼女は目を見開く。
「大事に……、しろよな……」
「ちょっと!」
「少し……、眠く……」
男の目の焦点が、だんだんと合わなくなっていく。しかし、彼女を止めるための力だけは、弱まらなかった。
「っ!爆風!?」
しかし、突如の爆風が彼の意識を叩き起こした。
「なんだよ……、早いじゃねえか」
「敵……?」
「くそっ、寝てる場合じゃねえってか!」
男は飛び起きると、器用に片手で銃を構える。
「あなたこれ以上動いたら本当に死ぬわよ!」
「なに、こんな美女の側で死ねるなら本望さ」
へへっと笑い、敵を向かい撃つべく彼は引き金に指をかけた。
「なら残念だ。その望みは叶わないからな」
副官専用の通信端末から、そう声がした。
突如、銃声がさらに大きくなる。それは、着実に男たちの方へと向かってきていた。
「指揮官!」
彼らの目の前に現れたのは、ボディアーマーを着用した指揮官の率いる精鋭部隊だった。
「ちっ、その装備。懐かしいじゃねえか」
「おっと、なに突然バランス崩してるんだ。ほら、肩貸してやるから立て」
膝から力の抜けた男を、指揮官はがっしりと掴む。
「くそ……かっこいいなまったく。敵わねえや」
「なにアホなこと言ってんだ。ほら、帰るぞ」
「どうせ満身創痍だ。置いていってくれ」
「あまりガタガタ抜かしてると舌を引き抜くぞ」
「へへ、こわいこわい。まったく黙っていれば寡黙なヒーローだってのに」
「ヒーロー?笑わせる」
男の言葉を、指揮官は鼻で笑った。
『もうやめてくれ!』
『馬鹿が!』
『なっ……!』
『おまえのものは俺のもの。そうだろ』
『だからってそんな……大人相手に喧嘩売ってボロボロになってまで……』
『おまえにとって大事なら、それは俺にとってだって大事なものだ。そうだろ?』
「いつだって俺の大事な物を守ってくれるのはおまえじゃないか。おまえこそが、ヒーローだよ」
=*=*=*=*=
静寂の支配する中、男はとある墓石に花束を供える。
「ごめんな……、おまえを救えなくて」
しばらく目を瞑り口を閉じたあと、彼は笑う。
「でも、今度は救えたぜ」
彼は首元からドッグタグをとりだす。そこには、指輪が通してあった。陽の光を鈍く反射して、キラリと光った。
「それは良かったですね」
男は目を見開く。
「前の私も、きっと喜んでいるでしょう」
後ろから近づいてくる気配を感じながらも、男は動けずにいた。
「シラユキゲシ……私に供えるには良い花ですね」
「なぜおまえがここに……」
「私は人形ですわ。バックアップからある程度の復元は可能でしてよ。完全とは言えませんが」
「違う、俺が聞いているのは、どうして俺を知ってる個体が生きてるのかだ」
「ああ、知らされていなかったのですね」
彼女は納得したかのようにうなずく。
「私の破片を、彼の部隊が拾いに来てくれたのですよ。そしてIOPに私費を投じて復元のための研究も彼が。ああ、彼と言うのは――」
「いや、言わなくていい。わかってる」
男は彼女の言葉を遮った。
「まったく……敵わねえや」
サングラスをかけて、男は車へと乗り込んだ。久しく使われていなかった助手席に、彼女を乗せて。
実はいいやつ系チャラ男はそろそろ英霊化しそう