僕のヒーローアカデミア 手マン抹殺RTA デク憑依ルート 作:槍持
わたし、蛙吹梅雨。もうすぐ7歳になるわ。ケロッ。
今日、ふしぎな男の子と会ったの。わたしは好きな雨の日だけれど、ふつうの人はぬれるからきらいなはず。ケロッ。それなのにその子はかさもささずに道に落ちているゴミをひろいながら走っていたの。おかしいわよね? くしゃみまでして。
このままじゃかぜをひいちゃうとおもったから、わたしのお家で温めてあげようとおもったの。ケロッ。きっと雨でたのしいきもちだったんだわ。
タオルで体を拭いてあげて、温かいお茶を出してあげて、おふろがわくまでお話することにしたの。ケロッ。どうしてゴミをひろっていたのか聞いたら、ヒーローになりたいからだって。どういうことなのかしら?
話を聞くかぎりでは個性がないらしいのに、ヒーローになるのはむずかしいんじゃないかしら。そう言ったのだけれど、それでもあきらめないんだ、そうまっすぐな目でその子は言ったわ。その目を見ていると、なぜかむねが熱くなった気がしたわ。ケロッ。
そうしているとおふろがわいて、いっしょに入ることにしたの。なんだかほうっておけなくて、かみや体をあらってあげたわ。ケロッ! びっくり。弟たちの体とはぜんぜんちがうの。わたしたちがいぎょうがたの個性だからってだけじゃなくて、しぜんできれいな体だと思ったのよ。
お外にあそびにでかけた弟たちがかえってくるまえに、いずくくんはお家にかえっていってしまった。またあえるかしら? かさを返しに来るって約束もしたし、きっとすぐあえるわよね。
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百視点
私八百万家が長子、百と申しますわ。今日は私が住んでいる愛知県のお隣の静岡県まで来ておりますの。お父様のお仕事で良いことがあったとのことで、お祝いとして少しお出かけをして贔屓にしているレストランでディナーをすることになりました。
何やら入り口が騒がしいですわ。せっかくの美味しいパテなのに興醒めですわね。不愉快に思って、はしたないですが周囲に視線を巡らせました。緊張からか動きがロボットみたいに硬い男の子がいて少し和みましたが、どうも店全体の様子がおかしいです。
お父様とお母様も眉をひそめてらっしゃいますわ。お父様が口元を不機嫌そうにナプキンで拭い、ウェイターを呼ぼうと別に手を伸ばしたその時――
「動くな! 大人しくしろ! おっと、通報しようなんて思うなよ? こいつみたいになりたくはないよなァ!?」
一瞬の硬直、次の瞬間にはあちらこちらから悲鳴があがりました。ヴィランです。彼らの近くにいた男性が通信端末を操作しようとしたのでしょう、ヴィランの一人が個性を発動し腕に刺々しい岩を纏った拳で殴りつけました。赤い水滴が、テーブルクロスを瞬く間に染め上げていくのがここからでも分かりましたの。
私は何が起こったのか分からず首を傾げると、お母様が慌てたように私の頭を胸に掻き抱き視界を塞ぎました。お母様のお胸は大きいので息が苦しいですわ。
数分と経たずに店内を制圧したヴィラン達は、次に私達人質を舐めるように見やり、不吉な形に口を歪めました。すると次々に若い女性や男の子を引き立て、個室などのホールとは別の部屋に連れて行ってしまいました。
そしてヴィランの一人が、手にしたナイフを無造作に振るってお年を召したご婦人や幼くない男性を痛みだけを与えるように切りつけながら、私の方へ歩いてきます。怖い。私は何をされるんですの?
ついにヴィランが私の腕を掴み、強引に立たそうとしました。お父様がそれをやめさせようとヴィランに掴みかかろうとしましたが、ナイフの柄で殴り倒されてしまいましたわ。思わず叫びそうになる私と、刃のほうでなくて良かったと思う私がいて、心が掻き乱されます。
悪態を吐くヴィランに乱暴に連れて行かれる途中、先程少し和ませてくれた男の子がカトラリーを落として大きな音を出し、人質を物色していたヴィランの視線を集めていました。そして拳に岩を纏わせて男性を殴ったヴィランがその男の子に向かって歩いて行ったのが見えたところで、部屋のドアが閉められてしまいましたわ。
すると私を連れてきたヴィランは何が面白いのかにやにやと笑みをこぼし、室内に据えられていたソファーに私を突き飛ばしましたの。急なことで先生から習った受け身も取ることができず、左手首を挫いてしまいました。思わず苦悶を漏らし左手を庇うように縮こまると、風を切る音が何度も響きました。
痛みはありませんでしたが、それでもお気に入りのドレスがボロ布に変えられていっているのは分かります。肩を乱暴に掴まれて正面を向かされました。ヴィランは鼻息荒く、だらしなく開いた口からはよだれが垂れています。汚らわしいですわ。
でもナイフの峰を私の体のラインに執拗に滑らせ、時たま気まぐれにドレスを切り裂いてしまうので動くことができません。このヴィランは何がしたいのでしょうか? ここで個性を使ってドレスを纏いなおしたらどうなるだろうとか変質者撃退用のアイテムを作れるようにしておくべきだったとか個性の関係で肌を晒すのはなれているから裸を見られても恥ずかしくないなとか、そんな益体も無いことばかり考えておりましたわ。
もはや身にまとうものはショーツ以外は原型を留めなくなったころ、ドアが開き、そして閉じられた音がしました。
「十分楽しんだか、え? 次は俺の番だ。お前はドア守ってろ。人に見られてると緊張して萎えちまうからよォ」
あのヴィランです。今は岩を纏っていませんが。そいつが例の男の子を連れてやってきたのです。
ナイフ使いのヴィランは渋々といった様子で引き下がり、部屋を出ました。私のことを名残惜しそうな目で舐め上げるように見ていたのが、気持ち悪かったですわ。
一方岩ヴィランは男の子を壁にぶつけるよう放り出すと、背中を強かに打ち付けられ無理矢理息を吐かされた男の子が崩れ落ちる様を一瞥した後、汗でモザイク画のように肌に貼りついた布きれを払いのけるように手が伸びてきて私を――
「女の子に酷いことするなッ!」
あの男の子がヴィランの足目がけて体当たりをしたのです。そんなことをすればどうなるかは火を見るよりも明らかで。
「は? だったら先にお前で遊ぼうかなァ、ガキめ!」
「そうだ、僕が相手だ!! ――もう大丈夫、君は僕が守るからね」
ヴィランに啖呵を切った男の子は、厳しい表情を一転、私に朗らかな笑顔を向けてそう言いましたの。
ああ、でも、そんなよそ見をしたら――
「カッコつけてんじゃねェぞオラァッ!」
次の瞬間に訪れる悲惨な光景から思わず目を背け、自分の体を抱くように腕を回しましたわ。ヒーロー早く助けてくださいまし! そう叫んでいたかもしれません。……しかし、私の予想した音は響きませんでした。
おそるおそる前を向くと、男の子はヴィランの拳を時にいなし、時に大きく避け、時に肘や膝などで受け。一歩も引かずに戦っていたのですわ。
でもどうして彼は個性を使わないのでしょうか? ヴィランが相手なら自衛の範囲ならば逮捕まではされない、個性社会において皆が知っている暗黙の了解です。……まさか。
「……どうして個性を使わねェ。このハンマーフィスト様に個性無しで勝てるとでも思ってんのかァ? ――そうか分かった。お前無個性だな!?」
男の子の肩がビクリと跳ねた気がしました。ああ、なんてこと。ヴィランは見せつけるように腕に岩を纏わせ、わざと大振りな攻撃をしました。でも男の子は避けませんでしたわ。痛みに悶える声が聞こえました。それでも男の子は耐え続けています。
痛みを堪える呻き声と岩の拳が床や壁を砕く音が何度も何度も響く中、一転して鈍い、肉を叩く音。水のカーテンを挟んだように歪む視界を見開き目を凝らすと、そこには爪先を男の子の脇腹に抉るように突き立てたヴィランの姿。びちゃびちゃという粘つく水音、鼻を衝く酸っぱい臭い。それでも彼は倒れず、ヴィランに挑むように睨みつけています。
私がいるから。彼は背後にいる私を庇うために避けられる攻撃も受け止め、泣き叫ぶことすらできない、しようとしないのですわ。
口中に広がる鉄の味。これほど自分が不甲斐ないと思ったのはついぞなかったことです。私は重荷になっている。彼だけならもしかすれば逃げられるのかもしれませんわ。だというのに。
どれほどの時間が経ったのか。ヒーローを名乗る者は未だ来たらず。私は涙をこらえてただ彼の背中を見ていました。目を逸らしてはいけない、小さくも本物の英雄の戦いを侮辱することになる、そう思いましたの。
いつの間にか彼とヴィランは部屋の中ほどにまで離れていて、彼は数回に一回のペースで、降り下ろされる岩の拳を掻い潜り生身の部分を叩くことに成功しています。
距離が離れたことで彼も余裕が出たのか、挑発するように叫びながら躍動しています。
何か、何かできることはないのでしょうか。私のヒーローを助ける、何か。しかし考えがまとまりません。普段は人を遠ざけるほどに回る私の頭なのに、こんな大事な時に!
彼がついに会心の一撃を見舞ったのとドアが割られるように突き破られたのは同時でした。待ち望んでいた救援。ドアの破片と共に闖入した白目を剥いたナイフヴィラン。私と彼の視線がそちらに向きました。彼の、視線が、向いてしまいました。
「ふ、っざけやがってェェェえええええ!!!!!」
致命的な音。乾いた木の枝が折れるような、そして砂袋が無遠慮に放り落とされたときのような、音。
倒れた彼の口から、言葉の代わりに流れるのは赤い、赤いあかいアカいアカイアカイ――――目が合いました。その目は安堵したような、悔しそうな。優しい目をしていましたわ。
「い、 イヤアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
駆け寄ってくる仰々しいコスチュームを着た大人たち。どうでもいい。
私はただただ、私のヒーローに取り縋って嘆くしかできなかった。
私は、なんて弱い。
副題:【八百万百:オリジン】