ガンダム00世界で留美やネーナやコーラサワーとイチャイチャしながら生きる   作:トン川キン児

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人気者ってのはつけ狙われるもんだなぁ

「こういうのって俺らの仕事じゃなくないか」

「手が空いちまったんだからさ。嫌ならもうちょっとスマートに勝てばよかったんだ」

「簡単に言ってくれるよな……」

 

 その二人、社屋から歩み出てきたユリウス・レイヴォネンとパスレル・メイラント。先のフォン・スパークによる罠から辛くも逃れて既に一週間ほどが経過している。

 彼らが今どこにいるか。場所はユニオン領南アメリカ赤道直下、アマゾン川流域。

 見上げるのは天まで届くその威容。地球と宇宙とを繋ぐへその緒。その名も高く世界に轟く、ユニオンが保有する軌道エレベーター『ザ・タワー』。

 その裾野には軌道エレベーターに従事する多くの人員を住まわせるための大きな市街地が点々と存在しており、二人が歩いているのは商業・流通の中心である第三市街ブロック。宇宙へと上がる物資はいったんここに集積され、適切な検査を経てからリニアトレインに積まれることを許される。

 二人がここに来た理由も同じことである。頼まれた積荷を運び、そして降ろし終わった。そしてひと仕事を終えた二人は、しばしの休憩時間ということである。

 ……普段は戦闘業務を受け持つ二人がこうして運送業務を任されている理由は、先の戦闘で機体が案の定ひどく疲弊していたためオーバーホールを行うハメになり、本来の業務を行えなくなって手が空いた故のことである。

 

「なんでもいいから飯行こうぜ」

「……昼のど真ん中じゃ混み合いそうでな」

 

 とはいえ、今のユリウスにとっては普段は嫌う人混みが好都合でもあった。それはフォン・スパークとの戦いにおいて、ソレスタルビーイングの最重要機密・ガンダムを見てしまったからだ。

 全速力で逃げの一手を打ったためか、それともあの後消息を絶ったフォン・スパークの回収が最優先だったためか。いずれにしてもその後ガンダムが追ってくることはなかった。

 だが、ソレスタルビーイングは機密を見てしまった自分たちを放っておくことなどありえるだろうか。その口封じをするため近い内に暗殺を行うエージェントを差し向けて来る、といったあたりが普通の対応ではないだろうか。

 万が一自分がガンダムマイスターの候補としてリストアップされていたとしても、フォン・スパークが連れていかれたように替わりはいくらでもいるということ。そして、世界中のコンピュータにアクセス可能なヴェーダの目を逃れることなどできはしない。

 ここ一週間、ユリウスはそんな怯えを持ちながら過ごしてきた。同時に、今のところそのような気配が自分の周囲に微塵も見当たらないことにも困惑している。しかし仕事はしなければならないので、どちらもそのまま抱えてユニオンまで来てしまった。

 

「あたしはこういう騒がしい時間のが好きでね。じゃ、どっか選びな?」

「俺がか!?」

「そうだろ」

「…………シナモンロール、とかか……? あとサーモン……」

「ごめんお前の国の飯マズいんだったな」

 

 この女(チンパン)に慰められると余計に自分が惨めになるユリウス。が、それも事実である。故国フィンランドの食事はお世辞にも美味いとは言えなかった。ましてユリウスには前世の故郷、今世ではユニオン同盟国となっている日本で暮らした記憶まであるのだから尚更で、これまでの人生を送ってだいぶ味覚が歪んでいる自覚もあった。

 

「ユニオンまで来たんならハンバーガーだろ」

「……ユニオンまで来てハンバーガーとも言うが」

「文句つけんなら代案出せよな~」

 

 そう吐き捨てるように言って、パシーは手近なハンバーガーショップの扉をくぐる。言う事もっともで何も言い返せないユリウスはただついていくしかなかった。

 案の定店内はテーブル席も取れないほどに混み合っていてそれを厭う気持ちがあったが、パシーの手前と今の状況下を鑑みれば強く言えなかった。

 

「隣いいですか?」

「かまわんよ」

 

 二人分の椅子がありそうな場所は、窓に面したカウンター席のみ。隣に座りラップトップと向かい合う老齢の男性にユリウスは伺いを立ててから腰かける。パシーはその隣に我が物顔でどっしりと座った。

 ……そして、思わずその横顔をユリウスは二度見する。

 

「……あなた、レイフ・エイフマン教授……!? なんでここに?」

「ランチ以外何がある、これこそ真のアメリカ人の昼食だ。そういう君こそユリウス・レイヴォネン君ではないかね」

「俺の事を知ってる!?」

「ウチのエースの彼がよく喋っているものでな。中東各地を戦い抜いたAEUの第222戦術MS隊というのは、ユニオンでも名を聞くのだよ」

 

 ユニオンのモビルスーツ開発史で、もはやこの名を抜きに語ることはできぬ大科学者。

 そしてユニオンアメリカ軍MSWAD(モビルスーツ運用部隊)の技術顧問、レイフ・エイフマン。それがどうしてこのような所で偶然会えるのか。いつか伺いを立てようと思ってはいたが、こんな出会いを考えてもいなかったユリウスは半ばパニックに陥りかけていた。

 しかも、それが自分のことを知っている。現在のMSWADのエースというのも誰か察しが付く。

 心を落ち着けると、エイフマン教授がなぜここにいるのかも大まかには察せた。先日入ってきた情報には、確かにユニオン新型MS・フラッグの宇宙用装備がテスト段階に入ったというものがあった。その面倒を見るのがこの男だとすれば、ここにいたとしても不思議ではない。

 ……それにしても、ハンバーガーを『真のアメリカ人のランチ』などと言い切るほど元気の有り余っている老人だとは思わなかったが。

 

「な、名前を覚えてもらえてるのは嬉しく思います。リーサが学生の頃は大学にいたと聞いてましたけど、今は宇宙用のフラッグを作るんですね」

「リーサ……クジョウ。そう、そのために私は君と会いたいと思っていた部分がある。今の君が何をやっているかというのもだいたい調べがついているからな」

「俺に? あなたが?」

「それなりに連絡を取り合って可愛がっていた教え子が、二年前からぱったり行方知れずともなれば……その知人に話を聞きたいと思うのは不自然でもなんでもないだろう」

 

 ユリウスは悟る。つまるところ、かの男……レイフ・エイフマンはAEU時代のリーサとも連絡を取り合う仲で、その内に自分の情報も手に入れていた。

 そしてこの二年の内にリーサは消息を絶ち、自分は金次第で殺しをする傭兵となった。となれば、リーサとのことに自分が疑われていてもおかしくはない。

 しかし、事実はそうではない。ユリウスはエイフマンにそれを伝えようとする。

 

「……それは、俺だって同じことです。最後に会った時は大丈夫と思えたってのに……」

「君さえ知らないことというわけか? AEUは隠したいようだが、事件のことは軍人でもない私すら知っているほど広まっている。本当の事を話してくれてもいいと思うが」

 

 話したいがためとはいえ我ながら白々しい口ぶりだと、ユリウス自身思う。この世界では知りえるはずのないリーサ・クジョウの行き先を、とっくに知っているというのに。

 続いて名前を口にした二人にしてもそうだ。だが、それらがいなくなったという寂しさと真実を知っている事実が確かにある。だからこそ、それを喋る口が止まらない。

 

「……それが現実的な考え方ですよね。けど、最近はイアン・ヴァスティさんと結婚した妹のリンダまでいなくなる。おかしいんですよ、何かが」

「ヴァスティ? 十年前ほどだったか、私も手を付けたリアルドをよくああもAEUらしく洗練できたと感心していた。君の親族になっていたとは」

「俺の周りでいなくなるのは決まって優秀な人です。今の世界の裏には絶対に何かがある、それを知りたい。でなきゃ俺は傭兵なんかやっていませんよ」

「……そういう、理由で仕事をするか。辛いのはわかるな。私とて、娘の家族が麻薬なんぞでバラバラになって孫の顔さえ見れなくなれば、そういう被害妄想じみた考えをした」

「……そんな過去のある人だったんですか?」

「さよう。枯れかけの爺の原動力とはそういうところにもある」

 

 この世に二度目の生を受けてから、知っていたはずの世界(アニメ)の裏側というものを見る事は何度もあった。これもその一つだが、ユリウスも少々面食らうような過去だった。

 レイフ・エイフマンという人物はその世界でも一握りの天才的頭脳による存在感こそあったものの、とりわけ本人について語られることがなく……今から二年後にその命を散らす人間。意外な過去だったとまでは言わないが、そういう一面があるのか、と思わされた。

 

「なんか、すいません。飯どきなのに味がしなくなるような話で」

「まだ食べる前だ。それに、こうして同じような宿命のある者同士だとわかった。偶然に会うというのは何か縁じみたものがあったのでは――」

 

 ユリウスは、何故かかすかに感じていた違和感の正体を掴んだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。誰が相手だろうと会話中だろうとずうずうしく遠慮知らずにくっちゃべるあのパスレルが、話の蚊帳の外でじっとしているなどと、それそのものが異常だ。

 ちらりと右を向けば、腕を組んでテーブルに突っ伏すパスレル。義手である右腕に、密かに隠し持っていたのは――。

 

「――!!」

 

 ――瞬間、窓ガラスの向こうから悪寒。()()()のは拳銃を突き付けた何者か。

 それと同時にユリウスはレイフ・エイフマンを慌てて下に伏せさせ、パスレルは素早く起き上がって隠していた拳銃を敵に向け、見事に二発で撃ち殺してみせた。だが銃撃は止まず、どうやら敵はもう一人いるようだった。

 

「な、何事がっ」

「教授!! まだ伏せて!!」

 

 銃弾が窓ガラスを割る音も混じり始めた。突然襲った恐怖に、悲鳴の止まない店内。半ばパニックに陥りつつあるエイフマンを、ユリウスは頭を押さえつけるようにして必死にテーブルの下へ押しとどめる。

 その一瞬あとに音は止んだ。パスレルが決着をつけたようで、ユリウスはテーブルの下に隠れたままパスレルに叫ぶ。

 

「ど、どうなった!! もういないのか!!」

「始末は済んだぞ!! お前ニブいんだよ、話してるからって」

「悪かったよ……!」

 

 割れた窓ガラスの下から、顔だけを覗かせて外の様子を伺うユリウス。そこではパシーが殺した相手の顔を検めていて、見るとそれは先ほどの配送依頼の届け先にいた構成員。

 傭兵として自分(ユリウス)より長い十年ものキャリアを持ってると自負するだけあって、こういうモビルスーツ戦の外の荒事はパシーの方が慣れているものだとユリウスは再確認した。

 ではこの銃撃の理由は……これまで自分の首にいい額の賞金やボーナスやらがかかっているとのたまいモビルスーツ戦を仕掛けてきた傭兵を数多く目にし、全てを返り討ちにしてきたのと似ている。

 となれば今回モビルスーツを降りてトラックに乗っていたのをいいことに、生身の自分を撃ち殺そうという魂胆。恐らくそんなところなのだろう、とユリウスは悟った。

 

「新手が来ない内にずらかる!」

「おう……! くそ、なんでこう付け回されるかなァ」

「き、君!」

 

 そう言っておもむろに立ち上がるユリウス。その時、未だ隠れたままのエイフマンがユリウスを声で引き留めた。

 

「な、何が……ああ、すみません。教授のような人を巻き込んでしまったのは」

「……ん? いや、そうか。助けられて礼の一言もと思っていたが、そういう考え方があるか……」

 

 ユリウスは胸ポケットから名刺を一枚取り出し、エイフマン教授へと手渡す。

 

「……俺は逃げますが何かあったらここに」

「……ジャベロットPSC、だと?」

「借りを作った以上、返せる限りのことはタダでやらせていただきます。ご用命あればいつでも」

「ユリウスはとっとと行くぞ!!」

「失礼。行くったって……! どこに逃げるんだよ、車までは遠すぎるし危険だろ!」

「それはぁ……今考える!!」

「ああぁ!?」

 

 必死にがなり立てながら、ユリウスはパシーを追って店内を後にする。その背中を、エイフマンは不思議な感覚と共に見送っていた。

 義理立てをするようなナイーブさを残しつつ、確かな覚悟と目的を持って自ら戦いに身を投じる人間、それがユリウス・レイヴォネンという男の正体。少しの会話ではあったが、長い年月の中で人間を見る目を養っていたエイフマンには確かにそれがわかった。

 だがそう思えば思うほど、なぜ傭兵などに身をやつすのか。PMCという企業によって管理される今どきの傭兵などは、みなあこぎな商売人としか感じられなかったエイフマンは、何よりそれが不思議でならなかった。

 

「ああいう男が戦いに駆り立てられる。太陽光の熱で温まっている世の中のはずだろうに……」

 

 思考はすぐに次の飯処を探すことに切り替わったが、エイフマンは確かに記憶した。

 冷たい世界をがむしゃらに進むようなユリウス・レイヴォネンという男と、作った覚えのない彼への貸しひとつを。

 

 

 

 

 

 

「あ~~~~ダメだかかんね~~~~!!」

「当たり前だろ!!」

 

 運転席でエンジンの起動に苦戦するパシー。というのも、今二人が乗っているのは路端に止まっていた誰の物かも知れない車両。外部ロックをパシーが力づくでこじあけたものの、化石燃料から脱却したこの世界の電気自動車(エレカ)はそのセキュリティも大幅に進歩しており、網膜認証・ID認証どちらも通り抜けることが出来ずに二人は未だ立ち往生のままである。

 ここまでやってきた際に乗っていた車両までは開けた場所が多く危険で、かつ既に先回りを受けて爆弾などが仕掛けられていたとしてもおかしくない。そんな状況でパスレル・メイラントの思いついた作戦とは、「適当にその辺の車を奪って逃げる」……それがどう考えてもうまくいきそうにないとわかっていながら、ユリウスも猪が如く猛進するパシーを止められなかったのだ。

 

「タクシーでも捕まえた方がマシじゃんかよ!!」

「おっかし~~なあ~~前はなんとかなったのになあ~~!!」

「命かかってんだからもっと真面目にッ……」

 

 ――そんな口論に割って入る、ユリウスのPDAの着信音。

 電話番号は非通知設定。まるでこの状況を見計らったかのようにかかったそれは、二人にさらなる緊張を与えるには十分すぎるほどだった。

 

「……マジメにやれっつうのに非通知の電話には出るのかよ」

「そりゃあ、逆探とかを企んでるのかもしれないが……!」

 

 GPSは切ってあるので、すぐには位置情報を特定されることはない。それよりも、今のユリウスの中ではこの電話をかけてきた者の正体を知りたいという好奇心の方が勝っていた。

 意を決して、通話ボタンを押したユリウス。そこから聞こえてきた声は。

 

『お困りのようですわね?』

「ああ!? 誰だアンタは」

 

 女の声。それが聞こえた瞬間に、ユリウスは目を見開いた。

 パシーはわかっていないのが当然だが、ユリウスにはわかっている……というより、忘れようがない声だった。なぜならそれは、自分(ユリウス)にとっての生まれてきた意味だと言っても過言ではない、人生の目標なのだから。

 

『わたくしはあなた方をお迎えに来た者ですわ。スカウト……いえ、この場合ヘッドハンティングと言った方がよろしいかしら』

「てめー何言って……」

「出るぞ!! あれが迎えだ」

「ああ!? 何で……勝手に出んなよ!!」

 

 後方からこちらに向かって接近してくる赤い車両を、ユリウスは確かに見た。

 運命が動き出す瞬間を、ユリウスは感じずにはいられなかった。

 奪った車から飛び出すユリウスと、それを追って車を捨てるパシー。後ろ付けされた車両から真っ先に出てきて、後部ドアを開いて迎えるのは、青い漢服を着た長身の男性。その男にも、ユリウスは確かに覚えがあった。

 

「こちらへ」

「『こちらへ』じゃねーよ!! 何なんだあんたらは」

「わたくし達は戦争根絶を掲げる私設武装組織に属する人間です」

 

 サイドウィンドウが開き、助手席に座っていた者の顔と露わになる。その声は通話先の女性とまったく同じもので、状況が飲み込めないパシーにもそれはすぐにわかった。

 同時に、隣でそれを見たユリウスはついにこの時が来たのだ、と確信した。

 

「その名を『ソレスタルビーイング』、そしてわたくしはそのエージェントである王留美。あなたがたをそのメンバーとしてスカウトするためにやってまいりました」

 

 救いたいと願って止まなかった、この少女と相まみえる時が。

 

 

 

 

 

 

『いいのかい。彼のような危険分子を引き入れてしまって』

『むしろ招聘しない方がおかしいとは言えないかな。ガンダムマイスターの席は全て埋まっているとはいえ、彼は未だに候補として一番の能力を持っているんだよ』

 

 豪華絢爛な最高級ホテルの一室。真っ白なパジャマ姿の美少年が、ワインを片手に眼下の街の明かりを見下ろしつつ会話している。だがその場には一人しかいない上に、行われている会話には不可欠なはずの()()()()()()()()()

 

『僕が言っているのはそういうことじゃあない』

『ヴェーダからの確定情報もある。彼は瞬間的には僕らの能力さえ超えていたんだ』

『……そんな馬鹿な。人間にできるわけがない』

 

 窓ガラスに映る少年の顔には、脳量子波を操ることができる者……人類を超えた存在の証である金色の光が瞳に宿っている。

 少年の名はリボンズ・アルマーク。彼はイオリア計画に仕えるために造られた存在であるイノベイド、その中でも最初期に生み出された個体。人形のような美貌は、血肉に染み込み不老さえも可能にしたナノマシンによる恩恵である。

 会話の受け手もまたイノベイドの一人、リジェネ・レジェッタ。声を出さずに会話を可能とするのは、まさにお互いの持つ脳量子波によるテレパシー能力の賜物だった。

 現在のリボンズは自らの理想を実現するため暗躍しつつ、国連大使であり自らの属する組織ソレスタルビーイングの監視者であるアレハンドロ・コーナーの下で雌伏の時を送っている。愚かで可愛げのある人間だが、自らの計画のためにはいずれ不要な存在となるだろう。

 だがそんな折、彼はこの世界で自らの計画の他にもう一つ目を向けるべき人間を見つけた。

 人間を超えた存在……そうなるよう設計された筈のイノベイドの能力を一部とはいえ超えているかもしれない、あるいはイノベイドですら持ち得ない能力を持つかもしれない人間、ユリウス・レイヴォネンという存在を。

 

『できたという確かな事実がある。調べなければならないだろう?』

 

 最初はリボンズも疑っていたが、ヴェーダからもたらされた映像記録によってそれを信じざるを得なくなった。同時に、それを自分の脅威なのではないかとも。

 GN粒子は太陽炉による発生過程を経ずとも自然界に遍在している物質であり、計画にはGN粒子への濃厚接触を経験することで、人類の中からいずれ真の革新者(イノベイター)……その模倣である自分たち(イノベイド)の優位性を揺るがす存在が発生するという予想もある。

 ユリウス・レイヴォネンがもしそうしてGNドライヴを必要とせず、天然自然の中から生まれてきてしまった存在なのであれば、今の内に存在を抹消してしまうべきではとも考えた。しかし、観察と実験を続けていくことでその脅威は興味へと替わった。

 決定的なのは、人間社会に紛れるエージェントによる脳量子波を用いた何度かの接触にまったく反応を示さないことだった。脳量子波を使えないということは、イノベイターではありえない。しかしその能力は、既存の人間であることにも当てはまらない。

 これが示唆する事実とは、かの男はヴェーダやイオリアでさえ出現を予測しなかった、全く新しい人類の革新の形である可能性が存在するということだ。

 

『しかし』

『枷をつけておきたいというなら、それは僕も手を打っている。同じく勧誘する彼女の機能を回復させて、監視役として置いておけばいいだけの事だ』

『……ああ、そうか。そういうことなら納得はできる』

『処理の面倒になった彼女がこういう形で役立ちそうとは僕も思わなかったがね』

『ふ……それは違いない』

 

 ここで言う『彼女』。それは、以前から脳量子波機能を損傷しイノベイドとしての自覚を持たない状態でユリウス・レイヴォネンの同僚として働いている、パスレル・メイラントのこと。

 ソレスタルビーイングの施設で直接再生治療を受けさせることで機能が回復すれば、イノベイドとしてヴェーダの決定に逆らうことはできなくなり、ユリウスの監視役も引き受けるだろう。

 しかしリボンズは、たかだか出来損ないのイノベイド一人でユリウスを押さえつけておけるとは思わない。パスレル・メイラントには、あくまで観察をするための目をやってもらう役割を与えるだけの予定である。

 人類に対するイノベイドの絶対優位を信じるリジェネと、あくまで上位種である自分の感覚のみを信じるリボンズとの意識の違いの表れだった。

 

『もういいだろう。彼の面倒も疲れるんだ、そろそろ僕は眠りたいのでね』

『ふっ。おやすみ、リボンズ』

 

 双方納得を得たというタイミングを計って、リボンズはテレパシーによる会話を打ち切る。

 

「僕はあの力の正体を知りたい。手に入れられるはずだ……」

 

 ユリウス・レイヴォネンと同質の力を手にすることで、自分はイオリア計画を超越するための何かを手に入れられるのではないだろうか。

 野望を果たすための最後のピースが埋まったかもしれない……リボンズはそんな淡い期待を抱き、夜の街を見下ろしてワインを一口呷った。


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