ガンダム00世界で留美やネーナやコーラサワーとイチャイチャしながら生きる 作:トン川キン児
「撃たれてるけど窓にも傷ひとつ付かねえな……」
「Eカーボン製の特注ですもの。小銃程度でどうこうはできません」
言葉通り、車内には後方にいる歩兵が撃つ銃弾が車体をはじく音が聞こえて止まない。しかし動作不良はおろか、その外面に凹みや傷ひとつ付く様子もない。
そして助手席に座る留美がそう言うやいなや、イノベイドに特有の不変なる美貌をこれでもかと歪めつつ、両手で突き立てた中指をその両側に添えて、パシーは後部座席から身を乗り出しバックウィンドウ越しに全力で追手を煽り始めた。
「へえ~~じゃあ煽り放題だな!! オラ
「みっともねえからやめろや!!」
「何いい子ちゃんぶってんだよ煽れ煽れ!! オイオイここ貫通すると思ったのかなあ~~!?」
来客の手前、ユリウスは慌てて止めに入るがパシーはまったくお構いなしである。本来ならば自身の額に沈み込むコースの弾丸がガラスを叩いても、こうなったパシーは止まらない。
まさに動物園の類人猿か何かのような様子のパシーに、流石の留美もその表情に困惑と動揺を隠せなかった。運転席にいる紅龍も同様に、である。
「……あの、いつもこうなのですか?」
「違っ……わないが……!! 」
留美からの問いかけにユリウスは答える術を持てずに頭を抱える。普通の感性を持っている人間にとっては信じがたいことだが、これが日常の景色である以上は嘘偽りをすることも憚られたからだ。
同時に留美も思う。いくらヴェーダの決定とはいえ、この女、パスレル・メイラントを本当にソレスタルビーイングへ引き込んでしまってよいのだろうか、と。
「あっそうだ! 結局……『それしたいなんちゃら』とやらの『ワンタンメン』だか言ってたあんた方はなんであたしらをスカウトしたんだ、何やらせたいワケよ?」
「ソレスタルビーイングだろ……王留美だよ!」
「おおそれだよ」
銃撃が止んだと同時にそれらから興味を失ったパシーは、自分らが置かれた状況を思い出してユリウスに突っ込まれつつ留美を問い詰める。
問いかけとすぐに、留美は呆気に取られていた表情を元の不敵な微笑みに戻してそれに答えた。
「最初に申し上げていましたわ。ソレスタルビーイング……我々の目的は武力による戦争根絶」
「えっじゃあお前らユニオンとか人革とかより強いの?」
「そうとは言い切れませんが、このゼロサム・ゲームに対して楔を打ち込めるほどの力を……世界を変革させられるほどの力を持ってはいます。その一端、あなた方も見たのではなくて?」
留美のその言葉が意味するところを、ユリウスはすぐに理解できた。
「この間の戦闘に割って入ったモビルスーツか」
「あなたは察しが良さそうで助かります。名を『ガンダム』、その動力源によって既存のモビルスーツ……例えばユニオンのフラッグなどとは全く比較にならない力を秘めています」
モビルスーツ・ガンダム、ソレスタルビーイングの最重要機密にして最高戦力。動力源であるGNドライヴによって生み出される万能の物質であるGN粒子を最大限に活用することで既存兵器に対する圧倒的なアドバンテージの獲得を可能とした、今の世界に比肩し得るもののない究極の武力。知りえるはずない情報だが、ユリウスは既にそれを知っている。
イオリア・シュヘンベルグによる戦争根絶計画の遂行までは絶対に知られてはならない
ガンダムを見てしまっている自分たちが処理されることなく、今に至るまで泳がされていたという事実もあって、ユリウスには完全にそうなのだとしか思えなかった。
「それは別になんダムでもいいけどさ、具体的にあたしたちに何してほしいんだってコトだよ」
そんな事情など露ほども知らないパシーの関心は、傭兵という戦場のプロフェッショナルである自分たちに対して具体的にどんな助力を必要としているのか、ということにしか向いていない。
そこに、一つの考えに思い立ったユリウスが割って入る。
「……そのガンダムとやらに乗れと言うんじゃないだろうな」
その言葉は半ば危惧のようなものでもあった。万が一にも本来ソレスタルビーイングへと集った四人のガンダムマイスターを押しのけて自分がどれかに乗らなければならないとなったら、自分の知る本来の歴史からどれほど外れていくのかわかったものではない。
今や自分の腕にはそれができてしまうだけのものがあるのだから、尚更にそれを怖く思う。しかし、それは続く留美の口からきっぱりと否定された。
「それはありえませんね。四機のドライヴとガンダム、四人のパイロット……ガンダムマイスター。既にその席は埋まり切っていますから、あなたは補充要員です」
「ガンダムとやらって四機だけなのかよ?」
「ええ、しかし四機だけでもとてつもない戦力です。故にあなた方にはわたくし達同様、補給や輸送、それと情報の収集と提供……実働部隊であるガンダムのサポートを行うエージェントとなっていただく予定ですわ」
「へー……ウソじゃねえな、わかるよ。まあなんだか今までとそう変わらない仕事をやらせるみたいだけどさ」
内心で安堵するユリウスと、未だ食ってかかるパシー。ただ、それもユリウスにとっては理解できる。根っからの傭兵であるパシーにとって最も重要な話が聞かされていないからだ。
「傭兵を動かそうっつって、それも引き抜きなんてするんならまず金の話だな。あたしらにいくらまで出せるって話だぞ? コイツをはっきり言わなきゃダメだな」
「いくらでも」
「……はい?」
この答えもユリウスにとっては予想がついていたが、パシーは呆けた声を上げてしまった。
「燃料代や整備費など任務に必要な費用は当然組織の負担ですし、あなた方は表の世界からいなくなるので、給与に加え衣食住の全ても保障させていただきます。王商会という財閥をご存知? わたくしがその当主でソレスタルビーイングのスポンサーの一人ですから、心配は……」
「よし行くか! 早く連れてってくれよソレスタルビーイング」
好条件を提示されるや否や食い気味に決断を下すパシーに、留美は思わず真顔にさせられる。
……本当にこのパスレル・メイラントという女は、葛藤だとかそういうセンチメンタルな心の機微とは無縁の位置にいる女だとつくづくユリウスは感じさせられる。恐らく、長く勤めた場所を裏切るといった思慮や、自分が組織の理念に合っている人間か否かという意識などこれっぽっちも持ち合わせていないのだろう。
どうしてこうも戦争根絶などという理想から程遠い人間を招聘するのかというのは、パシーが回収の面倒な不良品イノベイドであるならばむしろ呼びつけてしまえばいいという理屈なのだろうか。と、ユリウスは思考する。
「……ユリウスさんは、パートナーと違って寡黙な方ですのね?」
その最中に、
「コイツがお喋りなだけです」
「それには同感ですが、あなたはどうお思いですか? 我々ソレスタルビーイングの『戦争根絶』という、愚かしくもあるようなこの理念について」
再び微笑みを湛えて留美がユリウスに問いかける。
問い質された内容でユリウスはすぐに感づいた。これは、彼女なりの品定めなのだ。
「わからないでもない話だ。誰だって戦争が憎い、俺もそうだ」
「それだけでは建前ですわね。戦いを憎みながらも軍人ではなく傭兵をしますか?」
「事件を経てAEUとか大国の理想というものが信じられなくなれば、俺はそうする必要があると思った。戦いの裏にいて、良きにしろ悪きにしろなにかの企みを陰で巡らせてるもの……お前たちのようなのをあぶり出そうとするなら」
そうユリウスが言うと、留美は意外そうな表情を浮かべてくすくすと笑い始めた。
「フフッ……我々はあなたにあぶり出された方の存在だ、と」
「そうだ。戦いの中で強さを求めれば、俺の家族や友人のように……戦いにしろ頭脳にしろ、強い力を求めている何かが俺を狙うと考えたが。それはあんたら、ということになったな」
「えっそんなんで戦ってたか!? しょーもねえウソつくなや戦う時何も考えてないだろ!!」
隣から聞こえる雑音は、ユリウスも留美も無視していた。
「血を求めて戦っていたわけではないと。では、わたくし達を見つけて何を望みますか?」
「俺が言いたいのは、だ」
前のめりになっていた背中をシートに預け、少し息を吸ってユリウスが言う。
「リンダとイアンさん……ヴァスティ夫妻とリーサ・クジョウに会わせろ。いるな、そっちに」
それは未来を知るユリウスの表向きの目的。しかし、留美は驚嘆した。
高い能力を持つ者の相次ぐ行方不明……たったそれだけの材料でソレスタルビーイングの存在を予見し、誘い出してその三人に会うためだけに、自らの技量を世界でも一握りの力に至るまで鍛え上げてみせた――事実は異なるが、言葉が本当ならば留美にはそうとしか映らなかった。
世界に変革を促すかもしれない人間。それ即ち、自分に見える満たされない灰色の世界へ色彩の火を灯し得る男……その見込みは、外れていないかもしれない。
留美はそう予感して、閉じたままの口角を上げた。
「……ええ、ご案内いたしますわ。だからこそ軌道エレベーターまで向かっているのですから」
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ラグランジュ3――太陽・地球間にあって地球の反対に位置し、多くの小惑星群を抱えるラグランジュポイントであり、現状において地球圏から最も遠い人類の生活圏でもある。各国による熾烈な開発の進む月付近の一等地ラグランジュ1及び2とは違い、未だほとんど手つかずのフロンティアである。
コロニー『
ユリウスは軌道エレベーターと低軌道リングを走るリニアトレイン、及び輸送船まで乗り換え数日をかけここまで辿り着いた。軌道エレベーターを使ったことはおろか無重力体験すらもない状態で、いきなり地球と太陽の向こう側、である。そして、それはパシーにも同様のことだった。
「無重力楽しいなァ~~~~。なんか心休まるよな、力抜けてさ」
「……そうかい」
もともと無重力下で生まれたであろうイノベイドとしての経験が身体に染み込んでいるのか、パシーはユリウスより宇宙に慣れないような素振りが見られなかった。
とはいえ、今のパシーの心を支配しているのは子供がはしゃぎ回るような高揚感でもない。もっと根源的な恐怖であった。
「でもやっぱいつ死ぬかなんて気が気じゃねえよぉおおお!! 早く治してくれええええええ」
「周り見てんだぞ……!! お前戦ってるときビビんなかっただろ、調子狂うから落ち着けよ」
「病気で死ぬなんてや゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」
言ってからすぐ、ユリウスはこの女が落ち着きなどとは無縁の人間だったと思い直す。子供のようにダダをこねる姿を通りすがる他のエージェントに見られれば、ただでさえ今なお留美にもこのザマを見られているというのに羞恥でどうにかなりそうだった。
なぜこんなことに……というのも、道中にて語られたパシーのことが原因である。
『到着した後のことですが、ユリウスさんとパスレルさんには別々の行動をしてもらいます』
『はー? あたしパートナーだろこいつの、別々ってどういう』
『パスレルさん。あなたは腕と脚の一部……それと頭部の怪我に再生治療を施せなかったようですが、閲覧したカルテによると頭部に後遺症が残っているんです』
『…………えっウソだろ死ぬのまさか!?!? そんなんで死ぬのあたし!?!?』
ユリウスにはまったく信じられない話だった。パシーは人間とは違うイノベイドであり、よほど重要な器官がひどく損傷しない限りは大きな傷でも死ぬことはない。その体内に存在するナノマシンによってとてつもない再生力を得ているはずなのだ。
自分もその柔肌に刻まれた生々しい傷跡を、縁あって隅々まで見ている。が、右半身ほとんどが損傷したと言ってもひどいのは右腕の喪失と吹っ飛んだふとももぐらい。頭部のものといえばヘルメットバイザーが割れた際の切り傷程度のもので、とても脳だの神経だのが傷ついているとは思えない。イノベイドであるという点を踏まえれば尚更のことである。
だいたいそれが本当のことなら、今までのおしゃべりの最中に血管がぷちっと切れでもしてとっくにぱったり死んでいるはずなのだ。
『やめろォー!!!! 助けてえええええええ!!!!!!』
『……もう少し落ち着いて話をさせてくださいな。別々の行動というのは、要するにあなたには再生治療を受けてもらうという話なのです。術後も含めて恐らく一週間ほどを要しますので』
『えっマジで!! 助けてくれんの!! うおー絶対あんたらについてくぜ!!』
しかし実際に、脳量子波が使えなくなっているという現実もある。それを踏まえれば機能に損傷があるというのもあながち嘘ではない。
その治療を受ければヴェーダの命令に従うイノベイドとしての機能が回復し、パスレル・メイラントとしての記憶を消去されまた別の任務へと就くのだろう。それはそれでほんの少し寂しい感覚も覚えたユリウスだが、気の迷いとして心の奥にしまっておいた。
『お嬢様はその間、俺たちとコロニーに留まるのか?』
『そこまで長くはありませんが、そうはなります』
『何のために。王商会の当主となれば忙しい身だろう、用事が済めば地球圏へ帰ればいい』
『ユリウス・レイヴォネンというのはそっけないお方ですのね。最もガンダムマイスターに近かったというあなたの実力、一度見ておきたいというのはいけないことかしら?』
『……お好きに』
……というのがここまでの事のいきさつ。これ故にパシーは何やら喚くのをやめないし、ユリウスは王留美という少女が改めて厄介な性格をしているものだと実感できた。
幼くして大財閥の当主として揮うその手腕、活動を支援するエージェントとしての有能さ、そして妖しい美貌と言行から醸し出されるミステリアスな佇まい。
しかしその全てが偽りで、その本質はもっと空虚なもの。望まぬ当主の座を継がされ、八つ当たりと失った人生への救済願望が入り混じった目線で世界の変革を目論む我儘な少女にしかすぎず、故に目指している世界の在り方なども何一つ持たない。
そんな彼女を救うために気に入られたままでいるというのは、色々な意味でなんとも難しいことかもしれない。しかし、そういう人間だからこそ自分はせめてその命だけでも救いたいと思えた。
その先を生きることで、変わる考えもあるかもしれないのだから。
「紅龍。ここからはユリウスさんの案内をしてあげてください」
「しかし、お嬢様……」
「治療を望まない部分もあるとなれば、医療班に口添えするにはわたくしの進言が必要でしょう。二人を一度に案内するのですから、こういうことは必要でしてよ」
「……わかりました」
「じゃあなユリウス!! 無事を祈っててくれよな!!」
そう言って四人は二手に分かれる。パシーは先導する留美に背を向けこちらにぶんぶんと大きく両手を振っていたが、ユリウスとしては全く無事を祈る気にはなれなかったしむしろもっと酷くなって欲しくなった。
とはいえ十中八九そうはならない。再生治療を受けた後に記憶を消去され、別人のイノベイドとして日常に溶け込むため地球に降りる……つまるところこれが恐らくは今生の別れ。
そう思うとユリウスはこの二年間を思い起こして少し感傷的になりかけもしたが、浮かび上がる腹立たしい数々のやらかしを思い出せば気の迷いだと思ってやり過ごすことができた。
なんにせよこの男と……紅龍と組めたのは幸いである。彼こそ留美の運命を変えることができるかどうかの鍵を握っている、ユリウスにはそう思えてならなかったからだ。
そう思えば、紅龍には言いたいことが二、三ほどはある。その切り口として、ユリウスから話の口火を切った。
「……あんたさ、兄貴だろ」
「な! ……わかり、ますか」
「わかるよ。俺も兄貴だから、先に生まれたって感じの奴は見分けが付く。兄貴じゃなくて妹が当主をやってるってのは、どういう事情だ? 俺たちを騙してないか」
「……騙してはいません、私は異腹の兄です。私に政治のできる才能がなかったから、先代様は留美を推した。それだけのことです」
この事を知るのは前世の記憶から故だが、話は本当のことである。よくできた妹のリンダとの暮らしの中で、前世とは違い兄貴分としての自覚が芽生えたことからだった。
だから兄として、紅龍がなぜ留美に付き従うのかということも今ならばわかる。前妻にしろ後妻にしろ前当主の息子には変わりなく、現当主の兄ともなれば楽に暮らせたはずの生涯を捨ててまでこうした訳がユリウスにはわかる。
「ああいう辛い役割を被せてしまったのだから、私は生涯を賭して留美を守り通していくつもりです。身を滅ぼしてでも……妹さんがいるというなら、あなたにもわかるはずですね」
「わかるよ。だが兄貴らしいことをやりたくて傍にいるんなら、もっとしゃっきりしたらいい。日和って何も言えなくなってちゃ妹に慕われるわけないな」
「……初対面だというのに随分と手厳しいお人ですね」
「そりゃあそうだ。あの
この世界の未来……原作である機動戦士ガンダム00において、留美の心を激しく揺らしたのはこの男、紅龍の存在ただひとつのみだった。それも、死の瀬戸際にあって初めてのこと。
しかしひとつの瀬戸際を乗り切ったところで、王留美という少女の考えそのものを改めさせなければその先に続く世界でも破滅に向かっていくことに変わりはないだろう。だが兄である紅龍が言うのであれば、その一歩目を踏み切らせることも可能かもしれない。
ユリウスは紅龍に、破滅へ向かう妹を叱りつけてでも引き戻せる男になって欲しいと考えた。そのためにはこうして距離を縮めつつ、妹に対する引け目を乗り越えられるよう発破をかけていくしかない、とも。
「まあなんでもいい。リンダが向こうにいるんだろうな」
「……工場区で作業をしているとわかっています」
というように色々と考えを巡らせるユリウスだったが、この世界で巡り合った妹との再会を思うとそのような思考も一度は止まってしまっていた。
兄妹の絆というのは、そう簡単に切れるものではないのだから。
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『やあ。お目覚めかな?』
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「……ぶはっ!」
瞳が開いて、意識が覚醒する、それと同時に口元に取り付けられた呼吸器に息苦しさを感じる。パシーはそれを即座に取り外し投げ捨てて、一糸纏わぬ濡れた姿のままに弾丸状の再生治療カプセルの外へと降りた。
掛けてあったタオルをひっつかみ、身体を拭いて、鏡の前に立つ。希望通りに火傷痕と無くした右腕はそのままになっていた、だが今の問題はそこではない。
目を覚ました瞬間、自分の中に流れてきた膨大な情報と……鏡に映る自分の瞳。その眼は照明の点いていない部屋の暗がりでおぼろげに光り、金色に輝いている。
――登録番号06928-AH119、人間名パスレル・メイラント。新たなミッションへ移行、必要データのダウンロード完了、接続……。
それが、頭痛と共に覚醒してから最初に頭に響いた言葉。
パスレル“パシー”・メイラントは、治療が終わると同時に自分が普通の人間ではないことを知らされたのだ。自分はイノベイド、ヴェーダの目。人間社会に紛れてヴェーダの監視の行き届かぬ場所を視るために生み出された存在……。
不思議と、元々そうだったのだろうなと納得はできた。
『気分は悪くないかい? 君は変わってるね、傷はそのままでいいなんて』
そして、その次に聞こえてきたのがこの気取ったふうな青年の声。どういうわけか脳内に響いてくるこの声は脳量子波というイノベイドの能力によるテレパシーで、自分はその能力を回復するために再生治療を受けさせられたのだ……と、パシーが受け取った情報には説明されていた。
「調子はいいよ~~。なんか頭良くなった気がするなァ」
『それは気のせいだと思うが、結構だ。僕の指令についても把握してくれたかな』
青年の語る指令……とやらも、既にパシーの記憶に流れ込んだ情報の中に入っている。
その任務とは、これまでと同じようにユリウス・レイヴォネン……相棒とソレスタルビーイングのエージェントとして行動を共にする中で、その能力……未来予測か思考を読んでいるかのごとき反応速度の正体を調査し全貌を明らかにせよ、とのこと。いったいこれまでと何が違うのやらと思ったが、とにかくそういうことらしい。
しかしそのことを把握すればするほど、パシーの中に当然の感情が沸き上がり始める。
『僕の指令はヴェーダの指令と思うんだね。簡単な任務だ、滞りなくやってくれたまえ』
――このいけすかない男やイオリアとかいう偏屈爺さん、そしてそいつが作ったヴェーダとやらは、何の権利があって自分に命令するのだ?
「やだよ馬鹿じゃねえの」
『――は?』
「ヴェーダってのがなんぼのもんか知らねえけど、あたしにゃ何の義理もねえだろうよ。命令したいんなら、気取ってないであたしの前にツラ貸して金出しな」
『……強気だね。ボロボロの身体を治してその人格を消去しないでおいたのが誰のおかげか』
「知るかバ~~~~カ!! 勝手にやったことだろお~~!? 何も言わずに傭兵に前払いするってこういうことだよ~~ん!!」
『自分が何者かまだわかっていないのかい? 君はヴェーダに逆らうことなど――』
――脳量子波を遮断し、会話を一方的に打ち切るパシー。ふん、と鼻を鳴らして部屋の隅にある黒いタンクトップとデジタル迷彩のカーゴパンツに着替え始めた。
言う事を聞けと言ってくるのはとっくにくたばった老いぼれにただの機械。生みの親だからなんだと言うのか? それに加えて、金もくれなければ義理もない上、傭兵を雇ったこともなさそうな影の支配者気取りの嘘くさい男。
それにしても、ユリウスという奴もいつの間にやら
「あいつ今何やってんのかな~~」
ユリウスは戻ってきた自分を見て何と言ってくれるだろうか、どう返事しようか、そこからどこまで喋ろうか。むしろ素っ裸で出ていったらどんな反応が返ってくるだろうか?
遠慮なく何をしようが口走ろうが、突き放さずご丁寧にかまってくれるユリウス・レイヴォネンという男とのおしゃべりはとても楽しい。そういう男とこれからも一緒だと考えると、人生しばらくは楽しく過ごせそうなものだとパシーの心は躍る。
ドアが開いて部屋を出ていく間、鼻歌なんて歌ってしまうほどに。