ガンダム00世界で留美やネーナやコーラサワーとイチャイチャしながら生きる   作:トン川キン児

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人間って色々変わってくもんだな

「……ふう」

 

 個室の自動扉が閉まる音と共に、大きく息をつきながら席に座るユリウス。その目の前にいるのはユリウスを呼びつけた本人、ソレスタルビーイングの戦術予報士兼司令官、スメラギ・李・ノリエガ。

 ただし、今のユリウスにとってはまた別の名が……AEUの元戦術予報士リーサ・クジョウという名の方が馴染みがある。ソレスタルビーイングに入って名前を偽ることは初めからわかっていたが、一度リーサとしての彼女を知ってしまえば、ただの『スメラギ・李・ノリエガ』として見ることは到底できない。

 

「俺にもカッコのいいコードネームをくれるのか?」

「……ユリウス君って、そんな冗談言う人だったっけ」

「二年もあればジョークの趣味も変わる。自分で考えたのか、その名前」

「まさか。機械生成よ、こんなぐちゃぐちゃなコードネームに意味があるわけないでしょ」

 

 ユリウスのかました冗談に苦笑交じりで受け答えするリーサ改めスメラギ。しかし、その一瞬後にはしっかりと表情を引き締めて語り始めた。

 

「でも、今の私はそのスメラギ・李・ノリエガ。ソレスタルビーイングの戦術予報士として、あなたと()()()の話をさせてもらうから」

「本気なんだな。戦争根絶とやら」

「……馬鹿げた理念だけど、それに賭けたからには降りない。私なりの覚悟よ」

 

 そう言い切ったスメラギの表情は、あの部屋で最後に会った時の酒浸りの女と同じ人物とは思えないほど見違えて引き締まっていた。

 『彼女は武力介入を肯定するテロリズムに染まった人間だ』などと言われても信じられないような健全さを持ち合わせているその表情は、ユリウスを少しばかり安心させる。

 

「……いいと思う」

「いいでしょう。ここに来たからにはあなたも賭けに乗ってもらうからね」

「それで、俺に何をさせたいって?」

 

 ユリウスがそう言うと、スメラギはデスク正面の大型モニターを起動して何らかのデータをユリウスに見せようとする。

 

「昨日あなたには『ガンダム』を見せたと思うけど、『ガンダムマイスター』については説明がなかったはずよね? 彼らはヴェーダからガンダムを操縦する資格を承認された人間、つまりは」

「パイロットだろう。その教導についてとは聞いてたけど、俺にアドバイスでも欲しいと?」

「ええ、それはもうたっぷり欲しいのよ。いっそ付きっ切りで」

 

 不敵な笑みでそう返すスメラギに、ユリウスは何か嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「モニターに映ってる数値は、名前は伏せてあるけどガンダムマイスターのうち一人のものよ。士官学校を出てるなら読めるはずだけど……ユリウス君、これを見てどう思う?」

 

 言われて目を通すと、AEUの書式とは異なるものの確かにこれはMS操縦適性をある程度数値化したデータを集めてある。なるべく的確な意見をと思って読み込むと、随分と特徴的なパイロットだな、と一目でユリウスにはわかった。

 ほとんどモビルスーツ操縦の基礎も身についていないのではと疑ってしまうような回避率と射撃命中率のわりに、いざ近接戦闘の間合いとなった瞬間に豹変。その反応速度を遺憾なく発揮して、格闘戦で敵機を撃墜する――もっとも、このパイロットの問題点は根本的に敵に近づくまでが拙いというところなのだが。

 

「伸びしろのある奴だ。回避機動を学んで射撃を磨けばいい……GN-001のパイロットか?」

「……流石ね、見込み通り。あれから七つもの紛争に出向いただけある」

 

 無類の格闘戦適性、この時点ではまだまだ当たらない射撃に当てられる回避。これもまた知りえるはずのない(原作の)知識を持つからこその推測だったが、名前を伏せられたこのパイロットは刹那・F・セイエイ……ガンダムエクシアを託される、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターの一人。ユリウスは確信を持ってスメラギに答えた。

 スメラギはその答えをわかっていたと言わんばかりに、すぐさま次の話題へ移ろうとする。

 

「はっきり言うようだけど、今うちの組織絡みで一番の腕利きはユリウス君よ。判断力も知識も経験も……それに操縦技術に関しては世界でもあなたに迫れる人なんて指折り程度にしかいない。上澄みのパイロットはほとんど大国に忠誠を誓うって感じで、誘いかけたら逆に面倒だからね」

「そんなことどうやってわかるんだ」

「ヴェーダは全てをわかっていると言っても過言じゃないもの。だからこそ、私はあなたがスカウトされたのを知って一つの提案をヴェーダに投げかけた」

「……まさか」

「あなたがマイスターたちの実戦指導をやるべきだ、ってね」

 

 その瞬間にユリウスは理解した。このコロニーにやってきて数時間も経たなかったうちに、外様の自分に対して次々と情報開示がなされていったのは彼女の口添えあってのことだったのだと。

 同時に、その頼まれ事を請け負う訳にはいかない……とも。

 

「……ガンダムなんて代物を先に見せたのもそういう訳か。教導なんてサービス外だよ、俺に他人を教えろだなんて」

「あの222(トリプルツー)の元副隊長でしょ? できるわよ、コーラサワー君の面倒見れるくらいなら」

「買いかぶりすぎる……ユリウス・レイヴォネンなんてのは、自分の望みを叶える方法も戦いひとつしか知らない奴だ。そういう男には人を導いていけるような器など宿るわけがない」

 

 それが本心からの言葉だった。これからの世界の中心であるソレスタルビーイングに手を加えてしまうことで自分の知る歴史を歪めてしまうのが恐ろしいというだけではなく、ユリウスが未だに自己肯定感を取り戻せずにいた証拠だった。

 

「……これを言っちゃうのはずるいのかもしれない、けど。あの時言った、あの人の二の舞を作らないって気持ち……まだ忘れてないのよね」

「当たり前だ」

「それでも私たちには手を貸せない?」

「現実ってものを見てきたから俺は……」

「――――現実だけを見てて、あなたは前に進めた?」

 

 言われて、ユリウスは押し黙る。

 自分を律する力、敵を倒す力……力が足りないと言って戦いに身を投じ、彷徨い続けたこの二年。では、今はどうなのか?

 既に見初められるほどの実力を手に入れ、守りたいと願った一人の少女とも顔を合わせることができた自分が今ここにいる。ならば、動き出すのは今なのでは――――スメラギの言葉に、そう思わされるユリウス。

 何かが変わることを恐れる自分も確かにいる。しかし、動き出さなければ何も果たせない。宿願も、約束も。

 

「……いいと思う?」

「いいんでしょ。でなきゃ推さないもの」

「そりゃそうか」

 

 そう思えばこそ、ユリウスは困り気味にスメラギへ尋ね……次にはそれを了承した。

 

「……やってみるよ」

「本当!?」

「どのみち妹家族を守りにここに来たんだ。それが仕事ならやるさ」

「ユリウス君、ここに家族がいるって聞いたけど……本当なのね」

「さっき髪も切ってもらってね。前に結婚した妹がいるって言ったけど――」

 

 回答と同時に緊張した雰囲気も緩む。それをユリウスもスメラギも感じ取っていて、このまま少しばかり家族であるリンダとイアンに対する説明ついでの土産話でも……と、思った矢先。

 この時間は誰一人尋ねないはずのドアが開いて、乱入者が現れる。人影は、みっつ。

 

「おいユリウス!! すげえぞこの腕!! 一発芸やりまーす!!!!!!」

「――――――は!?」

 

 ひとつ目は入るや否や気の狂った口上を上げつつ、新調したらしい義手の手首を高速回転させるパスレル・メイラント、他ふたつはその背後にいる王留美、付き人の紅龍。

 

ドリルアーム!!!! すごくね!? コレあればケーキの粉混ぜるやつとかいらねえぞ!!」

「いや、おまっ……早くね!? なんでここわかったんだよ!?」

「わたくしが教えたので」

「余計なことをしないでください!!」

「お二方と()()の話になるそうですから、わたくしも立ち会わねばならないでしょう?」

 

 重要な対談の最中にこの女を放り込むということの意味が短い付き合いでもわかるはずだろうに、王留美という少女は迂闊すぎるか意地悪だ、とユリウスは思わざるを得なかった。

 しかしユリウスの驚きは異様に速い再生治療の終了に対してだけでも、いきなりパシーがここに現れたことだけにでもなく、『なぜまだパスレル・メイラントが存在しているのか』というところにあった。

 全身でまばらに負っている傷痕の消去に火傷の治療、欠損した四肢の再生もいっぺんにとなると時間がかかるのだが、右腕が以前の三本指の安物から最新型の機械製義腕になったところを見る限り、どうやらその辺りには本人の希望からかまったく手をつけなかったようだ。

 

「だいたいちょっと頭治すだけなんだからそんな時間かかるかよ! ……つかお前の仕事はあたしの仕事なのに何の相談も無しってマジかお前!? そいつらの仲間になるつもりかよ」

「あ、いや……それは、いや待て俺の勝手だろそれは!! もう同じ職場じゃないだろ」

 

 その『本人の希望』が通るという所が、ユリウスも予想のつかなかったところなのだ。即ちそれは、不良品イノベイドのパスレル・メイラントという個体が、なぜか人格の消去と新しい任務のための人格を植え付けられずヴェーダに存在を許されたという事に他ならない。

 このチンパンが将来何の役に立つというんだとヴェーダに訊いてみたくなったユリウスだが、眼前で声高々に言葉を繰り出すパシーに圧倒されて思考がままならなくなる。

 

「……へえ~~お前冷てえなあ。あ~あ~~幻滅しちゃうなああ~~~~、いいのかあんたこの男は相棒をないがしろにするよーなひでえ男だぞぉ? 女泣かせの最低野郎っすよこいつは、そっかぁあたしとは遊びだったんだなあ~~~~」

「あら、見かけに寄らず冷血な殿方ですのね」

「お嬢さんまでなあ……! 俺にどうしろってんだよ!?」

「え、あの……えぇ……!?」

 

 時置かずして叩きつけられる情報量に圧倒されるスメラギと、自分に対するパシーのウザったい絡みに顔を覆うユリウス。このお騒がせ女をわざわざ焚きつける留美の言動も甚だ不可解である。

 

「だからさぁ、距離取ろうってことだって! あたし考え直したんだけどさぁ、この組織自分で稼いでるわけじゃねえからスポンサー様が降りりゃあたしら職無し給料無しだぞ!」

「……いや、お前まさか」

「苦しくなったら同志だから無給労働でとか言われんのやだよ! そりゃあPSCから抜けてフリーにはなっちまったけどさ、傭兵は傭兵でいようぜって言いたいんだよ」

 

 ……スペースコロニーまでやって来て、やることは金勘定。即物主義もここまで来ると気持ちがいいというべきか、ユリウスは呆れて口を閉じることすら忘れてしまった。

 しかしここでユリウスの中に一つの疑問が生じる。これまでコンビでやってきた傭兵生活の中で『撃ちっぱのが気持ちいいから』とかの理由で弾代すら考えようとしなかった女が、もし本当に脳機能を損傷していて、それが回復して億兆が一の確率で多少なりともまともな知能を手に入れるとしても、ここまで急に算段がつけられるようになるだろうか?

 答えは否だろう。しかし教えられた猿知恵くらいなら使える程度の頭があるので、そういったことを誰かが吹き込んだ可能性は大いにある。

 というより、話が始まる前にそれを示唆した人物がこの部屋にひとりいる。

 

「……お嬢さんの入れ知恵ですか?」

 

 王留美……恐らくは彼女。

 その麗しい笑顔の裏にどういった企みを秘めていたのかは、その後に続いた彼女自身の言葉によってユリウスが察した。

 

「入れ知恵だなんて人聞きの悪い。パシーさんは勧誘と条件そのものには魅力を感じているそうですが、組織の思想には興味がないと仰っていたので……わたくしからひとつ提案を。ミス・スメラギにもお耳に入れていただいた方がよろしいかと思います」

「……え、ええ、とりあえず一旦整理つけたから。提案があるのね? 聞かせてちょうだい」

「このお二人を、わたくしどもが傭兵として雇うということであればどうでしょう?」

 

 ――何でも手に入る、手に入れられると思っている少女の悪い癖。恐らくこれは企みと呼べるものですらない、ただの欲しがりなのだ、と。

 普通ならこの提案は気を使って手を回してくれているのだとでも思う所だが、留美の本質を知るユリウスにはそう感じられてならなかった。

 

「理由をお聞かせ願えるかしら」

「お二人の信条が傭兵であるということに根差している以上、我々の理念と相容れない物だという事。懸ける想いは人によりけりですからそれだけならまだしも、本来こうも早くガンダムマイスターというこの組織の中枢へ近づけるべきではないはずです」

「……なるほど、言う通りではあるわね。正規のメンバーとして受け入れるのは早い、と」

「だからこそ彼らの面倒は、出資者でもありエージェントでもあるわたくし共が見ておくのが適任かと思われます。だって……」

 

 そう言うと同時に、留美は振り向いていたずらっぽく微笑みながら言った。

 

「お金持ちなら、信じられるでしょう?」

「おう!! 金出るうちはなんでも信じるぜ!!」

 

 何ら疑う素振りを見せずに、力強くガッツポーズを応えるようにキメるパシー。両手で顔を覆うユリウス。

 そんなユリウスの姿を見かねてか、声色を優しめにしてスメラギが問いかけてくる。

 

「ええと……いいの? アレで」

「いいよもう……やること同じだし、軌道修正とかできねえから……」

 

 ここでスメラギはようやく悟った。この男ユリウス・レイヴォネンという人間は、どうやらかつての友人と同等あるいはそれ以上に世話を焼かせる女と縁ができてしまったのだ、と。

 

「いた!! 取りつけだけ済んだら逃げるなんて何を考えてる!? 筋電位はデリケートだって言っただろ、君のパーソナルデータと併せてのフィッティングが済んでからだなあ!」

「お医者さんじゃん。いやさっぱりしたユリウス見たくてつい……でもほらこんなに手首回せんだから大丈夫っしょ」

「そういう問題じゃないんだよ!! ちゃんとやらんと操縦なんて精密動作はできないぞ!?」

「えっそれは嫌だ!! 帰るわじゃあなユリウス」

「……何なんだよお前さあ……」

 

 ……不憫に思えど、急にやってきたモレノ医師と何やらドタバタした末に嵐のように去っていった彼女を見れば代わってあげたいとは微塵も思わなかった。

 それにもう一つ、スメラギはユリウスに伝えるべき連絡事項があったのを忘れるところだった。

 

「そうそう……ユリウス君、1300にメディカルルームへ。今出て行ったJB・モレノ先生のところで身体検査をしてもらうわ」

「検査……どこも悪いところはないつもりだが、まあ一応か」

「PDAに検査項目のリストがあるから目を通しておいて」

 

 スメラギに言われた通りにPDAに送信されたデータへ目を通すと、多くの機材を用いて随分と詳細な検査が行われるようだった。

 一介のテロ組織としてはそもそも身体検査の実施自体あり得ない程の厚遇だが、これほどとなると正規軍も顔負けと言うべきのもの。しかし、ソレスタルビーイングという組織の内情をある程度知っているユリウスにはもはやこの程度では突っ込んだ探りを入れる気も起きなかった。

 

「別に知られたらマズそうな身体の秘密なんてないけどな」

「一応ってコト。早めに癌でも見つかったらすぐに治せるから」

「……不健康な生活はしてないつもりだよ」

 

 再生治療で23世紀からのがん治療は全く簡便で手早く終わるものとなったとはいえ、まだまだ人生の残りが長いユリウスにとってそのようなものが見つかればどこに不健康があったものかと悩まされることに間違いはない。

 戦いに身を置く自分が厚かましく何をというような考えが脳裏をかすめるが、願わくば二度目の生涯は無病息災でありたいものだ、と心の中でユリウスは願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……『脳の10パーセント理論』じみているね。まさかとは思うけど、君ともあろう者が擬似科学にのめりこんでいやしないかい?』

『旧世紀のオカルトとはワケが違う。それに、僕らの量子脳理論とてGN粒子の発見前は眉唾物の理屈だっただろう?』

 

 ところ変わって、脳量子波通信による会話……リボンズ・アルマークと、リジェネ・レジェッタによる通話。その議題は、最近のリボンズが始めたとある調査についてのこと。

 

『実際にデータは得られたんだ、僕の言っていることは事実でしかない』

『確かに、24世紀に入った医療の進歩や僕らの技術力をもってしてもなお人間の脳の全てが解明されたわけじゃない。未だにその機能がわからないエリアも存在する……』

 

 若干の喜色を声に乗せる上機嫌な様子のリボンズに対して、リジェネの反応はやや冷めたものだった。

 いずれ地上を支配し人類を正しく導くのは自分達イノベイターであり、その肉体は現生人類などとは比較にならないほど優れた能力を持っている。ならば、取るに足らない既存の人類など気に留めて何になると言うのか……そう思うからこそ、最近のリボンズの行動が無意味な時間の浪費に思えて仕方がなかった。

 

『しかしね、たった1%にも満たないこの脳領域が常人より活発に動いているといっても何がどうなるってことでもないんじゃないかな。君は自分の立場を理解してもう少し冷静に』

『それこそが彼ら()()が僕たちを凌駕し得る理由さ』

 

 気に食わない存在ではあるが、リボンズ・アルマークは今のところ自身を含むイノベイターのまとめ役。計画の遂行に注力していなければならない存在である。軌道修正を図ろうと、リジェネは脳量子波を通して見えるデータに反論し始める。

 しかし、聞く耳持たぬとでも言うようにリボンズはそれを遮って語り始めた。

 

『君には言っていなかったが、あの個体……パスレル・メイラントは僕の脳量子波を一方的に遮断してみせた。戦闘タイプとして生み出されヴェーダからの優先権は上位にあるはずの僕の脳量子波を、特別な強化も受けていないただの情報収集タイプが、何の装置も使わずにだよ』

『なんだって……?』

 

 そうリボンズが言うと、『Julius Leivonen』と『06928-AH119 Passerelle Maillant』とそれぞれ題された2つの脳波計測の結果がリジェネの脳内に現れる。

 

『先の脳領域――――便宜上『X領域』とでも呼ぼうか、それが活性化することでこの波形が表れる。通常、人間の脳波には表れないパターン……この波形は脳量子波に干渉するし、脳全体の働きも変える。能力や発生条件の全容はまだ精査が必要だが、ユリウス・レイヴォネンの未来予知的な力の正体は恐らくこれだ。つまりそれは、パスレル・メイラントにも備わっている可能性が高い』

『X領域……それが君の脳量子波をかき消したというのか』

『計画の方も滞りなく進めているよ、心配しなくてもいい。ではね』

 

 そう言って会話を打ち切るリボンズ。

 瞬間、ほくそ笑む表情が抑えきれなくなる。くっくっ、といった笑い声も。

 

「X領域を解放した者。『Xラウンダー』とでも言うべきか……パスレル・メイラント、君は僕への天啓だな。そうか、これが本物の進化というものか」

 

 脳量子波の遮断能力――――それ即ち、ヴェーダからの干渉をも跳ね除ける力ということ。

 そしてそれは、自分と同型の塩基配列パターン0026にして自分よりスペックの劣った情報収集型のイノベイドであるパスレルにすら宿った。即ち、自分も同じ力を手に入れられない道理はないということ。

 この力を手に入れることができた時、自分はイオリア計画から解放され――――否、それすらも超越した存在に進化するだろう。

 そうとわかれば、欲にまみれた下等な人間に媚びるこの雌伏でさえも苦痛にはならない。創造主イオリアに対して、自分は最大の反逆手段とも言える力を見つけたのだから。

 

「それまでは牙を研ぎ澄ますとしようか。フフフ……」

 

 イノベイドの肉体はアルコールによって酩酊することもない……しかし、その日のリボンズは知る限り最も上質なワインボトルを開き、自らの幸運に酔いしれた。


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