ガンダム00世界で留美やネーナやコーラサワーとイチャイチャしながら生きる 作:トン川キン児
暖色の灯りが木組みの部屋を照らす、摂氏八十度を超える室温の密室。
――――それこそが、サウナ。
灼熱が支配する極限環境に、ある四人の男が挑んでいた。
ユリウス・レイヴォネン、ラッセ・アイオン、イアン・ヴァスティ。そしてロックオン・ストラトスことニール・ディランディ。ユリウスだけが上段に座り、下層以上の熱波を堪能している。
腕をぶら下げうなだれている者、組んでいる者、姿勢を正している者と態勢はばらばらだが、皆一様に珠のような汗がその肉体にしたたり、口を開く時と言えばうめきや息を吐く時ぐらいで、会話のひとつも交わすことはない。静寂だけが広がっている。
そうしているうちにユリウスが立ち上がり、手桶と柄杓を手に取り、中央に鎮座する積み上げられた熱石に向かって歩み出した。
部屋に入ってからこれは二度目の事。ロックオンはそれを見て、先に起こったことを思い出す。
弾けるような音と同時にそこから出た蒸気は高温と乾熱からくる息苦しさを和らげ香ばしく芳醇な香りで室内を満たしたが、同時にそれまで以上の熱波を放った。
ロウリュ、というらしい。入室前にユリウスがそう言っていたと思い出すロックオン。このサウナにはセルフでロウリュが行える設備が用意されており、室内を自由に調節できる。
「かけるぞ」
「……っす……」
消耗故に断る気力もない。柄杓の中にある茶の混じった水をざっと石の中に落とすとたちまち室内の湿度は上がり、その波が全員の体感温度を上昇させる。
「ッ……!!」
熱波に巻かれるエージェントたち。蒸気を巻きあげた張本人であるユリウスは当然ながら平然としており、イアンもそれなりの余裕がある。
ラッセに至っては薄笑いを浮かべているほどだが、ロックオンはもうこの三人についていけそうにない。身体の消耗度合いを鑑みて、そう思うしかなかった。
ぼんやりと入室前のユリウスの言葉を思い出す。こうなった発端の言葉を。
『サウナには10分……湯で汗を流し水風呂に2分、身体を拭いて外気浴と休憩を10分……』
……冗談じゃねぇ……。
『…………醒めた身体に……熱いのは……お前の拍動だけだ……』
(終わりにしたい……!)
入室から未だ6分。それでも、ロックオンはサウナのドアを開けて部屋を後にした。
初心者が無理をしてもいいことはないと、ユリウスからも事前に言われていた。その道の熟練者が言う通りにしたまでである。
……だが、これではわからないままなのか?
何が待っている? 何のために……?
汗を流し、水風呂に浸かり、休憩を経れば……今の自分でもそこへ辿り着けるのか?
(知りてぇ……それが男の世界ってヤツなのか……?)
かけ湯で汗を流したロックオンの足取りは、間違いなく水風呂に向いていた……。
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「……サウナ行きてえ」
「ああ?」
時は数週間前に遡る。
「休暇取りに行く」
「……テロ組織に休暇欲しいっつって貰えるもんなのかね」
「本格的な活動が始まってるわけじゃない。恐らく何とかなる」
「あ、そ……」
そういえばそろそろこの発作の時期が来る頃だったか、とパスレルは考えた。
身体を温めることに癒しを求めるのであれば、普通に上質な温泉にでも浸かればいい話。だというのに、このユリウス・レイヴォネンという男は「
ユリウスの行動は大方パスレルの常識の範疇にあるものに留まっているのだが、長い付き合いの中でこれだけは共感し難かった。
義手のせいでそもそもサウナには入ることもできない、というのも大きい。
(再生治療しときゃコイツに合わせられたのかもな~)
などという考えも一瞬パスレルの脳内によぎったが、ユリウスの趣味に付き合うためだけにイカした義手を付けた生活を捨ててしまうのも癪ということで、考えはすぐに頭を通り過ぎていった。
そもそも他人に何かを合わせるという選択肢がパスレルにはない。
「PASSさ……お一人様でどうぞ~~」
「いや……リンダと行くんだ次は」
「知るか。勝手にやってな~~」
妹と行きたいなどと言われてもパスレルには関係のないこと。自分よりテンションが高い人間がいる空間において、パスレルは急速に冷めていく性質があった。
やや突き放すような言い方をすると、ユリウスは休憩室を出て行った。そこに残されたのは、パスレルただ一人。
「……妬けちまうんじゃないかぁ?」
一言呟いて、手持ちのドリンクをストローから啜るパスレルであった。
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「えっサウナ!? 私と!? 行く行く!! あなたも行きましょ!?」
「……マジか、やっぱリンダの兄貴だからそう来るか。あれ寿命縮みそうでなぁ……」
「何言ってるのあなた! スオミを嫁に取ったならサウナとも一生の付き合いをしなさい!!」
「師匠たち……どっか行くの? 私も行ってみたいなぁ」
「シェリリンちゃんも一度は体験しておくべきよ……! モレノさんに言ってみましょ?」
(……わしも生贄は多い方がいいよなぁ)
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「おやっさんからお誘いなんて珍しいもんだ……健康にいいんだってな? リヒティはどうだ」
「俺、ちょっと無理っす。行きたいは行きたいけど身体の事情があるもんで」
「そうか。俺が行くが……マイスターは」
「謹んで辞退する」
「……俺も降りる」
「僕も……ちょっとパスかな」
「俺は行かせてもらうぜ。たまの休みを合わせてみんのも悪かないし、教官殿の趣味も気になる」
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「へえ……温泉旅行なあ。構わんぞ、イアンとリンダがいるんなら」
「ほんと!? ぃやった! ね、フェルトも行かない!?」
「私は……別に」
「えぇっ!? 温泉!? 何か楽しそうなこと考えてるじゃん、行かないのフェルト!?」
「く、クリス……」
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右手で目元を覆いながら、座るユリウスが言う。
「……なぁリンダ、イアン」
「うん……」
「……なんでそんな増えてんの? 9人だぞ9人、もうちょっとしたツアーだろこれ」
「ま、まあ成り行き上な……。わしもこんな増えるとは思わんかった」
イアンとリンダにミレイナ。ラッセとロックオン、フェルトにクリスにシェリリン。そこにユリウスを入れれば、いつの間にやら九人の大所帯ができあがっていた。それも、ユリウスの与り知らぬところで。
たまの休みに普通に家族ふたりでサウナに行きたいというだけのことだったのが、伝言ゲームじみて伝わっていった結果で温泉旅行とまで話が飛躍している。
今回の考えが起こった時期が、ソレスタルビーイングが武力介入に向けてあまりできることがない時期というのも手伝って、たまたま休暇を取りやすい状態だった、というのが主要因である。
「今さらサウナにだけ行くとか言えなくないか……」
「なんだか浮かれちゃったのね……」
……こうなってしまった以上は仕方ないので、代替案を真剣に考え始めるユリウス。
おまけに今回は子供連れ。ティーンエイジャー程度の若い世代なら正直なところサウナなど退屈で暑苦しいだけ、同じ場所で遊べるところが欲しいというもの。サウナはサウナと完結しているフィンランドでそれを探すのはかなり厳しい。
――――となれば。最近ではまったく活かされることなく錆びついてきた、転生者である自分の知識にあるあの国が役に立つ。
エンターテイメントとしてのサウナを極め続ける、あの国が。
「――――よし。日本行くぞ」
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それから数週間後、いよいよその日がやってきた。
軌道エレベーター『天柱』から地球へと降り、飛行機で一路日本へ。レンタカーの九人乗りバンに全員を詰め込み、その運転をユリウスが担当する。
ここまで大人数かつ全員が初見の旅行で、妙にすいすいと手馴れた順を踏んで移動の秩序を纏めていくユリウスに違和感を持つ面々もいたが、プロの軍人や傭兵だった人間は団体行動の経験も身に付くのだと言うと多少は納得していた。
高速道路から公道に乗り換え、山中を走り、着いた先は格式高い旅館であった。
「インは俺が済ませる。寛いでな」
ソレスタルビーイングのエージェントは元々、脛に疵持てば笹原走るを地で行く生活をしていたのが大半の面々。和式のものはおろか、格の高いホテルすら初めてという者ばかりである。
故にユリウスにそう言われて、数千のランプが吊り下げられ床面に反射する幻想的な風景のロビーで休憩する各人の反応も各様だった。
「私、ちょい前まで逮捕秒読みだったのにさぁ。こーんなとこ来れちゃうんだなって……」
「……凄いね、ここ……」
「俺はちょいと事情は違うが、いくらなんでもジャパンはなぁ」
義家族との縁を切り天涯孤独のままクラッキングで身銭を稼いでいたクリスティナに、コロニー以外の世界を知らないフェルト、マフィアだったラッセの反応。華やかでありながらしかし閑寂を伴った、「WABISABI」に初めて触れる彼らは目を白黒させている。
「すごいですぅ~~~~!!」
「す、凄いけど……これ、大丈夫なんですか。お金とか」
「子どもがそんな心配しちゃダメよ? たまの休みになるんだから、いっぱい楽しまなきゃ」
「……それもそうか!! うわッソファーふかふか!!」
子供らしい反応のミレイナとシェリリン、保護者役としてそれを見守るリンダ。
「おやっさん嫁さんと娘はいいのかい」
「そりゃあお前、クリスティナにフェルトもいるんだからわしだけ同室って訳にゃいかんだろ」
「まあ、な……何でこんなとこ知ってんだろうなあの人」
「さぁ。わしらが知らないだけで日本人の知り合いでもいたんだろ……いいとこだなァしかし」
ユリウスの背中を見つめるイアンとロックオン。
ロックオン・ストラトス……ニール・ディランディの記憶に古い思い出が浮かぶ。
まだ小さく無垢で、家族は五人で、普通よりは良い程度の暮らしだった頃。父と母は多めのボーナスを貰ったと言い、自分と弟と妹を高めのホテルに連れて行ってくれた。
この場と同じで、かつてロイヤルファミリーが愛したとも言われていた場所だったろうか……ユリウスが戻ってくるまでの間、そんな思い出に浸りつつガラスの向こうに見える庭園を見渡していた。
「部屋までは……ここをこうだ。そっちの面倒、頼むよ」
「任せて。お兄ちゃんもゆっくりしなきゃ」
「だな……みんな。今から部屋に行って着いたら自由行動だが、1750にはここに集まれ。下手打つと飯が出なくなるから、そのつもりでな」
「あれ? ユリウスさん部屋食だって言ってませんでした?」
「そりゃあ…………ミレイナがいるから。パパと別々のご飯、ヤだよな」
「お部屋はしょうがないけど、ぜーんぶパパだけ仲間はずれなんてかわいそですぅ」
「あー……!」
「そういうワケでな。じゃあ、一時解散」
(子供の目線ってのをわかってるんだぁ……あれ、けっこーいい人なんじゃない!?)
質問への答えに感心させられるクリスティナ。
……単に頼みそこなっただけだとは口が裂けても言えないユリウス。
それぞれの思惑はともかく、一行は二手に分かれて部屋へ向かった。
「ゆ、ユリウス……! わし、ミレイナにあんな事言ってもらえたぞ!?」
「……ああ、よかったな」
「できた男だなぁわしの義兄さんは!! 運転もできる仕切りもやってもらえると来て、こんな男滅多にいるもんじゃあ――」
「――――早く部屋に行くぞ……!!」
「……お、ええ……?」
――――軌道エレベーターから地球を見降ろしているとき。
飛行機から日本が見えてきたとき。
レンタカーで山林を抜けてきたとき、旅館に着いてまどろっこしい受付を済ませるまでのとき。ユリウスの焦燥は次第に高まるばかりで、もう抑えが利かない所まで来ていた。
「一秒でも速く……サウナ行きたいんだ!! もう誰の邪魔も入らない……!!」
「ちょっ……何だ? 大丈夫か教官」
「お前らも来るんだよ!!」
「はい!!」
きっ、と向けられた眼光に宿る異様な気迫に圧され、思わず返事をしてしまったロックオン。
自らの人格とは合わない仕事であってもこなしてきたユリウス・レイヴォネンという男。それをここまでにしてしまうのが、サウナというものの魔力だというのか。
それならちょうどいいというもの。行けばわかるというなら、四の五の言わずに行ってみるまで……その時のロックオンは、まだそう考えていた。
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「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「……アッー!!」
「んん゛!!」
時は冒頭、その少し後に移る。
順にイアンと、ラッセ、そしてユリウスが水風呂から発する呻き声。
ロックオンはそれを、露天風呂横の外気浴スペースから見ていた。
足先から上半身にかけて順に水をかけてから、ゆっくりと浴槽に浸かり……皮膚から伝わる刺すような感覚に悶えながら、限界近くまで熱せられた身体を冷たい風呂に沈めて冷やす。
まさに金属の焼き入れが如き工程を人体に施す。浸かっているうちに身体の熱が自らの周りに流れ出始めるので、馴染んでからは多少マシになる……ロックオンは先ほど身をもって体験した。
こんなハードな工程を経るのなら、休憩をしろという理屈にも納得がいく。身体の芯は暖かく、外はきりっと冷たい感覚は初めてのものだし、全身に広がっていく脱力感は確かに心地がいい。
しかし、あれほどの苦行を経て得られるのがこの程度のものなのだろうか。訝しむロックオンだったが……そのうち、あることに気付く。
(なんだ、この酩酊感は……?)
アルコールなど当然まだ口に付けていない。だというのに、心地よく揺られるような感覚が全身を支配していて、それが常に続いている。
いつ始まったものかはわからない。だがこれはアルコールや立ち眩みなどによるものなどとは違う、もっと深いところから来ている。そう感じられる。
聞こえてくるのは自分の心臓の鼓動だけ。今までに味わったことのない幸福な瞬間……。
「わかるか?」
「……!」
「それがサウナだ……冷めきる前に、もう一度来るか湯に浸かるか、終わりにするか。好きなように行けばいい……」
水風呂から上がり、身体を拭きに戻るユリウスがロックオンにそう言った。
『サウナの後はいいものばかりだ。飲むにも食うにもな』
これもユリウスがここに来るまでに言っていた言葉。それが現実味を帯びてきた。
これほどの負担を身体に負わせたのち、求めるままに摂りたいものを摂る。それは、何物にも代えがたい喜びなのだろう。
「行くか、あと二回……」
世界の痛みと苦しみの先にある幸福、もとよりそれを望んだからこそガンダムマイスターとなった。だから、それを身を持ってよく知っておくのも悪くない。
……サウナに行くだけにしてはやや大仰な理由を見出して、ロックオンはもう一度歩み出した。
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・
「ふぅうう……♪」
ところ変わって、女湯、露天風呂。
ベンチで休憩を取るリンダ。タオルは長い髪を纏めるため頭に巻いてしまっているので、その身体に視線を避けるため隠されている箇所は一つも存在しない。
「あ゛~~~~」
「これが
彼女もユリウスに負けず劣らずのサウナ好きであるが、今はミレイナとシェリリン、二人分の保護者としての役割がある。二人が自分と同じようにサウナに行けるようなら良かったのだが、こればかりはどうしようもないことだと彼女自身も納得していた。
「お湯に浸からなくていいんですか?」
「シャワーならともかくあんまりお風呂って馴染みなくって。サウナばっかりだったの」
「……そんなに、いいんですね。サウナ」
横に座って呼びかけたのは、同じくのぼせ気味の身体を休めているクリスティナとフェルト。どちらもそのほど良く育った豊満な肢体を、隠すことなく人目に晒している。
「リンダさん、サウナ……行きたくないですか?」
「それはやまやまだけれど、ミレイナがいるもの。そういうワケにはいかないわ」
「代わりますよ! 私だって21ですし。代わりに美容に良さそうなの見えたら教えてください!」
「本当!? ありがとうクリスちゃん!! 愛してる~~!」
クリスティナの提案に、年不相応な喜びようを身体と言葉で余すことなく伝えるリンダ。
抱き付かれたクリスティナは「これが一児のお母さんの抱き心地なんだなぁ」と、自分でも親父臭いなと思う感想を思い起こさせるほどの柔らかさに圧倒されていた。
「じゃあよろしくね! 泳いだりさせなかったら大丈夫だから」
「はい! ……あっ、え、ダメなんだそれ……そうなんだ……任せてください!」
何やら不吉な文言が聞こえた気がするが、リンダが席を立とうとしたその時……。
「あの……!」
「え?」
「私も……一緒で、いいですか。やり方、教えてください」
フェルトが、強くリンダを呼び止めた。
・
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・
「この氷ね、アロマ水を固めたものなんだって。私もこんなの初めて、クリスティナちゃんに教えてあげなくちゃね」
「…………」
「無理、しなくていいからね? 調子が悪かったら楽しめないもの」
サウナストーンの上に氷を置き、フェルトの横へと腰掛けるリンダ。フェルトに対しては口数の少ないおとなしめの子だという印象をリンダも持っていたが、受け答えははっきりとしていた。他者との関わり方がわからないというわけではなさそうだ、とも。
緊張から来るものということでもない。ならば、何か心に抱えているものがあるということ。
そういうものを楽にさせたいのであれば、まず自分が心を開かなければならない。
「……なんでも話していいのよ?」
「!」
「なんでも聞いてあげる。フェルトちゃんが嫌じゃなければ、だけど」
「ちっ……違うんです。悩みとかじゃないんです、けど……」
……何かの思いを秘めているのは確かだが、それがフェルトを苦しめているというわけではなさそうだ、とリンダは考えた。
溶けだして蒸気になりつつあるアロマが緊張を幾分か解きほぐしたのか、二人きりの状況に慣れ始めたのか。少しずつフェルトが語り始めた。
「……リンダさんに直接言うのは、恥ずかしくて……勝手に思ってるだけで」
「私に?」
「……お母さんの顔、小さい頃に見ただけではっきり覚えてないんです。両親はガンダムマイスターだったから、秘匿義務で確かめることもできなくて」
「……そう、なのね」
名前も、その人柄でさえも明かすことはできない。だが、ガンダムマイスターである三人の同僚が存在し、そのうち二人の忘れ形見が、フェルト・グレイスなのだ、と。そう聞いていた。
「……勝手にそう見てるだけ、です。でも、お母さんも……あなたみたいだったのかなって」
その言葉で、リンダは納得がいった。フェルトが自分を見つめる視線の意味がわかった。
彼女は同じ母親である私を、自分の母親に重ねていたのだ、と。
「ミレイナちゃんに優しいのを見てて、もしかしたら私もそうしてもらってて……でもみんな覚えてなくて。なんだか、私……ひどい子だなって」
「そんなことないわ」
「…………ん」
「あなたはなんにも悪くないのよ。みんな赤ちゃんの頃なんて覚えていないのが当たり前だし、お母さんに会いたいのは恥ずかしいことなんかじゃないの」
努めて優しく、包み込むようにリンダが語りかけた。
「それでもご両親に申し訳なく思うなら、フェルトちゃんがご両親のためにできることはまだまだたくさんあるのよ」
「それって……?」
「生きていくこと。親にとって、それ以上嬉しいことなんてないもの」
「…………生きていく」
「わかるのはずっと先かもしれないけどね。私、ちょっと手が早かったから。ふふっ」
度を越して熱い室温も手伝ってか、リンダの言葉はフェルトの心に染み入るかのようだった。
――――生きていく。それが、両親がこの世界にいた証であり、望みでもある。
この胸に突き刺さっている寂しさが抜けることはないのかもしれないけれど、それでも、生きていく。ソレスタルビーイングとして。それが、亡き両親に対して自分ができるなにか……フェルトは、確かにそう思えた。
……それはそれとして確かに若い、ともフェルトは思っていた。夫のイアンと比べれば尚更。
「だから、私のことをお母さんと思ってもいいのよ? 今日だけでも、ね?」
「そ、それは流石に……迷惑、ですから」
「迷惑なんかじゃないわ! フェルトちゃんも少しくらい甘えられる人がいなきゃダメよ」
いくら包容力のある優しい人だとしても、今日はじめて深く関わったばかりの人をいきなりお母さんなどとは恥ずかしくて呼べない。ましてやリンダには実の娘もいる。
頬のあたりに熱が集まってくるのがわかったフェルトだったが、サウナのせいか自分の赤面のせいなのか、その場ではまったくわからなかった。
わかる人は一瞬でわかるロケーションだと思う