斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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よろしくお願いします。

※原作のネタバレを多分に含むため、未プレイの方はご注意ください。






序章 収斂の勇士たち
収斂の勇士たち①


 

 

 

『だからこそ、今なのだよ』

 男は告げた。

 七耀暦一二〇四年。エレボニア帝国、帝都ヘイムダル。バルフレイム宮──いや、煌魔城の最上層。

 すべてが終わり、ぽっかりと空いた仲間たちの心。それを踏み荒らしていくのは、低く艶のある男の声。

 彼は、静寂に満ちた熱気の祭場を突き進む。

 簒奪を目論んだ男の頭上を。

 忠実な子供たちの心を。

 無機質な黒い傀儡を操る少女の視線の先を。

 蒼き英雄の、その体を。

 その全てを、なんの驚きも痛痒もなく受け止めながら。

『貴方は……』

 呟いただけだ。少年──太刀を携える黒髪の少年もまた、空虚となった心には驚きが生まれ、納得が生まれ……そして、黒い意志が、生まれる。

 先頭に立って指揮を執ることを認めてくれた仲間たちに、何の声もかけることができない。

 数奇な縁で、戦場を渡り歩いた太陽の少女も。

 信頼し合い、絆を作った漆黒の少年も。

 家族のために、その身を震わせた銀髪の幼子も。

 故郷のために、伝説になぞらえ心を震わせた遊牧民も。

 使命のために、己の魂を導いてくれた魔女も。

 彼女と志を共にする獅子の心の仲間たちも。

 希望のために、翼をゆだねてくれた放蕩の皇子も。

 誰も何も言えなかった。ただ、己の中を駆け巡る鋼の脈動に、視界の端に見えた黒い靄に戸惑うだけ。

『真実は常に、事実に求められてさまようものだ』

 悠然とした声。戸惑う者たちに、血の気が失せる者たちに、いつまで経っても思考を追い付かせない。

『この場における事実は一つだ。我が子供たちに、この未曽有の事態を収拾してもらっていた、ということ』

 埋まっていく数々の欠片は、一つの事実を得て考えたくもない真実へと繋がっていく。途方もない現実。

 戦い抜いてきた。灰色の戦場を。

 多くの希望を糧にして、襷につないで。

 数奇な絆と縁を力にして。

 死の呼び声を、絶望の中をすり抜けて。

 ただ、ひたすらに前へ。ひたむきに前へ。そうして辿り着いたこの場所で、少年たちは大きな壁にぶち当たる。

『どうして……どうして貴方が……!?』

 絞り出すような声。たくさんの信じられない現実に、少年は目の前の人物に、感情しかぶつけられない。

 そうして、困惑の果てに待つ。

 絶望。

 渦巻く暗黒へ誘う、その言葉。

「お前たちには英雄として、しばらく役に立ってもらうぞ」

「──はっ!?」

 リィンは目を覚ました。

 体感として僅か数秒前、ほんのわずか前にも感じたその光景は、今は、もう消え失せている。

 眼前に広がるのはボックスシート。暑くもなく、寒くもない空間。規則的に体を揺らす、舟をこぐ人間には心地のいい振動。

 ここは、列車の中だ。帝国の中心、帝都ヘイムダルへ向かう列車の中。

「……ずいぶん、目覚めの悪い夢を見た気がするな」

 同じ列車の中にはちらほらと人の気配がするが、近くには人はいない。小さく呟かれた言葉は、誰にも聞かれることはなかった。

 夢を見た気がする。力強く低く、そして艶のある声。静寂が支配する真っ赤な空間の中で、その声だけが何かを伝えていたのを覚えている。

 けれど。

「……どんな夢か……だめだ、判らない」

 夢幻に消えるから、夢なのだ。冷や汗までかかせたおどろおどろしいその光景は、もうどんなものか判らなかった。

 何となく、窓の外の風景を見る。未だ走り続ける導力列車は、都市と都市の間の自然豊かな景観の中を走り続けていた。

「着くまではまだ、時間がかかりそうだな」

 列車が止まるには、まだ早かった。かといって、いつ頃に眠りこけていたのかすら判らないが、もう寝ることもできそうにない。

 リィンは大人しく、これから始まる学院生活に想いを馳せることにした。

 ただ、自分を呼び止める冷たく無機質な声だけは思い出せた気がして、呟いた。

「……『汝、力を求めるか?』」

 

 

────

 

 

 そこは薄暗く、人里離れた古の戦場。

 枯れた大地を突き進んだ先にある、太陽の砦。

『どうだ……ティオ?』

 正面の少女に、問を投げかける。水色の髪の少女は、沈黙の後に悲痛な表情を浮かべた。

『悪い予感が的中です。時・空・幻、上位三属性が働いています』

 それは、彼らにとって今まで幾度となく凶報を告げる合図だった。

 水色の髪の少女より、いくらか年上の銀の髪の少女。彼女の震える声は、それでも美しかった。

『どうやらこの先は、一筋縄では行かないみたいね』

 最後に、赤毛の青年が苦虫を噛みつぶすような表情となる。

『って事は、あの得体の知れない化け物どもが徘徊してるってことか』

 四人は、住む街を守ってきた。

 稚拙な腕で、揺れる信念を掲げて、少しずつ。

 四人は、進み続ける。

 託された意志を胸に、たった四人で。

 鐘の交差する街で起こった、麻薬事件の終着点。

 扉の先、狭い部屋を通り過ぎ、柱が折れたる祭壇の奥へも進んだ。登り階段の先にあるのは。

 煉獄の奥深くへ続くかのような、無限の回廊だった。

『ここは……!』

 自分の声が反響する。地の底に続く縦穴。深さ五百アージュの煉獄門。

 この数日間、故郷の街を危機に陥れた元凶が、この先に待っている。女神を否定し、悪魔を崇拝する非道な集団。

 恐怖はあった。それでも突き進む理由があった。

 水色の髪の少女は、過去の因縁を乗り越えて。

 銀髪の少女は、縁ある咎人に光を届けるため。

 赤毛の青年は、逃げた道が正しいと証明する。

 自分は……生まれ故郷の街を守り抜きたくて。

 何よりも四人は、大切な少女に笑顔でいてほしくて。

『俺たちの仕事は一つだけだ。俺たちの道を拓いてくれた人たちのためにも』

 そして、帰りを待っているあの子のためにも。

『その辛気臭い幻想を叩き壊して陽の光の下に引きずり出してやる!』

 覇気に満ちた声だった。自分でも、強い声を出せたと思った。誰の助けもない絶望的な状況で、仲間たちの一筋の希望になれたと思った。

 水色の髪の少女は、決意を新たに金の瞳を輝かせた。

 銀髪の少女は、同輩の勇敢な声に勇気を振り絞る。

 赤髪の青年は、頼もしい相棒と共に歩くと決めた。

 彼らは口々に言う。決意と勇気と、信頼のこもった言葉。

 号令をかけるのは自分だ。

『クロスベル警察・特務支援課所属、ロイド・バニングス以下四名──』

 これから先、どんな確執や過去や疑念や、絶望が自分たちを引き裂いたとしても。

 俺が、皆を繋いでみせる。

『これより事件解決のため強制潜入捜査を開始する……!』

 皆の返事が聞こえる。

『ミツケテ……』

 少女の声が聞こえた。

『ワタシヲ……』

 俺が、彼らを繋げてみせる。

「ワタシヲミツケテ」

 目を覚ました。

「──はっ!?」

 視界に広がる光景は、闇へ続く煉獄の回廊ではなかった。

 大陸を横断する、長距離の鉄道。生まれ故郷へと帰る、東から西へ向かう鉄路のどこかの列車の中。

「……ここは……」

 右を見た。窓の外には岩壁が映る。

 正面を見た。穏やかな顔をした老齢の夫婦がいる。

 自分の体を見下げた。仕事着として選んだ、動きやすいがそれほど洒落ていないトレーナー。

「そうか。そうだった……」

 自分の今の状況を理解した。何で自分がここにいるかを。

 その頭の片隅で、自分の意識がついさっきまでいた場所を考えこんだ。

 覚えている。自分の他に三人いた。自分たちは、勇気を振り絞って、絶望的な状況に立ち向かおうとしていた。

 けど、やっぱり夢だった。彼らの名前も、出自も、そもそもなんであんな場所にいたのかが思い出せない。

 何より不思議に思ったことがある。

 発見を希求する少女の声は、不思議なくらい不思議には思わなかった。

 自分が誓った《皆》は、目の前にいた三人だった。三人をして《皆》と表したのだ。

 ならば《彼ら》は。いったい誰のことなのだろう?

 

 

────

 

 

 夢を見ていた。

 夢を、見ていた。

 ただただ高かった時計塔の屋上。そこにお母さんと一緒に立って、空を見上げていた。

 あの時、私は四つか五つ。物心がついたばかりで、だから当時のことで覚えている光景も少ない。そんな私にとって、空はお母さんとお父さんの次に大切な宝物だったかもしれない。

 どこまでも続く青、その中に映える雲と白隼の白、雨上がりに輝く虹。

 見下ろせば、それなりに大きく見えた故郷の街並みと、牧歌的極まりない森林という大自然と、離れにある自分の家と、巨大な湖と、王都を囲む古代の城壁。

 どれも大きかった。ちっぽけな私にとって、世界のすべてに等しかった。

 でも、違った。

 私の世界は、世界のすべてではなかった。世界は、世界の一部だった。

 燃え盛る炎と、灰色の燻りが、いやな匂いを肺いっぱいに押し広げて、どうしようもない現実を教えてくれた。

 あの空は、どこまで続いているのだろうか。ちっぽけな私が生きる大陸の、どこまでも広がっているのだろうか。

 今はもう、判らない。たくさんの色の翼が、その真実を教える前に、焼け落ちていった。

 熱かった。寒かったのに、熱かった。

 目の前に広がる灰色の戦場は。夢の中、子供だった私には到底似合わない、剣と槍が無数の墓標のように広がるその戦場は。

 寒くて、熱くて、私の体を蝕んだ。

 痛いのか優しいのか、冷たいのか熱いのか、それとも強いのか弱いのかもわからない、とにかく全身を『大きな』衝撃が襲った……そう思った瞬間、エステルは目を覚ました。

「──っ!?」

 驚きで跳ね起きたらしく、唐突に広がるのは、先ほどまでの異様な光景ではない。カーテン越しの陽光もあって、木造の温かみをくれる壁で、小綺麗に整えられた衣装タンスの上に控えめな調度品が並ぶ、『年頃の少女の』と前置きをつけても差し支えない小さな部屋。

 何度か瞬きをして、さっきまでの光景が夢のなかのものであることに気づいた。一度深く息を吸い込んで、ゆるゆる溜息をついた。

 こわばった体をほぐして、自分の体を確認する。視界にちらつく栗色の髪の毛、適度に焼けた白の体。今は夏らしく薄桃色のネグリジェをつけ、露出した胸元は深呼吸のおかげか緩やかに上下している。

 少し冷や汗をかいていることにも気づいて、ようやくベッドから身を起こす。意識が覚めてみれば、何のことはない、どこまでも平凡な朝の夢だった。

 朝日を浴びるため、窓辺に近づく。途中、その窓が鏡となって、もうすぐ女性と形容してもいいほどの年となった少女の顔つきが見える。栗色の髪を腰まで伸ばし、穏やかそうな赤い瞳が見開かれている。いかにも快活そうな顔が、笑みを浮かべた。

 カーテンと窓が、少女の手によって開かれた。目を傷めそうな太陽の光と、それに慣れた先に見える森林の大自然。鼻腔には、土の匂いが風に乗って入ってくる。

 風のそよぐ音に交じって、自然界にはない音が届く。揚げ物を作る音、階下から聞こえる人の営みの音だった。

「まぶし……ちょっと、寝すぎちゃったかな」

 日は完全に上っている。もう、この家に住むほかの家族も完全に起きているだろう。今日は、自分が乗り遅れてしまったようだ。

「いい加減、起きなきゃね」

 開かれた窓を網戸に入れ替え、少女は衣装タンスへと歩を進める。一瞬だけ少女の視界に、身の丈ほどの群青色の棒術具が映った。

 

 

 

《──収斂の勇士たち──》

 

 

 

 

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