斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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2話 初めての演習③

 重苦しい鉄塊がリィンの寸前を閃く。王国では珍しい黒髪が風圧になびいた。

 その間髪の間合いは、剣士としての矜持を持つリィンならそうそう怖気づくものではない。だがアガットの攻撃には、我流の太刀筋以上の激情を感じる。だからこそリィンは一定以上の攻勢に出ることができなかった。

 そもそもが、重剣と太刀。正面からのぶつかり合いで勝てない以上、必然リィンは技術をもってアガットと対峙することになる。

「……おらぁ!」

 重剣を振り回すアガットに、リィンやヨシュアを卑下する空気は見られない。ただその鉄塊をもって、抑えきれない激情をもって鉄塊を振るうその様は、並大抵のどんな相手よりも緊張を強いられた。

 不良だが、戦闘開始時の掛け声以外の卑下の言葉もない。烈火のごとき瞳はまるで歴戦の戦士のような覇気。

 重剣の剛撃をいなしつつ、それでもリィン一人では受け止められない。アガットの怒涛の連続攻撃は、リィンの両脇を開かせた。

 まだ、無言のアガット。その大きな拳がリィンの側頭部を狙い定めるが、

「大丈夫、リィン。僕がフォローする」

 この場はリィン一人ではない。もう一人、リベール仕官学院における逸材がいた。双剣を鞘に納めたヨシュア・アストレイはその中性的な体躯を器用に屈め、リィンとアガットの合間に入り込む。その拳を痛めながらも手の甲でいなし、手首をつかむと勢いのまま背負い投げを試みる。

 アガットの草色の瞳が燃え盛る。

「舐めるな……ガキどもがぁ!」

 重剣を地に刺し踏ん張る。体格の差も相まって技を決めるには至らなかったが、技術と膂力が結果として拮抗した二人は制止することとなった。

 その隙を見逃さないリィンではない。

 八葉一刀流、四の型《紅葉》。アガットに近づき、そしてすれ違いざまに一閃。

 アガットは苦悶の表情を呈する。ヨシュアとアガットの拮抗が崩れた。

 今が勝機。ヨシュアは距離を取り、両腰の双剣に手を添える。そしてリィンすら追い付けない速度でアガットに肉薄した。それは《絶影》というヨシュアの戦技の一つだったが。 双剣が鉄の肉体に触れる瞬間。

 ふざけるな。

 そう、重剣が呟くのを聞いた。

 双剣の峰がアガットの腹を捉えると同時、アガットは大仰すぎる動きでヨシュアの胸倉を掴みにかかった。

 片手で振りかぶり、速度を乗せたヨシュアを掌のボールのように投げ飛ばす。

 陽光が煌めく倉庫の中、土煙をあげながらヨシュアは背を叩きつけられた。

「がはっ」

「先輩っ!」

 続けざま無防備なヨシュアに重剣を振りかぶるアガット。リィンは決死の覚悟で割り込むと、再び太刀で牽制。アガットを一先ず引かせる。

「てめえもか。峰での生温い牽制だとは笑えるぜ」

 それは士官候補生であるリィンとヨシュアに殺生の覚悟を問うものだった。

「ふざけるな……軍人が、理由もなく市民に手をかけてたまるか!」

 これは暴走するアガットを制するための戦い。それに、とリィンは声を荒げる。

「今回の件……悪ふざけじゃすまされない陰謀の可能性だってあるんだぞ!」

「それがなんだ」

「なのに……まだ子供みたいな癇癪で捜査の邪魔をするのか!?」

 言動から察するに、彼の奥深くに帝国本土への怒りがあるのは間違いない。十二年前、帝国がリベールを蹂躙したのは紛れもない事実だ。

 だが。

「もう同じ帝国民だろう!? 内輪揉めをしてる場合じゃない!」

 元来感情を内に溜め込む傾向のあるリィンだ、アガットの言葉に後ろめたさを感じない訳ではない。それでも、今この時。自分はリベール領邦軍の一員なのだ。負けてはいけない。

 だが、それでも、同じ視点から物を言わないリィンの言葉は、アガットには空言にしか聞こえない。

「内輪揉めだと? 笑わせるな。俺が落とし前をつけたいのは帝国だけじゃねえ。何も否定をせずに帝国の言いなりになったリベール軍もだ」

 アガットの内側から、黒い靄をリィンは幻視する。

「なのに戦犯は……モルガンは早々に処刑された。過去の遺恨の贄となって、それでもう帝国と王国は仲良しこよしだ」

 モルガンの処刑。それはあらゆる人々にとって、暗い感情を呼び起こすもの。やっと立ち上がったヨシュアは目を細める。贖罪の山羊となっても、一人を殺めただけでは後悔や憎悪は精算などできやしない。

 だからアガットは認めない。認められない意思がある。

「恨みは消えない。モルガンが晴らしたのは帝国とリベールの遺恨だけだ」

 アガットが、喉よ枯れ潰れろと言わんばかりの咆哮を明滅させた。

「──シャは……死んだ奴らの恨みは、どこで晴らすってんだぁ!」

 そして飛ぶ。降り下ろした重剣は狙いなど定めず、既によけた少年二人がいた場所を破壊した。

 怒号の後の、一瞬の静寂。リーダーの首を狙おうとしていた幹部たちも、この剣幕には驚かされたのだろう、何も言えず動けないでいる。

 諦念を生み出しかけたのはリィンも同様だった。技術や実力など別にして、もっと根本的なところで、自分は彼の意志を動かすことはできないと、そう悟る。

 重苦しい、ひどく疲れた声色が、リィンの耳を打った。

「リィン……諦める、かい?」

 振り向くと、ヨシュアがいる。リィンにとって頼れる先輩。学院首席。彼はリィンの表情から諦念を察しての言葉。

「現状、ある程度調査した情報は揃っている。ここで尻尾を巻いて逃げても、結果にはさほど変わらないだろう」

 諦めるのも手だ。アガット・クロスナーに対してリベール仕官領邦軍が不干渉を貫いている以上、無駄に傷を負うのが得策でないことも事実だ。仮に自分たちの前のめりな意志を捨てても、誰も咎めはしない。

「え、と……」

「僕は諦めない」

 言葉を濁すリィンに、そう強い意志を明かしたのはヨシュアだった。

 戸惑うリィンを遮り、ヨシュアは双剣を抜剣してアガットの前に立つ。

「ここで諦めたら、リベールに来た意味がない」

 アガットは、少しはその激情を発散しきったようだが、それでも瞳の中の炎は消えていないようだった。そしてそれに呼応するかのように、ヨシュアの琥珀色の瞳が冷たく光る。

「僕も貴方と同じだ」

「あん?」

「僕も、大切な人を失った。あの百日戦役で」

 アガットの言葉の端々からも、察せられるものはある。

 ヨシュアも話していた。だからリィンには、彼らを繋ぐものが少しだけ理解できた気がした。

「僕は意味を探すために来た。貴方が今僕たちを嬲ろうとするのと同じように、じっとしていることなんてできないから」

 旧リベール王国が帝国に併合された意味を知るために来た。そんなヨシュアは、誰から見ても素晴らしい志を持って映る。

 だからこそきっと、リィン以上に、ヨシュアには青年の言動に思う所があったのだ。

「だからこそ貴方には負けない。大切な人を失ってなお歩いているこの道が、どんな意味があるのかを知るために」

「……っ」

「だから、後ろ向きな貴方には負けるわけにはいかない!」

 ヨシュアが消えた。瞬きの間には、すでにアガットに肉薄している。

 驚きと困惑が広がる中、アガットは双剣の一撃目ををまともに喰らう。リィンでさえも眼で追いきれなかった。ヨシュアの戦闘力を語るうえで初めに出てくるものは、いっそ無機質ともいえるほどの速度なのだ。

 そして、二撃目。アガットは正面から、拳をもってそのまま受け止める。

 魔法も覇気もない、純粋な一撃だ。大した衝撃波も生まない。その直前に飛び交った言葉の数々も相まって、リィンもすぐに援護には行けなかった。

 再三の静寂が広がった。

「その、亡くした奴は。軍人か?」

「……いや」

「そうか」

 アガットは、ヨシュアの剣を投げやりに放って舌打ちした。

「ふざけるんじゃねえよ。お前もなのかよ。俺がぶつける相手は、いつ来るってんだ……」

 アガットは後ろを向く。恐らく、ヨシュアの境遇を知ったうえで、暴力に走る気が失せたのか。

 リィンは言った。

「俺たちは、暴力的じゃないにしても、アンタの言う《ぶつける相手》を見つけるためにここにきている」

「なに?」

「国と国のことだ。俺に是非を問う資格はない。けど影の事件のの元凶が悪意ある者の仕業なら、きっと市民の平和を脅かす敵だと思う」

「……」

 暴力という術を失くした彼に、リィンは精一杯問いかけた。例え自分に非がなくとも、侵略した国の一人として、占領された被害者である彼に誠意を見せるために。

 いや、本心だ。

「だから教えてほしい。貴方の《意志》を、何者かに届けるために」

 リィンは頭を下げた。ヨシュアもまた、双剣を収めてリィンに倣う。

 国や人種の垣根など、あらゆる要素が収斂したこの国では、きっと障害にしかならないのだから。

 その想いが、少しでも通じたのか。それとも、もともと青年はそれができる勇者なのか。

「俺を連れていけ」

 青年が放った言葉はそれだった。

「そこまで言うなら、直接俺に見せてみろ。お前たちの覚悟ってやつを」

 

 

────

 

 

『深夜の二時頃だったよ。妙な白いマントを羽織った影が空中を歩いてて、俺に向かって会釈したと思ったら北東の方角へ飛び去っていったんだ』

 そんなことを言ったのは、聞き込みをしたノーマン婦人の子息だ。当初の予定通り、彼に聞き込みと婦人の言葉を伝えられたのは僥倖だった。

 いずれにせよ、これで領邦軍が把握できる限りの情報は集めきったことになる。

 そこからの集めた情報の統合は、文武両道のヨシュアとリィンだけあって苦労せずに終わった。

 様々な挙動を見せ規則性がないと思われる影から、一つの法則を見つけることだ。

 その場での挙動、目撃した時間や人、目撃した場所……数ある要素から見つけた法則は、『白い影が去った方角』だった。

 すなわち、不良やリィンたちなどルーアン市内で目撃された影は北東に去っていったというもの。

 市の北西に位置するマノリア村や孤児院からは、東に去っていったという証言だ。

 そして市の南東、関所の兵士からは北に去っていったと。

 それらをまとめると影が去っていった、つまり影がやってきたらしき場所に目星がついたのだ。ジェニス州立学園──リベール州内有数の高等学校に。

「そして、ここがそのジェニス州立学園」

 ルーアン市から西のメーヴェ海道を歩き、マノリア村へ行く前の丁字路を曲がってヴィスタ林道へ。その道を行く先に見えてくるのが、件の州立学園だ。

 校門の前まで辿り着き、やや遠くに見える校舎を見ながらリィンが呟いた。この数週間でやっと慣れてきた士官学院の校舎と比べると、王立時代からの古き良き風格が白亜作りの校舎に見て取れた。

 そして今は夕刻だ。ちょうど予鈴の鐘が聴こえたのを機に、校舎の雰囲気が青春の場へと一気に様変わりしていく。

「元々が州有数の高等学校だ。それは帝国領となっても五本の指に入る程度には由緒あるものらしい」

 さすがに博識のあるヨシュアが答えた。そんな学園に影の元凶があるなど、一見して信じられないものだ。

「おい、なに感傷に浸ってやがるんだ。とっとと行くぞ」

 荒げた声で一人学園内に入っていったのは先に会話した二人ではなかった。

 いけ好かない少年たちの覚悟を見届けるのは、ルーアン市の不良アガット・クロスナーだ。一人勝手に学園へ特攻しようとする彼を、ヨシュアは困り顔で嗜める。

「貴方は……少しはここが十代の学生の場だってことを判ってほしいですね」

 レイヴンの影に関する情報を得られたので、少年二人としてはそれでよかったのだが、想定外なことに、そのままアガットはレイヴンを跡にしてついてきたのだった。曰く、少年二人の覚悟を見るために。

 市内一の不良が傍から見れば軍人と共に歩く姿は、市民からも異様に見えていただろう。リィンとヨシュアは統合した情報を軍部に報告しようとも思ったが、彼を連れて行くのも気が引けるので、情報の統合は市内の公園で気まずく行った。アガットが推測を投げ出さず二人の推理を得心が言ったように聞いていたのは、士官候補生二人にとっては意外なことだったが。

 意外なことと言えば、海道に出てから行った魔獣との戦闘だ。アガットの重剣の破壊力は織り込み済みだが、リィン・ヨシュアとの連携を乱すことなく戦っていたのは意外だった。

 困り者だと思ったものだが、リィンとヨシュアが感じていた覇気の通り、ただの不良というわけではない。それにアガット自身も、突然現れた少年二人を興味深いものとして見ているのかもしれない。

 アガット自身と戦う時に見えた、彼の中の激情。彼もまた、百日戦役の被害者かもしれない。人となりという意味でも、一概にただの不良とは言えないのかもしれない、少しは歩み寄らなければ判らないのかもしれないと、リィンは思った。

 リィン自身は己の道と、八葉の一端を見るためにリベール士官学院に来ている。だが帝国本土の人間として、リベール州と帝国本土を繋ぐ因縁を考えなければ、きっとリベールに来た意味は薄れてしまう。

 ヨシュアにたしなめられたアガットは、あからさまに顔をしかめて苦言を呈する。

「俺は別に生徒どもを脅そうとは思ってねぇよ。いらないレッテルを張るんじゃない」

「いやアガットさん、それは今までの貴方の所業を見たら言えないんじゃないですか?」

 リィンは威圧するだけの彼に対して、それでも暴力を働かないだけホッとして話す。

 どうでもいいが、リィンは彼に対し名前で呼んでも怒鳴られないかと思ったが、意外にも彼は呼び方を変えても反応しなかった。

 ともあれ、凸凹な三人組となって校内へ入っていく。

 まず最初、三人は生徒たちの注目を集めながら、しかしアガットがいることで誰にも声をかけられず校舎へ入る。受付に声をかけ、身分と事情を明かして情報提供を求めると、学園長室へ通される。

 ジェニス州立学園のコリンズ学園長は、物腰柔らかな雰囲気を持つ長い白髭が立派な好々爺だった。協力者として通された明らかな不良を目にしても、何も言わず穏やかに語り掛けるのみ。

 学園長はリィンとヨシュアの願いを聞き受けた。学園は丁度今日まで試験期間中だったらしく、学生たちは──学生なら当たり前のことだが──もっぱら勉学に専念していた。だからいつもと比べ白い影という噂など流れにくい。が、試験が終わった今日なら話は別だと。

 三人はコリンズ学園長から紹介された生徒会の学生たちの協力も得つつ、学園生徒たちから噂話を聞いて回る。白い影は生徒の何人からか聞くことができた。目撃された影の風貌はやはりリィンたちが見たそれと同じ特徴だった。

 彼らから話を聞いていく。多くは風貌の奇妙さやら行動の奇怪さだが、細かく分析していくとやがて影の出所が明らかになっていく。それは本校舎の裏にある旧校舎から影が来ているのではないか、というもの。

 関係者から許可を得つつ、三人は旧校舎へ向かう。生徒たちから話を聞くのはそれなりに時間がかかったため、旧校舎へ入ったのは太陽も沈む時間になってしまった。

 余談だが、リィンとヨシュアを見た女生徒はその端整な容姿に興奮を覚え、そして男子生徒は軍人の訪れに興味を沸かせた。年頃は学園生徒たちと同程度だが、後ろを歩く赤髪の不良の威圧感が原因で生徒側から話を振ることがなかったというのも余談である。

 そして時代に取り残された感のある寂れた旧校舎。

「なんだ、優等生たちの集まりだとは思ったが……」

「どうしたんですか? アガットさん」

「ずいぶんといいたまり場じゃねえか。覚えておくか」

 リィンは聞くべきじゃなかったと後悔した。

「ずいぶんと打ち解けたね……」

 あきれ顔のヨシュアだが、旧校舎正門の扉を見ると表情を神妙なものに変える。

「先輩? どうしたんですか?」

「リィン、これを見てくれ」

 促されたリィンはヨシュアが扉から剥がした一枚のカードを見た。その紙には薔薇と蛇の紋章が刻印されており、その裏面を見ると意味深な一文が刻まれている。

『旧国の剣となりし軍馬の勇士よ 我が仮初の宿へようこそ

千年の呪いと集う者たち 恐れぬならば 我が元に馳せ参じるがよい

第一の呪いは大広間に

――虚ろなる炎を目指せ』

 リィンと、そしてアガットが一文を覗き込んだ直後、突然カードが火を噴いて燃え散る。

 士官候補生と不良なので人並みにしか驚かない。アガットは面白くないものを見たようで憤慨しているが、リィンは興味深げに一文を反芻した。

 ヨシュアは続ける。

「アガットさんは知らなくても無理はないでしょう。大陸中で有名と言っても、リベール州は治安がいい。けどリィンは聞いたことないかい? 《怪盗B》という名前を」

 ヨシュアの想像通り、アガットとリィンの反応は対称的だった。アガットは「んなもん知るかよ」と投げやりだが、リィンは思い当たるものが記憶の端にある。

「確か、大陸全土で活動している神出鬼没の怪盗のことですよね」

 独自の美学を兼ね備え、《美の解放》というテーゼの基に各地で盗みを働く人物のことだ。天才的な奇術を用いるといわれ、誰も素顔を知らず、いつの間にやら財宝を盗み出すという芸当。それが単に『捕まらない』だけなら厄介な怪盗で終わるが、怪盗Bが不気味な由縁は別にある。

 曰く、盗む対象は金銀財宝だけでない。価値もない、だが見るものには何かを伝えるような絵画や軍要塞内の巨大戦車という盗む理由も判らないものから始まり、果ては夫に相手にされなくなった公爵夫人というヒトまでをも盗み出す。そして、場合によってはしばらく騒ぎを作り出した後に平然と盗んだものを戻してくる。怪盗B本人の利益には一見してまったく繋がらない反抗も多かったりする。

 一部で熱狂的なファンがいるほど有名な人物だが、なぜヨシュアはその人物を思い浮かべるのか。今ここで。

「今燃えてしまったカードに書かれた小説のような文章。カード自体が突然発火するという奇術。白い影を生み出しては不安をあおるだけの、目的も判らない犯行。そういうと、ちょっとは《らしくない》かい?」

「なるほど……」

 白い影、と一言で聞くと、それは一見して霊的なものを感じられる。だが影は幽霊現象にしては生きている人間に対する悪意が感じられるものだ。場所にとらわれる、という七耀教会の人間が解きそうな法則性はあるにしてもだ。

 仮定として彼らが知る既存の人物を犯人とするなら確かにこれ以上の犯人はいない。

 ただ、とリィンは聞く。

「仮に怪盗が犯人だとするなら、何を盗んでいるのかも判りませんけど」

 怪盗Bが盗んだものを返す傾向もあるとはいえ、そもそも今回のケースでは誰も何も盗まれてはいない。だとすれば、ヨシュアの予想も外れるような気がしないでもないが。

 ヨシュアも辿り着く疑問だったが、意外にも答えを示したのはアガットだった。

「盗んだのは《時間》だろ。影を目にした人間も含めて、こうやって調べる俺たちの時間を盗む邪魔な野郎だ」

 おまけに嫌なもんに触れやがる……そんな呟きは少年二人には聞こえず、意外な着眼点に驚くばかり。

 ヨシュアもそろそろ慣れてきたもので、先の戦闘の険悪さは薄れてきつつある。

「アガットさん、意外と探偵業とか向いてるんじゃないですか」

「馬鹿言え。そんなちまちました作業ができるかってんだ」

 リィンは考える。レイヴンの倉庫に行く前に考えたように、アガットはモラトリアムではない別の意味があって不良という停滞に甘んじている気がする。一士官候補生が考えるのもどうかとは思うが、きっとそれが今の彼には飛鳥なことなのかもしれない。

 少なくとも重剣を用いた戦闘力や、不良の外見に似合わない協調性。そして今のように市民であれば驚くような事象をありのまま捉える姿勢は、方向性を定めれば素晴らしい能力として昇華していくに違いない。

「さあ、行こうか」

 ヨシュアは言った。やはりアガットは、大きな文句も言わず冷静についていく。

 リィンもヨシュアも、そしてアガットも。それぞれ強い意志があってこの場に来たのだ。それだけは変わらない。それだけで、この場で共に戦えるだけの証明にはなる。

 頼もしさを覚えながら、リィンは校舎内へ入る二人に続いた。

 

 

 






今回の変化
・旧校舎調査隊:リィン・ヨシュア・アガット
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