斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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3話 邂逅~有角の獅子~⑤

 

 

 五月だが、夜ともなれば体も冷える。昼間は鬱陶しくなりつつある冬服も、夜の散歩に至ってはありがたい。

 学院に帰って正門へ。

「それじゃあ、僕はクロウたちを寮に送るよ」

 ヨシュアはリィンにそう言った。

 リベール領邦軍将軍であり、『剣聖』と謳われるカシウスとの晩餐会は幕を閉じた。今日決められた予定はなく、あとは各々床に就くだけ。

 ここにいるほぼ全員は優秀な学業成績を保っている。交換留学期間でもある現状、宵の時間に気を張る必要もない。

「なんだなんだ、もうお開きかよ?」

 クロウがつまらなさそうにぼやく。少ない時間でも彼のお祭り好きな性格であることは理解できた。留学生と代表二人、この十人が集まるのは少ない。せっかくだから何か楽しいことでもしようという彼の気分なのだろうが、残る二回生がそれを許さなかった。

「せっかくだし、これから食堂で──ぐほっ!?」

 クロウの腹にアンゼリカが一発。

「どこまでも空気の読めない先輩だな、君は」

「アン……君もでしょ。気絶したクロウを運ぶの、僕とヨシュアなんだけど」

 ジョルジュがぼやいた。流れるような連携を見て、リィンは脂汗をかいてラウラに聞いた。

「……アンゼリカ先輩って」

「先輩は東方武術の《泰斗流》を収めている実力者だ。無警戒のアームブラスト先輩を落とすことは容易い」

「そういえば、事前資料で武術二回生最強って書いてあったような……」

 沈黙していると、ヨシュアが他の一回生たちに何事か告げている。一回生からすれば、カシウスに負けず劣らずヨシュアも尊敬できる人物だろう。

 トワがこちらに近づいてきた。リィンを呼び寄せ、かがませてから誰にも──ユーシスとマキアスに聞こえないように耳打ち。

「それじゃ、リィン君。頑張ってね」

「え?」

()()()()んでしょう? ラウラちゃんもエマちゃんも、目がすごく張り切ってるよ」

 小さく華奢な体、けれどとても頼れるお姉さんのような言葉。

「ありがとうございます……トワ会長」

「え?」

「そう言ったほうがいいような気がして」

 先輩ではなく会長。理屈なんてないが、今だけは強くそう思った。トワははにかんだ。

「えへへ、うん。その通りだね」

 ヨシュアとジョルジュが意識のないクロウを連れていく。その後ろについて一回生に手を振りつつ、男子三人についていくトワとアンゼリカ。

 最後部のアンゼリカの両手の指がワキワキとトワに向けられていたように見えたが、もうめんどくさいので誰も言及しようとはしなかった。

「……個性的な先輩たちだな」

「はい、自慢の先輩達です」

 エマが言う。バトンは確かに、リィンと、ラウラと、そしてエマに繋がれた。

 ここからは自分たちの番だ。

「じゃあ、僕も寮に戻るぞ」

 沈黙を破るように、マキアスが言った。仲がいいのか悪いのか、ユーシスは何も言わずに同じように学生寮に向けて歩き出す。

 エマは動かない。ラウラもまだ動かない。

 リィンは男子二人の挙動を許さなかった。

「マキアス、ユーシス。……待て」

 それは、おおよそ今までの人生で初めて出たような声色だった。

 もうヨシュアたちも完全にリィンたちから離れている。もうこの時間帯では、学生寮の外を歩く人物は少ない。精々が先ほどのクロウのように、食堂を利用して自習室代わりや談話室代わりに使うものがいる程度で、夜の学院敷地内をほっつき歩く人物は殊更に少ない。

 ユーシスとマキアスはそろって立ち止まった。

「どうしたんだ」

「何か用か」

 ぶっきらぼうな様子。特にマキアスがあからさまに硬い声色だ。

 少し怖い。リィンは思う。

 それでも、どうして自分はこうして動けるのか。

「マキアス……この間の質問の続きだ」

「う……」

 マキアスはたじろぐ。ユーシスはいまだ背中を向けていた。

「気に食わん。なぜ俺まで付き合う必要がある」

「ユーシスにしたって同じだ。言っただろう、『それでいいのか』って」

 男児とは思えない艶やかな金髪が、煩雑に揺れる。振り返ったその金色の中の瞳は、静かな怒りに満ちようとしている。

「なら、俺が貴様に告げたことも覚えているな」

 今でもはっきり覚えている。『他校の生徒が中心を気取るつもりか?』と、そう言っていた。

「無様をさらし続けるつもりか?」

「そうだ」

「付き合えん」

 ユーシスが再び背を向け──その肩をリィンが強引につかむ。

「意地でも付き合ってもらう」

「貴様……!」

 男子二人の諍いに、エマが割って入る。

「ユーシスさん、どうか落ち着いてください」

「これは委員長の差し金か? 随分と急だな」

「エマだけではない。思いは私も一緒だ」

 ラウラが出ると、ユーシスもマキアスも強くは出れないようだ。

「マキアス。確かに俺に遠慮しているといっても、俺が強く出ていいものじゃないかもしれない。俺たちは産まれた地方も違う、学校も違う。身分だって違う」

「そうだ……君は、Ⅶ組じゃない」

「なら、同じⅦ組のユーシスならいいのか?」

 マキアスが目をそらした。

 互いのことはほとんど知らない。身分と出身を除けば、リィンは養子であること。エマは入学した理由。マキアスは貴族に含みがあること。ラウラは剣の道を志していること。

 そしてユーシスのことは今なお、知っていることは何もない。

「ユーシスなら、打ち明けるのか? 違うだろう、未だに《ARCUS》の連携も取れていないからな」

「君は……!」

 とことん、二人の頭を沸騰させる言葉だ。

 リィンはユーシスを見た。

「確かに俺は中心じゃない」

「そうだ。部外者に」

「でも仲間だ。同じ時間を共有して、多くのことを学ぶと決めた仲間だ」

 マキアスとユーシスと、ラウラと、エマと。四人と縁を深めた。リィンはもう、他人ではいられない。

「俺が他人じゃいられないのに、同じⅦ組の仲間たちが、他人でいられるなんて、そんなことがあるわけないだろう?」

 リィンは後ろを見つつ一歩下がる。代わりに前に出たのは、言わずもがな二人の少女。

 月の下、エマの表情は幽鬼のように見えて、たいして顔を上げるラウラは毅然としている。

「何もお二人だけの問題ではありません。委員長として、何もできなかった私にも責任はあります」

「貴族という意味では、私もマキアスと無関係ではない。それにアリサもエリオットも、きっと気持ちは同じだ」

 先日のいざこざの時に聞いた二人の想いと責任感。

 たとえリィンの力を借りたとしても、その想いを二人自信がぶつける、その決意は嘘ではありえない。

「Ⅶ組への参加は任意だった。ならばどのような言い訳をしても、そなたらが互いと向き合うことを選んだその事実が覆るわけではない」

 ラウラが強く言い切った。Ⅶ組への参加表明の時、一番乗りはラウラだったという。

「お二人が今、《ARCUS》の連携も取ろうとせずに妥協していること。それは怠慢です。私たちも……寂しいです」

 エマもまた、普段が優し気な委員長であるだけに、落差が激しく有無を言わせない雰囲気があった。

「ぐっ」

「言ってくれる……」

 リィンは二人を指さす。

「『今ここで連携を取れ』なんて言わないさ。けど、二人がいつか、《絆》を感じ取れるように」

 リィンは二人の前に立って、宣戦布告を言い渡す。

「意地でも今、向き合ってもらう!」

 マキアスが怒気を顕わにした。それはリィンのみならず、誰も利いたことのない声だった。

「そんな風に、人の意思を勝手に決めるから貴族は嫌いなんだ!」

「貴族が全員、傲慢だと思わないでくれ。同じように、家族がいる人間だろう!」

「なら何故、こうして勝手に決めようとするんだ!?」

 人気の少ない学院敷地内。リィンとマキアスの声は、遠くまで響く。

「貴族の特権じゃない! 仲間としてマキアスのことを知りたいからだ! 仲間として過ごしたいからだ!」

 リィンの胸中に浮かぶのは、両親と、そして大切な妹。たとえ血のつながりがなくとも、全員慈しんでくれる。

「貴族だって、平民と何も変わらない! ラウラが自分の父さんを卑下したことがあったか!?」

 それはない。マキアスは判りきっている。

 その家族関係がどうとは一言も告げることなく、明らかにイラつきながらユーシスが口を動かす。

「貴族は平民とは根本的に異なる。四大名門となればなおさらだ。無知な物言いはやめてもらおうか」

「役割の違いか。ならどうしてユーシスはマキアスに歩み寄ろうとしない」

「吠える犬への対処としては適切だと思うが?」

「ならやっぱり、根本は貴族も平民も変わらない。少なくともマキアスが変われば、ユーシスだって許せるだろう?」

 それは、エマの言葉を借りた者。ユーシスももう、許しているのだという。

「だまれ! 何も知らぬ他人が何を……」

 今度はリィンが叫んだ。

「なら教えてくれ! ユーシスはどうしてそんな風にしているのか!」

「何を見て育って、何を感じてトールズへ入学して、マキアスや俺を見てどう感じているのか!」

 信じられないくらい、不器用な声色だった。普段の優し気なリィンの表情ではなかった。

「黙っているだけじゃ何も伝わらない! 縁は絆にならない! 俺たちはまだ、誰とも()()()()()()()んだ!」

 元来、リィンはそれほど押しが強い性格でもない。けど今彼を奮わせているものは何なのか。

 はあ、はあ、と息を切らすリィン。ユーシスとマキアスは、何も言い返せていなかった。

 それはリィンの説得に打ち負かされたのではなくて、リィンの背後にカシウスの影を見たから。

 縁を絆に。カシウスが放ったその言葉に、いっそ拘束と言っていいほどの力を感じたからだった。

「私たちは、確かにお互いのことを何も知りません。話せない事情だってあるかもしれない」

 エマが声を震わせる。この時間を作り上げた張本人であるエマ、その声は彼女がⅦ組にかける思いを物語っている。

「でも、喧嘩や仲違いをしたいとは誰も思っていません! たった一ヶ月でも、私はクラスの皆さんの素敵なところをたくさん知っています! 同じように、お二人の優しいところもたくさん知っています!」

「委員長……」

「エマ君……」

 それだけ。リィンよりも、Ⅶ組の委員長の言葉によって、少年二人は言葉を詰まらせる。

 ラウラがマキアスを見た。

「マキアス。最初こそ壁はあったが、今ではエマと同じように、私に勉強を教えてくれるな。私はそれがとても嬉しい」

 ユーシスを見た。

「ユーシス。最初はおびえていたエリオットが、今ではそなたと殆ど対等に話せているだろう? それは彼自身の豪胆さもあるが、それ以上にそなたの本質を肌で感じ取っているからだ」

 大貴族の御曹司と、帝都知事の息子。一般人とは言わせない出自の少年二人を、リィンを筆頭にエマとラウラも加えて、無礼千万を覚悟でたきつける。

 それでもこうやって三人に背を向けないことこそが、彼らの優しさと真摯さの証明だと、リィンは思った。

 部外者の自分と、そして真摯な少女二人が、こんなにも恥ずかしい言葉を投げかけた。きっかけさえあれば、きっと彼らは変われる。

「僕だってな!」

 マキアスの突然の叫びに、隣のユーシスが一番驚いた。

「ユーシスとラウラがもっと傲慢なら、こんなに迷わずにすんだのに!」

 やけくそ、とでもいうべき想いが、月明かりに吐き出される。

 長い沈黙だった。

 ラウラが笑った。

「……やっと言ってくれたな。本心を」

「あっ」

 思わず口を押えるマキアス。

「く、どうしてこんなことに」

 ユーシスは頭をかいて苦々しい表情だった。

「貴様ら……」

 ユーシスはマキアスに対して何も言わない。

 してやったり、といった表情のラウラ。

「ユーシス。そなたも少しは、歩み寄ってくれそうだな?」

「……ふん、知るか」

「ユーシス、マキアス」

 リィンは、努めて落ち着いた声で言った。

「もう二人の本心は判った。どれだけ虚勢を張っても、俺たち三人はだまされないぞ」

 きっと、自分のことを疎ましくも思っているだろう。それでもかまわない。

「ラウラやエマのために、向き合ってくれると信じている」

 今すぐ二人の問題を解決できたと思わない。

 納得しなくてもいい。二人に気に入られるためにしたことでもない。

 マキアスが貴族のことを嫌う理由も判らない。マキアスの感情に対してユーシスが感じる理不尽さを払拭できたとも思わない。

 けど、少しは変わるきっかけにはなれたはずだ。停滞していたⅦ組を変える、一つの外力に。

 仮にも帝国男児。ここまでお膳立てされて、何もしない訳にはいかないだろう。

「七月の交換留学の代表として、俺はトールズの門をくぐって見せる。だからその時はもう一度、二人のことを、Ⅶ組のことを、教えてほしい」

 

 

────

 

 

 トールズ交換留学生八名は、七日間の工程を終えてリベールを後にした。リィンとヨシュアはリベール代表として最後まで彼らと共に同じ時間を過ごし、彼らを見送った。

 彼らはこれから、リベール州東端のヴォルフ要塞へと赴き、その真髄を見学した後にトールズ士官学院へと帰還する。それを持って前期交換留学は幕を閉じるが、この時点でリィンとヨシュアの役目は終わり、それぞれ担当教官と学院長に報告し、忙しすぎる一週間を終えた。

 晩餐会の後、マキアスとユーシスの言葉数は変わらず少なかった。けれどリィンたちの説得が功を奏したのか、ぎこちなくて戸惑いはあっても敵対するような空気ではなかった。

 結局《ARCUS》によるリンクは一度も行ってはいなかった。だが、そこはエマとラウラが、トールズにかえ帰ってからも協力し続けると言ってくれた。

 別れの時、エマが少し申し訳なさそうにしつつも、密やかに耳打ちをしてきた。迷惑をかけたことを申し訳なく思いながらも、それでも協力してくれたリィンに感謝していた。

 Ⅶ組の委員長であるという自覚が、彼女を奮い立たせたのだろうか。リィンとしては、彼女がユーシスたちを説得するときに放った言葉にどこか引っかかるものを覚えたが、今はまだ違和感としか感じなかった。

 リィン自身少しでしゃばったことに引け目がないわけではない。

 けれどもし自分がトールズを選びⅦ組にいたとして、ユーシスとは違う形でマキアスと問題が発生していたかもしれない。だからこそ、他人事とは思えなかった。協力できてよかったと思った。

『今度もしリィンさんがトールズに来たら、Ⅶ組を紹介したいと思います』

 それはエマの言葉だ。ラウラの想いでもあるだろうし、ユーシスとマキアスも同じように思っていてくれれば嬉しい。

『トールズも、見どころはたくさんありますから。図書室、ギムナジウム、旧校舎、それにトリスタの町も』

 その言葉に、どこか含みを感じたのはリィンの気のせいだったのだろうか。

 ヨシュアともそれぞれの報告を行い合う。ヨシュアと二回生たちはリィンたちのような衝突もなく、順調に日々を過ごしたのだという。

 一年越しの仲間たち。話を聞いたリィンは、ヨシュアの言葉数が少なくなっていることに違和感を覚え、けれど何も言うことができなかった。

 帝国本土とリベール州を繋ぐ試みの一つ、士官学院の交換留学。試みとしての交流に希望を持てた一方で、留学生たちは各々の問題に頭を悩ますことになる。

 それぞれの進路に、向き合わなければならない相手。リベール州を舞台にしてまで、掲げられた問題は帝国の闇だった。そんな我が物顔のような姿勢は、リィンのみならず留学生全員に飲み込みずらい違和感を残しただろう。

 それでも、リベール州が帝国領でるという事実に変わりはない。

 そしてそれは、リィンの決意をより一層強くさせる。

 《剣聖》に近づきたくて、自分の道を見つけるためにリベール士官学院へ来た。でも、貴族でありながら養子であるという事実は、やはり属領でなく帝国内でなければ深く向き合うことはできない。

 だから、ユーシスとマキアスの因縁に関わらず、必ず次の交換留学に代表として選ばれて見せる。

 ルーアン演習でのアガットやブルブランに見せた意志の強さと、交換留学でユーシスとマキアスに見せた我が儘な決意。

 元来自分を卑下しがちだったリィン・シュバルツァーの、周りを巻き込む求心力。

 《剣聖》に近づくために、自らリベール州を選んだ。その選択を選んだ結果が少しずつ、彼の本質を変えていく。

 

 

 









バリアハートでの実習の時、一つのきっかけで歩み寄ろうとしたマキアスと、そんな彼を助けようとしたユーシス。
過去のトラウマからいがみ合っていましたが、本質はやっぱり二人とも誠実なのだと思います。


次回、場面は変わりエステルが過ごす帝都へ……
4話、「緋の帝都の遊撃士」
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