斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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4話 緋の帝都の遊撃士①

 七耀暦一二〇四年三月。エレボニア帝国首都、帝都ヘイムダル。

 人口八十万。エレボニア帝国どころかゼムリア大陸で最大級の規模を誇るこの都市には、大陸中で活躍する遊撃士協会の支部が東と西に二つ存在していた。

 半年ほど前にリベール州から帝都に向けて旅立ち、遊撃士の修行を重ねていたエステル・ブライトは東の支部で主に活動している。

 今、エステルの眼には、長身で褐色の少年が一人映っている。

 遊撃士協会支部の門戸を叩いた少年。背に長物を携えた彼は、泰然とした様子でエステルと、他の二人を見る。

 一人、少年には届かないが長身を誇る女性が、その赤毛を跳ねさせて言った。

 サラ・バレスタイン。エステルが帝国で過ごすにあたり、師事することとなった先輩だった。

「帝国についてはまだ判らないことが多いでしょうから、君はしばらく私たちと一緒に行動してもらうわ」

 この場には、四人の人がいる。エステル、ガイウス、サラ。そしてもう一人、部屋の椅子で寝そべる銀髪の少女。

 エステルも少女も、少年が来ることを聞いたのは彼が現れる数秒前だ。コミュニケーション能力がないわけではない、メンバーが加わることを嫌がるわけでもない。けれど登場は突然で、驚きの感情を落ち着かせるのには数秒を要した。

 そしてその数秒が立つ前に、一人サラは上機嫌で言う。

「エステル。この後は急ぎの仕事はないわよね? ちょっと、付き合ってもらうわよ」

「え、ええ? サラさん、どういうつもりなの?」

「ガイウスも。荷物を置いて、得物と最低限の装備を整えたら、一緒についてきなさい」

「ふむ……」

 サラは、にんまりと、楽しげな声を発した。

「君たちには今から、サラ先輩の特別オリエンテーリングに参加してもらいます」

 少年少女三人はサラに連れられ、遊撃士協会支部を後にする。質問をしようともサラはあっという間に先導して、答えを聞く隙を与えてはくれなかった。

 帝都ヘイムダルは多数の区画に別れ、大通りだけでなく車の通らない道も、さらに道幅の狭い路地裏もある。

 帝都にはたくさんの地下道が存在し、至る所に地下道に続く扉がある。それは行政庁が中心となって管理しているが、地下道から時折出てくる魔獣の対処のため、フットワークの軽い遊撃士協会にもいくつかのカギが渡されている。

 遊撃士協会東支部が存在するアルト通りの一角。人気も少なく、陽の光も薄い路地裏の一角の前に、サラを中心とした四人はいた。

 張り紙の一枚をエステルに手渡して、サラは言う。

「それじゃ、わたしはここ待ってるから。今から地下道へ入って、この手配魔獣を倒して戻ってくること。いいわね?」

「ええ!?」

 突然の依頼要請。エステルは驚き、銀髪の少女が溜息を吐く。

「サラ、これって昨日サラに回された依頼……」

「細かいことはいいのいいの!」

 少女のぼやきを聞いたエステルが、サラを微妙な面持ちで睥睨するのだが、文句の言葉より前に耳が反応する。

「質問をしてもいいだろうか」

 少年が手を挙げてそう言ったからだ。

「はぁい、オーケーよ」

「手配魔獣の退治は、帝都で働くためのテストだろうか?」

 少年は『準遊撃士になったばかりの身』と言っていた。それはすなわち既に遊撃士として動くことができるのを意味している。

「うーん、半分正解ね」

 サラは頭を振った。

「あなたはあたしに着いてきてもらうのだけれど、それは今後この二人とも一緒に動いてもらうことを意味している」

 ガイウスは、二人の少女を見た。

「遊撃士は戦闘だけが領分じゃないわ。けどこうして手配魔獣はひっきりなしに出てくる。だから、お互いの戦闘スタイルを確認するのはとても大切なことよ」

 そういえば、とエステルは思い出す。

 半年前のことだからすっかり忘れてた。帝都にきて最初の依頼は、手配魔獣の掃討だった。それも先輩が片付け損ねた依頼を手伝う形で。

 文句もなくはない。溜め息も出る。ともあれ、やるべきことは理解した。

「わかった。じゃ、エステルもガイウスも頑張ってね」

 と、銀髪の少女が唐突に路地裏から出ようとした。

「こら、待ちなさい」

 常人からすれば少女の挙動は見えないほど速かったが、サラはそれを物ともいわず、少女の腕を『むんず』とつかむ。

 細見からしてあまり体重があるとは思えない。それを物語るように、猫が首根っこをつかまれるように、少女はなすがままだ。

「……なんで?」

「あんたも行くの。つまらないでしょうが」

「はぁ……メンドクサイな」

 サラは少女を雑に放り投げた。放物線を描いてエステルとガイウスの下へ近づき、やはり猫を思わせる挙動で着地する。

「じゃ、あたしはここでまってるから。それじゃ、あとはよろしく~」

 釈然としないが、少年少女三人は諦めた。これはもう、彼女の陰謀に乗るしかない。

 

 

────

 

 

 帝都の地下道は薄暗い。導力灯と原始的な松明による明りが、ある程度の空間を照らしてくれているから、先頭に関しては問題ない。だが今は午後三時、太陽も天高くから地上を照らす時間帯だ。それと比べると、やはり地下道の暗がりは多少の不安を呼び寄せた。

「改めて……ガイウス・ウォーゼルだ。よろしくお願いする」

 少年──ガイウスは少女二人を見る。

「俺は帝国人ではない。北方のノルド高原から来た。だから帝国のことは、判らないことが多い。いろいろと助けてもらえると嬉しい」

「あはは、奇遇ね。私も帝国人だけど、帝国本土の出身じゃないの」

 エステルは、その茶髪の髪を揺らし楽しげに笑う。暗がりにあってもはつらつとした明るさだった。

「私はエステル・ブライト。南のリベール州出身の遊撃士よ。もうすぐ正遊撃士に昇格で一応先輩だけど……年も近いみたいだし、気兼ねなくしてもらえると嬉しいわ」

「そうか……ありがとう」

 エステルは頼もしげに胸をそらした。

 聞けばガイウスはもうすぐ十七歳になる。エステルはあと数ヶ月で十八歳だ。約一年ほどの違いだが、規律を重んじる軍人でもなし、とてつもなくおおらかな二人だった。

「さ、フィー。アンタも挨拶しなさい?」

「エステルがやって」

 エステルが銀髪少女の頭を優しくたたいた。

「だーめ」

「むぅ」

 少女はガイウスの前に進む。身長差は三十リジュはあろうか。兄妹と言っても違和感がないほどだ。少女が見上げ、少年が見下ろす。

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

 明らかに年が低いのだろうが、年齢の差など気にしない淡泊な声だった。先ほどもガイウスを呼び捨てにしており、加えてエステルとサラに対しても同様だ。

 そういったことを深く考えないのか。と言っても、ガイウスもまた気にしない性格なのだが。

「そうか。よろしく頼む、フィー」

「ん」

 少女、フィーは癖毛の目立つ銀髪を書いた。声もさることながら、その目も眠たげだ。

 エステル、ガイウス、そしてフィーはそれぞれを観察する。

「じゃ、今はサラさんもいないし私が先導するわ」

 エステルが言った。懐から取り出した遊撃士手帳を見て、ガイウスとフィーに告げる。

「今回の依頼は手配魔獣の掃討。……まあ、まず間違いなくサラさんがサボった依頼が回ってきたんだけど」

 ジト目での悪態の後、エステルは喉を鳴らす。

「魔獣は《グレートワッシャー》。戦闘メンバーは私とガイウス君とフィーの三人。道中の魔獣でお互いの呼吸を見つつ、万全の状態で手配魔獣に向かいましょう」

「了解した」

「ヤー」

 極端に緊張しているわけでもなく、さりとてだらけているわけでもない。あくまで自然体な返事。これは問題ないだろうとエステルは思った。

 三人は地下道を歩く。五分もしないうちに、さっそく魔獣の群れが現れる。

 巨大化した鼠、触手を持つスライム上の変態、巨大な牙を持つ蝙蝠(こうもり)など。凶悪と言うほどではないが、油断できないことには変わりない。

「エステルとフィーは、前々からお互いのことを知っているのだったな」

 ガイウスが言った。その通りで、少女二人は戦闘スタイルを熟知している。

 それを確認したガイウスは、背に携えた自分の得物を悠然と振りかぶった。

「なら、まずは俺の戦いを見てもらおう」

 長身のガイウス、その身の丈ほどもあるその得物は、十字槍と呼ばれるものだった。木製だが頑丈な印象を思わせる持ち手に、文字通り十字に分かたれた穂先。目新しさはないが、雰囲気で頼りになると判る。

「故郷ノルドで作られた、伝統ある槍だ。……ではっ!」

 一息に跳躍し、殺気の死角を縫って鼠の背に槍を突き立てる。余計な抵抗をさせず、先頭にいた魔獣を一瞬で屠った。無駄のない体裁きだ。

「私たちも続くわよ!」

「ふぁい……」

 続けて、エステルが突撃した。

 ガイウスは着地の勢いそのままに、槍を振りかぶり魔獣どもを薙ぎ払った。ガイウスの背を狙う蝙蝠に照準を合わせるエステル。

「槍に棍か。お互い、気が合いそうだわ!」

 体を捻り、戻す反動で腕を突き出す。棍の連続突きが蝙蝠を吹き飛ばした。

 そのままエステルは体を独楽のように回し、周囲の魔獣を吹き飛ばす。

 背中合わせになるエステルとガイウスは周囲を睥睨する。

 死角はあった。二人の真上、いつの間にやら天井に張り付いた軟体魔獣、ドローメだ。

 音もなくそのドローメが二人の頭を狙ったとき、小規模の稲妻が刃の形を伴ってドローメの体と核を切り裂いた。フィーが魔法を放ったのだ。

「二人とも、粘液が落ちるよ」

「む」

「おっと」

 ガイウスとエステルは、地下水道に落ちないように飛び退く。ぼたりと音をたてて絶命する魔獣。

 魔獣の群れは、それほど強くなかった。数も多くなかったので一瞬で決着だ。

 それぞれの得物を振り払い、残心を解く。

 初戦は上々の結果だ。魔獣に攻撃させる隙も与えなかった。

「ありがと、フィー。助かっちゃった」

「感謝する」

「別にいいよ」

 三人が寄る。

「この調子でお互いの呼吸をつかんでいきましょ!」

「ああ」

 時期は三月。春先だが、陽の光の届かない地下道。空気はひんやりとしており、水路の水が湿気を与える。 

 三人は時々襲い掛かる魔獣を蹴散らしながら調子を整えつつ、気まぐれに会話も挟んで手配魔獣の下へ向かった。

「ガイウス君の槍はノルド製って言ったけど、ノルドの伝統なんだ?」

「ああ。ノルドは良質な馬の育成が有名でな。それに伴い、騎馬槍術を扱えるものが多い」

「へぇ……リベールも田舎だとは言われているけど、また違った趣がありそうね」

「ノルドは俺の誇りだ。機会があれば招待したい」

 ノルド高原。エレボニア帝国の北東に存在する緑豊かな高原地帯だ。古くからの遊牧民が暮らしており、ガイウスもその一人である。エレボニア帝国にとっては東のカルバード共和国との係争地でもあるのだが、それ以上に自然の景観が素晴らしいことで知られている。

 魔獣もいるので、準遊撃士になったばかりといえど彼の戦闘力も納得がいった。

「エステルの武器は棍か。確かに槍と親近感を感じるな」

「突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀、だから。私は父さんの知り合いの人から教わったの」

 父カシウスは、軍務があり家に帰るのも数少ない機会だ。武器でなく武術全般としての指南は受けたが、棒術の真髄はとある知り合いから教わっている。

 フィーが呟いた。ガイウスからするとけだるげな声色だが、エステルやここにいないサラからすれば、興味があるのだと判る程度のものだ。

「エステルの父さん、有名な軍人なんだよ。ガイウス、知ってる?」

「……すまないが、知らないな」

「あはは、その反応も初めてで新鮮ね」

 本当に初めての経験である。リベール州では知らない人など皆無だった。

 何度目かの戦闘の後、フィーが調整する得物を興味深げに見たガイウスが言った。

「フィーそれは、初めて見るな。なんという得物だ?」

「ん、双銃剣っていうの」

 それは短剣程度の双剣に、銃の機構が組み合わされたものだった。初戦のフィーは魔法を放つだけだったが、以降の戦闘では前線にも参加している。

「帝国は、本当にいろいろなものがあるのだな」

「まあ、フィーのそれは帝国でも珍しいけどね」

 弾丸の乱射で魔獣を牽制しつつ、素早い身のこなしで戦場を駆け巡り一閃を加える。エステルもガイウスも帝国本土出身ではないが、それでも実直な騎士道精神を重んじる帝国内の武術体系を王道とするなら異質な戦闘スタイルだ。

 だがフィーはそのけだるげな表情で、エステルとガイウスと同等以上の戦果を挙げていた。

 五回目の戦闘が終わったころになれば、それぞれの戦闘スタイルもつかめてくる。魔獣との戦闘も順調だ。そうなると話題は得物や武術にかかわることから離れ、それぞれの個人的な理由に変わってくる。

「ノルド高原から遊撃士として帝国へ、かぁ……よかったら、どうして帝都へ来たのか聞いてもいい?」

「ああ。俺はノルド高原を外から知りたくて来たんだ」

 ガイウスは、自身が属する遊牧民の、族長の息子なのだという。元々の故郷に対する深い愛情に加え、その立場故かガイウスは故郷を取り巻く、近代国家の足音に複雑な感情を抱いたのだという。

 ノルド高原の周囲は隣接するのがゼムリア大陸の二大国だ。この両国は領土争いを繰り広げており、ノルドはその影響を受けてきた。戦の焔に自分の愛する故郷、家族が巻き込まれること。それを恐れたのだという。

 故郷を守るためにガイウスが選択したのは、内にこもることではなく外へ飛び出しノルドを取り巻く世界を知ることだった。すなわち帝国をその眼で見ることだ。

 生まれ持った才覚もあってか、彼は日曜学校でも優秀成績を納めていたらしい。

「だが……外を見るための手段というものが、俺には判らなくてな。日曜学校の成績は優秀だと言われたが、推薦を受けるほど飛びぬけていたわけでもない」

 困り果てていたところに、ガイウスの日曜学校の師が、遊撃士という道を提案してくれたのだという。

「そっか……やっぱり、親近感が沸くわ」

「ふむ。エステルもそうなのか?」

 エステルはにへらっとはにかんだ。

「私もね、帝国本土のことを知りたくて来たから」

 エステルもまた純粋な帝国人とも言えない立ち位置だ。そして帝国本土をその身で確かめるためにリベール州から帝都までやってきた。そのために遊撃士の資格を得たわけではないが、ガイウスとのこの出会いも決して偶然ではないのだろう。

 ガイウスは帝都の北方、ノルティア州のルーレで準遊撃士の資格を得て、一度ノルドへ戻った後、帝都までやってきたのだという。本当にまだ新人だ。エステルは自分が試験に合格した時のことを思い出し、懐かしくなった。

「エステルは、もうすぐ正遊撃士に昇格するのだそうだな?」

「そうよ。帝国本土へきて半年……サラさんに着いて、五大都市を回りに回った。目立った活躍はしなかったけど、サラさんの指導がすごくスパルタでね。帝都以外はあっという間に正遊撃士の推薦状をもらっちゃったわ」

 「それと」とエステルはけだるげに歩くフィーか肩に手をかけ、後ろから抱き着いた。妹を溺愛する姉の構図である。

「フィーとも、その頃からの縁でね。頼りになる妹なのよー」

「エステル、薄いのに重い」

「あぁんですってぇ!?」

 力強く拳を振り下ろす、けれどフィーはエステルの腕をすり抜けて遠くへ避けた。

 その様子を見て、ガイウスは笑った。特にエステルのデリケートな部分ではなく、二人の仲睦まじい様子を見ての反応だった。

「ふふ……確かに、仲のいい姉妹のようだな」

 フィーに向けて悪態をついたエステルは、しかしガイウスを見てほっと息を吐いた。エステルはそれほど鈍感ではない。

「ガイウス君、緊張は解けた?」

「ああ。この通りだ」

 見知らぬ土地、女性だらけの仲間、突然の手配魔獣の押し付け。泰然とした様子の少年だが、年相応のきらいもあったようだ。

「地下道だが……今日はいい風が吹いている」

 順調に帝都の地下道を進んでいく。

 そして探索を始めて一時間後、三人は地下道の一角、一際広い空間に辿り着いた。

「いたわね、手配魔獣」

 グレートワッシャー。巨大なワニが、その腹部を風船のように膨らませている。背骨は鶏冠のように突き出て、それだけで人に傷を負わせそうな危険なフォルムだ。

「今までの敵とは段違い。二人とも、気を引き締めていくわよ」

「了解した」

「ヤー」

 探索開始の時と同じ掛け声。それぞれが頼もしく得物を構える。

「それじゃ……状況開始!」

 フィーは滑らかに。ガイウスはがっしりと。エステルは力強く。三者三様に魔獣に飛び込む。

 魔獣の咆哮が一帯を震わせ、それが開戦の狼煙となった。

 

 








ないことは作中でも書けないので補足すると……
・(これまで明かされた情勢より)リベールの異変が起きてない
→王国・帝国の国境交渉が起きてない
→ゼクス中将がノルドへ左遷されない
→ガイウスがトールズへ推薦されない
→しかしガイウスの旅立ちの意思は固い
→動きやすい遊撃士を進路として選んだ
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