斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~ 作:迷えるウリボー
新たにガイウスを迎えた帝都の遊撃士チームは、フィーも連れだって帝都の東、交易町ケルディックを訪れた。四月中旬のことである。
帝都から大陸横断鉄道を使用して、共和国方面つまり東へ。帝都の近郊都市トリスタを通り過ぎると、数十分後にはきらびやかな穀倉地帯と田園風景が見えてくる。その中心にあるのが、交易町ケルディックだ。
四大名門の一角であるアルバレア公爵家が治めるクロイツェン州の北方に位置する。北には帝国随一を誇る森――ヴェスティア大森林があり、その一部を人が入れるよう整備されたルナリア自然公園は観光地としても有名だ。
帝都からほど近いが自然豊かで、特産は野菜と地ビールがある。地理的には東に共和国や自治州、西には帝都や海都オルディス、南には公都バリアハートと、いずれも大都市が大陸横断鉄道でつながっている。
そんな立地条件から、この町が『交易町』の名を関するようになったのは必然とも言えた。ケルディックの名物である大市には、大陸中の様々な特産品が並び、人々を活気づけている。
「前に少し依頼で来たことがあるけど……うーん、相変わらず賑やかね」
「エステル、来たことあったんだ?」
ケルディックの駅前は、大市からは程遠い。それでも昼間、辿り着いた町並みはある意味帝都に負けないほど活気づいている。
エステルは基本サラとフィーと共に動いているが、たまには一人の時もあった。ケルディックに来たのはほんの数日だったが、町の賑わいは強く印象に残っている。
「ケルディック……ライ麦を使った地ビールが旨いのよねぇ」
サラはサラで、彼女らしい発言だ。
「交易町ケルディックか……」
ガイウスは神妙に呟いた。視界に映る自然の景観は故郷に近い牧歌的だが、けれど人の賑わいは全く違う。
彼は帝国が初めてというより、ノルド高原から出たこと自体が初めてだ。ここに来るまでの鋼都ルーレや帝都ヘイムダルも、ガイウスが知る蒼穹の大地とは別世界だった。
遊牧民で定住を拒み、自然と共に生きる側面が強いのがノルドの民なら、自然と共に人の交流を繋げたのがケルディックだ。ノルドも帝国の国境線に向かえば鉄道がある。そのつながりを強化すれば、どうなるのか。その可能性の一つを教えてくれているようにも思う。
遊撃士の三人とフィーの四人は、理由があってケルディックへ訪れた。だが実際のところ──サラの思惑のためなのだが──少年少女三人はここに来た理由は知らないでいる。
「今回はね、ケルディックの知り合い経由で元締めからの依頼よ。『町民及び商人からの署名の募集』という形で」
ガイウスも、フィーも帝国の出身ではない。エステルは帝国出身だが、リベール州出身のため四大名門の統治下にあるこのケルディックとは事情が違う。だからこの問題は、サラの説明と、そして依頼主であるオットー元締めの説明が必要だった。
「まずはオットー元締めに会いましょう。細かい話はそれからよ」
散策は後回しにして、元締めの家へ。扉を開いた先にいるオットー元締めは一見して物腰柔らかな老人だった。しかし商人たちがひしめくケルディックの大市を統括する者がそんなただの好々爺であるはずがない。そんな真実はサラにしか判らなかったが。
「ようこそ、サラ君。他の若き遊撃士の君たちも。まずは腰を掛けてくれたまえ」
元締め婦人が入れてくれた紅茶をいただきつつ、一同は元締めの話に耳を傾ける。
「というわけで、後輩たちにはいろいろと経験を積ませてあげたくて。元締めから直接お話をいただければと」
「ふふ、さすがサラ君はよく考えてられるな。そういうことなら、ぜひとも説明役を買おう」
自分で説明するのがめんどくさかっただけだろうな、とエステルは思った。
「今回君たちに頼みたいのは、大市の商人とそして町人たち。彼らから、署名募ることだ」
事の発端は、クロイツェン州の統括者であるアルバレア侯爵からの通達にさかのぼる。
列車の中で各々確認したように、ケルディックはクロイツェン州の領内にある。帝国は帝都をはじめとした属州や直轄地を除けば、四大名門が中心となって土地の運営をしている。それは領地によって運営方針が違うということを意味しており、各領邦軍──四大名門の私設軍──の運営や税収の違いもある。
今回問題となったのは、ケルディックの大市への参加税が跳ね上がるという通達が出たことだった。
「そんな……そんなの、ずいぶんとひどい話じゃないですか?」
エステルが言った。エステル自身は今までそういった財政面に興味を持ったことはなかったが、話を聞くだけでも情の無い話であることが分かる。
オットー元締めは優しく笑う。
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいのう。だが我々は公爵様の意向に逆らおうとは思わない」
オットー元締めは真摯な言葉で言った。そもそもケルディックはアルバレア公爵家の領地。オットー元締めはその奉公の精神が根付いている。
「あくまで、目的は生活に支障が出ない程度まで負担を下げていただくことだ」
急激な税収の増加によって商人たちは利益を上げようと躍起になっている。商人同士の小競り合いも増えているし、大市の経済が止まればそれはケルディックや周辺の都市へ影響が出るといっても過言ではない。
オットー元締めは何度か陳情に行っているが、アルバレア公爵は取り合うことすらないらしい。
そこで、オットー元締めは関係者の声を届けるために署名を募ることにした。対象は町人だけでなく、町に住んでいるわけではない商人も含まれている。その署名を集めるために、サラたち遊撃士が起用された。
「今すぐに、というわけではない。むしろ他の依頼と並行してもいいので、時間をかけてやってもらいたいのだ」
判ってくれたかのう? と好々爺は少年少女を見た。
異論がある少年少女ではない。
「帝国にはいろいろな問題があるのだな……是非、手伝わせてほしい」
「私も、他人ごとではいられません。依頼は承りました!」
準遊撃士二人は一も二もなくだった。そもそもフィーは遊撃士協会の協力員という立場だ。
「ありがとう、若人たち。依頼だけではなく、ケルディックの町も大市も、楽しんでくれたまえ」
四人は元締め宅を後にする。
「ケルディックにはしばらく留まるから、お世話になる宿酒場に行くわよ。女将さんが知り合いなの」
さらに連れられて、今度は広場を挟んだ反対側へ。宿酒場に入ると、サラ元締め宅で見せた殊勝な態度を一変させた。
「マゴットさん、久しぶりー!」
「おや、サラちゃん! 元気にしてたかい?」
肝っ玉母さんとでもいうべきか、女将のマゴットは豪快に笑う。
各々自己紹介をした。
「元締めから話は聞いているからね。二部屋分、報酬に入ってるからお金は気にしなくていい。しばらくの間よろしくね」
一同は部屋に荷物を置く。サラの除けばケルディックのことはほとんど知らないし、ガイウスとフィーに至っては初めて来た場所だ。
誰が最初に言い出したのかはわからないが、遊撃士にはこんな通説がある。『市民の願いや依頼に柔軟に応えるために、遊撃士は自らの足でその土地を歩き、土地を理解すべし』。それは人づての情報でなく、現地の生の言葉を聞き届けるための信念だ。
そのために、四人は一度解散して各々ケルディックの町中を散策することにした。明日からは本筋の依頼やこまごまとした手伝いも行うことになる。ケルディック周辺の街道にも行くことになるだろう。
サラは「それじゃ、どうぞご自由にー」とさっそく酒を注文していた。
(そりゃ、サラさんはもうケルディックは知ってるしね……)
ガイウスもエステルと同じく散策を決めており、一足先に外へ出ていた。とはいえ敬虔な彼らしく、最初に行くのは礼拝堂だった。そしてフィーはガイウスについて礼拝に向かった。その先は別行動らしいが、フィーもガイウスの影響を受け始めている。
最初にフィーに出会った頃は彼女の世話をよく焼いたものだ。自分もそこまで女子らしい本質だとは思っていないが、レナが自分にそうしてくれたように女の子のイロハを彼女に伝えた。残念ながら、そこまで変わってはいないが。妹がいるとこんな風になるのかな、とも考えた。
ガイウスが来たことは、彼の言葉を借りれば文字通りいい風が吹いたのだろう。少しだけ寂しいと思いつつ、フィーに成長の兆しが見え始めたのを嬉しく感じる。
「……さて。私は私のために動きますか」
辺りは夕焼けが差し始める。大市は終わりが近づいているらしいが、それでも商人たちのにぎやかな声が聞こえた。
「ふっふーん……リベールの商品はあるのかな~」
帝都でよく見たもの、海都の海産物、共和国由来だという東方の茶葉なども。
少し探して、リベール産の商品を見つけた。故郷の匂いを感じ取れて、エステルは嬉しくなる。
「最近手紙も書いてなかったし……お土産も届けたいな」
レナには少し申し訳ないと思う。百日戦役を境にカシウスはまともに家に帰れなくなった。それだけでエステルも寂しいのだが、今度は自分の目的のために一人で帝国本土へ飛び込んだ。
シェラザードはいるが、彼女も遊撃士で忙しい。後悔はしていないが、はた迷惑な家族だ。
フィーではないが、兄弟姉妹がいてくれればな、と思った。姉はもういるので、妹か、弟がいてもいいと思う。
「そういえば……」
父カシウスは、どうしているか。
半年間は、遊撃士として動けるようにということで、ひたすら修行の日々だった。そちらに集中していたこともあって、本筋の目的はあまり進んでいない。
帝都は革新派、つまり平民の支持が強い。それはギリアス・オズボーンという帝国政府宰相の支持へとつながる。
帝都にいては、彼の支持者の言葉しか強調されなかった。リベール州のことはたまに話はあるが、それほど情勢に対して深い領域の言葉が出てきたことはない。そして、依然として剣聖と鉄血宰相の協力関係は囁かれている。
納得がいかないのは、リベール領邦軍自身がその言葉に対して肯定も否定もしていないことだ。過激な情報誌ははっきりと否定でもしなければ、自分の主張を無駄に書き連ねてそれを市民に流布してしまうものだ。
真実に辿り着くまでは、まだまだ道のりは長い。
この町はケルディック。クロイツェン州、つまり鉄血宰相の対抗勢力である貴族派のお膝元。
敵を知るならば、まずは敵の敵から、とでもいうことか。
いずれにせよ、この町での仕事も手は抜けない。
それに……。
「うん。私、やっぱり遊撃士の仕事が好きかも」
父や鉄血宰相を知るための道として、軍属や士官学院に行くことも思考の端にはあった。けれど柄ではないとすぐに放棄した。他にもいくつか考えた帝国へ行くための道筋。遊撃士はとても良かったと思う。
士官学院、という言葉で思い出す。去年の夏至祭で出会った、同い年の男の子。
「格好よかったのは確かだけど、どうして思い出したのかしら……」
結局その疑問もすぐに無意識の彼方に消え去ったのだが。
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次の日からはまた忙しい日々だった。
ケルディックには遊撃士協会支部はない。だから滞在中の依頼は適宜オットー元締め経由で受け取ることにした。
手配魔獣、大市の手伝い、農家の手伝い、落し物の捜索など。商業活動が活発なケルディックだけあって、その依頼の幅広さは帝都に負けず劣らずより取り見取りだった。
ガイウスは遊撃士になったばかり、まだサラに管轄される身。フィーは協力員なので誰かしらにはついている。そんなわけで、基本的に四人は協力し合って依頼を成し遂げていった。
ガイウスは泰然な様子とはいえ、初期は人との会話にてこずっていたが、何度も経験を重ねれはやがては慣れていく。
遊撃士としての倫理的な思考は、サラが教えていく。普段はだらしのないサラだが、そこはさすが先輩遊撃士ともいえるものだった。
街道での戦闘については、基本的にサラが援護に回りつつ、エステル、ガイウス、フィーの三人が研鑽を重ねていく。とはいえこの三人、全員戦闘経験者なだけあって大抵の魔獣は余裕で対処していたのだが。
一方で、本筋の調査である署名活動も忘れてはいけない。町人たちへの協力を促すのは最初の数日で終わった。ケルディック周辺の農家の人々に対しても、種々の依頼のついでに回った。
そして商人たちへの署名は時間がかかった。なにせ商人も入れ代わり立ち代わりなので、たまに来る商人を確認してはその都度協力を求めていく。
結論から言えば、税収改定の署名は順調に進んだ。各々の権益のためではなく、町全体の循環を回すための署名だ。反対する者などほとんどいなかった。
それだけで、今回のアルバレア公爵の判断がどうも浅い考えなのが判るし、またそれを強行する理由も気になってきた。
税収に負担をかけるということは、それだけクロイツェン州の運営に関わる方針が変わったことによるのだろうが、それなら町民から反対が出るほどに急激な増税というのはあまり褒められたものではないと思う。
署名の協力をお願いするごとに、同時に彼らから今回の件に対する意見も聞いている。そのほとんどが反対意見だ。だからこそ署名が集まっている。
ケルディックに滞在して一週間ほど。エステルは積もり始めた違和感を、サラに投げかけることにした。
「アルバレア公爵の動向が気になるって? なら、答え合わせでもしましょうか」
ガイウスとフィーは今までの環境からか、それほど気にはならなかったらしい。気が付かなかったというべきか。エステルが感じる違和感を説明すれば、ガイウスもフィーも納得していた。
「帝国人じゃなくても帝国本土出身じゃなくても、、帝国で活動する遊撃士なら、知っておく必要はある」
サラは言った。
「着いてきなさい。列車が見えるところまで」
ケルディック南の街道。手配魔獣を片付けつつ、四人は夕暮れの高台に来ていた。
見下ろせば広大な麦畑と、そして線路が二列。ケルディックと見ないのクロイツェン州の州都バリアハートを繋ぐ上下線だ。
「サラ、どうしてこんなところにいるの」
「そりゃ、エステルが知りたいって言ったから」
「……エステル」
「そりゃ私だってこんな場所に来るとは思ってなかったわよ……」
少しだけ冷たい風が肌をなでる。フィーはジト目だが、それを一身に受けるエステルもまたジト目だった。
「ふむ……ノルドとは違うが、見事な麦畑だ。馬があれば思う存分走ってみたいものだな」
ガイウスはどこ吹く風という様子。着る衣服も四人の中では冬でも対応できそうな服装だった。
鉄道を眺めに来たということは、つまり見るのは列車に他ならないが、時折走る旅客列車は目的ではないらしい。
「来るわよ、三人とも。目を離さず、焼き付けなさい」
風を渦巻いて、その列車はやってきた。旅客列車よりも遅く、重い振動。それは、運ぶのが単純に軽い人間たちだから、と言うのではなかった。それ以上に、乗せるものが背負う運命の重さ、ともいうべきか。
「RF社製の最新式導力式戦車、アハツェンだね」
フィーが言った。貨物列車。何十台もの戦車だ。それが南へ、バリアハート方面へ進んでいっている。
今年になって開発された、帝国が誇る最新兵器。機動性、攻撃力、装甲、どれをとっても旧式の戦車を圧倒する能力を持つという。
戦うためだけの導力兵器。
エステルの喉が少し、むせ返った。胃の奥が締め付けられるような不快感だった。
脳裏によぎる十二年前の記憶。今エステルの眼下で動いている戦車は。五歳の頃、目の前で見上げた時、どんなものだったか。
五歳の頃だ。印象でしか覚えていない。感情と景色だけを覚えている。
背後には、レナがいた。レナがエステルの肩に手を添えていた。
ボース方面の街道からやってきた、何十台もの帝国の戦車は、故郷ロレントの町中を平然と進んでいった。
ロレントに止まる戦車もいた。そのまま王都へ向く戦車もいた。
あの時感じたのは、全身が轢かれるような圧迫感だった。
「税収の急激な増加……その理由が、判ったかしら?」
サラが言った。エステルもそうだし、ここまでくるとガイウスもフィーも理解できる。
あの戦車は帝国正規軍が発注したものではないだろう。バリアハート方面に向かうのだから、クロイツェン領邦軍が発注したものだ。当然費用はクロイツェン領邦軍の運営母体、アルバレア公爵家のものだ。
領地運営は公爵家の資産と、そして土地に住む住民の税収から成り立つ。ケルディックの増税は、十中八九これによるものだった。目の前で今、ようやく過ぎ去った戦車の群れは、いくら何でも大量すぎた。
ならば、なぜその戦車を、内地であるクロイツェン領邦軍が、こんなにも運んでいるのか。それが新たな問題として浮かび上がってくるのだが。
「君たちも知っておいたほうがいいわ。帝国で火花を散らしている、《革新派》と《貴族派》の対立構造を」
あくまで水面下の対立。だがそれは帝国内外でも明らかなものだ。
「《貴族派》は、ラマール州、クロイツェン州、サザーラント州、ノルティア州の大貴族、そして彼らに連ねる貴族諸侯」
もともと帝国内で力を誇っていた貴族派勢力に対し、十数年前から現れ始めた新興勢力である革新派。日に日に力をつけていく革新派と、自らの利権を守ろうとする革新派の対立は必至だった。
「《革新派》は帝都や正規軍、近郊都市、ジュライ特区、お金だけで言うならクロスベル自治州の税収もそうね。……それにリベール州も」
サラはちらりとエステルを見た。少女の瞳には、少しだけ影が差していた。
あんたに悲しい顔は似合わないわよ。とっとと向日葵みたいな笑顔を取り戻しなさいよ。
言葉にならない想いは飲み込まれる。
「水面下の衝突どころか、明らかに離水してるけどね、この問題は。いつか両陣営の対立は避けられない……」
その衝突は運命だ。たった一つの綻びで上がる狼煙。
「来るべき運命の日に、自分が何をできるか。エステルも、ガイウスも、あとフィーも」
エステルも、ガイウスも、フィーも。何も言えなかった。
「『支える籠手』の一員として、何ができるのか。後悔のないよう、考えておきなさい」
太陽は雲にかすむ。エステルたちを覆う、大きな影。
寒い風が、頬を吹き抜けていく。
今回の変化点:
ケルディック編メンバー
エステル、ガイウス、サラ、フィー